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chocolate kissへようこそ(*^^*)
管理者の和那です☆

こちらは北条司先生原作、
「シティーハンター」
(CITY HUNTER )の
二次創作、二次小説サイトに
なります。

北条司先生、及び出版社様とは
全く関係ありません。


りょうちゃん
(文中ではりょうの字は撩を
使わせていただきます。(*^^*))
と香ちゃんの幸せな日常を
書きたくてブログを始めました。

お話は奥多摩を前後します。

なので、いちゃついたり、
いちゃつけなかったりと様々ですが
撩ちゃんと香ちゃんの仲良い姿を
書いて行けたらいいと思って
います。

アニメ「シティーハンター」
(シリーズでは特に2)が好きです。

自分のお話の設定からお話を紡ぐ
事も多々あります。
なので、過去のお話の続き、
その後を書く事もありますので
ご了承下さい。

キリの良い数字
(カウンターhit10000毎、
拍手1000パチ毎、ぞろ目等)
踏まれた方、もしリクエストが
ありましたらお知らせ下さい。

ですが基本、ハッピーな
お話しか書きませんので
そのようなリクエストでないと
対応できません。

Hなお話も対応できません。

それでもいいよ、という方のみ
自己申告でリクエスト
宜しくお願いします(*^^*)

それ以外の時のリクエストは
お受け致しかねます。

2013/09/03
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当blogは
リンクフリー、アンリンクフリー
です。

無断転載等は禁止しております。

自己満足に運営しておりますので、
誹謗中傷はお止めください。
また、濃密、緻密な文章をお求めの
方は他の素敵なサイトさまへ足を
お運び下さいますようお願い
いたします。


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2020.09.03 Thu (06:00) l ごあいさつ l コメント (13) トラックバック (0) l top
皆さまこんにちは。和那です。
(*^^*)


新しい年をお迎えしました☆
昨年は相変わらずのろのろとした
ブログ活動をしましたにも
かかわらず、当ブログにわざわざ
足を運んで下います事、
大変感謝しております。

ありがとうございます(*^^*)

引き続き、本年もどうぞ、
宜しくお願いいたします!




・・・さて。
これは少し前の出来事になります


2016年、9月3日。

この日は(私的に)記念すべき
ブログ開設三周年の日でした。

和那はどうしてもこの日に向けて
お話を1つアップしたく、
昨年1月当初に機種変更しました
スマートフォンにて、ちまちまと
文章を打っておりました。



・・・が。



文章を打っている最中、何故か
電源が急に落ち。

再度復旧させ、再び文章を打ち
直せば・・・途中でフリーズ

→その後、電源落ちる。



!!!(ToT)!!!?



・・・そんな地道な戦い(?)を
朝方まで繰り返し
(諦められなかった)
いつものアップしている時間を
かなり過ぎた頃、ようやくお話が
まとまり、なんとかアップする
事が出来ました💦

スマートフォンはアップ直後、
完全に再起不動になってしまい💦
行き付けのショップに足を運んだの
ですが・・・



「修理に出すより新しい機種に変更
した方がいいですね。
この間も同じような事になった
方が来られたんですよー。」



と言われ。

店員さんに言われるままに、
サポートセンターへ連絡しました
ところ、そちらの担当さまにも
最終的には



「新しい機種への変更をお勧め
します。」



と言われてしまい(泣)

・・・仕方なく機種変更を
いたしました。

新しいスマートフォンは自宅に
送られてきたため、データ移行等を
自分で行っていたのですが、
移行後のアプリの設定に手間取り
・・・
移行後、色々な設定に以前使用して
いた時と違いが生じ、ツイッターの
方の設定やら何やらが
なんだか良く分からなく・・・
(苦手)

そもそも、ツイッターの方は
登録のみで、自分から発信する事
もほぼ無いので・・・



これを機に、ツイッターの方から
卒業させていただく事にしました




ツイッターにて和那と関わりを
持って下さいました皆さま、
お話して下さいました皆さま、
何のお詫びも無くツイッターから
卒業しました事、お許し下さい。
そして、この場を借りて
お礼申し上げます。


お話して下さって本当に
ありがとうございました!





・・・今年は少し時間の余裕が
去年よりは取れるかも、といった
感じなので、時間を見つけては
お話を紡いでいきたいと思って
います。



コメント、メール、拍手。
いつもありがとうございます(^^)

いつもいつも、感謝しております


漸くお話をアップしたと安心して
おりましたら、設定を間違え
パスワード制にしてしまった際、
わざわざご連絡下さいました
皆さま、
その節はありがとうございました
(*>_<*)

お恥ずかしい💦




寄せていただくコメントの
1つ1つがいつも、本当に
優しくて・・・。

コメントの1つ1つに涙しそう
になります・・・。



これからも、自分の想うCHの
世界を大切に、お話を紡いで
いきたいと思いますので、
気長にお付き合い下さると嬉しい
です。



それと、以前お話しました

“りょうくまちゃん”
“かおりくまちゃん”

に複数の応募、
ありがとうございました!!



自分に出来る事を1つずつ。
小さな事でもこつこつと。



昨年秋、腰まで伸ばした髪を
ばっさりと切り、美容院を通じて
寄付をさせて頂きました。
今は冴子さんくらいの長さしか
ありませんが、また伸ばして
寄付をさせて頂くつもりです。

(香ちゃん程のショートカットに
する勇気は無くて、ぎりぎり
結べるくらいの長さで
冴子さん位の長さにしてもらった
のですが、ずっと長かったせいか、
髪が短いとなんだか落ち着かない
のです💦)



今年も色々な所で

「私らしく」

を目指して頑張ります。




日々、感謝☆


和那でした(*^^*)


寒いですので、どうかお身体
お大事になさって下さいね。
風邪に負けませぬように・・・。

2017.01.10 Tue (06:00) l お礼 l コメント (1) トラックバック (0) l top
ミックは自身の恋人であるかずえを
愛しているし、誰よりも大切に想う


毎日、何度もキスをするのは勿論の事
だし、互いを抱き締め合う事だって、
愛しているよ、と言葉にして、彼女を
安心させる事も欠かさない。

けれども、感覚のないこの両手で
彼女に触れる度、ミックは
思うのだ。



自分は・・・・・・

自分はこのままで居ていいのか
・・・と。





















「・・・カオリ?」



ミックの足がふと、自宅へと向かって
歩もうとする動きをぴたりと止めた。






それは、私用で教授の所へ向かった
かずえと別れてから、
随分と経った後の事・・・。




これと言って何をする訳でも無く
・・・。

特にしたい事がある訳でも無く
・・・。



・・・ましてや、目が回る程に
仕事が忙しい訳でも無く。



1人、ただ、訳もなくふらふらと
・・・
何時ものようにミックは街を歩いて
いた・・・。





・・・今は・・・仕事よりも
リハビリに専念して欲しい・・・
仕事は二の次でいいから、とにかく
自分の身体を大切にして、と
いつものように言ってくれる、
かずえ・・・。

夜、飲み歩く数こそ減ったようだが、
ナンパをする回数は変わらず、私生活
ではだらしないフリを多々演じつつも
、いざという時には誰よりも一際キレ
のある動きを見せる、撩・・・。

視力がほぼ無くなり、周りの様子が
見えなくなったにも関わらず、
そんな事など微塵も感じさせない、
海坊主・・・。




・・・焦りが無い訳では無い・・・。

むしろ、優しくされればされる程、
誰にも気付かれる事の無い、自分の
心の深い深い所で、何か得体の
知れない、えもいわれぬ感情がずっと
もやもやと燻り続けているのを感じ
続けている・・・。



・・けれど、だからと言って、
今の自分には何も出来ない・・・。




そう・・・銃の引き金を引く力すら
・・・。





誰にも打ち明けられない、むしろ、
誰にも打ち明けるつもりなど無い、
自分だけの小さな秘密を胸の奥に
閉じ込めたまま、当てもなく歩みを
進めていたミックの瞳がふと・・・

香の姿を捉えた・・・。



天気が良いせいか、公園に集まる人は
多く、老若男女問わず、様々な人間が
憩い、中には飲食をする者もいた。

そんな中で、香は公園のベンチに1人
腰を掛け、ミックを含めた周りの視線
など全く気にも留めなかった。
そして、幸せそうな顔をしながら
大きな口をぱっくりと開けて、手に
持っていたサンドイッチに勢い良く
かぶり付いた・・・。





「んふーっ!おいひぃ!

・・・ん?ん~!!」



あまりにもずっと見つめていたせいか
、香の方も漸くミックの姿に気付いた。

が、口に頬張ったばかりの
サンドイッチが喋るのを邪魔して
上手く喋る事が出来ない。
なので香は、サンドイッチを持たない
、空いた方の腕をぶんぶん、と大きく
振って、ミックに挨拶をした。







空は快晴・・・風も多少冷たくは
あるけれど、とても爽やかで心地が
良い。

そんな中で、周りを気にもせずに
無邪気にサンドイッチを頬張る
香が、ミックには堪らなく
愛しく思えた・・・。



ミックは思わず、喜びで頬が緩んで
しまいそうになるのを、何とか堪えた。
そして、何時もより二割増し軽やかな
足取りで、香の傍へ歩み寄って行った
・・・。




「ハイ、お嬢さん。・・・1人で
ランチタイム?
リョウは?一緒じゃないのかい?」



ミックの問い掛けに早く答えようと
、香はサンドイッチを慌てて咀嚼し、
ごくん、と喉に流し込んだ。
そして、漸く可愛らしい口を開いた
・・・。



「あははっ!そんな、いつもずっと
一緒には居ないわよ!
・・・ミックだってそうでしょ?」



香は良くある事だ、と言いたげな表情
を浮かべながら、ミックに言った。
ミックは確かにそうだ、と言いたげな
顔をして、にっこりと笑ってみせた。

香は、座っていたベンチの横の、
空いている所をとんとん、と指で叩き
座るように促した。



「そうだ、ミック、お昼ご飯は?
もう終わった?」

「ん?ああ・・・そう言えばもう
そんな時間だったね。
カオリに言われたら、何だかお腹が
空いてきたよ。」



香の言葉にふと、自身の腕に嵌めた
時計を見ると、短針は頂点を僅かに
過ぎようとしていた。

1人で摂る食事は何だか味気なくて
・・・。
それにここの所、色んな事を悩み、
考え過ぎてしまって・・・
食欲というものが余りわかなかった





「やだ、ミックったら。
ちゃんと食べないとダメよ。
この仕事は体が大事なんだから!
・・・あ、そうだ!ミック、待ってて
・・・。」



香はふと、何かを思い出したように
、持っていたバッグに手を掛けた。
そして、その中に入っていたものを
取り出した。




「はい!もし良かったらミックも
食べない?
サンドイッチ。」



と、香が嬉しそうに取り出したのは
英字の印刷が施された茶色い包み紙に
包まれた、サンドイッチと呼ぶには
大きな大きな塊だった。

しかも、香がこの日持っていたのは
とても小ぶりなショルダーバッグ
で・・・。
ミックは、バッグから出てきた
“それ”に驚くと共に、何故か、
だんだんと笑いが込み上げてきた。



こんな小さなショルダーバッグから
どうやったらこんなに大きな
サンドイッチが2つも入っていたの
だろうか、と・・・。



「・・・っははっ!カオリ!
こんな可愛らしいバッグに・・・
っ!」



香はミックがサンドイッチを見て
急に笑い出したので、思わず
ぷうっ、と頬を膨らませた。



「ちょ・・・ちょっと!
もう、何なの?ミックったら急に
笑い出して。
・・・いい、ミックが要らない
ならあたしが2つとも食べるから!」



香はそう言い放つと、少し恥ずかし
そうに、自身の食べかかけのサンド
イッチに再びがぶり、と
かぶり付いた。



サンドイッチのパンの白さと、
赤みを帯びた香の頬のコントラスト
・・・。



それはミックの青い瞳に、とても
魅力的に映った。
・・・が、まずは香に非礼を詫びる
べきだ、と思い、ミックは、



「ごめんよカオリ。お願いだ、どうか
怒らないでくれ。
まさか、バッグの中からサンドイッチ
がもう1つ出て来るなんて、想像も
つかなかったんだ。
それに、カオリの持っているものも、
今バッグから取り出したものも、
びっくりする位大きいじゃないか。」



と詫びながら、ミックは香の
食べているものを指差した。

・・・ミックが驚くのも無理はない。
何故なら香のサンドイッチは、パンの
厚みが1枚3㎝程もあり、そのパンに
挟まれた具材を合わせれば軽く10㎝を
越えようかというものだったからだ。

こんな大きなサイズが満たす胃袋の
持ち主は、恐らく撩だったのだろう。
でなければ、1人で摂るランチに
ビッグサイズのサンドイッチ二個は
多すぎる・・・。

こんな大きなものを小さなショルダー
バッグに収めてしまうところが、
いつ如何なる時でも、100tハンマーを
取り出してしまう香ならでは、という
ところか・・・。





「そうそう、大きいでしょ?」

「うん、ものすごく。
けど、それ以上に美味しそうだ。」



ミックはそう言って笑顔を浮かべると
、改めて香からサンドイッチを
受け取った。
自身の嵌めている手袋が汚れない
ように、茶色い英字の印刷された
包装紙を丁寧に開いてゆくと、
中からハンバーグと野菜がたっぷり
と挟まれたサンドイッチが姿を
表した。



「んー!美味しそうだね!
それじゃあいただきます。

・・・・・・ん!?ん~っ!!!」


「・・・ミック、どお?」

「・・・・・・・凄いねカオリ!
ボク・・・感動したよ。凄く!
凄く美味しい!
・・・ん?もしかして、カオリの
食べているものとは少し違うの
かな?」

「ん?これ?そうなの。
どっちの材料も実は昨日の夕飯の
材料の余りなの。あははっ。
・・そうだ!こっちも食べてみて。」



そう言って、香はハムや野菜が
たっぷり挟まれた、自分の食べかけの
サンドイッチの、まだ口を付けて
いない部分を指差した。



・・・が、ミックは少し躊躇った。

食べたく無い訳では決して無い。
むしろ・・・凄く食べたい。

だが・・・何処で撩に見つかるか
分からない。

なにしろ撩はいつも香の傍に突然
現れては、香のピンチを救う位、
絶妙なタイミングで現れるの
だから・・・。



「・・・ありがとうカオリ。
あ、そう言えばリョウは?今日は
何処かに出掛けてでもいるのかい

街を歩いたけど今日はリョウを
見かけなかったよ?」



・・・撩の嫉妬深さは半端無い。
香の好意は嬉しいが、まずは撩が
何処に居るのかを知ろうと、
ミックは香に訊ねてみた。

すると香は・・・



「ああ、撩なら今日は留守よ。
教授に呼ばれて朝から教授の所に
行っているの。だから、夕方に
ならないと戻って来ないのよ。
実はコレ、今日のお昼ご飯にしようと
思って作ったんだけど、撩が出掛け
ちゃったから、こうして持って
出てきちゃったの。」



香のこの言葉に、ミックは思わず
にっこり笑ってしまった。

それならば、香のサンドイッチを
食べさせて貰っても、天の邪鬼の
嫉妬の炎と嵐に巻き込まれる事は
ない・・・。



ミックは何処か安心した様子で、
香のサンドイッチを一口食べさせて
貰った。



「・・・・・ん、んん!
美味しい、こっちも美味しいね!」

「でしょ?・・・良かったぁ。
ミックの口に合って。」



二人はそう言って、にっこりと笑い
ながら仲良くサンドイッチを食べた。




誰かと食べるご飯は美味しい・・・。

時折、キャッツに足を運んでランチを
したり、自宅で簡単に済ませている
ミックにとって、こうやって外でご飯
を食べる事が新鮮・・・
いや、何処か懐かしく感じる所も
あった・・・。







「・・・昔、さ。」



食後に、近くの自動販売機で買った
飲み物の入った缶を、両手に包む
ように持ちながら、ミックは
昔の記憶を辿り始める・・・。




「・・・昔、って、撩とパートナーを
組んでいた頃?」

「ノー、もっと、もっと前・・・
ボクがまだ、幼い頃・・・パパとよく
狩猟に出た時に、一緒に食べた・・・
形は全然違うけれど、こうして
外で食べる事が、何だかとても
懐かしいよ・・・。」

「そっか。素敵な思い出ね・・・。
あたしもアニキとそんな思い出を
作っておくんだったわぁ。」

「カオリのお兄さんはどんな人
だったの?会ってみたかったな。」

「んー・・・料理は全く出来なくて
。卵を割らせたら絶対に殻が入るし
、野菜を切ったら全部繋がって
たりね。
。でも、縫い物とかボタン付けとか
はあたしより上手だった。
・・・器用なんだか不器用なんだか
良く分からない・・・けど・・・」

「・・・大好きだった?」

「・・・うん。大好きだった。
大丈夫だよ、って。
どんな香も大好きだよ、って。
意地っ張りで強がりな所も全部、
そのまま受け止めてくれた
優しくて強い人・・・。」



香はそう言って、にっこりと
微笑んで見せた。





「・・・・・・ねぇ、カオリ。」

「ん?なあに?」

「自分が・・・この世界に居て
無力だと感じてしまう時・・・
カオリは無い・・・?」



突然・・・の。

ミックの心の内を晒されて。
香は、ただ真っ直ぐにミックを
見つめる事しか出来なかった。



「・・・カズエがね。」

「かずえさんが・・・?
・・・かずえさんに何か言われた
?」



香の問い掛けに、ミックは柔らかな
笑顔を浮かべながら、首を横に
降った。
そして、その眼差しを自身の両手に
向けた・・・。



「・・・言わないんだ。何も。」

「・・・そう。」

「うん・・・。無理しなくていい、
とか、仕事よりも自分を大事にして
・・・って。」

「・・・うん・・・。」

「でも・・・ボクは嫌なんだ
・・・ 。
この手にはもう望みは無い・・・。
けれど、今更表の世界で生きる事
なんて出来やしない・・・。
今の仕事を続けてゆけばいいのか、
もっと別の行き方を考えた方が
いいのか・・・
時々・・・どうしていいのか
本当に分からなくなるんだ・・・。」



・・・ミックは、そう言い終えると、
ミックは小さく震える両手の掌で
自身の顔を覆った・・・。





香に・・・いや、本当は誰にも
言うつもりは無かった・・・。

香が無力だと言う訳では無い。
香の努力はミックも良く
知っている・・・。







・・・けれど。



空はどこまでも青く澄んでいて
・・・。


香はこんなにも自分に優しくて
・・・。


世界は素晴らしい筈なのに、
そこに自分の存在意義が
見いだせない・・・。



ミックの心は、もはや限界だった
・・・。






「いいんじゃないの?別に。」

「・・・え?」



頬を覆っていたミックの手に
籠められていた力が緩む・・・。
その隙間から香を見ると、香は
まるで悪戯っ子のように無邪気に
笑って見せた。



「あたしもかずえさんの意見に
賛成よ。ミックはまだ自分で
気付いていないだけよ。大丈夫!

・・・あたしなんて・・・。」

「・・・あたしなんて?」

「うん。・・・昔ね、撩に
パートナー解消だって言われて
・・・。」



唇を軽く尖らせながら、昔話を
口にする香に、ミックは思わず
驚いた。
パートナー解消だ、と言われた事
が一度では無かった事に、だ。



「カオリが?リョウに?酷い。」

「ええ、そうよ。
・・・でね、パートナー解消
だって言われたのがあんまりにも
悔しくて・・・こうなったら撩を
見返してやる!って思ってね。
そのまんまの勢いで海坊主さんの
所に押し掛けて、無理やり海坊主
さんに弟子入りしたの。」

「ファルコンに弟子入り?
・・・腹が立った・・・から?」

「そう!・・・あたしだって
一人で色々出来る、って所を
撩に分からせてやりたかったの。
足手まといなんて、言われなくても
分かってるけど、言われっぱなしも
悔しいじゃない。
けど、お陰で海坊主さんから
色々習得する事が出来たのよ。
・・・ね?
何がきっかけで、人間変わるか
分からないでしょう?」

「・・・腹が立った・・・から
・・・っ・・・」

「・・・ん?ミック?
・・・どうしたの?」



ミックは、俯いたまま肩を震わせた
・・・。

香は自身の発言がミックを傷付けて
しまったのかと思い、恐る恐る
ミックの顔を覗き込んだ・・・。




「・・・ミック?あ、あの・・・」

「・・・・・・・っ、ははは!!」



ミックは突然大声で笑い出した。
もう我慢がならない、と言いたげな
顔をして、声も高らかに、目尻に
涙まで浮かべて、だ。



「・・・え?!何?!ミック・・・」

「駄目だカオリ、っ・・・だって
・・・普通パートナー解消って
言われてトラップ・・・習わない
・・・っ!」

「み、ミック!・・・ちょっと、
わ、笑う事無いでしょお
!?何よ!折角心配して話したのに
・・・ミックのバカ!知らないっ!」

「ゴメン!でも・・・ハハハっ!
しかも・・・しかもよりによって
ファルコンの所にトラップを
習いに行くって・・・!
教えるファルコンもファルコン
だっ・・・っ!
駄目だカオリ!キミは最高だ!」



ミックはそう言うと、再び声を
上げて笑い出した。

撩と対峙していた筈の海坊主に
何かを習いに行くなんて・・・。
しかも海坊主も海坊主で、撩の
パートナーである香にトラップの
細工を伝授するなんて・・・。

可笑しい、いや、誰が聞いても
可笑しすぎる・・・。




・・・さっきまで落ち込んでいる
ように見えたミックが、
自身の発した言葉に対して、
涙が出るほどに笑っている。
香は笑われた事に腹を立てたかった
が、ミックに笑顔が戻って少し
ほっとした。



・・・と、少し離れた所から
ミックの名前を叫ぶ声が聞こえて
きた。





「ミック・・・っ!!」



香とミックが声のする方を
振り返ると、酷く血相を変えた
かずえと、その少し後ろから
こちらに歩いて近づいてくる
撩の姿があった。

ミックがその場を立ち上がると、
かずえはその勢いのままミック
に近寄り、人目もはばからず
抱き付いてきた。



「カズエ?どうしたんだい?
もしかして、今日はリョウと
一緒に居たのかい?」

「教授の所で偶然会ったの!!
・・・っ、一度帰ったけど部屋に
貴方が戻った形跡が無かったし、
・・・それに貴方、ここの所
何だか様子が変だったから、
心配で心配で堪らなくて、
冴羽さんにお願いして一緒に
貴方を探して貰ったのよ・・・!」



かずえはミックに向かってそう
叫ぶと、そのままミックの胸に顔を
埋め、抱き締めた腕に力を込めた。

かずえは随分走り回ったのだろうか
・・・息は乱れ、頬は薄紅色に染まり
、抱き締められた身体から伝わる熱は
熱さを感じた・・・。

・・・こんなにも慌てるかずえを、
ミックは初めて見たと思った。
自身がエンジェルダストの恐怖と
戦っている時、弱音を吐くミック
にかずえは叱咤激励していた。
いつも冷静沈着、どちらかと言えば
クールなかずえが、ミックの事で
冷静さを失っている・・・。



ミックはそんなかずえが堪らなく
愛しく思え、思わずかずえを
強く抱き締めた。



「・・・すまないカズエ。
随分とキミに心配かけたね。
・・・ここで偶然カオリに
出会ってね、一緒にランチしてた
所なんだ。」



すると、それを後ろから聞いていた
撩が、不機嫌そうにこう呟いた。



「ーーーこんな女男とランチ
なんて、相変わらず悪趣味な
奴だな。」

「は?!何ですって撩っ!」

「悪趣味だって?
とんでもない!
・・・ボクはリョウと一緒で、
素敵なレディにしか心惹かれない
ものさ。」



ミックはそう言いながら、撩に
向かって軽くウインクした。
撩がミックに対して嫉妬している
事が痛い程に分かるからだ。
もっとも、香は撩が何故不機嫌そう
にしているのか、全く分かって
いない様だが・・・。

ミックの仕草から何かを感じた
撩は、仕方ない、と言いたげな顔を
しながら、深い溜め息を一つ
吐き出した。



「ーーー相変わらず気障な野郎
だよ。全くーーー。
あ、そうだ香、腹減った。
今日は早く飯作ってくれよ。」

「え?あんた、こんな時間なのに
お腹空いてるの?
惜しかったわね~。もう少し早く
来てたらサンドイッチ食べられた
のに。」



香はそう言って、ミックと目を
合わせてにっこりと微笑んだ。

その様子が堪らなく、心底堪らなく
撩には気に入らなくて・・・。
撩は香の腕を掴むと、ぐいっ、と
自分の方へ引っ張り上げた。



「きゃっ・・・ちょっと、撩!
何なの急にっ!」

「うるさい!言ったろ?俺は腹が
減って死にそうなんだ!
ーーー早く帰るぞ!
それとも何か?お前は俺を
殺す気か!?」

「お腹が空いたくらいで死にゃ
しないわよ。
はいはい、分かったから。
じゃあこれから買い物するから
一緒に付き合って。
撩、何か食べたいものある?」



香の問いに。
撩は少し考え・・・こう言った。




「ーーーサンドイッチ。」

「はぁ?!何でそれ?!それに
あたしたった今食べたばっかり
なんだけど!?」

「う、うるさいっ!
ーーーとにかくっ、俺は今すぐ
サンドイッチが食べたいんだっ!
ーーーじゃあな、ミック!」

「ん?ああ、またな。
カオリ、今日はどうもありがとう。
また・・・一緒にランチしようね。」

「あっ、うん!あたしも楽しかった!
また今度ね!ばいばい!」





・・・撩に引っ張られるように
去っていく香をミックは穏やかな
気持ちで見送った。

・・・と、自身の腕の中で抱き締め
られたままのかずえが叫んだ。



「ミ、ミック!ちょっと離してっ。



ミックが腕の力を緩めると、
かずえは思わず顔を上げて息を
吸い込んだ。
動揺しているのか、少し汗ばんで
いる・・・。
こんなに長い間、抱き締められる
とは思っていなかったのと、撩や香
の前でミックに抱き付いてしまった
事が、だんだん恥ずかしく思えて
きたからだ。

ミックはそんなかずえを真っ直ぐ
見つめると、嬉しそうににっこり
と微笑んだ。
そして、その頬に、額に、鼻に、唇に
、何度も何度もキスをした・・・。



「・・・み、ミック?!」

「ん・・・君が可愛いからだよ、
カズエ。」

「周り、っ!あのっ、人が見てる
・・・ね、恥ずかしいからっ!」

「うん・・・そうだね。ボクらも
帰ろう・・・。
ちょっと、止められそうにない
・・・。」

「?!ミック?!どうしたの?!
今日は何か変よ。」

「・・・カズエのせいだよ。
キミがあんまりにも可愛いから
だよ。キミがいけないんだ・・・。」



ミックはそう言って微笑むと、
かずえの唇を自身の唇で塞いだ
・・・。














ミックはかずえと仲が良い・・・。

ミックは自身の恋人であるかずえを
愛しているし、誰よりも大切に想う


だから、このままかずえに甘えて
生きていていいのか悩んだ事も
一度や二度では無い。



・・・けれど。



「おはようカズエ。んー、今朝も
可愛いよ。」

「おはようミック。今朝も朝食を
用意してくれたの?いい匂い・・・
。」

「うん、君よりボクの方が時間に
余裕があるからね。」



ミックは淹れたてのコーヒーを
テーブルに運ぶと、嬉しそうに
かずえを見つめた。



「?なあにミック、あんまり
じっくり見ないで。
・・・その・・・恥ずかしいから。」



真っ直ぐに見つめる度、
そう照れくさそうに呟くかずえ
をこれからも見ていたい・・・。
この間みたいに、自分を心配して
冷静さを欠き、取り乱す、自分の
知らないかずえに出会いたい
・・・。



その為に、今、自分の出来る事を
一つずつ、やる。

まずは、君のために美味しい朝ご飯
を始めよう・・・。




「ごちそうさま。美味しかった。
今日は早く帰れそうだから、
一緒に夕飯つくりましょ?」

「ああ、分かったよ。ボクも
依頼が一つ入ってるから、それが
片付いたら一度連絡するよ。」

「うん・・・待ってる。」




いつか、香に海坊主直伝のトラップ
を習いに行こうかな、なんて事を
思いながら、ミックは朝食の片付けを
済ませると、自身の手に白い手袋を
嵌めた。



「じゃあ、また後でね。」

「じゃあ、またね。」



二人は軽いキスを交わし、仕事に
出掛けるため部屋を後にした・・・。






****************

今回はお話を2つ紡がせていただき
ました(*^^*)
よければもう1つの方もお読み
下さいね・・・☆


2016.12.25 Sun (06:00) l ミック l コメント (0) トラックバック (0) l top



「ーーーーーーーんーーー?」




温かな温もりの中で・・・。
安らかに微睡んでいた撩の右手が
、ゆっくりと空を漂い、
静かに撩を見つめていた香の頬に
そっと、降りて来た・・・。





「・・・ごめんね。
起こしちゃった・・・?」



ただ・・・静かに。

自分の目の前で安らいでいた撩の
寝顔を見つめていた香は、
ほんの少しだけ困ったような、
恥ずかしいような表情を浮かべて
見せながら、頬に降りてきた
温かさに自身の掌を重ねた。

撩は、薄目を開けたまま、ベッドの
枕元に置かれた目覚まし時計に
ちらり、目をやった。



「ーーーいや。
いつもお前の起きる時間だもんな。
今日はゆっくりしろって言ったのに
ーーー。
いつもの習慣で目が覚めたか
ーーー?」



・・・ベッドの枕元に置かれた時計
の短針は、数字の5を指す手前
だった・・・。

今朝はゆっくりしようと思い、
撩は目覚まし時計のアラームの
スイッチを切って、香が目覚めない
ようにしたのだけれど。
香はつい、いつもの習慣で目を
醒ましてしまった・・・。

部屋の窓を覆うカーテンの隙間から
覗く光はまだ弱く・・・
撩は、香の頬に触れていた手を
離すと、身体に掛けられた毛布を
少しだけ引っ張り上げて、
冷えた外気に晒されていた香の
肩をそっと包み込んだ。





「・・・まだ眠っていいよ。」




そう呟いた撩の瞳の輝きは、
とても柔らかだった。

香はにっこりと微笑むと、
小さく頷いた・・・。








そう、撩は・・・


撩は、いつでも温かくて、
そして、誰よりも優しい・・・








・・・初めは。
アニキの代わりになりたかった
・・・。
ただ、それだけを思った・・・。





・・・なのに。



月日を重ねる度・・・心はどんどん
貪欲になる・・・。



触れたくて・・・近づきたくて
・・・。

触れて欲しくて・・・この想いに
気付いて・・・欲しくて・・・。



誰よりも身体は傍にいるのに・・・
心は決して掴む事の出来ない、
ひらひらと軽やかに空に舞う蝶の
ように・・・

近づいたかと思えばあっという間に
遠ざかる・・・。



・・・けれど・・・。



ただ・・・見て欲しかった・・・


他の女の人と同じように見て
欲しかった・・・。






・・・けれど・・・。



近付けば近付くほど・・・

あなたを知れば知るほど・・・

月日を重ねれば重ねるほど・・・

自分は、他の女の人と同じ
ように見て欲しくは無いんだ
、と・・・。

そんな気持ちに気付いた・・・。




どんな言い訳をしてでも・・・

無理矢理な理由を付けて並べて
・・・



他の・・・どの誰よりも、
ただ・・・
傍に・・・いたくて・・・。





思わせ振りな態度にいちいち
ときめいたり・・・

他の女の人に向ける態度や視線
・・・
その身体に触れる手、指先・・・
名前を呼ぶ声・・・

全てに苛立ちを覚えた事も
一度や二度じゃない・・・。




・・・けれど。



近くにいるから見えてきた事
・・・

知らなかった事・・・

あなたが隠していた過去・・・

打ち明けようとしなかった
辛すぎる記憶・・・。



それを一つ・・・知る度に・・・

時折、ふっ、と寂しそうに見える
その大きな背中を抱き締めて
あげたくなった・・・。





これだけ傍にいるのに知らない事
・・・



傍にいすぎて気付けない事・・・



きっと、自分が知ったり感じる
以上に沢山あると思う・・・。




だから、あなたと触れ合う度
・・・
解り合う度・・・

もっと強くなりたい・・・
もっと強くならなくちゃ・・・
って、・・・思う・・・。





力だけではどうにもならない
、あなたの心の闇と・・・

目には見えない・・・
沢山の傷・・・。

その全てから貴方を守りたい
・・・。






ずっと・・・想い続けていた
あなた・・・。



いつしか夢にまで見・・・
憧れていた願いは叶う時が訪れ
・・・

いつしか私は、あなたの腕の中で
安らかな眠りに溶けてゆく・・・
そんな夜を迎えられるようになった
・・・。




壊れ物を扱うように・・・

大切に触れてくれるその指・・・
その腕・・・その・・・身体。





壊れないから・・・

大丈夫だから・・・抱き締めて
・・・。



強く・・・強く・・・。






あたしの鼓動が・・・
あなたに伝えてくれればいいのに
・・・。



どきどき、と早く高鳴るこの胸の
鼓動が、あなたに伝えわれば
いいのに・・・。







「・・・ねぇ、撩・・・。」

「ーーーーーーん?」

「・・・大好き・・・。」

「ーーー知ってる。」



撩はそう呟くと、唇の端を
にやりと緩ませ、目頭を細めながら
、香を抱いていた腕に力を込めた
・・・。





これからも傍にいるから・・・

これからも私の傍にいて欲しい
・・・。




そして・・・



あなたの安らげる場所がどうか、
いつまでも私の傍でありますように
・・・。



そう願いながら、香はゆっくりと
瞼を伏せた・・・。





*********************

少し遅くなりましたが、
merryChristmas☆

初めて来てくださったあなた様、
いつも来てくださるあなた様、
コメント、拍手、いつも嬉しく
思っています。
ありがとうございます(*^^*)



日々、感謝  ☆  和那
2016.12.25 Sun (06:00) l l コメント (0) トラックバック (0) l top
ある日の真夜中・・・


とある町外れにある林の中に、一際大きな木が
生えていた。
そこに、大柄な男が二人、大きな樹木の
太い枝にそれぞれ腰を下ろし、枝葉に身を潜め
、雨宿りを兼ねた僅かな休憩を取っていた
・・・。



土砂降り、とまではいかないが、
既に髪も身体も、雨露が滴り落ちる程に
しっとりと水分を含み・・・
衣服の色合いもかなり濃くなった・・・。

そして、体に張り付いた“それ”が、
体温を少しずつ奪おうとする・・・。



そんな中で息を殺し、気配を消している
二人の居るこの場所からは、
二人とは明らかに異色な気配が多数・・・。

・・・相手もまた、この男二人と同様に
訓練を積んだ者ばかりらしかった・・・が、
たった二人の大男に苦戦を強いられ、
とうとう気配を消す余裕すら無くしていた
・・・。

その為、こちらの居場所を見つけ出そうと
している者達の、荒れた気配を探るなど、
二人には容易い事なのだが、
その相手の数が何せ、多すぎる・・・。

そのため、二人は木の枝と葉に姿を溶かし、
僅かな休息を取っていた。




・・・だが。


そんな男達の視線は、何処か遠くにあった
・・・。

男は、“あちら”の様子を、頬杖をつきながら
探りつつ・・・



・・・心は、早く帰りたいと・・・



自分の帰りを一人で待っているであろう、
パートナーの事を考えていた・・・。














いつも・・・どんな時も・・・
自分の帰りを待っていてくれる・・・。

こんな場所に立たされる度、
その奇跡に改めて感謝させられるなんて・・・
昔は想像すら、した事すらなかった・・・。



・・・目を閉じれば・・・

ここには居ないお前の、屈託なく笑う
あの顔が、何故だか見えるような気がする
・・・。





・・・まだ死にたくない・・・と。

そう・・・心の何処かで、未練がましく
願ってしまうようになってしまったのは
何時からだろう・・・。





・・・お前はどうだ・・・?



お前は・・・

俺と出逢わなければ、俺と共に生きる・・・
なんて愚かな選択をする事無く、
今よりも確実に、穏やかに生きられた筈なのに
・・・。



・・・そんな事を考えない日は、
今も・・・無くて・・・。

油断をすると、それは俺の意識の底から
ふっ、と現れて、俺を飲み込もうとする
・・・。



そんな闇に囚われたくは無くて・・・

そして俺は・・・そんな俺を、
お前にだけは気付かれたくは無くて・・・。

声を掛けてくるお前に、つい不機嫌そうな
態度を浮かべてしまい・・・



時にお前を悩ませてしまう・・・。









・・・けれど・・・。



お前は・・・いつも笑う・・・。




俺が不機嫌な顔や態度を取った時も・・・



時折、訳もなく冷たい態度を取ってしまった
時も・・・


   
時に・・・ほんの少し、困ったような顔をする
けれど、

お前はやっぱり楽しそうに、そして
嬉しそうに笑う・・・。








“あ!ちょっと撩、飲み過ぎでしょ?
煙草ももう少し控えなさいよ。

え?そりゃあ・・・一応、心配するわよ。
・・・これでもあんたのパートナーなんだから

そんなの当然でしょう?



・・・あたしにだって、一応、
将来の夢があるんだから。

・・・あんたとあたしがね、ロマンスグレーの
おじいさん、おばあさんになっても、
ずーっと一緒にパートナーを組んで戦って
行く事。
・・・あ、言っときますけどね、

“守備範囲は30歳まで”

なんて言わせないわよ。

・・・だから・・・
それまでは絶対に一緒に生きなさいよ。

・・・それまであたし、ハンマー振り回せる
かしら・・・なーんてね。”









“・・・ねーぇ?ファルコン・・・。

あたし・・・今、とっても幸せよ・・・。



あの時・・・一度は貴方に、戦いの舞台から
下ろされたけど・・・

・・・それでも、ファルコンを諦めるなんて、
私には無理だった・・・。

あたしには・・・ファルコンの居ない人生
なんて、有り得ないの・・・。
ファルコンが生きてくれたら・・・

それで・・・いい・・・。



だから、ね・・・これからはずっと・・・
ずっと・・・一緒にいて、ね。



・・・勿論、死ぬ時も・・・よ。”













・・・これ以上、何を望む・・・?



・・・血と硝煙にまみれた、この薄汚れた
身に、有り余る程の歓びを手に入れた今・・・



これ以上・・・何を望む・・・?










「ーーーーーーーなぁ。
お前ーーー今、何考えてた?」



額や頬を伝い、流れてくる雨の雫を、
撩はふるふる、と顔を振って飛ばしながら、
隣で同じように頬杖をついたまま微動だに
しない海坊主に話し掛けた・・・。

その二人の居る大木の足元では、迷彩服に
身を包んだ男達が、血相を変え、二人の
居場所を探っていたが・・・

焦るあまり、二人が
木の上に居る事にすら気づかない・・・。





「・・・あ?・・・別に。
何も・・・考えちゃいない・・・。
奴等の数が何時まで経っても減らないから
少しうんざりしてきただけだ・・・。
一体どれだけ居るんだ・・・?」



撩の問い掛けに、海坊主は姿勢も表情も
変える事の無いまま、ぽつりと呟いた。

何故だか、そんな海坊主のポーカーフェイスを
崩したくなった撩は、
足元から気配が遠ざかるのを確認し、
海坊主が心を乱すような言葉をわざと選び、
それを口にした・・・。



「よく言うぜ。
ーーーむっつりなお前の事だ。
どうせ美樹ちゃんの事でも考えてたんだろ。
ーーー美樹ちゃんのあんな事やこんな事
考えてたって、
スケベでだらしなーい顔してやがるぜ。」



だらしない表情をわざと浮かべながら
海坊主をからかう撩に、
海坊主はついカッとなり、怒鳴りたいのを
必死で我慢しながら、声を殺して口をぱくぱく
動かし、撩に反論した。



「ばっっ、馬鹿を言うなっ!!
・・・そう言うお前こそ、香の事ばかり
考えてたんじゃあないか?」

「あ?ーーーんな訳あるかよ!

ーーーしかし、ここまであちらさんの数が
居るなんて想定外だったな。」

「・・・違いないな。
今回も冴子には一杯食わされたな。

・・・ま、あいつも、自分達の手には
負えないと踏んだんだろう。
・・・賢明といえば賢明だ。
何せ、数が多すぎるし、警察にはこいつらの
相手はきつすぎる・・・。」



海坊主は、自らが倒してきた者の数を
思い出しながら、
何処か遠い地で特殊な訓練を受け、この場に
強制的に送り込まれたであろう数え切れない
程の人数を、隠密に警察が始末するにはかなり
無理があるだろうな、と考えていた。

撩は、そんな海坊主の話を最後まで聞きながら
、自分も同じ意見であると感じ、静かに頷いた

そして、愛銃に新しい弾をひとつずつ
込めながら、海坊主に訊ねた。






「ーーーそう言えば、お前、弾はまだ
足りるのか?」



撩の問いに、海坊主は



「フン!・・・余計なお世話だ。
お前は自分の心配だけしてろ。
・・・それに、いざとなったら、この土地
丸ごと爆破出来るように色々仕掛けは
してある。」



と、海坊主は得意気に笑って見せた。

幾ら海坊主の仕掛けたものとは言え、
トラップを作動させれば当たり所が悪く、
命を落とす人間が出てしまうかもしれない。
だから、海坊主は撩に“いざとなったら”と
言う言葉を選んだ・・・。

それは、この男とならば、トラップを作動
させなくとも事は済むだろう、という、
撩への信頼を表す意味も含まれていた・・・。

冴子からの依頼でもあったのだが、
この戦いが始まって以来、誰一人命を
落としてはいない・・・。

命を落とさないように戦う事は難しい・・・。
けれど、二人はいつからか、無闇に命を奪う事
を止めた・・・。





「怖ぁ。ーーーさすが、香の師匠。
しっかし、いい加減帰らないと、マジで香に
どやされるぜ。」

「・・・どやされる・・・か。
・・・まあ、美樹も似たようなモンだ。」

「ーーーまーたまた。
美樹ちゃんは香と大違いだろ?

“ファルコン!大丈夫?
あたしが隅々まで手当てしてあげる。
さあ、服を脱いで・・・”

ってさ。
くぅ~羨まし過ぎるっ。
ーーーあーあ、香もいい加減、それ位して
くれるようにならねぇかな。」

「ばっ・・・馬鹿を言うな。
・・・・そんな事ばかりじゃあ・・・無い。」

「ほら見ろ、やっぱりあるんじゃねーか。」

「・・・前回は・・・その・・・・・・・・



・・・・・・・・・・グーで殴られた。」

「は?

ーーー何、お前、美樹ちゃんに隠れて浮気でも
したの?」

「俺は浮気なんてした事は無い!

・・・弾傷の治療を・・・。
まあ、大したこと無かったんで、内緒で一人で
治療してる所を美樹に見つかっちまって・・・


“あたしに隠れて傷の治療なんてしないで!
化膿したらどうするの!”

・・・って。
勿論、親指はしっかり握り込んだ上で、な。」

「ーーーーーすげぇ。さすが美樹ちゃん。
迫力も半端ねぇな。

ーーー、しっかし、後どれだけいるんだ?
幾ら倒してもキリがないぜ。」

「・・・だな。
少し遊び過ぎて疲れたし、今日は大人しく
手当てして貰うとするか・・・。

・・・撩、お前も今日は香に優しくして貰え。


「いやーーーそいつは多分無理だ。
お前と一緒に冴子の依頼を、ってのは言って
来たけど、今日こそ朝帰りはしない、って
つい言って来ちまったからな。

ーーーあ~あ、絶対香に怒られる・・・。」

「香が怒るって事は、それほどお前の事を
心配してる、って事だろう。
・・・じゃあ、香の為にも尚更早く片付けて
帰ってやらないとな。
・・・それに、夜更かしは女の肌にゃ
良くないんだろ?」

「お、お前も随分言うようになったじゃねーか

ーーー美樹ちゃんの肌にも、な。


ーーーさて、もう休憩は終わりだ。
そろそろ行くとするか、タコ坊主。」

「・・・そうだな、もっこり大将。」

「ーーーじゃあ終わったら、あいつらの
大量生け捕り記念に一杯飲むか。」

「・・・・・同感、だ。・・・行くぞ!」

「おうっ!!」









・・・帰りたい場所なんて、無かった・・・。



何時か、自分は何処かで野垂れ死ぬのだと
・・・。



目の前に転がり、動かなくなった人の塊に
自身の姿を重ねた日々も、一度や二度では
無い・・・。



ここまで生きてこられたのは、ほんの少し
人より器用だった事と、
並外れた悪運の強さ・・・

ただ、それだけ・・・。






・・・今は・・・



とにかく早く・・・あいつの元へ帰りたい
・・・。



帰ったら、・・・相変わらず、凄く
怒るんだろう・・・。



そして・・・怒りながら、身体中に付いた
傷をチェックし、その一つ一つを丁寧に
手当てしてくれるだろう・・・。



そんな怒りっぽくて、実は誰よりも
寂しがりやなお前の顔が、今は見たくて
堪らない・・・。






・・・なんて。



そんな事を、今一緒に戦っているこの男も
心の何処かで思っているんだろうか・・・。



・・・今は・・・



兎に角、無事に生き残る事を考える・・・。



どんな時も・・・


絶対に生き残る、なんて保証はどこにも
無いから・・・。





自分の腕に、指先に・・・自分の全てを懸ける
・・・。





もうすぐ夜が明ける、その時まで

あと・・・僅か・・・。




俺の無事を祈り、待ち続けているあいつの
元へ辿り着くために・・・。





お前の待つ場所が・・・

俺の帰りたいと願う、たった一つの場所
・・・。







*********************

このブログを開設し、三年が経ちました(*^^*)

当ブログに足を運んで下さいましたあなた様、
拍手やコメントを下さいましたあなた様、
ありがとうございます☆

これからも不定期運営ではありますが、
お立ち寄りいただけると幸いです。



台風などの天候不良により被害に遭われた方、
心よりお見舞い申し上げます。
CHを愛される皆様のご無事と、一日も早い復興
をお祈りいたしております。




☆日々、感謝☆

和那




2016.09.03 Sat (06:00) l 想い l コメント (2) トラックバック (0) l top
皆さま、おひさしぶりです。
和那です。

当ブログに足を運んで下さるあなたさま、
初めて足を運んで下さったあなたさま、
ありがとうございます(*^^*)

コメント、いつもありがとうございます。
コメントを読む度に、書いて下さる方の気持ち
が伝わってきて、とても嬉しくなります。
拍手もありがとうございます☆


・・・実は昨日、こちらの文章をアップした
つもりでおりました。

・・・が。

後からサイトの方を確認しましたところ、
設定を誤ったのか、限定公開の設定になって
おりました。
ご連絡を下さった方、本当にすみません!
皆さまから連絡をいただかなければ間違いに
気付けませんでした~。

以後、このような間違いを起こさないよう
気を付けます(>_<)



今年は、例年になく忙しくなる予定が
前もってある程度分かっていましたので、
それなりに覚悟はしていたのですが、

もう、本当に、身体が二つ欲しい・・・。

でも身体が二つあったら維持費が2倍・・・
維持費が2倍=家計に優しくない・・・
な~んて事を真剣に悩んでしまう程に、
今は兎に角時間に余裕がありません💦

9月になったら少しは余裕が出るでしょうか。



自分のブログ運営もままならない状態ですので
素敵サイトさまに足を運ぶ事も難しく、
大好きなサイトさまにも足を運べていません
(>_<)



でも、忙しいけれど、忙しいのは嫌いじゃ
ない和那なのです(*^^*)



・・・話は変わりますが、先の地震により
震災に遭われた方、天候不順により通常の
生活が困難になっておられる方を思い、
ニュースで色々な事を知る度に、胸が痛く
なります。

皆さま、ご無事でしょうか。

兎に角、一日も早い復興を願うばかり
です・・・。



それでですね・・・。

当ブログのプロフィール欄をご覧下さった方
はご存知かとは思いますが、現在当ブログの
プロフィール画像の方は、
撩ちゃんと香ちゃんのお洋服をイメージして
着せた、
“撩ちゃんくまちゃん”と
“香ちゃんくまちゃん”となっております。

(ちなみにくまちゃんは市販されていたもの
です。洋服はフェルトを切って、和那が
手縫いしました。)



この二体は、現在、私の愛車の中に飾って
あります。
いつも私と一緒にいてくれます。
撩ちゃんくまちゃんと香ちゃんを見るたび、
ほっこりと癒され、にっこりとしてしまう
自分がいます。



・・・もし。
今、色々な事に、体や心が辛いなぁと
感じられておられる方の中で



「この二体が傍にいてくれたら元気になれる
かも・・・。」



と思われる方がおられましたら。

撩ちゃんくまちゃん、香ちゃんくまちゃん、
共に揃って大切にして下さる事を条件に、
お譲りいたします。



(縫い目等は荒いところもあるので💦
出来ればそういった所に寛大な方がいいです。
尚、香くまちゃんにかかっているビーズは
和那の私物につき付けられません。
ご了承ください。)



大きさは、立った状態で約20㎝前後です。

コメント欄等に、こちらから連絡出来る連絡先
等を明記の上、ご連絡ください。

万一、希望される方が多数おられる場合、
くまちゃんをお渡し出来ない方にはくまちゃん
をポストカードにして郵送させて頂きます。


 
私に出来る事は本当に微々たるものしか
ありません。
なので、出来る事を精一杯、自分らしく
頑張ります。




・・・いつの間にか、気が付けばもうすぐ
ブログ開設三周年になります。
拍手の方も、たくさんいただきまして、
本当にありがとうございます(*^^*)
三周年記念日には新しいお話をひとつアップ
出来たらいいなぁ、と考えています。

ここまでブログを続けてこられたのも、二人を
思う皆さまにわざわざ足を運んで貰えた
お陰です。

ありがとうございます(*^^*)

これからものろのろ運営ではありますが、
お付き合いいただけると嬉しいです。



日々、感謝☆和那




☆お知らせ☆

素敵サイトさまを一件お迎えいたしました。













今でもとても大切なあなたへ・・・。



ここまで続けてこられたのも、
全てあなたのお陰です。



どれだけ感謝しても足りません・・・。
ありがとう・・・ありがとう。

離れていても、会えなくても・・・。
あなたを大切に思う気持ちは決して無くなる事
はありません・・・。



ありがとう・・・。

あなたはいつまでも、これからも。
私のかけがえの無い大切な人です。

ずっと、これから先も、ずっと・・・
私の大切な人でいてください・・・。



2016.08.20 Sat (06:00) l お礼 l コメント (0) トラックバック (0) l top

幾つもの選択肢の中から、
自分が選んだたった一つの道がある・・・。

それを選んだ事に、時には迷ったり、
悩む時があるけれど・・・。

この道を歩いてゆく、と
選んだ自分を信じて生きて行く・・・。













「・・・あ!やだ香、ここ青くなってるわ!
え、あっ、ここもよっ!」



香の友人でありデザイナーである絵梨子は、
大きな声を出して思わず叫び声を上げた。
それは、これからモデルとして撮影しようと
する香に付き添っていた際に、
香の脚や背中に痣らしきものを幾つも
見つけたからだった・・・。



「ん?・・・ああ!
この間ちょっとやっちゃって。あはは。」



香は絵梨子に言われた箇所を横目で見ながら、
何時もの事だと言わんばかりに笑ってみせた。



・・・普通の女ならば、身体に傷や痣が
出来ようものならば、多少なりとも気にする
だろうに、香ときたら・・・。

絵梨子はその職業柄、傷や痣に慣れてしまって
いるらしい香を見つめながら、
大きな溜め息を1つ、深々と吐いた・・・。

・・・と、そんな絵梨子の様子を察した香は、
思わず絵梨子に声を掛けた。



「・・・どうしたの?絵梨子。
もしかして、どこか具合でも悪いの?」



そう言って、香は心配そうに絵梨子の顔を
覗き込んだ。

そんな香に対し絵梨子は、
自身の身体に付いた痕など気にも留めない
香の態度についカッとなってしまい、
思わず怒ってしまった。



「・・・そうじゃなくてっ!
ねぇ香、貴女、確かこの間もそうだった
じゃない!」

「そうって・・・何が?」

「痣よ痣!この間は擦り傷だったけど!
・・・もうっ、人の心配するより、まず
自分の心配でしょう!?
香は昔からいっつもそうなんだから!

・・・大体、冴羽さんは?!
香、冴羽さんと一緒だったんでしょ?」

「ええまあ、一緒には居たけど・・・」

「やっぱり一緒だったのね!
冴羽さん・・・全く、彼には呆れるわ!」



冴羽が香の近くに居たのなら、
どうして香の身体に傷が付かないと
いけなかったのか・・・。

香を心配するあまり、絵梨子の苛々が
募ってゆく・・・。



「・・・どうせ冴羽さんの事だから、香を
放っておいてナンパでもしていたんでしょ。」

「え?でも、これと撩とは全然関係無いのよ。
絵梨子、ちょっと考え過ぎ。
それに、撩のナンパなんて何時もの事だから
・・・。」

「一緒に居たなら尚更、ちゃんと香の事を
守ってくれなくちゃ駄目じゃない!
・・・とりあえず、痣になっている所は
メイクで何とかカバーしましょ。」



絵梨子はそう言って、近くに居たスタッフに
声を掛け、何やら指示を出した。
絵梨子の様子から、絵梨子が何か勘違いを
している、という事を感じた香は、
その誤解を解こうとした・・・。



「え?あ、あのね絵梨子!
だから撩は関係ない・・・」



・・・が、絵梨子は香の意見をろくに聞きも
しないまま、くるり、と勢い良く香の方を
振り向いた。
そして、酷く怒った顔をして香に怒鳴った。



「関係無くないのっ!!


・・・ねぇ香。・・・お願いだから。
貴女ももう少し、自分を大切にして頂戴よ。
痣なんかで済んだからいいものの・・・
もっと酷い怪我なんかしたら一体どうするの
・・・?
あたしはただ、貴女が心配なのよ、香。」



絵梨子は頬を濃い桃色に染めめつつ、
心配そうに香を見つめながら、自身の想いを
ぶつけた。
その傍らで、絵梨子の指示により香の痣を
カバーしようとするスタッフ・・・。
彼女や近くにいた別のスタッフもまた、
香の痣を気の毒そうに見つめていた・・・。



・・・・・・・・・・香は。

自分の事を真剣に心配し、怒ってくれた
絵梨子の気持ちに対して何やら申し訳なく
思い、小さな声で

“ごめんね”

と絵梨子に詫びながらも



・・・それでも・・・それでも身体に
付いたこの痣と撩は関係無いのだ・・・と、
撩は何も悪くない・・・
むしろ、悪いのは自分なのだと
心の中で思った・・・。






・・・絵梨子が見つけた、香の身体に出来た
痣はおそらく先週、冴子からの依頼を受け、
撩と二人で、解決した際に出来たものだ、と
香は思った。

撩と二人で冴子の元へ辿り着いた際、出向いた
先はかなり古びた廃ビルで・・・。
冴子の許可も得た撩と香はそこで、少量だが
爆薬を使用する事にした。
その爆破の際に飛んできた破片か何かが偶然
香の身体に当たり、痣として今日まで
残ってしまったのだろう・・・。

だが、特に身体に酷い痛みは感じ無かったし、
撩は勿論だが、香も今更、痣の1つや2つ
気にはしない。
それが目立たない場所なら・・・尚更だ。

だから、絵梨子に言われるまで、香自身
痣の存在に気付きもしなかった・・・。



・・・どうして身体に痣が付いたのか、
それを事細かに絵梨子に説明したりはしないし
、するつもりも無い。



自分は撩と戦いながら生きていく事に誇りを
持っている・・・。
撩は何だかんだ言いながらも、いつも自分の事
をフォローしてくれている・・・。

だから、これからもこの生き方を続けてゆく
事に迷いも何も無い。
撩と一緒に戦ってゆきたい・・・。
だから、自身の身体に傷や痣が出来たところで
、香はそれを恥ずかしいとは思わない・・・。




むしろ、誇らしい・・・。



・・・けれど。
それは自分の意思と反して、親友である
絵梨子や、その周りにいる人間に少なからず
勘違いされ、今回のように誤解を招いてしまう
・・・。

自分の仕事や生き方を・・・。



それは、香にとって受け入れ難い
ものだった・・・。









「はーい、では撮影に入ります!」



・・・絵梨子の指揮のもと、
モデルとしての香の撮影が開始された・・・。





綺麗な洋服を着てメイクを施して貰って、
カメラの前に立ち・・・
カメラマンに誉められながら、
適度に身体を動かし、ポーズを取ってみせる。

誉められる度、カメラのシャッターが
切られる度に、自分がまるで違う人間になった
ような気持ちになって・・・何だか自分という
人間が特別扱いをされているような気がした
・・・。

高校時代に仲の良かった絵梨子が傍に
いてくれて・・・周りには、自分の年齢に
近い位の女の子のスタッフやカメラマンが
いてくれる・・・。

ここに来る度に、服装や食べ物の事、恋の話
など・・・撩たちといる時とはまた違った、
色々な話が出来る・・・。



・・・モデル、という仕事にも・・・
全く憧れや未練が無いか、と言えば、
嘘になる・・・。

楽しい事も沢山ある・・・けれど。



素敵な衣服やアクセサリーを身に纏ったり、
メイクで美しく見せるよりも・・・

傷を気にしながら生きるよりも、
傷を誇りに思い、生きてゆく・・・。



それが・・・自分らしく・・・
自分にとって、凄く心地が良くて・・・
そして、とっても誇らしい・・・。



香は写真を撮られながら・・・
心の中でそう感じる自分の気持ちを
素直に“愛しい”と思った・・・。

















・・・絵梨子の所有するスタジオで撮影が
行われる日は、いつも撩が香を絵梨子のいる
スタジオに送り迎えをしていた。

それは香に頼まれたから、という理由も
あるのだけど・・・。



最近はナンパをするのも控えめだ。
飲みに行く回数も随分と減った・・・。

今まで離れていた分、香に付き合うのも
悪くないかな・・・
なんて考えも撩には密かにあったりして・・・




・・・反面、少しだけ・・・
ほんの、少しだけ・・・。

絵梨子の依頼でモデルをする香に我慢している
部分が、まぁ、無いわけでは無いのだけれど
・・・。



・・・撩は今日も、香の撮影が終わりそうな
時間を見計らい、アパートから愛車を走らせ、
絵梨子の所有するスタジオまで香を来た。

何時もなら、建物の入り口近くで
香がそわそわしながら撩の迎えに来るのを
待っているのだけれど・・・。




・・・来ない。

撩は、スタジオの駐車場に車を止め、少し
様子を伺ってみた・・・が、
一向に、香が建物から現れる気配が無い。

今日は随分と遅いな・・・と思いながらも、
撩はとりあえず待ってみる事にした・・・。







・・・1本・・・。




・・・また1本・・・。



煙草の吸い殻が増えてゆく・・・。



・・・今日はどうやらかなり遅いようだ。
待っている間の暇潰しに、と、吸い始めた
煙草も、何本吸い終わっても香の戻ってくる
気配が無い。



・・・その吸い殻がとうとう10本目に
達しようとしていた頃、漸く香の姿が見えた。
香は撩の車を見つけると、慌てた様子で
車の傍へ駆け寄ってきた。






「・・・っ、ごめん撩っ!
遅くなっちゃった・・・っ!」



髪を乱して走ってきた香は、余程急いで
来たのか、息は激しく乱れ・・・
言葉も途切れ途切れだった・・・。



「なんだぁ?
今日はやけに遅かったじゃないか。」



撩は、少し拗ねたように、唇をわざと
尖らせながらそう呟くと、
香は遅くなってしまった事を直ぐに詫びた。



「ごめんごめんっ、ちょっと絵梨子と話が
あって。
・・・でもっ、やっと終わったから・・・。


・・・あ・・・もしかして撩・・・
ずっと待っててくれてたり・・・した?」



香はそう言って、運転席のドアに近寄り、
申し訳なさそうに撩の顔を覗きこんだ。

・・・撩は、確かに(そして一方的に)随分と
待ちわびたのだが・・・



「ーーーいや、今日は俺も用があってな。
まあ、今来た所だ。」



とだけ告げる事にした。
そして、あと少しでフィルターまで
燃えてしまいそうな位に吸った煙草の吸い殻を
撩は香に気付かれないようにして揉み消した。

香はそんな撩の仕草に気付かぬまま、
急いで助手席側に回ると、勢い良くドアを
開けて、車の中に乗り込んだ。

辺りは既に暗くなり・・・。
撩のお腹も、もう随分と前から既に何度も
空腹を知らせる地響きのような豪音が響く
・・・。



「しっかしーーーあ~もう限界だ~!
香ぃ~、腹へった~!!
なぁ、今日のメシは何だ?!」

「そうね、あたしもお腹空いちゃった。
本当にごめんね!・・・って、やだ!
もうこんな時間?!
ん~、もう遅いし、今晩はカレーにでも
しようか。
とんかつ用のお肉を仕込んで来たから、
特別にカツカレーにしてあげる。」

「了解!!
んじゃ、さっさと戻るとするかーーー。」



撩はそう言うと、車のハンドルを握り直し、
アクセルを踏み込んだ・・・。












夕飯にありつくまでに長い時間を要したせいか
、香が用意した今晩のカツカレーは何時にも
増して美味しく感じた・・・。

あまりに美味しかったので、鍋の中のカレーと
炊飯器の中のご飯が無くなる位迄、撩は食べ
続けた。
香は、相変わらずな撩の底無しの胃袋と食欲に
呆れはしたけれど、物凄く美味しそうに食べて
くれた事が、何より嬉しかった・・・。






食後・・・撩は一息ついてから、香に
言われるままに風呂に向かった。

・・・暫くしてから風呂から上がった撩は、
キッチンに赴き、そこに居る筈の香に向かって
声を掛けようと思ったのだが、そこには先程
食べたカレーの良い香りだけが残るだけで、
香の姿は何処にも見当たらなかった。
リビングにいるかと思ってみたが、
そこにもそれらしい気配が感じられない。

リビングよりも感じる香の気配は・・・






「ーーーーーーーーーー屋上?」



・・・何故、こんな暗い時刻に香は屋上に
行ったのだろう・・・。

撩はまだ濡れている髪をタオルでがしがし、と
拭きながら、香がいるであろう屋上の方を
見つめた・・・。













・・・香は一人きりで、アパートの屋上に
立っていた・・・。



少し涼しく流れてくる風が、
ノースリーブのシャツからすらりと伸びた腕と
、短めの髪の間をするり、と撫でてゆく感触が
何とも心地いい・・。

そんな心地よさに身を委ねながら香は、
ビルの屋上の縁に軽く肘を付いて頬杖をつき、
ただ、ぼんやりと・・・
夜の闇に煌めく、沢山の灯りを眺めていた
・・・。







「ーーー風呂、空いたぜ。」



後ろからふいに、聞き慣れている男の声に
呼ばれ・・・。

ゆっくりと後ろを振り返るとそこには、
まだ綺麗に乾き切らないままの髪をそのままに
、いつも通りのラフな格好の姿の撩が、
火のついた煙草をくわえたまま立っていた。



「・・・もう。
煙草を吸いながら歩いたら、灰が落ちるって
言ってるでしょ。」



と、香は撩に小言を言ってみたが、
その表情は怒ってはおらず、
むしろ柔らかなものだった・・・。






「ーーー珍しいな。」

「ん?屋上にいるのが?
そんな事無いわよ・・・撩が知らないだけ。」

「そうかーーー?」



撩は香と話しながら、香の横に歩み寄った。
撩の使っているシャンプーの香りが香の鼻の
奥をくすぐる・・・。
その匂いを密かに楽しみながら、香は、
撩の痛い所を軽く突いてみる事にした・・・。



「ええ、そうよ。
・・・だって撩ったら、ついこの間まで
い~っつも外に飲みに出歩いてて、
ろくにアパートにいなかったじゃない。」



・・・香のこの一言に。
撩の眉間に思わず、くっきりとした皺が寄った
ので、香は思わず吹き出しそうになった。
当の撩は、ばつが悪そうに視線を夜景へと
泳がせながら、唇を尖らせ反論に出た・・・。



「そりゃまあ、そうだけどーーー。
けど最近はあんまり行ってねぇじゃねーか。」

「そうなのよね。
・・・あんたが飲みに行かないから、
この間なんかお店のママ達に、

“香ちゃん!お願いだから撩ちゃんが
飲み歩くのを許してやって!”

なーんて言われたんだから。

けど、撩が飲み歩気に行かないなんて・・・
何だか変な感じ。
あ、あたしに気を使ってるなら気にしないで
いいのよ?程々に飲むなら許してあげる。」

「ーーーは?ーーー何、お前は俺に飲みに
行って欲しい訳?」

「そうは言ってないでしょ?」

「ーーーーーーま、気が向いたらその内飲みに
行くさ。お前もその内慣れるーーー。」

「そうね・・・じゃあ仕方ないからその内
慣れてあげる。」

「ーーー素直じゃねぇなぁ。」

「・・・お互い様でしょ?」



そういうやり取りを何度か交わし・・・
二人はやがて、可笑しくなって、声を上げて
笑った・・・。




やがて・・・

しばらく間を置いてから、香はゆっくりと
口を開いた・・・。






「・・・ねぇ、撩・・・。」

「ーーーん?どうしたーーー?」

「あたしね・・・絵梨子からのモデルの
仕事・・・断る事にしたの。」



香はそう言って、どこかすっきりとした、
楽しそうな笑顔で撩を見つめた。
撩は突然の香の発言に驚き、思わず目を
大きく見開いたまま香を見つめると・・・
香は、撩を見つめていた視線を、
街に光るネオンの輝きにゆっくりと向けながら
言葉を続けた・・・。






「・・・急にびっくりした?ごめんね。
今日、絵梨子を説得するのに思ったより
時間がかかっちゃって。
それで帰りが遅くなっちゃったの。」

「そりゃお前ーーー。
でもーーーーーーーいいのか?
絵梨子さんの、断っちまって。」



少し心配そうにこちらを見つめる撩に向かい、
香はにっこりと笑顔を浮かべながら口を開いた
・・・。



「ああ・・・うん、いいの!
それに・・・このまま絵梨子の好意に甘えて
いたら、本気でモデルを目指してる子に
怒られちゃうわ。」

「ーーーとか言って。
本当は結構楽しかったんじゃねーのか?
収入もいいって言ってたじゃねーか。」
 
「まあね、絵梨子のお陰で助かっちゃった!
あんたのツケもすっかり払い終えたしね。」

「ーーーそりゃあ悪かったな。
けど、あの絵梨子さんの事だし、辞めるなんて
申し出は相当拒んだんじゃねぇの?」

「うん、凄かった・・・。
・・・けど、最後は絵梨子もちゃんと
解ってくれた・・・。
だからね、最後に1枚、どうしても記念に
撮って欲しかった服があったから、それを
着て写真を撮って貰ったの。
今度、CATSで絵梨子に会う予定なんだ。」



香は、消えようとしている痣を指でなぞり
ながら、言葉を続ける・・・。





「・・・絵梨子がね、言うのよ。

『もっと自分を大切にしないと駄目よ。』

って。」



そう呟く香は、どこか寂しげに見えた。
撩は、香の話をただ、黙って聞いていた・・・




「ほら、この間冴子さんの依頼請けた時に
爆薬使ったじゃない?あの時に飛んできた破片
か何かで痣が残っててね・・・絵梨子に
怒られちゃった。

・・・モデルをさせて貰って分かったの。
ねぇ、撩・・・マリィーさんって凄いわよね。
撩と一緒に戦った事だってあるのに、今思えば
身体の目立つ所に傷なんて見えなかった・・・

注意の仕方が違うからかしらね。」



香はそう言って、悪戯っ子のように笑って
見せた。
久々やな耳にする懐かしいマリィーの名前に、
マリィーと、マリィーの父親の姿が脳裏に
浮かぶ・・・。



「そうだなーーーあいつは父親にかなり
鍛えられたし、何より身体に傷が付くのを
嫌がっていたからなーーー。」

「そっか・・・・・・・・・ねぇ撩?
あたしは色んな意味で未熟だから、身体に
傷だって付けちゃうし、付けた事すら
気付いていない時がある・・・。

けどね・・・あたしは、身体に残ってる傷も
痣も恥ずかしいとは思わないの。
・・・痣が残ってたのだって、海坊主さんに
教えて貰ったトラップを上手く作動させる事
が出来たからだし、それで撩や冴子さんの役
に立てた。

・・・けどね、これを見て・・・
そうは思わない人だっているの・・・。」

「ーーー絵梨子さんーーーか?」

「・・・色々、ね。

そんな事を色々知って・・・何だろう・・・
綺麗に着飾って、写真を撮られるために
身体に傷を付けないように生きるのって、
・・・何か、あたしらしく無いなあ、って。
そう思ったの。」



香は・・・ずっと胸の奥に閉まっていた
もやもやとした気持ちを撩にぶつけた。

撩は、香の話に黙って耳を傾けていたが、
少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた
・・・。



「ーーーそうかーーー。

けどーーーお前はそれで満足なのかーーー?」






・・・撩だけは、知っていた。

香がモデルの仕事をしてきた時の
嬉しそうに話す笑顔も・・・
その日、どんな事を体験してきたかも・・・。
そしてその表情は、そこら辺に居る、
普通の女の子らと変わらなくて・・・。

・・・普通の生き方を香から奪った、と
感じている撩にとっては、たまにモデルとして
撮影をしたり、絵梨子のような友人に
会う事位なら、良いと思っていた・・・。



けど、香の意思は・・・。






「・・・うん。
あたしは傷を気にしながら写真を撮られるより
、例え傷付いてでも、撩と一緒に生きたい。

生きていきたい・・・。
勿論、傷が付かないように気を付けるわよ。

・・・でも・・・それが、いい・・・。
これからも、ずっと・・・
そんな生き方をしていきたい・・・。」



香はそう言って、顔を上げて真っ直ぐに撩を
見た。
その瞳には、迷いなど無く・・・
強い意思が伝わってくる・・・。



撩は、香の肩にそっと手を掛けると、
香にそっと呟いた。



「ーーーまぁ、そういう考えもーーー
お前らしくていいんじゃあないか?」



撩はそう言って、もう片方の手で、香の頭を
くしゃくしゃ、と撫でた。
そして、撩は撫でていた手を下ろすと、
それを今度は香の肩に置き、
ふっ・・・と、微笑んだ・・・。







「香、今までお疲れさん。

ーーーじゃあ、今夜はお祝いに一杯呑むか。」

「うん!・・・って、お祝い?何の?」



撩と一緒に飲む事は理解出来たが、撩の言う

“お祝い”

の意味が香には理解出来ない。
不思議そうな顔で考え込む香の頭の上に、
はてなマークが幾つも見える気がして、
撩は笑いそうになるのを堪え、香の様子を
伺っていたが、暫く間を置いてから、
悩んでいる香に向かってこう言った。





「ーーーそうだな。

お前が、漸く絵梨子さんに解放された記念
ーーーかな。」



撩の言葉に、香の目が点になる・・・。
益々、何の事だか分からない。



「へ・・・?解放?

・・・あんた、絵梨子の事苦手だったっけ?」

「ーーーーーーそうじゃねーよ。」

「じゃあ何よ・・・?」

「ーーー分からないか?」

「・・・・・分かんない。」



撩の言っている事が本当に理解できない香は、
眉間に皺を寄せて悩んだ。
そんな香をからかう訳では無いが、
撩は分からないならば態度で示そう、と
思い、行動に出る事にした。



香にすっ、と詰め寄り・・・

・・・香の首の後ろに左手を差し入れて
逃げられないように支えると・・・
その首筋に自身の唇をあてがい、
跡が付くほどきつく、強く、吸いついた
・・・。



「ひゃああああっ?!!」



撩の唇が離れた後に咲いたのは、
まるで紅い華のように濡れた、口付けの跡
・・・。



撩突然の行為に、香は動揺してしまって、
上手く言葉が出ない・・・。

足が震え、今にも身体が崩れ落ちて
しまいそうだ・・・。



そんな香に少し意地悪をするかのように、
撩は香の足元にしゃがみ込むと、
香の顔を見上げた。



「ーーーモデルなんてやってる間は
キスマークなんて付けたら目立っちまうだろ

ーーー絵梨子さんには悪いが、ま、
これからは色々気にせずにあんな事や
こんな事が出来るってもんだ。」

「・・・・・?!!あっ、あんな・・・?!」

「ーーーやっぱ酒はいいや。
乾杯はまた今度な。
ーーー香、取り敢えず一緒に風呂入ろうぜ。
今日は俺が洗ってやるよ。
身体の隅々までーーーな。」



そう言って、撩は香の太ももに手を伸ばした。
そして、それを引き寄せ、自身の肩に香のお腹
をあてがい、撩はそのまま立ち上がった。

・・・香は肩に担ぎ上げられる形になって
しまい、気が付いた時には、香の視線は
地面の方を向いていた。







「きゃあっ!!!
ちょ、ちょっと!?降ろして!撩っ!!!」

「ん?ああいいぜ、風呂に着いたらな~。」

「あ、あんたさっきお風呂に入ったでしょ
?!」

「いーじゃん。別に何回風呂入っても
死ぬ訳じゃねぇし。

ってーーーいてっ!こら、暴れるな!」

「やだっ!はっ、早く下ろしなさいっ!!
風呂くらい一人で入れるっ!!
撩のエッチ!スケベ!」

「ーーーあのなぁーーー。

跡が残っても俺と生きたい、って言ったのは
お前だろ?」

「そ、そうだけど・・・っ

跡の意味が違うからあっ!!」

「あ?お前ーーー何想像してんの?」

「・・・え?・・・・・え?!」

「俺はただ、お前の身体にまだ痣が無いか、
身体を洗ってやるついでに確認しようと思った
だけなんだけど。
まあ、お前がそこまで想像するなら期待に
応えてやらないとなぁ。
そっかあ、跡付けて欲しかったのかぁ!
ーーー香ちゃんったら、や~らし~い。」

「り、りょお~っ!!!」
















美樹「・・・で?
香さんはモデルの仕事を断っちゃったの?」



美樹は驚きを隠せない様子で声を上げた。



美樹の営むその店に、今日は香の姿は無く
・・・。

男店主不在のこの日、美人の女店主の相手を
していたのは、いつの間にか店の常連に
なっていた絵梨子・・・。
もっとも、絵梨子の方も仕事が忙しく、
この店に足を運んだのは随分と久しぶりの事
だった。

絵梨子がここ、CATSに足を運ぶようにって
からは、実は随分と経つ・・・。

以前、美樹と会った際に喫茶店を営んでいる
事を知り、香からのCATSを勧められたり、
スタッフから店の評判を聞いた絵梨子が
自らそこに足を運び、いつしか海坊主と美樹の
淹れるコーヒーのファンになったのだ。

(ちなみに、絵梨子がコーヒーにはまったのは、
絵梨子が高校時代に兄の淹れたコーヒーを
水筒に入れて持ってきたのを一緒に飲んでから
、がきっかけだったりする。)



絵梨子は美樹の淹れたコーヒーを一口
飲んでから、酷く残念そうに溜め息をついた。



「そうなんです。香ほど私のデザインした服が
似合う女性は居ないと思っていたのに・・・。
あたしも相当食い下がってみたんですけどね。
・・・駄目でした。」

「香さん、いつもにこにこしてるけど、
ああ見えて、芯はしっかりしてるからね。」

「そうなんです。
・・・でね、香に頼まれたんです。
自前の服を持ってくるから、最後に1枚、
それを着て写真を撮って欲しい、って。
プライベートな写真だから人払いをして、
カメラマンと私の二人だけで立ち会ったん
ですけど、・・・その時の写真がね・・・。」



絵梨子はそう言って、座席の横に置いてあった
ショルダーバッグの中から1枚の写真が入った
フォトフレームを取り出した。
美樹がそれを受け取り、目にすると、
そこには・・・。



「・・・あらぁ、素敵!!。」



・・・写真の中の香は、全身タイプの
レオタードに踵が低めのヒールを履き、
上着をさらりと肩に羽織って、とびっきりの
笑顔で立っていた・・・。

美樹がそんな香の写真に見とれている横で、
絵梨子は少し悲しそうに、溜め息をついた。



「そうなんですよ・・・活動的な女、って
感じでしょう?
・・・香が何故この服で写真を撮って
欲しかったのかは、よく分からないけど・・・
これが想像してた以上に格好良くって。

・・・こんないい表情見せられて、
しかも着ている服が、私がデザインした
服より・・・遥かに香に似合ってる。


「確かにそうね。香さん素敵・・・。」

「本当!・・・もう、ショック過ぎますよ~。
私これでも世界で活躍するデザイナーですよ!
それがレオタードに負けたんですよ?!

・・・でも・・・だからもう・・・
諦めるしか無いでしょう・・・?」



絵梨子はそう言って、少し悔しそうに、
けれど、どこか嬉しそうに微笑んだ。



「・・・香の事はきっぱりと諦めて・・・
私はまたデザインの腕を磨かないと。
・・・美樹さん、この写真、香に渡して下さい

本当は今日、ここで香と会う約束をして
いたんだけど、急に用事が出来たとかで
会えなくなっちゃったので・・・。」



絵梨子はそう言って、写真を美樹に渡すと、
カップに残ったコーヒーを飲み終え、
バッグを持って立ち上がった。



「あら・・・もうお帰り?
久しぶりに来てくれたんだから、もっと
ゆっくりして行って。」



カウンター越しにそう声を掛けてきた美樹に、
絵梨子はにっこり微笑んで言った。



「ありがとうございます美樹さん。
けど、私これから海外に行くんです。
・・・私も香に負けないよう、まだまだ
頑張らなくっちゃ!

コーヒーご馳走様でした!
こっちに戻ってきたらまた来ますね。」



そう言い残して、絵梨子は店を出て行った
・・・。





「・・・うん、私も頑張ろう。
頑張ってね、絵梨子さん・・・。」



美樹は消えてゆく絵梨子の背中にそう、
語った・・・。


















「もう、撩のバカ!
あんたがあんな事ばっかりするから、当分は
美樹さんのお店に行けないじゃないの!
絵梨子に会う予定だってあったのに~!
・・・当分は依頼を見に駅に行くの、
一緒に付き合ってもらいますからねっ!」

「あ?CATSに行きたきゃ行けばいいじゃ
ねぇか。
そんなに行きたいなら一緒に行ってやるよ。
あの美樹ちゃんの事だ。

“あら香さん、夕べは随分盛り上がった
みたいね。羨ましいわ。”

って言われるだけじゃねーか。
まあ、冴子やミックが来てたら何言うかは
分からんが。
あ、何ならミックに見せつけてやるか?」

「だ、だって!り、撩がこんなにあちこち
・・・あっ、跡なんか残すからでしょ!?」

「だって~、夕べ、香ちゃんが嬉しい事ばっか
言ってくれるから、撩ちゃん張り切っちゃって
~。」

「だからって、もう少し場所を考えなさいよ
!」

「何だよ、じゃあ場所考えたらしてもいい訳
ーーー?」

「り、りょおなんて、もう知らないっ!」







どんな道でも歩いてゆける・・・。

あなたとなら、どこまでも・・・。





*********************




皆さまこんにちは。和那です。
随分久々の更新になります。


大変遅くなってしまいましたが、
先の大地震により被害に遭われたり、
大雨や地震、天候の不良により被害に
遭われた方々、心よりお見舞い申し上げます。
ニュースを見るたび心が傷みます・・・。



当ブログにいつも足を運んで下さるあなた様、
初めて足を運んで下さったあなた様、
拍手をくださったあなた様、
わざわざコメントを寄せてくださったあなた様
ありがとうございます。


私信
リンクの件について当ブログにお問い合わせ
下さいましたSさま、ご連絡ありがとう
ございます。
返信させていただきたいのですがsさまの
サイト名が分からずご挨拶に伺えません。
大変お手数ですが、サイト名を再度ご連絡
下さると助かります。


日々、感謝☆
2016.07.19 Tue (06:00) l l コメント (2) トラックバック (0) l top

「ごっそーさん。んじゃ、ちょっくら飲みに
行ってくるわ。」



食後のコーヒーを飲み干した撩は、香にそう
言うと、座っていたソファーからすっ、と
立ち上がった。

自身のコーヒーカップを持って、今まさに
ソファーに座らんとしていた香は、驚いた様子
で撩を見ながら、思わず叫びにも似た声を
上げてしまった。



「は?!今日も!?あんた毎日・・・」

「あ?ーーーああーーーま、そーいう事で。
んじゃな。ーーーお子様は先に寝てろよな。」

「ちょっ・・・撩ぉ!」



香の言葉を半ば遮るようにしてそう言い残すと
、撩は香の頭の上にやり、ぽんぽん、とその頭
を軽く叩くように撫でた。
そして、その手を頭から離すと、愛用している
上着をさっと羽織り、足早に部屋を出て行った
・・・。



・・・そんな撩の、相変わらずな態度に今日も
呆れながら。
香は深い深い溜め息を一つ、ゆっくりと
吐き出した・・・。



・・・が、幾らこの場に立ち尽くしていても、
撩は当分帰っては来ない。

香はカップを手にしたまま、撩が先ほどまで
座っていたソファーに近付くと、そこに深く
腰を沈め、背凭れに身体を預けた。
そしてコーヒーカップを口元まで近付け、
ゆっくりと温かなコーヒーを口に含んだ。

・・・ソファーに残された撩の身体の温もりと
、淹れたてのコーヒーの熱が、香の身体を
じんわりと温めてゆく・・・。





・・・香がここ、撩の住むアパートに身を
寄せる事になって、気が付けば数ヶ月が
過ぎていた・・・。

香が越して来るずっと以前から、撩が外に
飲みに出歩くのは何時もの事だったらしく。

香が越してきたばかりの頃は、撩の方も香に
気を遣ってか、夜に外出する事は殆ど無かった
のだが、香が住み慣れ、環境にも慣れてゆくに
つれ、少しずつ撩が夜、外に出掛けてゆく回数
が増え・・・

とうとう香一人で夜を明かす日々が続くように
なっていた・・・。

撩と言えば、一度外出してしまうとその日の
内に帰って来る事は先ず無くて・・・。
ほぼ毎回、と言っていい程、酷く酔い潰れた姿
で朝方ふらふらと帰宅する・・・。

ここ最近の撩の行動パターンと言えば、朝方、
玄関やリビングのソファーで眠ってしまう
ので、仕方なく香が叩き起こす。渋々目を
覚ました撩はそのまま風呂場へ向かい、熱い
シャワーを頭から浴びて目を覚ます。
それが済み、着替えを済ませた撩は、香の用意
した朝昼兼用の食事で胃袋を満たし、自室に
戻って眠る・・・。

撩にとってみれば・・・香が用意する食事を
摂る、という事以外の行為は、全てが当たり前
で日常茶飯事だったのだろう・・・。



・・・だが。
香にはそれが、酷く不健康そうに見えて仕方が
無かった。
仕方が無くて、兎に角我慢かならなくて。
初めは口喧しく小言を言い続けてみたりした。
だが、どんなに喧しく言ってみても、撩は
変わらずに飲みに出かけて行ってしまう・・・

・・・なのでとうとう、香も喧しく言う事を
諦めてしまった。

(だが程々には言う。・・・程々には。)

香の方も今ではそれにもすっかり馴れてしまい
、今では撩が眠っている間に炊事や洗濯を
済ませ、自身の日課である依頼の確認をしに
一人、出掛けてゆく。



・・・何時もの撩の事だ。今日もどうせ遅く
まで飲んで来るのだろう。

飲みに出歩く度、戻って来た撩の身体から、
脱ぎ散らかした衣服から漂うのは、強い酒の
匂い、それに、ほんの時折硝煙の匂いが混じる


そして、甘い、甘い、香水の芳香・・・。

考えたくもないが、想像は良くない方へと
向かってしまう・・・。





撩が・・・他の女に・・・べたべた触ったり、
もっこりを迫っていたらどうしよう・・・

もし、迫った女が撩を気に入ってしまったら
どうしよう・・・

もしも、撩が狙われたりしたら・・・

危ない目に遇っていたら・・・

もし・・・

もしも・・・





・・・考えないようにしようとしても、心は
撩を探し求めてしまう・・・。

撩を心配しながら、コーヒーの入ったカップ
に口を付けた香は、勢い余って熱いコーヒーを
思い切り口に含んでしまった。



「ぅあっ・・!・・・ち、ちっ・・・」



コーヒーの熱で、舌を少し火傷してしまい、
口の中がひりひりする・・・。





「・・・・・・・はぁ~ぁ・・・。

・・・・・・・・・撩の・・・ばか。

飲み歩いてばっかりいたら・・・か、身体に
悪いんだぞ・・・。

・・・ったく・・・たまには・・・たまには
早く帰って来やがれってんだ・・・。」



香は、まだコーヒーが残ったままのカップを
そっとテーブルに置いた。
そして、履いていたスリッパを脱ぐと、
ソファーの上で膝を曲げて、すらり、と長く
伸びた足を手で包み込むように抱きしめながら
、少し寂しそうに、小さく呟いた・・・。










・・・その頃・・・。

撩は一人で夜の街の中を歩いていた・・・。
火の付いた煙草を口にくわえながら、上着の
ポケットに手を突っ込み、少し背中を丸め
ながら・・・。

ふらふら、と歩いているように見せながらも、
店の客引きをしている男達や黒いスーツを
きっちりと着こなした男、酒に溺れて上機嫌な
客と楽しそうに歩いてゆく着飾った女達と目を
交わし、撩は軽く挨拶を交わしてゆく・・・。



(ーーー特に変わりは無しーーーか。)



街の様子が何時もと変わり無い事を一通り確認
し終えた撩は、とある行きつけの、一件の
飲み屋がある方向へ身体を向け、そこへ
向かうために歩き出した・・・。



暫く歩いて撩は、目的の店に辿り着いた。
この店にはいつも来る訳では無い・・・。
本当にこの店の店主が対処、対応に困った時
だけオーナーに呼び出しを貰う・・・。



・・・本当ならば。
今日は久しぶりに香とアパートで過ごそうと
思っていたのだが・・・こればかりは仕方が
無い。
香は香で、撩が夜な夜な酒を煽っては女遊びを
している、と思っているのだろうけれど・・・


(女は勿論好きではあるが)



情報交換を主とするが、時には厄介な仕事の
依頼もしばしば・・・。
今夜の“それ”は、多少手こずりはしたが、道具
を使わずに片付ける事が出来た。
後始末はこの店の主が既に手配済みなので、
ほんのお礼に・・・と出される報酬を素早く
懐にしまいながら、撩は目の前に差し出された
高そうな琥珀色の酒を口に含んだ・・・。



撩が女にだらしない酔っ払いを演じるのは、
新宿という街に上手く溶け込み、変な輩に目を
つけられたりする事を極力減らし、街を掃除
してゆくためだ・・・。

女好きの撩、で名を馳せ、香を男女、と扱って
おけば、香が撩の弱点だと狙われる確率も減る
・・・。



槇村は・・・。槇村は、そんな撩のやり方を
知った上で、撩のパートナーを買って出た。
だから撩も槇村の申し出を断らなかった。



・・・だが。

香は違う・・・。

・・・別に香を信用していない訳では無い。
だが香は槇村の妹と言うだけの、ただの素人で
・・・人を殺めた経験どころか、人に怪我を
追わせた経験すら無い・・・。
むしろ、人を傷つける事を嫌がる・・・。

いつか・・・槇村の大切にしていた妹である
香を元の・・・表の世界へ返してやらなければ
・・・。





撩はそんな想いを胸に抱いたまま、強めの酒を
一気に飲み干した・・・。










・・・撩に。
そんな風に思われているなどとは微塵も知りも
しない香は、撩の帰宅を諦めて、一人眠りに
ついていた・・・。

日付が変わる頃までは撩の帰りを待ち、それを
過ぎても撩が戻らない時は、潔く眠りに付く。
それが香の決めた決まり事だった。

撩の帰りが遅い事を勿論心配はするけれど、
眠らなければ香の生活リズムが狂うし、自身の
体調管理にも響く・・・。

香とて、相方になった男が朝帰りをした、と
いう位の事で怒るつもりは無い。
まだ兄が生きていた頃は、夜中に一人きりに
なる、という事が何度もあったからだ。
まだ撩が、同じアパートに住まわせてくれる
というだけでも安心して日々を過ごす事が
出来ている・・・。

なので今日も清々しい朝を無事に迎える事が
出来た・・・・・・・・のだが。






今、香の目の前に。
いや・・・・・足元に。

夕べからずっと待ちわびていた筈の男が、
決して許してはいけない行為をしている・・・




一人、清々しい朝を迎えた香は、手早く着替え
を済ませてから朝刊を取ろうと、玄関に
向かった。
そこで香が目にしたものは、寒々しい玄関に
ごろり、と仰向けに寝転がったまま、ぴくり
とも動こうとしない、我がパートナーの姿
・・・。
しかも、靴すら脱いでいない・・・。



・・・何でこんな場所で眠れるのだろう・・・
自室まで歩いて行って、ベッドで眠った方が
よっぽど良いだろうに・・・。

(最も、撩の寝室が香の努力で綺麗になった
のはつい最近の事で、もしかしたらベッドで
眠る習慣すら無いのかもしれないけれど・・・
)



こんな場所で寝たままで居たら、幾ら丈夫な
身体の持ち主であろうが風邪をひいてしまう
・・・。
酔い潰れて床に寝転がった撩を、香は呆れた顔
で見つめながら、それはそれは大きな溜め息を
ついた。




ーーー当の撩は。
玄関に近付いてくる香の気配を感じて、香が
近付いて来る随分前から目が覚めていた。
だが、ずっと床に寝転がっていたので体の
あちこちが痛く、尚且つ起き上がるのも面倒
臭かった。
このまま横になっていれば、その内香に
起こされるだろう・・・。

撩は、そのまま横になって、静かに香の様子を
伺う事にしてみた・・・。



漸く香が傍に来たので、撩は薄目を開けて香の
様子を伺う事にした。

仁王立ちの香がこの日身に付けていたのは、
ゆったりめの薄緑色のトレーナー、その下には
履き古したジーンズを切ったお手製のショート
パンツ。

素足にそれを纏った香は、立ち姿こそ仁王立ち
だが、足のラインは実に綺麗だ・・・と、撩は
薄目を開けながらそれをぼんやりと見つめ、
にやり、と口元を緩ませながら、思わず呟いた
・・・。





「ーーーへぇ、いい脚してんじゃん。
香ちゃんーーー。」



撩はそう言いながら、いやらしい手つきで香の
足に触れようとした。だが、それを阻止する
かのように、撩の顔面に香の右足の裏が
ぎゅうっ、と押し付けられた。

香の履いているスリッパの、温度と質感が
酷く冷たい・・・。



「あ?やっと起きたか?!この変態!!
酔っぱらい!!何こんな所で寝てるんだ!!
全く、毎日毎日こんな時間に朝帰りすんじゃ
ない!!
兎に角いい加減に目を醒ませよ!!
今日は11時から依頼相手に会うんだから!」



撩を踏みつけていた足を退けながら、香は大声
で叫んだ。
依頼、という言葉に思わず撩の目が醒める
・・・。



「ーーー依頼ぃ?俺は美人じゃないと依頼は
受けないからなぁーーーぅわ?な、何だ?!」



そう言いながら、再び寝入ろうとする撩の傍に
しゃがみ込んだ香はいきなり、撩が履いている
ブーツに手をかけると、片足ずつ脱がし始めた

突然の香の行動に撩が呆気にとられている間に
香は両足からブーツを脱がしてしまった。
そして今度は撩が纏っているコートの首もとを
引っ張ると、長い廊下をずるずると引き摺り
始めた。



「ーーーっ、ちょ、待て!ーーーぐえっ、
く、首が絞まるっ!!」

「じゃあこんな所で寝るなっ!おまけに酒臭い
し、兎に角依頼人に会うまでに酔いを醒ませよ
!」

「ーーー依頼人って女か?」

「ああ。・・・まぁ~声はイイ感じだったぜ。


「何?!ーーーよし、判った!んじゃあ香!
酔い醒ましに朝飯を作れ!」



撩の言葉に驚いて、香は思わずコートを掴んで
いた手を緩めた。身体の自由を取り戻した撩は
勢い良く飛び起きた。



「は?!それだけでもう行く気になったのか
?!呆れた奴・・・。」



撩の態度の変わりように、香は再び深い溜め息
をつきながら、



「・・・兎に角、早くシャワー浴びて来いよ!
その間に朝食の準備をしておくから。」



と言って、その場を立ち去った・・・。






・・・男勝りな口調に、ぶっきらぼうな態度。
可愛気が無いと言えばそうでも無い。

ミニスカートは良く似合うし、お尻のラインも
なかなかのもの。ちょっと触れれば頬を染める
程に純情だし、ちょっと悪戯すれば本気で
刃向かってくる。決して口には出さないけれど
、料理はかなり旨い。おまけに綺麗好き。



・・・女のレベルで言えば、かなり高い。
冴子とはまた違った魅力があるいい女・・・
香はそんな女だ・・・。

本人は銃の扱いだとか武器の扱いに詳しく
なりたいと言うが、これだけの器量があるの
なら、それこそ誰かと結婚でもして、平和に
暮らしてゆく方が香のためにいいんじゃないか
、と。

撩の脳裏に夕べの迷いが、想いがふと甦る
・・・。



雛の刷り込みのように自身を慕って、兄の
代わりにシティーハンターになる、と言っては
いるけれど、香はまだまだ世間を知らなすぎる
・・・。



いつか、いつか自分から離して
やらなければ・・・。



そんな事を考えながら床に寝転がったままで
いた撩だったが、いつまでも寝転がっていたら
また香に怒鳴られる・・・と思い、漸く床から
身体を引き起こし、そのままキッチンへ
向かった・・・。





「・・・あ!?撩まだそんな所に居たのか?!
シャワーは?!」

「悪い悪い、先に飯食わせて。撩ちゃん腹
減って死にそう~。」

「・・・ったく、仕方ないなぁ。
今すぐ出すからちょっと待てよ。」





・・・トーストの焼ける香ばしい匂い・・・。

・・・ベーコンエッグの焼ける匂い・・・。

・・・俺と自分の、2杯分のコーヒーを淹れる
ために湯を沸かしている、やかんの湯気でさえ
、撩の瞳には少し眩しく映る・・・。



こんな絵に描いたような“幸せ”な雰囲気の中に
俺が居ていい訳が無い・・・。
女にだらしない最低な奴だと愛想を尽かして
香が出て行きやすいように、何時か、何時か
香が自分の元を離れて生きていこうと思う日
まで・・・



平穏な日々に少しだけ浸ってみるのも悪く無い
・・・と。

撩はそう思いながら、目の前に差し出された
厚切りのトーストに手を付けると、それに
思い切りかじり付いた・・・。

















・・・けれど・・・。










「ーーーあーあ。またこんな所で寝たのか?
全く、呆れた奴だなーーー。」



とある日の、真夜中・・・。

愛用している桃色の毛布に身体のラインが
分かってしまう位にぴったりとくるまって、
香はソファーの上ですやすやと眠っていた。
少し寒いのだろう、長く伸びた足の膝をくの字
に折り曲げて小さく縮こまる姿はまるで幼子の
ようだ・・・と撩は思った。





あれから数年・・・香は未だ、撩と共に居た。
 
銀狐に狙われ、撩にパートナーを解消すると
告げられても香はめげず、海坊主にトラップを
習いに行き、銀狐をあと一歩のところまで追い
詰めた。あの時の得意気な顔に、態度に、
そしてその努力に・・・撩はパートナー解消を
やめた・・・。
今では暇を見つけては自ら進んで海坊主の所に
足を運び、トラップを習っているらしい。

(ちなみに海坊主は、香お手製の弁当攻めに
よって落とされたらしい・・・。)

時折、香と口喧嘩になる度、理由を付けて撩は
パートナーを解消すると告げてみるものの、
あんたのもっこりを止めるのはあたししか
いない、とか何だかんだ言い訳をつけて、
兎に角撩の傍に居るのだと・・・
そう告げた香を、いつの間にか撩は受け入れて
いた・・・。




・・・撩は・・・。

香が銀狐に狙われた時、不本意ながらも心を
乱し、教授にだけは自身の胸の内を打ち明けた

自身の気持ちを伝えようとして、香に告白を
しようとしたにも関わらず、事もあろうに
間違えて拓也の家庭教師をしていた温子に
口付けをした事もある・・・。

(当然、香には怒られた・・・。)



・・・香本人こそ気付いてはいないが。

撩は香が思っているよりも素直に、心の内を
さらけ出している・・・。
結婚、という言葉をちらつかせたのも、香以外
には居ないのだ。

香にだけはもっこりしない、というのも、裏を
返せば、香を性欲の捌け口として見てはいない
・・・つまり、香は他の女とは違う扱いだ、と
いう事なのも。
あまりにも表現が遠回し過ぎて、鈍感な香は
それに気付かない・・・。

けれど、撩もまた、何時かは香を表の世界に
返そうと思っていたし・・・それが香の幸せの
為なのだ・・・と。
香が撩の気持ちに気付かないのを良い事に、
決して直接的な表現は避けて来た・・・。
香の事を思うならば、出来れば普通の生活に
戻してやりたい・・・その思いは今も
変わらない・・・。




以前ならば酒を煽って帰宅した際は、玄関先や
リビングで寝転がる、なんて当たり前だった撩
だったが、香の小言を避けるため、寝室以外で
眠りにつく事は無くなっていった・・・。
ベッド以外で眠りに付くと、香が撩の身体を
心配して口喧しくベッドに行けと言うからだ。

それなのに、その当の香が、寝室で眠らずに
リビングのソファーで眠りに付く、という回数
が増えた・・・。



その理由はたった一つ。
・・・そう、外出した撩の帰りをリビングで
待っているのだ。

寒さのせいか、自室からお気に入りの毛布を
持ってきて、それにくるまってはいるが、
如何せん、広いリビングに毛布一枚は寒すぎる
・・・。



この光景に出くわす度に、撩は香を起こす。
眠りが浅い時は驚いたように飛び起きて、撩に
一言二言お説教じみた事を言っては自室に
向かうのだが、眠りが深くなるとなかなか
目覚めはしない・・・。
その度、撩は何度かリビングから香を部屋まで
連れて行っている。

(もっとも、香は撩が運んだなどとは
これっぽっちも考えてはいないので、自身に
夢遊病の気があるのでは、と本気で心配して
いる。)



・・・抱き上げるのは容易い。
運ぶのも大した事は無い。
ただ、撩自身の、心と身体の自制が利かなく
なりそうになるのが怖かった・・・。



・・・この日の香は、声を掛けても、肩を
揺すってみても、目覚める事は無かった・・・

そう言えば、朝からよく働いていたな・・・と
、忙しそうに、けれども生き生きと働く香の姿
を撩は思い返した。

深い眠りについていた香の、ぴったりと閉じ
られた瞼から伸びた長い睫毛が時折ぴくり、と
震えたり、口紅など付けてはいないのに、
水をやった花の花弁のように艶やかな唇が
うっすらと開いて、言葉にもならないような
呟きを漏らしたりするので、撩は思わず
どきり、とさせられる・・・。
眉間に皺を寄せたりはしていないので、
悪い夢を見ているのではなさそうだな・・・と
、そんな事を思いながら、無防備に眠る香の
寝姿を、撩は静かに眺めた・・・。
やがて撩は、香の眠るソファーの傍に
どっかりと座り込んだ。

撩の身体から漂う酒の残り香が嫌なのか、
部屋が寒いからなのか・・・、香の眉間に
うっすらと皺が寄る・・・。

撩は香の顔にそっと手を伸ばすと、香の眉間を
指でそうっと撫でた。
それがくすぐったいのか、温かくて気持ちが
いいのか・・・。
香は、まるで顎の下を撫でられた猫のように、
口元をやんわりと弛ませた。
それが撩にはまるで、ふふっ、と微笑んでいる
かのように見える・・・。






「ーーーーーーーーーごめん、なーーー。」



・・・ふっ・・・と。



撩は・・・小さな小さな声でそう、呟いた。



兎に角色々有りすぎて・・・どんなに詫びても
足りないと・・・撩は思う。
そして、数年という年月を共に過ごしてきた
にもかかわらず、香に面と向かって今更それを
言葉にする事もまだ当分は出来そうにもない
・・・。

それがミックや美樹、冴子らに、どんなに
背中を押され、時には茶化されたりしても
・・・だ。



そんな撩の傍にずっと居てくれる香・・・。



香を手離せない自分に・・・
香を女として扱わない自分自身に・・・
それでも傍に居てくれる香の優しさに・・・






「ーーーありがとうーーーな。」



・・・今の撩にはこれが精一杯だった・・・。
そして、気持ち良さそうに眠る香の唇を、
撩は自身の右手の親指でそっとなぞった・・・




本当は触れたくて堪らない唇・・・。
抱きしめたくて堪らない身体・・・。

でも、曖昧な関係を続けている、今の状態で
香には決して手を出してはならない・・・。

だからこれは、香の意識が無い時にだけ撩が
時折行う、撩の密かな楽しみ・・・。






・・・と、眠っていたはずの香が突然、



「んもう・・・撩ったら。仕方ないわね
・・・。」



と突然言い出した。
香の反応に、撩は酷く驚いて、香の唇から指を
離すと共に思わずソファーから飛び退いた。



・・・だが。

香は気持ち良さそうに眠ったまま・・・
どうやら、それは寝言だったらしい・・・。



・・・しかも・・・撩が出てくる夢・・・。





「ーーーははっーーー参ったなーーー。」



撩は柔らかい表情で微笑むと、再びそっと
ソファーに近付いた。
そして、香の頭に自身の頭をそっ、と
くっ付けると、ソファーに身体を預けた。



・・・その内に・・・

・・・撩自身も眠気が襲って来てしまい・・・





「ーーー俺もーーー

このまま寝ちまおうかなーーー

ーーーーーーーーーなぁ、香ーーーー」



そう、呟いて。

・・・撩は、そのまま瞼を閉じた・・・。






もう手離したくない・・・

手離せない・・・



今更・・・他人に言われるまでも無く。

撩自身が・・・一番それを・・・痛いほど
理解している・・・。



お前を泣かす男が・・・今はお前を・・・



このまま・・・
 
出来る事ならばこのままずっと・・・

・・・俺の・・・





撩は誰にも聞こえないような位、小さな小さな
呟きをぽつり、ぽつり、と呟いて。
そのままゆっくりと意識を手離していった
・・・。





・・・どうか・・・


・・・このまま香が・・・

















「ん・・・・あーよく寝た。

・・・何か、いい夢みちゃった・・・
撩が・・・あー・・・ふふっ、へへーっ・・・
も一回寝ようかしら・・・・・・・あれ?
・・・何かお酒臭い・・・撩、帰って来た
のかし・・・ら・・・

・・・・・・・ん!???☆☆☆!?!?」

「ーーーぐふふっ。ーーーもっこりしましょ~
そーこのかーのじょーっーーー」

「こ、こんのもっこりスケベーーーっ!!!」

「ぐああああっ!?!?」







・・・撩はまだ、香が眠っている時にしか
素直になれなくて・・・。

・・・香もまた、撩に素直になれなくて・・・




けれどもいつの日か・・・自分の気持ちに
正直になれる時はきっと来る・・・。



それはそう、ここから遠くない未来・・・。



************************************
☆☆☆撩ちゃんhappybirthday☆☆☆

何とか間に合いました~!
久しぶりの更新です(*^^*)
撩ちゃんは香ちゃんの事を大切に想いすぎて
自分の気持ちに蓋をしてしまうんじゃない
かしら・・・と思っています。

いつも更新が遅くて本当に申し訳ありません💦(>_<)💦

当ブログにわざわざ足を運んで下さった貴方様
、本当にありがとうございます☆
コメント等もありがとうございます(*^.^*)
とっても嬉しいです☆

寒暖の差が激しいので、お身体にお気をつけ
下さいね。私も風邪をひかないよう気を付け
ます(*^^*)


日々、感謝☆

和那   
2016.03.26 Sat (06:00) l 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆さまこんにちは。そしてお久しぶり
です。和那です(*^^*)
良かったり、良くなかったり、と、
目まぐるしく変動するお天気のもと、
皆さま如何お過ごしでいらっしゃい
ますでしょうか?



年が明けてから、ブログ開設当初より愛用
しておりましたスマートフォンの機種変更
を行いました。
操作の方はだいぶ慣れてきたのですが、
文章を打つとなると、若干のぎこちなさが
生じております(^^;

特に文字列、変換、よく使用するドット
などがすぐに出てこなくてf(^_^;
ゆっくりと文章を書きながら慣れて
ゆきたいと思っています。



昨年~今年にかけて、当ブログに沢山の
コメントを頂き、ありがとうござい
ました!そして、休んでばかりで
ごめんなさい。
でもでも、とても嬉しかったです
(*^^*)

頂いたコメントの中にある、とあるご意見
(公にはいたしませんが)私も同意件で、
読ませていただく度に、



「書かせていただけて良かったなぁ」



と、嬉しい気持ちでいっぱいになります。
ありがとうございます(*^^*)




・・・シティーハンターのお祝いの年に
水を差すようで今まで発言を控えて
おりましたが、私は、シティーハンター
以外の、パラレルの世界、及びパラレル
の関係する設定、お話等、全て受け入れ
られません・・・。

彼女が彼の傍に居ない・・・その世界を
考えただけで涙が出てきてしまい、
悲しくて仕方がないのです・・・。

北条先生の一ファンとして、先生が執筆
しておられる作品を受け入れる事が
出来ない事を大変申し訳無く思い、
どうしたら良いのか悩んだ時も一度や
二度ではありません。

・・・けれど、私にはどうしても無理
でした。
受け入れる事、見ることは辛くて仕方が
ないのです・・・。


だからこそ、私はシティーハンターの
世界をめいっぱい大切にしよう、
シティーハンターの世界を大事にしよう
と思いました。



それが、私に出来る・・・精一杯です。



シティーハンターを生んで下さい
ました北条先生を心から敬愛して
おります。感謝しております。



当ブログに足をお運びくださる方の
中で、パラレルの世界を愛しておられる
方には不快な思いを抱かせてしまい
ました事、お詫び申し上げます。
大変申し訳ありません・・・。


まだまだ言葉にしたい、書いてゆきたい
二人の世界が沢山あります。
相変わらずのろのろペースではありますが、
気が向かれました際にお付き合い下さると
とても嬉しいです。



大人だからこういう文章を、とか

大人だからこういう世界を、では無く。

私らしく、私にしか紡げない
シティーハンターの二人の世界を
紡いでゆけたらいいな、と・・・。



寒さが厳しく、天候も変動しがちな毎日
です。
皆さま、くれぐれもお身体をご自愛
くださいませ・・・。



それではまた(*^^*)

日々、感謝☆

和那
2016.01.19 Tue (06:00) l お礼 l コメント (0) トラックバック (0) l top
海坊主と美樹が営む喫茶店に香が
足を運ぶのは、日課である。
今日もまた、何時ものように出入り
口のドアに手を掛け、すっとドアを
押すと、ドアに取り付けられている
カウベルが、カランカラン、と
心地好い音を響かせた・・・。



「・・・ん?あ、香さん。
いらっしゃ~い!」



香が勢い良く店のドアを開けると、
店の奥からとびきりの笑みを
浮かべた美樹が、常連客である香を
出迎えた。



・・・大好きな彼女と、芳しい
コーヒーの香り漂うこの店に足を
踏み入れると、自宅へ戻った時の
安堵感とはまた違う、心から
安らげる雰囲気が此処にはあって、
香はそれが堪らなく好きだ・・・。
財政難で財布の中身が苦しい時も
香がこの店に足を運ぶのは、ここの
コーヒーがとても美味しいという
のも勿論あるのだが、何より香が
姉のように慕っている、大好きな
美樹と、美樹の愛するパートナーで
ある海坊主に会いたいがため、
だったりもする・・・。



・・・死と隣り合わせ、とも言える
世界に身を置く中で・・・。
香にとって、喫茶店を営む二人は
唯一無二の、愛と幸せの象徴だ。
二人を見ていると、それだけで何処
か香の心は安らぐ・・・。

・・・時折、ふいに。
撩に自分は相応しく無いかも
しれない、と底知れぬ不安に襲われ
たり、自分に自信を無くしそうに
なる時・・・幸せそうな二人を見て
いるだけで、自分もずっと撩の傍に
居たい・・・傍に居ても良いのだと
・・・心からそう思わせてくれる
何かがある・・・。



・・・いつか・・・いつか自分も
二人のようになれたら・・・、と
心の中では密かに思っているのだが
、気が付けば自分も撩も互いに
憎まれ口を叩いてしまう・・・。



・・・本当は・・・。

香だって本当はもっと、撩に優しく
したいし、撩に優しくされたい
・・・。
撩の口から愛する者、と聞かされた
今でも、撩にちやほやされる自分
以外の女性を心底羨ましく思う
・・・。

撩と出会ったばかりの・・・女性と
してはまだまだ幼かった頃・・・
撩に振り向いて欲しくて、撩に自分
を見て欲しくて、撩がナンパをする
ような、撩好みの女になりたいと
思った事があった・・・。
撩好みの女性になれば、撩好みの
女性にさえなれば、いつか・・・
いつか撩が、自分の事を女性として
見てくれるのではないか、と。
そもそも、撩のパートナーになると
決めた時に、撩の口から女扱いは
しない、と告げられたのに・・・。

・・・髪を伸ばせば女らしくなる
かと思い、少しだけ伸ばしてみた
時期もあった・・・。
けれど、癖っ毛はある程度の長さに
なるまで纏まらないし跳ねるし、で
なかなか手入れが面倒臭くて断念
した・・・。
化粧や香水にも憧れはあるけれど、
強い芳香は火薬などの匂いの察知を
妨げてしまうし、爪先を華麗に彩る
マニキュアは料理の妨げにしか
ならない・・・。
ヒールのある靴は過去に度々撩に
注意されたし、いざという時に走り
にくい ・・・撩とパートナーを
組んだばかりの頃は、撩の一方的な
言い分が素直に受け入れられなくて、
ちょっと苛ついた事もあった。
けれど、実際走るのには確かに凄く
邪魔だし、いざという時に依頼人を
守りにくかった苦い経験もしたので
滅多に履かなくなった。
(アイテムを仕込むには好都合では
あるのだけれど。)



・・・かつて、絵梨子に着替え
させられ撩とデートをした時、
妙な違和感があった・・・。
素敵な洋服にメイクで自分を着飾る
のは確かに楽しかったし、少し
どきどきもした・・・。



・・・けれど。

香同様に着飾ったあの夜の撩は、
香が望む撩の姿では無かった・・・

スーツを身に纏う撩に見慣れない、
という訳では無い・・・。
何時もと違う撩の態度に慣れない、
と言う訳でも無い・・・。
自分を女扱いをしてくれるのは心底
嬉しかったし、撩と“遊ぶ”なんて事
をした事など無かった香には、
それは堪らなく素敵で楽しい一時
ではあったけれど・・・。

香が傍に居たいと願うのは・・・
心から愛しいと思っている撩は
あの夜のような撩では無くて・・・

依頼人に対して様々な手段で迫り、
ふざけているように見せていても、
ちゃんと依頼人を危険から守り、
ずっと怯えていた依頼人の、心から
の笑顔を取り戻させてしまう
優しい男・・・。

見た目に拘りたいと思った事も
あるけれど、見た目以上に大切な
ものがある・・・。
それに見た目が綺麗でも、撩の足を
引っ張ったり仕事の妨げにならない
ように努力し続けなければ、撩の傍
には居られないし、居る資格なんて
無い・・・。
何より自分は撩の見た目だけが
好きな訳ではない・・・。

撩の、ちょっとした仕草にどきどき
したり、ときめいたり・・・。
ならば、撩が自分を傍に置く理由も
そうならばいい・・・。見た目にも
出来るだけ拘るけれど、それ以上に
中身を磨きたい・・・と。

そう思い始めた時に気付かされた
のは美樹の美しさ・・・。
化粧っ気は殆ど無いのに、愛する
海坊主との日々に満たされている
からなのだろうか・・・。
内からきらきらと輝いているような
眩しさと美しさが美樹にはある
・・・。
それに気付いてからというもの、
香が美樹に抱く憧れは、以前にも
増して強いものになっていった
・・・。










「こんにちは美樹さん!」



香はそっとドアを閉めると、美樹に
向かってにっこりと微笑んだ。



「香さん、今日は何時もより
遅かったのね・・・

・・・あら?何だか嬉しそう。
ん?何かいい事でもあったのかしら
?」



駅からの帰り道に立ち寄る香は、
大抵と言って良いほど落ち込んで
いるように、美樹の瞳には映って
いる。
(尤も、本人は平静を装っている
つもりなのだろうけれど・・・。)

・・・けれど。

今日の香は何処か、何時もと違って
見える気がしたので、美樹は香に
訊ねてみたのだ。
すると香は、美樹に聞いて貰う事を
まるで待っていたかのように
口を開いた。



「え?・・・あ、分かっちゃった?
へへ、そうなの!久し振りに仕事の
依頼の連絡先が書いてあってね!
待ち合わせの電話をしてたら遅く
なっちゃった!」

「本当?!良かったわね香さん!
随分久し振りなんじゃない?依頼が
来るの。」

「そうなの~!何か最近ね、誰かが
先回りして何件か伝言板の依頼を
勝手に消しちゃうみたいで、それも
男の人の時に限って!名前は残って
いるんだけど、連絡先が綺麗に
消されちゃってるの。本当困ってる
のよね・・・あ、コーヒーお願い
します。」

「はいはい、いつものね。」



香は、それはそれは嬉しそうに
溢れんばかりの笑みを浮かべながら
何時もよりも二割増し軽い足取りで
カウンターチェアまで辿り着くと、
何時も座っている場所に落ち着いた

・・・伝言板に書かれた依頼人の
依頼先を消しているのは恐らく香の
パートナーで。パートナーが依頼
相手の名前を伝言板から消して
しまうなど、理由はたった一つなの
だろうけれど・・・。
そんな事に気付きもしない、初めて
知り合った頃より遥かに素敵な女性
に成長した香に、美樹は温かい
お絞りを手渡すと、いつものように
コーヒーを淹れる準備を始めた。



・・・香は、美樹がコーヒーの準備
をしている間、ふと、店の中を
伺った。
依頼があった事に浮かれ過ぎて
気付くのが遅れたが、美樹の隣に
何時も居る、美樹の大切な海坊主の
姿が、今日は見当たらなかった。

・・・不思議に思った香はふと、
美樹に訊ねてみる事にした・・・。



「・・・そういえば美樹さん、
海坊主さんはお留守?
姿が見えないみたいだけど・・・」



きょろきょろと辺りを見回しながら
海坊主の姿を探す香の様子に
気付いた美樹は、にっこりと微笑み
ながら楽しそうにこう答えた。



「ん?・・・ええ、ちょっとね。
買い出しに行って貰ったの。」



コーヒーを淹れながら、美樹がそう
言うと、香は美樹の言葉に驚いて、
目を大きく見開いた。



・・・“海坊主”と“買い出し”・・?



香の頭の中では何だかそれらが
うまく結び付かなくて・・・あの
風貌に他の人達は驚いてしまうの
ではないか、と香は思わず心配して
しまった・・・。
美樹は、不思議そうな表情を浮かべ
ながら複雑な表情を浮かべる香が
何だか可笑しくて、思わずふふっ、
と笑みをこぼしながら、手際よく
コーヒーを香に差し出した。
香は礼を言うと、カップに手を
伸ばして取っ手に指を掛け、
コーヒーを口に運ぼうとした

・・・と、その瞬間。
出入り口のドアに取り付けられた
カウベルが、ガランガラン!と何時
に無く激しい音を立てた。



「あ、お帰りなさい!ファルコン。
ありがとう。お疲れ様。」



乱暴にドアを開けた主は海坊主で
あった。
美樹は何時にも増して嬉々とした
表情を見せながらカウンターの中
から出ると、帰ってきたばかりの
パートナーを出迎えた。
香はコーヒーを一口、口に運ぶと
戻って来た海坊主に挨拶をしようと
くるり、と体の向きを変えたのだが
・・・



「こんにちは海坊主さ・・・?」



と言いかけて、香は思わず言葉を
詰まらせてしまった・・・。

何故ならこの日の海坊主は、両手に
抱えきれない位の紙袋と美樹お手製
のエコバッグを幾つもぶら下げ、
頬どころか耳まで真っ赤に染め
上げて、びっしょりと汗だくの状態
でふうふう、と息を切らしながら
そこに立ち尽くしていたからだ。
そんな海坊主に美樹はにっこりと
微笑みながら海坊主に近付くと、
荷物を幾つか受け取り、代わりに
タオルを海坊主に手渡した。
海坊主はそれで顔や頭をごしごし
拭くと、ふぅーっと大きな溜め息を
付いた。



「・・・美樹。俺はもうやらん!」



海坊主は吐き捨てるようにそう
言うと、見えない瞳の奥から
美樹を睨んだ。
が、当の美樹は・・・



「ごめんなさいファルコン!
でも・・・ね?怒らないで。
皆、ファルコンが大好きなのよ。
それにね、私が買い出しに行くより
、ファルコンが買い出しに出掛けた
方が沢山おまけして貰えるんだもの
。」



とにっこり微笑み、背伸びをして
海坊主の頬にキスをした。
突然の、温かで柔らかな感触に
海坊主は一瞬にして硬直し、次の
瞬間にはその肌は頭のてっぺんまで
真っ赤に染め上がり、もうもうと
湯気を吹き出した。



「!??みっ!?みきっ!!
ひ、人前ではっ、はしたないっ!!
・・・フ、フン!!と、兎に角もう
俺は行かないからなっ!!!」



海坊主はそう大声で叫ぶと、酷く
ぎこちない動きで地下へ通ずる扉の
奥へ消えて行った・・。



「・・・?海坊主さん、一体
どうしちゃったの???え???」



香は訳が分からない、と言いたげな
表情を浮かべながら美樹を見た。
美樹はそれに気付くとにっこりと
微笑み、艶やかな唇を開いた。



「・・・私がよく買い物に行く
お店の店員さんにね、ファルコンの
隠れファンがいるのよ。」

「ファン!?凄ーい!
海坊主さんってちょっと迫力が
あって近寄り難いけど、優しいし、
それにとっても素敵だものね!」



香は瞳をきらきらと輝かせながら
美樹に言った。
香の言葉が素直に嬉しくて・・・
美樹は、幸せそうに微笑みながら
話を続けた。



「ふふっ。ありがとう。
・・・でね、きっかけは前に私が
どうしても手が離せない用が出来て
しまって・・・。
その時に、無理言ってファルコンに
買い出しに行って貰ったんだけど、
その帰りに見たことも無い位、
沢山おまけして貰ったの。
・・・後でファルコンが買い出しに
行った先にお礼を言いに行ったらね
、皆ファルコンの隠れたファン
なんだって事を聞かされたの。
中々ファルコンと接する機会が
無くて、直接話せて良かった、って
皆喜んでくれてね。
それから時々こうやって買い出しに
行って貰うようになったの。
ファルコンが皆に好かれるなんて、
これ以上に嬉しい事は無いし、
それにおまけして貰えるのは
すっごく助かるし、ね。」

「すっご~い!・・・でも良く
あの海坊主さんが納得してくれた
わねぇ。」

「そりゃあ・・・最初はかなり
嫌がったわよ。
けど、何度もお願いする内に
行ってくれるようになったの。
・・・そうだ!香さんも冴羽さんに
お願いしてごらんなさいよ。」



突然会話の中に撩の名前が飛び
込んで来た香は、驚きながらも
首を振って笑いで動揺を誤魔化し
ながら、美樹の言葉を軽く否定した




「へ?撩?・・・む、無理よ~!
だ、大体、あいつがそんな事する訳
無い無いっ。」



香は楽しそうに笑って見せた。
・・・撩に買い出しを頼む自分も、
撩が買い出しをしている姿も、
香には全く想像出来なかったからだ

しかし、美樹は香に言った・・・。



「そんな事無いわよ。
・・・ね、香さんも冴羽さんに
甘えてごらんなさいよ。
あんな態度ばっかり取ってるけど
本当は優しい人じゃない。ね?」



“優しい人”と、撩を褒める美樹の
言葉に、香は思わず照れ臭くなって
しまった・・・。



「え~?!やだ美樹さんたらっ。

・・・でも・・・そうね・・・
あたしも撩に甘えてみようかな
・・・出来る・・・かな。」

「だ~いじょうぶ。・・・ね?」

「う・・・うん・・・。」



頬を紅色に染め、照れ臭そうに
微笑みながら呟く香に美樹は優しく
応えた。

・・・と、その時。
香の背後から突然、再びカウベルの
激しく鳴り響く音と、ドアの勢い
良く開く音が響いた。
それとほぼ同時に、香が日頃、聞き
慣れている男の、叫びにも似た奇声
が店一杯に響き渡った・・・。



「美っ樹ちゅわ~ん!!
撩ちゃんでっすよ~!!」

「え?!撩?!」

「はい撩ちゃんでっすーーーうわあ
?!香っ!?」

「あら冴羽さん!いらっしゃい!
丁度今、香さんと二人で冴羽さんの
話をしていた所だったのよ。」



撩の挨拶をさらりと交わしながら、
美樹は撩に向かってにっこりと
微笑んで見せた。
・・・が、そんな事で怯む撩では
無い。
香が傍に居るにもかかわらず、
海坊主の姿が見えない事をいい事に
、美樹に近づこうとした・・・
が、次の瞬間、何処からか物凄い
早さで銀色のトレーが撩の顔を
目掛けて飛んできて見事に直撃、
その衝撃で撩は後ろにひっくり
返ってしまった・・・。



「~~~!!!ってえっ!!
いきなり何しやがるこのタコ!!
俺は客だぞ!?客に何しやがる!」



撩はがばっ、と起き上がりながら、
店の奥の扉の方に向かって大声で
叫んだ。
見れば、何時の間にやら姿を現して
いた海坊主が、部屋の奥から撩を
凄まじい形相で睨みつけたまま
立っていた・・・。



「フン!全く、騒がしい奴だな!!
毎度毎度喧しい!!騒ぐなら他所で
やれ!!大体てめぇなんか客でも
何でもねえ!!
一人でさっさと早く帰りやがれ!」

「は?!大体何だよ急に!!
トレーなんか投げやがって!痛い
じゃないか!!」

「フン!香が居るのに他の女に色目
使ってんじゃねえ!!いい加減その
だらしない癖をどうにかしろ!」



買い物疲れもあった海坊主は、撩を
激しく一喝すると、再び扉の奥へ
消えて行った・・・。



「ーーーいーーーってぇ~っ!!

ーーーあー、ひでぇ目に遭った!
美樹ちゃん、いつものね。」



撩は扉の奥に消えて行った海坊主に
ぶつぶつ文句を言いつつ、トレーを
ぶつけられた顔を擦りながら香の横
に腰をかけた。



・・・確かに、海坊主の言うことは
尤もだった。

店に香が居る事も知っていた。

知っている上で、こんな態度しか
取れない自分はどうなのか、嫌に
なる時もある。
けれど、数十年とこういう生き方や
行動をして来た撩にとって、癖や
女性に声を掛けたり軟派をするのを
止めるのは難しく、また、香と
気持ちを通わせ合った後も今までの
ように変わらない態度を取り続ける
撩に対して、香もまた、今まで通り
ハンマーを振り下ろして来たり、
時には怒ったりしてくる。



・・・今更、香に好きだの愛して
いるだの言えそうになくて・・・
他の女にならどれだけでも言える
のに・・・。



そんな思いを胸の内に秘めたまま、
撩は煙草を取り出そうとジャケット
のポケットに手を差し込もうとした
手を突然、ぐいっと香に強く引っ
張られた。



「ぅわっ!?な、何だ?!」

「りょ~お~っ!!」

「ぅおあ!?な、何だよ急に!?」



突然の香の叫びにも似た声と行動に
、撩は目を大きく見開いて驚いた。
何より香の顔が近い。思いきり腕を
引かれた勢いで、自身の腕に香の
胸が当たっている・・・!

・・・だが、香はそれどころでは
無かった。何しろ、数ヵ月振りに
依頼が来たのである。兎に角早く
撩に伝えたい、早く話をして撩の
喜ぶ顔が見たい・・・。

流行る気持ちを抑え切れない香は、
依頼があった事を兎に角早く伝え
たくて、酷く嬉しそうな笑みを
浮かべながら撩にこう叫んだ・・・




「撩~ぉ~!!
やったわよ~!!依頼よ依頼っ!
やっと依頼が来たのよぉっ!!」



香はそう叫ぶと、歓喜のあまり涙を
滲ませた・・・。
それほどに最近は、依頼という依頼
に恵まれなかった。

香は久々に舞い込んだ依頼の喜びを
撩に早く伝えようと、持っていた
バッグから手帳を取り出そうとした

・・・が、香のその喜びようから
依頼人が男であるかもしれない事を
勝手に想像してしまった撩は、突然
その場から立ち上がった。

撩は男の依頼は受けたくはない
・・・。
それは単に撩が男嫌いな事もあるし
、それ以外にも香には理解できない
ちゃんとした理由があるからだ
・・・。



「えっと、依頼主は狭山晶さん、
二十八歳。大手金融会社会社社長。
依頼内容は・・・」



依頼人の名前と職業を聞いた瞬間、
自分の勘が正しかった、と直感した
撩は、酷く慌てながら大声で香の
言葉を遮った・・・。



「ーーー~あ!お、俺、急用を
思い出しちゃった。
美樹ちゃん悪い、また来るわ!!」

「・・・え?り、撩っ!?
ちょっと、依頼っ!!」

「冴羽さん?!」



二人が撩の名前を呼び終わらない
内に、撩はまるで逃げるかのように
店を飛び出して行ってしまった。



・・・香は、待ちに待った久し振り
の依頼を、撩も喜んでくれると
思っていたので、撩の反応はかなり
ショックだった・・・。



「・・・撩、何で急に・・・。」



香には撩の行動が理解出来なかった

・・・毎回二人の様子を見ている
美樹には、何となくだけれども撩が
逃げ出した理由が分かったけれど、
目の前で落ち込んでしまった香が
どうにも可哀想で、慰めようと声を
掛けようとした・・・。



「あ~・・・香さん?
大丈夫よ!冴羽さん、ちゃんと
仕事を引き受けてくれるわよ・・」



・・・が、次の瞬間。
外からナンパを試みる撩の、至極
楽しそうな声が店の中まで聞こえて
きた・・・。



『あ、そこのかーのじょっ!
ちょっと暇?暇ぁ~?!』

『え?!やだぁ~何この人!』

『まったぁ~、可愛いんだから~』

『ちょっと、誰か助けて~!!』

『撩ちゃんと一緒に遊び~ましょ~
!』

『いやあああああっ!!!』



・・・相変わらずな行動しか
取らないパートナーの、店の中まで
聞こえてきてしまう撩のナンパの
やり取りと、追いかけられている
女性の叫び声に・・・。
、香は呆れるやら怒りたいやら、
腹が立つやら・・・兎に角、色んな
感情がどろどろと沸き上がり、心の
中に渦を巻いた・・・。
そして次の瞬間には、音も立てず
ごく静かに、香は何処からか
ハンマーを取り出していた。
何時もなら香を止める美樹も、撩の
行動の酷さに香を止める事は
出来なかった・・・。

香はハンマーの柄を握り締めたまま
撩を追いかけるように、店の扉を
開けて、勢い良く飛び出して行って
しまった・・・。








「撩の・・・撩のばかあっ!!!」

「彼女ぉ~ーーーーーぅ?

ーーーーぅわあ香ぃぃぃい!!」

「こんの、ろくでなし~!!」



香は怒りで我を忘れたまま、撩を
目掛けて手にしたハンマーを思い
きり振り下ろそうとした・・・が、
運悪く、身体のバランスを思いきり
崩してしまった。
撩の所に辿り着く直前にハンマーは
香の手をすり抜けて空を舞い、撩の
頭上目掛けて飛んで行き、撩は
ハンマーの下敷きになった。
一方、香はと言えば、突然足に
走った激痛に堪えきれず、その場に
しゃがみこんでしまった・・・。






「・・・っつ・・・。」

「ってぇな香いっ!


ーーーあり?ーーー香?」



撩は自身の身体を潰したハンマーを
手で避けながら上体を起こすと、
目の前で香が足を押さえながら
その場にしゃがみこんでいた事に
驚いて傍に駆け寄った。

香はどうやら無理な姿勢で足首に
負担をかけ、捻って痛めてしまった
らしい・・・。
足首に激しい痛みが走り、香は
思わず眉間に皺を寄せながら唇を
きゅっ、ときつく結んだ・・・。



「ーーーおい、大丈夫か香?」



撩は、香の腕に手を伸ばして身体を
引き起こそうとした。
・・・が、香は小さく肩を震わせた
まま俯いていた・・・。



「ーーーーーー怒ってる?」

「・・・・・・・・・・・・・・」



撩の問い掛けにも香は応えようと
しない・・・。
俯いたままの香に、撩は暫く頭を
ぽりぽり、と掻き、深呼吸をして
香に謝ろうとした・・・。



・・・香の無視、無言はかなり
堪えるのだ・・・。



「ーーーわ、悪かったよ。だから、
ほらーーー行こうぜ。

ーーー立てるか?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「ーーーーーーだ、だいたいなぁ、
お前がいけないんだぞ?あれほど
俺が男の依頼は受けるなってーー」

「・・・・・・・んなよ・・・・」

「ーーーそうそうおんなーーーー
ーーーーーーーーーーーーへっ?」



うんうん、と頷いていた撩の動きが
突然ぴたりと止まり、まるで何か
恐いものでも見るかのような動きで
恐る恐る香の方を見た・・・。



「・・・あんたが何勘違いしてるか
知らないけど、狭山昌さんは女性よ
・・・!!」

「ーーーーーーーーーーーあり?」

「撩の・・・・・」

「ーーーあ、あ~その~何だ、
うんーーー」

「撩の・・・馬鹿あっっ!!!!」

「ぎゃあああああああ!!!!!」

















「・・・香は随分と派手に暴れてる
ようだな。
叫び声がここまで響いてきたぞ。」



店の中から外の二人の様子を一人
静かに見つめていた美樹の後ろから
、海坊主が姿を現した。
店の中から撩と香の気配が消えた
のを感じたので、店の奥から戻って
きたのだった。
美樹はちらり、と海坊主の方を振り
返ると、にっこりと微笑み、再び
香と撩の居る方を見つめた・・・。



「・・・香さん、冴羽さんのせいで
すごく怒って店を飛び出して行った
んだけどね・・・」

「フン、どうせ撩の女絡みだろう。
香もご苦労なこった。けど・・・
何だ?」

「ううん・・・もう大丈夫みたい。
冴羽さん、暫くはナンパする暇も
無い位忙しくなりそうよ。」



・・・撩に身体を支えられながら
歩いてアパートに帰ってゆく香の
後ろ姿を静かに見つめながら、
美樹は呟いた。



「・・・何だそりゃ。訳がわからん
。」

「ふふっ、いいの。
・・・あ、そうだ。ファルコン、
一緒にコーヒー飲みましょ?
買い出しに行ってくれたお礼に
とびきり美味しいのを淹れるわ。」

「・・・・・・・ああ。頼む。」



ほんのりと頬を赤らめる海坊主を
可愛らしく感じながら、美樹は
カウンターの中へ戻って行った
・・・。

















喫茶店のドアに取り付けられている
カウベルがカランカラン、と
鳴り響いた。
それは何時も香が喫茶店に現れる
時間・・・。
けれど其処に香の姿は無い・・・。



「あら、冴羽さんいらっしゃい。」



店の中から美樹が声を掛けた。
その日店に現れた撩は、両手に
買い物袋をぶら下げ、辺りを酷く
気にしているようだった。
美樹の傍に居た海坊主は、撩の姿を
感じ取ると、笑いを堪えながら
呟いた。



「撩、良く似合うぜ。その格好じゃ
軟派も出来んだろうしな。」

「う、うるせぇタコ!」



撩は、酷く面倒臭そうな態度(を
わざわざ取りながら)でカウンター
チェアに腰掛けた。



「美樹ちゃん、何時もの頼むわ。」

「はぁい。冴羽さん、香さんの具合
はどお?」



コーヒーを淹れる準備をしながら
美樹は撩に訊ねた。
香が美樹の元に顔を出さなくなって
から一週間になる・・・。
香が足を痛めた翌日から、香の
代わりに撩が依頼を確認しに行って
いるらしく、先日香が撩に伝えよう
としていた依頼も、撩一人でそれを
引き受けたらしい・・・。
美樹は撩に内緒で



『お願い美樹さん!撩が変な事
しないか見張ってて!』



と、香から頼まれているが、香が
居ない時の撩は案外大人しくて、
少しだけつまらなそうに美樹の目に
映る・・・。



「ん?あ、ああーーーまあ、な。
早く治してくんねぇと、撩ちゃん
軟派も出来やしねぇ。」



そう言いながら、撩はカウンター
テーブルに肘をついて頬杖をついた
・・・と、その時、撩の携帯電話に
着信が入った。
撩はジャケットのポケットから携帯
電話を取り出すと、それを耳に
当て、美樹や海坊主に聞こえぬよう
ひそひそ声で話し始めた・・・。



「(ーーー何だよーーーああーーー
大丈夫だってーーー分かったから
ーーーああーーーなら切るぞーー


ーーーんーーーーーーーー!??)」



撩が口ごもった瞬間、撩の肩が
ぴくりと震え、両方の耳が真っ赤に
染まった。
・・が、撩は動揺を隠すかのように
、電話の相手に対して



「(ーーーと、兎に角切るからな!
わ、分かったからーーーはいはい
ーーー)」



と叫ぶように話し、言い終わると
物凄い早さで携帯電話をポケットに
押し込んだ。
そして、目の前に置かれたコーヒー
カップを手に取ると、それを一気に
飲み干した。



「冴羽さん・・・香さん、何て?」



撩の態度から、電話の相手が香で
ある事を察知した美樹は、撩に
訊ねてみた。・・・撩は、余程香
から照れ臭い事を言われたらしく、
美樹の問い掛けに対して平静を装い
ながら、大声でこう返した。



「か、香の奴、怪我したのをいい事
に、俺にあれこれしろって煩くて!
全く、面倒くせぇったらありゃあ
しない!」

「あら、その割にはすっごく
お似合いよ。買い出ししている
その姿。」



すると、隣に居た海坊主は、撩を
からかうかのように口を挟んで来た




「全く、美樹の言う通りだ。
さっきの電話の動揺からすると、
香から“撩、ありがとう”だの
“撩、大好き~!”とでも言われ
たんだろう。」

「!!?おまっ!?勝手に人の電話
聞きやがったなっ!?」

「いや、単にカマかけてみただけ
だ。ははぁ~・・・そうか、図星
だったか。はっはっは!!
・・・そんな事で照れるとは大した
事ねえな、種馬。」

「うるせぇハゲ坊主!!ーーー
とにかく、っーーーか、帰る!」



撩はそう叫ぶと、テーブルの上に
お札を一枚置いて立ち上がった。



「この間の香のコーヒー代込み。
美樹ちゃん、また来るわ!」

「はーい。冴羽さん・・・香さんに
優しくね。」

「俺はいっつも優しいの。」

「はいはい。」



くすっ、と笑いながら見送る美樹に
ひらひらと手を振りながら、撩は
店を出て行った・・・。





「・・・早く治るといいわね、
香さん。」



撩を見送った後、撩が空にした
コーヒーカップを片付けながら
海坊主に呟くと、グラスをピカピカ
に磨いていた海坊主がぽつり、
呟いた。



「・・・ああ・・・けど、早く
治らない方が香の為にはいいんじゃ
ないのか?」



海坊主があまりにも素敵な事を言う
ので、美樹は動きを止めて、海坊主
をまじまじと見つめた。



「あら意外・・・。ファルコンの口
からそんな言葉が飛び出すなんて。


「・・・フン。」

「でも・・・そうね。
これをきっかけに、あの二人、
もっと自分に素直になれたらいい
わね・・・。」

「・・・だな。」



美樹はにっこりと海坊主に微笑むと
、コーヒーカップを洗い始めた。
海坊主もまた、グラスを丁寧に磨き
始めた・・・。
















「ただいま~。香ぃ、頼まれてた
買い物してきたーーーあ、香っ!」

「あ、撩お帰り~!買い物して来て
くれてありがとうね。助かるわ~」

「この馬鹿!あれほど大人しく
してろって言っただろ!?」

「何言ってるの!言われた通り、
ちゃんと大人しくしてたわよ。
ただ床と階段掃除してただけ
・・・。」

「それが大人しい態度か?!
兎に角、ソファで座ってろ!」

「はいはい・・・あ、ねえ撩。」

「全くーーーあ?呼んだか?」

「買い出しありがとう。それと

・・・・・・撩、大好き!ふふっ」

「!!!?
だっーーーいいから!お前は黙って座ってろっっ!」

「はぁ~い!」






本当はもっと香に優しくしたいけど
、恥ずかしくて香にだけは不器用な
振る舞いしか出来ない撩と・・・

素直になりたいけれどなかなか
なれなくて・・・
怪我がきっかけで、撩に甘えて
みたり、頼ったり・・・少しずつ、
少しずつではあるけれど、
自分の気持ちを素直に伝える事が
出来るようになれて、それが自分
でも嬉しくて仕方が無い香の・・・



二人の距離が少し縮まった、とある
日の出来事・・・。






****************

更新が遅くなりすみません(>_<)

今年も皆様には大変お世話になり
ました。
コメントを下さったあなた方、
当ブログに足を運んで下さった
あなた様、本当に、本当に
ありがとうございます(*^^*)

相変わらずのろのろ更新になるかと
思いますが、来年もどうぞ宜しく
お願いします・・・(*^^*)

皆様、良いお年をお迎え下さいませ
・・・☆



日々、感謝☆和那


2015.12.28 Mon (06:00) l 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top

「お願い!どうしても貴方の力が
必要なの!手を貸して頂戴!!」



冴子からの、緊急を要する連絡が
突然撩の携帯電話に飛び込んで来た
のは、時計の針が11時を過ぎた頃だった。



冴子の話によると、国際指名手配中
のテロリストが日本にやって来る
との情報を警察側が密かに入手し、
冴子達は連日、空港にて張り込みを
続け、逮捕まで目前に迫った時、
相手側に警察の存在を知られて
しまい、テロリスト達は付近の
通行人を人質に、空港まで迎えに
来ていた仲間らしき人間の運転する
車に乗り込み逃走。
冴子の仲間の警官数人も、直ぐに
後を追ったが、車の中から発砲
され、銃弾数発が仲間の警官と付近
にいた民間人を巻き添えにした、
との事だった・・・。




















・・・それは夕べの事だった。



「え?・・・いいの!?」



食べ終えた夕飯の食器の後片付けを
していた香は、大きな目をぱちぱち
、と瞬きさせながら撩を見た。

週間天気予報を見ると、とても良い
天気の日が続いていたので、何処か
近場に、日帰りで良いから
出掛けたいなぁ、と香は撩に相談を
した。だが撩は、



“面倒くさい”



と言って、香は一度は断られた。
しかし、考えが変わったのか、撩は
香が淹れた食後のコーヒーを飲み
ながらこう言った・・・。



「ーーーたまにはドライブするのも
いいんじゃねーの?」



そう言い終わると、カップに残った
コーヒーをくいっ、と飲み干した。
香は撩の言葉が嬉しくて、今にも
溢れてしまいそうな笑顔で撩を
見つめた。



「やったあ~!じゃあじゃあ、
あたし明日、お弁当作る!
あ~何作ろっかなぁ~!楽しみ~!


「ーーー何。そんなに嬉しいのか?


「嬉しいわよ!当たり前でしょ!
あ~、そうと決まったら今から
下準備しておかないとね!」









・・・なので、冴子から電話を貰う
前、撩は香と二人で行動を共にして
いた。

車にお茶や弁当の入ったバスケット
を積み込み、撩の愛車に乗って
ドライブへ・・・だが、依頼が来て
いるか確認したい、と香が言うので
撩は駅まで車を走らせた。



・・・相変わらず、この日も依頼は
無かった。
けれど、久々に撩と出掛けられる、
という歓びに、香の心は何処までも
青く澄み渡るこの日の空のように
軽やかだった。

以前、モデルをやったお礼に、と
絵梨子から貰ったワンピースにも
袖を通し、ほんのりとではあるが
メイクを施してみたりもした。



・・・けれど。
車に戻る最中、街で擦れ違う人達の
口から発せられた言葉の中に



“テロ“、空港”、“人質”



と言った言葉が数多く含まれている
事に気が付き、嫌な胸騒ぎがした
・・・。
そして、急いで車に戻って来ると、
撩が何処か遠くを眺めながら電話を
している姿が見えた・・・。

外で聞いた会話の内容、そして撩の
様子から察するに、電話の相手は
恐らく冴子で、きっと内容は仕事
絡みなのではないか・・・と
香は直感した。



女の勘、というものは悲しいけれど
よく当たるものだ・・・。
香は車に近付くと窓をコンコン、と
数回ノックして、運転席側の窓を
開けさせ、撩の電話の相手が冴子で
ある事を確認すると、会話の内容も
ろくに聞かないまま、直ぐに冴子の
元へ向かおう、と撩を説得した。
撩は、何故香が自身と冴子の会話の
内容を知っているのか少し驚いたが
、撩のその表情から、
自身の知り得た情報がやはり本当で
ある事、そして、事件の解決には
きっと撩の力が必要なのだと、
撩の力を借りなければいけない状況
に冴子はあるのだと言う事を
香は思った。

それに、例え相手が冴子であれ何で
あれ、緊急事態には変わり無く、
それならば尚更急いで現場に向かい
冴子の手伝いをした方が良いだろう




撩は、香の判断に少し躊躇いを
見せた・・・。
夕べの幸せそうな香の笑顔や、弁当
の下準備を頑張っていた事を知って
いるだけに、冴子の手伝いをしに
行くという事は、それが今日中に
片付く保証など無い訳で、最悪、
今日は出掛けもせずにそのまま帰宅
する事になってしまう可能性が
あるからだ。


・・・が、香の意思は固かった。
その強い眼差しに真っ直ぐ見つめ
られ、

・・・もうこれ以上、香に何を
言っても変わらないな、という事、
今日一緒に自分と出掛けられると
あんなに喜んでいた香がここまで
撩を説得した事に、反対する理由を
見つける事は出来なかった・・・。



撩は小さな溜め息を一つついて、
香の頭に手を伸ばして柔らかな髪
を左手でくしゃり、と撫でながら
少し困ったような表情を浮かべ
ながら笑って見せた。
すると、香もまた、困ったように
笑って見せながら、こう言った。



「・・・さ、早く冴子さんの元に
行きましょ!」

「ーーーーーはいはい。」



相手の事を思って熱くなるのは
やはり槇村によく似ているな・・・と。
撩の瞳には、かつての相棒である
槇村秀幸の姿が微かに香に重なる
ように映った・・・。



撩の意思を確認した香は、直ぐに
助手席に乗り込んだ。
撩は車のギアへと手を滑らせると
素早くギアを入れ換えてクラッチを
踏み込み、アクセルをふかし
車は猛スピードで走り出した・・・












撩と香が撩の愛車に乗って、冴子に
言われた場所に漸く辿り着いた場所
には、テロリスト達が逃げ込んだ
とされるアジトらしき建物が直ぐに
見えた。
すぐ近くで撩と香が来るのを待って
いた冴子の話によると、共にこの場
に来ていた警官数名は、冴子の制止
を聞かずに身勝手な行動を取り、
建物の周りを見張っていた手下
らしき人間に早々にやられ、負傷
してしまって、今は麓の病院で
手当てを受けているとの事、そして
、海外から某国の主要人物が来て
いるために、こちらに余計な警官は
回せない、という上からのお達しがあった事を二人に告げた。



テロリスト多勢を相手に冴子一人
ではさすがに厳しい・・・。
だが、撩と香が来てくれた今は、
他の警官など居ない方が好都合だ。

中から見張りが辺りの様子を窺う
様子も見て取れる・・・。
道なき道を突っ走ってきたため、
香としては少し休みたい所では
あったが、そうもいかない。
三人で中の気配を探りながら、香は
撩の手を借りて、車に隠し持って
いたトラップを建物の周囲に一つ
ずつ仕掛けて行った。
・・・もちろん、爆薬の量は極力
控えめに、だ。

それがようやく仕掛け終わった頃、
建物から離れた三人は木陰に隠れ、
その場所から起爆スイッチを作動
させて、爆薬を一つ爆破させた。



かなり派手な爆音が響き、白い煙幕
が辺りを包み込む・・・。



相手は突然の爆音に驚き、直ぐ様
見張りの数名が入り口のドアから
飛び出してきた。だが、入り口付近
で待機していた撩と冴子が相手に
当て身を食らわせ、相手はそのまま
無言で床に倒れ込んだ。
香は更に爆弾を爆破させて建物内部
の人間を混乱に陥れ、その隙に二人
は中へ突入し、次いで香が中へ
飛び込んだ。

建物の中にいた他のテロリスト達は
爆破音にかなり混乱していた。
そこに、見張りではなく見知らぬ
人間がいきなり二人も突入してきた
事に慌てふためきながらも、機敏な
動きで抵抗を試みた。
が、撩と冴子はそれをはるかに
上回る鮮やかさと手際の良さで、
テロリスト達を仕留め上げ、
香は人質の安全確保に全力を注いだ

だが・・・。










「撩、香さん、

・・・今回は本当にごめんなさい!




テロリストに猿轡を噛ませ、
ロープで動けないようにし終わって
漸く全てが片付いた頃、突然、
冴子は撩と香に向かって酷く
済まなそうに深々と頭を下げて
お詫びをした。

人質になった人間を庇う際に、敵と
軽く揉み合いになり、少しばかり
衣服に乱れが生じた香は、手で
ささっ、と整えていたのだが、
突然の冴子の行動に酷く驚いて
身動きを止めた。



「どうしたの冴子さん!?突然。
ね、お願いだから頭を上げて!
それに、どうして冴子さんが謝るの
?謝る必要なんて無いじゃない。」



冴子に近付きながら、香は酷く
心配そうに冴子の顔を覗き込んだ。
・・・香の問いかけに、ゆっくりと
下げていた頭を上げた冴子は、
眉間にくっきりと皺を寄せながら
悲しそうに香を見つめた・・・。



辺りはすっかり陽が暮れてしまい、
気温も随分と下がり、肌をやんわり
と撫でる風も冷たい・・・。
肩に羽織るものが無ければ風邪を
ひいてしまいそうな位だ・・・。

そんな遅い時間まで、二人の足を
引き留めてしまった事。
そして香の・・・いつもとは少し
違う服装や外見から何かを察した
冴子は、香にこう問いかけた。



「だって貴方達・・・本当は
何処かへ出掛けるつもりだったん
でしょう?」



・・・本当は、この日初めて顔を
合わせた時に、香の服装が何時もと
違う事に冴子は気付いていた。
だが急を要する事件に、香にまで
気を配る余裕が冴子には無かった
・・・。



「・・・え?あ~あの・・・全然!
そう、全然大した事無いのよ!」



香はそう冴子に言ったのだが、



「いいえ、大した事なんて無く
ないわよ!」



少し興奮気味に冴子は話した。

すると、その側にすっ、と撩が
やって来て、冴子の肩にぽん、と
手を乗せた。



「あのなぁ、香の言う通りだって。
冴子、お前の考えすぎーーーな。
ーーーま、それでもお前の気が
どうしても済まないってゆーのなら
今すぐツケのもっこり5発チャラに
してくれよ~!
なぁなぁ~冴子ちゃあ~ん。」

「え!?ちょっと撩!あんた、
この期に及んでまーたそんな事
言って!」



ふざけた態度で冴子に迫る撩の頬を
、香がきゅっ、とつねった。



「あーたたたたっ!ってーな、
何するんだ香ぃ!」

「ふん、あんたが変な事ばっかり
言うからでしょう!?」



と、撩と香は何時ものように口喧嘩
を始めた。
そんな二人を見ていた冴子は、少し
苦笑いをしながら固く結んでいた
唇を開いた・・・。



「・・・ツケは当然チャラよ。
香さんにも助けて貰ったんだから
後で報酬をお渡しするわ。



・・・ごめんなさい・・・そして、

助けてくれてありがとう・・・。」



冴子のその言葉を聞いて、香は
にっこりと微笑み、撩もまた、
にやり、と微笑んで見せた・・・。



そしてやがて・・・。

一足遅く駆け付けた仲間の警察が
漸く冴子と合流した頃には、二人は
静かにその場を立ち去っていた
・・・。








こんな仕事・・・断っても良かった
ものなのだ、と冴子から連絡の電話
が鳴り響いた時に撩は思った。
だが、事もあろうに冴子からの依頼
をあんなに毛嫌いしていた香が、
撩の口から冴子の名前を聞くや否や
、痛いくらい真剣な眼差しで撩を
見つめ、



“冴子さんから依頼なんだから
直ぐに行きましょう、撩!!”



と言い切ってしまったから、香の
強い熱意に、撩の方も断るに
断れなくなり、冴子から指示された
場所へ急行したのだった・・・。

冴子の手伝い事体は然程手間取りは
しなかったが、事が片付いた頃には
日はすっかり暮れ、辺りは闇に
包まれてしまった・・・。




撩は冷えきった愛車を運転しながら
ポケットから煙草とライターを
取り出すと、一本を口にくわえて
先端に火を灯し、至福の一服を
味わった。

ガタガタと、舗装も整わない道無き
道を運転し、その揺れに何とか耐え
ながらも、車内が暖まるのを待って
いた香は、無意識に吐息で冷え
きった指先を暖めながらふと、
窓から空を見上げた。







・・・すると。

雲の陰り一つ無い、漆黒の闇夜には
零れんばかりの星々が燦然と
光輝いていて・・・。

それを見つけた香は、慌てて撩の
名前を呼んで車を止めさせると、
車外に飛び出して空を見上げ、



“わぁぁ・・・!”



と、歓声を上げた。



「ねぇりょお~!!
見て見て!すっごい星!!」



あまり星を見上げる機会の無い香は
感激のあまり瞬きする事すら忘れ、
それは幸せそうに空を見つめた。
撩は・・・そんな香に少し呆れ
ながらも香に言われるままに車を
降り、香が見つめる方に顔を向けた




・・・闇に目を凝らす事や、闇の中
から誰かを狙ったり調べたりする事
、闇に溶け込んで何かをする、と
いう事は数え切れない程重ねて
きたが・・・。

こうして穏やかな気持ちで星空を
見上げるなんて、一体いつ以来
だろうか・・・と、心の奥で
撩は思った。

それと同時に撩の脳裏にちらついた
のはまだ幼き日・・・、
父のように慕っていたあの男と、
二人で星を見上げては、星の位置や
名称についてを教わった、今と
なっては懐かしい日々・・・。





「綺麗ねぇ・・・。」



・・・父と慕っていたあの男の隣で
星を見上げていた記憶がよみがえる
・・・そんな想いの中で、ふと撩は
あの男の穏やかな眼差しを
思い出していた・・・。



気がつけば自分もまた、穏やかな
気持ちで香の隣に居る・・・。






あの頃・・・。

長く続く絶望の日々の中で。
想像もしなかったし出来なかった、

“絵に描いたような平凡な幸せ”

というようなものを感じる日が来る
なんて、思っても見なかったし、
・・・こうしてまた、誰かと
穏やかな気持ちで星を見上げる日が
来るなんて有り得ないと。
撩はそう、思っていた・・・。



・・・けれど・・・。







「ーーーああ、そうだなーーー」



・・・と、撩が言葉を紡ぎかけた所
で、撩の空腹を知らせるそれは
それは大きなアラーム音が
けたたましく鳴り響いた。

香は大きな瞳を真ん丸くし、次いで
ぱちぱちと数回瞬きをすると、
堪えきれず、可笑しそうに声を
上げて笑い出した。



「あっははは!ムード無いわぁ!」

「ーーーフン!そりゃあ悪かったな
!!」



撩はばつが悪そうに腕を組み、ぷい
、とそっぽを向いた。
香はあまりに笑いすぎて目尻に
滲んだ涙を指で拭いながら、
あまりに笑いすぎた事を撩に詫びた




「ごーめんごめん!・・・あ!」



話の途中で何かに気付いた香は、
傍に停めてあったクーパーの助手席
のドアに手を掛け大きく開け放つと
、後部座席に手を伸ばして
大きなバスケットを取り出した。
そして再びドアを閉めるとくるりと
振り向き、撩にバスケットを見せ
ながらこう言った。



「遅くなっちゃったけど、ご飯
食べよ!」



ボンネットの上にバスケットを
置いて蓋を開けると、中には沢山の
お握りやサンドイッチ、唐揚げなど
おかずの入った容器があった。



・・・普通の女なら、他の女からの
頼み事など断れと言うだろう。
以前の香なら、即座に断れと言った
だろう・・・。



・・・だけど、今は・・・。



「・・・けど、人質になった人は
無事に助けられたし、犯人も無事に
捕まえられたし、本当に良かった
わねぇ。
冴子さんも喜んでたし。ね?撩。」



冷たくなったお握りを口一杯に
頬張る撩に、水筒から温かい
お茶をコップに注ぎ入れながら、
香はそれは嬉しそうに言った。

香が柔らかな雰囲気になったのは
撩に女として扱ってもらえる事から
来る心の余裕からなのかどうかは
定かではないが、
香は以前にも増して優しい雰囲気を
纏う女性になった。

(・・・が、それは単に撩のナンパと
飲み屋のツケの数が減ったからかも
しれないが。)

撩は差し出されたコップに手を
伸ばして茶を啜ると、再びお握りを
頬張った。



・・・ふと。

撩は、無意識に白い指先を自身の
吐く息で温めている香の、華奢な
肩を抱き寄せながら・・・ふと、
香がいつの間にか、星空では無く
自分の顔を見上げている事に気付き
、声を掛けた。






「ん?ーーーどうした?」

「あ、ううん。何でもない。」



撩に気付かれた事が恥ずかしかった
のか、香は悪戯っ子のように笑い
ながらそう答えてみせた。



・・・けれど。

香が隠し事を出来ない事や上手く
誤魔化せない事位、撩は知っている

香の表情を見る限り、深刻な悩みや
相談がある訳でも無さそうなので
撩は内面でほんの少しほっ、と
しつつも再び香に訊ねてみた。



「それが何でもないって顔かよ。
心配事か?言ってみろ。
ーーーあ、おれのもっこりが元気
すぎて寝不足なの~!
ーーーーーーーーーーーーとか?
まだまだ足りない、もっとして~!
ーーーーーーーーとかぁ?」

「えっ?
・・・・・・・・・・・え!??
あ、ばばばはば・・・ばかっ!!
ちちちちち違うわよ!

・・・・・十分満足、です・・・」



香は真っ赤に頬を染めて慌てながら
、力一杯撩の問いを否定し、
照れながらも自身の思いを口にした

そして一呼吸してから、小さな頭を
撩の肩に傾けながらこう言った。







「・・・アニキの・・・」

「ーーー槇村の?」

「うん・・・アニキの・・・
アニキの最後を看取ってくれて
ありがとう・・・。」



・・・香の気持ちを聞こうとした
のは撩の方なのだが・・・。
まさかこんな言葉が返って来る
なんて思いもしなかった撩は動揺
してしまった。



「ーーーはぁ?!
な、何だ?また唐突にっ。」



少し慌てながらもお茶らける撩に、
香はにっこりと微笑みながら言葉を
続けた。



「・・・唐突じゃないよ。
ずっと・・・ずっと思ってた。
その目で・・・アニキの最後を
看取ってくれてありがとう・・。」

「ーーーーー。」

「いつか・・・いつか撩にちゃんと
言わなくちゃ、って思ってた・・・

撩があたしをアニキの処に連れて
行ってくれた時には、アニキ・・・
すっかり綺麗にして貰ってた・・・
。今まで一度も着たこと無い位に
綺麗な服を着せて貰ってさ・・・
綺麗なお花で一杯飾って貰って・・
撩が・・・撩が色々してくれたんだ
よね。

・・・あの時の・・・アニキの顔。
とっても穏やかだった・・・。



・・・アニキね、昔、父さんが
亡くなった時にあたしに言ったの。

“亡くなったら身体は無くなる
けれど、魂は空に昇って星になって
輝くんだよ。だから父さんを
思い出す時は夜空を見上げると
いいんだよ”

って・・・。
ねぇ・・・撩。アニキ、綺麗に
輝いてるね・・・。」



そう言いながら香は空を見上げ、
遥か遠くできらきらと耀く美しい
星を、目を細めて嬉しそうに
見つめた・・・。

撩もまた、静かに空を見上げると



「ーーーああ、そうだな。」


と、小さく呟きながら香の肩を
抱いた。
香は、星空を見上げる撩に自身の
身体を預けた・・・。
そして、こう、呟いた・・・。





「・・・アニキの・・・
アニキの最後を看取ってくれたのが
撩で、本当に良かった・・。」



撩は、その言葉に瞼を伏せながら
穏やかな気持ちで再び空を見上げた
・・・。



・・・と、



「・・・っくしゅ、っ!」



突然、香が小さなくしゃみをした。
辺りは随分と冷え込んできたので、
撩は手に持ったお握りをぽいっ、と
口の中に放り込むと、香の髪を
くしゃくしゃ、と撫でながら言った




「もうだいぶ冷えるし、帰ると
するか。

ごっそーさん。旨かった!」

「そうね。撩、・・・今日は
ありがとう。」



香が撩に礼を言うので、撩は何が
何だか理解出来なかった。



「え?

ーーードライブは行けなかったじゃ
ないか。」



その問いに、香は



「ううん・・・こうして一緒に
お弁当食べて、星も見られて。
楽しかった!さ、帰りましょ!」


と言うと、撩に向かってにっこりと
微笑んだ。
撩は何やら照れ臭くて・・・
暗がりなのに、香の笑みが眩しくて
・・・



「ーーー今度はちゃんと、何処か
行こうな。」



とだけ、照れ臭そうに呟いた。
香はそれを聞いて、酷く嬉しそうに
にっこり微笑んで



「・・・うん!約束ね!」



と、言った。






想像していたお出掛けとは違う形に
なりはしたけれど、これはこれで
幸せで楽しかった、と

そう思いながら香は助手席に乗り
込んだ・・・。





・・・また、いつか・・・

どんな形になろうとも、こうして
撩と一緒に出掛けられる日を
心に願いながら・・・





・・・いつか、きっと・・・







****************

前回より随分と間が開いてしまい
申し訳ありません(>_<)

更新の無い間も足を運んで下さって
ありがとうございます(*^^*)














2015.10.02 Fri (06:00) l 仕事 l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆さまこんにちは。和那です。
暑かったり寒かったり、雨が
酷かったり、と気候の変動が激しい
日々ですが如何お過ごしでしょうか



突然ですが、和那は手作りが大好き
です。
特にバッグを作るのが好きで、
型紙を紙に描き、サイズを図り、
好きな形に型紙となる紙を切って
型紙を作ります。
形やサイズ、ポケットの大きさや
場所を好きなように決められるのが
良くて、今年は撩ちゃんのお誕生日
に合わせて赤い合皮の2wayバッグ
を縫い、そこに小さなミニクーパー
が付いたキーリングをアクセントに
付けました。

仕事や買い物に行く際の移動は殆ど
車で、毎日好きなCDを聞き、よく
口ずさんでいます。
CHのアニメの中でも2の

「さらばハードボイルドシティー」

が大好きです。
前編後編に使われた曲をずっと
聴いていたい位好きです(*^^*)

*WITHOUT YOU
*EARTH
*SARA
*THE BALLAD OF SILVER BULLET
*BLOOD ON THE MOON
*CHANCE
*GET WILD
*LONELY LULLABY
*STILL LOVE HER

が特に大好きで、これらが編集
されたCDがあれば幸せなのになぁ
、と思ってしまいます。自分で編集
する余裕が無いので、ちまちまと
CDを交換して聴いていますが(*^^*)



コメントを下さるあなた様、
拍手を下さったあなた様、
初めて足を運んで下さったあなた様
いつも足を運んで下さるあなた様

いつもありがとうございます(*^^*)



期間限定、パス付きのお話でUPして
おりました

「雨と傘と白いブラウス」

は一定期間を過ぎましたので終了と
させて頂きました。
ご尽力いただきましたUさま、
パスのお問い合わせを下さった
皆さま、ありがとうございました。



こんな不定期なブログに足を運んで
下さって
本当にありがとうございます。

blogを始めるまで、ただ漠然とCHが
好きな自分がいました・・・。
blogを始めて、様々な経験を経て、
自分の中で、自分はどんな二人が
好きで、どんな世界を描きたいの
かが明確に分かるようになりました
。時折、blogに頂くメッセージの中
に、私と同じ想いを抱いておられる
方が多々おられる事が分かり、
とても嬉しくなりました。
(メッセージ下さった方、本当に
ありがとうございました。すごく
嬉かったです。)

私の中にCHの世界を好きな気持ち
がある限り、blogを続けて行きたい
なぁと思っています。

・・・私は、私の想うCHの世界を
これからも大切にしてゆきます。

また、宜しければ足を運んで
下さいませ・・・。



ではまた。和那(*^^*)



2015.07.05 Sun (06:00) l お礼 l コメント (0) トラックバック (0) l top
自身の身体が傷付いた時、多少の
痛みなら堪える事が出来る。
・・・だが、例えばそれが身を抉る
ような酷い痛みを伴う傷であった
場合、痛みに耐えきれずに喉の奥
から多少なりとも呻き声が洩れる
ものだ。


・・・けれど。
男はその痛みに必死で堪えていた。
何故なら自身のすぐ傍らに、男の
様子をじっと伺ったまま不安げな
表情を浮かべ、その場を離れようと
しない子どもが一人居たからだ
・・・。



子ども・・・と言っても身体は並み
の大人より少し小さい程度。
歳の割には成熟しつつある身体を
持て余すその子どもの、中身は無茶
や無鉄砲を繰り返しては痛い目に
遭っている、戦場以外の世の中を
まだ知らない未成熟なもの・・・
・・・子どもは、片時も男の傍を
離れる事無く、男のきつく握り
しめた拳にそっと自身の手を重ね、
時折、苦痛に耐え続ける男の額に
滲み流れる脂汗を、服の袖で
恐る恐る拭った・・・。

そんな子どもを少しでも安心
させようとしてか、男は自身の隣で
不安そうな表情を浮かべたまま
今にも泣き出してしまいそうな少年
に静かに語りかけた・・・。






「・・・ありがとう・・・。

・・・ずっと・・・ついてて・・・

・・・くれたんだ、な・・・。

・・・さぁ・・・お前も休め・・・


休める・・・時に・・・休まない
・・・と・・・

・・・な、駄目だぞ・・・。」



・・・痛みに言葉が続かず・・・
喉から絞り出す声は掠れ、途切れ
途切れになってしまう・・・。

けれども男は時々言葉を詰まらせ
ながらもそう言い続け、漸く言い
終えるとふぅーっ、と深く息を一つ
吐いた。



男が寝かされていたのは、所々穴の
空いたぼろぼろで傷だらけのテント

長年使い続けた“それ”の隙間からは
ほの明るい月明かりが零れていて、
周りの景色や時間などに気を配る
余裕など全く無かった男は、
月明かりを目にして初めて今が



“夜”



なのだという事に気付かされた。

穴越しに空を見れば、そこには墨を
流したような闇が広がっていて、
そこから覗く月の光はとても淡く、
溜め息が出るほど美しかった・・・


暗闇に身を潜めるのが日常の男達に
とっては月明かりは極上の照明で
あり、それと同時に、闇に潜む“敵”
に自らの姿を照らし出す酷く危険な
存在でもあった。だが、男の休む
テントの周りには男を守るかの
ように見張りをしている仲間数名の
気配が微かだが感じとる事が出来た
ので、男は気を弛める事にした
・・・。








「ーーーーーーー足、痛む?」



傍に居た少年がぽつり、小さな声で
言葉を洩らした・・・。
見れば少年の片手は男の拳に
添えられ、もう片方は膝の上に
置いたままぎゅっ、とそれを握り
締め、じっと男を見つめていた。
月明かりに照らされた少年は、
身体の輪郭が発光しているように
見えた・・・。



・・・かなり、泣いたのだろう。

その目蓋は暗がりでもくっきりと
分かるくらいに腫れ、顔にも血が
付着していて、血だらけの衣服を
身に纏ったまま自身の傍を片時も
離れようとしない・・・。

子どもが怪我をしたのかと思ったが
、見たところ子どもに傷や怪我は
見られず、少しほっとしながらも
子どもを血で染めたものは一体
何なのだろうとぼんやりした頭で
考えてみたが、答えはすぐに
浮かんだ。






・・・そうか・・・



・・・これは・・・




男は子どもの言葉に振り返るかの
ようにして、子どもに向けていた
視線を自身の足の方へと泳がせた
・・・。





・・・昨日まで。

確かに存在していた、自身の片足が
あった筈の場所には奇妙な空間が
広がっていた・・・。



あってほしい、と・・・。



虚しい希望から目を背けていた
“そこ”に目を向ければ、難を逃れて
残った片足、その片側にはぽっかり
とした空間が広がるだけ・・・。



跡形も無く砕け散った自身の片足
・・・。

姿こそ何処にも無いものの、まるで
今もそこに存在するかのような感覚
・・・。
暴れ出しそうな位の激しい痛みは、
隣に少年が居なければきっと理性を
保てなかっただろう・・・。



・・・だが、男は痛みに堪えた。
時折口をすぼめて、痛みを逃すかの
ようにゆっくりと息を吐いた。
そして男は少年の居る方に手を
伸ばすと、埃だらけの髪を
くしゃくしゃ、と撫で、優しく
微笑んだ・・・。




「・・・心配性だなぁ。
お前は・・・」



・・・男の声に。

張り詰めていた気が緩んだのか、
少年は口元をきゅ、っと固く結び、
俯いた。
男は小さく肩を震わせる少年の頭を
ただ静かに撫でながら、そのまま話
を続けた。



「・・・いや・・・・・大丈夫だ。
そう・・・落ち込むな・・・。

・・・はは・・・なぁに・・・

痛みなんてじきに治まる・・・。

・・・何だよ、そんな顔・・・
するな・・・。

・・・俺はお前が・・・

怪我・・・しなくて良かったと
・・・思ってるんだから・・・

・・・っつ・・・。」



話の途中で激痛が男を襲い、男は
思わず言葉を詰まらせた・・・。



・・・ぽたり、ぽたり、と。

少年の頬を透明な滴が伝い、それは
頬にこびり付いた血を溶かしながら
赤い滴となって零れ落ちた・・・。
男は子どもの頬に手を伸ばし、
指で涙を拭いながら言葉を続けた
・・・。





「・・・約束、な。

泣くのは・・・今だけ・・・だ。

次に泣くのは・・・

・・・お前が・・・心から・・・
悲しい・・・と・・・思った時
・・・だけ、だ・・・。

お前が・・・無事・・・なら・・・
それでいい・・・。

・・・それにこの傷は・・・

そうだな・・・言わば・・・
立派な・・・勲章みたいなモン
・・・だ・・・。

・・・いつの日か・・・いつか。
この・・・地獄みたいな日々は
・・・きっと・・・
きっと・・・終わるはずさ・・・。

そうなった時、いつの日か・・・

この傷をそう・・・誇らしいって
そう・・思える日が来るさ・・。」



男はそう言い終えると、少年の頬を
拭った・・・。
滴は後から後から溢れ出したが、
男は構わず拭い続けた・・・。
少年は膝の上に置いていた手を
ぎゅっ、と更に強く握り、顔を
上げて男を真っ直ぐに見つめた。



「ーーーーーーごめんーーー。」

「・・・お前が・・・謝る事なんて
何も・・・無いだろう・・・。
さ、眠れ・・・。」

「ーーーごめんーー

ーーーありがとうーーー親父。」

「・・・ああ。謝られるよりも
そっちの方が・・・いい。

・・・もっと、もっと・・・
強くなれ・・・。」



男は、酷く嬉しそうに微笑みながら
瞼を閉じた・・・。




















・・・あの頃の撩は。
ただ、海原が喜ぶ顔が見たかった
・・・。
海原が誉めてくれるのが堪らなく
嬉しくて・・・。
何かを頑張る度に海原が驚き、喜ぶ

それが楽しくて、もっともっと
海原に誉められたくて・・・。



あの日・・・撩は調子に乗って
しまった・・・。

それなりに場数も踏み、手柄を立て
ては誉められ、自分は強いのだと
勘違いし、無茶をした・・・。
そんな撩を、海原は身を挺して
庇ってくれた・・・。



けれどその代償は・・・大きすぎた
・・・。



撩の目の前で、海原の足は砕け
飛んだ・・・。



・・・けれど。

海原は決して・・・撩を
責めなかった。



・・・思えば、海原はいつも
笑っていたように撩は思う・・・。
どんなに苦しい時も、辛い時も
笑顔を絶やさなかった・・・。
海原が片足を失ったあの日・・・。
それは相当な痛みだったろうに、
海原はそれに堪え、きつく眉を
しかめ、額に脂汗を浮かべながらも
、それでも笑顔を見せて、撩の頭を
くしゃくしゃっ、と撫でた・・・。



いつも笑っていた海原・・・。
同じ日本人だから、と自身を可愛
がってくれた海原・・・。
戦闘中、誰よりも仲間の身体の心配
をしていた海原・・・。
辛い経験をした人間ほど辛い、と
口に出したりはしない・・・。
撩自身が物心つく頃からずっと戦場
という地獄に身を投じていた海原
・・・。

終わることの無い殺戮の、あまり
にも長すぎる日々の中でいつしか
彼は狂気に飲み込まれて・・・。
地獄のような日々を終わらせようと
ある薬を開発し、自らの身体に投与
をして安全性を確認したのに、
次いで撩にそれを投与したところ、
自身の身体には起こらなかった様々
な副作用が撩の身体に表れ、
制御不能となった撩は暴走した
・・・。



それを食い止めたのもまた、海原
ではあったけれど・・・。

・・・その時を最後に。
海原は撩を教授に託し、撩達の前
から姿を消した・・・。



エンジェルダストという薬は、本来
は殺戮が目的ではなく、長すぎる
戦いに終止符を打とうとした彼の、
彼なりの考えだったかもしれない
・・・。
あんなにも強すぎる薬を、撩に使い
暴走させてしまったという罪悪感が
彼を殊更深く追い詰めて行った
けれど・・・。



・・・今となっては本当の事は・・

誰にも・・・分からない・・・。

何が最善で、何が悪かも・・・。

誰を憎めば良かったのかも・・・。



















「・・・どうしたの?
・・・眠れないの・・・?」



撩の横でとろとろと微睡んでいた
香の瞼がうっすらと開いた・・・。
長い睫毛の隙間からちらり、と
覗く瞳をゆっくりと動かして、
色素の薄い“それ”はやがて、撩の姿
を捉えた・・・。

雲が多少残っているものの、
夜の闇にはぽっかりと、
美しい満月が輝いていた・・・。






・・・月・・・。

あの夜も月が輝いていたな・・・と


撩はウィスキーの入ったグラスを
手にしたまま、静かに月の輝きを
見つめていた瞳を香の方へ向けた。

月明かりに照らされた香の輪郭は、
淡い光を受けてほんのりと発光して
いるようにさえ見えてしまう
・・・。



香はゆっくりと、自身の手の指を
撩の太い指に重ね合わせながら、
再び睫毛を臥せた・・・。

香の身体には、出先の帰りに敵と
遭遇した際に、已む無く車から
飛び出した際にアスファルトで
擦り剥いた幾つもの傷を手当てした
跡が、シーツの隙間からちらりと
覗いた・・・。

撩はウィスキーの入ったグラスを
一旦窓際に置いて、静かにシーツを
捲り、傷の具合を確かめた。
傷口を覆っていたガーゼに血などの
滲みは殆ど無く、このまま安静に
していれば大丈夫そうであったし、
香の方も穏やかな顔をして
横たわっている・・・。

ガーゼで覆われたその傷を・・・。
ぼんやり見つめていた撩はふと、
海原との日々を思い出していた
・・・。



「・・・月・・・綺麗ね・・・。」



・・・と。
横たわっていた香の唇から、小さな
言葉が溢れた。
まだ少し眠いのだろう、長い睫毛が
小刻みな瞬きに時折震える・・・。
撩は手を伸ばして香の髪をくしゃり
、と撫でながら呟いた。



「ーーー全く。お前は無茶ばっかり
するな。」



ほんの少し・・眉間に皺を寄せて。
困った顔をして香を見つめる撩に、
香は数回ぱちぱち、と瞬きをすると
小さな悪戯っ子のように笑って
見せた・・・。



「・・・すぐに治るわよ・・・
・・・・あ・・・ったた・・・」



笑った拍子にガーゼで傷口を覆った
肌がシーツに擦れ、痛みを感じた
香の口からは呻き声が溢れた・・・




「ーーー困った奴だな。」



撩は香に寄り添うようにベッドに
横たわり、白い頬にそっと手を
添えた・・・。



「・・・はいはい、困った奴ですよ

けど・・・撩には言われたくない。


「ーーー女の癖に。傷が残ったら
一体どうするんだ?」

「いいの。」

「いや、俺が気になる。」

「だから・・・褒めてよ。
それに・・・言ったでしょ。
この傷も・・・他の傷も、あたし
にはとても誇らしいんものなん
だから・・・ね?」



香はそう言うと、幸せそうに
にっこりと微笑んだ・・・。



・・・誇らしい、と。

痛みを感じながらも笑みを浮かべる
香の口から溢れた言葉・・・。



あの日・・・
激痛に耐えながらも笑みを浮かべ、
そう言っていたあの男・・・。
香の笑みに、あの日の海原が重なる
・・・。






「お疲れさん。
よくーーー頑張ったな。」



撩はそう言うと、香の額に口付けを
した・・・。
香は頬を染めて手を伸ばし、撩の頬
に触れると優しく微笑んだ。



「・・・ねぇ・・・撩。」

「ーーーん?」

「何か・・・似てるね・・・。」

「?ーーー何に?」

「・・・海原さん。
髪も、仕草も。笑った顔も
どこか似てるね・・・。」






・・・海原神・・・

・・・香にすれば、憎みたい男で
憎むべき男・・・。

どんな形であれ、兄の命を奪った男
・・・。
名前を口にする事さえ辛いであろう
男・・・。



恨む日々もあったろう・・・
涙した日々もあったろう・・・。



・・・元々、ある決まった日に、
リビングに花を飾っていた香
・・・。

自身の誕生日であり自身の
兄である槇村秀幸の命日と、
香が決めた撩の誕生日・・・。

そんな香はいつからか、自分達が
白い船で戦ったあの日にも
リビングに花を飾るようになった
・・・。







「・・・俺が・・・憎いか?」



突然の・・・撩の言葉に。
香は自身の言葉が撩を傷付けたの
かと驚き、目を大きく見開くと
頭を振って撩の言葉を否定した。



「・・・え?あ、違うの!
・・・それに、憎かったら
あたしは今頃此処に居ないわ
・・・そうでしょう?」



そう言って、香は柔らかく微笑んだ
・・・。

そうか・・・と。
撩もまた、香の言葉に微笑んだ
・・・。



「ーーーそうだな。」

「うん・・・。

・・・前に・・・前に海原さんに
言われた事があるの。

・・・愛も憎しみも同じだよ、
って。」

「海原がーーー?」

「うん・・・。ねぇ、撩・・・。

もっと・・・もっと皆、違う生き方
が出来たら良かったのにね・・。
そしたら海原さんも苦しまずに
済んだかも知れないのにね・・。

あたしは愛する事と憎む事は
違うと思う・・・けど、海原さんの
言う事は分かる気もする・・・

だけどもう・・・誰も憎まないし、
憎みたくない・・・。

・・・海原さんが居なかったら
撩もミックも今頃生きていないと
思うから・・・。」



香は少し眉間に皺を寄せながら
笑顔を作ってみせた。その顔が
今にも泣き出しそうに見えて、
撩は胸の奥が痛んだ・・・。
眉間に皺を寄せながら苦笑する
撩を見つめながら、香は瞼を
閉じて唇を開いた・・・。



「・・・きっと今頃、アニキと海原
さん、口論してるわよ。」

「ーーー槇村と海原が?
一体何を話すんだ?」

「ん~・・・撩の傍に居るあたしの
心配と、いつまでも女癖の悪い撩の
心配・・・かな。」



そんな冗談を言って、香は悪戯っ子
のように微笑んだ・・・。




・・・そんな事を口にするまでに。
一体どれ程の時間を要しただろう
・・・。

そんな事を口にしながら微笑む日が
来るまでどれだけの思いをした
だろう・・・。

けれど、確かに・・・。
あの二人は今頃口論しているかも
しれないな、と思うと可笑しくて、
撩と香はくすくす、と笑い出した。





どんな時も傍に居てくれる香・・・

リビングに花を飾るようになった香
・・・。
違う生き方なんて、今更出来は
しないのだけれど・・・
だからこそ、目の前にある幸せを
手放したくないと思う・・・。




撩は香の額に自身の額をそっと
くっつけると、小さな声で呟いた
・・・。






「ーーーありがとうーーー。」



・・・香は、撩からの突然の言葉に
瞳をまあるくして数回瞬きすると、
幸せそうに目を細めながら
嬉しそうに微笑んだ・・・。



「・・・こちらこそ・・・
こちらこそありがとう・・・。」



二人は互いに見つめ合って微笑み
ながら静かに瞳を閉じた・・・。






いつの日も・・・どんな時も。
自分はあの優しい眼差しに守られて
いた・・・。
あの日々を忘れないで、今、自身の
傍で微睡む彼女の、優しい眼差しを
大切にしてゆこう・・・と。

撩は酷く幸せな気持ちに浸りながら
意識を手放した・・・。





あの日の微笑みを、忘れはしない
・・・。


これからも、ずっと・・・。







****************

いつも足を運んで下さるあなた様、
初めて足を運んで下さいました
あなた様、
ありがとうございます(*^^*)

温かなコメントの数々に、幸せな
気持ちに満たされています。
本当に嬉しいです☆
あなた様の想う二人と私の想う二人
が同じで嬉しいです☆

日々、感謝☆





2015.06.22 Mon (06:00) l l コメント (0) トラックバック (0) l top
上着を羽織らなくても過ごしやすい
・・・そんな心地好い季節が到来し
・・・。

たまには皆で飲もう、という話が
あちらこちらで飛び交って、
顔馴染みの連中が通いなれた喫茶店
に揃って集まったのは、
軽やかな上着が恋しくなる、
とある夜の事・・・。

海坊主と美樹は夕方から店を
貸し切りにして場所を提供し、
香、かずえは各自それぞれ料理を
沢山作ってパートナーと共に、
冴子は麗香を誘い、滅多に手に
入らないという酒を数本持って店に
現れ、料理や酒が尽きるまで
皆でわいわい楽しく盛り上がった。

中でも特に麗香は久し振りに撩と
お酒を呑めると上機嫌で、
香が近くにいるというのに撩に
ぴったりと寄り添い、ここぞと
ばかりに腕を絡ませたり共に酒を
酌み交わしたりしていた。
撩は撩で相変わらずに、来るものは
拒まない。あえて否定せずにミック
と共に麗香に酒を勧めた。

そんな二人の様子を香はただ、
止めに入る訳でもなく、少し困った
ような、呆れたような目で見ている
だけで・・・。
きっと香にとっても、撩の行為は
日常茶飯事だし、例え止めても
聞かないのだろうけど・・・。

麗香は香の視線に気付きながらも、
撩に寄り添う事をやめなかった
・・・。



・・・そんなキャッツでの久し振り
の集まりも終盤に差し掛かった頃
・・・。

美味しい食事とお酒に満たされ、
男達と、撩の傍に寄り添う麗香は
すっかり酔い潰れてしまい、
ソファに身体を投げ出しとても
気持ち良さそうに眠りについて
しまった・・・。

お酒を楽しみつつも、ちゃんと
セーブしていた女達は、そんな男達
や麗香を横目で見つめながら、
美樹の淹れたコーヒーを堪能し、
冷蔵庫で冷やしておいた、海坊主
お手製のスイーツをあれこれ摘まみ
ながら、女ならではの色々な話に
花を咲かせていた。



それぞれの仕事の事、互いの
パートナーの事、ファッションの事
、美容の事・・・。
女達は“女同士”で会話する事が
それは楽しいらしく、他愛の無い
話をしては嬉しそうに笑い合った。



・・・と、



「ほーんと、香さんも美樹さんも
背が高くて羨ましいわ。
あーあ。あたしもあとちょっとで
いいから身長が欲しかったな。」



そう言い出したのは、ミックの相棒
であるかずえだった。

海坊主はもちろんだが、撩もミック
も他の男性より一際背が高い・・。
世の中の女性の、人並み以上の背丈
を持つかずえではあったが、
ミックと並ぶと
“もう少し身長があればいいな”と
思ってしまう事もあるのだ、と
かずえは胸の内を語ってみせた
・・・。



・・・昔の香なら。

この手の質問に対しては過敏に反応
し、即座に否定していた・・・。
それは男勝りの性格を後押しする
かのように他の女の子よりもかなり
背が高く、何かと男に見間違われた
からだ、と。
長い間、ずっとそう思い込んで
いたから・・・。

だけど、今は少し違って・・・。



「・・・昔はね、大嫌いだった!
背が高いのなんて。
髪が短いせいもあってか、初対面の
人には特にね、すぐ男に間違われ
ちゃったし。
・・・けど・・・」

「・・・けど?」

「・・・美樹さんに出会ってから、
なの。」

「・・・へ?あたし?」



突然耳に飛び込んできた自身の名前
に、美樹はびっくりした顔で
ぱちぱち、と瞬きを数回しながら
洗い物をしていた手を止めて香の方
を見つめた。
香はそれに気付き、美樹を見ながら
ふふっ、と嬉しそうに笑みを
浮かべた・・・。



「・・・美樹さんて、あたしよりも
背が高いのに、すごく綺麗だし
とっても女らしいし。
雰囲気だってね、ふんわりと
柔らかくて・・・。
ほら、あたしなんて落ち着きは
無いし、男っぽく見られてばっかり
だったけど・・・。

・・・けど、身長が高いから
女らしくない、とかじゃあないんだ
、って。
美樹さんに出逢えて、そういう事に
気付かされてからね・・・うん、
身長が高い事はあんまり気に
ならなくなったの。
これでも結構気を遣ってるんだけど
、どうかしら。あははっ。」



そう言い終えると、香は少し照れ
臭そうに肩を竦めながら、美樹の
淹れてくれたコーヒーが入った
カップを手に持って口に運び、
コーヒーを美味しそうに啜った。

すると、香の隣に座っていた冴子は
香を見つめながらにっこりと微笑み
、うっすらと唇を開いた。



「そうかしら?香さんは昔から
綺麗よ。
男っぽい雰囲気は確かにあった
けれど。
・・・香さんに初めて逢った時、
綺麗な子だわ、って思ったもの。
槇村から散々写真を見せられて
いたし、香さんがどんな性格か、
って事も聞かされていたから、
実際に会った時にはつい香さんの
事をからかってしまったけれどね。
・・・槇村は香さんの事をかなり
心配していたけれど・・・そうね、
あの過保護っぷりは保護者の域を
軽く越えていたわね。
正直・・・ちょっと妬けたわ。」

「あたしも香さんを初めて見たとき
綺麗な子だなって思った!
だからファルコンが香さんに心を
奪われてしまったらどうしよう、
なんて今も心配してるんだから。」



・・・と美樹。
かずえもコーヒーを飲みながら
うんうん、と頷き、言葉を繋ぐ。



「ミックもよ。あの人香さんには
特に優しいんだから妬けちゃう。」

「え?そんな事無いわよっ!?
~~!もう!皆やめてよ!
・・・あ~恥ずかしい・・・」



ぶんぶん、と首を大きく振る香は
顔を真っ赤にしてかずえの言葉を
否定した。



・・・カウンター席から少し離れた
テーブル席では、眠っていたはずの
ミックの眉と撩の瞼がぴくり、と
微かに動きを見せた。
・・あまりの騒ぎに二人とも、目が
覚めてしまったのだが、あまりにも
楽しげな雰囲気に邪魔をしては
悪いと思い、瞼を閉じて狸寝入りを
決め込んだ・・・。
その気配に気付いたのは、共に酒に
潰れて眠っていた海坊主で、彼も
また、途中から騒ぎで目が覚めた
ものの、何やら起きるに起きられる
雰囲気では無い事に気付き、
仏頂面で狸寝入りを決め込んだので
あった・・・。



「冴羽さんが香さんしか傍に
置かないの、良く分かるもの。」

「ち、違うわよ!
あ、あたしが好きで一緒に居るだけ
なんだから!
・・・あたしなんか綺麗じゃないし
スタイルも良くないし・・・
家事と雑用くらいは頑張らないと
置いて貰えないし・・・。」



香は苦笑いをしながらかずえに
話した。



・・・香は冴羽撩の呪縛と束縛と、
天の邪鬼の数多の悪口によって
すっかり洗脳され、
自信というものを失ってしまって
いるし、本人も本気で心底自分は
綺麗ではなくスタイルも悪いと
思い込まされている。

そして極度の照れ屋・・・。

催眠のように解けるものであれば
美樹はどんな手段を使ってでも
解いて見せるのだろうけれど・・・

周りがどんなに香を褒めようとも、
冴羽撩自身が香にかけ続けた、
呪いのような言葉の縛りは、
彼女にそれをし続けた彼本人が
自分に素直になって、ちゃんと彼女
の良さを褒めてやる・・・。
きっとそんな事でもしない限り
解くことは出来ないのだろう。

そんな香は皆に誉められて、どんな
顔をすればよいか分からず、耳まで
真っ赤に染めて、恥ずかしそうに
俯いた・・・。



・・・と、そこに。
女達の集まるカウンター席から
離れた席で眠っていたはずの麗香が
突然、立ち上がったかと思うと
怒りで声を震わせながら香に
向かって怒鳴り付けた・・・。



「美人でスタイルがいい女が好み
なんて、単に撩が女をあしらう為の
都合のいい口実じゃない・・・!
それに第一、例え美人でスタイルが
良くて色気があっても、たった
それだけの理由で撩が自分の傍に
誰かを置いておくなんて、絶対に
有り得ない事でしょ!!
何時までそんな事気にしてるのよ
!?」



・・・麗香もまた、先の騒ぎに刺激
され、話の途中からではあったが、
撩の隣で半ば微睡みつつも皆の
会話に耳を傾けていた・・・。

・・・と、そこにふと響いたのは、
相変わらずな香の気弱な発言・・・。

酒が入った勢いもあってか、麗香は
つい感情的になってしまった。

麗香は美しく磨きあげられた目の前
のテーブルをばしん!と勢い良く
叩きつけると、すっ、と立ち上がり
香の傍まで歩み寄った。
麗香の急な行動に驚きつつも、
くるりと振り向いて麗香を見つめる
香を、麗香はじろりと睨みながら
豊かな胸元で腕を組み、艶やかな
唇を開いた。



「美人でスタイルが良くて撩の
パートナーが務まるのなら、
幾らでも努力して、今すぐにでも
なりたいわよ・・・!
けど、それが・・・それが出来ない
から・・・あたしじゃあ撩の支えに
なれないからあたしはっ・・・
撩を諦めたんじゃないの・・っ!」

「麗香さん・・・。」



・・・美人だから、という理由で
撩の傍にいられるなんて有り得ない
事位、撩を愛し、虜にされた者は皆、
痛い位に理解している・・・。

例えば、裏の世界から足を洗った
元モデルのブラッディマリィーや
美樹から話を聞いた事のある、
美人で撩の昔のパートナーの娘で
あるソニア。自身の姉であり、
誰もが羨む美貌の持ち主である冴子
、その他の美しい女達・・・。

どんなに戦闘力に優れた極上の美人
でも、撩と共に生きる道を選んだ
者はいなかった・・・。

ただ一人、槇村香を除いては・・・



・・・別に、麗香は香が美しくない
、と思っている訳では無い・・・。
初めて香を知った頃は正直、女と
しての魅力に欠けると思ったし、
化粧や洋服にあまり拘ったり
飾らない香が理解出来ずにいた。
苛つく事もあったし、何より
冴羽撩という、あんな魅力的で
素敵な男の傍に居られるのならば、
もっと自分を磨いたり着飾ったり
するべきだ、と思ったりもした
・・・。



・・・けれど。



麗香がどうしようもなく愛して
しまった唯一の男が傍に置くのは、
飾り気も化粧っ気も全く無い、
男勝りで純朴そうな彼女ただ一人
・・・。

美人だとか色気だとかを散々口に
する男は、実はそれらにはそれほど
興味を示していないのだと・・・。
誰にでも人懐こく、愛くるしい笑顔
のその彼女の、隠された・・・いや
、控えめだけど、内面から滲み出る
美しさや魅力に惹かれたのは
何時の事だったろうか・・・。

・・・そして、撩もまた・・・。
何だかんだ言いながらも香にしか
心を開いていない・・・。
ぶっきらぼうながらも優しい
眼差しで香を見ている・・・。

地下に開けられた穴からいつか
何かしら理由を付けながら撩が
やって来るのではないか・・・、
理由は仕事でも何でも構わないから
撩が自分を必要として訪ねて来て
くれる日が来るのではないか・・・
と。
・・・そう、心の何処かで期待して
みたりしてもしたけれど。
撩が麗香の元へ足を運ぶのは、
警察官である姉が絡んだ事件の時位
でしかない・・・。



・・・羨ましい・・・。
・・・香が羨ましい・・・。



自分は香よりも恵まれた環境にいる
し、何不自由無く生きてきたけれど
・・・香が羨ましい・・・。

だから、自分を悪く言う香が麗香は
許せなかった・・・。
気が付いた時にはずっと蓋をして
押し殺してきた感情が溢れだして
しまい・・・周りもだが、何よりも
麗香自身がここまで感情的になって
しまった事に一番驚いていた。

けれど、もう・・・。
一度溢れた感情は、麗香にも
止められ無かった・・・。



「香さんも香さんよ!いい加減自覚
して!
・・・全く、撩のパートナーやって
もう何年になるの。
そんな・・・そんな自信なさげに
してるのなら・・・
あたしが撩のパートナーになるから
譲って頂戴!」

「~麗香!貴女飲み過ぎよ。」

「姉さんは黙ってて!

・・・外見だけ良くても撩の
パートナーにはなれないって事、
いい加減自覚してよね!
撩は・・・撩は貴女だからこそ
貴女を傍に置くんでしょ?!
一緒に居るんでしょ?!」



姉である冴子の制止も聞かず、麗香
はずっと胸の内に秘めていた感情を
解き放った・・・。

麗香自身、自分でも言い過ぎている
との自覚はあったし、ここまで言う
つもりも無かった・・・。
ずっと自分の胸の内に秘めておこう
と心に誓ってもいた・・・。

美樹と海坊主の結婚式の後から二人
の雰囲気が変わった事は誰の目から
見ても明らかだった。
けれども麗香は撩を愛するあまり、
その現実を認めたくは無かった
・・・。




「・・・ごめんなさい。」



麗香の言葉に、気弱な自分の態度を
一喝された香は、自分の発言が麗香
を苛立たせた事、無意識であっても
自身が麗香を傷付けてしまった事に
対して、ただ一言謝るしか
出来なかった・・・。



・・・けれど。
そんな弱々しい返事など、はっきり
言って麗香は聞きたくなど無い。

麗香は、今度は香の顔を覗き込む
ように上半身を倒すと、
香に向かって再び聞き返した。



「・・・本当に分かった?香さん。
貴女は撩のパートナーなんだから、
その事にもっと自信を持てばいいし
、もっと堂々としなさいよ。」

「・・・は、はい。」

「~~っ!声が小さいっ!!」

「は、はい!!」



麗香に圧倒されながらも、香は
麗香を真っ直ぐ見つめ返し、
大きな声で返事をした。



香にだって・・・。
例え麗香に圧倒されようとも、
どんな腕利きの美人に脅されよう
とも・・・。
仲良くしてくれている麗香を今以上
に傷付ける事になろうとも。

香にだって・・絶対に譲れない
気持ちや意思がある・・・。
だから・・・どんなに麗香に
責められたり迫られようとも、
撩のパートナーを誰にも譲るつもり
は・・・無い。



・・今までも、これからも・・・。



・・・香は真っ直ぐに、強い意思の
こもった眼差しで麗香を見つめ
返した。

その眼差しの中に感じたのは、
自分に自信が持てない気弱なもの
では無く、



強い、強い意思の表れ・・・。



・・・香の眼差しの中から。
何かを感じ取った麗香は、組んで
いた腕をゆっくりと解くと、香の
肩に手を掛けてこう言った。



「香さんも駄目よ!撩が他の女の
人と親しくしてたら、例えそれが
あたしだろうと黙って見ていないで
ちゃんと止めなさいよね!

・・・本当は嫌でしょう?
好きな男が自分以外と仲良くする
なんて。」

「・・・うん。」

「じゃあ約束しましょう。
思ってる事は撩に伝えなくちゃ!
嫌な事があったりしたら、ちゃんと
嫌だ、って撩に言わなくちゃ。
我慢ばかりしていい子になるのが
愛じゃないと思うわよ。

もし・・・うん、今度から。
今度から、少しでもあたしに弱気な
態度を見せたりしたらあたし、
香さんから撩を奪うからね。」

「そ、それはだめっ!!」



麗香の脅しにも似た台詞に驚き、
香は咄嗟に叫びにも似た声を上げた




・・・天の邪鬼な撩の傍にいて、
香が日々、呪いのように心無い言葉
を浴びせられ続けて来た事を麗香は
知っている・・・。
二人のやり取りを聞きながら、
撩もここまで香を否定する言葉を
浴びせなくても良いのに、と思った
事もある・・・。
自信などつけたくてもつけられない
だろうとも思う・・・。



だけど・・・だからこそ。



香には弱気で居て欲しくない・・・

いつだって強気で、自信満々で居て
欲しい・・・。
でないと麗香自身、撩に対する
想いに諦めがつかないし、何より
何事にも懸命で真っ直ぐな香も
また、麗香にとって大切な存在
なのだから・・・。




「・・・うん、そう。いい返事。
美樹さん、あたしにもコーヒー頂戴
!」

「はぁい。」



麗香は何かが吹っ切れたのか・・・
カウンター席にいる冴子の隣に座り
、すっきりとした表情で美樹の
コーヒーを待った。
そして淹れたてのコーヒーを受け
取ると、麗香は取っ手を持って香の
方にカップを差し出した。



「じゃあ乾杯しましょ、香さん。」

「え・・・?」

「あたしと香さんのこれからに。
・・・絶対に、撩よりう~んとイイ
男を見つけて、香さんよりも幸せに
なって、色々見せ付けてやるんだ
から。」

「あ、あたしだって!麗香さんに
負けないんだから。」



飛び交う言葉とは裏腹に、二人は
にっこりと微笑み合い、
コーヒーの入ったカップで軽く乾杯
し、コーヒーを啜るとやがて、
くすくすと肩を竦めて笑った・・・


















「撩!もう、ちゃんと歩いてっ!」

「わ~ってるって。
あ~飲んだ~食った~。」

「ほんと、楽しかったわね。」



漸く飲み会もお開きになり・・・
撩と香は店を出て、二人で夜道を
歩いた・・・。

沢山飲んだのであろう撩は足元を
ふらつかせて、右往左往しながら
香の少し前を歩き、そんな撩の
後ろ姿を見つめていたが、
香の雰囲気は喫茶店に足を運んだ
時よりも、とても柔らかいもの
だった・・・。



「な~に一人でニヤニヤしちゃって
んの。お前。」



酔って眠ったふりをして、密かに
香と麗香の会話を聞いていた撩は、
素知らぬ顔をして香に話し掛けて
みた。
けれども香は・・・



「ん?・・・ふふっ。」

「ーーー何だよ。気持ち悪いな。」

「ん~・・・撩には内緒。
女同士の秘密だから、撩には教えて
あげない。」

「ーーーあっそ。」

「ふふっ。それにしても楽しかった
!また皆で集まりたいわね。」



撩の戯れなど気にもせず、香は
にこにこしながら撩との言葉の
やり取りを楽しんだ・・・。
撩はそんな香を困ったような顔で
ちらりちらり、と見ながら、
ゆっくりと香の先を歩いた。



・・・と。

撩の背中を静かに見つめていた香が
撩に言葉を掛けた・・・。





「・・・ねぇ?りょお。」

「ーーーんあ?」

「・・・あのね・・・・・・・・・
・・・・・・す・・・」

「ーーーす?」

「・・・・・・・好き、撩。」



突然の・・・思いがけない香から
の言葉に・・・。
懐から煙草のケースを取り出し、
その中に残っていた最後の一本を
唇にくわえていた撩は、
驚きのあまり、火を着ける前に
地面にぽろり、と落として
しまった。



「ーーーは!?な、なんだぁ?!
って、あー!勿体無いっ!
お前が急に変な事言うもんだから、
最後の一本落としちまったじゃ
ねーかっ!」



撩はぎこちない雰囲気を何とか
しようと大声でわめいてみたが、
香は真剣な眼差しで真っ直ぐに
撩を見つめたままだった。
当の撩はあまりにびっくりし過ぎた
のと、あまりの恥ずかしさで言葉が
続かない・・・。

香はそんな撩を見つめていた眼差し
を下へ向けると、
頬を紅色に染めながらゆっくりと
唇を開いた・・・。



「・・・あたしね、麗香さんを
傷付けてた・・・。
麗香さんだけじゃない・・・
他にも撩を好きになった人を沢山、
傷付けてる・・・。

・・・だけど・・・。
誰かを傷付けても、これからも
ずっと、撩と一緒に居たい・・・。

・・・あたし、今まで以上に
撩に飽きられないように一生懸命
努力する。
・・・もう、あたしなんか、なんて
言わないようにするし、これからは
思ってる事を素直に言えるように
頑張る。
だから・・・だから、ね。

・・・あたし以外の・・・
・・・他の女の人にもっこりしよう
なんて、もう言わないで・・・。」



香は俯いていた顔を上げて、
真っ直ぐに撩を見つめた。

例え言葉だけとは言え・・・、
自分以外の女にあの言葉を使われる
事に、香は我慢ならなかった。
・・・


その強い想いはちゃんと撩の心に
伝わった・・・。
でも、今更真面目になるのは
撩にはやはり照れ臭くて・・・。

・・・撩は、眉間に皺を寄せながら
香の傍に歩み寄り、香に話し掛けた
・・・。




「ーーー当たり前だろ。」

「・・・え?」

「もうーーーもっこりはお前にしか
しないよ。」

「・・・りょお・・・。」

「ありゃあもう口癖だし、絶対に
、とは言わないが、言わないように
努力しよう。

ーーーだから。お前もちゃんと
責任ーーー取ってくれよ。」

「・・・・・・?何の・・・?」

「そりゃあお前、決まってんだろ。
ーーーもっこり。」

「・・・・・え?・・・」

「俺の一生分のもっこり、お前に
やったんだから。
他の女に言ってた分のもっこりも
これからは全部、お前のものだから

ちゃんと受け止めてくれよな?

ーーーそういう訳で。
今すぐ帰ってもっこりタイムと
行きますかぁ!」

「ぇええ?!・・・っ、あっ!?」



香の返事が終わらぬ内に、撩の腕は
香を軽々と抱え上げ、香の身体は
ふわり、と宙に浮いた。
・・・と、撩はそのまま今度は
凄い勢いで走り始めた。

撩の足のあまりの早さに、どうにか
なってしまいそうで、香は思わず
撩にぎゅっ、と抱きついた。

その柔らかな癖のある髪とすらりと
した首筋に、撩は自身の顔を埋め
ながら、香の言葉に密かに歓び
つつも、にやけてしまう頬と緩む
口元を香に見られてしまうのが
照れ臭くて恥ずかしくて、
更に走る勢いを増した・・・。







「ーーー俺もーーーだ。」



勢い良く走りながらぽつり、呟いた
撩の小さな小さな呟きは、
撩の靴音と香の叫びに紛れて
夜の闇に融けた・・・。

それは、香以上に恥ずかしがりやで
天の邪鬼な撩の、精一杯の呟き
・・・。



「ちょ、ちょっと止まって撩~!


「ーーーあ?んじゃ何か?やっぱり
他の女ともっこりしてこようか?」

「そっ、それは駄目っ!!!」

「ーーーするかよ?」



撩は走るのをぴたり、と止め、
香の顔を覗き込んだ。

・・・香の瞳には、まるで悪戯っ子
がこれから悪巧みをする前のような
表情に見えた。
けれど撩はただただ心底嬉しくて、
ポーカーフェイスはもはや、
崩壊寸前だった・・・。



「~~~っ!撩の意地悪!」

「ーーー今更。
知ってる癖によく言うぜ。」



撩はにやり、と笑みを見せると、
涙目の香の頬や額についばむような
口付けの雨を降らせた・・・。
その度に香の肩が震え、頬が朱に
染まってゆく・・・。
香はもう、どうしたら良いのか
分からず、ただただ撩の腕の中で
身を強張らせた・・・。



「・・・もう・・・下ろしてよ
・・・。」

「ーーー駄目。下ろしたら多分お前
言い訳しながら逃げちまうから。
ま、どうしてもって言うんなら
ーーー香、お前から俺にキスして
みろよ。」

「えっ?!」

「キス位出来ないようじゃ、俺を
満足させる事は難しいぜぇ?」

「・・・・・・・・」

「ま、嫌ならいいけど?」

「・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・わ・・・分かった。」



香は恐る恐る顔を上げると、瞼を
閉じたまま余裕の笑みで香からの
キスを待つ撩の唇に、そっと・・・
触れるだけのキスをした。


・・・と。



「ん?んっ、~~~っ、
ん・・・んふ・・・っ!?」

「んー、やっぱこれ位はして
貰わないとなぁ。
あ、下ろすけど立てるか?」

「り、撩の、ばかっ!」



突然の撩からの、深い深い口付けを
された香は、恥ずかしさのあまり
撩の首に自身の腕を回し、
きつく抱き締めた。
撩はそんな香を楽しみながら、
更に口元を緩ませながら
ゆっくりと歩き出した・・・。



「ーーーさ、帰ろうぜ。」

「・・・うん・・・。」











・・・誰にだって。
どうしても譲れないものがある。

譲れない気持ちがある・・・。

誰にも負けない位に深く愛した相手
が、必ずしも自分の事を愛して
くれるとは限らない・・・。



だけど・・・だからこそ。

愛する人に愛される・・・
そんな愛すべき日々をこれからも
大切にして過ごして行きたい・・・




香は撩の腕の中で、愛しい男の匂い
や温もりを感じながら、愛する男を
愛しそうに抱き締めた・・・。








****************

わざわざ初めましてのコメントを
くださったあなた様、
いつも足を運んで下さるあなた様、
初めて当ブログに足を運んで
下さったあなた様、
ありがとうございます(*^^*)感謝☆

また後日改めて近況報告など
したいと思っていますので宜しく
お願いします(*^^*)












2015.05.08 Fri (06:00) l 想い l コメント (2) トラックバック (0) l top
ちょっとだけ不機嫌な撩に
手渡されたのは、
ガラスの小瓶に入った、
色とりどりの・・・金平糖たち。




・・・それを見たのは随分と
久し振りだった・・・。




“---美樹ちゃんの所に行ったら
偶然ミックが来てよぉ。

何処に行ったかは知らんがミックの
出張土産だってさ。
あいつーーー驚いてたぜ。

カオリの武器そっくりな食べ物が
あるなんて知らなかったよ!

、ってさ。”




そう言って撩はジャケットの
内ポケットから、ミックから
手渡された瓶をそっと取り出すと
香に手渡した。

取り出された瓶の中の金平糖は、
様々な淡い色を纏って、艶々と
光り輝いていた・・・











『お前は金平糖みたいだなぁ』




アニキにそう、言われたのは
いつだったろう・・・

・・・いつか、思い出せない位。
そんな昔の事なのだ、けど・・・。

アニキはちょっと困ったように
笑いながら
あたしにそう、言った。

それはまだ
・・・刑事だった頃のアニキに、



“おしとやかにしたらどうだ?”

“少しは女らしくしたらどうだ?”



・・・と、
撩のような男勝りな口調と雑な仕草
を心配してか、
小言のように言われ続けていた

それはまだ、高校の制服が似合う
・・・幼き歳の、頃。




『アニキ・・・
それ、どーゆー意味だよ』

『なぁ香。金平糖の中に入っている
物って何か知ってるか?』

『?
金平糖って何か入ってんの?』

『ああ。今はザラメとかが
入るようになってるんだがな、
あれには芥子の種子、
ほら、あんぱんの上に時々付いてる
あれ。あの粒々が入っているんだ』

『へぇ~そうなんだ。
・・・で?それとオレがどう関係
すんだよ』

『金平糖はとげとげした見た目だが
、核となる芥子の粒に少しずつ蜜を
かけながら、じっくりと長い時間を
かけてかき回して、そしてあの形になっていくんだ。
最初からあんなにとげとげしている
訳じゃないんだよ。』

『・・・嫌みかよ?』

『あのとげとげ・・・
お前の強がりみたいだなあ、って』

『は!?・・・強がってねぇし!』

『・・・俺や親父が留守がちで
淋しくさせたせいか、お前ときたら
強がるし意地っぱりだし・・・。』

『・・・・・・・別に・・・
そういうんじゃないし。』

『・・・だから、さ。
いつか現れてくれるといいなあ、と
思って。』

『・・・何が?』

『見た目も口調もとげとげしてる
けど、本当は優しくて可愛くて、
涙もろくて。芯のしっかりした
可愛い子なんだよ、って理解して
くれる奴が、さ。』

『・・・・・・・・・うるせぇよ』
















・・・ふと、
アニキの言葉を思い出して・・・。

懐かしさに駆られた胸の奥が
きゅ・・・っとなり・・・

不意に涙がこぼれ落ちそうに
なる・・・。




・・・ひとつ、
ゆっくりと息を吸って。

香は金平糖の瓶の蓋を開けると
掌にころり、と一粒取り出して、
それを指で摘まんで口に運んだ。

・・・清々しい甘さが。
じんわりと口の中で溶け出すのを
ゆっくりと堪能しながら席を立つ。

撩は何時ものようにナンパに出掛け
、自分以外誰も居ない。
静かなキッチンでお湯を沸かし、
穏やかな気持ちで二人ぶんの
コーヒーを淹れてみる。



一つはアニキのために・・・。

もう一つは自分のために
静かに注いで、砂糖の代わりに
瓶から取り出した金平糖を

・・・ぱらり、数粒落として。








「子ども扱いばっかりしたよね
・・・アニキったら」




そう、ぽつりと呟きながら。
香はコーヒーを静かに口に
運んだ・・・。




子ども扱いされても仕方無かった
のだけれど・・・。

それだけ年の離れた兄妹では
あったけれど・・・。




自分の歳を重ねる毎に
アニキの優しさや思いが今でも
過去の思い出から
じわり・・・沁み出してくる。




・・・今なら

今ならアニキの言葉がよく解るのに
・・・
あの頃のあたしは・・・。




ちょっと背伸びしたい・・・のと。
撩に対する憧れ・・・で。



可愛らしさには・・・程遠くて。

アニキを喜ばせるような
そんな女の子には



・・・・・・・・なれなくて。



そんな事を思いながら
香は一人コーヒーを口に運ぶ・・・



・・・少しは女らしくなったかな?

アニキが望むような女の人には
程遠いかもしれないけど・・・

撩が・・・

撩が、あたしの事を少しでも理解
してくれているといいなぁ・・・

・・・なんて。

そんな事を思ってみたりもして。






・・・と



すっ、と突然、香の目の前に。
ケーキの入るような白い箱が
置かれて。
慌てて振り返ると撩が後ろに立って
いて、不機嫌そうに呟いた。



「飲み屋のママからお前に渡して、
だってよ。」



箱の中には苺のショートケーキが
・・・2つ。



「ありがとう。お礼言わなくちゃ」

「あー、俺が言っといたから。」

「でも・・・。」

「いーから!ーーーん?」



撩は言葉の途中でコーヒーの入った
カップがもう1つある事に気付き、
香の目の前の、兄のために淹れた
コーヒーの入ったカップを
手に取るとそれを

・・・美味しそうに飲み干した。




呆気にとられて開いた口が塞がら
ない香に
撩はにやっ、と笑いながら
頭をぽんぽん、と撫でて



「ごっそーさん」



そう言いながら、テーブルの上に
置かれた金平糖に目を遣る。





「---お前。
武器よりも食い物の金平糖の方が
似合うぜ?

ってか、
香って金平糖みたいだよなぁ--」







・・・撩の口から洩れた、
思いがけないその、言葉に。

香の瞳が真っ直ぐに撩を捉え、
見つめた。




「・・・どーゆー意味よ?」

「お前もこのとげとげを取りゃあ
可愛いのにな、って。

あはははは!」




撩は香に怒られるのを覚悟の上で
そう、言ってみた・・・が。



香は暫く何かを考えた後で
・・・ふっ、と。

柔らかな微笑みを浮かべた・・・。




「---な、なんだよ!?」



怒られる事を想定していた撩は
香の予想外の反応に思わず動揺した

香はにこやかな表情でコーヒーを
啜りながら返事をした。



「ん?・・・別に?

・・・あ!あたしがコーヒー
飲み終わったら依頼見に行きます
からね。付き合ってね。」

「え~~~!??
撩ちゃん今ナンパから帰ってきた
とこなのに~!
やだ~!めんどくさ~い!」

「・・・行くわよ?」

「------はい。」





撩はがっくり、と項垂れながら
キッチンのダイニングチェアに座り
香のコーヒーが済むのを待つ・・・

・・・ふと、香を見れば・・・





「---なんか、
にやにやしてねぇ?」

「ん?・・・別に。


撩・・・ケーキ、ありがとう。
夕飯が終わったら・・・一緒に
食べようね。」

「ーーー行くんなら早くしろよ。
あと、夕飯は多めにしてくれよ。」

「はいはい。ケーキ貰ったし、
リクエストにお応えすると
しましょうかね。」



香はコーヒーを飲み干すと
席を立ち、ケーキの入った箱を
嬉しそうに、そして大切そうに
持つと、そっと冷蔵庫にしまった。





「・・・さ、行きましょうか。
夕飯多めにするなら帰りはスーパー
で買い物して帰らないとね。
荷物持ちよろしくね!」

「え~めんどくさーい!」

「はいはい、行きましょ。」

「------仕方ねぇなぁ。」
















・・・いつか現れてくれると
いいなあ、って・・・。

とげとげしてるけど、
丸くて可愛くて
芯のしっかりした
いい子なんだよ、って
理解してくれる奴が、さ・・・。










・・・そんな人は

香のすぐ、傍に・・・






****************

香ちゃん、happybirthday(*^^*)

なかなか時間が取れず、更新が
遅くなり申し訳ありません~。




2015.03.31 Tue (06:00) l l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆さま、こんにちは。
そして、お久し振りでございます。



和那です。



私は寒いのがかなり苦手です。
私の住む地域は雪が多い所なので、
降ると気温が下がって尚更身体が
動かなくなってしまい本当に
困ってしまいます(^-^;

更に、追い打ちをかけるように
プライベートも慌ただしくて、
なかなかゆっくりとRKの二人の
世界に浸る時間が取れず、結果
皆さまを大変お待たせしてしまい
ました。
大変申し訳ありませんでした。



心に余裕が出来てから書きたいな、
と思っていましたら・・・

いつの間にか雪が溶けて春が近く
なっていました(*^^*;)
次は花粉との戦いです(涙)



いつも足を運んで下さるあなた様、
偶然見つけて下さったあなた様、
拍手やコメントを下さったあなた様



ありがとうございます(*^^*)



全て読ませて頂き、一人にっこり
したり嬉しくなったりして
しまいます。

リクエストにつきましては、
ご挨拶のページの下の方に記載
させて頂いております通りなので、
あまりお応え出来ないのが現状です

申し訳ありません(>_<)



今年ものろのろペースでの更新に
なるかも知れませんが、お付き合い
下さると幸せです。

時々、コメントにて
「ほっとする」「癒される」など、
有り難いお言葉を頂いてしまいます

とんでもないです(>_<)
癒されているのは私の方なのです。



・・・自分の中で、CHに対する
ぶれない気持ちや大切な想いが
あります。
自分の中で、大好きなCHのキャラ達が今もちゃんと生きています。
知識についてはまだまだ未熟では
ありますが、これからも自分の中に
生きる気持ちを大切に、お話を
紡いでゆきたいと思っていますので
気が向いた際に足を運んで下さると
とても嬉しいです☆




↓今回は珍しくおまけ、です。















・・・夕暮れに、一人じゃない。
それだけなのに、何だか安心して
しまう・・・。
撩がいつも座るソファーの指定席に
身体を預けながら、香は何時もの
ように洗濯物を畳んでゆく・・・。



「おーい香ぃ~、風呂あるかぁ?」



ガンオイルの匂いを身体に染み
込ませた撩が、気怠そうに部屋に
入ってきたのを横目でちらり、
目配せながら



「もうお湯溜めてあるから。
直ぐに入って来なさいよ。」



と声を掛ける。

珍しく日の沈まない内に帰って
きたかと思えば、ずっと地下に
籠りっきりで、どうやら今まで銃器
の手入れをしていたらしい・・・。

いつものように今晩も出掛けて
しまうのか・・・と思い、
香がふと訊ねると、撩は香の方を
向くとすぐに返事をした。



「うんにゃ、だって財布の中身
寂しいしぃ~。あ~腹減った!
風呂上がったら飯にしてくれよ
香ぃ!」

「え?!もう、仕方無いわね。」



リビングを出て行く撩の大きな背中
を見送りながら、香は一人、
溜め息をつきながら、畳んだ洗濯物
をソファーの脇に置いて
その場をすっ、と立ち上がる。



・・・何時もより穏やかな顔で。



今晩は、一人じゃない・・・。
二人で夕飯を食べられる・・・。

それだけの事が、とても嬉しい
・・・。



香は撩の為に夕飯の準備をしようと
キッチンへと足を向けた・・・。








穏やかに微笑む香ちゃんが
描きたかったのです。

ではまた☆

和那

2015.03.02 Mon (06:00) l お礼 l コメント (0) トラックバック (0) l top

自室の窓越しに新聞を読むのが日課
のミックの頬に、愛妻であるかずえ
がおはようのキスをした。

二人が互いに、どちらからともなく
触れ合ったり抱き合ったり、
愛情表現としてキスを交わすのは
ごく自然で当たり前な行為・・・。

いつものようにキスをして、ミック
もまたかずえの頬にキスをして、
二人は名残惜しそうにすっと離れる
・・・。
そして互いに相手を優しい眼差しで
見つめ、
ミックとかずえはとても幸せそうに
にっこりと微笑んだ・・・。



“朝食の準備があるからもう少し
待っていてね。”



と言い残して、程無くかずえは
その場を離れてゆく・・・。



その姿を見送っていたミックは
・・・その直後。

焼けつくような鋭い視線と気配に
気付き、咄嗟に顔を冴羽アパートの
リビングに向けた。
するとそこには、酷く不機嫌そうな
表情をした撩の姿があった。

・・・が、目が合ってすぐ、
撩は香に呼ばれたのか、振り返って
何か返事をしながらふい、と
その場を離れていった。






・・・初めてでは、ない。

撩が香に対する想いを素直に打ち
明けてからというもの、ミックは
撩の鋭い視線をもう何度感じた
だろうか・・・。
その殆どがミックがかずえと身体を
寄せあってみたり、キスをしたり
している時・・・。

かずえとミックが仲良くする行為に
撩が苛ついている、という事では
無い位、ミックはちゃんと
分かっている。

撩が愛する者・・・香に対して、
キスをしたり抱き合ったりすると
いう行為に、未だ辿り着けないから
なのだ。



そんな撩が、自分自身に苛ついて
いるのだと気付いたのは、
共に飲みに出掛けたある夜の事
・・・。

かずえに電話を掛けるミックに対し
露骨に不満を露にした撩を、
その時はただ不思議に思っていた
のだが、こうも睨まれ続けるうちに
ミックも撩の気持ちに気付き、
思うのだ・・・。



自分が愛しいかずえと交わす日常の
挨拶や愛情表現が撩の神経にこうも
障るのは如何なものか、と。

・・・そして。
どうして自身の元パートナーは香を
相手にするとこんなにも臆病に
なって神経を尖らせてしまうの
だろう、と。

そんなに香が好きなのに、今更自分
から手を出しに行けない意地っ張り
な撩を、ミックは少し可哀想にさえ
感じてしまう・・・。

こちらに敵意を剥き出しにする位
なら何時までも意地を張らずに、
自分から香におはようのキス位
すればいいし、他人の行為に
苛立ちを覚える前に素直じゃない
自分をどうにかすればいいのに
・・・
と、今日も撩の態度をかなり不満に
思いながら、
ミックは愛するかずえの待つ
キッチンへと静かに足を向ける
のだった・・・。















ここぞ、という場所で決められない
・・・。
そんな自分を撩自身、痛い程理解
しているし、そんな煮え切らない
態度を未だに続けてしまう自分に
苛つく事さえある・・・。





・・・たった一人の。

勝ち気で男勝りで誰よりも優しい
心の持ち主の、
可愛いあの子にだけ・・・いつも。

どんな時も、肝心な一言が
言えなくて・・・。



他の女達になら露骨な表現や気を
良くする言葉を幾らでも言えたり、
時にはその気にさせたり出来るのに
、愛しい彼女を相手にした途端に
世界一のスイーパーであり女遊び
し慣れた男から
ただの天の邪鬼で不器用な男に
成り下がってしまう・・・。




「ちょっと撩!掃除の邪魔!!」



今日も、いつも通りの毎日が
始まろうとしている・・・。

・・・外を見れば、空は生憎の
雨模様・・・。
わざわざ見回りがてらナンパに
出向いても成功する可能性は低いし
、成功したらしたらで色々面倒だし
・・・。

こんな日は大人しく香の淹れる
コーヒーを堪能するに限る、と
ばかりに
撩はのんびりとソファーで朝食後の
休憩を取っている。
忙しい家事の後でコーヒーを淹れて
くれるであろう可愛い彼女は、
可愛くない口調で撩を邪魔物扱い
しながら、今日も部屋の掃除に夢中だ。

撩はそんな彼女を横目で見ながら
ソファーに寝転がって愛読書を
散らかしては彼女に注意される。

・・・が、それもまた撩にとっての
大切な日課、なのだけれど・・・。







・・・最近。
香は撩の愛読書に目を向けようと
しなくなった。

・・・いや、以前の香なら



“撩ったら、ま~たこんなしょうも
ないものを見て。”



と言わんばかりの顔をしながら
散らかった雑誌をてきぱきと纏め
上げ、撩に小言を言っていた。



・・・けれど。



美樹の結婚式以来、香はいつしか
撩の愛読書に対して距離を置くよう
になった。
決して自分からは触れようとせず、
やんわりと撩に

“これ片付けておいてよ”

と言い残してその場を去ってしまう
・・・。



・・・きっと、自分の事を意識して
くれているんだろうな、だから尚更
愛読書の表紙にあるような刺激的な
女の子を見て見ぬふりしたりして
いるんだろうな、などと想像しては
密かに嬉しく思ってみたり・・・。

・・・時には。
偶然や自然を装って華奢で柔らかな
身体に少し触れてみたり、
髪に指を絡ませてみたり、肩に
ぽん、と手を掛けたり・・・。

・・・だが、生まれてから長年
培った意地っぱりな性格と香以上の
照れ屋は、彼女に触れることをつい
躊躇ってしまう・・・。



・・・手を出したく無い訳では
決して無い。

・・・出せないのだ。
ここぞという時に・・・。



真っ直ぐに自身の気持ちを香に
伝えたからと言って、曖昧に送って
きた日々の生活が劇的に変わる事
なんて勿論無く・・・。

二人の距離は今も以前とあまり
・・・変わらず。
撩が時折香の不意をついて、羽根の
ように軽やかなキスを頬や唇に
何度か成功させた程度・・・。
その度に香は飛び上がらんばかりに
驚き、頬を紅色に染め上げてしまう
・・・。
勿論、そんな反応を見せる香は
可愛らしいし、見ている方も
楽しい・・・。



・・・けれど・・・。









・・・触れたい。

香に触れたくて堪らない・・・。
その頬に・・・髪に・・・
華奢で柔らかな身体に・・・。
時には思いきり抱き締めたいし、
可愛がりたい・・・。
無知な香に色んな事を教えたいし、
それを教えて、香がどんな反応を
示すか見てみたいし楽しみたい
・・・。



・・・けれど、香はどう思っている
のだろうか・・・。

香は自分に触れたいと思ってくれて
いるのだろうか・・・。

自分だけが彼女に触れたくて
堪らないのだろうか・・・。









・・・もし。
もし香が自分からキスをしてくれる
日が来るのなら・・・。
自分も今より素直になれそうな気が
する・・・。

何より、香に触れて欲しい・・・。
香の方から自分に触れたいと
思って欲しい・・・。

あの日・・・このリビングで。
自分も撩の事を好きだ、と
涙ながらに伝えてくれた、あの時の
ように素直な香に触れたい・・・。










「・・・は?今何か言った?」

「だからさ~、お前はかずえちゃん
みたく俺にキスしてくれないのか、
って話。」



・・・気がついた時には、心の内側
で悶えていた想いは撩の口から
するり、と溢れ落ちてしまった
・・・。



撩はあまりの気恥ずかしさを香に
悟られぬよう、ばさりと愛読書を
顔の上に伏せると、まるでこれから
一眠りするかのような姿勢を
見せつつも、
その隙間から気付かれぬように
ちらり、香を覗き見た・・・。



香は暫く、大きな瞳を更に大きく
見開いたままその場に立ち尽くして
いたが・・・程無くしてから撩の
言葉の意味を漸く理解し、それと
同時に白く柔らかな頬を濃い朱色に
染め上げ、あたふたとし始めた
・・・。





“可愛いな。でも可哀想な事を
したかなーーー?”



撩はそんな事を思いながら香を見て
いたのだが・・・

香を見ている内にいつの間にか、
張り詰めていた気が緩み、
次第に笑いが込み上げてきて
しまって、
とうとう笑い声を洩らしてしまった
・・・。






「ーーーっくくっ。」

「ひえ!?・・・・・・へっ?」



驚いていいのかどうしたら良いのか
分からない香は、つい声が裏返って
しまう・・・。
撩はそんな香に少し悪戯をしてみる
事にした。



「あ!悪い悪い!お前にそんな事
出来る訳無いもんなぁ。」

「はあっ?!・・・な、何よ!?
あたしにだってそれ位・・・」

「無理無理~。」

「~~~!!でっ、出来るわよ!」



雑誌の下で弛む顔をを隠しつつ
香とのやり取りを楽しもうとする
撩の売り言葉につい、
香はかっとなって反論してしまった


撩はその言葉に反応して、
歓喜でにやりと緩んでしまった口元
をしっかり愛読書で隠したまま
瞳だけを覗かせて香を見た・・・。



香はと言えば、大きな瞳を何度も
何度も瞬きさせながら、撩の言葉に
釣られてしまった事自身を酷く後悔
した。
後から込み上げてくる恥ずかしさで
手のひらが汗ばむ・・・。

撩はそんな香の仕草ややり取りを
楽しむかのように、ばさりと
愛読書に手をやり畳んで床に置くと
瞼を閉じた。



「ーーーほい、ならやってみ。」



まるで静かに眠っているかのように
穏やかな顔をして横たわる撩の姿に
、香は出来ると言い切った己の
愚かさと、この状態にかなり困惑
していた。



・・・そもそも、何故撩は突然
こんな事を口にしたのか。
自分はただ単に撩にからかわれて
いるだけなのではないか、
それとも・・・。



どうしよう、と躊躇う香の心情を
読み取るかのように、撩は唇を
うっすらと開けて再び言った。



「ーーーやっぱり香には難しい
かぁ~?」



撩の言葉に香は再び飛び上がり
そうになったが・・・ただ一つ。

香が確信したのは、撩が自分から
キスをされるのを待っている事実
・・・。



香はきゅ・・・っと拳を握ると
撩に向かってこう言った。



「・・・い、いい?
ぜ、絶対に目を開けないでよ?!」

「んあ?ーーー何で?」

「ななななな何ででもっ!」

「ーーーしょうがねえなぁ。」



撩は香から漂う緊張を楽しむかの
ように口元を緩ませながら、香が
近づいて来るのをじっと待った
・・・。

・・・そして。
漸く意を決した香は、恐る恐る撩に
近付くと、ゆっくりとしゃがんで
床に両膝をつき、そうっと顔を
近付けて撩の頬に自身の唇を軽く
触れさせた・・・。



・・・と、次の瞬間。
自身の身体は撩の腕に捕食されて
身動きが出来なくなっていた。



「・・・え?ええっ?!!」



あまりに急に抱き締められたせいで
香の顔は撩の耳や髪に唇を寄せる
形になってしまい、起き上がろう
にも不自然な体勢で撩に抱き締め
られたせいで足をばたつかせるのが
精一杯だった。

撩はと言えば、香の髪に顔を埋め
ながら、香がどんな形であれ
自分から近付いてキスをしてくれた
事が嬉しくて仕方なくて・・・
けれど、喜びで緩んだ素顔を香に
見せるのは恥ずかしくて・・・。

しばらくの間香を抱き締めたままで
いた。



・・・が、あまりにも香が動揺し
足をばたつかせるので観念して
腕の力を緩めてやると、香は息を
乱しながら真っ赤な頬に涙目で
撩に訴えた。



「ななな何すんのよっ!!!」

「悪い悪い。ちょっとやりすぎち
まった。あはは!」

「あはは、じゃなーい!!」



香はあまりの恥ずかしさから、
撩から距離を取るためにその場から
立ち去ろうとしたが、再び撩に捉え
られ、ソファーの縁に座らせられた


香は再び撩に何かされるのでは、と
身を固くしたが、撩は腕を伸ばして
香の髪を優しく撫でながら
こう言った・・・。



「ーーーなぁ。

ーーーキスーーーしてもいいか?」

「・・・・・・・ええっ?!」



香がこんなに頑張ってくれたのに、
自分が素直にならないなんてフェア
じゃない・・・。

もう、香と居る時は意地なんて
張らなくてもいいんだ・・・と。
今みたいに素直に抱き締めればいい
のだ・・・と。

そう思ったら急に心が楽になって、
撩は香に想いを口にしていた・・・







「あのな、撩ちゃんもうーーー
お前としかもっこりする気は
無いんだけど。」

「あ・・・はい・・・ぇえ?!」

「ーーーあ~何?お前。
もしかして本当は俺に他所で
もっこりしてきて欲しい訳?」

「違っ・・・!そ、そんな訳
無いじゃない!!」

「だろ?もっこりする時にこんな
緊張してたら、何時までたっても
あんな事やこんな事が出来ないの。


「う・・・あ、は、はい・・・。」

「それとも、お前は俺に触りたく
無いし
ーーー触られたくも無いか?」

「ちっっ、違うっ!!」

「ーーー違う?」

「あ・・・うん・・・。」

「ーーー触りたいと思うかーー?」

「・・・・・・・・うん・・・。」

「ーーーなら、練習しようぜ。
怖がらなくていいし、怖がる必要
なんて無いんだから。」

「・・・練習って、何するの
・・・?」

「ーーーキスだ。」

「ああ・・・ぇえ!?」

「俺がお前の頬にキスをする。
そうしたらお前も俺の頬にキスを
してくれればいい。
ーーー出来るか?」



撩の真剣な眼差しと言葉に香は
弱い・・・。

香は少し躊躇ったが、やがて
こくり、と小さく頷いた・・・。



「・・・・・あ・・・う・・・

・・・よく・・・分かんないけど、
撩がそう言うなら・・・

・・・うん、頑張ります。」

「よし。じゃあ目を閉じて。」

「・・・は、はい・・・。」



香は撩に言われるまま、静かに瞼を
閉じた・・・。



・・・すっ、と。
撩の手が香の手を包み込み、
その頬に軽い口付けを落とした。

恥ずかしさと、伝わる手の温もりと
、頬に伝わる撩の唇の感触・・・
香はどうにかなってしまいそうに
なる胸の鼓動を手で押さえつつ
ゆっくりと目を開けた・・・。
すると香の目の前で撩は瞳を閉じて
頬にキスされるのをじっと待って
いた・・・。
なので、香は真っ赤な顔を更に赤く
染め上げながら、先程よりも
ゆっくりと撩に近付き、撩の頬に
そうっとキスをした・・・。



香の柔らかく弾むような唇の感触をしっかりと頬で受け止めた撩は、
ゆっくりと瞼を開いた。
すると香は潤んだ瞳で視線が
定まらないまま、
じっと俯いていた・・・。
撩はそんな香の髪をくしゃり、と
撫でて、



「ーーーおつかれさん。
良く頑張ったなーーー。」



と言葉を掛けた。



今のキスはほんの・・・まだ
ほんの始まりに過ぎないという事を
香は知らない・・・。

いや、知らないままでいい・・・。
これから一つ一つゆっくりと教えて
、覚えて、そして経験してゆけば
いいのだから・・・。



撩に褒められた香は、何故キスを
して褒められたのかあまり良く
分からなかったが、褒められた事は
撩を喜ばせられたのだなぁと思うと
嬉しくて、にっこりと微笑んだ
・・・。
撩は香に触れられた事が嬉しかった
のと、香の気持ちが分かった事に
喜びを感じつつ、これから始まる
毎日が楽しみで仕方ない、と
密かに思いながら香に柔らかな
笑みを返した・・・。




























自室の窓越しに新聞を読むのが日課
のミックに、愛妻であるかずえが
今朝もいつものようにおはようの
キスをした。



・・・以前なら。

以前なら、こちらを睨み付ける
元パートナーの視線があった。
愛する彼女に触れたくても触れられ
なかった彼は、今ではまるで
こちら側に見せ付けるかのように、
大好きな彼女にキスをし、また彼女
の方も彼の頬にキスをするように
なった・・・。

その度に彼女は真っ赤に頬を染め
ながら
恥ずかしそうな、それでいて少し
嬉しそうな顔をしながら
その場から離れてゆく・・・。
その度に元パートナーは得意気で
満足気な表情を浮かべながら
こちらを見つめ、そして立ち去る
・・・。



獲物を狙う“それ”で
毎日睨み付けられる居心地の悪い
日々よりはマシなのだけれど・・・

こうも弛みきった元パートナーの姿
を見てしまうようになった事も
どうかと思う・・・。

けれど、大好きな香と元パートナー
が幸せそうな事はいい事だ、と。
そう思いながら、自身とかずえが
撩と香の未知への一歩を踏み出す為
の引き金になっていたなど知るよし
も無いミックは、
今日も軽やかな足取りで
愛するかずえの待つキッチンへと
足を向けるのだった・・・。








****************

寒中お見舞い申し上げます。
新年の挨拶もできず、本当に申し訳
ありません(>_<)

相変わらずのんびりペースでは
ありますが、足を運んで下さって
本当に感謝しております。

甘かったり、甘くなかったり、
じれったかったり愛し合っていたり
するお話をこれからも紡いで
ゆきますので、宜しければまた
お付き合い下さい・・・☆

☆和那☆





2015.02.21 Sat (06:00) l l コメント (2) トラックバック (0) l top
「そーだ、結婚て言えばおれって
結婚できないんだよなぁ。」



・・・あの日、男は女に言った。
“家族になって欲しい・・・”と。

とても長い間結婚に憧れ、焦がれ、
夢見続けていた女は、
最も愛する男にそれを告げられ・・
・・・とうとう、自身の夢が
叶う日が来るのだ、と思った・・。
自分の知り得る結婚に関する知識や
画像が走馬灯のように脳裏を駆け
巡る中、女は目の前にいる男に
釘付けになったまま、これから
言われるのであろう
何かしらの言葉に淡い期待を抱いた
・・・。

・・・けれど。
愛する男の口から飛び出た
“結婚出来ない”の言葉達は、女の
甘やかな想像を遥かに飛び越えて
ゆき、更に男はそれを笑いで
誤魔化し・・・
挙げ句には自身を“死人”、だなどと
茶化し・・・

女はただ、笑うしか無かった・・・















「・・・綺麗・・・」



ショーウィンドウに飾られた一着の
ウエディングドレスに。
偶然にその前を通り掛かった香は
すっ、と引き寄せられるように足を
留めた・・・。

香の瞳に映ったのは、あの日・・・
大好きな美樹が、愛する海坊主と
結婚式を挙げるために手作りした
物にとてもよく似たウエディング
ドレスであった。

肩から袖にかけての程好く透けた
生地。腰から裾に流れるラインの
ごく細部にまで丁寧に施された刺繍

ただ見つめているだけなのに、
ほぅ・・・と、溜め息が漏れて
しまう程、それはとても美しかった


身体のラインに沿ってするりと
流れるような感じと、極力肌の露出
を抑えた美しさが何とも言えない。
きらびやか、という言葉よりも
品がある、といった方が相応しい
美しいそのドレスは、香の心の芯を
捉えて離さなかった。

仄かにクリーム色を溶かし込んだ
ような、甘く柔らかな風合いの生地
と、頭頂部からふんわりと掛かった
長いベールの奥ゆかしさが、はるか
上から明るく照らし出すライトに
よって、艶々とした光沢を更に煌め
かせ、輝きを増していた。



・・・もし、これを着て・・・。
天候に恵まれた日の爽やかな空の
下でガーデンウエディングなんかに
花嫁として参加出来たらどんなに
素敵だろう・・・
香はそう、想像した。



結婚式・・・

撩の隣に並ぶ自分・・・。



それを想うだけで、心の奥が
温かくなる・・・。



・・・素敵・・・、と。

香はドレスを見つめながら、瞳を
細めて柔らかな笑みを浮かべた。
けれど、その表情は、結婚を夢見、
ウエディングドレスに憧れを抱いて
いた頃の、可愛らしい女の顔では
なく、愛に満たされた、落ち着いた
女の、幸せそうな笑み・・。



「・・・ん?・・あ!いっけない!
早く帰って買い物冷蔵庫にしまわ
なくちゃ!」



左手に持ったエコバッグのずしりと
のし掛かる重みに我に返った香は、
ディスプレイされたウエディング
ドレスに軽く手を振ると、笑顔で
来た道を戻り始めた・・・。







・・・戸籍が無いから、と。
あの日、撩は半ば笑いながら香に
告げた。

撩と結婚出来る・・・そんな形式に
浸る余地を自分に与えなかった撩に
香は怒って良いものか悲しんで
良いものか迷い、悩んだ・・・。
撩に告げられた甘く幸せな言葉に
酔い知る事も出来ぬまま、ただただ
がっくりと項垂れてみたり、
時には本気で撩が憎らしいとさえ
思ってしまった。



・・・けれど、改めて香は思った。

結婚・・・って、何だろう・・・?



結婚という言葉や、結婚式という
響きに憧れを抱いていたし、
ドレスを着てみたいとも思った。
その姿をアニキである槇村に見て
欲しいとも思った。
美樹と海坊主のように、皆に祝福
されてみたいとも思った。



・・・けれど、香は思った。

自分は撩と「結婚式」を挙げたい
のか・・・?
ドレスを着た姿を見て欲しいのか
・・・?
ドレスに身を包んだ自身に歓びを
見出だしたいのか・・・?



・・・・・・・・・・違う。

アニキに・・・見て欲しかった。
アニキの喜ぶ顔が見たかった・・・

自分自身を着飾って見たかった。
撩に綺麗だねって思って欲しかった
・・・。



“俺の家族の一人になって欲しい
ーーー”

自らの想いや希望をあまり口に
する事は無く、感情を押さえ込もう
とする撩の、精一杯の努力・・・。
そんな撩の努力を、“結婚”への
先走った想いが香の口を突いて出て
しまい、それに対して撩は、自身を
死人だと言い放ち、わざとおどけて
見せた。

そんな・・・悪戯っ子のように
微笑んだ撩が、香はただただ今は
愛しくて堪らない・・・。

・・・撩は、辛い時にこそわざと
おどけたりふざけたりして周りに
心配を掛けさせないように気を配る
・・・
あの時も、自身が“結婚”という
言葉を口にしなければ、
撩も無理におどけたりしなくて
済んだかもしれないのに・・・。

そんな事を、撩と過ごす愛しい日々
の中で香は考えるようになっていた
・・・。
















「ただいまー!」


アパートの部屋の中に、自分の声が
響く・・・。
香は部屋に誰も居ない時でも、何時
いかなる時でも、帰宅した際には
必ず“ただいま”というようにして
いる。
それは以前、撩に言われた事も
あるし、兄と住んでいた時も兄に
言われた事だが、一人きりの女性
は色々な意味で狙われやすい・・・
だから、洗濯物を干す時に男性用の
下着を干すように、誰かと一緒に
居ると思わせるだけでも身の危険を
減らす事になるからだ。

そんな・・・香が外から帰って
きても、以前なら誰も居ない事が
殆どだったアパートの部屋の中
からは



“おー”



・・・と、素っ気ない男の返事が
返ってきた。



・・・撩は・・・以前に比べたら
比較にならない程、アパートに居る
ようになった。
時々居ない事や帰りが遅くなる事も
あるが、そんな撩に対して香もまた
怒りや不安にかられて咎めたり
怒ったりする事は無くなっていった
・・・。

香は撩の存在に安心しながらも、
そのまま振り向かずにキッチンへ
直行し、冷蔵庫の中に買ってきた
食材を手際良くしまい終えると、
コーヒー用のケトルに水を入れ、
ガスコンロに乗せて火を付けた。
使い慣れた缶に手を伸ばし、
取り出したコーヒー豆をコーヒー
ミルでゆっくりと丁寧に挽いてゆく
・・・・・・・と。

後ろから急に、撩が覆い被さる
ように抱きついてきた。
突然の撩の行為に香は驚いて
叫び声を上げそうになった・・が、
それとほぼ同時に



“ぐるるるる~!”



と、ムードの欠片も感じさせない、
パートナーの空腹を知らせる
大音量のアラームが鳴り響き、
香は撩の行動に慌て、照れるよりも
思わず笑ってしまった。



「・・・冷凍しといたパンが
あるけど、食べる?
食べるなら直ぐに焼くけど。」

「んあ?食うっ!」



撩は香の質問に即答すると、今度は
香の頬に軽い口付けを一つ落とし、
香からすっ、と離れてダイニング
チェアにどっかりと腰を下ろした。

香は頬を濃紅色に染めながらも
何とか豆を挽き終え、そこから
手を離れて冷蔵庫に歩みよると、
冷凍室のドアを開けて、中から
カットしてポリ袋に入れておいた
パンを二切れ袋から取り出して、
トースターに入れてツマミを回し、
再びコーヒーの準備に取り掛かった




「ーーーん?何かご機嫌じゃね?
良い事でもあったかぁ~?」



撩はテーブルの上で頬杖を付き
ながら、香にこう訊ねた。
いつもの香なら、もう少しで夕食
なのだからそれまで我慢しろ、と
言ってくる筈なのに、機嫌が良い
のか鼻唄を歌いながらコーヒーを
淹れ、しかもパンを自ら焼いて
くれている。

すると、香は幸せそうににっこりと
笑みを浮かべた顔を撩に向けると



「ん?・・・何でも無いわよ。
帰りにね、ショーウィンドゥで
見かけたウエディングドレスが
とっても綺麗でね。ずっと眺めて
目の保養してきただけよ。」



と、嬉しそうに話し、
軽くバターを塗った焼き立ての
パンと淹れたてのコーヒーを
テーブルに運んで来た。



「ーーードレス、ねぇーーー。」



撩は、大きな口でトーストにかじり
つき、美味しそうに頬張りながら
香に聞こえぬ位の小さな小さな声で
そう、呟いた。















夕飯が済み、香は食器を片付け
ながら一人、色々な事を考えていた


・・・大好きな撩から、とても
素敵な言葉を貰い・・・
自身もまた、たどたどしくも精一杯
努力をして、自身の気持ちを撩に
伝えて・・・。



・・・少し、時を経て・・・
身体を重ね合って・・・。

身体を重ね合う時に時折・・・
今まで見たことも無いような仕草や
表情を見せたり、自分の身体で、
肌で・・・撩の身体の全てを
感じられる・・・

その事はまだ恥ずかしいし、
逃げたくなる事もあるけれど・・・
でも、嬉しくて・・・

そんな全てに歓びを感じられる日々
の中で・・・今まで以上に撩の事を
知ったり新しい発見がある中で、
香はある考えに辿り着いていた
・・・。



何も、“結婚”という形に囚われ
なくても良いのだ・・・と。

今よりも全然無知で、焦りに満ちて
いた若い頃は、結婚式を挙げさえ
すれば幸せになれると思っていた
事もあった・・・。
式を挙げる事こそが幸せなのだ、と
そう思った日々も、
無くは無い・・・。


・・・けれど。



自分は撩の、他の誰よりも傍に居て
・・・。
麗香やかすみ・・・
撩を愛する女の中で、誰よりも傍に
居る事が出来て・・・。

いつ命が尽きるかも分からないこの
世界に生きて・・・
この命が尽きる・・・その日まで。
このままいつまでも傍で、撩と共に
生きて行けたらそれでいい・・・。

これ以上の幸せは要らない・・・と




食器を洗い終えたとほぼ同じ
タイミングで、食後のコーヒーを
淹れるために火にかけていた
ヤカンの、沸いたことを知らせる
カタカタと金属の擦れる音に意識を
呼び戻された香は、給水栓を止め
エプロンの裾で手を拭くと、
慣れた手つきでコーヒーの準備に
取り掛かった。



・・・今の・・・
この幸せな日々を手放したくない
・・・
どうか・・どうかこのまま撩の傍に
居られますように、と・・・



香は丁寧に二人分のコーヒーを
淹れながら、そう、願った・・・。














「撩~コーヒー淹れてきたわよ。」



香は淹れたての良い香りが漂う
二人分のコーヒーをトレイに乗せて
リビングに来たのだが、いつも撩が
占拠しているソファはもぬけの殻
だった。

・・・先に風呂にでも入ったの
かと思って視線を泳がせると、
その視界の端にテーブルが映り、
そこに小さな紙切れが一枚置いて
あった。

なんだろう?・・・と香がそれを
手に取り、書かれた内容を読んで
みると、其処には



“香へ。地下の武器保管庫へ来い。”



とだけ、撩の字で書かれていた。



「・・・武器保管庫・・・?
あたし・・・何かしたっけ・・・?




・・・武器保管庫にある武器の
手入れは香は絶対にしない。
撩に無断で持ち出すなんて事は
もうしなくなった。

撩が時々足を運んで手入れをして
いる事は知っているが、自分は
今では掃除をする為だけにしか殆ど
足を運ばないので、撩が何故、
自分を・・・しかもこんな遅い時間
に武器保管庫に呼ぶのか理解
できなかった。

・・・が、兎に角向かわなければ、
と思った香は、

(直ぐには戻って来れないだろう
から撩の分のコーヒーは後で
淹れ直そう)

と思い、コーヒーの乗ったトレイを
テーブルに置くと、自分の分の
カップだけ手に取り、急いで飲み
終えた。
そして空になったカップをトレイに
置くと、
そのまま武器保管庫に足を向けた。















・・・地下への階段を一つずつ
下りて行く程に、空気の匂いが
少しずつ変わってゆく・・・。
居住区とはまた違う、オイルや
その他が放つ独特の匂いが、香は
密かに好きだったりする。

撩の身体に寄り添うようになって
気付いた撩の・・・香り。
シャワーを浴びたり洗ったりしても
落としきれない、身体に染み付いた
撩が闘った証の硝煙の匂いと愛用の
煙草の煙・・・そして、撩自身の
身体から発せられる、父や兄とは
違う男の匂い・・・。

その匂いの中の一つが微かに濃く
なった先にある、奥の部屋のドアを
香は躊躇う事無く開け放った。



「・・・撩~ぉ?」



・・・地下だからか、はたまた壁が
剥き出しのコンクリートだから
だろうか。
居住区よりも幾分気温が低いその
部屋の真ん中で、撩は履き古した
ジーンズに半袖Tシャツ一枚のまま
じっと立っていた。

どこを見つめているのか分からない
位に遠くに意識を飛ばしていた撩は
香の存在に気付くと、ふっ・・・と
微笑んだ。
武器庫に何故呼ばれたのか見当が
まるでつかない香は、何故ここに
呼ばれたのか、撩に訊ねてみる事に
した。



「・・・撩?

・・・えっと、ひょっとしてあたし
何かやらかしたかなぁ・・・?
掃除以外は何も触ってないつもり
なんだけど・・・?」



すると撩はふっ、と笑みを浮かべ、
ゆっくりと口を開いた。



「ーーーーーーーーーなぁ、香。


俺さーーーずっと考えてた事が
あってなーーー。」



撩は瞳の中心に香の姿を捉えながら
静かにこう言った・・・。



「ーーーー結婚式をーーーな。」

「・・・・・・・え?
・・・な、何?どうしたの突然。

・・・あ、もしかして、あたしが
ウエディングドレスの話なんか
したから気にしちゃった?
ごめんごめん!大した意味は無い
から~その、気にしないでっ!」



香は自分の言葉に撩が気にして
しまった事を焦りながら、撩に
詫びた。・・・焦るあまり、体温が
上がり、頬が上気してしまう・・・

撩はそんな香を愛しむかのように、
すっ、と手を伸ばすと、その大きな
掌で香の小さな頭を撫で、するりと
滑らせて華奢な肩に辿り着いた。
そして、肩に手を置いたまま撩は
話し始めた・・・。



「ーーーーーいや、そうじゃない。
本当ならーーーさ、お前が望む通り
ちゃんと挙げさせてやりたいーーー
いや、お前のためにも、槇ちゃんの
ためにも、結婚式を挙げた方が
いいと思っているーーー。」

「・・・・・・撩・・・?」

「ーーーーーーーー奥多摩で、さ。
美樹ちゃんが撃たれたろーーー。


ーーーーーーー情けないけど、な。
ふいに思い返すとーーーあの姿が
時々ーーー何故かな、お前と
重なっちまうんだーーー。」

「・・・・・りょお・・・・・」



撩は、ただただ驚いたままそこに
立ち尽くす香を見つめ、言葉を
続けた・・・。



「ーーーーーーもし。
お前が狙われそうになった場合、
俺は命を賭けて絶対にお前を守り
抜く。その自信はあるーーー。
だから、結婚式は挙げようと思えば
挙げられる。

ーーーけどな。俺は結婚式に気を
とられて、あの時のように油断して
しまうかもしれないーーー。
油断しないように辺りに気を
配ればきっとーーー
折角の結婚式に集中出来なくなる
かもしれんーーー。

そんな事じゃあ駄目なのは承知だし
第一、槇ちゃんに怒られちまう
だろうなーーーなんて。

ーーーそんな事ばっかりずっと
考えてたーーー。」

「・・・・・・・・りょお・・・」



・・・香はそれをじっと聞き終える
と、撩の傍に寄り添い、静かにその
右手を取って自身の頬に寄せた。

・・・随分と長い間、ここに居たの
だろうか・・・。
撩の、冷えた指先が香の頬の熱を
じわり、奪う・・・。







「・・・あたし、ね・・・。」



香は頬に感じる撩の、命の次に大切
とも言える右手の指先を肌で感じ
ながら、ぽつり、呟いた・・・。



「・・・前はね。したかったの。
結婚。

・・・結婚さえすれば、
ずっと撩の傍に居られるんだって、
そんな風に思ってた。けど・・・」

「ーーーーーーーーけど?」

「・・・違ったの。

・・・結婚なんてしなくても、撩は
何時でもあたしの傍に居てくれる
・・・。

それがね・・・それだけでね・・・
今はすごく、嬉しいの・・・。
だから、あたしも自分の出来る限り
の事はやる。

・・・だから・・・

撩が・・・撩がそんな事を心配
しなくてもいいんだよ・・・。

・・・そんな事を考えてくれてた
だけで・・・
あたしは充分幸せ・・・。」



香は撩にそう言うと、撩を見つめて
柔らかな笑みを浮かべた。

撩の想いが嬉しくて・・・目尻に
うっすらと涙を浮かべながらも
香はにっこりと微笑んだ。

撩は、そんな香を優しく見つめ返す
と、やんわりと香の頬から自身の指
を離し、武器が納められている棚の
上に置かれていた白い箱に手を
伸ばし、取り上げると、大切そうに
蓋を開けて中身を取り出した。



その箱の中に入っていたのは、この
場所に酷く不似合いなもの・・・

それは・・・見覚えのある純白の
レース・・・

・・・生花は付いていなくとも
見間違える事はない・・・

あの日・・・美樹が身に付けた
ウエディングドレス用のベールで
あった。



「りょお・・・これ・・・!?」



香は瞬きをするのも忘れてしまった
かのように、大きな瞳を見開いた
ままベールを見た。
そんな香に微笑みながらも撩は、
静かにこう言った。



「ーーー初めてお前を抱いた、
次の日に、な。
海坊主に内緒で美樹ちゃんに借りて
きた。」

「・・・え・・・?
だって美樹さん、昼間会った時には
そんな事、一言も・・・。」

「誰にも言わないでくれ、って
俺が口止めしたんだーーー。」

「・・・美樹さんは・・・何て?」

「ーーー分かった、って。
その代わり、いつか二人仲良く
店に足を運んでくれ、って。」

「・・・美樹さん・・・。」



撩は、自らの気持ちを話し終えると
優しい笑顔を浮かべながら、
ベールをそっ、と香の頭に乗せ、
ポケットから槇村の形見の指輪を
取り出して、香の左手を取り
白くて華奢な薬指にそっと
嵌めた・・・。



「・・・撩・・・。」

「ーーー綺麗だーーー香。

あの日ーーー美樹ちゃんの縫った
ドレスを着て、ベールを着けた
お前は誰よりも綺麗だったーーー。
ーーーだから、な。
美樹ちゃんに無理言って借りたんだ
ーーー。

ーーーあれこれ悩んだがーーー香。
これが俺のーーー精一杯だーーー。

ーーー指輪もな、あちこち探して
回ったんだがーーー

ーーーこれよりお前に似合う物が
見つからなかったーーー。


ーーー皆の前で結婚式も挙げさせて
やれない、こんな俺だがーーー

ーーーこれからも。
こんな俺と一緒に生きてくれるか
ーーー?」



撩はそう言い終えると、大きな両の
掌で香の頬を包み込んだ。
・・・香の瞳の奥からは涙が溢れ、
頬を伝ってぽたり、ぽたり、
零れ落ちてゆく・・・。



・・・撩が・・・
撩がここまで考え、悩み、そして
約束をくれるなんて、香は考えも
しなかった・・・

そこまで考えてくれた撩の想いが
嬉しくて・・・幸せで仕方ない
・・・


香は涙を溢しながら、撩の想いに
応えたくて、にっこりと笑おうと
努力するのだが、感極まって中々
笑顔になれない・・・。

撩は、そんな香の涙を指で拭ったり
自身の唇で優しく受け止めたりした
・・・。



・・・少しして。
香は一つ深呼吸してから撩を見つめ
、何とか微笑みを浮かべる事が
出来た・・・。

そして、小さな唇をうっすらと
開いた・・・。



「・・・・・・一人で・・・
一人でここまで考えてくれてた
なんて、知らなかった・・・。
あれから・・・あれから随分経つ
けれど・・・ずっと・・・
一人で悩ませてごめんね・・・。

ありがとう・・・
ありがとう・・・撩・・・。

嬉しい・・・こんな嬉しい事って
無い・・・。

・・・あたしこそ・・・
これからも・・・この先も・・・
ずっと一緒に生きて下さい・・。」

「ああーーー。

ーーーごめん、なーーー。
ドレスと結婚式はーーー」

「・・・ううん、要らない・・・。
ベールを着けられる日が来るなんて
思いもよらなかったもの・・・。

・・・綺麗・・・。

・・・ここを・・・この場所を、
あたし達二人だけの結婚式の場所に
しましょうよ。ね?
あたし達に相応しいと思わない?
あたし達らしくていいじゃない
・・・。

誰も真似できない、二人だけの
想い出になるのよ・・・ね?」

「ーーーーーーーそっかーーー。
お前がそれでいいなら、まあ、
いいさーーー。」

「あ!折角なんだし、写真!
写真撮りましょうよ!!ねっ?」

「ーーーーーー仕方ない。
けど、一枚だけだからな。」

「ありがとう撩!!」



撩は無邪気に喜ぶ香の、頬を再び
大きな掌で包み込むと、
真っ直ぐに香を見つめ、
こう言った・・・。



「ーーー指輪にーーー
槇ちゃんに誓うよーーー。

俺はーーー
生涯お前を守り抜くーーー。

ーーー誓いのキスをしても
いいかーー香?」

「・・・・・・・・はい・・・。」


























通い慣れた喫茶店の・・・
大きな体格の店主の留守を狙って
一組の男女が足を運んだ・・・。



「いらっしゃーい。

・・・あら?
・・・・・・あら・・・!!

二人ともおめでとう・・・!!
さぁ、座って座って!何かお祝い
しなくちゃね!」



店のママは、慌てた様子で・・・
けれど、嬉しくて仕方がないと
言った表情を浮かべながら、
うっすらと涙を滲ませた・・・。



「美樹ちゃんこれ返すわーーー
さんきゅ、な。」

「ありがとう美樹さん・・・。
嬉しかった・・・。」

「・・・こちらこそ・・・
あたしの作ったベールを二人の
幸せのために使って貰えたなんて
とっても嬉しい・・・

・・・あ!やだ・・・
ごめんなさい。嬉しいからって
涙なんか流しちゃ駄目よね。

・・・さ、とびっきりの一杯を
淹れますからね。」



店のママは、嬉し涙を更に滲ませ
ながらコーヒーの準備に
取り掛かった・・・。












・・・あの日、撩は香に言った。
“家族になって欲しい・・・”と。

その後、愛する撩の口から飛び出た
“結婚出来ない”の言葉に香はただ、
笑うしか無かった・・・



けれど・・・今は・・・違う。



コーヒーを堪能し、仲良く店を
出て行く二人は何処かしら柔らかな
雰囲気を醸し出しながら、
寄り添い、歩き出す・・・。



いつも通り依頼を見に行き・・・
時には喧嘩をしたり、
よそ見をしたり浮わついて見せたり
して、ハンマーで追いかけたり、
追いかけられたり・・・。

そしていつしか二人はまた
寄り添い、笑い合いながら
愛する我が家へと歩き出す・・・。









・・・あの日、秘密の誓いをして
から二人で撮った想い出の写真は
額に入れられ、人目につかないよう
大好きな兄の写真と寄り添うように
大切に飾られている・・・。


いつまでも、これからも、

ずっと・・・。









****************

今回は少し長くなりました。
これからも、言葉の一つ一つを大切
にしてお話を紡いで行きたいと
思います。
この先も愛し合う二人やもどかしい
二人、じれったい二人などを紡いで
ゆきますので、お付き合い下されば
幸せです。

いつも来てくださるあなた様、
偶然このblogに足を運び、読んで
下さったあなた様、
拍手を下さるあなた様。

ありがとうございます・・・☆

来年も宜しくお付き合い下さいませ
・・・。

和那









2014.12.30 Tue (06:00) l 想い l コメント (2) トラックバック (0) l top
甘え上手な女ならば
男の身勝手な行動に対して素直に
“行かないで”とすがってみたり、
時には泣いてみたりするのだろう
・・・

けれど

あたしは・・・・・・















「はーいもしもし?撩ちゃんでーす
ーーーん?

ーーーああ、わかった。
直ぐ行くーーー。」



キッチンで、香が作る夕飯のおかず
を横から摘まみ食いしていた撩は、
ジーンズのポケットに突っ込んで
おいた携帯電話を面倒臭そうに取り
出したかと思えば、
一言二言何かを話し、再びそれを
ポケットに仕舞い込むと



「ーーー香ぃ、俺ちょっと急用
思い出したわ。」



と、香に詫びた。



「・・・え?」

「悪いっ!あんま遅くなるようなら
先寝てていーから。
んじゃ、行ってきまーす!」

「え?!ちょっとっっ!?
・・・っ、撩ぉーっ!!」



・・・夕飯の支度の整いつつある
温かなキッチンから引き留める間も
なく撩はその場から出て行って
しまい・・・
一緒に夕飯が食べられる、と
楽しみにしていた香は一人ぽつんと
取り残されてしまった・・・


















「こんにちは、轍さんっ。」



冷たく吹き込む風も今日は珍しく
姿を潜め。
その頭上には何処までも清々しい
青色が広がっていた。
ぽかぽかと心地好い空の下で珍しく
立て込んだ靴磨きを一段落終えて
・・・
額にうっすらと滲んだ汗を着古した
服の袖でぐいっと拭う、情報屋の
轍の元に香が足を運んだのは
香がいつも日課にしている
“午前中の伝言板のチェック”を
終えた後の事だった。
轍は顔を上げて香を見ながら挨拶を
した。



「ああ香ちゃん。こんにちは!」
・・・おや、どうしたんだい?
撩ちゃんと喧嘩でもしたのかい?」



香に挨拶を返しながら轍はすっ、と
顔を上げた。
いつもは見かけない、大きな保冷
バッグを肩に掛けていた香は
何処か・・・
何時ものように、にこやかに挨拶を
する笑顔のどこか・・・
ほんの・・・少しだけ、
浮かない表情の欠片をちらりと
覗かせているように見えた。



「・・・もし良かったら話して
ごらんよ?」



靴磨きの道具を並べ直しながら、
轍は香から漂う雰囲気と様子を読み
、探る。
・・・それを読み取るのも情報屋と
して生きてゆく上での当たり前な事
であり、それはもはや日常茶飯事で
あり。轍にとっては息を吸うのと
同じくらい当たり前な事だった。



「・・・轍さん・・・」



香は何かを言いかけたが・・・

きゅ、っと唇を結ぶと、
ふるふると首を横に振り、にっこり
と笑ってみせた。



「・・・ううん、やだなぁ轍さん!
撩と喧嘩なんてしてないわよ。
・・・いつも通り、依頼が無くて
残念だっただけ。あ~あ、残念っ」



香はそう言って笑い・・・

轍もまた“そうかい”とでも言わん
ばかりに笑ってみせた。




・・・何気に。
肌にまとわり付く空気の匂いと
感じが変わった気がして・・・。

二人してふっ、と視線を空に
向ければ、さっきまで広がっていた
青空は端から濃い影を這わせ、
湿り気を帯びた灰色が
じわりじわりと這うように影を
落とし始めていた・・・。



「あー、こりゃあ一雨来そうだ
ねぇ。
さっさと片付けちまわないと。」



こんな時は素早く荷物を片付けて
店仕舞い。
慣れた手つきで荷物を纏めると、
人通りの少ない、けれど、外からは
割と見通しの良いガード下を選んで
香を案内した。
香が珍しく大きなバッグを持って
いる事から轍は、香が買い物にでも
出掛けるのかと思ってみたりしたの
だが・・・大切な撩が大切にして
いる女性を、これから確実に降るで
あろう雨で濡らす訳には
いかなかった。







・・・轍の読み通り、荷物を運び
込んだと同じ位のタイミングで、
灰色は瞬く間に広がり、
大粒の涙をぽろぽろと溢し始めた。
雨こそ凌げるものの、
アスファルトの濡れた匂いと
湿った温かな空気と雨で冷やされた
空気が交わりながら、二人の足元に
するりと流れ込んでくる・・・。



・・・雨宿りなんて、
外に居る事の方が多い香も轍も
慣れたものだが、
二人で雨を凌ぐのは初めての事
だった・・・。
轍は慣れた仕草で持っていた敷物を
敷いて、香に“どうぞ”と手招きを
しながら、そこにどっかりと腰を
下ろしたので、香はにっこりと
頷きながら“お邪魔します”と、
轍の隣に腰を下ろした。






・・・撩のパートナーになって。
撩に忠告された事が一つだけ有る。



“---香、俺の知り合いに挨拶
したり仲良くするのは構わないが、
あいつらの過去は決して聞くな。
あいつらにも色々---この世界に
足を踏み入れた事情がある。
だから、そんな所に土足で踏み込む
ような事は決してするな。”





・・・その言い付けを守り、
香は撩の知り合いにきちんと挨拶
するし、長いときを経て今では
冗談を言い合う仲になったが、
相手にあれこれ聞いたりは決して
しない。

親しき仲にも礼儀あり、なのだし
撩に言われた事は尤もだからだ。





・・・けれど。
ずっと、気にはなっていた。

撩のパートナーになり、轍と知り
合ってから幾年・・・



「ねぇ、轍さん・・・。
轍さんは一人で・・寂しくない?」



香はふと・・・轍に聞いてみた。

・・・悪戯に轍の過去を聞こうと
している訳では無い・・・。

ただ・・・
こんなに優しい、思い遣りのある
男が
雨の日も晴れの日も
いつも一人きりで居る・・・
それが香には何故だか無償に
寂しく思えたのだ・・・



突然の、突然の香の問いに・・・
轍は思わず目を丸くしながらも
いつものようにふっ、と目を細めて



「寂しい・・・かい?
・・・そりゃあ全然寂しく無い
って言ったら嘘だけど・・・

・・・けどね、いつからか
寂しくは無くなったんだよ。」



そう言って轍は穏やかに笑った
・・・。



「・・・どうして?」



不思議そうに轍の方を覗き込む香に
向かって轍はにっこりと微笑み
ながら静かに瞼を閉じた・・・。



「ん~・・・だってね。
他に仲間はいっぱいいるし、
こうやって香ちゃんが毎日俺らに
挨拶してくれるからだよ。」

「・・・へ?あたし?」



香は驚いて、大きな瞳を更に大きく
させた。
轍はそんな香を見て、くすっ、と
笑いながら話を続ける。



「そう・・・香ちゃんだ。
俺らみたいな日陰の人間に香ちゃん
は分け隔てなく接してくれる。
俺も皆も、そいつが嬉しいのさ。」

「なんで?
分け隔てなくちゃいけないの?
そんなの可笑しいわよ!
それに、轍さんは轍さんでしょ?」

「ん?あはははっ!
・・・そうか。
・・・俺は俺、かぁ・・・。」

「変な轍さんっ。」

「そうかい?

・・・しっかしさ。
こんな優しくて気の利いた香ちゃん
がいつも撩ちゃんの傍にいるんだ
もんなぁ。
撩ちゃんは幸せ者だなぁ・・。」

「・・・そうかな?」

「ああ・・・幸せ者だよ。
香ちゃんだって撩ちゃんと一緒で
嬉しいだろう?」

「うん・・・あたしも、
嬉しいし、幸せよ・・・。」



香は笑みを浮かべながら、
膝を抱え込んで膝頭に頭をこつん、
と乗せた。



「じゃあ・・・何でそんなに
浮かれない顔をしてるんだい?」



轍がやんわりと訊ねると、
香は悲しそうに笑みを浮かべ
ながらふるふる、と
小さな顔を横に数回振った。



「・・・撩ったら夕べね、
夕飯前に突然出掛けちゃって・・・

携帯にね、連絡が入ったみたいで
慌てて行っちゃって。
撩が食べたいって言ったもの作った
ばっかりだったのにさ。
・・・朝は予想通り、朝帰りだし
・・・。」

「・・・そうか・・・。
そいつは寂しかったねぇ・・・。
・・・撩ちゃんは?香ちゃんに
何も言わなかったのかい?」

「・・・うん。
でも、撩だってきっと、
言いたくないから言わないんだと
思うから・・・
無理に聞いたりはしないのよ。

・・・けど、もし何処かで危険な
目に遭ってたり、綺麗な女の人と
デートしてたら・・・
なんて色々考えちゃって。
そしたら、何かね・・・。

けど、
あいつ何も言わないし・・・
・・・まぁ、例え、何かあっても
言わないんだろうけど、って・・」



香は寂しそうに呟いた。
そんな香に・・・



「・・・大丈夫、だよ・・・。」



黙って話を聞いていた轍は
香の言葉をやんわりと遮った・・・



「・・・轍さん?」



香の問いに、轍はにっこりと微笑み
ながら、話を続けた・・・。



「撩ちゃんは優しいよね・・・。
けど・・・好きでもない人間と相棒
を組んだり、ましてや一緒に暮らす
ほどお人好しじゃあない・・・

俺達情報屋と裏家業の繋がりなんて
早い話が金と情報の交換のみ、
みたいなもんでさ・・・。
けど、撩ちゃんは他の連中とは
初めて会った時から何処か違ってさ
・・・。
俺らみたいなモンにも優しく接して
くれる・・・。
だからつい、俺達も撩ちゃんを
頼っちまうし、協力も惜しまない。
けどさ・・・撩ちゃんが何処に
行ったとしても・・・
香ちゃんだけは撩ちゃんの帰りを
信じて待っててあげてよ。」

「・・・轍さん・・・。」

「撩ちゃんは素直じゃないからさ。
香ちゃんは寂しい思いをしちまうの
かもしれないけど・・・。
撩ちゃんがどんな男か、それは
香ちゃんが一番良く解ってる筈
だろう?

・・・けど、もし困った事があれば
俺達の所においでよ。
香ちゃんは俺達皆のアイドルだし、
皆、香ちゃんの味方だから。
喜んで香ちゃんの力になるよ。」

「轍さん・・・」




香は瞳を潤ませながら・・・
嬉しそうに笑った・・・。

それは、無理に見せようとした
笑みではなく、
柔らかで、見る者を幸せにして
くれるような温かな笑み・・・。




「・・・うん、その笑顔だ。
俺は香ちゃんの笑顔が世界で一番
好きだよ。」

「轍さん・・・えへへ、やだなぁ
誉め上手なんだから・・・。
轍さんって、何だかお父さんみたい。」

「そういう香ちゃんこそ俺の
・・・娘みたいだ。

安心しなよ。撩ちゃんが香ちゃんを
ほったらかしにして他の女の所に
行くような事があったら直ぐに
香ちゃんに連絡するから。
俺らだって撩ちゃんに情報流さん
もんね。」

「・・・ふ、ふふっ」

「はは、っ・・・!」




二人は顔を見合わせて・・笑った。




・・・と、次の瞬間、轍のお腹が
ぐぅぅぅ、と鳴って。




二人してまた・・・笑った。




「悪い悪い!
笑いすぎたら腹が鳴っちまった」

「ははっ・・・あ!そうだった!」



そう言って香は持っていたバッグに
手を入れると、そこから大きめの
重箱を取り出した。

蓋を開けると中にはお握りや卵焼き
などが沢山詰められていた。



「うわぁ!こりゃあ旨そうだ!
けど、こんな旨そうなお弁当、
一体どうしたんだい?
何処かに出掛けるつもりだったの
かい?」



轍は驚いた様子で香に尋ねた。
香は取り出した水筒からお茶を
注ぎながら



「ううん、違うわよ。
ほら、いつも皆にお世話になって
いるから差し入れにと思って
作っているうちに段々楽しくなって
きちゃって・・・。

だから轍さん達皆に食べて貰おうと
思って!
はい!轍さんお好きなのをどうぞ」

「じゃあ有り難くいただきます。
・・・ん!こりゃあ旨い!」

「本当?!良かった!
はい、徹さんお茶どうぞ。」



香はお茶を差し出しながら、
作った弁当を美味しそうに食べる
轍と、その言葉が嬉しくて。

再び膝を抱えながら
ふふふっ、と笑った・・・。





「楽しいわねぇ・・・。」

「うん、楽しいなぁ。」



轍は丁寧に握られたお握りの、
最後の一口を大切そうに口に運んだ




・・・それとほぼ、同時に。








・・・ふっ、と。

轍の肩に香の頭が凭れかかり、
やがて小さな寝息が規則正しく
聞こえ始めた・・・。




「・・・香ちゃん?」

「・・・ん・・・」




閉じられた瞼から伸びる、長い
睫毛の隙間から、

透明な滴がぽろり、一粒・・・
溢れ落ちた。






「・・・・・ごめんなぁ・・・」



香は夕べ、きっと撩を想って
眠れなかったのだろう・・・と
轍は思った・・・。













・・・と。


「---あ~あ~。
こんな処で寝ちまったのか?
相変わらず困った奴だなぁ。」



半ば呆れた口調ですぐ近くから声を
掛けてきたのは、他でもない
撩だった。

左手にはびっしょりと濡れた雨傘を
持ったままこちらに近付いてくる
撩の、薄いブルーグレーの
ジャケットと濃紺のボトムの裾、
そして愛用のブーツは雨水の跳ね
返りや滴が染みて、色が濃くなって
いた。
轍はにっこり笑いながら、撩に話し
掛けた。



「・・・こんな所に居たから見つけ
にくかったろう、撩ちゃん。」

「ん?ーーーいやぁ?」

「・・・そうかい。
撩ちゃん、夕べは本当に助かったよ
。有り難う。
・・・けど、その事で香ちゃんに
悪いことしちまったなぁ・・・。」



済まなそうに香に視線を向ける轍に
撩はほんの少し、眉間に皺を寄せ
ながら口元を緩ませた。



「轍っつぁん、そんな事は気に
するな。
香なら---大丈夫だ。」



撩はそう言って轍達の前にしゃがみ
込むと、すっ、と手を伸ばし
香の柔らかな髪をくしゃくしゃと
撫でた・・・。

熟睡しているのか、香はぴくりとも
動かず、轍の肩を枕に
気持ち良さそうに眠っている・・。



「---あ~あ。
済まんな、轍っつぁん、香が仕事の
邪魔しちまって。」

「いーや、とんでもない。
こんな天気じゃあ仕事どころじゃあ
無かったし、それに
雨のお陰で香ちゃんといい時間を
過ごせたよ。

・・・香ちゃんと話してると



・・・・・いや、
俺も・・・楽しかったよ。」



そう言って、
轍は撩に向かって笑い掛けた。

それに釣られて撩もまた・・・
笑った。



「さってと、轍っつぁん。
雨も上がったし、
そろそろこいつ、連れて帰るわ。」



そう言って撩は立ち上がると、
慣れた手つきで香を軽々と背負った

雨はいつの間にか止み、雲の切れ間
から青空が覗き、そこからきらきら
と明るい光がいく筋も降り注いで
いた・・・



「弁当・・・皆で食べるって
香ちゃんに伝えておくれよ。」

「ああーーー。
そいつは香も喜ぶ。」




轍は敷物を畳みながら眠っている香




「・・ありがとうなぁ、香ちゃん」



・・・と、礼を述べた。




























「・・・ん・・・・・・?」



香がゆっくりと閉じた瞼を開くと
その瞳に映ったのは、
空き店舗の古びたコンクリートの
でも無ければ湿った雨と
アスファルトの匂いが漂う訳でも
無く・・・


薄暗い部屋の中に・・・



見慣れた家具・・・。
見慣れた壁・・・。



「撩の・・・部屋・・・?」



・・・ふ、と。
何か気配を感じて目線をずらすと、
傍で撩が気持ち良さそうに眠って
いた・・・。



「---ん?ああ、起きたか」



むくり、と身体を起こして背伸びを
する男の囁く低い声・・・。
慣れた煙草の残り香・・・。

・・・香は、自らのぼんやりとして
いる意識が少しずつ
はっきりとしてゆくのを感じながら

・・・その傍らで
置き去りにされた昨夜の寂しさが
香の心をじわり、と支配する・・・



香はベッドに横になったまま不機嫌
そうに撩に声を掛けた・・・。



「・・・轍さんと楽しくお弁当
食べてたんだけど・・」

「お前が轍っつぁん枕にして寝る
から俺が連れ帰ってきた。」

「・・・轍さんは・・・?」

「---雨も止んだし、また仕事に
戻るって。
ま、もう暗いし帰った頃だろうな。
お前に弁当の礼を言っておいて
くれってさ。」



・・・香は、何とか胸元のシーツに
手を伸ばすと自身の口元までそれを
手繰り寄せ、顔を埋めた・・・

・・・どうしても 。
こんな醜い心が表れた顔を
撩に見られたくは無かった・・・。



・・・撩はそんな香を少し困った
ように見つめながら、
髪をくしゃり、と掻き、ぽつりと
呟いた・・・。



「---悪かったよ。」

「・・・あたし、別に怒ってなんか
無いし・・・?」

「---済まなかったな--」



撩はそう言って侘びながら、
柔らかな茶色の髪に手を伸ばし、
くしゃり、と撫でた。



「・・・・・・っつ、」



・・・違う。

本当はこんな事を撩から聞きたい
訳では無いし、詫びて欲しい
訳でも無い・・・



けれど・・・




「---寂しかったか---?」



自分の気持ちなど分かっている
癖に・・・

分かりきっている癖に・・・



こんな事を聞いてくるのが
・・・憎らしい・・・

憎らしいけど・・・

・・・憎み、きれない・・・




香は撩の腕を押しやると、上体を
起こして自身の手を撩の頬にそっと
伸ばし・・・

その頬をきゅっ、と軽く
・・・つねった。



「---ってて」

「・・・出掛けるなら・・・
ちゃんと説明くらいしなさいよね
・・・っ」

「---ああ、悪い。」

「し・・・心配するんだからっ
・・・ゆ、夕飯だって・・・」

「ああ---旨かった。」

「・・・冷蔵庫の?」

「ああ。全部食った。」



そう言って、撩は悪戯っ子のように
はにかんだ。




・・・香は今までずっと我慢して
きた・・・。

何があったって、何時だって平気な
ふりをしてきた・・・。



・・・けれど。

傍に居られる時間が増えるにつれ
傍に居られないときの寂しさが
増えて・・・募って・・・




ぽろぽろと・・・溢れ出す・・・











甘え上手な女ならば・・・
男の身勝手な行動に対して
素直に
行かないで、とすがってみたり
時には泣いてみたりするのだろう

けれどあたしは・・・
そんな女にはなれそうも・・・無い



・・・けれど

・・・けれど、
やっぱり赦してしまうんだろう・・



この世で一番

憎らしいけど愛しくて堪らない

この、男を・・・




香は困ったように微笑みながら
まるで幼子のように安堵の表情を
浮かべる撩を見つめると、頬を
つねっていた指を離し、もう片方の
手を伸ばして撩の頬を包み込むと、
自身の胸にきつく抱きすくめ、
そのまま横になった・・・









「---なぁ、香ぃ---」

「・・・駄目よ。
・・・我慢しなさい。」

「---ははは。

-----拷問、だな---。」

「・・・あたしだって・・・我慢
してるんだから・・・」

「-----------え?」









いつか ・・・


いつか、あたしの想いが
ほんの少しでも届けばいいのに
・・・



香はそんな事を想いながら
自分が胸に抱き締める
幸せな温もりに浸りながら
再び深い眠りに落ちていった
・・・






2014.12.05 Fri (06:00) l l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆さまこんにちは。和那です(*^^*)



朝夕、吐く息が白く見えるように
なり、日々の寒さに縮こまりそうに
なる背筋を伸ばそうと、気合いを
入れてしまう和那です。

・・・皆さま、寒さにはお強いで
しょうか?

和那は極度の寒がり(^_^;)なので、
冬場などは背筋が固まったように
動けなくなってしまって、本当に
困ってしまいます。



・・・さて。
今回のお話の最後にも書きましたが
種馬アンテナより当ブログのリンク
を外していただきました。
リンクを外してしまった事で種馬
アンテナ様より当サイトに足を
運んで下さっていた方には大変な
ご心配、並びにご迷惑をお掛けして
しまい申し訳ない気持ちでいっぱい
なのですが、寛容なお心で少しでも
ご理解いただけると助かりますし
とても嬉しいのです。



肺炎の方はお陰さまで完治し、
体調の方も良くなりました~(*^^*)
でも油断は禁物なので、愛用の
バッグにマスクを常備して通勤する
毎日です。
仕事と家事の合間に少しずつでは
ありますが、マイペースに書いて
行きますので、気が向いた時にでも
お立ち寄り頂けるととても嬉しい
です。

仕事も家事も忙しいけれど、体を
動かす事は嫌いではないし
(むしろ好き(*^^*))、懸命に頑張る
姿を認めてくれる誰かがいる・・。

大好きな林原めぐみさんや岡崎律子
さんに出会えた事も私にとっては
素敵な軌跡・・・。

貴女なら大丈夫、だと認めて褒めて
くれる上司や仲間、友達がいる・・

これまでの色々な事は全て私が
選んできたのだし、日々、過ぎて
ゆく時間と、共に蓄積される経験
などは必ず何かに繋がっていて、
何かしらの形で生かされている、と

そう思いながら日々を過ごして
います。



コメント、拍手、いつもありがとう
ございます☆嬉しいです☆
わざわざ足を運んで下さって本当に
ありがとうございます(*^^*)

ブログを始めてから、言葉の大切さ
や難しさを改めて考えさせられて
います。

私が一つ一つ紡いでいる文章や言葉
の数々、今こうして書いている
お返事の言葉や、メールの文章、
家族や周りの人を大切に思う気持ち
・・・そういう事は何かしら文章に
表れてくるのだなぁ、と考えさせ
られています。

言葉の一つ一つを大切にして、
これから先も、もっともっと優しい
言葉を紡いでゆきたいな、と。

CHの皆を大切に想う
自分の気持ちに正直に・・・
大好きな二人、二人を取り巻く人々
や世界を大切に、お話を紡いで
行きたいなぁと思っています。



原作で彼等、彼女等が発した言葉の
一つ一つに優しさや切なさを感じ、
それを想う度に胸が切なくなります


北条先生の原作の、後期の絵の
綺麗さやお話も勿論素敵なのですが
初期の絵やお話が堪らなく好きだし
優しくて愛しいです。
考えさせられる箇所が幾つもあり、
また、色々な事を想像しては
優しい気持ちになれるのです。
そして、同じように彼等の優しさを
理解しておられる方と、どんな形
であれ、ふと、触れ合う事が出来た
時、私はとても幸せな気持ちに
なれます。




それではまた~(*^^*)

和那






2014.11.27 Thu (06:00) l お礼 l コメント (0) トラックバック (0) l top
人の誕生日なんて関係無いし、
興味も無い。

・・・何故か、と聞かれても
答えようが無いけれど、
強いて言うなら、それは・・・
・・・自分の生まれた日すら
知らないから・・・・・・・?

生まれ落ちた日を祝う意味さえ
知りたいとも、知ろうとも
思わなかった・・・。



お前と出逢うまでは・・・






















「・・・っくしゅっ!!」



突然の雨に打たれて、全身ずぶ濡れ
で外出先から帰って来た香が、
その翌日の少し肌寒く感じる朝、
可愛らしいくしゃみをした。

香は撩の前でくしゃみをして
しまった事が恥ずかしかったのか、
可愛らしい舌をぺろりと出して、
まるで悪戯っ子のようにへへっ、と笑って見せた。



「ごめんごめん、くしゃみ
しちゃった。
誰かが噂してるのかしら?

・・・・・・っくしゅ・・・っ!」



香は再びくしゃみをした後で照れ
臭そうにそう言って、
肩を竦めながらお気に入りのカップ
に注がれた温かなコーヒーを
美味しそうに啜った。
それを向かいで、朝食を食べながら
見ていた撩は

・・・あーあ、やっぱりな。

と言わんばかりの顔をして香を
見つめた・・・。



「だーから言ったんじゃねーか。」



撩は深い深い溜め息をつくと、
トーストの、残りの一口を口に
ぽいっと放り込み、もぐもぐと咀嚼
して、香が淹れたコーヒーをくいっ
と飲み干した。

カップを置いてすっと立ち上がり
香に近付くと、その額に軽く手を
伸ばすと、軽く触れたそこからは
いつもより仄かに高い体温がじわり
、掌からこちらに伝わってくる
・・・。
香の白い肌や頬がほの赤く見える
のは、照れているだけでは
無いようだ。



「・・・ん?な、なに?!」



香は突然の撩の行為に驚き、大きな
目を更にまあるく見開いた。
だが撩は香の動揺に顔色を変える事
無く、そのまま言葉を続けた。



「今朝、いつもよりちょっと温かい
とは思ったんだけどな。
ーーー昨日、びしょ濡れで身体を
冷やしたからだ。
お前、今日は大人しく寝てろ。」

「え?無理!だって・・・」

「ーーー伝言板は俺が見に行く。
だったら文句無いだろ?」

「・・・・・・う・・・・・・・
・・・・・・・・・・はい・・。」



香は、体調管理不足により自身の
大切な日課をこなせなくなった事を
撩の言葉により思い知らされ、
その事にかなり落ち込みながら、
渋々頷いた・・・。
撩はそんな香の柔らかな赤茶色の
髪に手を伸ばすとくしゃり、と
指を絡ませて頭を撫でながら



“困った奴だなぁ・・・”

と言わんばかりの顔で香を見つめた

それから一息ついて、香の髪から
手を離すと、両脇にすっ、と手を
差し入れて、華奢な身体をするり、
と引き立たせた。
そして



「え?あっ、大丈夫だからっ!
ねえっ・・・撩っ?!」



と動揺しながらも抵抗する香を
まるで幼子を宥めるかのように、
撩はその細い肩を包み込むように
抱きながら寝室へと連れて行った
・・・。
香の方も、それからも若干の抵抗を
試みたのだが、撩の無言の雰囲気に
気押され、自身の抵抗も無駄な努力
なのだ・・・と、大人しく観念する
事にした。



部屋へ辿り着くまでの間、香は撩に
しっかりと抱かれた肩が熱くて
・・・
今更ではあるけれど、撩に寄り添う
自分がなんだかとても恥ずかしく
思えて・・・
頬を更に紅く染めながら、ただただ
俯く事しか出来なかった・・・。

熱くて、身体の全てが熱くて・・・
足元がふらつきそうになる・・・
そんな香の身体を撩の腕がしっかり
と支えた・・・。





・・・香と共に部屋に入ると、
香は流れ込んできた空気の寒さから
思わずふるっ、と肩を震わせた。
見れば、部屋の窓全てが綺麗に開け
放たれていた。
それは香が換気のために毎朝行って
いる事なのだが、其処から入り込む
清々しくひんやりと冷やされた朝の
空気が、部屋の気温を下げて、
香の体温まで奪い取ろうとしていた
・・・。

撩は香からすっ、と離れると、
窓際に近付いてすぐに全ての窓を
閉め、再び香に近付いた。



「とりあえず寝てろ、っと。
おい、毛布とかは何処にしまって
あるんだ?あった方がいいだろ。」



今、この部屋にあるシーツだけでは
風邪気味の香には少し寒すぎる
・・・。
香をベッドの端に座らせ、その身体
にシーツを無造作にばさり、と
掛けながら撩が訊ねると、
香は・・・ああ、と言わんばかりの
顔で、すっ、と一方向を指差した。



「あ、ああ。それならあたし・・・
客間のクローゼットの中にしまって
あるんだけど・・・。」

「りょーかい。取ってくる。
ちょっと待ってろ。」



撩は、寒さから身を守ろうと
大人しくシーツに丸くくるまった
香にひらひら、と手を振りながら
そのまま静かに部屋を後にした
・・・。











随分と久し振りに入る、香が使って
いた客間・・・。

以前はほんの少し、躊躇いながら
開けていた事もある、その扉を。
撩は躊躇うこと無く開け放ち、
そのまま中に入って行った。

部屋の中は、香がこまめに掃除や
換気を行っているせいか、いつ来客
があっても良いように、とても清潔
に保たれていた。



その代わり・・・
この部屋に入った時に撩だけが
感じていた、
香自身の・・・清々しさと甘さが
仄かに溶けたような、撩だけが知る
香独特の匂いが随分と薄くなったな
、と・・・

そして・・・共に眠るようになって
から随分経つんだなぁ・・・と
撩は無意識に口元を緩ませながら
その現実を改めて感じていた
・・・。



・・・と。



この部屋に来た目的を思い出した
撩は、直ぐに部屋の奥にある
クローゼットの扉に手を掛け扉を
開けると、軽く中を物色し始めた。
クローゼットの中には様々な物が
収納されていたが、整理整頓好きの
我がパートナーだけあって、目的の
物は直ぐに見つかった。
収納袋に圧縮されている幾つかある
毛布の内、香が気に入っている桃色
の毛布を選んで袋から取り出すと、
急激に外気を吸い込んだ毛布は
瞬く間にふんわりとした感触を
取り戻した。
撩はそれを小脇に抱えると、
香の元へ戻るべく扉を閉めようと
した。







・・・・・・・・ふと。
クローゼットの片隅に・・・。

何やら大切そうに保管されている
中身の入った紙袋が視界に入った。
そこから覗く白い物に、何故だか
見覚えがあるように感じた撩は、
不思議に思いながらその中身を
ちらり、覗いた・・・。



「ーーーこれはーーーっ」






















香をパートナーとして迎え、共に
暮らし始めて一年目になるあの日
・・・。

“香を頼む”との槇村の遺言を律儀に
守る訳では無いが・・・

他人の誕生日なんて全く興味も
無かったし、持たなかった撩が、
香の誕生日の為に、柄にもなく苺の
乗ったシンプルなショートケーキを
一つ、用意した。

まだ、槇村が生きていた頃・・・
ヤクザ絡みの、立ち退きの嫌がらせ
等に困ったある一件のケーキ屋が、
それに耐えきれずに撩達に依頼を
してきた事があった。
その件を解決して以来、顔見知り
になった、昔気質で頑固な口の固い
店主・・・。
其処に撩がわざわざ、こっそりと足
を運び購入したものだった・・・。









香の誕生日が近付く度に・・・。
撩は槇村の遺言と、テーブルの上で
祝われる事を香と共に待ち侘びた
バースデーケーキが脳裏にちらり、
ちらついて離れない・・・

槇村の代わりに、香に何かして
やりたい、という気持ちには
なるのだが・・・だからと言って、
じゃあ自身が一体、香に何をして
やったら良いのか、何をすれば
香が喜ぶかが、
全く分からなかった・・・。











槇村が命を絶ったあの夜・・・。
撩は顔馴染みの情報屋に連絡を取り
、槇村の亡骸をそっと預けると、
最後くらい綺麗にしてやってくれ
・・・と、頭を下げて頼んだ。
その後、槇村が父から譲り受けたと
言う、愛用のコートを身に纏い、
一人敵地に乗り込むと、ユニオンの
下っ端を片付けた。
その追っ手から香を逃す手段を漸く
整えると、アパートで一人、兄の
帰りをひたすら待ち続ける香を
安全確保のために連れ出すべく、
鉛のように重い足取りで撩が
アパートまでやって来た頃には
すっかり朝陽が昇り始めていた
・・・。



“ぐずぐずするな!”、と香を諭し、
身の回りの用意をさせている間
・・・

香が自身の誕生日の為に用意した、
冷めきった三人分の料理を、瞬く間
に撩は平らげた。

香が想いを込めて作った料理・・・
兄の帰りを待ち侘びながら、一人で
それを目前にしたまま、淋しい一夜
を明かした彼女の、精一杯の努力の
証・・・。
それを安易に処分する事はさせたく
無かったし、見たくなかった。

あまり食欲の沸かぬ自身の口に
それを運びながら・・・撩は、
槇村が香の料理を褒めていた事を
思い出した・・・。
そして、

・・・確かに槇村の言う通りだな、
と。撩は思った。

そのすぐ側には蝋燭を用意し、
誕生日を祝う為に準備された、
大きなバースデーケーキ・・・。
それが視界の端に飛び込む度に、
撩は槇村の幸せそうな笑顔が脳裏に
ちらついて。
撩の胸の奥で、何かが軋むように
音を立てた・・・。



・・・手早く身支度を済ませ、
奥の部屋から出てきた香は、短時間
の間にテーブルの上の料理が全て
無くなっていた事と、それを食べた
であろう撩にかなり驚いた。
・・・が、



「・・・あ、ありがとう・・・。
捨てないといけないって思ってた
から・・・。」



・・・と、撩に礼を述べた。
撩はそんな香に何も言い返せず、
ただ、黙ってこくり、と頷いた。

そして、槇村の代わりにパートナー
になる事を決めた香を受け入れた
撩は、香に、槇村との最後の別れを
させてやるため、槇村の眠る教会へ
向かうため、揃って部屋を後にした
・・・。









・・・あの時、香が用意した
大きなバースデーケーキは、香が
部屋を出る前に冷蔵庫にしまった
きりで・・・
再びアパートに荷物を取りに来た頃
には当然、既に食べられる期限を
越えてしまい・・・
香が自らの手で、そのまま処分した
・・・

蝋燭を灯して祝われる事無く・・・
一口も手を付けられる事も無く
・・・。








あの時のような、大きなバースデーケーキは香一人では食べきれない
から、と。
撩は、苺の乗った小さなショート
ケーキを一つだけ買って、夕食の
準備をしていた香に箱ごと
突き付けた。



「おい、飲み屋のママからお前の
誕生日プレゼントに、って貰った
んだ。あいつら、仕事柄そういうの
には詳しいからなぁ。

あ~、食いたきゃお前、食って
いいぞ。」



と、わざとらしく言い放ち・・・。
ケーキを渡されて返答に困った香が
用意していた夕食を手早く食べ終え
ると、そこからぎらぎらと灯りが
眩しく闇夜を照らす、騒がしい夜
の街へと足早に逃げ出す・・・。







・・・毎年。

毎年、そんな事の繰り返しだった。



・・・あの日までは・・・。

















「・・・31日はお前の誕生日だったな。プレゼントは何がいい・・?」



海坊主が請けたソニアの依頼の絡み
で海坊主とやり合う事になって
・・・。

全ての事に自信を失い、自分を
責めて部屋を飛び出した香を、
撩は当てもなく探しに行った。
額の傷の痛みなんか気にも
ならなかった・・・。
自身が香に言い放った言葉と額の傷
を気にして、香がそのまま消えて
しまう気がしてならなかった・・・




当てもなく探し回り、漸く見つけた
香は・・・
ソニアと何かを語り合った後で、
不安げな瞳で撩の姿を視界に捉える
や否や、今にも泣き出しそうな瞳の
まま視線を泳がせた・・・。

その時初めて・・・撩は香の欲しい
物を訊ねた・・・。



泣きそうな香を、その場しのぎで
宥めようとか思った訳じゃあ無い
・・・。
ただ、香が自分自身を責めている事
だけはすぐに分かった・・・。
そして、撩の額に付いた傷を、自分
の責任のように感じ、何処かに
行ってしまいそうになる、不安げな
瞳の香をただ、繋ぎ止めたかった
・・・。






「・・・31日はお前の誕生日だったな。プレゼントは何がいい・・?」



今まで・・・

今まで幾度か言おうとして・・・
それでもやはり言えなかった、
その言葉が・・・。
その時初めて、自然と口から溢れ
出た・・・。



・・・けれど。
撩の言葉に対して香が言った言葉は・・・





「もう・・・貰った・・・。

撩が生きてあたしの誕生日を
一緒に過ごしてくれた・・・
来年も・・・再来年もずっと
それが欲しい・・・」



香はそう言って、穏やかに微笑んだ
・・・。







・・・毎年。
香の誕生日には何かをしてやりたい
・・・
けど、何をすればいいのか・・・
何かを買ってやればいいのか・・・
どうすればいいのか・・・
ずっと、ずっと考えていた・・・。

その答えは簡単で・・・
とても、単純な事・・・



一緒に居る・・・。
生きて、一緒に居る・・・。

ただ、それだけで良かった・・・。
そんな簡単な事だった・・・。



涙を堪えて微笑む香の肩を抱き寄せ
、その温もりを感じながら
撩もまた、思った・・・。



香が決めた、自身の誕生日も。
香と同じ気持ちで過ごしたい・・・

お前が傍に居てくれるのなら・・・
お前が傍に居たいと望んでくれる間
だけでいい・・・。

あの日、槇村の墓で・・・。
海坊主の放った銃弾に撃たれて
壊れた腕時計は時を刻まなくなった
けれど・・・。

これから先も・・・
お前が俺の傍に居たいと思って
くれるその間だけでも、
同じ気持ちで時を刻んで行きたい
・・・。



撩は・・・香に微笑みながら
心の奥底でそう・・・静かに願った
・・・。
















やがて・・・月日は巡り
その日は再びやって来た・・・。



「ーーー今日はお前の誕生日
だったろ。
ーーーほら、その、これーーー。」



・・・と。
恥ずかしさのあまりに視線を泳がせ
ながら撩が香に手渡した、
白い箱はいつもより一回り程大きく
・・・

その箱の中には・・・

苺の乗った、
小さなショートケーキが・・・2つ


箱の中身を見た香は、今にも
泣き出しそうな顔をしながら・・・
撩から手渡された箱を大切そうに
抱き抱えると



「あ・・・ありがとう・・・!!
こ、今夜は撩の好きな物を一杯
作るからさ。夕飯が終わったら
一緒に・・・ケーキ食べようね。
とびっきり美味しいコーヒー淹れる
から!」



と言いながら、精一杯の笑顔で
嬉しそうに撩を見つめた。



撩は・・・

そんな香の喜んだ笑顔すら恥ずかし
すぎて・・・
直視出来なくて・・・。

胸の奥がなにやらむず痒くて・・・
けど、ほっこりと暖かくなるような
感覚を覚えながらも、
恥ずかしさで視線を反らしながら、
面倒臭そうに撩は黙ったまま頷いた
・・・。








人の誕生日なんて関係無いし、
興味も無かった・・・
生まれ落ちた日を祝う意味さえ
知ろうとも思わなかった・・・



・・・けれど。

ケーキ一つであんなに喜ぶ香の顔を
見るのは・・・悪くないな、と。

この日くらいは槇村の代わりに
一緒にケーキを食べてやっても
いいか、と。

祝う意味は今でも良く
分からないけど・・・
この雰囲気は嫌じゃあない、と

撩は・・・思った・・・。



そして、その日の夜から・・・
香の誕生日には苺の乗った
ショートケーキを二人で食べ、
誕生日の夜だけは、撩は外に
飲みに出歩かなくなり・・・

やがて・・・

外に飲み歩く回数も随分と減って
行き・・・

少しずつ、二人で温かい時間を
過ごす日々が増えて行った・・・。





自分は誰よりも器用だと・・・
そう思っていたけれど・・・
本当は・・・誰よりも不器用だと
言う事に気付かされた、
ある日の事・・・。



そして・・・

もう少し早く、こうやってきちんと
手渡していたら、香は一人でケーキ
を食べずに済んだのか・・・と、
槇村はこんな事はしなかったのだ
ろう、と

一人、悔いた・・・ある日の事。
















香の部屋のクローゼットの片隅に
大切そうにしまわれていた紙袋の
中身は、あの時の、ケーキの入って
いた小さな箱たち・・・。
ぱっと見ただけでも、かなりの数の
箱が折り畳まれて入っている。
こんな物を取っておくあたりが
香らしくて・・・
こんな物ですら大切そうにしまって
置く香が、堪らなく愛しい・・・。




「ーーーふつー、こんなもん
直ぐに捨てるだろうがーーー。
ばかな奴ーーー。」



そう、小さく呟く撩の表情はとても
柔らかで、穏やかで・・・
幸せに満ちていた・・・。



「ーーーさて、と。さっさとコレ、
持って行きますかね。
酷くなられたら堪らんからな。」



撩は毛布を抱き抱えると、静かに
クローゼットの扉を閉めて、
香の待つ自室へと歩き出した・・・














「香ぃ~毛布あったぞー。」

「ん・・・?あ、ありがとう。
・・・・って、撩ぉっ!?」

「こうした方が温かいだろーー?」

「・・・こんなにくっついたら
風邪うつっちゃうよ・・・」

「そしたらお前が温めて。」

「・・・・・・・ばか・・・。」








苺の乗ったショートケーキは
撩の・・・精一杯の優しさ・・・

クローゼットに取り置かれた
クリスマスや誕生日を祝う
ケーキの入っていた空き箱の数々は
撩の精一杯の努力の証・・・。



その優しさや想いは・・・
例え言葉にしなくとも、
ちゃんと、香に伝わっている・・。










****************

私の個人的事情により種馬アンテナ
より当サイトのリンクを外して
いただきました。
2014.11.04 Tue (06:00) l l コメント (0) トラックバック (0) l top
香が淹れるコーヒーは
何処で飲むものよりも格別に上手い

砂糖やミルクなんか無くても
十分に。

・・・それは、
単に香が俺の好みに合わせて
豆を選び、丁寧に挽くからなのかは
分からないが・・・
今まで飲んできたコーヒーの中で
香の淹れるコーヒーが自分の口に
一番合う。



・・・けれど。
特に甘党でも無い香は、
コーヒーを飲む時に毎回では無いが
砂糖を一匙入れる・・・。


















「はい、撩、コーヒー。」



リビングに広がる芳しいコーヒーの
香り・・・。

その香りと共に・・・
いつものように香は食後のコーヒー
を運んできた。
撩はむくっ、と寝転がった大きな
身体をソファから軽々と起こすと、
香から温かなカップを受け取った。

香は、
撩の独占していたソファでは無く
フローリングの床にぺたりと
座り込み、
ソファにゆったりと背中を預けると
カップを両手で包み込み
幸せそうにコーヒーを口に運んだ。



いつものこの時間・・・、
香はコーヒーに砂糖を一匙入れる
習慣があるため、
トレーに二人ぶんのコーヒーの
入ったカップとシュガーポットを
のせてくる。

けれど、今日コーヒーを運ぶために
使ったトレーの上には、そいつの
姿が何処にも見当たらない。




「---なぁ、香ぃ。
今日は砂糖入れないのかぁ?」




・・・ふと何気無く、撩は訊ねた。



「・・・ん?
ああ、切らしちゃったのよ。
コーヒーシュガー。」



香はそう返事をしながら
撩の方を見ながらにっこりと笑みを
浮かべた。












・・・香が言うには、
依頼を見に行った帰り道。

いつも通い慣れたスーパーに立ち
寄った際、精肉コーナーで見かけた
特売の豚肩ロース肉の大きな塊の
入ったパックに
香の大好きな割り引きシールが二枚
も貼ってあり、
本当は砂糖を買うためにスーパーに
足を運んだ筈だったのだが・・・

財布の中身には
肉と砂糖の二つを共購入する余裕
など無く・・・

今回は砂糖よりも肉の塊という
魅力に負けてしまったのだ、とか。



確かに夕飯時にその肉の塊は見事に
姿形を変え、見ただけで涎が
溢れそうな位 旨そうな料理となって
撩の食欲を三割増し掻き立てた。

もちろん撩のお腹も“それ”で随分と
満たされ、香に苦笑された・・・。










・・・満たされた後の食後の
コーヒーはまた格別だ・・・。

口に含んだ琥珀色の液体は喉を通り
、えもいわれぬ風味が鼻から
ふんわりと抜けてゆく・・・
香の淹れるコーヒーは、苦味と酸味
、微かに感じる甘味のバランスが
絶妙だ。



美樹や海坊主が淹れるコーヒーも
なかなかのものだし、
昔、槇村が淹れたコーヒーも
旨かったが・・・
自分の口には香が淹れる、
長年慣れ親しんだこの味が一番
しっくりくる・・・。







「---お前さ、別に砂糖
入れなくてもコーヒー飲めるのに
何で砂糖入れんの?」



ふと、撩は香に聞いてみた。

・・・コーヒーは嗜好品なのだから
、香がそれに砂糖を入れようが
ミルクを入れようが自由だ。
だが、何も入れない方がより
コーヒーの旨味や甘味を感じられる

こんな旨いコーヒーに砂糖やミルク
を入れるなんて、酷く勿体無い事を
している気が撩はしてならない。
味覚に敏感な香だから、そんな事位
気付いているような気がするの
だが・・・



・・・すると、
香は撩の方をちらり、見ながら



「・・・うん。そうなのよね。
昔は砂糖を入れた方が良かった
・・・というか、
飲みやすく感じたのよ。」




と、答えた。




「・・・濃かったのよ、ねぇ。
ちょっとだけ・・・」





















香の兄、秀幸はコーヒーを淹れる
のが上手だった。

元々は二人の父がかなりのコーヒー
好きで、香がコーヒーを淹れる為に
使っている道具は全て、昔、
父と兄が愛用していた物だ。
その父の淹れ方を見て、秀幸も
見よう見まねで淹れるうちに、
いつしか腕も上達していった・・・


香にはまだコーヒーは早い、と
言われた時期もあったのだが、
高校生も半ばを過ぎた頃、漸く
秀幸からコーヒーを飲むことを
許された。
香用に、と淹れられたそれは、
秀幸が飲むものよりもほんの少し
薄く、けれど、とても飲みやすく
睡眠を妨げない程度の苦さだった。



そんな秀幸が一時、かなり
コーヒーに凝った時期があった。
秀幸は仕事が休みになる度に
何処かへ出かけては、幾つもの
種類のコーヒー豆を仕入れてきた。
そして、いつもより真剣な眼差しで
コーヒー豆をブレンドしては、
それを丁寧に挽いてコーヒーを
淹れた。



何時も・・・。
二人で夕飯を食べられるとは
限らない生活の中で。
二人で食べる夕飯の時間は、
一人じゃない、というだけで何故か
温かな気持ちになる・・・。

二人で夕飯を食べ終え、手際よく
後片付けを済ませ。
ほっ・・・、と一息つく香に、
秀幸は淹れたての“それ”を
香に差し出し、にっこりと微笑んで
こう言うのだ。



「香。・・・お疲れさま。
今日も一日よく頑張ったな。」



その言葉と・・・
秀幸の淹れる温かいコーヒーが
香は堪らなく大好きだった。
秀幸がコーヒーを淹れる真剣な
眼差しが何だか微笑ましかった。

そんな、そんな温かな時間が
堪らなく愛しかった・・・。



・・・けれど、最近秀幸が淹れる
コーヒーを毎晩飲み続けた香は、
夜遅くになってもなかなか眠れなく
なったり、
朝はそのせいで学校に遅刻しそう
になった・・・。















「・・・どうだ?香。今日のは」



その日の晩も、秀幸はコーヒーを
淹れ、香に感想を聞いた。



「ん~、昨日のより飲みやすい
気がするけど・・・
香りはいいんだけどさ、やっぱり
ちょっとだけ・・・濃くない?」



・・・そうなのだ。
兄が淹れるコーヒーは美味しい。
だが、最近淹れるコーヒーは、
いつも淹れてくれていたものよりも
ほんの少し・・・濃いのだ。

すると秀幸は、



「いや・・・大人はな、香。
仕事中に眠けを催したら大変だから
それを醒まさなくちゃいけないんだ


・・・しかし、
うん・・・確かに香りはいいな。
もう少し頑張ってみるか・・・」



と、腕組みをしながらコーヒーと
にらめっこをした。
大人・・・という言葉が妙に胸に
引っ掛かった香は、あまりに真剣
すぎる兄をからかってみた・・・。



「・・・もしかしてアニキ、
誰かに淹れてあげるの?
ひょっとして好きな人?!誰?!」

「ん・・・まあ、そうだ。
・・・・お前にもそのうち、な。」



秀幸は幸せそうに笑ってみせた。
そして、自身のカップに少量の
砂糖を加え、スプーンでゆっくりと
混ぜた。



「・・・そのうち、ねぇ。
見てみたいなぁ。アニキの好きな人

・・・って、アニキ、
コーヒーに砂糖入れんの?」

「ん?ああ。
集中力を高めたい時なんかには
時々入れるんだ。
この後、ちょっと事件の調べものを
したいし、
気合いを入れないとな。」

「・・・へぇ~、知らなかった。」





他愛ない話をしながら過ごす
兄との温かな夜・・・。
このまま時を過ごせば確実に朝
起きるのが辛くなる・・・



・・・それでも。

兄の淹れるコーヒーを
飲みたいがために・・・
兄と少しの時間でも会話をする為に
・・・
香は兄のコーヒーを飲むことを
止めなかった。






・・・ある日の事。

香は兄の真似をして、コーヒーに
ほんの小量だけ砂糖を加えてみた。
すると苦味が抑えられ、
飲みやすくなったように感じた
・・・。

そしていつしか
コーヒーに砂糖を淹れる習慣が
身についたのだが、自身が大人に
なるにつれ、また自身で自分好みの
味を淹れられるようになる中で、
砂糖は淹れなくてもいいかな?と。

そう、思えるようにはなってきた
のだけれど・・・。



かつてアニキが自分の分のコーヒー
にそうしていたように・・・。
コーヒーに砂糖をほんの一匙加えて
飲むのが習慣となった、と。
入れる度にアニキとの時間が甦る
ようだ、と・・・



香はそう、言った・・・。



















「・・・きっとアニキはさ、
冴子さんに差し入れたかったんだと
思うのよね。

普通に飲むにはちょっと苦いんだ
けど、あのアニキがそんな事に
気付かない訳無いし・・・
けど、目を醒ますのには
丁度いい濃さだと思うのよねぇ。」



香はそう言ってカップに口を付けて
嬉しそうにコーヒーを啜った。



撩は、そんな顔をしながら兄を想う
香を見ながら





「---なんか、嬉しそうじゃん」



と、背後から香をじっと見つめた。



・・・撩としては、香が嬉しそうに
兄の話ばかりするのであまり面白く
無い。

幾ら仲の良かった兄と妹とは言え
・・・
それが、自分が良く知る
元パートナーだとは言え・・・



・・・ふと、何気なく視線を落とす
と。
香の、明るい色の髪はくるりと
柔らかにくねりながら背中に少し
長く伸び、その髪の隙間から、
白く綺麗な首筋となだらかな肩の
曲線がちらり、
まるで撩を誘っているかのように
視界に飛び込んでくる・・・。

コーヒーと共に唾を飲み込みながら
その白さと柔らかさに吸い付かれる
ように、また、誘われるように
自身の指が無意識に触れようと
伸びた・・・







・・・と、突然、
香がくるっ、ととびっきりの笑顔で
振り返ったので、撩は驚きながらも
気付かれぬよう、
慌てて伸ばした指を引っ込めて
頭をぽりぽり、と掻いてみせた。

香はそんな撩の仕草など気付きも
せずに、撩に向かってにっこりと
笑いかけ、こう言った。




「・・・だって、あのアニキがさ。
冴子さんの為に美味しいコーヒーを
淹れようと努力してたのよ?
・・・なんかさ、そーゆーの想像
したら・・・ねぇ?

・・・アニキって、そんなに
冴子さんの事が好きだったんだ
なあって思ってさ。

・・・なんて。
そんな事に今更気付くなんてね。」



香はカップの中身をゆらゆらと
揺らしなら懐かしそうに兄の事を
思った・・・。



撩は槇村がどれだけ冴子を想って
いたか良く知っている・・・。
随分前に冴子からコーヒーについて
の話を聞かされた事もある・・・。

そんな二人の、自身も知らなかった
一面を新たに知り・・・。
自分の記憶の中の槇村と照らし
合わせてみた・・・。



そして、兄を懐かしみ微笑む香に
こう訊ねた。






「---で?」

「ん?」

「結局槇ちゃんは冴子に最高の一杯
を淹れられたのか?」

「ん~・・・さあ?」

「---は?何だそりゃ。」

「上手く行ったと思うわよ。
この間美樹さんの処で冴子さんに
会ってその話をした時に、
冴子さんちゃんと答えては
くれなかったけど
すごく嬉しそうにしてたもん。」



香はそう言うと、まるで悪戯っ子の
ように楽しそうに声を上げて笑った


そして・・・




「・・・あたしも結構色々努力
してるんだけど。
どお?
あたしのコーヒーはお口に合います
でしょうか?美味しい?」




と、香は撩を真っ直ぐ見つめながら
コーヒーの味を訊ねてきた。








・・・旨くない訳がない。
どこよりも旨い・・・



・・・が、
そんな事をさらっと言える訳でも
無く・・・。

今の様子からして、香は自分の
言った事に対して何にも
気付いてはいないし、ただコーヒー
の感想を求めているのだろうが。

槇村と冴子のそんな話を聞かされた
撩にとっては
今飲んでいるコーヒーを“旨い”と
答える事は・・・そう、





俺もお前の事が好きだ、と
言うようなもので・・・。










撩は少し考えてから、黙ったまま
カップに残った最後の一口を
くいっ、と飲み干すと




「---まぁ、
飲めない事は---ない」



と言って空のカップをテーブルに
置き、
触りたかったその柔髪を
くしゃ、っと撫でて誤魔化した。

香は唇を軽く尖らせながら
カップの中のコーヒーをじっと
見つめながら




「ちょっとぉ、何よそれ!?

・・・まぁ、残さず飲んでくれた
事だし、あたしもまだまだ努力
しないとね。

・・・絶対にいつか、撩の口から
美味しいって言わせてみせるんだ
から。」




と、何かを決意したように
うん、と一人頷くと
香もまた、カップに残ったコーヒー
を飲み干した。




撩はそれを聞いて一人、苦笑
しながら



「まあ、せいぜい頑張んな。
---気長に待ってるわ。」



・・・とだけ、言った。
というか、言うしか無かった。












・・・香が淹れるコーヒーは
何処で飲むものよりも格別に上手い

砂糖なんか無くても十分に。

それは単に香が俺の好みに合わせて
豆を選んで丁寧に挽くからなのか、
今まで飲んできたコーヒーの中で
香の淹れるコーヒーが自分の口に
一番合う。

香の淹れるコーヒーが
香なりの愛情表現なのだとしたら






・・俺は随分と愛されているな・・





撩は一人、口元を弛ませた・・・。









「---いつか、とびっきりの
を淹れてやるかね。」

「・・・ん?何か言った?」

「---いや、べつにぃ~。」













・・・いつの日か、

とびきりの一杯を・・・











2014.10.20 Mon (06:00) l 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
撩を愛しいと思うその気持ちは
どんな事があろうと決して
揺らがないし・・・
傍にいられる事の幸せを
いつも、大切に思う・・・。
























・・・趣のある、その店の。
何故か何時もと違い、ひっそりと
静まり返った店内には・・・

いつも笑顔を絶やさず、心から
幸せに満ちた雰囲気を漂わせている
美人のママの艶やかな姿は何処にも
見当たらず・・・

その代わりに、

無骨で無愛想で酷く体格の良い
サングラスをかけたマスターが一人
先程から煙草をふかしてばかりいる
ツケを溜めまくり傍迷惑極まりない
一応・・・客一名に
仕方なくコーヒーを淹れてやって
いた。




二人の間にはこれと言って
会話も・・・無く。
愛想も・・・無く。
ただ・・・・静かに。



これから来るべき相手一人を、
待ちわびていた・・・。








・・・それから程無くして。

ヒールの踵が奏でる微かな靴音と
共に、
カウベルはその軽やかな音色を
高らかに鳴らしながら
来たるべき相手を迎え入れた。



「・・・ようやく来たか・・・」



どんな客にも変わらぬ無愛想な
マスターの挨拶は、
顔馴染みなこの客とて
同じこと、で。

けれど、
昔より柔らかになった男の気配は
昔よりも随分と落ち着いた雰囲気で
“彼女”を迎え入れた・・・。



「こんにちはファルコン
・・・あら、撩」

「---な~にが“あら、撩”だ。
此処へ呼び出したのはお前じゃ
ねえか。冴子。」



撩は不機嫌そうに、
たった今吸い終えたばかりの
五本目の煙草の吸い殻を灰皿に
押し付けながら、
店内に入ってきた彼女

・・・冴子に言葉を投げ掛けた。



「ふふ、そうだったわね。
御免なさい、撩。

ファルコン、いつものお願いね」



冴子はいつものように美しく微笑み
かけながらカウンター席の方へ
進むと、
上半身をだらしなく前へ傾け、
カウンターテーブルに肘をつく
撩の隣へ座った。



「・・・・・・・・ああ。」



無愛想なマスター・・・海坊主は
コーヒーの準備を始め、
撩は目の前のカップを持ち上げると
琥珀色のほろ苦さを一気に
飲み干した。










冴子が二人に手間暇かかる仕事を
依頼して来たのは、

つい・・・先週の事。

撩と海坊主が、ひっそりと裏の仕事
を片付け終えたばかりの、
絶妙な隙間を狙うかのように。

冴子は香曰く、“厄介な仕事”を
時折・・・二人に頼みに来る。

今回呼び出されたのはその時の
支払いを手渡す為だ。



艶めく髪をさらり、と靡かせながら
手持ちのバッグから小切手を二枚
取り出すと、カウンターテーブルの
上にすっ、と差し出した。

破格の報酬が記載されている“それ”
を撩と海坊主はそれぞれ一枚ずつ
受け取ると、
撩はジャケットのポケットに
無造作に突っ込み、
海坊主は丁寧に半分に畳んで胸元の
ポケットにしまい込んだ。



「二人とも助かったわ。
・・・また、お願いするわね。」



そう言って美しい笑みを溢しながら
冴子は笑って見せた。










以前なら・・・

以前の冴子ならば。



厄介な仕事があれば直ぐに二人に
依頼をし、
時として香の怒りを買ったりしたの
だが・・・


・・・今は・・・違う。



こうして二人が手透きであるのを
まるで見計らったかのように、
ほんの時折・・・どうしてもやむを
得ない事件の依頼の為に、
撩や海坊主の力を借りるべく、
連絡を寄越してくる。



・・・それは

互いのパートナーである
香と美樹への気遣いなのか・・・。

比較的楽な仕事は
香に直接連絡を寄越し、
撩と海坊主の二人を指名をし、
香の怒りを買いそうな仕事の場合は
こうして今日のように伊集院夫妻の
経営する喫茶店に撩を呼び出しては
撩一人、又は撩と海坊主の二人に
依頼をする・・・というスタイルを
いつしか冴子は選ぶようになった。



撩はいつものようにジャケットの
ポケットから煙草を取り出し、
無造作に口にくわえ、火を着けた。

気怠そうな撩の隣が
何故だか・・・少しだけ寂しそうに
見えて・・・。

ふと・・・冴子は訊ねた。



「・・・そう言えば撩。
香さんは?
美樹さんもお出掛け?」



すると、
それを傍で聞いていた海坊主が
冴子に温かなコーヒーを差し出し
ながら、無言で下を指差した。



「香は地下室で射撃の訓練中。
美樹ちゃんは香の付き添いだ。」



撩は煙草の煙をふぅ、と吐き出し
ながら冴子に教えた。

冴子はコーヒーに口を付けながら
上目遣いで撩をまじまじと見つめ
ながら一つ、溜め息をついた・・。



「・・・撩。
・・・貴方、変わったわね。
以前はあんなに香さんの銃の練習を
拒んでいたのに・・・。

これも香さんへの愛・・かしら?」

「------は?!


ばっっっっ、ばーか!!!
---しゃーねぇだろ。
これも---まぁ、な。
その---訓練だ!
お前の方こそ、二人が居ない方が
都合がいいんじゃないか?」



少し照れたように唇を尖らせ、
会話を変えようとする撩を
ちょっとだけ可愛らしく思いながら
冴子はくすっ、と微笑んだ。



「・・・香さんに叱られちゃうのが
目に見えて分かるのに
貴方達に危険な依頼をしにくる
私を見て、彼女達の気分がいい訳
無いでしょうし。・・・それに
貴方にとっても、私にとっても、
この方が好都合でしょう?

・・・けど。
私が特訓をお願いした時は貴方、
拒否も何もしなかったわよねぇ。
・・・貴方も槇村も。
すぐ実践で使えそうな事ばかり
教えてくれちゃって。」



過去を少し懐かしみながら、
冴子は海坊主の淹れたコーヒーを
再び、静かに口に運んだ・・・。



「ーーーお前は元々腕が良かった
からだ。
槇村も俺も大したこと教えて無いぜ
?」

「あら?そんな事無いわよ?」

「---よく言うぜ。

うちに来てたのだって、単なる
射的の練習と槇村に逢いに来てた
だけじゃねぇか。」

「・・・ばれてたか」



二人は顔を見合わせて・・・

・・・ふっ、と・・・笑った。



そして冴子は真っ直ぐに撩を
見つめながら、
心から感じた言葉を素直に口に
した・・・。



「・・・撩。

貴方、あの頃より今の方が
素敵よ・・・。」



冴子はまるで自分の事のように
とても嬉しそうに笑った。

撩はそんな冴子に対して
眉間に皺を寄せ、苦笑いをしながら



「---そういうお前こそ。

そういう処、
日に日に槇村に似てきやがるぜ。」



そう・・・言い放つと、
照れを誤魔化すかのように
吸いかけの煙草を灰皿に押し付けて
揉み消した。

冴子は撩の意外な言葉に少し
驚きながらも・・・

ふっ、と目を細め・・・



「・・・じゃ、そろそろ行くわ。
コーヒーご馳走さま。」



カウンターテーブルの上に
コーヒー代を置くと、
すっ、と立ち上がり
二人に軽く挨拶をして店を出て
行った・・・。











「・・・冴子の言う通り、だな」



海坊主は手際良く冴子の使った
カップを片付けながら、
にやり・・・笑った。

撩もまた、にやり・・・笑いながら



「---お前だって人の事
言えんだろ」



・・・と、目を臥せながら呟いた。













それから程無くして、
賑やかな声が店の奥のドアから
近づいて来た・・・

勢いよくそのドアが開くと、奥から
すこぶるご機嫌な香と、にこにこと
楽しげな表情の美樹が店内に入って
来た。




「あー!撃った撃ったぁ!!」

「香さん、随分と上達したわねぇ。
ファルコン、店番ご苦労様。」

「海坊主さんありがとう!」



射撃の練習を誉められて嬉しい香と
それを聞く美樹はとても楽しそうで
・・・。

二人を見つめる互いのパートナーの
方も、思わず口元が綻んだ・・・。



・・・・と。

・・・ふと、香と美樹は
男二人しか居ない店内から何かを
感じ取った。
そして、お互い顔を見合わせると、
まるで口裏を合わせたかのように
口を揃えてこう言った。



「・・・冴子さん来た?」



女の勘の・・・鋭さに。

撩はカウンターテーブルに
ついていた肘をずるり、と滑らせ
海坊主は危うく拭き取り中のカップ
を落とす所だった。



「---お前たち、盗聴でも
してたかぁ?」



どうせ誤魔化しても無駄だろう、
と撩は苦笑いをしながら、
自分の傍に来て席についた香に
向かって呟いた。

香は真顔で



「そんな事しないわよ!!
冴子さんの付けてる香水のいい
匂いが微かだけどするんだ
もの。
冴子さん何て?仕事の依頼?」



と、屈託のない笑顔で訊ねて来る
ので
撩はやれやれ、と言わんばかりの
顔で



「べっつにぃ。
ーーー仕事のついでに立ち寄った
だけらしいぜ。」



・・・と、茶化してみせた。

香は海坊主に淹れて貰ったコーヒー
に口を付けながら、残念そうな顔で
呟いた。



「あーあ、残念。
冴子さんから依頼があったら
喜んで引き受けるのにな~。
今月まだ依頼ひとつも来ないし。」



突拍子も無い香の、思いがけない
その言葉に。

撩と海坊主は
思わずどきり・・・とさせられた。



「ーーーばっ、ばか言え!
冴子には何発分ツケがあると
思ってんだっ!!」

「あーら?らしくない。
その冴子さんにいつも迫ってた
のは、どこのどなたかしら?」

「そっ、それはだなあっ!」

「あ、ひょっとして、ここ最近
朝帰りだったのは・・・」

「の、飲み屋で酔い潰れたんだ!
そういうお前なんて、前は冴子の事
あんなに嫌がってたじゃねえか!」

「ん?・・・ああ、
いーのいーの!
だって最近の冴子さん、海坊主さん
と撩の二人を指名してくるでしょ?
あんただけだと心配だけど、
海坊主さんが居るなら何の心配も
しなくて済みますからね。」



満面の笑みで香はきっぱりと
撩に言い切った。

撩は・・・苦笑いを超えて顔が
引きつり・・・

海坊主と美樹はふるふると肩を
小刻みに震わせながら笑いを
堪えていた・・・























「あ~~~腹減ったぁ~!!
撩ちゃんもう無理~。」

「ちょっと?!もう、ちゃんと
歩きなさいよ!」

「はいはぁ~いーーー。」



キャッツアイからの帰り道、撩は
元気良く鳴る自身のお腹を手で
押さえながらよろよろと歩いた
・・・。

香はそんな撩の少し後ろを歩き
ながら、ふらふらと道を歩く撩に
そっと声を掛けた。



「・・・ねぇ?撩・・・」

「ーーーんあ?」



小首を傾げながら振り返る撩を
見つめながら、香はこう言った
・・・



「・・・あのね。

冴子さんの依頼・・・もしあるなら
受けて・・・いいからね?」

「ーーー香ーーー?」



驚いたように香を見つめる撩を、
香は真っ直ぐに見つめ返しながら
少しだけ困ったように笑って見せた

そして、僅かに俯くと、穏やかな
雰囲気で話し始めた・・・。



「前ならね・・・嫌だった。
冴子さんからの依頼なんて・・。
危ないのばっかりだし、絶対に
受けたくなかったのよ?

・・・けど・・・今は・・・

冴子さんの心配や苦労もちょっと
だけど理解出来るから・・・

だからね、もし冴子さんが撩を
頼ってきたら、その時は撩が冴子
さんを支えてあげて欲しいの。」

「ーーーーーーーー香。」



撩は何かを言おうとしたが、少し
躊躇い、言葉を茶化した。



「いいのかぁ~?そんな事言ったら
撩ちゃん冴子ともっこりーーー」

「したら・・・許さないわよ?」



香は、意思の強い眼差しで撩を
見つめながら・・・微笑んだ。

撩はそんな香に心を奪われながらも
尚、余裕のある素振りを
してみせた。



「ーーーそれはーーーお前次第。」

「へ?・・・あたし?」

「香ちゃんが撩ちゃんを満足させて
くれたら考えるーーー」

「・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・わ、分かった
・・・。」



からかい半分の撩の言葉を真に受け
た香は、頬を深紅に染めながら
涙目で

“任せなさいよ”

と言わんばかりの顔をしたので、
撩は堪らずぷっ、と吹き出して
しまい、
しまいには楽しそうに大声で
笑い始めてしまった。



「な、何よ!?冗談なの!?
り、撩なんか、もう知らないっ!」



撩に笑われて、からかわれていた事
に漸く気付いた香は、
ぷぅっ、と頬を膨らませながら
撩の横をするり、とすり抜けて
一人笑いをする撩を置いて
すたすた、と歩き出した。





・・・撩はそんな香が

可愛くて、愛しくて・・・





後ろから足早に追いかけると、香の
肩越しから腕を伸ばしてその華奢な
身体を捉え、抱きすくめた。



「・・・っきゃあああ!?」

「今度冴子に会ったら言っとくよ。
だからさ~機嫌直して~香ぃ!」

「やあだー撩ぉっ!ちょっと?
・・・・・もぉ~っ!」



撩の、突然の行為に驚いた香は
慌てて離れようとしたが、

・・・撩が・・・
撩があまりにも楽しそうに笑うので
それに釣られて・・・

つい、一緒に
声をあげて笑ってしまった・・・。





・・・香は、冴子からの依頼を
幾つか請けているが、それが全て
では無い気がしている・・・。

恐らく、自分が知らない依頼も
きっと有るだろうし、撩が自分に
詳しく言わず、自分が眠っている間
に出掛け、明け方に音もなく帰って
来て傍で再び眠りに就く日がある事
も気付かぬふりをしている・・・。



・・・けれど。



全てを知らなくても・・・いい。
全てを語ってくれなくていい・・。

パートナーだからと言って、撩の
秘密にしたい事まで無理に聞こう
とは思わないし。
自分を気遣っての、そんな優しさ
だって、きっと有るのだろうと
思うから・・・。



ただ・・・



ただ撩が・・・こうやって嬉しそう
に、楽しそうに傍で笑ってくれて。
この先も、幾度となく眠れぬ夜を
過ごす事になろうとも・・・

撩が無事で、ちゃんと自分の元に
帰ってきてくれたら、

それだけでもう、いい・・・

撩の帰る場所が、帰りたいと思う
場所が自分の処ならばそれでいいと
・・・

撩が帰りたいと思う、その場所を
居心地良くする・・・
そのための努力を自分は続けて
ゆこう、と・・・


そう、香は思う・・・。



香は、愉しげに笑う撩を見つめ
ながら幸せそうに微笑んだ・・・。
撩もまた、そんな香を見て
幸せそうに微笑んだ・・・



「ほら!帰るわよ!ちゃんと
まっすぐ歩いてっ!」

「はいはーい。」



そして二人は、幸せそうに肩を寄せ
合いながら、アパートへ向かい
歩き出す・・・。

これからも共に生きて行く
愛しき我が家へと・・・







2014.09.29 Mon (06:00) l CITYHUNTER l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆さまこんにちは(*^^*)和那です。
いつもありがとうございます☆

去年の9月3日にブログを開始して
から早一年が経ちました。

そして、9月9日、ブログの
カウンター数が50000に到達
しました。


・・・感無量です(涙)


初めてから一年、色んな事が
ありました。
色んな方に声を掛けて頂けたり
色んな出逢いを経験しました。
人見知りで泣き虫で弱虫で恥ずかし
がりやな私がこうして一年間ブログ
を続けられましたのも足を運んで
くださった皆さまのお陰です。

本当に、本当に
ありがとうございます。

一周年を自分なりにお祝いしたくて
何かお話を、と考えましたが
ブログのタイトルにもあります

「チョコレート」。

前回書かせて頂きましたお話、
チョコレートの続編を書かせて頂き
ました。

甘いのも・・・苦いのも。
私らしさを大切に書いてゆけるよう
これからも頑張ります。
もしキリ番を踏まれた方、ご希望の
お話がありましたらご連絡下さいね
。(なんて書いている私はスマホから
お話を読むのが好きなのでよそ様
のカウンター数はチェックし損ね
ているという・・・^_^;)

今回初めてパスワードを導入して
みました。自分の予想していたより
も反応がありましたので暫くは
消しません。が、パスワード無しの
公開はしません。中には苦手な方も
おられると思いますので・・・
コメントくださった方、メールを
請求したりメッセージをくださった
方、ありがとうございました。

よく聴く歌はやはり、大好きな
岡崎律子さんと林原めぐみさん。
大好きな林原さんのアルバムに、
必ず一曲だけ特に好きだなぁと
思える歌があって。
その歌を作られたのが岡崎律子さん
でした。和那は岡崎さんのように
優しい人になりたいです。
岡崎さんは残念ながらこの世には
もうおられないけれど、岡崎さんの
優しさを曲から分けてもらって、
皆さんに支えられて・・・
今・・ここにいます。
出会いや繋がりって凄く大切だし、
何よりも奇跡だと思います・・・。

和那は口下手で、自分の事を話す
のが苦手です。頼るのも苦手です。
誉められようものなら恥ずかしくて
何と返したら良いのか分からないし
、かなり動揺したりしています。

けど・・・こんな私でも。

お話を書いて、それを読んで貰える
人がいる・・・

すっごく ・・・幸せな事です。

立ち止まったり、振り返ったり。
悩んだり迷ったりは今もあるけれど
自分の中の二人の世界を紡ぐ気持ち
をこれからも大切にして・・・
とりあえずはぶり返した風邪を早く
治して(久々に肺炎になりまして。
熱は何とか下がりましたが咳が
治まらないのでマスク着用しながら
仕事と家事と育児の日々です。)
体調を戻して、また自分なりにお話
を紡いで行きたいと思いますので、
これからもお付き合い宜しくお願い
いたします。
調子が戻り次第改めていただいた
メールのお返事をしたいと思って
いますので、すみませんが暫く
お待ち下さると有り難いです。
皆さまも、お身体ご自愛下さいね
・・・(*^^*)


☆日々、感謝☆




2014.09.10 Wed (06:00) l お礼 l コメント (0) トラックバック (0) l top
チョコレート、の続きに
なります。


****************




「じゃ俺、ちょっくら出掛けて
くっから。後よろしくー!」




そう言って、
洗い終えた洗濯物を干そうと
両手一杯に抱えた香の肩をぽん、と
叩くと
その横をとびきりの笑顔を浮かべ
ながら風のようにすり抜けて
・・・。

撩は足早に部屋を出て行って
しまった・・・



「・・・え?!はあっ!?
ちょっと撩っ!!
今日は依頼が・・・っ・・・




・・・逃げ足の早い奴め・・・」



男からの依頼など全く受けたくは
無い、我がパートナーの
意気揚々とした後ろ姿に・・・
香はがっくし、と肩を落とした
・・・




外は・・・生憎の曇り空。
時々小雨が気まぐれに降ったり
止んだり・・・。

抱え込んだ洗濯物を屋上で干すのは
今日は・・・諦めて。
香はリビングの窓を開け放ち、
少し背伸びをして窓際のカーテン
レールに洗濯物を掛けたハンガーを
手際よく引っ掻けた。

幸いにも今日は量もそんなに多くは
無く、これならなんとか夕方まで
には乾きそうだ。

洗濯物を干し終えてから振り返ると
ソファー周辺には撩の愛読書が
見事に散乱し、
香は大きな溜め息を付きながら
“それ”を指で摘まむように拾い上げ
ながら渋々片付けていった・・・









“明日は依頼の打ち合わせが入って
るんだからね!
勝手に外出しないでよ!”

“あ?
---依頼って---美人?”

“何言ってるの!男性よ男性!
・・・兎に角、仕事があるだけでも
有り難いと思いなさいよ!
待ち合わせ時間は午前11時。
場所は・・・ ”






香が撩にそう告げたのは
昨日の夕飯の時だった。
口にご飯を目一杯頬張りながら
嬉々と食事に夢中になる撩に
香は口やかましく言ったのに・・・



それなのに・・・






「あいつぅ~!!
もう!絶対に許さないんだから!」



香は唇を尖らせながら、
用意したビニール紐で撩の愛読書を
端に紐が食い込む位にきつくきつく
力任せに縛り上げた。
それが片付くと今度はすっ、と
直立ち上がり、
電話のある方に向かうと仕事の
依頼主へ
待ち合わせ予定日、時間の変更と
お侘びの連絡を入れた。
そして何度も“すみません!”と
ぺこぺこ頭を下げながら
電話の向こう側に居る依頼主に謝り

・・・力無く受話器を下ろした。



そして香は



「・・・あぁ~・・・」



と、深い深い溜め息をついた。



・・・しかし。
どうにも収まりが付かない。

この、沸き上がるもやもやとした
苛立ちをどうにか晴らそうと、
香はくるり、向きを変えて
撩の部屋の方へ大股で歩き出した。



・・・今朝、掃除したばかりの。
撩の部屋の片付けをする為に
わざわざ足を運んだ訳では無い。

こうなったら撩の愛読書を片っ端
から処分してやるのだ!
と、ばかりに香は勢いよく撩の自室
のドアを開け、中に入って行った。



・・・撩の部屋の、何処にどれだけ
愛読書コレクションが隠してあるか
なんて、悲しいけれど香は既に
把握済みである。

・・・勿論、把握したくなど決して
無いのだが。

撩と共に過ごしてかれこれ数年が
経つ中で、この部屋を何度掃除して
きたか既に数知れない香は、
何故か決まって同じ所に愛読書を
隠す撩の癖などお見通しだ。

ベッドの下、ベッドヘッドとマット
の隙間、衣装ケースの引き出しの裏
など、ありとあらゆる所から
香は愛読書数十冊を見つけ出すと
持ってきたビニール紐で“それ”を
直視しないようにしながら手際よく
縛り上げた。



・・・が、

あの撩の事だ・・・。
きっとまだ、何処かに色々隠し
持っているに違いない・・・。

香はクローゼットに狙いを定めると
がさごそ、と撩の秘密を探し始めた
・・・。



「全く!依頼主が男だから一体
何だって言うのよ!
仕事には変わり無いじゃないの!
久々の依頼なんだし、ちゃんと
受けてもらわないと生活が・・・




・・・あれ・・・?」








・・・ふと、香は。
クローゼットの奥に、何やら見覚え
のあるものを見つけた。

それは以前、撩の行き付けの、
飲み屋のママの所で食べた
チョコレートが入っていたものと
同じ・・・赤い箱だった。



そう、っと箱の蓋を開けると、
中には以前食べたものと同じ、
美味しそうなチョコレートが数粒、
綺麗に並んでいた。
所々空いているのは、以前香が
飲み屋で幾つか摘まんだ跡だろう。



・・・と、途端に、香のお腹が
くぅ~・・・、と
可愛らしい音を立てた。

それと共に、朝食のパンを撩に全て
食べさせてしまったため
自分はコーヒーのみだった、という
事を思い出した。




「あはは・・・。
チョコ見たらお腹鳴っちゃった。

・・・けど、撩ったら何でこんな
所にチョコレートなんか隠してた
んだろ。

・・・あいつ甘いもの苦手な筈
なのに・・・」



そんな事を思いながら、
香はその赤い箱を手に持ち、
そのまま真っ直ぐ撩のベッドに
向かった。

チョコレートのいい香りが
香の空腹感を増してゆく・・・



「・・・一つだけなら・・・

・・・いいわよ・・・ね・・・?」



・・・空腹に耐えきれず、香は
その箱の中からチョコレートを一粒
選ぶと、そっ、と指で摘まんで口に
運んだ。



「・・・ん・・・おいしい~!」



僅かにアルコールを感じるものの、
口の中でゆっくりと溶けてゆく
適度な甘さと
鼻から抜けてゆく何とも言えぬ良い
香りと風味が、
より香を刺激してゆく・・・

口の中のチョコレートの美味しい
余韻を、
香は幸せそうに堪能した・・・。




・・・もう一粒。




・・・もう一粒・・・。




以前これを食べ過ぎて痛い目に
あった筈なのだが、
空腹時に口にした、チョコレートの
美味しさには敵わず・・・

香はゆっくりと、再び
チョコレートを指で摘まんで口に
運んでいった・・・

























雨も止み・・・
橙色の美しい夕日が沈み始める頃
・・・
撩はとぼとぼ、と重い足取りで
アパートに帰って来た。

ナンパは上手く行かず。
(・・・と言っても別に上手く行かず
とも良いのだが・・・)
キャッツに足を運べば美樹の口から
依頼の話を突っ込まれ・・・
(昨日、香がキャッツに来た時に
依頼の話をしたらしい)



・・・香が怒っている事は目に
見えて分かるのだが、
撩だって男の依頼は意地でも
受けたくはない。



・・・だが、

自身の元気すぎるお腹が空腹に
耐えきれず、きゅるきゅる鳴いた。



・・・依頼は受けたくない。
でも、香の作るご飯は食べたい
・・・。
香には怒られるだろう・・・。
・・・けれど・・・。







「---腹減ったぁ~!!!」




やはり空腹には敵わず。
撩は香の待つであろう部屋を
見上げた・・・。



・・・と、窓の外からちらり、
洗濯物らしき物が揺れて見える。

・・・普段の香なら、夕方まで
干した洗濯物を出しっぱなしにする
訳が無い。

とすると、香の身に何か起きたか。
あるいは・・・







撩は気配を消して・・・

・・・足音も消して・・・

こっそりアパートの玄関のドアを
開けた・・・。



・・・だが、殺気は感じられない。

でも、
香が外出した様子も無い・・・




撩は疑問に思いながらアパートの
中を進み、気配を探る。

どうやら、香は部屋に居るようだ、
と撩は感じ取った。
しかも、撩の部屋に・・・。




(---あいつ、怒って俺のエロ本
処分!とかしてんのかな~---

ーーーあはは。
今日の香ならやりかねん---)



撩は苦笑いをしながら、自室の前
まで辿り着き、ゆっくりとドアを
開けた・・・






・・・すると、其処には。
ベッドの上に力無く横たわる香の
姿があった・・・




「香っ!?」



撩は慌てて香の傍に駆け寄り
香を抱き上げようとした・・・。



・・・・・・・・が



当の香は。
頬を薄紅色に染めながら
気持ち良さそうに眠っていた・・・



・・・ふとベッドを見ると、
横たわった香の傍には、随分と中身
が少なくなったチョコレートの
赤い箱が置かれていた・・・







「---まーた食いやがったーー」



撩はがっくし、と肩を落とし、
一際大きな溜め息をついた・・・

・・・と、その時。



「・・・あした、11時にキャッツ
でまちあわせ。」



突然、香が瞳を臥せたまま口を
開いた。




「ーーーな、なんだぁ!?」



撩は飛び上がらんばかりに驚き
ながら香の方を見た。
すると・・・



「明日11時にキャッツで依頼人
と待ち合わせなんだから!」



香はむくっ、と起き上がると撩に
叫んだ。



・・・真っ赤な頬をして。
とろん、と溶けたような瞳をして。



「ーーーわーったよ。
しっかたねぇなぁーーー」



撩はその、何とも言えぬ雰囲気に
負け、ばつが悪そうにしぶしぶ
返事をした・・・
すると今度は



「撩!これは仕事でしょ!?」

「っは、はいっ!!!」



香は撩を激しく一喝すると、撩の
手を握り、にやあっ、と笑って
再びベッドへころり、と
寝転がった。



「ーーー香ちゃん?」

「・・・はぁい~。」



ベッドに横になった香は撩の手に
火照った頬を刷り寄せながら気持ち
良さそうにしている・・・



「ーーーあ、あのなぁ!?
おまぁ、寝るなら自分の部屋で寝ろよ!?」

「えーーーー?やだぁーーー!」

「やだぁ、じゃねーの!!」

「りょおもいっしょにねよーよぉ」

「ーーーーーーーーーーーーは?」



撩が返事を終えるその前に・・・。
香は撩の腕を引っ張ってベッドに
引き込んだ。
突然の行為に、バランスを崩した
撩は香の身体の上に倒れ込んで
しまった・・・

弾みとは言え、撩の顔は香の首筋を
捉えるように埋まり、
柔らかで清潔な髪の香りと
香自身の香りが溶け合いながら
撩の鼻孔を刺激し・・・
辛うじて何とか繋ぎ止めている理性
が崩壊しそうになる・・・



「りょお~~おも~~いっ」

「お、お前が急に引っ張るから
だろが!?」



撩は香の声に、
我に返ったように意識を戻すと、
腕に力を入れて勢い良く上体を
反らした。
すると身体の下では、香が撩の顔を
まじまじと見つめていた・・・。



「ーーーどったの?香ちゃん」



すると今度は、香の両腕が撩の脇を
すり抜けて背中に回され・・・
きゅうっ、と絡み付いた。



「・・・あったかい・・・」

「ーーーへ?」

「・・・きもち、いー・・・」



香はそれだけ言うと、そのまま
長い睫毛を臥せ、すやすや、と
規則正しい寝息を立て始めた・・・



「ーーー香?」

「・・・ん~・・・」

「ーーーおい」

「・・・・・・・・・」

「ーーーこのまま寝るか?
普通ーーー。」



撩は小さく溜め息をつきながら、
足元にたたんである毛布を足の指で
器用に挟んで引っ張り上げると、
香と自身の身体に掛けた。
そして、そうっと身体を横にし、
香と向かい合うように横たわると
静かに眠る香の頬をむにゅっと
摘まんで



「この間のお返しーーー。」



と呟いた。
既に夢の中の香は、そんな撩の態度
を知ってか知らずか、
長い睫毛を伏せたまま
ふふっ、と口元を緩ませた・・・。
撩はそんな香を見つめながら眉間に
皺を寄せた。
ゆるり、柔らかな曲線を描く髪を
指で遊んでみるが、当の香は気付く
気配すらない・・・。

撩はふっ、と真っ直ぐに
眠っている香を見つめながら
僅かに唇を開くと・・・






「ーーー食っちまう、ぞーーー?」



そう、小さく呟いた・・・。
そして撩は、香の髪を弄んでいた
指を離し、
その小さな顔を両の掌で静かに
包み込んだ・・・



















「・・・あたま・・・いたい・・」

「だから、食い過ぎで酔っぱらった
んだっつーの」



こめかみを指で軽く押さえながら
耳に飛び込んできた聞きなれた声に
反応した香は、その大きな瞳を
ばちっ、と見開いた。




「おはよー香ちゃん。」



すぐ目の前には
にやり、と微笑む最愛のパートナー
・・・。
香は微睡みの世界から一気に意識を
取り戻した。



「?!なっ?!あっ・・・!?」



香は上気する頬を手で押さえながら
何とか撩から離れると、
あたふたしながら上体を起こした。

辺りは既に薄暗く、部屋の空気も
ひんやりとしている気がする・・・
香は慌てて時計を確認しようと
した。



「あっ、えっと、今何時?!」



撩は動揺する香を楽しそうに眺め
ながら自らも上体を起こし、
背伸びをしながら



「6時ー。撩ちゃん腹減った~!」



と香に言った。
香はその時間まで眠っていたらしい
事実に、あまりの衝撃に愕然とした
・・・。
撩はそんな香の落ち込む姿を横目で
見つめながらベッドを降りると



「しゃーねぇなぁ。
今日は俺が夕飯作ってやっから。」



と、にやり、笑いながら言った。



「・・・え?」

「だぁって~、香ちゃんたら
酔っぱらいだしー?」

「違う・・・っ・・・いたぁ・・」

「頭痛いんだろ?調子に乗って
チョコなんか食うからだ。」

「だって・・・美味しかったんだ
もん・・・あれ?
チョコの残りは・・・?」



香はきょろきょろ、と辺りを見渡し
たが、あの赤い箱はどこにも
見当たらない・・・
それに気付いた撩は



「あ?ああーーー
ーーー俺が食っちまった。」

「は!?嘘っ!?」

「だからもう無いの。
今度こそ諦めろ。」



撩は自身の指と唇をぺろり、と
舐めて



「・・・ごっそーさん。
甘かったが、な。」



そう言い残すと部屋を出て行った
・・・。



「・・・そっか。美味しかったのに
・・・・・・・・・・・あれ?」



無意識に口元に指を伸ばした香は
自身の唇に何かが付いている事に
気が付いた。






それは・・・甘い・・・



「・・・チョコだ。
こんな所にチョコ付けるなんて
・・・
あたし一体、どんな食べ方
したんだろ・・・
ははは・・・」



香はぽつり、呟きながら
自身の唇をぺろり、と舐めた。
そして香はベッドから降り
撩のいるキッチンへ向かうのだった
・・・。







赤い箱に残された
最後のチョコレートの味は・・・



・・・撩だけが・・・知っている。






2014.09.10 Wed (06:00) l 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆さまこんにちは、和那です。



久しぶりのお話UPにとても
どきどきしました。

待っていて下さった方、
・・・ありがとうございます。
励ましのコメントを下さった方、
感謝しても仕切れません・・・。

自分は自分が思う以上に弱いです。
・・・けれど。
こんな私を否定しないでくれて
本当に感謝しています。

色んな方の意見に触れ、それを
聞き。
色々な発見が・・・ある中で

やはりお話を書く事は楽しい事
なのだと・・・。
自分はお話を書くのが好きなのだ
と・・・。
改めて・・・気付かされました。

自分の中の二人は、アニメの
エンディングで寄り添う二人の
ように微笑ましくて、そして
素直になりきれないでいます。

けれど
私はそんな二人が好きなので。
無理に背伸びして濃密な二人を書く
つもりも無いし、それが読む方に
とって、軽いと思われても仕方が
無いのです。

濃密な二人を好む方は他の素敵な
サイト様へ足を運んで下さい。

・・・CHを好きであろう方から
非難された、という事が私には
一番ショックな事でした。
過去の傷を未だ引き摺っている
自分にも悩みました。
Twitterで自分もこんな風に非難
されたのかなぁ、と思うと辛いと
感じる事もありました。

・・・けれども。自分にも勉強不足
な部分がある事は否めないので
それは受け止めるし、否定は
しません。

非難される事は辛いし、痛いし、
気にするな、と言われても
やっぱり悩みます。・・・けれど、

自分の中の二人を好きな気持ちは
大切にしたいし、だからこそ
また堂々と書こうと、そう、
思います。



★リョウさんも、カオリンもお互い
を二人となく大事に思い合っている
からこそ居ないと余計に寂しくて。
いつも側に居たいだろうな...。

★もの悲しいモノローグに切なく
なってたのに、最後の最後できたぁ
〜とニヤニヤ してしまいました!
ほだされて素直になっ ちゃう香さん
もかわいいなぁ☆

★和那さんの世界のRKが見れなく
なると悲しい思いをする人もいる
と思います。私もその一人です。

★季節がらご自愛下さい。
リレー楽しみにしています。

★仲が良いけれど甘過ぎず切なく
胸キュンの二人を楽しみにして
います。

★自分のやりたい事を思いっきり
やればいいんです。
そんなあなたのお話が好きです。

★和那さまのssを読む度にこの
サイトを見つけられて嬉しくなって
しまいます。

★こちらのサイトの文章とても好き
です。

★ss嬉しかったです!

★色々な考えの人がいますからね。
疲れたときは休んでもいいと思い
ます。

★何も出来ないけど応援してます。

★二人に出会わせてくれるこの場所
は本当に大切です。素敵な物語
ありがとうございます。

★二次小説の存在に救われた者も
いるということ、そして、こちらの
作品が好きで訪問している一読者が
いるという事をお伝えしたく
コメントさせていただきました。

★リレー小説楽しみにして
いますね!

★リレー小説の番まで待ってるよー

★書くことが出来ない私は読ませて
いただき感謝の気持ちしか
ありません。もし、パスワード制に
なっても応援しています。

★またお話が読めると思うとすごく
嬉しい。

★二人ならではの絆が感じられる
素敵なお話をありがとうございます


★100でも200でも拍手したいお話
でした。最高です。

★読み終わった後に、ほわほわと
優しい幸せな気持ちになりました。

★CHのパートナーである事に
ブライドを持っている香が凛として
いてカッコ良いです。



・・・とても嬉しくなるコメントを
ありがとうございました!!
読んで下さるだけでは無く、
わざわざコメントを書く時間を
割いて下さり、もう・・・
これを打ちながら、もう、言葉では
言い表せない気持ちでいっぱいに
なりました・・・。
改めて、ありがとうございました!
こちらに書ききれなかったコメント
を下さった方も、
ありがとうございました!
今も、何度も読み返しています。



以下、お返事です。(06/06~8/16)

☆naoさま
わざわざコメント下さって本当に
ありがとうございます!和那はnao
さまの描かれる二人に萌え、癒され
ております!アンソロ、すっごく
楽しみにしております!!

☆ワンペアさま
過呼吸・・・苦しいですね。私も
常に過呼吸気味になるので油断なら
ないです~。きゅんきゅん、なんて
とんでもないです!でも、少しでも
そんな気持ちになって下さったなら
嬉しいです(*^^*)

☆沈丁花さま
本当に、言葉って大切ですね。
私も日々、自分の発した言葉に
ついて考えたりしてしまいます。
私の書く世界を気に入って頂けたの
ならとっても嬉しいです~。

☆あさのみさま
この度はリンクいただき有り難う
ございました!嬉しい(*^^*)
あさのみさまのblogへこっそり足を
運び、萌え、一人ほわほわ気分に
浸っているワタクシでございます^^;

☆もりゅさま
いつもありがとうございます(*^^*)
大人な世界、リレーでは程遠かった
ですね(笑)今度は限定パス付きを
試してみる(あくまで予定)つもり
です☆またお付き合い下さると
嬉しいです(*^^*)

☆りかママさま
お待たせしてすみません。
りかママさまの言葉、すごくすごく
嬉しかったです!

☆幸さま
意地っ張りで素直になれない二人
ばかり書いています。常に思春期
みたいな二人ですが、これからも
覗いて下さると嬉しいです(*^^*)

☆Tさま
Tさまの書かれた言葉、すごく胸に
沁みました(T~T)そうですね、
きっと撩ちゃんならそう言ってくれ
そうですね・・・。

☆ともぞうさま
こんな変境地blogへようこそ~。
見つけて下さって、更に気に入って
頂けて、コメントを読みながら
とっても幸せな気持ちに毎回させて
いただいております。感謝☆

☆miiさま
ポエム調な文章しか書けませんが
気に入って頂けたのなら幸せなの
です。ありがとうございます(*^^*)

☆リョウさま
基本的に自分はss向きだと言うこと
がやっと分かりました(今更(笑))
ですが、それを気に入って貰える
ならこの上なく嬉しいのです☆

☆すずらんさま
休み過ぎた気がします・・・が、
お陰で随分、色々な事が楽になった
気がします。沢山のコメントを
下さりありがとうございます。
嬉しかったです☆

☆のこさま
そう言って頂けるなんて嬉しすぎ
ます~!私も以前、素敵絵師さまの
イラストに出会い、そこから二次の
素晴らしさを知ったので、その時の
気持ちを思い出します。
また、よければ覗いて下さると
嬉しいです!

☆lokelani3さま
コメントではlolelani3となって
いましたがどちらが正しいのかな?
私の作品を好きになって下さって
本当にありがとうございます!
はい、あなたさまの言葉、確かに
伝わりました・・・。そして私の
お話が少しでも誰かの支えになって
いるのなら、それはとても幸せな
事ですね。感謝いたします・・・☆

☆りるあさま
りるあさまの言葉の一つ一つが私の
宝です。もう、それしか言えません
。りるあさまの優しさのような文章
を書けたら良いのに、といつも
思ってしまいます。
いつも、ありがとうございます。

☆りょうちんさま
リレー小説、難しかったです!
自分の文章を黒の背景に載せた事が
無かったので、それはそれで
新鮮な気持ちでした☆この先に続く
お話も是非ご期待下さいね。

☆iccoさま
いつもいつも、お待たせして本当に
すみません。ですが、iccoさまの
コメントは優しくて、つい甘えて
しまいたくなります(*^^*)

☆あきママさま
パスワード制、この先もコメントが
届くなら・・・かけます。
・・・好きな時に好きなものを
読んで欲しい、というのが私の希望
なので、出来たらしたくないのです
が。読んで頂けるだけでも嬉しい
のに、コメントまで頂いてしまって
・・・でも、嬉しいです(*^^*)

☆シャカナさま
初めまして!わざわざ変境地まで
ようこそいらっしゃいました(*^^*)
基本ポエム調な文章ですが、少し
でも何かを感じて下さったのなら
それはとても幸せなのです!
よければまた覗いて下さると嬉しい
です(*^^*)

☆うーたんさま
緻密な二人の世界を書かれる
うーたんさまにコメントを戴くと
恥ずかしくて照れ臭いです☆
私の方こそ、うーたんさまのお話を
読んで胸を踊らせております。
これからも仲良くして下さると
嬉しいです☆


☆無記名の方、拍手を下さった方、
当blogへわざわざ足を運んで下さい
ました皆さま、
ありがとうございました!



気温差や大雨などによる悪天候が
続いております。
皆さま、体調管理には十分にお気を
つけ下さいね。



☆日々、感謝☆


2014.08.16 Sat (17:15) l お礼 l コメント (0) トラックバック (0) l top
「撩っ!汗かいたでしょ?
お風呂沸いたから早く
入っちゃってね!」

「え~?撩ちゃんめんどくさ~」

「・・・汚い・・・入れ。」

「---あい。」



外出先から帰ってきた香は手際よく
風呂の準備をし、すぐに撩に入る
よう促すと、にこっと笑みを見せ、
足早に自分の衣服が置いてある
客間へと向かった。

撩は、風呂に入ろうと立ち上がった
まま、香の後ろ姿をただ黙って
見つめた・・・


















「なぁ香・・・。
お前、女の子なんだから。
身体に傷を残すもんじゃあ無いよ。
嫁の貰い手が無くなるぞ。」



それは香がまだ随分と幼い頃・・・

近所の男の子に混じり遊んだり喧嘩
ばかりする香は、毎日のように身体
のあちらこちらに擦り傷を作って
きていた。

そんな香を心配した父と兄、秀幸は
そのやんちゃぶりに呆れながらも
小言のように香に言い聞かせた。

・・・が、香は“はいはい”、と
適当に返事をするだけで、その後、
一度としてその言い付けを守った
事は無かった・・・






大きな傷痕こそ残ってはいない
ものの、
香の身体の傷は今も堪えない。

擦り傷、切り傷、打ち身・・・
目立つ処に大きな傷こそ無いが、
上手く服の下に隠れる場所などに、
今もうっすらとその痕は残っている
・・・



だが、父や兄は笑うだろうか
・・・。



かつて二人に
“嫁の貰い手が無くなる”
と心配させた傷跡が・・・。

身体に残るこの傷跡が・・・。



愛する男と戦ってきた証なのだ、と
・・・

それはとても誇らしいのだ
・・・と。












「・・・駄目だわ。届かない・・」



部屋の扉に鍵を掛けて。
香はドレッサーの鏡と自身の背中を
見つめながら、大きな溜め息を
ついた。

出掛ける時に身に付けていた
お気に入りの濃紺のジャケットと
真っ白なTシャツは
ベッドの上に脱ぎ捨てられていた。

鏡の中の香はジーンズに下着しか
身に付けておらず、白くしなやかな
肌や下着から溢れてしまいそうな
柔らかな双丘が露になっていたが
今の香はそれどころでは無かった。

右肩下の、肩甲骨のあたりには
手のひら程の大きさの擦り傷が
出来ていて、そこからはうっすらと
血が滲んでいた・・・。






それは、撩の愛車に乗って出掛けた
郊外での仕事を終えた後の事・・。

帰り道、運悪く別の連中に背後
から撩の車は銃撃されてしまった。
雨のように降り注ぐ銃弾を上手く
避けていた撩は、自身の銃弾が尽き
かけていた事もあってか、助手席に
座る香に向かい、安全確保のため
“外に飛び出せ”と合図した。
それを即、了承した香は撩の指示に
従い、いつでも飛び出せるよう
シートベルトを外し、脱出の
タイミングを見計らった。
そして撩が車のスピードを落とした
瞬間を狙って、香は勢い良く車の
ドアから飛び降りた。

撩の判断では、香が車から飛び込む
先には雑草が生い茂っていて、
飛び込んだ際の衝撃を和らげる筈であった。

・・・が、飛び降りた際に勢いが
つきすぎてしまったために、香は
誤ってアスファルトの路面で肌を
擦ってしまったのだ。

車は車体の所々に銃弾を浴び、
走行するには難しい見た目となった
為、撩が知り合いに連絡して愛車の
引き取り及び修理と代わりの車を
頼み、アパートまではその代車に
乗って帰って来た。

狙ってきた相手は撩がちゃんと
仕留めたし、
撩自身にも傷は無かった。

自身の傷は服の下に隠れていたし、
アパートに帰るまで撩に気付かれる
事も無かった。

それは良かったのだけど・・・








「・・・と、届かない・・・っ」



撩の入浴中にこっそりと傷の手当て
をしてしまいたかったのに、
微妙に手が届かない場所に擦り傷を
作ってしまったがために、ガーゼを
当てようとしても上手く当てられず
テープも綺麗に貼れない・・・

撩は長くは風呂に入らない。
だからさっさと傷を手当てして
しまいたかった。
なのにどう頑張っても手が届かない
・・・。
血はじわりと滲み、脱ぎ捨てた
シャツに赤黒い染みを残した。
このまま衣服を身に付ければ血は
新しく着替える服にも染み込み
滲みとなる。
かと言って、部屋の中でジャケット
を着ているのも明らか怪しい。



こんな掠り傷程度、怪我の内には
入らないし、手当てくらい一人で
済ませたい。
香としては、撩と共に戦えた事を
嬉しく思うし、パートナーである事
を実感出来るこの創が誇らしく
思える。

けれど・・・。




万が一の時に備え、香は自身が使用
していた客間に、予備の薬箱を用意
してある。
消毒液とガーゼ、テープ程度しか
入ってはいないが、それだけあれば
何とかなる。

骨に異常は無さそうだし、
とりあえず出血を抑えられたら
今はそれでいい・・・、と
香は再びガーゼを手に取り、再び
背中の傷に貼り付けようと手を
伸ばした・・・。



・・・と、突然、ガーゼは
香の手からすっと離れた。






「---あ~あ。
こりゃまた派手にやったなぁ。」



いつの間に入ってきたのだろうか
撩は香の真後ろに立ち、まじまじと
香の肌を眺めた。
そして奪ったガーゼをひらひらと
鏡越しに香に見せつけた。

出掛けた時に着て行った服装と同じ
ままで・・・








「り、撩っっ!?」



どんな鍵でも撩に開けられない物は
無い。部屋のドアの鍵も撩の前では
飾りに過ぎないかもしれない。

・・・けれど・・・
こんな時は例え好きな男と言えど
苛立ちを覚える・・・。

こんな時だからこそ、勝手に開けて
入って来て欲しくなど無かった。



「ちょ、ちょっとっっ!!
ガーゼ!か、返してよ!!」



香は声を荒げながらベッドの上の
衣服をさっと掴み、露になっていた
胸元を隠した。



・・・が、晒されたその肩、腕に、
出血こそ無いものの、
白い肌のあちらこちらに、
朱色に染まった擦り傷が所々に
散っていた・・・

そんな傷付いた白い肌を
撩はただ、じっと黙ったまま
見つめた・・・



香もまた、何も言わないまま
衣服を抱き締めた腕に力を込めた
・・・





ただ、
撩の無言の視線が痛くて・・・

呆れられたらどうしよう、と
不安が胸にじわり、広がる・・・

もしかしたら
怒られるかもしれない・・・




香はそれに堪えきれず、視線を
床へと落とした・・・








・・・見ないで・・・

お願い・・・何も言わないで
ここから出て行って・・・






香は胸元の衣服を握り締めたまま
きゅっ、と唇を噛んだ・・・



・・・と、撩の手が伸びてきて。

びくっ、と震える香の心配をよそに
撩はその大きな掌で香の髪を
くしゃっと撫で、



ふっ、と・・・笑った。






「---お疲れさん。
良く---頑張ったな。」




撩はそう言いながら香の髪を
くしゃり、撫でた。





“お疲れさん”

・・・それは
香にとって特別な言葉・・・

誉められるのと同じくらい、
嬉しくて堪らない、その言葉・・・




「・・・りょお・・・」



香は胸元をぎゅっ、と服で押さえ
ながら
そっ、と撩の顔を覗き込んだ。

撩の手は香の髪を緩やかに下り、
ゆっくり滑り降りると、強張った
頬に辿り着いた・・・。

突然優しい言葉を掛けられ、
香は緊張と恥ずかしさから逃れよう
と思わずきゅ、っと目を瞑った。




・・・と、次の瞬間・・・。
香の身体はふわり、宙に浮いた。




「・・・ひゃあっ!??」



香が最も苦手とするこの行為に、
香は堪らず瞳を見開き、撩の首に
しがみつきながら再び瞳をきつく
閉じた。

香が“抱き上げられる”という行為が
苦手な事位、撩は分かりきっている

分かりきった上で敢えて、
撩は香を抱き上げた。






「やっ・・・だあっ!
お、下ろして・・・っ!」



抱き上げられた事で身体の力が
抜けてしまった香は、そう叫ぶのが
精一杯だった。
・・・が、撩は無言のまま何処かへ
足を進めてゆく。軽々と階段を降り
ドアを開ける度に香の身体は揺れ、
ふわふわと宙に浮くこの感じに耐え
きれず、否応なしに撩の首に回した
腕に力が入ってしまう。



・・・と、撩の動きがぴたり、
止まった。

嗅いだ事のある独特の匂いが香の
鼻をくすぐる・・・。
香は、その匂いを確かめようと
うっすらと瞳を開けた。

するとそこは、先ほど撩に入浴
させるために浴槽に湯を張った
浴室の前であった・・・。






「じゃあ---入るか。」



撩は当たり前のように香を抱いた
ままドアを開ける。

香は傷の痛みも忘れて慌てて身を
捩らせ撩の腕の中から
何とか逃れようともがいた。



・・・が、そんな子どもじみた事
がこの男に通用する筈も無かった。

そんな事位分かりきっていた。

けれど香はもがき続けた。



・・・が、香の思いとは裏腹に
撩は器用に香から衣服や下着を
するすると奪い取って行く・・・




「っつ・・・!やめてって・・・」

「お前だって汚れたんだし、
まともには自分で洗えんだろう。

ほら---洗うぞ」

「じっ・・・自分でするわ、よっ」

「---俺にさせろ---な?」

「・・・なっ・・・!?」

「---悪かったな。
俺がもう少し気を付けるべきだった
―――。」






・・・今回のこの傷は撩が悪い訳
では無い。

香自身が車から飛び降りる時に
もう少し加減すればこんな事には
ならなかった。

だが、この男は香の微かな傷や怪我
さえ自分のせいにしてしまう。



それが堪らなく嫌だった・・・

だから見られたくなかった・・・
知られたくなかった・・・

撩は何も悪くなんか無い・・・
悪いのは自分なのだから・・・



だから隠し通そうと思った・・・
隠し通せると思った・・・






香は酷く悔しそうに涙を堪え、
肩を震わせた・・・。
撩はそんな香の身体についた、傷の
一つ一つにゆっくりと唇を這わせて
ゆく・・・。



「・・・っつ・・・!」



うっすらと開かれた撩の口から覗く
柔らかな舌と唾液がゆっくりと傷口
をなぞる度、滲みるような痛みと
痛みじゃない、別の何かが
じわじわと香を支配し始めてゆく
・・・。


香の気付かぬ所に出来ていた擦り傷
や赤みを帯びた肌を治癒するかの
ように、撩の舌はやわやわ、と
香の肌を這い回った。

・・・痛み、肌を探る舌の感覚、
ふわふわと宙に浮くこの感じ、
撩の熱と匂いと息・・・

あらゆる感覚に堪えきれず、
香の瞳からは涙が溢れる・・・。
撩の唇はそんな涙さえ舐め取って
ゆく・・・。



・・・だが、香は・・・





「・・・り、撩っ・・・!」



震える声で、撩の名前を呼び、
ありったけの力を振り絞って
撩の身体を突き放そうと手に
力を込めた・・・

その声と仕草に撩が振り向いた瞬間









ぱしっ・・・!!



・・・と、
香は撩の頬を打った・・・

そして、



「か、勝手に決めるんじゃ・・・
ないわ、よっ!」



・・・と、声を震わせながら
怒鳴った。



そして、黙って香を見つめる撩を、
まるで睨むかのようにきっ、と
強い眼差しで見つめると



「・・・いい?よく聞きなさいよ。
この傷はね、あたしのミスなのよ。
あんたのミスじゃあないの。
あたしが頑張った努力の跡を自分の
非だなんて言わないでよ・・・!」



と、言い放った・・・。










「---ああ。
よく、頑張ったな---」



・・・撩は
柔らかに微笑みながらそう言うと、
愛しそうに香を見つめた・・・



・・・香もまた、瞳に涙を滲ませ
ながら、

ふっ・・・と
困ったように撩を見つめながら
微笑んだ・・・







「---じゃあ、お前が頑張った
ご褒美に傷の手当てでも
プレゼントさせて貰おうかね--」

「いいから・・・
いい加減降ろしてよ・・・」

「-------却下。」

「・・・・・・・・ばか。」











香の身体に付く傷は今日も絶えない
・・・

父や兄は今も空の向こうで
笑っているのだろうか・・・。

・・・けれど。

かつて二人に
“嫁の貰い手が無くなる”
と心配させた傷跡が・・・。

身体に残るこの傷跡が・・・。



愛する男と戦ってきた証なのだ、と
・・・

そしてそれは

今も、とても、誇らしい・・・。





















2014.08.10 Sun (06:00) l l コメント (1) トラックバック (0) l top
皆さまこんにちは。和那です(^-^)

テンプレートを変更してみたのです
が、如何でしょうか?
以前のテンプレートもとても素敵
なのですが、こちらもとても素敵で
、そしてやっぱりチョコレートが
あるという

・・・チョコレート大好き和那です


だいぶ体調も良くなり、職場の
エアコンの冷風でやられた気管支の
炎症や貧血もようやく落ち着いて来ました。


・・・色々な事が、あります。


今も・・・あります。



一つ一つなら何とか対処出来るの
ですが、それが幾つも重なって
しまって、自分の中で辛くなってちょっと休憩させて頂こうと
思いました。

沢山のコメント、拍手、本当に
ありがとうございます。
休んでいる間も足を運んで下さる方
、ありがとうございます。



今回取り下げたお話は少し手直しをし、
改めてUPし直します。
また、タイトル番号は手直しを
終えたものから順次付け直します。



読む側では分からなかった事。
管理者となって知った事・・・。
たくさん、たくさん、あります。

時には傷付く事も、あります。

どうしようも出来なくて、足が
すくんで動けない事もあります。

怒りよりも悲しみしかありません。

未だにメールは開くたびどきりと
してしまうし、ネタとか被るとか
いう言葉に過敏にもなりました。



・・・けれど。
この先これからも誰かに非難された
としても。
このブログは私の自己満足の為の
ブログです。

立ち止まっても・・・
休んでも・・・
時には・・・泣いても。

止めたりはしません。ただ、この先
そのようなコメントが続く場合は
申し訳ありませんが当方のブログも
パスワード制にさせていただくかも
しれません。



書くことが好きです。
読むことが好きです。
読んで下さる皆さんが好きです。

これからも、この先も。
私は私の道をゆきます。





・・・やめたいとも、思ったし。
やめようとも、思ったけれど。

今は書きたい世界があります。
どうしようもなく、彼等が好きで
愛しくて仕方ありません。



日々、感謝☆













2014.07.24 Thu (07:24) l お礼 l コメント (1) トラックバック (0) l top
皆さまこんにちは☆和那です。
晴れたり止んだり、の気紛れな
梅雨空のもと、いかがお過ごしで
しょうか。



・・・皆さまに一つお詫びがあります。

和那、以前にイベントに参加しない
、と言いました(書きました)のに
今回のリレー小説に参加させて頂く事を決めてしまいました。

実は和那は前々から自分の中で決別し、向き合い、立ち向かいたい事があります。

・・・和那は以前の痛みを忘れた日は一日もありません。痛みを伴うのを覚悟の上で戻って来たからです。
その事を思うと今も時々胸が痛みます。
ですが、今回のリレー小説に参加させて頂く事を切っ掛けに、私なりに前を向いて堂々と歩んでゆけたらな、と思ったのです。

・・・とは言うものの、自分は自分が思っていたよりも弱くて、脆くて。
意外な所で決心がぐらりと揺らぎ、それに涙したりもしました。(その事で相談に乗って下さった方々、ありがとうございました。またご迷惑をお掛けし本当に申し訳ありませんでした。)

・・・加えて先月から崩した体調が中々元に戻りません。

なので、まずは日常生活を優先し、自分のリレー小説の出番まで心身を休ませたいと思います。
また、その間、プロフィール欄にもこっそりと書いていましたが、作品の一部取り下げとタイトルの番号を消そうと思っています。
これは以前にお話を消した際に番号が飛び飛びになってしまったので前々から気になっていた事なのです。消して、改めて番号をつけ直すかは思案中です。

リレー小説という素敵なイベントに参加させて頂く勝手をお許し下さい。
リレーでも私らしいお話を丁寧に紡げたらなぁと思っております。
他の方の足を引っ張らないと良いのですが・・・




いつも足を運んで下さるあなた様、
拍手を下さるあなた様、
コメントを下さるあなた様、
ありがとうございます。



その全てが私の支えあり、宝です。

日々、感謝☆




2014.07.08 Tue (06:00) l ごあいさつ l コメント (2) トラックバック (0) l top
今日も広いアパートに一人
取り残されて。








あんたはご機嫌な顔して
“呑みに行く”なんて言ってくれる
けどさ。

ただ呑みに行く時と
・・・そうじゃない時の
ほんの微妙な違いくらい



女の勘で・・・わかるんだから。





一人で過ごすなんて物心ついた頃
からもう日常茶飯事だし、
今更一人でどうのこうの言わない
けど・・・。



一人きりのリビングも
キッチンも
・・・やけに、広いのよ?

廊下や階段なんてやたら長く
・・・感じちゃちゃうし。





折角魚屋さんから美味しそうな
お魚分けて貰ったのに
捌いてお刺身にしようと思った
けど、
・・・煮付けにしちゃった。

いつ帰ってくるか
分からないし、ね・・・



・・・楽しみにしてたのになぁ。







・・・そんな日の、一人きりの
夕飯はいつも・・・適当。

・・・だって。
一人きりの夕飯は
何を食べても・・・味気ないし。



夕飯の後にはコーヒー、じゃなくて
今日は・・・お茶。



・・・今日はそんな気分なのよ。





食器を片付けて
リビングに行って
新聞を端から端まで読み尽くして

・・・と言っても
朝に一度は読んだけど。



それにも飽きたら絵梨子に貰った
ファッション雑誌を読んで。



・・・あ、これ、可愛い・・・






・・・・・・・ 高っ・・・!!?





・・・・・・・・・やーめた・・・




とりあえずテレビでもつけよ。

・・・あ!

ねぇねぇ撩っ!






・・・・・・居ないんだった。



・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・あ~・・・







何だか・・・
面白くないなぁ・・・。

・・・あ、懐かしいなぁ、懐メロ。

・・・って、
一人きりで歌なんか歌っても・・・



・・・何か・・・虚しいわ。










・・・・・・・・・・・・・・・





・・・・・・・・・まだかな。






一人きりだと余計な事ばっかり
考えちゃうのよね・・・。



時計の針の秒針が一秒過ぎるだけ
でも長く感じるから
こういう時の時計って
嫌いなのよ・・・。










・・・慣れっこよ。

・・・一人は、慣れっこ、よ。

・・・今更、一人で過ごすぐらい
なんて事・・・無いし・・・

一人でソファーを占領出来るのよ






・・・つい、
端っこに・・・座っちゃうけど











「香ちゃ~んたっだいまぁ~!
撩ちゃん、今帰りましたよ~!!」





・・・・・・・・・・あ
・・・やっと・・・帰ってきた。








一人は・・・慣れたけどね



・・・やっぱり一人は
・・・・・・・・・寂しいよ。



・・・一人だと余計な事ばっかり
考えちゃうし・・・。

何かあったらどうしよう、とか
もしもの事があったらどうしよう、
とか

良くない事ばっかり想像しちゃうし






・・・一人よりも二人がいい

・・・一人は



・・・・・・・・嫌・・・





酔い潰れたあんたは酷く酒臭い
けれど

怪我一つ・・・無くて
服も汚れていなくて



ちょっと・・・安心する。




そんな夜は
ちょっとほっと、する・・・






・・・・・・・・良かった






一人じゃ無くなった部屋は
さっきほど寂しくなくなった・・・



一人は慣れっこだ・・・けど
やっぱり一人は
・・・好きじゃあ・・・ない





・・・けどね

撩の仕事を知り尽くすあたしが
決してそんな事を口にしちゃ
・・・ダメだし

口にするべきじゃ・・・無い・・・





あいつの・・・
撩の居ない夜は孤独との戦いだけど



・・・撩が・・・



撩がこうして無事に帰ってくる為の
願掛けだと思えば・・・




・・・うん・・・
・・・・・大した事、無い・・・





ありがとう・・・

今夜も無事に帰って来てくれて。





・・・けど








・・・あ~



・・・・・・・・やだ、なんか



・・・・・・・・・・・泣きそう






・・・けど、
悲しそうな顔は・・・
なるべくしないから、さ・・・。

なるべく笑顔であんたを迎えたいの
・・・







「---何泣いてんの、お前」





・・・既にもう
・・・・・・・・ばればれだけど。



・・・気付かないフリくらい・・・
してみせなさいよね・・・?

・・・涙なんて
これっぽっちも見せてないのに
・・・。



・・・・・・・・・勘の鋭い奴。

・・・やっぱり侮れないわ。

・・・悔しいけど・・・。




「・・・おかえり」





・・・ああ

・・・・・もう。



・・・もっと気の訊いた事が
・・・言いたかったのに・・・。



・・・まあ・・・いっか。
撩が・・・笑ってるから・・・。




「あ~腹へったあ。
香ぃ~何か食わして~!!」



あんたはいつも、冗談めいた口調で
あたしの心配を少しでも軽くして
くれようとふざけてみせる・・・。



・・・・・・・・だから、

・・・だから、ね。



・・・あたしもそれに合わせるわ。







「もう!こんな時間に食べて、
太っても知らないからねっ」




軽く悪態をつきながら
食事を準備しようと立ち上がり
撩に背を向けるも・・・

気が付いた時には後ろから
補食されて・・・



身体はすっぽりと、
撩の・・・腕の中・・・




「---撩ちゃんが居なくて
寂しかったぁ~?」




・・・なんて
わざとらしく耳元で囁くから・・・




「は?!まっさかぁ!
あーあ、邪魔者が居ないから
折角静かにテレビ見てたのにぃ!」









・・・・・・・・・・嘘よ。

・・・寂しかったわよ・・・。



寂しいに決まってるじゃない・・・





・・・強がる言葉とは裏腹に・・・
抱き締める逞しい腕に伸ばした
白い指先に力が入る・・・




「-------そりゃ、残念」








・・・・・・・何よ

・・・本当は知ってるくせに

・・・言わせたいの・・・?



・・・仕方ないわね・・・




「・・・・・・嘘よ・・・」




意地悪なやつ・・・

冴子さんや美樹さんみたく
気の訊いた事なんて言えないわよ
・・・?






・・・ほんの・・・。

・・・ほんの、少しだけだからね。







・・・それは、香の口から紡がれる
・・・心の・・・声・・・




「・・・・・・本当はね・・・」







ここから先は・・・

撩だけに紡がれる
・・・秘密の・・・言葉・・・














2014.07.04 Fri (06:00) l l コメント (0) トラックバック (0) l top
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