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chocolate kissへようこそ(*^^*)
管理者の和那です☆

こちらは北条司先生原作、
「シティーハンター」
(CITY HUNTER )の
二次創作、二次小説サイトに
なります。

北条司先生、及び出版社様とは
全く関係ありません。


りょうちゃん
(文中ではりょうの字は撩を
使わせていただきます。(*^^*))
と香ちゃんの幸せな日常を
書きたくてブログを始めました。

お話は奥多摩を前後します。

なので、いちゃついたり、
いちゃつけなかったりと様々ですが
撩ちゃんと香ちゃんの仲良い姿を
書いて行けたらいいと思って
います。

アニメ「シティーハンター」
(シリーズでは特に2)が好きです。

自分のお話の設定からお話を紡ぐ
事も多々あります。
なので、過去のお話の続き、
その後を書く事もありますので
ご了承下さい。

キリの良い数字
(カウンターhit10000毎、
拍手1000パチ毎、ぞろ目等)
踏まれた方、もしリクエストが
ありましたらお知らせ下さい。

ですが基本、ハッピーな
お話しか書きませんので
そのようなリクエストでないと
対応できません。

Hなお話も対応できません。

それでもいいよ、という方のみ
自己申告でリクエスト
宜しくお願いします(*^^*)

それ以外の時のリクエストは
お受け致しかねます。

2013/09/03
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当blogは
リンクフリー、アンリンクフリー
です。

無断転載等は禁止しております。

自己満足に運営しておりますので、
誹謗中傷はお止めください。
また、濃密、緻密な文章をお求めの
方は他の素敵なサイトさまへ足を
お運び下さいますようお願い
いたします。


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2020.09.03 Thu (06:00) l ごあいさつ l コメント (3) トラックバック (0) l top

「撩は・・・・・

・・・今まで生きてきて・・・

・・・死んでもいい、って・・・

思ったこと・・・・・・ある?」




ふと、香が・・・
小さな声でそう、呟いた。




それは奥多摩からの、帰り道。

香を助け出す為にぼろぼろになった、
撩と。
撩と海坊主によって無事に
助け出された、香は。

撩の運転する愛車の助手席で、
ホトトギスの花を、持っていた
ハンカチにそっと包んで自身の膝の上
に乗せていた。
時折、指先でその花弁を優しく
撫でながら、車を運転する撩の
横顔を静かに見つめ、



ゆっくり、口を開いた・・・







「・・・あたしは・・・今日、

言ったとおり・・・。

撩のためなら、本望って・・・

このまま死んでもいい、って・・・

・・・・・本気で、思った。」






香はそう言って、自身の手首を擦った。
無理やり捕まえられ、縛られた時に
擦れた手首が少し、ひりひりと痛む。
そしてその痛みが、
先程まで起きていた事が夢では無いと
、教えてくれている。





香の話を黙って耳に聞いていた
・・・撩は。
真っ直ぐに前を向いたまま・・・
両手で握っていたハンドルから
左手を外すと、

そっ・・・と香の手を、
温かく包み込んだ。







「---------ある、さ。

向こうにいた頃は、



---毎日、思ってた---。」






撩の、想像を絶した答えに香は
酷く悲しそうな顔を・・・した。





「・・・・今は?」

「------いや。」



香の手を握っていた己の手を離し、
香の柔らかな髪をくしゃくしゃ、と
弄ぶ。




・・・今は・・・・





・・お前が・・・






・・・香は、撩の横顔を静かに
見つめた。




やっと想いが通じ会った、
愛しい男の横顔は・・・

過去に、死ぬことばかりを願っていた
事など、微塵も感じさせないような、



・・・とても

穏やかなものだった・・・










香は一つ一つ、言葉を選び、
ゆっくりと紡いでゆく・・・。





「・・・もし、もしもさ・・・

撩に・・何か、あったとして・・・

あんたが、もし

やることは全てやった、って

倒れる日が、来たら・・・・・・

その時は・・・・・

あたしも・・・




・・・いっしょに逝く・・・」






撩は、香の想いに思わず驚いた。



・・・が

香の、自分に対する真っ直ぐな
想いに少し・・・照れ臭くなって。
香の手を包み込んだ自身の掌を、
香の肩に回し、そっと、けれど力強く
抱いた・・・。





「ーーーばぁか。


ちゃんと約束したろ?


『死なせやしないよ』、って。」







・・・ちょうど、信号が赤に変わる。









撩は香の肩を抱き寄せて・・・





愛しい女の額に、口付けた。





途端、香の頬が真っ赤に染まる。

こういう事をされた時に、
どうしたら良いのか分からずに、
涙目になって、下を向いたまま
慌てている。

愛車の中は狭い密室。
勿論、逃げ場など無い。



・・・けれど・・・



「・・・まぁ、その前に。

やりたい事はい~~~っぱい、
あるし。」


「・・・やりたい事?」


「そ。やりたい事」



謎かけのような、撩の言葉に。
香は眉間に浅く皺を寄せ、
撩が“やりたい事”に考えを巡らせる。
・・・けれども、何も、思い付かない。



「・・・撩・・・撩がしたい事って
・・・何?」




そう訊ねてくる香の、その、
大きくて、少し潤んだ瞳が。

教えて・・・って、ねだる、から。





撩も少し・・・・苦笑いを、して。





左手の、人差し指で・・・




ぷっくりとした、

その愛らしい唇に・・・・触れた。



「え?あ、・・・・・・・・・・
・・・・・・・っあ!?!!」



・・・漸く、撩の意図に気付いた、香。







「あ、あのっ、その、えっと・・・!」




再び顔を真っ赤にした香は、
またしても、撩の反応にどう返したら
良いか全く解らず・・・慌てふためく。



そんな反応さえ・・・




・・・・・・撩には愛しすぎて。





「あのな、香。俺はお前と

あぁ~~~~~~んなことや、

こぉ~~~~~んなこと、

い~~~っぱい、したいんだからなっ。


だから、撩ちゃん、
まだまだ死んでられないの!!!
死んでたまるかっつーの!!」





・・・と、わざと、おどけた顔を
してみせる。





「////そ、そう・・・////// 」




精一杯その言葉を返して、
ますます焦っている・・・愛しい女の



・・・その反応が可愛くて。




「ーーー香。」




名前を呼んだだけで、
その肩がビクっと震える。





「---ま。


ゆっくり、---な。」





そう、告げて、
撩は香の頭をぽんぽん、と、撫でた。






「・・・・・うん。」






・・・・・・ゆっくり、ね。




だから・・・




・・・これからも・・・・・







ず~っと、




いっしょに、傍にいてね・・・・・









香は、愛しい男の肩に頭をこつん、
とくっ付けると・・・・・


静かに・・・瞳を・・・閉じた。





嬉しくて・・・その瞳から

・・・幸せな涙が・・・





ぽろり、と・・・・・零れた。






****************

和那なりの奥多摩での後、です。

亀の歩みより遅い更新にも関わらず、
足を運んで下さるあなた様。
コメントを下さったあなた様。
いつも、ありがとうございます。
すごく、すごく、嬉しいです。

シリアスなのも、そうじゃないのも。
まだまだ書きたいCHの世界が胸の中に
いっぱいな和那です・・・。
2019.06.24 Mon (06:00) l 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
「・・・っつ・・・」




ほんの・・・微かに、
小さな小さな呻きを洩らした香の。

左手の指先と手首の辺りに、
微かではあるが、鮮やかな紅い血が
滲んでいる・・・。



冷たいコンクリートの地面にぺたり、
と座らされたままの香は、
決して声を洩らすまい、と、
震える程の寒さで色気を失せかけた
唇を固く結んだまま、
身体の後ろで手首を縛り付けている
ロープから抜け出そうと、
周囲に気を配りながら一人、
もがいていた・・・。















「ひねって・・・緩みを作って
・・・これを切る・・・。」

「そうそう、香さん上手じゃない!
うん、いい感じよ。そのまま続けて
大丈夫。」



美樹はそう言うと、
嬉しそうににっこりと笑って見せた。

・・・それは香が拐われる、少し前の
香と美樹の会話だった。



その日は珍しく、海坊主と美樹の営む
喫茶店は休業日だった。

海坊主は昨夜、裏家業の為、
外に出掛けていて。
明け方帰って来たにも関わらず
普通に店に出ようとしたため、
海坊主の身体を心配した美樹に
お店を臨時休業にされてしまい。
それならば、と、海坊主は地下に、
武器のメンテナンスで降りたようで


撩は撩で、教授からの急な呼び出し
の為に留守で。

・・・と言っても、撩は何時も
新宿の街に繰り出してはふらふらと
女の子を物色し、果ては気に入った
子のお尻ばかり追いかけているのだ
けれども。



足繁く通う喫茶店の、突然の臨時休業
など全く知る由もない香は、
つい、いつもの習慣で、依頼の有無の
確認を済ませる前にキャッツに
足を運んでしまった。

店の掃除をしていた美樹が、
こっそりと店内を覗き込んでいた
香の様子に気付き、香を店の中に
招き入れたのだ。



「・・・ごめんなさいね、
美樹さん。
せっかくのお休みだったのに。
昨日来た時に“お店休む”って
言って無かったから、何かあったの
かと思って、心配でつい覗いちゃった。




香はいつも座っている、カウンター
の一席に座りながら、小さく肩を
竦める香を見て、
コーヒーを淹れる準備をしながら、
美樹はにっこりと柔らかく微笑んだ。



「全~然!気にしないで。
あたしも今日は休む予定じゃなかった
から、何しようか迷って・・・
結局掃除よ。
それより、こっちこそ、急に休んで
ごめんなさいね。
それと・・・心配してくれて
ありがとう。
香さんなら何時でも大歓迎だからね。


「本当?良かったぁ。
そう言って貰えるとあたしも嬉しい。
ありがとう。
今日はね、珍しく伝言板に依頼が
書いてあったから、後から依頼人と
会う約束なの。
それなのに、あたしったら携帯を
家に忘れて来ちゃって。
・・・もし会えなかったらどうしよう
・・・。」

「本当?良かったじゃない!
香さん最近、依頼が無いって
ぼやいてたじゃない?」

「そうなの!相手は男の人なんだけど
撩にはこの仕事、絶対に引き受けて
貰いますからね。
・・・でも、私一人で待ち合わせ場所
に来てくれ、って。
・・・ひょっとして、依頼人も男嫌い
なのかしら?」

「・・・ねぇ、それってもしかして、
香さんが目当てなんじゃない?
だとしたら気を付けないと。」

「あははっ、無い無い~!
そんな珍しい人いる訳ないじゃない。


「そう?だといいけど・・・。」



美樹はそう答えながら、
かちゃかちゃ、と、コーヒーカップ
を二つ取り出した。
香がこれから会う依頼人は少し気に
なる所ではあるが、
何よりも、せっかくの休日なのだし、
たまには香と一緒にコーヒーを飲もうと
思ったのだ。





・・・その美樹の、美しい後ろ姿に。

ふと、香は声を掛けた。



「ねぇ?・・・美樹さん。
・・・ちょっと聞いてもいいかな?」

「ん?なあに~?どうかした?」



カウンターの奥でかりかり、と、
コーヒー豆を挽き始めた美樹は、
香の方を振り向きながら
返事をした。



・・・香の方から何かを訊ねて
くるなんて珍しい。
自分に何か聞きたいのだろうか。
銃の練習でもしたいのだろうか。



・・・それとも・・・
香のパートナーである冴羽撩の
文句でも言いたいのだろうか。



・・・美樹は。
個人的感情として、撩に対して
文句では無いが、

“香をちゃんと1人の女性として
扱いなさい”

、と言いたい。



撩は、香に対してわざと雑に
振る舞いつつも、実は香をとても
大切に扱っている。
それは香以外の、誰の目から見ても
分かる。

雰囲気が違うし、何より香に向ける
眼差しが優しい。
本人は気づいていないのかも知れない
か、撩は香に向けてのみ完全に
警戒心を解いている・・・いや、
自然と解けていると言った方が
正しいのかも知れない。
冗談混じりに自分や他の女、或いは
男に喋りかける時の撩は、笑って
見せても何処か違う。



何より・・・そう、隙がない。

・・・それが分かるからこそ、
撩自身に、香に対する自分の気持ちを
きちんと認め、香にだけは
正直になって欲しい。
何より、香を手放すつもりが
無いのならば、例え冗談でも
他の女に手を出したりして
欲しくない・・・。

ファルコンと一緒になれるきっかけ
を作ってくれた、恩のある男では
あるが、それとこれは話は別だ。



・・・そんな美樹の心配をよそに、
香から返ってきた言葉は、
とても意外なものだった。



「あのね・・・」



そう言って、香が身に付けていた
ブラウスの袖からごそごそ、と
取り出したのは、一枚の剃刀の刃。
よく見ると、片側だけしか切れない
ように、加工が施してある。



「香さん・・・これ、自分で加工を
?」



感心したように“それ”を見つめ
ながら、美樹が訊ねると、
香は少し恥ずかしそうに答えた。



「うん、両方に刃があると、まだ
扱いに慣れてないから指ばっかり
切っちゃって。」

「分かるわー・・・懐かしい。
あたしも良く練習したわ。
あたしはサバイバルナイフとかだった
けど、つい勢い余って手まで
切っちゃうのよね。
・・・それでよくファルコンに
“気を付けろ”
って怒られたっけ。」



ぺろり、と小さく舌を出して、
美樹は楽しそうに昔を語る。



・・・撩もなのだけれど。

美樹や海坊主に、過去の苦しい戦場
での日々をあれこれ聞く事はしない
のだけれど。
こうして美樹の口から直に、美樹の
昔の思い出が聞けるという事は、
香にとってとても新鮮で、また、
美樹の秘密を教えて貰っているようで
とても嬉しい事なのだ。



「海坊主さんに?へぇー。
今じゃあ素敵な思い出になったのね。

・・・服の袖に仕込めるように、
服の袖に細工もして、袖から剃刀を
出す所まではスムーズに出来るように
なってきたんだけど・・・いざ後ろに
手を回してロープを切ろうとすると、
なかなか上手く出来なくて・・・。」

「そうそう、後ろって見えないから
想像と感覚でやるしか無いからね。」



そう言って、自分の腕を後ろに回して
、ロープを切る真似をする美樹に、
香は思わず叫んだ。



「・・・美樹さん!お願いします!
良かったらあたしにちょっと
アドバイスしてくれないかな?!」



香は美樹に向かって、
まるで拝むかのように手を合わせた。
少し困ったような、それでいて
物凄く真剣な、熱い眼差しで。



「あたし?・・・ええ、いいわよ。
あたしで良ければ幾らでも。
けど・・・どうしたの?急に。」



驚きながらも香の申し入れを受けた
美樹に、香は、少し気まずそうに
しながらも、唇をゆっくりと開いた。



「・・・自分でこんな事言うのも
恥ずかしいんだけどね・・・
あたし、撩を誘き寄せる為の人質に
なってばっかりで・・・
せめて自分の力で何とか縛られた時
のロープを解く事くらいは出来るように
なりたくて・・・。」

「香さん・・・。
・・・まあ、パートナーの香さんが
人質にされるのは、それだけ冴羽さん
の腕がプロの中でも特に認められて
いる証拠でもあるんだけど。
・・・でも、確かにロープ位は
自分の身を守る為にも、解けるように
なった方が断然いいわね。
うん、いいわ、協力する!」

「!ありがとう美樹さん!
宜しくお願いします!」

「香さんに付き合う位、お安い御用よ。
けど・・・香さん、凄いわね。
ファルコン言ってたわよ。
香はトラップもだけど、救命の知識も
随分詳しくなってる、って。」

「そんな事無い無い!
・・・けど、確かに止血とか応急処置
は確かに詳しくなったかも。あははっ。
・・・あたし、銃の腕は全然だし、
自分に出来る事は少しでも
増やしたいの。」



香はそう言って、真っ直ぐな瞳で
美樹を見つめた。
その姿はとても綺麗で輝いていて、
眩しく見える・・・。



美樹は注いだばかりのコーヒーの
入ったカップを香の前に置くと、
自身のコーヒーカップを手に取り
香にこう告げた。



「じゃあ、飲み終わったら後で、
地下に降りて練習しましょ。
ここだと誰かに見られるかも
知れないから。」

「うん!お願いします!」



香はそう言って、嬉しそうに
コーヒーカップに手を付けた・・・














「美樹ちゃ~ん!香来てる?」



香が美樹の店を出たのと、入れ違い
になるようにして、撩が一人で店内に
入ってきた。



「あら、冴羽さん。
ええ、ここに来る前に伝言板に依頼
があって、今から会いに行くって。
男の人ですってよ。
依頼主、香さんに気があるみたい。」



美樹は空になった、二つの
コーヒーカップを片付けながら
そう言うと、撩は少し惚けた表情を
浮かべ、こう言った。



「あー、そいつ?さっき会ってきた
けど、俺を見たら慌てて逃げるように
帰って行ったぜ?」

「え?冴羽さん、何で香さんより先に
依頼主に会ってるの?
・・・って、大変!依頼主がもう
居ないのなら、早く香さんに
連絡しないと!」

「大丈夫大丈夫、、香にはさっき
メールしたから。」

「大丈夫じゃないわよ!
香さん、今日は家に携帯忘れて来た、
って言ってたんだから。
このままだと依頼主に会うために
待ち合わせ場所に行っちゃうわよ。
早く追いかけないと!

・・・冴羽さん?
貴方、もしかして香さんより先に
依頼を見に行ったの?」

「え?あ?!ま、まっさかぁ!
た、たまたま駅にナンパしに行ったら
香が伝言板の連絡先を消し忘れてた
から俺が代わりに消してやっただけ。
そんでー、ついでに男だから
断っただけー。
そっかー、携帯忘れてきたかぁ。
どーりで返事が来ない訳だ。
あはははは!」

「・・・呆れたぁ・・・。

・・・ねぇ冴羽さん、もしかして、
男の依頼主を香さんに近付けさせない
ために断ったの?」

「は?!無い無い無い!
んな訳あるわけないだろぉ?!」



撩は驚きながら、大きく手を振って
美樹の質問を否定するかのような
仕草を見せながら、おどけて見せた。



・・・と。
突然、物凄い車の爆音がこちらに
近付いて来たかと思った次の瞬間、
店の出入口のドアのガラスが砕けた。
それと同時に、店内に勢い良く
何かが投げ込まれた。



「何!?」



それは何か大きな物を包んだ紙のよう
だった。
その包みから、茶色っぽい、何か
糸のような物がはみ出しているのが
見えた。
それが爆発物では無さそうな事を
横目で確認しながら、美樹は急いで
カウンターの外に飛び出し、
すぐに出入口のドアを開けて外へ
飛び出しすと、1台のセダンが
猛スピードで走り去ってゆくのを見た


何か嫌な予感がして、慌てて美樹が
店内に戻ると、地上のあまりの
騒がしさから、海坊主が地下から
戻って来ていた。



「・・・随分上が騒がしいと思ったら
、やっぱりお前か。」

「ファルコン!
・・・冴羽さん、今の奴の車の
ナンバーは見たわ。
奴等は一体何者なの?
それに、それは・・・?」



美樹が訊ねると、撩は、投げ込まれた
物を手に取り、付いていた紙を広げた

そして、そこに書かれた文字を読むと
、こう呟いた。



「ーーーなあに、俺のファンからの
ファンレターさ。
香を預かった、っていうメッセージ
付きのな。」



そう言った撩の、広げた紙から
ぱらぱら、と。
少し癖のある、見慣れた明るい色の
髪が零れて床に落ちた・・・。



















・・・美樹と別れ、依頼主に会いに
行く途中で男達に拐われてから、
どの位経ったのだろう・・・。



香はとある建物の片隅で、ぺたり、と
床に座らされていた。

建物はどうやら倉庫らしい。
何処かの港に連れて来られたようだ。

後ろ手で縛られてはいるものの、
幸い、建物の中には誰もおらず、
時折、建物の外から指揮を執るらしい
人間と、その部下らしい、何十人かの
話し声が聞こえる。



・・・人質にされる時、香はなるべく
抵抗しないようにしている。
抵抗すると、大人しくさせる為に
叩かれたりする確率が高いからだ。

・・・香が大人しくしていたせいか、
男達は香にあまり目を留めておらず、
撩がやって来るのを待っていた。



ならば・・・誰も居ない今なら、
美樹と一緒に練習をした、剃刀で
ロープを切るのを試す、絶好の
チャンスだ。
まさかこんなに早く実践する機会が
来るなんて、香本人も思っても
いなかったのだけれど。

携帯電話は忘れてきたものの、幸い、
今日着ている服には撩お手製の
発信器が仕込まれたボタンも
付けられている。
とにかく今は、撩が助けに来てくれる
事を信じて待つ。
・・・それまでにロープを切って、
身体の自由を取り戻す。



香は手首を巧みにひねって、
服の袖から剃刀を取り出そうと試みた




・・・が、香が思っていたより、
事は上手く進まない。
剃刀が仕込まれた服の袖の部分に
ロープが被さり、ロープを捻る度に
剃刀で手首に傷が付き。
漸く服の袖から剃刀を取り出したかと
思えば、今度は寒さで指がかじかんで
、剃刀を持つ指が思うように動かず、
指先に剃刀の刃が当たって切れて
しまい、その切れた部分から血が滲み
、剃刀を持つ指が滑る・・・。



「・・・っつ・・・!」


思わず呻き声が洩れる。
切れた指の痛さと、自身の情けなさ
、全てが情けなく感じてしまう・・・


香は思わず唇をきゅっ、と固く
結んだ。
・・・そうでないと、気持ちが
緩んで、涙が零れてしまいそうだった
からだ。
けれど、ここで落ち込んでいる訳には
いかない。



(ここを・・・こうして・・・
・・・美樹さんに教えて貰った事を
思い出しなさい香・・・!)



香は心の中で、自身に言い聞かせる
かのように、美樹に教えて貰った事、
誉めて貰った事を一つずつ思い出し
ながら、再びゆっくりと剃刀を
動かし始めた。













・・・真夜中の。

ひっそりと静まり返っていた港に
突然響いたのは、1台の大型車らしき
ものが走ってきた大きな音が響く。
車はぴたり、と止まり、勢い良く
ドアが開く音がする。

そこから暫くして始まった、
複数の男達の話し声。



一人はやや、興奮気味に。

やって来た一人は、何処か冷静に。
もう一人は何処か冗談めいた話し方
で。



話し合いで解決する事では無かった
のか、興奮気味だった男の声はやがて
叫び声に代わった。
その声を合図にするように、
辺りに隠れていた沢山の手下らしき
人間が銃口を向けると、
男が下した指示と共に、一斉に発砲
し出した。

その音に立ち向かうように響く、
重く響く銃声と、その後から続く、
何かが爆発するかのような音。
重い銃声と爆音は一人、また一人、
的確に狙いを定め、確実に仕留めて
行く・・・。

・・・やがて・・・仕留められた
複数の男達からの、
もがき苦しむ・・・叫びにも似た
呻き声が、あちらこちらから
聞こえて来た・・・。

始末しようとした男と、一緒に
やってきた男。
二人の、あまりの圧倒ぶりに焦った
リーダーらしき男は、
複数ある倉庫の一つに駆け寄ると、
重たい金属製のシャッターを
勢いよく上げ、中に入った。

・・・シティーハンターを潰そうと
したのに、そこにファルコンまで
やって来るなんて、あまりにも
分が悪すぎる。



男は慌てて倉庫の奥へ走った。
勿論、理由は簡単な事。

・・・拐ってきた女を“囮”として
使う為だ。



・・・だが、そこに女は居なかった。

女の代わりに残されていたのは、
女を縛っておいたロープ、そして
汚れた剃刀の刃。
ロープは刃物で切られ、女が居たと
思われる場所の床に残されていた。

男は狼狽えた・・・。

捕らえた女があまりにも大人しく
していたから、逃げ出す事は
無いだろうと、つい油断してしまった。
大人しくしていても、あの女は
そこら辺にいる普通の女では無い、
世界一の殺し屋と一緒にいる女だと
いうのに・・・!


・・・動揺している男の、後頭部に。
ぴたり、と、コルトパイソンの銃口が
押し付けられ、それと同時に、
“それ”の引き金に指をかける音が、
倉庫内に不気味に響く・・・。



「ーーー香は何処だ?」



パイソンの銃口を男の後頭部に
押し付けたまま、銃の持ち主である
男・・・撩は、酷く冷たい声で
男に訊ねた。



「し、知らない!
確かに女はここに居た!
逃げられないように縛ってここに
置いておいた!」

「ーーーへぇ、逃げられないように
縛って、ねぇ。
うちのパートナーを?」



撩が辺りを見回すと、倉庫の奥の方に
ドアらしきものを見つけた。
どうやらドアは、内側から開けられた
ようだった。



「わ、悪かった!だが何処に行ったか
本当に知らないんだ!」



向けられた銃口と、後ろから漂う
恐ろしい程の殺気に、
男はがたがた、と歯を震わせ、
怯えている。

その後ろから、バズーカ砲を肩に
担いだ海坊主がやって来ると、
海坊主はゆっくりと床にしゃがみ、
切れたロープを手に取った。



「・・・撩、このロープ、かなりの
血が付いているぞ。」

「ーーーああ、香は自分でロープを
切って逃げたんだろう。
まだ遠くに行っていない筈だ。
ちょっと香を探してくる。
ーーー海坊主、後は頼めるか?」



撩は引き金から指を離すと、銃を
ジャケットの懐にしまいながら
海坊主に願い出た。
海坊主はすっ、と立ち上がり、
男をサングラス越しに睨み付けながら
、呟いた。



「・・・店の修理代込みでな。
後で冴子に連絡しておく。
この貸しは高いぞ。」

「サンキュー。恩に切るぜ。」



撩はそう言って、足早にその場を
後にした。

撩と海坊主、二人の男のあまりにも
恐ろしい、恐怖にも似た殺気に直に
当てられた男は、まるで崩れるかの
ように、その場に崩れ落ちた・・・。















気配を消すのが上手くなったな、と
誉めてやるべきか・・・。

地面に零れ落ちた僅かな血痕を
頼りに歩いてきたが、香の気配が
感じられない。



・・・・・・・・・だが。




「ーーーこんな所に居たのか。
香、大丈夫か?」



倉庫から少し離れた所で、
まるで何かから隠れるかのように、
膝を抱えて小さく座り込む香を
見つけた。
・・・髪の一部分が不自然に切られ、
短くなっていた。



「・・・りょお・・・?」



香は恐る恐る顔を上げ、そこに
目の前の撩の姿を確認すると、
酷くほっとした表情を浮かべた。



「無茶しやがって。
だが、よく頑張ってあそこから
逃げたな。」



撩は優しい眼差しで香を見つめ
ながら、香の前にしゃがみ込むと、
香の傷だらけの手を優しくそっ、と
自身の手で包み込んだ。



「・・・っ、たあ・・・い。」



撩に逢えて安心し、気が緩んだからか
、傷付いた指に、手首に、
鮮やかに痛みが戻ってくる・・・。



「随分と上手くロープを切れるように
なったじゃあないか。
気配を消すのも随分と上手くなった
もんだ。
ーーーにしても香、ちょっと無理
し過ぎじゃないか?」



撩はそう言って、困ったように笑い
ながら、ポケットから取り出した
ハンカチで香の傷口を丁寧に巻いて
ゆく。
・・・だが、傷口が多いせいか、
ハンカチ一枚ではとてもじゃあないが
、間に合わない。

撩は着ている赤いシャツの端を噛んで
勢いをつけて引っ張り、それを数回
裂くと、その切れ端で香の傷口を
巻いた。



「暫くは痛いだろうが、我慢しろよ。
後で教授の所へ向かおう。
後片付けは冴子に任せたし、向こうで
海坊主が待ってる。
ーーー立てるか?」

「あ・・・うん・・・。」



香は撩に支えられるようにして、
ゆっくりと立ち上がった。

撩の身体から伝わる温かさが、
そのまま崩れて泣いてしまいそうな
程に、香に安らぎを与える・・・。



・・・撩が助けに来てくれたのは
勿論嬉しい。
だが香は、どうしても聞かずには
いられない。



自分はロープを切って逃げ出した
けれど・・・大人しく捕まったままで
いれば良かった・・・?
自分の判断は間違っていた・・・?
と。

香は撩の顔を見るのが何故だか
怖く感じて、俯いたまま、
恐る恐る撩に訊ねてみた。



「・・・ねぇ、撩・・・。」

「ん?ーーーどうした?」

「あたし・・・もしかしてまた
撩の足出纏いになっちゃった・・・

大人しく捕まっていれば良かった
・・・?」



思いがけない香の問いに。
撩は驚きつつも、自身の大きな掌で
しっかりと香の肩を抱きしめながら、
こう言った。



「全然。ーーー香は頑張ったよ。
あそこからよく逃げられたな。

ーーー香、お疲れさん。」

「・・・うん・・・。」



香はそう言って、嬉しそうに
柔らかく微笑んだ・・・。



















「美樹さん聞いてくれる?!
撩ったら酷いのよ!せっかく入った
依頼をあたしに何の断りも無しに
勝手に断ってたの!
待ちに待った依頼なのによ?!
信じらんない!!」



包帯でぐるぐる巻きにされた手首や
指を大きめのトレーナーの袖で
隠すようにしていた香は、
怪我をした手でカウンターを叩く訳
にもいかず、溢れる色んな感情を
堪えながら、真剣な眼差しで
美樹に訴えた。



「あらあら。
冴羽さん、だから言ったじゃない。
香さん怒るわよ、って。」



美樹は“ほら~”と言わんばかりに、
香の隣に座る、少し気まずそうな撩に
話し掛けた。



撩の前には温かいコーヒーの入った
カップ。
香の前にはストローを添えられた、
グラスに注がれたアイスコーヒー。
その理由は至って簡単。
香はカップが持てないからだ。


「だあってー、撩ちゃん男からの
依頼なんて請けたくないもーん。」

「あんたねぇ!・・・ったた・・・」

「香さん!無茶しちゃ駄目よ!
まだ傷口が痛むんでしょ?
・・・でも香さん、凄いじゃない。
一度一緒に練習しただけでロープを
ほどけるようになるなんて。
また一緒に練習しましょうね。」

「・・・香はお前よりセンス
あるからな。」

「うっせ、ターコ!」



撩と海坊主の会話を横に、
美樹はにっこりと微笑むと、
香もまた、嬉しそうに微笑んだ。



「ありがとう美樹さん。
またお願いします。
・・・あ、やだ、もう時間だわ。
ほら撩、駅に行くわよ!」

「えー面倒~。」

「はいはい、海坊主さん美樹さん、
コーヒーご馳走様。」



そう言って、香は撩と共に
店を出て行った。




「・・・ねぇ、ファルコン、見た?
香さんが着ていたトレーナー、
きっと冴羽さんのよ。
ミニのワンピースみたいに見える。
あれなら指先まで隠れるから
あまり包帯が目立たないものね。
冴羽さんも、何だかんだ言いながら
香さんのお世話をしてるみたい。
傷口に巻いてある包帯も綺麗だし。」

「フン、世界一の殺し屋が、
甲斐甲斐しくパートナーの世話焼き
とはな。」

「・・・ファルコン、貴方人の事
言える?
その世界一と張り合う男が今や、
喫茶店のマスターよ?」

「・・・フン!!!」

「・・・でも、いいじゃない。
冴羽さん、香さんといる時だけ“素”を
出せるんだもの。
香さんといる時の冴羽さん、
とっても言い顔してる。
・・・ね~ぇ?ファルコン。」

「・・・何だ。」

「あたしがもし、香さんみたいに
怪我したら、大切に扱ってくれる?」

「・・・!!!?

・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・あ、当たり前だ。」



茹でた蛸以上に真っ赤な顔をして、
頭から湯気を上げ、立ち尽くす
海坊主を、幸せそうに美樹は見つめ、
にっこりと微笑んだ。













「あー、この傷早く治らないかしら
。」

「仕方ないだろ。
本当、お前は手加減を知らない
からなぁ。
教授ももう少し傷口がずれていたら
危なかったって言ってたろ?」

「ごめんごめん、反省してます。
でも、お陰で撩が家の事何でも
してくれるから助かっちゃう。
あ、依頼の確認が終わったら
スーパーで買い物ね。
今日はお米が安いのよ。」

「は?!俺はお前の荷物持ちか!
・・・なぁ香、何なら髪の毛以外も
洗ってやろうか?手が痛いから
洗いにくいだろ?
あんなところとかこんなところとか。
ついでに服も脱がしてやるよ。」

「ばっっっっ、馬鹿!!!」

「いてっ!!お前、今どーやって
ハンマー出したんだ?!あ?
空から降ってきたぞ?!」

「無意識でーす!
撩がいきなり変な事言うから
でしょ?」

「ーーー変じゃないもーん。」







******************

とうとう映画、始まりますね!!
毎日楽しみで仕方ありません。
鑑賞当日は撩ちゃんが着ているような
赤色の自作バッグに、二人にちなんだ
アクセサリーを付けて行きます。

2019.02.06 Wed (06:00) l l コメント (0) トラックバック (0) l top

「さーて、と!
次は洗濯洗濯っ」



今日も香は朝から大忙しだ。

特に最近は、撩と共に仕事で
出掛ける事が多かった為、
あまり掃除や洗濯に力を入れら
いられず、その事を一人、
ずっと気にしていた。

なので、今日はいつもよりも
早い時間に目を覚まし、
部屋中の掃除と洗濯を始める
頃にしたのだ。



・・・掃除が終わるタイミング
を見計らって、洗濯機のある
脱衣場ま小走りで足を運ぶと
丁度、洗濯は停止した所だった。
香は、洗濯機のカバーを開けて、
脱水が終わったばかりの、
湿った洗濯物をまとめて両腕
いっぱいに抱え込むと、
足早にアパートの空き部屋の中の
一つに運んだ。






・・・いつの間にか。



“香の雑務室”

と化したその部屋に置かれたのは、
幾つものハンガーラックに、
アイロン、アイロン台、衣類乾燥を
兼ねた除湿機、それに、収納の為の
ボックスが幾つか。



・・・二人の日常の、あまりの
騒がしさのあまり、
すっかり借り手の付かなくなった
冴羽アパートの空き部屋は、
香が洗濯物を片付ける為の部屋と
化していた。

天気の良い日には屋上でからりと
乾く衣服や寝具も、雨の日には
干す場所が無くて。

その度に香が困った困った、と
撩に毎度小言を言っていたので、
それならばいっそ、空き部屋を
一つ使えば?と撩が提案したのが
事の始まりだ。

おかげで香の小言も、この件に
関しては多少は減ったような気が
撩はしている・・・。

(自身の飲み屋でのツケ問題と、
ナンパ問題に関しての小言は
相変わらずだが)



既にハンガーラックに掛けられ
乾かしている最中の大きな赤い
シャツや、オレンジ色の
カットソーは、朝一番に洗って
干したばかりのもの。
その横の空いている所に、
香は慣れた手つきで洗濯済みの
衣服の皺を丁寧に伸ばし、
それを手際よく干してゆく。

・・・それが片付け終わると
香は、衣類乾燥機能付き除湿機
のスイッチを入れた。

それは決して高価では無いものの
、衣類を確実に乾燥させてくれる
有難い優れもの。
空の下で洗濯物を干せない日には
とても重宝する、香にとって、
無くてはならない大切なものだ。



「・・・よし!これでや~っと
全部終わったわあ!」



香は清々しい顔で嬉しうに
言うと、その部屋から足早に
出た。

次に香が向かう先はキッチン。
コーヒーを淹れるためだ。






「ふぁーーーーーっ。
ーーーーーーあ~眠ぅ。」



気持ち良さそうに。
撩は、大きな欠伸を一つした。

・・・夕べは、歌舞伎町まで外出
をしていた撩は、いつものように
明け方帰ってきたので、つい先程、
朝昼兼用の食事を済ませたばかり。
と言っても、時刻は既にニ時を
過ぎていたのだが。
(空腹には堪えられなかったのだ。)

今はリビングのソファーに座って
物凄い速さで新聞を読んでいる。

テレビではニュースが流れており、
海外からとある国の大臣が外交の
ために来日している事や、
今日の株価などを伝えていた。



いつもふざけた事ばかりしている
この男は、読んでいる新聞と、
流れているテレビのニュース、
その内容を同時に頭に入れられる
から、驚きだ。

・・・けれど、普段ふざけている
男の、何かに真剣な姿にはつい、
見とれてしまうものがある。

こうやって新聞を読む姿や、
的に向かって銃を構える姿など、
何度見てもその仕草や眼差しに、
どきりとさせられてしまう・・・。

勿論、香自身も、撩より先に
新聞には一通り目を通したし、
ニュースだってちゃんと見た。

(もっとも、香が一番気になるのは、
新聞に挟まれたスーパーのチラシの
特売品と今日の天気なのだけれど。)



・・・だが、淹れたてのコーヒー
となれば、話はまた別だ。
せっかく淹れたコーヒーなの
だから、温かい内に飲んだ方が、
味も香りも格別に美味しい。
美味しいコーヒーは美味しい内に
飲んで貰いたいのだ。



「こら撩!せっかくのコーヒー
が冷めちゃうってば。」



香がそう言うと、撩は新聞の向こう
側から



“あー。さんきゅ”



という素っ気ない返事を一つ
寄越した。
まだ眠いのだろうか。
返ってきた返事に欠伸が
交じっている。

・・・まあ、もっとも。
この男の事だから、わざわざ声を
掛けなくとも、近付いてきた気配
や匂いで、目の前にコーヒーが
運ばれてきた事に位、とっくに
気がついているのだろうけれど。



・・・何時もの撩ならば、香の
問い掛けに、直ぐに新聞を畳む
のだけれど。

今日の撩は新聞の内容に夢中なのか、
はたまた何か考え中なのか、
直ぐに新聞を畳もうとはしなかった。

・・・けれど、そんな事も
今に始まった事ではない。

香もそんな撩に慣れっこだ。



香はちらり、時計を見て時刻を確認
しながら、コーヒーの入ったカップ
をテーブルの上にそっと置くと、
撩に声を掛けた。



「ねぇ撩、コーヒーが冷めるわよ。」

「ーーーあ?ああ、悪い。」

「んもう、相変わらずなんだから。
・・・じゃああたし、今から依頼の
確認に行ってくるから。
後は宜しくねー。」



足早に去っていこうとする香の、
いつもより少し賑やかなスリッパの
足音に、漸く撩が反応した。



「ああ、気を付けてなーーーーーー



ーーーって、ーーーーーーーぁあ?」



・・・返事をした撩の言葉は、
香の会話に何か違和感を覚えた
のか、酷く間抜けなものになって
しまった。

が、香はそれを気に留める事も無く
、部屋を出て行ってしまった。



・・・再び、新聞を速読しながら、
香の淹れたコーヒーに口を付けながら
撩は、ふと・・・先程の、
香の口から発せられた言葉の何に
違和感を感じたのかを考えつつ、
部屋の隅にある置き時計を横目で
ちらりと眺めた。



・・・一通り家事を済ませてから
香が撩にコーヒーを運んでくる
時刻が、今日はいつもよりも少し
早い。

・・・撩は、自身が感じた違和感は
これだったのか・・・、という事を
咄嗟に理解した。



香は兎に角、時間にうるさい・・・。

家事は勿論のこと、依頼人との
約束事や伝言板を見に行く時間は
大体と言って良いほど決まっている


それが行われない日は・・・。



ぽつり、と一人残された空間の中
、撩は急に何かを思い出したかの
ように顔を窓の外に向けた。
すると窓の外では、大粒の滴が勢い
良く降り注ぎながら、激しく
窓ガラスを叩き付けている・・・。






「ーーーーーんの、馬鹿ーーーっ」



撩は、香が淹れたばかりの
コーヒーを急いで一気に飲み
干すと、香を追い掛けた。



・・・このまま放っておけば、
香は平気な顔をしながら確実に
どしゃ降りの雨の中を歩いて行く
・・・。



依頼を見に行く事は香の日課であり
・・・仕事であり。
香としては撩のパートナーである事
を再認識するための、大切な時間
なのだし、それで万一天候が晴れ
だろうが雨だろうが、
もしくは雪だろうが雷だろうが、
香にとっては全く以て関係無いの
だろうけれど。



・・・そんな撩の考えなど、
全く以てお構い無しに。
香はとんとん、とリズム良く
階段を降りていた。






・・・と、次の瞬間。

香は後ろから急に伸びてきた
大きな手に、突然右の肩を
掴まれた。



「!?きゃあっ!?」

「ーーーんの、馬鹿!。
あのなぁ、こんな雨の中を依頼見に
行く馬鹿がいるかぁ?」



香が慌てて振り向くと、そこには
酷く不機嫌な顔をして、
何故だか少し慌てた様子の撩が、
まるでこちらを軽く睨み付けるか
のように香を見つめていた。



「・・・は?!
ばっ、馬鹿とは何よ!?」



突然肩を掴まれて。
振り向いてみればいきなり撩に
馬鹿扱いをされ・・・。

足止めを喰らった香は、撩の不機嫌
そうな様子の方が、何の事だか
さっぱり理解出来なかった。



・・・家事はきちんと済ませたし、
食後のコーヒーも出した。

香としては、外が悪天候であろうが
無かろうが、依頼が有るかどうかを
確認しに行く事は何時もの事なのだ。
その日、たまたま天候が悪かった
だけで。

それなのに、撩に突然馬鹿扱いを
される・・・。



香としては、撩にあれこれ言われる
筋合いはこれっぽっちも無い。

(・・・と本気で思っている。)



兎に角一方的な撩の言い分が全く
理解出来ない香は、頬をぷうっと
膨らませながら、その大きな瞳で
きつく撩を睨み返した。

だが、兎に角今は香の歩みを
止めたい・・・。

撩は、適当な言い訳を香にぶつけて
怒ってみせた。



「だーーーだいたいなぁ!ついこの
間、依頼料も入ったばっかりなんだ
から、生活費にゃ困らんだろう!
そんな中、わざわざこの雨の中を
歩いて行く事ぁ無いだろ?
大体、びしょ濡れになりながら
XYZを書きにくる奴なんかいねぇ
っての!」



生活費に困っていない、というのは
本当で、つい先日、大きな依頼を
一つ受け、その報酬として破格の
収入を手にしたばかりであった。
・・・だが、香はそんな事で自分の
意思を曲げたりはしない・・・。



「・・・は!?それとこれとは話が
別でしょ!?
それに、そんな事言ったって、
もしかしたら誰かが今、伝言板に
何か書いてるかも知れないじゃない

・・・今日は忙しくて午前中に
確認に行けなかったし、
と、兎に角、あたしは行ってくる
からね!」



・・・香の言い分は分かるし、
決して間違ってなどいない・・・。
そしてその真っ直ぐさ故に、香は
自分が何故、撩に引き止められて
いるか、という事を、ほんの少しも
理解していない・・・。

びしょ濡れで帰って来る日が無い
訳でも無い。
撩が気が付いた時には突然の雨に
打たれて、全身ずぶ濡れで街中を
走って帰って来る日もある・・・。

撩としては、そこまでして依頼が
有るかどうかを確認しなくてもいい
、と不謹慎ながら思っている・・・

何より雨の日は音や気配を辿り難い
し、そのせいで狙われる可能性も
格段に高い・・・。



・・・けれど、香はそうじゃない。

困っている人がいるかもしれない、
駅で自分が来る事を待っているかも
、と思うと身体が動かずには
いられないのだ・・・。

・・・そんな処は槇村に似たのか
ねぇーーー?
などと、撩は一人、心の奥底で
思いながら、少し考えてから香に
向かって再び、今度はこう言った。



「あ~~~、そのーーー何だ、
煙草切れてたわーーー。
ーーーだからーーーあ~、

今から買いに行くけどーーーその
ーーーえっとーーー

ーーー仕方ないからーーー車出して
やるから乗せてやるよーーー。」



撩は、精一杯の言い訳を口から吐き
出すと、ふっ、と・・・
困ったように香を見つめた。



・・・香は、撩の突然の申し出に
一瞬躊躇った。
だが、せっかく撩が車を出してくれて、
一緒に乗って行くか、と誘われた
ならば勿論一緒に行きたい・・・。

そう、香だって、好き好んで雨に
打たれたりなどしたくはないのだ。

香はとびきりの笑顔を浮かべ
ながら、素直に撩の申し出を
受け入れた・・・。











「うわあ!凄い雨!滝みたい!
・・・って、考えたら、滝って
テレビとかでしか見た事ないけど。」



・・・アパートに居た頃よりも、
外は雨の勢いが更に増していた
・・・。

その雨のあまりの勢いに、香は
思わず撩の隣で驚きにも似た声を
上げた。



「ーーーだろ?だ~から馬鹿って
言ったんだよ。」

「あはは・・・すみません。」



困ったように香を軽く睨んで見せる
撩に、香は悪戯っ子のように
笑ってみせた。

・・・道路は、悪天候のせいか、
何時もより交通量が少なく、
通い慣れた目的地に辿り着くまで
然程時間はかからなかった・・・。



「ーーーほら、とりあえず、
さっさと依頼が無い事見てこいよ。


「は?!ちょっと!そんな事勝手に
決め付けないでよ!もしかしたら
誰かが依頼を書きに来ているかも
しれないでしょ?」



香は後部座席に用意した、深い緑色
の大きな傘を、車のドアを開ける
のとほぼ同じタイミングで空に
向けると、それを勢い良く開き、
小走りで駅の方へ走って行った。

撩はその後ろ姿を見送りながら、
新しい煙草を一本取り出すと、
火を付けて煙を吸い込んだ。






・・・ちらり。


撩の瞳が、サイドミラーに映る
“一台の車”を捉えていた。
こちらに来る途中から、ぴったりと
撩の愛車の後をつけて来ていた
のは、一台の黒のセダン。
運転席にいる、サングラスを掛けた
男が一人、こちらの様子をじっと
伺っているのが確認出来る。



・・・それとほぼ同時に、
撩の携帯電話に一本の電話が
掛かってきた。
撩は相手の名前を確認すると、
背後の様子を確認しながら
電話に出た。



「どうした?冴子。」



電話の主は、冴子だった。



『どうした、じゃないわよ撩、
貴方、今日のニュースは見た?』



こちらを心配する、冴子からの
言葉を耳に受けながら、撩は
相手の様子を探りつつ、
冴子に返事をした。



『ーーーああ、見た。
大臣の来日のニュースだろ。
何処からこっちの情報を入手
したのかは知らんが、
来日早々、もう俺達の車の
後をつけてるぜ。」

『俺達?なあに?貴方今、
香さんと外出中なの?
珍しいわね、ドライブなんて。』

「なーに、ドライブなんて、
そんなに楽しいもんじゃないさ。
単に香が、依頼が無いか駅まで
見に行ってるだけだ。
もうそろそろ帰ってくるだろ。」



撩はそう言って、駅の方に目を
遣った。

香の姿はまだ、見えない・・・。

冴子は撩をからかうように、
楽しげに話を続けた。



『あら、じゃあ車を出したのは
香さんの為なのね。
撩、優しいじゃない。

・・・今朝、大臣の所在を
確認したの。
そしたら、秘書の男と二人で
急に用が出来たと告げて
外出したきり戻って来ないと
さっき連絡が入ったわ。』

「ーーーなるほど。
朝から秘書と二人でドライブか?
男と二人なんて、色気の無い奴だ
。」

『誰かさんと違ってね。
一応、後でファルコンにも連絡
しておくわ。

・・・ねぇ?撩。
もし貴方達が暴れる事があっても
、大臣の命だけは奪わないでね。
その代わり、後始末だけは
してあげるから。』

「ーーー後片付けだけかぁ?
酷い奴だな。
俺等の心配は無い訳?」

『あら、勿論心配しているわよ。
・・・じゃあ、また後でね。』

「ーーーああ。
じゃあ、また何か分かったら
連絡してくれ。」



・・・冴子との会話を終えた撩は、
煙草の吸殻を灰皿にぎゅっ、と
もみ消した。





・・・と。

駅の方から、傘を差して、小走りに
こちらに近付いてくる香の姿が
見えた。
雨風が酷いのか、傘を両手で
支えるように持ち、
一生懸命に歩いている。
こちらに来るまではもうじきだ
・・・。





・・・と。

その時、撩の車の後ろに見えて
いた黒い車が動き出した。
突然、凄い勢いで香の方に
向かって走って来たのだ。

雨風に気を取られながら撩の乗る
車に戻ってくるのに夢中になって
いた香は、車の存在に気付くのが
遅れてしまった。



「香っ!!」

「ん?・・・ああっ?!」



撩が車の中から香の名前を叫んだ
のとほぼ同時だった。
香に近付いてきた車のドアが
バッと開いたかと思うと、セダンを
運転していた男とはまた別の人間が
香の腕を掴み、車の中に香を
無理やり引き込んだ。

その勢いに煽られ、傘が空を舞う。

車は香を乗せると、そのまま物凄い
勢いでその場を走り去った。

撩は直ぐに車のギアを入れ替えると
、走り去る黒い車の後を急いで追う
ため、アクセルを踏み込んだ。
撩は、ハンドルを握ったまま、
片手で携帯電話を操作すると、
何処かに電話を掛けた。



「ーーーーーーーもしもし、俺だ。
すまんがちょっと手を貸してくれ。




撩は携帯電話の向こう側にいる相手
に話しながら、鋭い目で香を乗せた
セダンを睨み続けていた・・・。













・・・あまりに突然の事に。

香はただ、驚いていた。
撩の目の前で拉致されるなど、
考えてもいなかった。

・・・運転席で、撩の車を
振り払わんとしている男は、
上質そうなスーツを身に纏い、
髪もきっちりと整えられている。
後部座席で、先程香の腕を掴み、
車に引きずり込んだのもまた、
運転席以上に身なりをきちんと
整えた男だった。

車は人通りを避け、裏道を凄い
スピードで走って行く。

・・・途中、何かがぶつかった
ような、激しい音が後方から
聞こえた。
サイドミラー越しに、後ろから
追い掛けてくる、赤いミニが
見える。

きっと撩だろう。
撩がこの車目掛けて発砲したの
だろう。



・・・だが、ガラスは防弾仕様
なのか、びくともしなかった。






・・・何処か。

自分の隣に座っている、初めて
会う筈のこの男に、香は何処か
見覚えがあるような気がする。
だが、動揺しているせいか、
上手く思い出せない・・・。



・・・運転手の走らせている、
車のあまりのスピードの速さに、
身体がシートに押し付けられる

恐怖で身体が強張る・・・。


・・・だが、ただ大人しく人質
としてじっとしているよりも、
相手の目的を知らなければ・・・


そう考えた香は、膝の上で
ぎゅっ、と。
怖さで震える拳を固く握り締め
ながら、隣に座る男に恐る恐る
訊ねてみた。



「・・・あ、貴方達は一体何者
なの?
どうしてあたしを誘拐したの・・・
?」



香がそう訊ねると、
男は真っ直ぐ前を向き、腕を
しっかりと組んだまま、
香の質問に答えた。



「・・・昨日、海外から
ある国の大臣が来日したと
発表があった筈です。」

「?・・・ええ・・・今朝、
ニュースで見た・・・。
でも、それが何か・・・」

「・・・その大臣の弟は、
Mr.サエバとファルコンに
片付けられた麻薬密売グループ
のリーダー。
MissマキムラとMissミキ、
君達の事も勿論、よく知って
います。」

「弟・・・まさか・・・貴方、
あのリーダーのお兄さん・・・

・・・大臣って・・・」



僅かに震える香の一言に、男は
静かにこくり、頷いた。



男の一言で、この男の正体、
そして、自分がこの男の顔に
どうして見覚えがあったのか・・・
その事に香は漸く気付き、
酷く驚いた。




・・・つい、先日。

ある仕事を一件、冴子からから
引き受け、解決したばかりで。



・・・それは、ある麻薬組織の
壊滅。

海外の、ある麻薬密売組織と
裏で麻薬を取引していた、
日本人が指揮を取るグループが
あったのだが、撩と海坊主が
組織を相手取り、香と美樹も
協力をして、組織を壊滅にまで
追い込んだのだった。

事が片付いた後で、冴子からは
感謝されつつつも、



“思ったよりも、規模が小さい
わね。まだ何処かに残党が潜んで
いるのかしら。
組織のリーダーには腕の立つ
兄がいたから気を付けてね。
・・・後々復讐に来るかもよ。”



と忠告はされていた。



・・・冴子は何処からか情報を
得、知っていたのだろう。
仕事で片付けた相手に兄がいた
事を。



・・・だが、本当にすぐ仕返しに
やって来るだなんて、
香は思いもしなかった。
そして更に、麻薬密売グループの
トップだった男の兄が、
某国の大臣だなんて、
そしてその本人が自ら現れるだ
なんて、考えもしなかったのだ
・・・。



・・・それにも気付かず、
撩が送ってくれる事に呑気に
喜んだりして。

雨が酷かったとは言え、
自身に近付いてきた男の存在
にも気付く事が出来ないなんて
・・・。

香は、自身の失態に、落ち込みを
隠せなかった・・・。




・・・だが。

香は、ここでただ、落ち込んで
いても仕方がないと思った。
自分が今、出来る事をやるしか
無いのだ、と、

撩は必ず助けに来てくれる。
香は更に相手の意図を聞き
出そうと、
男に向かって話し掛けた。




「・・・じゃあ、わざわざ日本に
来たのは、仕返しするために
・・・?」



香の言葉に、男は顔色ひとつ
変えずに淡々と言葉を並べて行く




「・・・あれは私がいずれ、
国のトップとなって、全てを支配
するための資金でした。
まあ、ほんの一部ですがね。
Mr.サエバを見方に付けたなら、
私の将来は安泰だったのですが。
彼は私の思い通りにはならない
男ですし、いずれは私の邪魔に
なるでしょう。

・・・後ろが騒がしいですね。
・・・やりなさい。」



男の命令に、運転手はハンドルを
握ったまま、もう片方の手で
窓ガラスを開けた。
そして、何処からか取り出した
手榴弾のピンを引き抜くと、
窓の外へぽい、と放り投げ捨てると
、すぐに窓を閉めた。

・・・少し、間を開けてから、
車の中まで爆音が響く。

突然の事に、香は驚き、
感情のままに男を怒鳴り付けた。



「!ちょっと、何するのよ!
危ないじゃない!
・・・大体、そんな汚れたお金で
国を支配するなんて変よ!
間違ってる!」



香の、叫びにも似た怒鳴り声にも
男は眉一つ動かさない。

後方は爆煙に視界を覆われ、
撩の赤い車は見えなくなった。



・・・香は、撩の無事をただ、
心の中で願った。
撩ならば、必ず助けに来てくれる
・・・。
そう信じている香は、男が自分を
拐った真意を聞き出そうと、
再び言葉を続けた。



「あ、貴方、あたしを拐って、
これから一体どうする気?」



男は香を一瞥すると、長々と
言葉を並べて行く。



「Missマキムラ・・・金に綺麗も
汚いもありませんよ。
麻薬も所詮、ただの金集めの
手段に過ぎないのですから。
・・・モデルとしても価値のある
君は、簡単に言えば商品です。

・・・Mr.サエバ、彼等の邪魔に
より被った損失は、君の身体を
もって回収します。」

「無理よ!撩が必ず貴方を倒しに
追い掛けてくるわ!」

「私も世界No.1の男が、たった
あれしきの事でくたばるとは思って
いませんよ。
彼を倒す為に、腕の立つ男を一人、
雇いました。」

「・・・どういう、事・・・?」



言葉を詰まらせる香に向かい、
男はにやりと口元を緩ませた。



「ファルコンに言ったのです。
世界No.1になりたくはないか、
決闘の場所を用意した、と。
そう伝えると、彼は快く承諾して
くれました。」



その男の言葉に・・・
香は背筋がぞっとした・・・。






・・・雨はだいぶ小降りになって
きたが、空には薄暗い雲が広がった
まま。
外は闇に飲み込まれつつあった。

窓の外からは海が見え始めた。
しばらく走ると車はそのまま、
港に向かって進んで行く。

・・・その港には、一隻の、
小型のクルーザーが停泊して
いるようだ。

天候が悪かったのと、夕方という
時間だけあって、港に人の気配は
無い。



・・・と、突然、撩の赤い愛車が
いつの間にか、香の乗せられた
車に向かって、凄い勢いで走って
来た。



「撩っ!!」



香は思わず、撩の名前を叫んだ。
男は、自分の予想通りにならない
撩のその行動に少し苛ついた
ようで、隣に座る香に聞かせる
ように話し始めた。



「あそこにクルーザーがある
でしょう。
私達はあれに乗ってこの地から
逃れます。
私の船からはそろそろ、私の部下
やファルコンがMr.サエバを
潰しに到着する頃です。

予定では、これから二人に仲良く
やりあって貰おうと思っているの
ですが・・・。

・・・どうしました?」



・・・香の隣に座っている男の
言葉が、不自然に途切れた。

・・・よく見ると、運転席にいる
男の様子がおかしい。
撩の狙いを避けつつ、無線で
何処かに連絡をしているようだ。
が、返信が無いのか、運転手の
焦りと苛立ちが香にも伝わって
くるようだった。



・・・だが、運転手のその隙を
、撩も勿論見逃しはしなかった。
撩は右手に銃を構えると、運転席
目掛けて発砲した。
フロントガラスも勿論防弾である

だが、撩は自らが撃った銃の跡に
再び、狙いを定めて発砲を
繰り返した。
三発目の弾がガラスに当たった
時、ガラスは砕けた。
更に続けて放たれた四発目の鉛の
弾が、運転手の右肩を裂き、
更にその弾は、後ろに乗っていた
男の肩をも簡単に引き裂いた。



「あああーっ!!!」

「う、ああっ!!!」



突然の痛みに、運転手と男、
二人の大きな呻きにも似た叫び声
が車内に響き渡る。



撃たれた痛みで、運転手の運転に
油断が生じ、車の速度が少し
落ちた。
それにいち早く気付いた香は、
意を決し、かかっていた自分側の
車のドアのロックを解除すると、
それを思いっきり開けた。



「Missマキムラ、何を・・・
な、何をする!」



突然車のドアが開いた事に、
男達は驚いた。
だが、男達に構う事無く、
香は車から勢い良く飛び出した。



「何て事を!・・・・・前!?」

「う、わああっ!!!」



香の行動に気を取られすぎた
運転手は運転を誤った。
車はコンクリートの地面を越え、
ゆっくりと傾くと、そのまま男達と
共に、海の中に落ちていった
・・・。












「香!大丈夫か?!」



ミニクーパーから急いで降りた撩は
、すぐに香の名前を叫んだ。



「撩・・・うん、大丈夫。」



しゃがみ込んでいた香の身体は
ぐいっ、と、力強い撩の腕に
引き上げられた。
車から飛び降りた衝撃により、
白いブラウスは所々破け、
少し血が滲んでいる。



「ーーー相変わらず無茶するぜ。」



撩はそう言いながらも。

無事に香が戻って来た事に、
けれど、やはり無茶をさせて
しまったかな、という思いから、
少し困ったように微笑んだ。

香はそんな撩を見て、やっと撩の
元に戻れた事を実感した・・・。



ほっとしたのと、戻れて嬉しいの
とで、涙が零れそうになる・・・。



「ありがとう、撩・・・。」



香は、そう言って、撩の腕に
抱き付いた。



目の前に撩がいる事、そして、
男達から逃れられた安心感なのか
、緊張が解けたのか・・・。
香は急に、全身の力が抜ける感じ
がした・・・。

撩はそんな香に手を伸ばすと、
香をしっかりと抱きしめた。







・・・海から何か、声がする。

見ると、男二人が車から脱出し、
浮かび上がっていた。



「お、いい眺めだ事。」



男達を冷めた瞳で見下ろしながら、
撩は男達に言った。
海は波が高く、その波に揺られ、
飲み込まれそうになりながら、
スーツを纏ったまま海面に浮かぶ
男達は、怪我のせいもあって
酷く泳ぎにくそうだ。



「がぼっ・・・あ、貴方・・・
やはり・・・腹立たしい男・・・
です・・・ねっ・・・」



幾度も頭から波を被りながら、
男は撩に向かって叫んだ。



「Miss・・・マキムラが・・・
こんな・・・女だとは・・・っ」



男はそう吐き捨てると、悔しそう
な表情を見せた。



まさか人質の香がここまでする
なんて・・
時折モデルの仕事もこなす
この女が、自ら車から飛び下りる
だなんて・・・
男は想像もしなかった。



すると撩は男を馬鹿にしたように
言い放った。



「あのさぁ、何を勘違いしてるか
知らんが、俺達二人で
シティーハンターなの。
お前らが勝手に香を甘く見すぎた
だけさ。」



男は波に飲まれながらも、
馬鹿にされた事に酷く腹を立てた。
撩を鋭い眼差しで睨み付けながら
、二人に話し掛けた。



「今に・・・見なさい・・・
私の連絡が来ない事を知った私の
部下達が・・・

う、を・・・あ?あ、ああっ?!」



・・・突然。

男の言葉は、背後から物凄い音と
共に襲ってきた波によって
かき消された。



「・・・おい、追いかけっこは
もう終わったのか?」

「香さん!大丈夫?!」



撩と香にそう叫んだのは、海坊主
と美樹だった。

美樹は小型のボードを操縦して
おり、その隣に海坊主が乗っている




「海坊主さん!美樹さんも!
どうして此処に?
それにその格好・・・」



香が不思議そうに訊ねると海坊主は
にやり、笑いながら答えた。



「奴からの誘いの前に、奴に関する
事を撩と調べていてな。
奴が麻薬密売グループのリーダー
の兄貴だと分かったから、
裏で何かあると踏んだ上で、わざと
奴の依頼を受けた。
そしたら今度は香が奴に拐われた、
って撩から電話がかかってきたんで
、急いで美樹と来た。

・・・撩、暇だったから一足先に
奴の船に行ってひと暴れしてきて
やった。」

「悪かったな。ーーー助かった。」

「フン!・・・おい、残念だが、
ここには誰一人助けには来ないぜ。」



海坊主の言葉に。

助けが来ると思っていた男の
表情が一変する・・・。

男は海坊主の言動に慌てふためき
ながら、海坊主に向かって叫んだ。



「ファルコン!・・・何故だ!?
何故Mr.サエバの見方をする!
金は払ったじゃないか!」



すると海坊主は、表情を一変
させると、男を見下しながら
言った。



「お前の事は最初から信用しては
いない。・・・それに、お前は香を
人質にした。
生憎、俺は卑怯ものの見方は
しない主義なんでな。」



そう言いながら、海坊主は大きな輪の
形に結ばれたロープを二本、男達に
向かって投げつけると、男達はそれに
しがみついた。



「ファルコン!・・・た、助けて
くれるのか?!」



男はまるで海坊主に媚びるように
話し掛けた。
・・・が、それとほぼ同時に、
二人を乗せたボートが動き出す。



「ファルコン・・・!
ボートに乗せてくれ!でないと溺れて
・・・」



必死にロープにしがみつきながら
男が懇願するも、海坊主と美樹は
知らん顔だ。



「フン!ロープがあるだけでも感謝
するんだな。
・・・こいつらはあっちの船に
置いてくる。
さっき冴子に連絡をしたから、
もうじきやって来るだろう。」

「香さん、お大事にね!
冴羽さん、・・・香さんには
優しく、ね。」



二人はそう言い残すと、男達を
繋げたまま、凄い勢いでボートを
走らせて去って行った。









「ーーー行っちまった。」



だんだん遠くなって行く二人を
見送りながら、撩が呟いた。



「ーーーさ、俺達もそろそろ
帰るとするか。」



そう言って、撩は香の肩を抱き、
助手席に座らせた。



・・・が。
香は大人しく、俯いたままだった。



・・・恐らく、自分自身の事を
責めてしまっているのだな、と
撩は感じた。



・・・そんな香に。

撩は敢えて、何も言わない。

言わないけれど、香ならば
今回の失敗から何かを得られる、
失敗からも学べる事があった、
それにちゃんと気付けると、
撩は確信している。



・・・そう考えながらも、香の
機嫌を伺う事も、もちろん忘れない。

撩は車を走らせながら、香に
訊ねてみた。



「ーーーで?無かっただろ?」

「・・・へ?何が?」

「依頼だよ、依頼。」



車のハンドルをしっかりと
握ったまま前を見つめる撩の
突然の質問に、俯いたままの香は
思わず顔を上げた。



「・・・い、いいの!無くても!

「はいはいーーー。」




確かに・・・無かった。

伝言板の隅から隅まで確認して
みたけれど、依頼を伝えるXYZの
三文字は何処にも見当たらなかった。

少し残念なような気もするけれど、
無ければ無いで、何処かほっとした
気持ちに香はなるのだ・・・。





・・・と。

撩はふと、横を見た。
それは、香の身体にまだ傷が無いか
を確かめるためだった。



・・・のだが。

横に目をやると、撩は思わず唾を
ごくり、飲み込んだ。

怪我よりも何よりも、香が身に
纏っていた薄手の白いブラウスや
ジーンズは、かなりの湿り気を
帯びて、生地の色を濃くしていた
・・・。

撩は何やら一人、気まずそうな顔を
したまま、後部座席にぐいっと
手を伸ばすと、無造作に置いてあった
フェイスタオルをひょいと掴んで
香の膝の上にぽとん、と落とした。



「・・・タオル?あ、ありがと!」



香はタオルを貰い、嬉しそうに
濡れた髪や顔の水気を拭いた。

・・・だが、嬉しそうな香とは
対象的に、撩の様子が何処か
おかしい。



何故なら・・・






・・・見える・・・

撩からは、確実に透けて見えて
いた・・・。

白いブラウスが雨に濡れて、
肌にぴったりと貼り付いている
・・・。

ぴったりと貼り付いて、その下に
纏っている下着の色や、色素の薄い
肌の色がくっきりと透けて見えて
いる・・・。

薄暗くて海坊主や男達からは
見えなかっただろう・・・

・・・そこは安心しよう・・・

・・・だが、見たい・・・

本当は、このまま見ていたいけれど
・・・

・・やば・い・・・

もっこりが目を覚ます・・・

香に・・・香にもっこりがばれて
しまう・・・

密室で・・・逃げ場が無いのに、
こんな所で
こんなものを見せられたら・・・




・・・撩はそんな事を一人
悩みつつ、かなり目のやり場に
困りながら・・・

香に呟くようにぽつり、
話し掛けた。





「ーーーあのさぁーーー
お前ーーーそのーーー」

「ん?」

「ーーーもしかして、何、
ひょっとして香ちゃんーーー
俺の事、誘ってんの?」

「・・・・・・は?」



撩の思いがけない、その一言に。
香の瞳が大きく見開いた。
けれども、撩が何を言っているのか
理解出来なかった香は、可愛らしい
唇をぽかん、と空けたままだ。



本当は濡れている事に気が付いて
いて、こちらを誘っているとしか
考えられないだろう!

と、撩は一人、心の中で突っ込み
を入れつつ、香の様子を探って
みるが、それでも香は自身に、
そして撩の気持ちに、まだ
気が付かない。



香の方を本当は向きたい・・・

向きたい・・・

けれども・・・


一人悶々としつつも、何とか香の
方を向かないように必死で我慢を
して、撩は香に怒られるのを覚悟で
直接的な言葉を並べた。





「ーーーあのさぁー」

「・・・ん?」

「ーーー透け透け。」

「すけすけ?」

「だーかーらー、あーもう!
お前、雨に濡れてーーーし、下着が
透け透けなんですけど~?」



・・・と、そっぽを向く撩の
言葉に・・・。

香は自身の状況に漸く気付くと、
頬を真っ赤に染めながら、
慌ててタオルで身体を覆った。



「みっ、見るな!!」

「みっ、見るかっ!(見たいけど)」



香は慌てて身体を拭きながら、
呆れ顔で香を見る撩の、
然り気無い気配りが嬉しくて・・・
けど、指摘された今の状況は
死ぬほど恥ずかしくて。
香は急いでタオルで濡れた身体を
拭いた。



「・・・り、撩・・・

・・・今日は・・・ありがとう。
その・・・色々・・・ごめんね。」

「ーーーばーか。
早く拭かないと風邪ひいちまうぞ。
しっかり拭いとけよ。」

「うん・・・」




撩の言葉に、香は素直に頷いた。



「ーーーさ、さっさと帰るぞ。」

「・・・うん。」



二人は互いに目を合わせると、
にっこりと微笑んだ。

そして撩は、車のギアを切り替え
ると、ゆっくりとアクセルを
踏み込んだ・・・。
















「さて、と。」



今日も槇村香は朝から大忙しだ。
だが、それ以上に忙しいのは撩
だった。



「だ~か~ら~、後は俺がやって
やるから!」

「いいわよ、自分で出来るから。
この間の傷はもう殆ど痛く
ないし。」

「いいから!たまにはゆっくり
しろって!」

「・・・あんた、あたしに何か
やましい事でもあんの?」

「あるかっ!!」

「怪しい。・・・けど、ま、
いっか。じゃああたし、ちょっと
依頼見に行ってくるわね。」

「まっ、待て!!俺も行く!!」

「は?!何なの?撩。」

「ーーーい、いいからっ!!」



・・・あの日以来、撩が今まで以上
に心配性になったのは言うまでも
無く。

そんな撩の気持ちや心配されている
事など微塵も気付く訳もなく、
香は今日もまた、何事にも
一生懸命頑張るのだ。









・・・それから数時間後。

元気に歩く香の後ろを、
大きな買い物袋を抱えた撩が
追うように歩いていた。

そんな二人の歩く姿を、喫茶店の
中から、客として訪れていた
冴子が見つけた。
二人は店へ向かう事無く、
二人が暮らすアパートに向かって
ゆく・・・。




「あら?・・・ねえ?あそこに
いるのって、撩と香さんじゃない
?」

「あら、本当。
香さんと冴羽さんだわ。
へぇ~、冴羽さんったら意外に
優しい所あるじゃない。
香さんの買い物の手伝いして
あげるなんて。」

「・・・撩の奴、相変わらず香の
尻に敷かれているようだな。」

「まあ、香さんも怪我が治った
ばかりだしいいんじゃない?
それに、今回の件でかなり財政も
潤ったでしょうから。
私の方も、皆のお陰で大臣の船から
大量の麻薬を押さえられたし。
本当に助かったわ。」

「良かったわね!冴子さん。

・・・ねえ?
冴羽さんって、香さんが綺麗に
なるに比例して、香さんの心配
ばっかりしてない?
でも、感心の香さんには全く
伝わってないのがホント、
面白いわよねぇ。」

「あいつの心配性は昔からだ。
・・・ま、今まで香が撩に尽くして
きたんだ。いいんじゃないか?」

「それもそうね。」



美樹と冴子は。
何だかんだ言いながらも仲良く
歩いて行く二人の姿を、まるで自分
の事のように微笑みながら、
嬉しそうに見送った・・・。




*****************

遅くなりましたが、北海道地震で
被害に遭われました方々に、
心よりお見舞い申し上げます。
1日も早い復興を心から願って
おります。
2018.09.27 Thu (06:00) l 仕事 l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆さま、こんにちは。



お盆を過ぎ、肌に触れる風が心地好く
感じられる、そんな過ごしやすい季節が
近づいてまいりました。



・・・先の地震や西日本豪雨をはじめ
、各地で被害に遇われた方々に
おかれましては、お盆はおろか、
それ以前、以降もゆっくりと過ごす事
が難しかったのでは、と思うたび、
胸が痛みます。

各、被害に遇われました方々、
心より、お舞い申し上げます。

お見舞いが大変遅くなりました事、
深くお詫び申し上げます。



・・・どうか。

どうか、少しでも早く、被害に遭われ
ました皆さまが心から安らげる日々を
取り戻し、そして平和に過ごして
ゆけますように・・・

お祈り申し上げております。






・・・私事ですが、今年に入り、
色々と体調を崩しました。

ご飯が食べられなくて、カロリーの
あるものを摂るよう心掛けたり、
長引く眩暈に悩まされたり。
(眩暈は最近は随分と良くなりました。
ですが、どうやらこれから長い
お付き合いになりそうなのです。)

改めて、健康の有り難さ、素晴らしさを
感じさせられました。

皆さまも、くれぐれもお身体お気をつけ
くださいませ。
私ももちろん、気を付けます。

熱中症はもちろんですが、
寒暖の差などもこれから激しく
なって参りますのでね。







シティーハンターの映画、
来年公開されますね。
私は映画の前売り券を購入させて
いただきました。

和那は一人で鑑賞の予定です。
皆さまは見に行かれますか?

映画化の熱に浮かれている訳では
無いのですが、何だかオリジナルの
CHグッズを作りたくなってしまって、
現在、手帳カバーを刺繍中です。
柄はシンプルな伝言板です。
・・・深緑色の生地が見つからなくて
紺色の生地なのですが、まあ、
オリジナリティという事で。




ゆっくり、ゆっくり、ですが、
お話も紡いでおります。

いつも来てくださっている
あなた様。

初めて来てくださって
あなた様。

当サイトに足を運んで下さって、
本当に、本当に、
ありがとうございます☆
コメント、拍手、
いつも嬉しく思っております。

私の紡ぐ世界が、また皆さまの
お目にかかれる日が来る事を、
心から願っております。


日々、感謝☆
和那でした。

2018.08.19 Sun (06:00) l お礼 l コメント (0) トラックバック (0) l top
「撩ーっ!・・・っ、大丈夫?!」



香はパートナーの姿を視界に捉えると
、パートナーの名前を一際大きな声で
叫びながら、大急ぎで撩の元へ
駆け寄った。






「ーーーああ、大丈夫だ。」



撩はそう言って、銃を持ったままの
腕をゆっくりと下ろした。



・・・月はおろか、星さえ影を潜めて
しまう程に曇った、夜の空の下。
空気は少し冷たくひんやりとしていて
、風が拭くと肌寒く感じる程だ。



・・・熱い鉛を吐き出したばかりの、
熱を帯びたままの愛銃の重みが
少しだけ心地好いと感じるのは、

“仕事”

を無事に終えた事への満足感、
なのだろうか。

傍に駆け寄ってきた香の華奢な肩に
自身の左手をぽん、と乗せた撩の
口元は、僅かに緩んでいた・・・。








・・・いつも、どんな時でも。



香は誰よりも撩の身体を心配する。



大したことのない

“仕事”

の時も、派手にやりあう

“仕事”

の時も。



香はいつも、撩の元へ駆け寄ると、
撩の身体に怪我が無い事を確認し、
それが分かると、途端に、
心の底から嬉しい、と言わんばかりの
柔らかい表情を見せる。



・・・心配してくれるのは嫌じゃない。

香が嬉しそうに微笑むのを見るのは、
むしろ・・・嬉しい。





・・・けれども・・・





撩は、香に向かって
ゆっくりと唇を開いた・・・。



「ーーーったく、お前はーーー。

香、あのなぁ。
たまにはな、人の心配よりもまず
自分の心配をしろよなぁ?」



撩はそう言いながら、その場に
すっ、としゃがみ込んだ。



“仕事”

の最中に仕掛けたトラップの爆破の
影響だろうか。
香の纏っていたレオタードの、太ももの
部分が少し破れ、そこからうっすらと
ではあるが、血が滲んでいる・・・。



「へ?何よ撩、
急にしゃがみ込んじゃって・・・あ、
やだ!レオタード破れちゃった!?
あ~ん勿体無い~!これじゃあもう
穿けないじゃないの~。」



・・・香が心配したのは、
血が滲んだ香自身の身体よりも、
破れてしまったレオタードの事
だった・・・。



この様子から察するに、この傷以外に
大した怪我は無さそうだし、
あまり香の身体の心配はしなくて
良さそうなのだが・・・。



「縫ったら何とかなるかしら?
・・・ん~無理、ダメだわ!
あ~もう!どうしよう!
レオタードって安くないのに~!」





・・・身体は全く、大丈夫そうだ。





・・・香が。
真っ先に撩の身体の心配をする事。

もっとも、それは何も今日が
初めての事、では決して無い・・・。



香が撩と

“仕事”

に出る時、香は

“仕事”

が終わると、必ずと言っていい程、
撩の身体を心配して来る。



撃たれては・・・いないか。

切られては・・・いないか。

血が流れては・・・いないか。



・・・撩としては、自分の心配よりも
まず、香自身の身体を心配して欲しい。
けれども、香は自身の身体に傷を
受けようしようとも、それを全く
気にも留めようとしない。
むしろ、傷に気が付くと、決まって
口にするのは



・・・この傷すら誇らしいのだ、と。

そしてとても愛しいのだ、と・・・。



そう言って、香はいつも、
何処か嬉しそうに笑うのだ・・・。



そんな香が嫌な訳じゃない。
堪らなく愛しく思うし、
その髪を撫で、肩を抱き、その身体を
何時までも抱き締めたいと思う・・・。

けれど・・・それとは別に。
些細な傷が命取りになる事、
そして、小さくとも傷を負うことを
少しでも恐れて欲しい、と
撩は思うのだ。




・・・思うのだ・・・けれど。



それほどに自分を心配してくれる事に、
撩はやはり何処か照れくささを感じつつ
、じわり、と底知れぬ歓びと嬉しさが
こみ上げてきて・・・。

撩は少し困ったような顔をしながら、
それでも・・・自分の事を心配して
くれる香が



嬉しくて・・・愛しくて。



つい、口元が緩んでしまう・・・。






「・・・どうしたの?撩?」



香は不思議そうな顔をして撩の顔を
覗き込んだ。

たった今、戦いが終わったばかりだと
言うのに、撩は口元を緩ませて、
目元をほんの少し細めている・・・。



そんな撩の意図が全く読めなくて、
香は自身の眉間に軽く皺を寄せ、
撩を見つめたまま、真剣に考え込んで
いる。

・・・撩は、見つめられている事が
なんだか少し、照れ臭くなってきて。
自身を誤魔化すかのように、
こう呟いた。






「ーーーいや、何でもない。

ーーーしっかし、お前なんだ、
相変わらず雑な仕事っぷりだなぁ。
飛んできた破片で擦り傷作るなんて、
香、お前は素人かよ。」

「はあっ?!・・・わ、悪かったわね!
・・・今回は、その・・・ちょっと、
そう、ちょっと爆薬の量が多かったのよ
。」



そう言って、軽く視線を泳がせ、
小さく唇を尖らせる香の髪を、撩は
くしゃくしゃ、と撫でた。

少し名残惜しそうに撫でた手を離し、
握りしめたままの愛銃をホルダーに
納めると、代わりに懐から携帯電話を
取り出して。
・・・呼び出した相手は、かつての
パートナーの恋人だった女。



「ーーーもしもし?ーーーああ、例の
あの件。ああ、今片付いた。
場所はーーーーーーーああ、頼む。」



撩は手短かに要件を話し、
すぐに電話の電源を切った。
そして、まっすぐに自分の方を
見ている香に向かって、声を掛けた。



「さ、連絡はしたし、後は冴子に
任せて帰るとするか。」



すると、香からの視線が、いつの間
にか疑いの眼差しへと変わっている
・・・。



「・・・撩、あんた、冴子さんからの
借りはもう無いんでしょうね?」

「今回のは冴子からの依頼だからな。
冴子からの借りだろ?ーーー無い。
ーーー多分。」

「多分?ちょっと、撩!」

「あ、借りは無いけど、今回のを
金じゃ無くて貸しにするんなら、
今回はもっこり払いにするかぁ?」

「だっ、駄目っ!・・・撩の馬鹿!!」



・・・次の瞬間、香の背後に木製の
ハンマーがひょっ、と姿を現した。
その出現のあまりの早さに、
撩も思わず驚いた。



「う、わーーーっ!!!
香!急にハ、ハンマーを出すなっ!
ーーー撩ちゃんのいつもの可愛い冗談に
決まってるじゃないかっ!」

「可愛い冗談~?!
あんたはまたそんな事を~!」



そう叫んだ香の声を掻き消すように、
直後に響いたのは



“ぐうるぐるるるるる~!!!”



と鳴る、撩の空腹を知らせる
サイレンだった。

車やバイクのエンジン音と間違えん
ばかりの、この大きな音には流石に、
香も怒るどころか、



「・・・っ、あははははっ!!!」



笑わずにはいられない・・・。

香は楽しそうに、目尻に少し涙を
滲ませながら、声を上げて大笑いを
した。

そんな香を見て、撩もまた、一緒に
笑ってしまった。
けれど、笑えば笑うほどに、
空腹感が増してくる・・・。





「香ぃ、腹減った~!飯~!」

「はぁー・・・おっかしい!
もう、撩ったら、音大きすぎ!
笑いすぎてお腹痛い~。

・・・あーもう、全く、
あんたって人は、緊張感の欠片も
無いんだから。

・・・ま、今回はいいか。
今日のところは許してあげる。」



香はそう言って、ハンマーをするり、
と終いながら、撩に向かって
楽しそうに笑って見せた。
そして、撩の隣にすっ、と寄ると、
その左腕に自身の腕を柔らかに絡めた。




「さ、早く帰りましょ。」



・・・そう言って、屈託無く笑った
香の指先は、夜の風に晒されていた
せいか、何時もより少し冷たくて。
撩は、香の手が絡んだ自身の腕を、
ほんの少しだけ引き寄せ、
香の手を腕と脇の間に挟んだ。

香の冷えた指先が、撩の身体から
伝わる体温でじわり、暖まる・・・。




「あー・・・撩、あったかい・・・
っくしゅん!」



香が撩の温もりを感じたとほぼ同時に、
背後から急に、冷たい風が二人の身体
を撫でてゆき、
寒さで香の身体が思わず震えた。



「バカ、寒いんだろ。ほら、
風邪ひいちまう前に早く帰るぞ。」

「大袈裟ねぇ、くしゃみだけで。
・・・じゃあ、風邪ひいたらご飯、
お願いね。」

「ーーーバカ、俺はお前の飯が
食いたいの。だから風邪なんか
ひくなよな。
食えなくなるだろうが。」





・・・撩の、突然の言葉に。

香の足がぴたり、止まり。
撩も思わず足を止めた。



・・・日頃、自分が作るご飯の事に
ついて、決して誉めたりしない男
からの、

“お前の飯が食べたい”

の聞き慣れない一言で。
香の身体の奥がぽっ、と温かく
なる・・・。



“仕事”の後の

“お疲れさん”という言葉や、

“香”と名前を呼ばれる事もそうだが
、こんな風に、撩から貰える優しい
言葉が嬉しくて、愛しくて・・・

香の口元が、柔らかく綻ぶ・・・。



こんな風に言われてしまったら、
夜中だろうが何だろうが、腕によりを
かけたくなってしまうではないか。



「・・・何それ、どういう理屈よ。
全く、撩ったら・・・もう・・・。
はいはい、ひきませんよ風邪なんか。




香は照れを誤魔化すように笑って
見せながら、再びアパートに
向かって、撩と共に歩み始めた
・・・。






*****************

私の中の二人は、相変わらず
のんびりマイペースです。

アニメのエンディングのような、
心が温かくなるようなお話を
紡げるよう頑張ります(*^^*)
2018.04.27 Fri (06:00) l 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top




・・・小さな声が、する。



その声は、どこか、とても
軽やかで、楽しそうで・・・。

微かにメロディを交えながら、
何回も何回も、あるフレーズが
繰り返される・・・。





・・・と。

誰かが玄関のチャイムが押す音が
アパートに響いた。

同居人が居ない時は、声を出さずに玄関
まで足を運び、外の様子を伺うのが
日課だ。
だが、外の様子を確認するなり、
“小さな声の主”は、玄関の鍵を開けて
ドアを開いた。






「いらっしゃい美樹さん!」



“小さな声の主”である香が玄関の扉を
開けると、シンプルな紙袋を抱えた
美樹が、一人でそこに立っていた。



「こんにちは~香さん。
ごめんなさいね、急に押し掛けて。」



美樹は、香に差し出された
スリッパに足を通しながら、にっこりと
微笑んだ。



「ううん、全~然。
珍しいわね、美樹さんがうちに来て
くれるなんて。
あたしも後から美樹さんの所に寄る
つもりだったから、電話で連絡くれて
良かったわ。入れ違いにならなくて。
さ、入って入ってー。」



香はそう言って、嬉しそうに笑顔を
見せた。

そのまま真っ直ぐ冴羽家のリビングに
通された美樹は、ソファーに腰掛け、
背凭れに背中をゆっくりと預け
ながら、香に話し掛けた。



「ファルコンがね、今から冴羽さんと
一緒に仕事するから店には出れない、
って言ってお店の奥に籠っちゃった
から、じゃあ香さん一人なんだなぁ、
って
思って。
かすみちゃんも、大学のサークルか
何かで忙しいから
“今日はバイトをお休みする”って
連絡してきたし、お店、思いきって
お休みにして香さんの所に
来ちゃった。
あ、これね、サンドイッチ。」



美樹はそう言って、大切そうに
抱えていた紙袋を、テーブルの上に
そっ、と置いた。

・・・そのテーブルの上には。
色々なものが置かれていた。
色とりどりの、紙の切れ端、鋏、
それに糊。
テーブルの足元には紙袋が一袋。
紙の切れ端は、正方形をしたものや
、それを等分して切ったものが
何枚も重ねて置かれている。

・・・香は、テーブルの上の紙袋に
目をやると、嬉しそうに笑顔を
浮かべた。



「ありがとう~。美樹さんの作る
サンドイッチ、美味しくて大好き
なの。
・・・って、え?!もうこんな時間
なの?!全然気がつかなかったわ。
お茶でも入れてくるわね。
あ、ごめんなさいね散らかしてて。」



香はそう言って、テーブルの上の紙や
糊を、大切そうに紙袋の中に終うと、
美樹一人ではつまらないだろう、と
思い、テレビの電源をいれ、美樹が
チャンネルを自由に選べるように、
テーブルにリモコンをそっ、と置いて
、キッチンへと向かって歩いて行った。



・・・テレビではちょうど、
ニュースが流れていた。
他愛ない内容の数々から、今日は
とても平和なのだなぁ、とぼんやり
考えながら、ふと、自分が座っていた
ソファーの端に、ファッション雑誌が
幾つか置いてあるのに気付いた。
美樹はその中から適当に一冊手に
取ると、パラパラとめくってみた。
お洒落、には程遠い生き方をして
きた美樹だが、着飾るのが嫌な訳では
決して無い。
ゆっくりとページを捲っていた美樹の
指が、ふと、止まった。



「・・・あ、これ素敵・・・
香さんに似合いそう・・・。」



美樹が目にしたそれは、ワンピース
だった。
身体のラインを隠しすぎず、かと言って
露出しすぎる程でもない、シルク素材の
“それ”は、背中が微かに見え隠れする
ようなデザインで。首の後ろで生地を
軽く結んであり、それをほどくと服が
するり、と脱げてしまうようだった。

・・・もし、これを香が着たら、撩は
喜びながら結び目をほどくのだろうな、
香はそれに対して、ひたすら照れるの
だろうなぁ、なんて事を、
美樹は思わず考えてしまった。








「美樹さんお待たせ~。」



美樹が雑誌を見始めてから程なく、
木製のトレイにティーポットや
カップを乗せたものを持った香が
リビングに入って来たので、
美樹は、読んでいた雑誌をぱたん、と
閉じた。



「あ、何かいい香りがするー。
紅茶?」

「そう、美樹さん当たり~。」



白いシンプルな陶器のティーポット
の中身は紅茶だった。
ミックに以前、土産として貰ったの
だが、撩にそれを話したところ、
“俺は紅茶は飲まない、コーヒーのみだ”
などと宣言をしたものから、茶葉が中々
減らない、と香は困ったように笑った。



「いただきます」



二人で声を揃え、サンドイッチに、
紅茶に、それぞれ手を付ける。



「!サンドイッチ美味しい!
でもこれ、お店で出しているのと違う
わね。美樹さんのオリジナル?」

「ありがとう。そう、お店のは
ファルコン担当だから。
香さんに喜んで貰えて良かった。
紅茶も美味しいわね。これ、結構いい
茶葉よ。奮発したわねミック。」

「高いの?・・・じゃあ、もっと
大切に飲まないと勿体ないわね。」



香がカップに注がれた紅茶をまじまじと
見つめながらそんな事を呟くので、
美樹は思わず笑いだし、それに釣られて
香も笑った。









「はー、美味しかった。美樹さん、
ご馳走さまでした。」

「いいえ、香さんが美味しそうに
食べてくれて、嬉しい。
・・・所で香さん、これ、なあに?」



美樹はそう言った後、テーブルの足元
に置かれた紙袋を指差した。
先ほどテーブルにあった紙やら鋏やら
を終い込んだ紙袋だ。



「あ、これ?・・・気になった?
あはは・・・ちょっと待ってて。
先に食器を片付けてくるわね。」



香は少し恥ずかしそうに笑いながら、
食器の乗ったトレーを持って、
キッチンへ向かって行った。

・・・程なく、ぱたぱた、とスリッパを
鳴らしながら、香が戻って来た。



紙袋の中身を、一つずつ丁寧に、
香がテーブルに出してゆく。
美樹はその中の、カラフルな正方形の
紙を一枚、手に取った。



「これって・・・折り紙?」



それを見た香は、別の紙を手に取り、
折って折り目を付けながら、話す。



「そう、折り紙。これを切って、
この端を糊で貼って繋げていくと
・・・ね、鎖みたいになるでしょ。」

「!テレビのパーティーとかで見る
やつね!
・・・香さん、パーティーするの?」

「ううん、しないしない!
・・・撩がね、今日、誕生日なの。
そのお祝いのためにね、ちょっと
作ってたの。」

「すごい!香さん、冴羽さんの為に
いつもこんな手の込んだ事をしてるの
?!」

「いつもじゃないわよ~。
・・・前に、あたしが高熱を出して、
美樹さんに看病して貰った事があった
でしょう?
・・・あの前の日にね、あたしが
撩の誕生日を決めたの・・・。
・・・撩、誕生日が分からない、って
言ってたから、
“これからあたしがあんたの誕生日を
祝ってあげるわ”
、って言ったの。けど、そういう日に
限って忙しくなって、なかなかお祝い
をするタイミングが無くて・・・」

「香さん素敵!
・・・ねぇ?あたしも手伝っていい?
こんなの、やった事ないから、
ちょっとやってみたいな。」

「もちろん!」















・・・撩がアパートに戻ってきたのは
、その日の夕方だった。
海坊主と今夜、“仕事”に出かける
約束なので、今からその準備を
しなくてはいけない。



「ーーー3月26日、か。」



撩はそう小さく呟いて顔を上げると、
アパートの屋上を見上げた。



屋上の・・・あの場所で。
香が自分に“誕生日”を決めてくれた。
誕生日なんてどうでもいいと、そう
思い生きてきた自分の中で、
3月26日は特別なものになった。



「ーーーあいつ、何て言うかな。
今晩は仕事に出かける、って言ったら。




誰もいる筈の無い屋上を見上げたまま、
撩は呟く。



“あたしがあんたの誕生日を
祝ってあげるわ”



そう言った香の、残念そうな顔
が目に浮かぶ・・・。
・・・だが、これも仕方無い事だし
、香もきっと分かってくれる筈、と、
撩は少し重い足取りで階段を上がって
いった。

階段を一段上がる度に、美味しそうな
食べ物の匂いが漂ってくる。
腹の虫とは裏腹に、撩の足取りが一層
重く感じられた・・・。



ドアノブを、ゆっくりと回し、ドアを
開ける・・・。



次の瞬間、撩の目の前でそれは
起こった。

パーン!と何かが弾ける音と、
嗅ぎ慣れた火薬の臭い。そして・・・




「happybirthday!!撩!!」



無数の紙吹雪と、紙テープが飛び。
香が、海坊主が、美樹が、冴子が、
麗香が、ミックが、かずえが、
楽しそうに笑いながら、玄関に
立っている。



「な、何だあ?!」



突然の事に、撩は、事態が上手く
飲み込めない。



「撩、驚いたでしょ!今日、美樹さん
に撩の誕生日の事を話した後で、皆に
声を掛けたら集まってくれたの!」

「水臭い奴だな。仕事は先延ばしだ。
香に免じて、な。」

「冴羽さんおめでとう!香さんに
冴羽さんが誕生日だって聞いて、
皆に声を掛けちゃった。
二人だけの時間はもう少しおあずけ、
ね。」

「撩、そう言えばあなた幾つに
なったの?そろそろ万年二十歳発言は
控えなさいね。」

「撩、美味しいワイン持ってきたの。
皆で飲みましょ。香さん向けの、
飲みやすいのもあるわよー。」

「リョウ、ボクもカズエと来ちゃったよ
。リョウの誕生日はカオリの誕生日と
近かったんだね。知らなかったよ。」

「冴羽さんおめでとう!
ミックと出かけてる最中に連絡貰った
から、私たちはビール買ってきたわ。
でも、飲み過ぎないでね。」



皆に一斉に声を掛けられ、半ば
放心状態の撩は、冴子と麗香に腕を
引かれながら、キッチンに連れて
こられた。
キッチンの壁には折り紙で作られた
輪っかを繋いだ鎖が飾られ、
テーブルには手の込んだ沢山の料理が
、所狭しと並べられている。



「ーーーすごいな、これ。」



全てに圧倒された撩は、そう呟くのが
精一杯だ。
そんな撩に、酒の入ったグラスを渡し
ながら、海坊主が言った。



「せっかく香と美樹が頑張ったんだ。
仕方ねぇから誕生日祝い、
今夜は付き合ってやる。」

「幸せ者だね、リョウは。
さ、乾杯しよう、乾杯。」



とミック。
皆、それぞれが既に飲み物の入った
グラスを持ち、撩の言葉を待って
いる・・・。
撩は皆を見回し、少し照れたように俯き
、口元を緩ませると、すっ、と顔を上げ
、ゆっくりと口を開いた。



「ーーーーーーー皆ーーーありがとう。
ーーーーーーーーーーー乾杯っ!」



撩の一声で、グラスとグラスを交わす
音がキッチンいっぱいに響いた・・・。











「ーーーってか、今日はマジで
びっくりしたーーー。」

「うん・・・実はあたしも・・・
びっくりした。」



・・・皆がそれぞれの住む家に戻り、
静けさを取り戻した冴羽アパートの
屋上で。
ジャケットを羽織った撩と、厚手の
ストールに身を包んだ香が二人、
並んで夜景を眺めていた。




「でも、楽しかったね。誕生日を祝う
って、こんなに楽しいものだったのね。」



香はそう言って、嬉しそうに撩を見た。

“楽しい誕生日の記憶が無い”と香は
言っていたが、海坊主や美樹にも楽しい
誕生日の記憶など無いのではないか、と
撩は思った。
だから撩は、思わず香達に申し訳無い
気持ちになった。
すると、香がこう言った。



「・・・昔は、さ。誰かに祝って
欲しかったし、家族の誕生日をお祝い
したかったんだけどね。
アニキも父さんも忙しくって、
お祝いなんてした事もされた事も
無かったけど・・・祝う側も、こんなに
楽しいんだね。知らなかった!」



香はそう言い終えると、嬉しそうに
笑ってみせた。

香がくしゃ、っとした、柔らかな笑顔
を見せるので、撩は思わず手を伸ばして
香の髪をくしゃくしゃ、と撫でた。






・・・と。

撩はふと、香の今日の服装を
思い出した。
香にしては珍しく、香の友人である
絵梨子がデザインしたような、洒落た
ワンピースを身に纏っていたからだ。



「ーーーけど、お前どうしたの?
ワンピースなんて着ちゃって。」



撩の言葉に、香は少し照れくさそうに
笑いながら、答えた。



「ああ、これ?随分前に絵梨子に貰った
ものなんだけどね。
たまたま美樹さんが見ていた雑誌に
載ってて、着てみたら似合う、って
言ってくれたから着ちゃった。
・・・どう?似合う?」



香はストールを外して、ワンピースを
見せながら嬉しそうにそう言うので、
撩は



「ーーーま、悪くないんじゃね?」



撩はそう言いながら、先程からずっと
気になっていた、香の襟足にある服の
結び目の端をぴっ、と引っ張ってみた。
何故なら、その結び方がやや、不自然
だったからだ。





・・・はらり。

ワンピースの結び目がするりと
ほどけ落ち、生地の重みで滑るように
ワンピースが脱げてしまった。
柔らかな膨らみと、それを支える
レースの付いた生地が、なめらかな
肌が、全て露になる・・・。



「え?・・・・・・・っ、
きゃあああああっーー!!!」



香は恥ずかしさのあまり、思わず
その場にしゃがみ込んだ。



「り、り、撩の、バカっ!
せ、せっかく美樹さんに結んで
貰った、のにっ!」



香はしゃがんだまま、そう叫ぶのが
精一杯。身体を手で覆うのに必死で、
手に持っていたストールも上手く
使えない。
そして何よりその、恥ずかしさのあまり、
頬が、肌が、朱に染まってゆく・・・。



「ーーーんじゃ、美樹ちゃんに感謝、
だ。いい誕生日プレゼントだな。」



撩はそう言うと、嬉しそうに口元を
緩ませながら、身動きの取れなく
なった香を抱き抱え、香の手から
ストールを外すと、香の身体に掛けた。



「えっ?あ・・・ええっ?!」

「ーーー誕生日、ありがとう、香。」

「・・・あ・・・う、うん・・・
誕生日、おめでとう、撩・・・。」



香はそう言って、照れくさそうに、
けれど嬉しそうに笑った。
撩もまた、嬉しそうに笑いながら、
今はただ、すぐにでも香の熱をもっと
感じたくて。
香を抱いたまま、その場を後にした
・・・。









*******************

撩ちゃんhappybirthday&香ちゃん
3月31日happybirthday!

前回更新より色々ありまして、
相変わらずのんびり更新で申し訳
ありません。足を運んで下さいました
あなた様、ありがとうございます
・・・(*^^*)
来年公開の映画、楽しみです~。










2018.03.26 Mon (06:00) l 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top


「お久しぶりね、槇村。
随分と遅くなっちゃったわね。
ごめんなさい。これでも一生懸命
頑張って来たのよ?」



・・・白く、ふんわりとした雲を
幾つも浮かべた青空は、何処までも
澄み切っていた。
空高く登った陽の光が、眩しさを伴って
地面に降り注ぐ・・・。



そんな心地よい、空の下・・・。
鎖骨辺りまで伸びた、艶やかな黒髪を
柔らかくそよぐ風にさらさらと
靡かせながら、
冴子はにっこりと笑ってみせた。







「・・・ごめんなさい。」



は、冴子の口癖だ。

槇村秀幸は、特にいつも待たされている
つもりも無いし、詫びなくてもいいと
思うのだけれど、冴子はいつも律儀に
詫びてくる。
そして、柔らかな雰囲気でにっこり
微笑む・・・。



・・・職場内では、色目を使うだとか
、女豹だ、などと言われていたが、
槇村秀幸は、冴子をそんな目で見たり、
皆が言う風に思った事は、
只の一度も無い。

むしろ・・・こんな笑顔を見せれたら、
どんな困難な事でも乗り越えてゆける
気がするし、事実、これまで何度でも
乗り切ってきた・・・。
なので、槇村秀幸もまた、何時もと
同じ言葉を冴子に告げた。



「・・・いや、そんな事は無いさ。」





冴子が忙しい事を、槇村秀幸は
誰よりも良く知っている・・・。

そして、存在の大きすぎる親の下で
働くが故に、ありもしない噂が流れたり
僻みや誹謗中傷に遇いながらも、
冴子が誰よりも仕事に対して誰よりも
真剣で、その為の努力を決して
怠らない事も、痛いほど解っている
・・・。



職場の中には、女の美しさを武器に
している、と口にする人間も
いるだろう。

けれど、それも全て、野上という家に
生まれ、自ら警察官という職業を選び、
父の下で部下として生き抜いてゆく事を
決めた、自分の生き方の、一つの手段に
過ぎない・・・と、冴子は以前、
そっ、と語ってくれた。







「・・・父がね。」



・・・少し。
仕事で疲れたのか、冴子はゆっくりと、
その場にしゃがみこんだ。



冴子の父は言わずと知れた、警視庁の
人間。
しかも、肩書きが大きすぎる。



・・・けれど、その父と同じ生き方を
自ら選んだのは、他ならぬ冴子だ。

冴子の父や、周りからの重圧は相当な
ものだろうし、仕事に対して気を抜く
なんて事は決して許されはしない。
そして、誰よりも冴子が自分に対して
それを許さない・・・。

端から見れば“気の強い女”などと
言われがちだが、本人は気にしない
ようにしている。

・・・勿論、本当に気にしない人間
など、この世には居ないのだけれど
・・・。





「またよ、またお見合いの話。
・・・ほんっと、嫌になる・・・。」



冴子に来る見合い話は昔から
尽きない。
これだけの美しさを持つ冴子と、
あの父親を持てば、見合いの話が
来ない訳など無く。

冴子は、この手の話が来る度に拒否
するらしいのだが、幾ら冴子が拒否を
しても、それは一向に止まず、
その重圧に堪えきれなくなると、
今日のように冴子の口から溜息が
零れてしまうのだった・・・。



「・・・全く。ねぇ槇村?
親って、どうして結婚に拘るの
かしらね。
結婚しようがするまいが、それで
本人が幸せなら全然いいと思うのに。

・・・確かに家族は大切よ。
感謝だってしてる。

けど・・・こうやって結婚を
押し付けられてくるのは、もうね、
はっきり言って迷惑だし、苦痛・・・

私には・・・うん、ちょっとね、
重荷でしか無いわ・・・。」



冴子の言葉に賛同するかのように、
風が優しく靡き、足元に生えた芝を
撫でた。
冴子はそよぐ風に吹かれて揺れた
自身の髪を、指で耳にそっ、と
掛けながら、困ったように笑った。





「・・・有難い事じゃないか。
君のお父さんもお母さんも、冴子の事を
心配しているんだよ。」





・・・槇村秀幸には。



ただそれだけしか、言えなかった。




・・・如何なる理由があろうとも、
自分は警察官という職業を辞めて
しまった。

そして、次に始めた職業は、育ちの良い
冴子の両親には恐らく、理解する事すら
難しいはず・・・。
無論、その娘である冴子の相手としては
、決して相応しくないものの筈だ。

そして今は・・・




・・・だからずっと、言えなかった




槇村秀幸の口からは言えなかった
・・・。



見合いなんかするなよ・・・と。



俺がいるじゃないか・・・と。



悩みを相談しに来る冴子の髪を
撫でてやりたかった・・・。



悩んでいる冴子を強く抱きしめて、
離したくなんか無かった・・・。



お前を誰よりも大切に思っているのは
自分だ、と
そう、打ち明けたかった・・・。






「・・・ごめんなさいね。
貴方を困らせるような事ばかり
言ってしまって。

・・・まあ、でもね。
これからも、私は私なりに頑張るわよ
・・・だから・・・




・・・時々でいいから・・・


・・・貴方にだけ・・・

弱音を吐かせて頂戴・・・。」





・・・そう言って。

冴子はすっ、と顔を上げ、まるで何事も
無かったかのように、笑ってみせた。





誰よりも美しい笑顔・・・。



誰よりも可愛い女・・・。




愛しい、愛しい女・・・。



謝るべきなのは俺の方なのに・・・



俺は・・・














「・・・あ!冴子さん?」



ここから少し離れた場所から、
冴子の姿を捉え、声を掛ける者がいた




「ん?あら、香さん。撩も。
いいわねぇ、仲良くデートかしら?」



冴子は聞きなれた声に振り返り、
笑顔を浮かべながらすっ、と
立ち上がった。



冴子に声を掛けてきたのは、
香だった。

この日の香は、白いボタンシャツに
温かそうな厚手のカーディガンを纏い
、少し丈が短めのタイトスカートを
穿き、色鮮やかな花の束を抱えていた




・・・以前は、あんなに酷く嫌がって
いたスカートを、いつからか良く穿く
ようになっていた。



・・・それは撩を意識しての事もある
のだろうけれど。

女らしくなって嬉しい半分、
撩がちょっと・・・憎らしい・・・。



そんな俺の気持ちなど気付く訳も無く、
撩は冴子の言葉に首を左右に大きく
振って、冴子の言葉を否定した。



「だーれがこんな暴れ馬とデート
なんかするかよーーーって、うわあ!
香っーーー止めろ!な?槇ちゃんの墓が
壊れるだろ!?
お、俺が悪かった!!」



何処から出したのか、香の影から
何時ものハンマーがちらりと見えた
ので、撩は慌てて香を宥めた。
香はと言えば、うっすらと細めた瞳で
撩をじっと見つめながら、しっかり
釘を指す。



「・・・じゃあ、暴れ馬って言葉、
取り消してくれる?」

「は、はいっ!すみませんっ、
香さまぁ~!」

「・・・よし、分かればよろしい。」



香は、そんな撩とのやり取りを内心
楽しみながら、手にした花束を墓石の
上にそっと置いた。



「・・・アニキ、久しぶり。
遅くなってごめんね。
冴子さんとの仲を邪魔してごめんね。




香は墓石に向かって手を合わせた後
、随分前にこの世から旅立って行った
兄の眠る場所に話し掛けた。

・・・撩は、黙って立ったまま、
香の後ろから墓石をじっと見つめて
いた。




「邪魔なんてとんでもないわ。
・・・あたしもここに来るの、随分
ご無沙汰だったの。
槇村、今頃きっと愛想つかしてる
わよ。」

「冴子さんに?それは無い無い!」

「そうかしら?ならいいけれど。
・・・今ね、槇村に話していたの。
貴方ったら昔からとにかく無愛想
だったわよね、って。」



冴子はそう言って、柔らかな表情を
浮かべながら香に笑ってみせた。
すると香は、冴子の言葉に賛同するかの
ように、うんうん、と大きく頷いて
見せた。



「そうね、確かに無愛想だったわ。
妹のあたしが言うのもなんだけど、
アニキって時々、表情が読めない時が
あったのよね。
特に体調が悪い時とか。」

「そうそう、倒れる寸前まで働いたり
して、仕事が片付いたらほっとして
倒れたりしてね。」

「そうそう、俺が可愛い女の子を
ナンパしてる時もいっつも冷めた目で
じーっと見やがって。」

「それは撩が悪いでしょ。」

「そうよ、槇村は悪くないわ。」

「は!?何だよ、お前ら二人揃って
酷い奴!槇ちゃん、お前だけは俺の
見方だよなぁ~?」

「槇村は私達の見方でしょ?」

「そうそう。撩と違って。」

「はあっ?!あー、お前らひっでー!!
槇村、何とか言ってくれよ!」





冴子と揃って槇村秀幸を庇う香と、
槇村秀幸を見方につけようとしている
撩の姿を・・・
槇村秀幸は嬉しそうに目を細めながら
、皆を見つめていた。




冴子も・・・撩も・・・。



昔はこんなに柔らかな顔をする事は
無かった。
誰よりも強く、その反面、

・・・誰よりも、孤独で寂しそうに
見えて。

そんな二人を槇村秀幸はどうしても
放っておけなかった。



けれど、今は違う・・・。



・・・二人から柔らかな雰囲気を
感じるのは、多分、香に出会った
お陰なのではないかと、
槇村秀幸は思う・・・。



先に逝った父が赤ん坊だった香を
連れてきてからというもの、
自分の人生も忙しくはあったけれど
楽しいものだった。

決して寂しくは無かった。

だから、この二人もそうであったら
槇村秀幸も嬉しいと思う・・・。






「・・・あ、そうだ。
ねぇ冴子さん、今日の夜は何か用事
ある?
実は、海坊主さん達やミック達もうちに
来るの。
たまには皆で騒ぎましょうよ、って話を
してたんだけど・・・もし良かったら、
冴子さんも一緒に飲まない?」



香はそう言って、期待を込めた表情を
浮かべながら冴子を見た。
冴子は突然の香の誘いに少し驚くも、
誘ってくれた香と、その笑顔が
嬉しかった。



「あら、素敵!
じゃあ、麗香も誘っていいかしら?
あの子、いいワイン何本か持っている
筈だから、持ってこさせるわ。
香さん向けの、甘めのやつもね。」

「やったーっ!勿論っ撩ちゃん大歓迎!
美女と飲む酒は旨ぁーいっ!!」

「・・・撩?」

「ーーーあい。すいません。」



・・・香の静かな一喝に。
撩はしょんぼりと肩を落としてみせた。






「さて、じゃあ買い物をして行かなく
ちゃね。
冴子さん、後はごゆっくり。

・・・じゃあねアニキ。また来るわね。


「ーーーじゃあな、槇村。」



撩と香は、槇村の眠る墓石に向かって
軽く頭を下げると、冴子に挨拶をし、
二人揃ってその場を後にした・・・。







・・・その二人の後ろ姿を。



一人黙って見送った冴子は、再び墓石
の前にしゃがみこむと、墓石に
向かって話し始めた・・・。





「・・・ねぇ?槇村。羨ましいわぁ
、あの二人。本当に仲が良くて。

・・・ねぇ、もしかして妬いてる?
槇村。
大事な妹さんが撩と仲良くしてる
姿を見て。」



冴子はそう言って、柔らかに微笑んだ






・・・そんな事は無いさ、と。

自身の目の前にいる冴子に伝えたい。
けれど、槇村秀幸にはもう伝える術は
ない・・・。




そんな槇村秀幸の想いなどに
気付く訳も無く、冴子は一人、
少し寂しそうに呟く・・・。





「・・・私ね、昔、香さんに嘘を
ついたの。

・・・私は槇村と撩と三角関係だった
、って。


・・・だってね、撩と香さんが仲良く
している姿を見たら・・・

・・・なんだかね、
・・・そう・・・寂しかったの。

撩は私にとって、弟みたいなもの
なのにね・・・。


・・・ねぇ、槇村・・・。



・・・嘘よ。

三角関係どころか、撩とは何も
無かったわよ。

・・・ごめんなさい。嘘をついて。」



冴子はそう言って、少し寂しそうに
微笑んだ。






・・・知っていたさ、と。
槇村秀幸の唇が動く。



出来るなら、今すぐ冴子を
抱きしめたかった・・・。

大丈夫だから、何も心配したり
悩んだりしなくていいから、
これからは自分の幸せを探して生きて
くれ・・・と、伝えたかった・・・。



でも、それはもう、叶わない・・・。



槇村秀幸は、抱く事の叶わない
その腕で、しゃがみこんだままの冴子
の身体をそっ、と包み込んだ。




・・・ほわっ、と。

身体が温かく感じたような気がして。

もしかしたら槇村が傍に居るのでは
、と淡い希望を抱いて冴子は顔を
上げてみたが。

冴子の瞳には、誰の、何の姿も
映らなかった・・・。

・・・だが、冴子は今まで
ずっと、ずっと、胸の奥深くに秘めて
いたものをぽろり、と溢した事で、
少しだけ心が軽くなったような
気がした。




「・・・ふふ、何だか今日は変ね。
まるで貴方が傍にいるみたいな
気分よ。
お陰で、あれこれ話しすぎたかしら。

でも・・・今日のこの事は誰にも
内緒よ?
二人だけの秘密、ね。」



そう言って、冴子は槇村秀幸の身体が
眠る上に鎮座している墓石を、
指でそっと撫でた。

そして、“槇村秀幸”をすり抜けると、
惜しむようにその場を後にした・・・。






肉体を失った自身の姿をすり抜けて
去ってゆく冴子の、その後ろ姿が
見えなくなるまで、槇村秀幸は
その場に立ち尽くしていた。








・・・何年かに、1度・・・。

槇村は冴子に逢いに来てしまう
・・・。



香の事は勿論大切だ。
だが、妹の事は撩に全てを託した。
安心しているからこそ、心配は
していない。



けれど、冴子は違う・・・。

冴子を一人にしてしまった後悔と、
冴子に対する愛しさが、
槇村をこの世に引き戻す・・・。






「・・・野上冴子くんか。
実にイイ女だねぇ、彼女。」



・・・急に。

槇村秀幸の背後から、急に低い男の
声がした。
その声の主は・・・



「海原、何故お前がここに?」



そう・・・それは、撩の育ての親で
ある、海原神だった。
海原は、槇村秀幸に向かってにっこり
微笑むと、だんだんと小さくなって
ゆく冴子の後ろ姿を愛しそうに
見つめる槇村秀幸にこう語った。



「僕らの“リーダー”がお呼びだよ。
もう仕事の時間だから、そろそろ
“こっち”に戻ってこいってね。」

「そうか・・・で?だからって、
何でお前が呼びに来るんだ?」



槇村秀幸のそっけない一言に、
海原は思わず眉間に皺を寄せて、
悲しい、と言わんばかりの顔をした。



「・・・酷い。
わざわざ私がこうして呼びに来て
あげたというのに、相変わらず君は
クールな男だ。」

「俺は頼んでいない。
・・・海原、お前・・・また仕事を
サボったろ。」

「ん?人聞きの悪い男だね。
休憩だよ休憩。

・・・僕もね、久しぶりに
“こちらの世界”が見たかったんだよ。




海原はそう言って、にっこり微笑んだ

槇村秀幸は、撩ににそっくりな物言い
の海原の態度や言葉に少し呆れ
ながらも、
やはり親子は似るものなんだな、と
思った。



「・・・撩に、会いたくはないのか?
可愛い息子なんだろう?」

「ん?・・・いや、いい。
私には会う権利は無いよ・・・。
第一、撩は香君と幸せなのだろう?
会わなくてもこちらまで伝わって
くるからね。
彼が幸せならそれでいい。

・・・私は、こちらの世界で大人しく
撩が来るのを待っているよ。」

「そうか・・・。
じゃあ、呼ばれた事だし、さっさと
戻ってまた働くとしますか。
・・・海原、今度はサボるなよ?」

「・・・可愛い香君の兄さんは
実に怖い人だねぇ。」

「はいはい。・・・行くぞ。」






・・・そう、言い残して。

二人の気配は消えた。




香の供えた花が、風に揺られて気持ち
よさそうに墓石の上でゆらりと揺れた。



青空は変わらず、何処までも美しく
澄みきっていた・・・。





*****************

槇ちゃんと冴子さん、時折二人の世界
をどうしても紡ぎたくなります。
2017.11.23 Thu (06:00) l 槇村・冴子 l コメント (0) トラックバック (0) l top
「撩っ!大丈夫?!」



薄暗い空の下、香はパートナーの
名前を大きな声で叫びながら、
急いで撩の元へ駆けてきた。




「ーーーああ、大丈夫だ。」



撩は、ゆっくりと香の方を向きながら
、そう答えた。

撩の足元に転がっていたのは、
たった今、撩に戦いを挑んだであろう
男が一人・・・。
男は、使い物にならなくなったらしい
自身の手首を、もう片方の手で抑え
ながら、苦しそうな呻き声を
洩らしていた・・・。



「・・・良かった・・・無事で。」



香はそう言って、安堵の表情を
浮かべた。





・・・いつも、どんな時も。



香は撩の身体を心配してくれる。

撩がこの世界で一番の腕前になろうが
なるまいが、香には関係ないようで、
それは恥ずかしくて、決して口には
出さないけれど。



本当はとても嬉しくて、
だけどほんの少し、照れ臭い・・・。













「・・・あーあ。あんたの日頃の
行いが悪いから、雨が降ってきたじゃ
ないの。」



香は店の軒先から空を見上げると、
墨を溶かしたような黒みを帯びた
厚い雲が立ち込めてきた空を
眺めながら、溜息混じりに呟いた。






・・・つい、先ほど。

二人は、これでもか、と言わんばかりの
大量の食料品を買い込んだばかり。

が、その帰り道だった。
香が見たテレビのニュースでやっていた
天気予報で、撩好みの女子アナウンサー
が言っていた

“1日晴れる”

との情報は見事に外れ、突然の雨に
遭遇してしまったのだ。
そのため二人は、已む無く、近くに
あった店舗の軒先に駆け込んだの
だった・・・。



「ーーーは?あのなあっ!何でも人の
せいにするなっ!
だいたい、天気予報に頼らなくても、
天気なんて空気の匂いで分かるだろ。」



撩は思わず香に反論しながら、
拗ねた小さな子どものように頬を少し
膨らませ、唇をつん、と尖らせて
見せた。



・・・そんな撩に言ったら怒られる
から、決して言いはしないけれど。

香は、撩の拗ねた顔が嫌いでは無い。
大の男に全く相応しく無いのだが、
むしろ可愛い、とさえ思ってしまう
・・・。

そんな撩への気持ちを表に出さない
ようにしながら、香はやはり、
わざと可愛らしくない発言を
してしまう・・・。



「お生憎様ー。
あたしはあんたと違って、もっこり美女
の匂いをかぎ分けられるような、
鋭い嗅覚は持ってないの。
・・・けど、困ったわね。
これじゃあ当分帰れそうにないわねぇ。




香は再び溜め息をつきながら、自身の
着てきたジャケットに目をやった。
まだ新しそうなジャケットの肩付近は
、雨に濡れてその色を濃くしていた
・・・。

やや黒みをを帯びた濃い灰色の空は
辺りをすっぽりと覆い、その薄暗さ
からか、道路を走る車は次々にライトを
点灯させた。



・・・そのライトとはまた別に。
先ほどから時折、ここからそう遠くない
場所から二度、三度と、きらりと何か
光るものがある・・・。

だが、こちらに害を加えてこない事から
、撩は敢えて香には言わずにいた・・・。





・・・ふっ、と。撩は空を眺めた。



厚い雨雲の切れ間が見え、その切れ間
から薄灰色の空が広がっていた事から、
・・・もう少しで雨はやみそうだ、と
撩は確信した。



・・・折角買い物に来たのにこうして
雨に降られ、香はさぞかし残念がって
いるだろう・・・と思い、
香の方を向くと、撩の心配をよそに、
香はなにやらにこにこと笑みを浮かべ、
ご機嫌な様子。



・・・香がこんなに嬉しそうな笑顔を
する時は、撩の溜めた飲み屋のツケを
払い終えた時か、駅の伝言板に依頼の
メモを見つけた時だ、と思った撩は、
ふと、香に訪ねてみた・・・。





「ーーーなぁ。」

「ん?なあに?」

「あー、ーーーその、なんか、イイ事
でもあったの?お前。」

「・・・ん?いい事?」

「そ。何だかえらく機嫌が良さそう
だからさ。」



・・・突然の、撩の問いに。

香は思わず目をまあるく見開いた。
・・・が、撩の方を見つめたまま、
やはり何処か嬉しそうに、
こう答えた。



「ううん、別に。何も無いわよ?
・・・今日は特売品が沢山買えて
嬉しかっただけ。撩が一緒だから、
何時もより沢山買っちゃった。」

「ーーー全く。
なあ、こりゃあちょっと買い過ぎ
なんじゃあないのか?」

「ぜーんぜん!そんな事無いわよ。
こんなに沢山買ったって、誰かさんが
すぐに消費しちゃうんだから。
・・・けど、ごめんね。撩も
疲れてるのに。」



と、香はそう言った。





・・・実は。昨日、一昨日と。

撩はアパートに戻って来れなかった。
それはテレビのニュースでも流れる
ような、歌舞伎町で起きた、ある事件の
片付けに出掛けたからだ。

すんなり片付く事が出来なかったようで
、撩が帰って来たのは今日の明け方で。

アパートに戻った撩は、リビングで
帰りを待ってくれていた香に挨拶を
交わし、すぐにシャワーを浴びて
汚れと疲れを流し、寝室にて
暫くの間、深い眠りに落ちた・・・。




・・・と、ふと。



香が出掛けるような物音と気配が
して。

起きて聞いてみれば勘は当たり、
今から依頼を見に行くがてら、買い物に
出掛けるという。



・・・昨日、撩とやりあった連中が、
もしかしたら香に目を付けるかも
しれない・・・。

ならば、香と一緒に出掛けた方が
安心だし安全だ、と思った撩は、
香に、買い物に付いていってやるから
お腹が空いたから何か食事の用意を
してくれ、と頼み、急いで食事を
済ませ、こうして共に買い物に
来たのだった。

撩がまだ疲れているのは分かっていた。
けれど、それでも一緒に買い物に行って
くれるという撩の気持ちが、一緒に
街中を歩けるという事が、香には
堪らなく嬉しかったのだ。




「・・・それにしても良く降るわね。
やっぱり撩の日頃の行いが悪いせい
よね。きっと。」

「あ?そんな訳あるかっ。
ーーーほら、雲も切れてきたし、
そろそろ止むぞ。」




・・・ふと。

撩の視界が・・・確実に何かを捉えた。



それは先ほど、買い物をしてきた
場所から、ずっと感じていた

“光る何か”。

相手は恐らく一人。
一人ならば、自分が確実に正体を
突き止めれば、香に害は及ばない。

先ほどから感じる光の正体は、
武器なのか、望遠レンズの反射光
なのか、
・・・それとも・・・



「・・・撩?どうしたの?」



ふっ、と変わった撩の様子に気付いた
香は、小さな声で撩にそっ、と
声を掛けた。
撩は、心配そうにこちらを見てくる香を
安心させるように、笑ってみせた。



「ーーーいや、さっきからずっと、
ちょろちょろと俺等に付きまとう
暇な奴がいるみたいだ。

ーーー香、ちょっとここで留守番頼む。




撩はそう言うと、手に持っていた、
荷物を足元に置き、滴の小さくなった
雨粒がぽつぽつと零れ落ちてくる
空の下へと飛び出した。

撩のあまりの足の早さに、香は撩に
声を掛ける事すら出来なかった。



香は去ってゆく撩の背中を見送りながら
、何故だか急に不安になった。

・・・自分が。
依頼を見に行く、買い物に出掛ける、
などと言ったばかりに、撩は自分に
気を使い、心配をし、一緒に付いてきて
くれた。

・・・昨日、今日と“仕事”で疲れた
身体を充分に休められてもいないのに。





「・・・撩・・・・・・・・・・っ」



香は、きょろきょろと辺りを見回した。
そして、何処か一ヶ所に目処を付けると
、自身も手にしていた荷物を足元に
置き、そこに自身が着ていたジャケット
を脱いで被せると、香りもまた、
雨の中を駆け出して行った・・・。











「・・・いた・・・撩っ!」



薄暗い空の下、香がパートナーの元へ
辿り着いたのは、撩の“仕事”が
全て片付いた後だった。

撩が行きそうな場所は幾つか見当が
付いていたのだが、上手く追い付けた
ので、香は内緒ほっとしていた。

撩の足元には、痛そうに手首を抑え、
寝転がった、全身黒い衣装に身を
包んだ、サングラスをかけた男が一人
・・・。
その男の近くには、壊れたライフル銃が
転がっていた。



「香?ーーーああ、大丈夫だ。」

「・・・良かった・・・無事で・・。」



撩の無事な姿を目にした香は、心から
嬉しそうな表情を浮かべた。

・・・と、倒れている男に目をやった
香は、男の前にしゃがみ込むと、
男の負った手傷に、自身の持つハンカチ
を使って止血を施した。



「・・・撩、この人・・・」

「ああ、随分前から俺達の後をずっと
付け狙ってた。恐らく、昨日の仕事
絡みだろう。」

「・・・この人、大丈夫・・・?」

「ああ、裏の世界とはもうお別れだろう
がな。」

「・・・良かった・・・。」



・・・男は、痛みと悔しさが入り
雑じった、複雑そうな表情で香を
見つめていたが、自身が手当てされて
いる事に気付くと、ばつが悪そうに
そっぽを向いた。



「留守番しろ、って言ったろ?」

「・・・ごめん。」

「ーーーまあ、いいさ。」



撩はそう言って香の方へ歩み寄ると、
処置を終えてその場に立ち上がった
香の肩に自身の左手をぽん、と乗せ、
口角を僅かに緩ませた。





・・・いつも、どんな時でも。



香は誰よりも撩の身体を心配する。
大したことのない“仕事”の時も、
派手にやりあう“仕事”の時も、香は
撩の元へ駆け寄り、撩の身体に怪我が
無い事を確認すると、心の底から嬉しい
、と言わんばかりの表情をする。



・・・心配してくれるのは嫌じゃない。
むしろ・・・嬉しい。




・・・けれど・・・





撩は、香の姿を確かめるなり、
思わず眉間に軽く皺を寄せた。
そして、ゆっくりと唇を開いた・・・。



「ーーーったく、お前はーーー。
ーーーたまにはな、人の心配よりも
自分の心配しろよなぁ?」



撩はそう言いながら、その場にすっ、と
しゃがみ込んだ。

慌てて走ってくる最中、何処かに
ぶつけたのだろうか。
香の足に纏っていたストッキングが
少し破れ、そこからうっすらとでは
あるが、血が滲んでいる・・・。



「何よ?ああ、ここに来る途中でね、
後ろからシティーハンターは何処だ、
って騒いでる酔っぱらいが一人
いてね。銃をちらてかせて危なかった
から、ちょっと小さめのこんぺいとう
をね・・・って・・・!?
あ、やだ、破れちゃった!
あ~勿体無い!もう穿けないじゃ
ないの。」



自分の心配を、と言われた香が心配した
のは、香自身の身体よりも、スカートの
下に穿いていたストッキングの事だった




「そいつはご苦労さん。
ーーーそれで?お前にこんぺいとうで
やっつけられた奴は何処に?」

「あっちでぐっすり眠ってて貰ってる。
ちゃんと縛って、動けなくしてきたから
大丈夫。
あとこれ、そいつが持っていた銃ね。
それと、ここにくる間に冴子さんには
連絡しておいたから。」

「ーーー冴子に?そいつはまた、
ずいぶん手際がいいな。」

「でしょう?冴子さん、もうすぐ来て
くれるはずよ。
冴子さんのツケは、これで帳消し。
撩、冴子さんにもっこり払いが
出来なくて残念だったわね~。」



・・・撩の知らないところで一人で
戦ってきたどころか、冴子に後始末を
依頼する、香の手際の良さに撩は
感心しつつ、ほんの微かではあるが、
香の身体から硝煙の臭いがする事が
気になった。
・・・その出所は、香が持ってきた
銃からだった。

・・・が、香のこの様子から、
この傷以外に大した怪我は無さそうだ。



・・・だが。
香は自身の擦り傷に目をくれる事も
なく、自身よりも真っ先に撩の
心配をし、破れてしまったストッキング
に後悔さえしている・・・。



・・・もっとも、それは何も今日が
初めての事、では決して無い・・・。

香が撩と“仕事”に出る時、
香は“仕事”が終わると、必ずと言って
いい程、撩の身体を心配して来る。

撩としては、自分の心配よりも
まず、香自身の身体を心配して欲しい。
撃たれる事だって無い訳では無い。
・・・だけれど、香は身体に傷を
しようとも、それを気にも留めようとも
しない。



・・・この傷すら誇らしいのだと、
そしてとても愛しいのだと・・・

そう言って、香はいつも、
何処か嬉しそうに笑うのだ・・・。



そんな香が嫌な訳じゃない。

堪らなく愛しく思うし、
その髪を撫で、肩を抱き、その身体を
何時までも抱き締めたいと思う・・・。

けれど、些細な傷が命取りになる事、
そして、小さくとも傷を負うことを
少しでも恐れて欲しい、とも
撩は思うのだ。



・・・けれど。

それほどに自分を心配してくれる事に、
撩はやはり何処か照れくささを感じつつ
、じわり、と底知れぬ歓びと嬉しさが
こみ上げてくる・・・。

自分の事を心配してくれる香が



嬉しくて・・・愛しくて。



つい、口元が緩んでしまう・・・。




「・・・どしたの?・・・撩?」



香は不思議そうな顔をして撩の顔を
覗き込んだ。

たった今“戦い”という名の“仕事”が
終わったばかりだと言うのに、
撩は口元を緩ませて、目元をほんの少し
細めている・・・。

そんな撩の意図が全く読めなくて、
軽く眉間に皺を寄せる香に、撩は
すっ、とその場から立ち上がると、
自身を誤魔化すようにこう言った。






「ーーーいや。ーーーしっかし、
お前、相変わらず雑な仕事っぷり
だなぁ。
擦り傷なんか作るなんて、素人かよ。」

「はあっ?!・・・わ、悪かったわね!
・・・今回は、その・・・ちょっと、
そう、ちょっとぶつかったのよ。」

「はいはい。そんじゃ、後は冴子に
任せて帰るとするか。」

「貸しは高くつきそうね。」

「あ?ーーーんじゃあ、今回は
もっこり払いにしとく?」

「ば、っ・・・撩の馬鹿!!」

「う、わーーーっ!!!
香!急にハ、ハンマーを出すなっ!
ーーー撩ちゃんの可愛い冗談に決まって
るじゃないかっ!」

「ん、よし、分かればよろしい。」



先ほどの撩の事などすっかり忘れて
しまったのか、香はハンマーを見て
驚く撩に、得意気に笑って見せた。
そして、撩の隣に寄ると、その左腕に
自身の腕を柔らかに絡めた。



「さ、早く帰りましょ。
皆、撩が来るのを待ってるわよ。」

「ん?ーーー皆?
ってゆーか、お前、買い物は一体
どうしたんだ?」

「ああ、あれね。・・・あれ、みんな
情報屋の轍さん達に貰ってもらったの
。」

「は?あれを全部か?ーーーお前、
沢山買えた、ってあんなに喜んでた
じゃないか。」

「だって・・・撩の後を追うにはあれ、
邪魔じゃない。それに、あの時間に
情報屋さんが何処に居るか位は
あたしだって把握してるから。
あそこに置いといて、誰かに盗まれる
位なら、皆に貰ってもらった方が
お互いに助かるでしょう?」



香は少し得意気に、そう言って笑って
見せた。

・・・情報屋の位置まで把握していた
とは、さすが俺のパートナーだーーー、
と、撩は思ったが、先ほど言った香の
一言が妙に気になった。



「まあーーーお前が良いって言うなら
いいけどーーーで?なんで

“皆が待ってる”

なんだ?皆ってーーー誰?
海坊主?それとも冴子ーーー?」

「ああ!それがね、食材を譲った時に
轍さん達に誘われたのよ!
食材のお礼に是非、今晩の夕飯に来て
くれってさ。」



香はそう言って、嬉しそうに笑った。



「轍っつあん達か。ーーーそういや、
轍さんの仲間の達さん、元シェフ
だったな。」

「ねー、こんな事なら、もっと良い食材
買えば良かったかしらね。
とにかく、待たせちゃ悪いから、
早く行きましょ!」



そう言って、香は屈託無く笑った。

撩は、香に聞こえない位の、
小さな小さな声でぽつり、呟いた。




「ーーーさすが俺のーーー」




「・・・ん?撩、何か言った?」

「いや、別に?」



撩の呟きはあまりにも小さくて、
隣にいた香の耳にさえ届かなかった。
けれど、撩は満足そうな笑みを浮かべて
香と歩き出した。

・・・が、ふと、立ち止まり、自分と
香をまじまじと見つめた。



「ーーーしっかし、ねぇなぁ、
この格好は。」

「ん?格好?・・・あら、本当。」



互いのジャケットはしっとりと湿り気
を帯び、髪は乱れ、ストッキングは破れ
、靴には雨水の跳ねた後が所々に
飛び散っている・・・。

その姿を互いに見つめ合った撩と香は、
あまりにも悲惨な互いを見て、何だか
可笑しくなってしまい、大笑いをした。



・・・ひとしきり笑った後で、
二人はまたそっ、と寄り添った。





「ーーー香、お疲れさん。」



撩はそう言って、何時ものように
優しく香の肩を抱いた。

香もまた



「・・・うん。撩、お疲れ様。」



香は嬉しそうに微笑み、撩に寄り添った




そして二人は、互いの温もりを大切に
感じながら、情報屋の轍達が待つ場所に
向かって、一緒に歩き出した・・・。







******************

始めて当ブログに足を運んで下さい
ましたあなた様、
いつも足を運んで下さいます
あなた様。

こんにちは。和那です。

随分久しぶりの更新になりました。
お待たせしてしまってすみません。

(・・・おられるかなぁ。
・・・いて下さるといいなぁ。)

久しぶりに二人の世界を紡ぐ事が
出来て、嬉しかったです(*^^*)

寒暖の差が激しくなってきました。
皆様どうか、お身体ご自愛下さいませ


ではまた~。

和那でした☆



追伸&お詫び

間違えて、未完の文章をアップして
しまいました💦
(そちらの方は削除済みです)
申し訳ありません(>_<)
2017.10.10 Tue (06:00) l CITYHUNTER l コメント (0) トラックバック (0) l top
・・それは。

香が撩のパートナーになってまだ
間もない、撩の“仕事に付いて行った
帰りの事・・・。





「ーーーなぁ香ぃ。

ーーーお前、大丈夫かぁ?」



道の端に設置してある自動販売機の
明かりが眩しく見えるほど、
辺りはまだ薄暗かった・・・。



・・・撩の、ほんの少し後ろを。
いつもは煩い程に元気良く撩の傍に
付いてくる香は、
この日は何故か俯きながら、
撩よりやや遅れぎみに、とぼとぼと
重そうな足取りで歩いていた。

撩の声に一応の反応は示したものの、
顔を上げようとはせず、唇を横一文字
にきゅっ、と結び、返事の代わりに
自身の拳をきゅっ、と握り締めた。

華奢な肩が少し、震えているようにも
見える・・・。



撩は歩みを止めると、香の前まで
戻り、すっ、と香の前に自身の左手を
差し伸べた。





「・・・な、何よ・・・?」



香は目の前に差し出された大きな掌の
存在に気付くも、撩に表情を読まれ
まい、と頑なに俯いたまま、むしろ
顔を横に反らす・・・。

そんな香の前に、撩はすっ、と
しゃがみ込むと、おどけた表情を
浮かべながら、唇を緩ませた・・・。




「ーーー全く。
あのな。香ちゃん、ちゃんと槇ちゃんに
習わなかったのか?
こういう時はな、怖かったんなら

“怖かったぁ~!”

、って素直に甘えればいいんだぜ?」



撩はそう言って、悪戯っ子のように
口元を緩ませて笑顔を浮かべながら、
香を見上げた。



・・・少し、泣いたのだろうか。
うっすらとではあるが、赤みを帯びた
目もとは睫毛がしっとりと潤み、
それでも涙を溢さないようにと
幾度も瞬きを繰り返していた・・・。



「・・・泣いて・・・ないし。

怖く・・・も・・・ないし・・・。

何・・・勝手な事・・・
言ってんの・・・っ。

・・・そんな・・・訳・・・
あるわけ・・・ないじゃんっ・・・
。」



形のよい、紅く小さな唇から溢れた
言葉は所々途切れ、その唇さえ小刻みに
震えているようにも見える・・・。

撩はそんな香を酷く穏やかな表情で
見つめたまま、すっ、とその場に立ち
、固く握り締めたままの香の右手に
自身の左手を伸ばし、それを優しく
包み込むように握った。



「なっ・・・離せよ・・・っ!」



突然の撩の手の感触に、温もりに。
香は手を振りほどこうと、思わず撩を
見た。
すると撩は・・・



「おっ、ーーーやーっとこっち
見たな。」



と言って、にやりと口元を緩ませた。

突然の撩の問いかけに、握られた
手を振りほどくタイミングを逃した
香は、
撩に真っ直ぐ見つめられている事と
この男の事だから、今の自分の心を
見透かされてしまうのではないか
・・・と内心少し焦りを感じた。

すると撩は、そんな香の心の内を
知ってか知らずか、



「ーーー怖かったよな。
お前、まだこういうのにあんまり
慣れてないもんな。
けど、とにかく無事で良かったよ。
今日はよく頑張った。
ーーーお疲れさん。」



と、そう呟いて、香の頭を右手で
くしゃくしゃと撫でた。

・・・撩の温かな手の温もりが、
香の強張った身体にじんわりと
染み込んでくるようだった・・・。

撩は髪を撫でていた手をそっ、と
離すと、香の手を優しく引いて
ゆっくりとアパートのある方へ
向かって歩き出した。



・・・香の手をすっぽりと包み込んで
しまいそうな位に大きなその左手の、
甲や指先には所々に血のこびり付いた
跡があった・・・。
撩が愛用しているジャケットの右肩
あたりにも少し裂けた跡があり、
そこから覗く肌やジャケットの生地
にも血が滲んでいた・・・。



そう・・・。

この日、撩は怪我をした。

狙われている事に気付かなかった
香を守るために・・・。



・・・怖かった。

撩の身体から血が飛び散るのを間近で
目にした時、香は怖くて身動きが
出来なくなり、その場にへたり込んだ
・・・。

香はこの時に負ってしまった撩の傷に
酷く傷付き、撩に対して負い目を
感じていた・・・。

・・・けれど、幾ら怖くても、原因が
自分となれば、撩に甘える事なんて
出来る訳がない。
苦労をして自分を育ててくれた今は
亡き兄に対しても、甘えた事などほぼ
無かったに等しく、
むしろ、自分も早く兄のようにしっかり
しなくては、と思いながら生きてきた
・・・。




かつて撩のパートナーを務めていた
兄・・・。
兄の代わりに、とパートナーを買って
出たからには、という勢いだけは
誰よりもあった・・・。



早く自分も撩の役に立ちたい・・・。

自分も撩のようになりたい・・・。



・・・まだ何の力も経験も無い少女は
、ドラマや本から得た浅い知識を
見よう見まねで実践したものの、
当然そんなに上手くいく訳など全く
無く・・・
完全なる空回りをした結果。



大切な人にその身を守られ・・・。

大切な人は自分を守って怪我をした
・・・。



そんなつもりじゃ無かった・・・。

自分にも何か出来るかも知れないと。

勘違いした結果、撩に守られ、
仕舞いには撩を傷付けた・・・。

それなのに・・・
その撩に優しくされてしまっては、
どうしようもない・・・。



撩はどう思っているのだろうか
・・・。

役に立たない足手まといは表の世界
に帰れ、と言われてしまうかも
しれない・・・。
けれど、それよりも撩に伝えなければ
いけない事がある・・・。









「・・・りょ・・・撩・・・・・
・・・・・・ごめんなさい・・・・」



たった、それだけの言葉を。
香は漸く喉から絞り出すように
吐き出した。

・・・言いたい事は沢山あった。
けれど、どれも言い訳にしか
聞こえない気がして、口になど
出来なかった・・・。



撩は、返事の代わりに繋いだままの
手にほんの少しだけ力を加えた。

・・・撩の優しさが、温かさが。
繋いだ手からじんわりと伝わってきて
・・・それはまるで香の心の奥を
きゅっ、と柔らかく締めつけるような
感じがした・・・。

香はゆっくりと顔を上げると、撩の
背中を見つめた。



・・・その大きな背中はとても
優しく見えた・・・。






・・・ぽろり、ぽろり、と。

我慢し、押し殺していた感情が
ゆっくりと込み上げてくる・・・。

その感情は熱い滴となって、
大きな瞳から溢れ、じわりじわりと
撩との“仕事”の場で飛散して付いた
塵や埃によって、薄汚れた頬を伝って
地面にぽたり、落ちた・・・。

香は涙で視界をぼやけさせながら、
撩の背中を見つめたまま、撩に
小さく呟いた。



「・・・ありがとう、撩・・・。」



その香の小さな呟きを耳にした撩は
、ふと、足を止めた。
そして自身の瞼をゆっくりと伏せ、



「ーーーん。
謝られるよりそっちの方が全然
いいぜ。
ーーーまあ、素人にしちゃ今回は
よくやった方だよ。
んじゃ、帰ったら手当て頼むな。」



そう呟いて、撩は再び歩き出した
・・・。






・・・撩は何も責めなかった。

・・・そして、怒らなかった。


ただ、優しかった・・・。





・・・このままではいけない、と。

撩の生きる“世界”で、怪我をせずに
生きて行けるとは、香とて思って
いない・・・。
けれど、ただ守られてばかりいるの
では無くて、自分は自分に出来る
事をしよう・・・。
そして、無茶な事はなるべく避けて、
撩の傍で生きて行く事を認めて貰う
努力をしよう・・・。
自分の無茶で撩を傷付けるような事は
止めよう・・・。

香は撩の大きな背中と繋いだ手の
温もりに安らぎを感じながら、
自身の心に誓った・・・。






















あの日、繋いでくれた手は温かかった
なぁ、と。
香は一人、ふと、思い返していた。

それは香が撩と出会い、パートナーに
なったばかりの頃・・・。
撩は何かあると、香の手を取り、
繋いでくれた。
香の成長と共に、それは段々と
無くなっていき、香が撩の腕に自身の
腕を絡ませる事の方が増えていった。

亡くなった兄の仕事を受け継いだ
妹は、積み重ねた月日の中で、
見事に成長を遂げた・・・。
無茶をしない事も無い事は無いが、
それでも撩に誉められる事の方が
確実に増えたし、
自分が撩の足手まといになるような
仕事の時は、撩の帰りを待つと
決めた。



この日もそう・・・。

・・・香は今、ここで撩が来るのを
待っていた。







「・・・綺麗。今夜は満月なのね。」



香が薄汚れた窓から空を見上げると、
遥か頭上にまあるい月が静かに
光輝いている・・・。

埃を纏い、薄汚れた古いコンクリート
の冷たい壁に身体を預け、取り壊し
寸前の古びた廃ビルの最上階で、香は
撩が来るのを待っていた・・・。



いつものように依頼を見に行った
帰り道、香は途中から、複数の男に
後をつけられている事に気付いた。
後ろの様子を探りながらすぐに撩に
連絡したのだが、生憎、撩がいた場所
から少し距離が離れていたため、
撩が来るまでの時間稼ぎをするのと、
そこに相手を誘い込むため、
取り壊し寸前の古びたビルを選んだ。

この場所には先週“仕事”で来たので
内部の構造はだいたい理解していた
から、万一の事があっても多少なら
何とか対応出来るだろう・・・という
考えが香にはあった。

幸い、最近開発した、という軽量小型
爆弾を先日教授から譲り受けたばかり
で、保身のためにそれを所持していた
ため、上手く使用しながら屋上まで
避難する事が出来た。

小型爆弾は屋上まで逃げる際に幾つか
を使用。小型ながら派手な爆破音と
充分な破壊力を備えた“それ”は、
建物の内部を部分的に破壊、
追い掛けてきた男達は、その爆破に
よる衝撃により気絶したので、それを
確認してから香は屋上に避難した。



後は撩の到着を待つだけ。

もうそろそろ、来てくれる筈だ
・・・。











・・・かつっ、と。

砕けたコンクリートの欠片が転がる
ような音がして。
香は期待を込めて、音のした方を
振り返った。
すると・・・



「もう・・・逃げられないなぁ
シティーハンターの女・・・。
女の癖に舐めた真似しやがる。
随分手こずらせやがって・・・。」



そこに現れたのは撩ではなく、
今、香が戦ってきた男達の内の一人
だった。

体格は撩より少し小さい位だろうか、
爆破によって痛めたらしい右腕を左手で
押さえたまま、力強く握った銃の先を
香に向けながら、強い視線で睨んで
くる。

香の使用した爆弾の爆破によって、
あちこち薄汚れていたその男から、
強い殺気と狂気が感じ取れた・・・。



「・・・へぇ。気を取り戻すのが
随分と早かったわね。」



香は余裕を見せながら、男に話し
掛けた。

・・・だが、これは少し、香にとって
予想外の出来事だった。

もう少し気絶したままで良かったのに
・・・と心の中で思いながら、香は
この日、荷物として持ってきていた
愛用のショルダーバッグをゆっくりと
体の後ろに隠しながら壁から身体を
離した。



相手の動きをじっと視界に捉え、隙を
見せないようにしながら、今、自分に
出来る事を考える・・・。

持ってきた爆弾は破壊能力が強すぎて
この場で使用するには向かない。
今日着てきたブラウスの袖に仕込んだ
剃刀が一枚と、護身用にショルダー
バッグに入れてある、兄の形見の銃が
最後の武器・・・。



・・・そんな香の様子を知ってか
知らずか、男は撩の不在を喜び、
にやりと不敵な笑みを浮かべた。
そして、香の周りに武器になりそうな
物が何も無い事を確認すると、
今度こそ仕留める、と言わんばかりに
じりじりと香の方へ歩みよる・・・。

そして、距離がある程度縮まった所で
突然、男は香を威嚇でもするかの
ように、大声でこう叫んだ。



「女の方は大した事無いから生かして
連れて来い、って言われたが、
気が変わった!
・・・残念だったな。この場にもう
シティーハンターは来ない。
今度こそ観念しろ・・・!」



男は香の心臓に銃の焦点を合わせ
ながら引き金に指をかける。



撩はまだ・・・姿を見せない。

香は隠していた銃に手を伸ばし
いつでも引き金が引けるよう
引き金に指を掛け身構えた・・・。







・・・・・・が。

次の瞬間、男の表情がひどく醜く
歪んだ。
一発の大きな銃声と共に、男の耳朶が
切れ、鮮血を吹いたのだ。

耳を傷付けられた痛みと、銃声により
鼓膜を破損したのだろう。
男はその眉間にくっきりと皺を寄せ、
獣ように低い声で呻きながら、
ゆっくりとその場にうずくまった
・・・。





「・・・撩っ!!」



香は嬉しさを隠しきれないような、
弾んだ明るい声で、待ちわびていた
自身のパートナーの名を叫んだ。

倒れてゆく男の背後から、見慣れた
大きな男の姿が浮かび上がる・・・。



香は撩の姿にほっ、と安堵の表情を
浮かべた。
だが、撩はジャケットの内側に愛銃を
しまいながら、香に向かって
こう叫んだ。



「おい香!お前、黙ってないで
ちゃんと言い返せよな。」



・・・突然の撩の言葉に。
香は何と返して良いか分からず戸惑い、



「・・・は?な、なに?」



と返すのが精一杯だった。

・・・と、撩の足元に倒れた男の指
がぴくり、と動き、ゆっくりと撩に
銃口を向けようとした。



「!!危ない撩っ!」



男の動きに気付いた香は、思わず
撩の名を叫んだ。
だが、撩の足が、それよりも早く動き
、いち早く男の手をきつく踏み潰した。



「ぐああっ!!」



その苦痛のあまりに、男の叫ぶ声が
建物の中に響く・・・。
銃は男の手から零れ落ちた。

が、撩は男の叫び声を聞いても眉一つ
動かさず、手を踏んだ足を数回
ぐりぐり、と床に押し付けた。
そして、男の手を踏み付けたまま、
その場にしゃがみ込んだ。



「あっ、うがああああっ!!」



痛さのあまり、男が我慢出来ずに
更に大声で呻き、叫ぶ・・・。

そんな男に向かって、撩は顔色一つ
変えず、腕組みをしながら訊ねた。



「懲りない奴だなぁ、おたく。
まだ歯向かうつもりか?」

「う・・・ぐぐ・・・っ」

「ーーーそれとさぁ、さっき香の事を
シティーハンターの女って言ったよ
なぁ?」

「?それが・・・何だ・・・!」

「ーーーシティーハンターってのは
俺一人じゃなくて、俺ら二人で
シティーハンターって言うんだっての

それとな、香はトラップの名手だ。
ファルコン直伝のーーーな。」

「!ファルコン!?」

「そう。だから、俺が居なくても、
最初からお前らに勝ち目は無い。
ーーーこの世界でやってくにしちゃあ
勉強不足だっつーの。」



撩はそう言い終えると、男の目の前の
銃を拾い、ポケットにしまった。
次いで、ジャケットの懐から極太の
釣り用のテグスを取り出した。
男の体を海老反りにすると、テグスで
手足を引っ張り、手首と足首を纏めて
数回、きつくきつく縛り上げた。

他のフロアで倒れていた男達も同様に
テグスで縛り上げ、ビルの中に
置き去りにして、撩と香は建物の外に
出ると、撩はジャケットのポケット
から携帯電話を取り出し、電話を掛ける
ための操作をし始めた・・・。





「ーーーあ、冴子?
ああ、香が全部片付けた。
縛り上げてそこら辺に転がしとく
から、後始末頼む。ああ、三人だ。

ーーーん?ーーー香にか?

代わるけどお前ーーー香に余計な事
言うなよな?」



撩は、何やら電話口にこそこそ話し
終えると、耳に当てていた電話を離し、
香に手渡した。



「・・・もしもし?冴子さん?」

「あ、香さん?ありがとう!
香さんがやっつけてくれた男達、
警察が目を付けていた人物だったの。
本当に助かったわ。
撩から連絡貰ってびっくりしちゃった

香さん、また腕を上げたのね。」



色香を纏った、聞き慣れた声の主は、
冴子だった。



「あはは!そんな事ないない。
今回のは偶然上手くいっただけ。
今も撩に助けて貰った所だし・・・
でも、誉めて貰えると嬉しい。」



香は誉められた事が少し恥ずかしくて
頬を薄紅色に染めた。



「香さん、本当に凄くなったんだから
自信持っていいわよ。
それと香さん・・・今日お誕生日
でしょう?おめでとう。」

「え?あ、ありがとう!
・・・撩ったら何にも言ってくれない
から、そう言って貰えるだけでも嬉しい
。なんてね、あははっ。」



香はそう言って、少し照れくさそうに
笑った。
すると、それを聞いた冴子は
不思議そうにこう聞き返してきた。



「え?香さん、撩から聞いてない?
撩、貴女を食事に誘おうとしてた
・・・」



と、冴子が何か言い掛けた所で、
二人の会話に聞き耳を立てていた
撩が突然、香から携帯電話を
取り上げた。



「ちょっと撩っ!」

「余計な事は言うな!今ので貸し3つ
帳消しな。じゃ後宜しくー!」



撩は一方的に話し終えると、素早く
通話ボタンの“切”を押した。



「さ、早く帰るぞ!・・・って、
うわ!もうこんな時間かよ。」



撩は電話を切った後、携帯電話の時計
を目にして思わず驚き、叫んだ。

その、大声で話す撩の、耳が。
心なしか、赤く染まって見える
・・・。

香は、撩の背中を見つめながら、
撩に話し掛けた・・・。



「撩・・・もしかして、今日、
何か考えてくれてた、の・・・?」



香の言葉に反応した撩の、肩が
思わず跳ねる。
・・・図星を突かれた撩は、何処か
気まずそうな顔をしながら唇を
つん、と尖らせた。



「ーーーあ~、まぁ、その~何だ、
たまには外で飯でも~って思ったんだ
けど。
ーーーもう店、閉まっちまった。
とりあえずーーー早く帰ろうぜ。」



撩は、決めるところを決められ
なかった気まずさからか、一刻も早く
この場から立ち去りたかった。

ジーンズのポケットに無理やり、
無造作に指を引っかけ、早く帰ろう
とする、撩の大きな背中が少し丸みを
帯び、それが香にはとても可愛らしく
見えた・・・。







「・・・撩、ありがとう・・・。」



香は、撩にそう言った・・・。



・・・香は今、すごく幸せな気持ち
だった・・・。

そして、自分はすごく幸せ者だなぁ
と思った・・・。



撩にシティーハンターは二人の事を
言うのだ、と言って貰えた事・・・。

撩の足手まといにならずに戦う事が
出来るようになって来た事・・・。

撩が、自分の誕生日の為に何かを
考えてくれていた事・・・。



嬉しくて・・・

幸せな気持ちで胸が一杯になる・・・




こんな幸せなプレゼント、何処にも
無い・・・。



それと共に、あの日、自分の手を
繋いでくれた撩に対する気持ちが、
日々の記憶が、香の中で鮮やかに
甦る・・・。




「ーーーおい、早く帰るぞ?」



先へ歩もうとしない香にしびれを
切らしたのか、撩は香に声を掛けた。

今すぐ撩に触れたい・・・
香の中で、そんな気持ちが溢れ出す
・・・。



香はにっこりと愛らしい笑顔を浮かべ
ると、すぐに撩の傍まで駆け寄った。
そして、ジーンズのポケットに
引っ掛けていた撩の指を解くと、
その大きな手に自身の手を重ね、
指を絡ませた・・・。



「は?何だ?急にーーー」



突然の香の行為に驚く撩に、香は
微笑みながらこう言った。



「・・・前に言ったでしょ?
撩が生きて一緒に誕生日を過ごして
くれたらそれでいいって・・・。
・・・プレゼントも何も要らないし、
レストランだって無理に行かなくても
いい。
もう・・・いっぱいプレゼント
貰ったよ・・・。
ありがとう・・・。

・・・その代わり・・・時々でいいから
こうやって手を繋いで欲しい・・・。
・・・駄目かな?」



何時もは腕を絡めてくる香の、
予想外の行動に・・・
その手の温もりに驚きながらも、
昔、よく香の手を繋ぎ、歩いた日々を
撩は思い出した・・・。



何も出来なかった、勢いだけの素人の
女の子が色々な成長を遂げ、
今や自分の立派な片腕になった・・・。



香を手離せないのは自分の方・・・。

香を手離したくないのは自分の方

・・・。
溺れたのは自分の方・・・。



・・・なんて、絶対に香に対して
口にはしないけれど。

指先から、掌から伝わる温かさと
気持ちは、きっと香も同じだと思うから
・・・。



・・・撩は、香が繋いできた手を
優しく握り返した・・・。







「ーーー安いプレゼントだな。
ま、いいんじゃないの?

で?手を繋ぐのは誕生日限定な訳?
年に一回?」

「えっ!?や・・・やだ!!」

「んじゃーーーいつでも繋げば
いいだろ?ーーーな?」

「・・・・・・うんっ!」








これからも・・・
これからも撩と一緒に生きて・・・

お互いの誕生日を過ごし・・・

時々でいいから、こうして手を繋いで
歩いていけますように・・・と。

香は幸せそうに微笑みを浮かべ
ながら、そう願った・・・。





*****************


香ちゃん、happybirthday☆
撩ちゃん、happybirthday☆


・・・すみません、前言撤回します。
今年も多忙で余裕が無いです(泣)
なので何時も通り、スローペースで
お話を紡がせていただきます。

足を運んでくださいますあなた様、
コメントを下さいましたあなた様、
ありがとうございます。
とても、とても幸せです(*^^*)

日々、感謝☆

和那
2017.03.31 Fri (06:00) l 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆さまこんにちは。和那です。
(*^^*)


新しい年をお迎えしました☆
昨年は相変わらずのろのろとした
ブログ活動をしましたにも
かかわらず、当ブログにわざわざ
足を運んで下います事、
大変感謝しております。

ありがとうございます(*^^*)

引き続き、本年もどうぞ、
宜しくお願いいたします!




・・・さて。
これは少し前の出来事になります


2016年、9月3日。

この日は(私的に)記念すべき
ブログ開設三周年の日でした。

和那はどうしてもこの日に向けて
お話を1つアップしたく、
昨年1月当初に機種変更しました
スマートフォンにて、ちまちまと
文章を打っておりました。



・・・が。



文章を打っている最中、何故か
電源が急に落ち。

再度復旧させ、再び文章を打ち
直せば・・・途中でフリーズ

→その後、電源落ちる。



!!!(ToT)!!!?



・・・そんな地道な戦い(?)を
朝方まで繰り返し
(諦められなかった)
いつものアップしている時間を
かなり過ぎた頃、ようやくお話が
まとまり、なんとかアップする
事が出来ました💦

スマートフォンはアップ直後、
完全に再起不動になってしまい💦
行き付けのショップに足を運んだの
ですが・・・



「修理に出すより新しい機種に変更
した方がいいですね。
この間も同じような事になった
方が来られたんですよー。」



と言われ。

店員さんに言われるままに、
サポートセンターへ連絡しました
ところ、そちらの担当さまにも
最終的には



「新しい機種への変更をお勧め
します。」



と言われてしまい(泣)

・・・仕方なく機種変更を
いたしました。

新しいスマートフォンは自宅に
送られてきたため、データ移行等を
自分で行っていたのですが、
移行後のアプリの設定に手間取り
・・・
移行後、色々な設定に以前使用して
いた時と違いが生じ、ツイッターの
方の設定やら何やらが
なんだか良く分からなく・・・
(苦手)

そもそも、ツイッターの方は
登録のみで、自分から発信する事
もほぼ無いので・・・



これを機に、ツイッターの方から
卒業させていただく事にしました




ツイッターにて和那と関わりを
持って下さいました皆さま、
お話して下さいました皆さま、
何のお詫びも無くツイッターから
卒業しました事、お許し下さい。
そして、この場を借りて
お礼申し上げます。


お話して下さって本当に
ありがとうございました!





・・・今年は少し時間の余裕が
去年よりは取れるかも、といった
感じなので、時間を見つけては
お話を紡いでいきたいと思って
います。



コメント、メール、拍手。
いつもありがとうございます(^^)

いつもいつも、感謝しております


漸くお話をアップしたと安心して
おりましたら、設定を間違え
パスワード制にしてしまった際、
わざわざご連絡下さいました
皆さま、
その節はありがとうございました
(*>_<*)

お恥ずかしい💦




寄せていただくコメントの
1つ1つがいつも、本当に
優しくて・・・。

コメントの1つ1つに涙しそう
になります・・・。



これからも、自分の想うCHの
世界を大切に、お話を紡いで
いきたいと思いますので、
気長にお付き合い下さると嬉しい
です。



それと、以前お話しました

“りょうくまちゃん”
“かおりくまちゃん”

に複数の応募、
ありがとうございました!!



自分に出来る事を1つずつ。
小さな事でもこつこつと。



昨年秋、腰まで伸ばした髪を
ばっさりと切り、美容院を通じて
寄付をさせて頂きました。
今は冴子さんくらいの長さしか
ありませんが、また伸ばして
寄付をさせて頂くつもりです。

(香ちゃん程のショートカットに
する勇気は無くて、ぎりぎり
結べるくらいの長さで
冴子さん位の長さにしてもらった
のですが、ずっと長かったせいか、
髪が短いとなんだか落ち着かない
のです💦)



今年も色々な所で

「私らしく」

を目指して頑張ります。




日々、感謝☆


和那でした(*^^*)


寒いですので、どうかお身体
お大事になさって下さいね。
風邪に負けませぬように・・・。

2017.01.10 Tue (06:00) l お礼 l コメント (1) トラックバック (0) l top
ミックは自身の恋人であるかずえを
愛しているし、誰よりも大切に想う


毎日、何度もキスをするのは勿論の事
だし、互いを抱き締め合う事だって、
愛しているよ、と言葉にして、彼女を
安心させる事も欠かさない。

けれども、感覚のないこの両手で
彼女に触れる度、ミックは
思うのだ。



自分は・・・・・・

自分はこのままで居ていいのか
・・・と。





















「・・・カオリ?」



ミックの足がふと、自宅へと向かって
歩もうとする動きをぴたりと止めた。






それは、私用で教授の所へ向かった
かずえと別れてから、
随分と経った後の事・・・。




これと言って何をする訳でも無く
・・・。

特にしたい事がある訳でも無く
・・・。



・・・ましてや、目が回る程に
仕事が忙しい訳でも無く。



1人、ただ、訳もなくふらふらと
・・・
何時ものようにミックは街を歩いて
いた・・・。





・・・今は・・・仕事よりも
リハビリに専念して欲しい・・・
仕事は二の次でいいから、とにかく
自分の身体を大切にして、と
いつものように言ってくれる、
かずえ・・・。

夜、飲み歩く数こそ減ったようだが、
ナンパをする回数は変わらず、私生活
ではだらしないフリを多々演じつつも
、いざという時には誰よりも一際キレ
のある動きを見せる、撩・・・。

視力がほぼ無くなり、周りの様子が
見えなくなったにも関わらず、
そんな事など微塵も感じさせない、
海坊主・・・。




・・・焦りが無い訳では無い・・・。

むしろ、優しくされればされる程、
誰にも気付かれる事の無い、自分の
心の深い深い所で、何か得体の
知れない、えもいわれぬ感情がずっと
もやもやと燻り続けているのを感じ
続けている・・・。



・・けれど、だからと言って、
今の自分には何も出来ない・・・。




そう・・・銃の引き金を引く力すら
・・・。





誰にも打ち明けられない、むしろ、
誰にも打ち明けるつもりなど無い、
自分だけの小さな秘密を胸の奥に
閉じ込めたまま、当てもなく歩みを
進めていたミックの瞳がふと・・・

香の姿を捉えた・・・。



天気が良いせいか、公園に集まる人は
多く、老若男女問わず、様々な人間が
憩い、中には飲食をする者もいた。

そんな中で、香は公園のベンチに1人
腰を掛け、ミックを含めた周りの視線
など全く気にも留めなかった。
そして、幸せそうな顔をしながら
大きな口をぱっくりと開けて、手に
持っていたサンドイッチに勢い良く
かぶり付いた・・・。





「んふーっ!おいひぃ!

・・・ん?ん~!!」



あまりにもずっと見つめていたせいか
、香の方も漸くミックの姿に気付いた。

が、口に頬張ったばかりの
サンドイッチが喋るのを邪魔して
上手く喋る事が出来ない。
なので香は、サンドイッチを持たない
、空いた方の腕をぶんぶん、と大きく
振って、ミックに挨拶をした。







空は快晴・・・風も多少冷たくは
あるけれど、とても爽やかで心地が
良い。

そんな中で、周りを気にもせずに
無邪気にサンドイッチを頬張る
香が、ミックには堪らなく
愛しく思えた・・・。



ミックは思わず、喜びで頬が緩んで
しまいそうになるのを、何とか堪えた。
そして、何時もより二割増し軽やかな
足取りで、香の傍へ歩み寄って行った
・・・。




「ハイ、お嬢さん。・・・1人で
ランチタイム?
リョウは?一緒じゃないのかい?」



ミックの問い掛けに早く答えようと
、香はサンドイッチを慌てて咀嚼し、
ごくん、と喉に流し込んだ。
そして、漸く可愛らしい口を開いた
・・・。



「あははっ!そんな、いつもずっと
一緒には居ないわよ!
・・・ミックだってそうでしょ?」



香は良くある事だ、と言いたげな表情
を浮かべながら、ミックに言った。
ミックは確かにそうだ、と言いたげな
顔をして、にっこりと笑ってみせた。

香は、座っていたベンチの横の、
空いている所をとんとん、と指で叩き
座るように促した。



「そうだ、ミック、お昼ご飯は?
もう終わった?」

「ん?ああ・・・そう言えばもう
そんな時間だったね。
カオリに言われたら、何だかお腹が
空いてきたよ。」



香の言葉にふと、自身の腕に嵌めた
時計を見ると、短針は頂点を僅かに
過ぎようとしていた。

1人で摂る食事は何だか味気なくて
・・・。
それにここの所、色んな事を悩み、
考え過ぎてしまって・・・
食欲というものが余りわかなかった





「やだ、ミックったら。
ちゃんと食べないとダメよ。
この仕事は体が大事なんだから!
・・・あ、そうだ!ミック、待ってて
・・・。」



香はふと、何かを思い出したように
、持っていたバッグに手を掛けた。
そして、その中に入っていたものを
取り出した。




「はい!もし良かったらミックも
食べない?
サンドイッチ。」



と、香が嬉しそうに取り出したのは
英字の印刷が施された茶色い包み紙に
包まれた、サンドイッチと呼ぶには
大きな大きな塊だった。

しかも、香がこの日持っていたのは
とても小ぶりなショルダーバッグ
で・・・。
ミックは、バッグから出てきた
“それ”に驚くと共に、何故か、
だんだんと笑いが込み上げてきた。



こんな小さなショルダーバッグから
どうやったらこんなに大きな
サンドイッチが2つも入っていたの
だろうか、と・・・。



「・・・っははっ!カオリ!
こんな可愛らしいバッグに・・・
っ!」



香はミックがサンドイッチを見て
急に笑い出したので、思わず
ぷうっ、と頬を膨らませた。



「ちょ・・・ちょっと!
もう、何なの?ミックったら急に
笑い出して。
・・・いい、ミックが要らない
ならあたしが2つとも食べるから!」



香はそう言い放つと、少し恥ずかし
そうに、自身の食べかかけのサンド
イッチに再びがぶり、と
かぶり付いた。



サンドイッチのパンの白さと、
赤みを帯びた香の頬のコントラスト
・・・。



それはミックの青い瞳に、とても
魅力的に映った。
・・・が、まずは香に非礼を詫びる
べきだ、と思い、ミックは、



「ごめんよカオリ。お願いだ、どうか
怒らないでくれ。
まさか、バッグの中からサンドイッチ
がもう1つ出て来るなんて、想像も
つかなかったんだ。
それに、カオリの持っているものも、
今バッグから取り出したものも、
びっくりする位大きいじゃないか。」



と詫びながら、ミックは香の
食べているものを指差した。

・・・ミックが驚くのも無理はない。
何故なら香のサンドイッチは、パンの
厚みが1枚3㎝程もあり、そのパンに
挟まれた具材を合わせれば軽く10㎝を
越えようかというものだったからだ。

こんな大きなサイズが満たす胃袋の
持ち主は、恐らく撩だったのだろう。
でなければ、1人で摂るランチに
ビッグサイズのサンドイッチ二個は
多すぎる・・・。

こんな大きなものを小さなショルダー
バッグに収めてしまうところが、
いつ如何なる時でも、100tハンマーを
取り出してしまう香ならでは、という
ところか・・・。





「そうそう、大きいでしょ?」

「うん、ものすごく。
けど、それ以上に美味しそうだ。」



ミックはそう言って笑顔を浮かべると
、改めて香からサンドイッチを
受け取った。
自身の嵌めている手袋が汚れない
ように、茶色い英字の印刷された
包装紙を丁寧に開いてゆくと、
中からハンバーグと野菜がたっぷり
と挟まれたサンドイッチが姿を
表した。



「んー!美味しそうだね!
それじゃあいただきます。

・・・・・・ん!?ん~っ!!!」


「・・・ミック、どお?」

「・・・・・・・凄いねカオリ!
ボク・・・感動したよ。凄く!
凄く美味しい!
・・・ん?もしかして、カオリの
食べているものとは少し違うの
かな?」

「ん?これ?そうなの。
どっちの材料も実は昨日の夕飯の
材料の余りなの。あははっ。
・・そうだ!こっちも食べてみて。」



そう言って、香はハムや野菜が
たっぷり挟まれた、自分の食べかけの
サンドイッチの、まだ口を付けて
いない部分を指差した。



・・・が、ミックは少し躊躇った。

食べたく無い訳では決して無い。
むしろ・・・凄く食べたい。

だが・・・何処で撩に見つかるか
分からない。

なにしろ撩はいつも香の傍に突然
現れては、香のピンチを救う位、
絶妙なタイミングで現れるの
だから・・・。



「・・・ありがとうカオリ。
あ、そう言えばリョウは?今日は
何処かに出掛けてでもいるのかい

街を歩いたけど今日はリョウを
見かけなかったよ?」



・・・撩の嫉妬深さは半端無い。
香の好意は嬉しいが、まずは撩が
何処に居るのかを知ろうと、
ミックは香に訊ねてみた。

すると香は・・・



「ああ、撩なら今日は留守よ。
教授に呼ばれて朝から教授の所に
行っているの。だから、夕方に
ならないと戻って来ないのよ。
実はコレ、今日のお昼ご飯にしようと
思って作ったんだけど、撩が出掛け
ちゃったから、こうして持って
出てきちゃったの。」



香のこの言葉に、ミックは思わず
にっこり笑ってしまった。

それならば、香のサンドイッチを
食べさせて貰っても、天の邪鬼の
嫉妬の炎と嵐に巻き込まれる事は
ない・・・。



ミックは何処か安心した様子で、
香のサンドイッチを一口食べさせて
貰った。



「・・・・・ん、んん!
美味しい、こっちも美味しいね!」

「でしょ?・・・良かったぁ。
ミックの口に合って。」



二人はそう言って、にっこりと笑い
ながら仲良くサンドイッチを食べた。




誰かと食べるご飯は美味しい・・・。

時折、キャッツに足を運んでランチを
したり、自宅で簡単に済ませている
ミックにとって、こうやって外でご飯
を食べる事が新鮮・・・
いや、何処か懐かしく感じる所も
あった・・・。







「・・・昔、さ。」



食後に、近くの自動販売機で買った
飲み物の入った缶を、両手に包む
ように持ちながら、ミックは
昔の記憶を辿り始める・・・。




「・・・昔、って、撩とパートナーを
組んでいた頃?」

「ノー、もっと、もっと前・・・
ボクがまだ、幼い頃・・・パパとよく
狩猟に出た時に、一緒に食べた・・・
形は全然違うけれど、こうして
外で食べる事が、何だかとても
懐かしいよ・・・。」

「そっか。素敵な思い出ね・・・。
あたしもアニキとそんな思い出を
作っておくんだったわぁ。」

「カオリのお兄さんはどんな人
だったの?会ってみたかったな。」

「んー・・・料理は全く出来なくて
。卵を割らせたら絶対に殻が入るし
、野菜を切ったら全部繋がって
たりね。
。でも、縫い物とかボタン付けとか
はあたしより上手だった。
・・・器用なんだか不器用なんだか
良く分からない・・・けど・・・」

「・・・大好きだった?」

「・・・うん。大好きだった。
大丈夫だよ、って。
どんな香も大好きだよ、って。
意地っ張りで強がりな所も全部、
そのまま受け止めてくれた
優しくて強い人・・・。」



香はそう言って、にっこりと
微笑んで見せた。





「・・・・・・ねぇ、カオリ。」

「ん?なあに?」

「自分が・・・この世界に居て
無力だと感じてしまう時・・・
カオリは無い・・・?」



突然・・・の。

ミックの心の内を晒されて。
香は、ただ真っ直ぐにミックを
見つめる事しか出来なかった。



「・・・カズエがね。」

「かずえさんが・・・?
・・・かずえさんに何か言われた
?」



香の問い掛けに、ミックは柔らかな
笑顔を浮かべながら、首を横に
降った。
そして、その眼差しを自身の両手に
向けた・・・。



「・・・言わないんだ。何も。」

「・・・そう。」

「うん・・・。無理しなくていい、
とか、仕事よりも自分を大事にして
・・・って。」

「・・・うん・・・。」

「でも・・・ボクは嫌なんだ
・・・ 。
この手にはもう望みは無い・・・。
けれど、今更表の世界で生きる事
なんて出来やしない・・・。
今の仕事を続けてゆけばいいのか、
もっと別の行き方を考えた方が
いいのか・・・
時々・・・どうしていいのか
本当に分からなくなるんだ・・・。」



・・・ミックは、そう言い終えると、
ミックは小さく震える両手の掌で
自身の顔を覆った・・・。





香に・・・いや、本当は誰にも
言うつもりは無かった・・・。

香が無力だと言う訳では無い。
香の努力はミックも良く
知っている・・・。







・・・けれど。



空はどこまでも青く澄んでいて
・・・。


香はこんなにも自分に優しくて
・・・。


世界は素晴らしい筈なのに、
そこに自分の存在意義が
見いだせない・・・。



ミックの心は、もはや限界だった
・・・。






「いいんじゃないの?別に。」

「・・・え?」



頬を覆っていたミックの手に
籠められていた力が緩む・・・。
その隙間から香を見ると、香は
まるで悪戯っ子のように無邪気に
笑って見せた。



「あたしもかずえさんの意見に
賛成よ。ミックはまだ自分で
気付いていないだけよ。大丈夫!

・・・あたしなんて・・・。」

「・・・あたしなんて?」

「うん。・・・昔ね、撩に
パートナー解消だって言われて
・・・。」



唇を軽く尖らせながら、昔話を
口にする香に、ミックは思わず
驚いた。
パートナー解消だ、と言われた事
が一度では無かった事に、だ。



「カオリが?リョウに?酷い。」

「ええ、そうよ。
・・・でね、パートナー解消
だって言われたのがあんまりにも
悔しくて・・・こうなったら撩を
見返してやる!って思ってね。
そのまんまの勢いで海坊主さんの
所に押し掛けて、無理やり海坊主
さんに弟子入りしたの。」

「ファルコンに弟子入り?
・・・腹が立った・・・から?」

「そう!・・・あたしだって
一人で色々出来る、って所を
撩に分からせてやりたかったの。
足手まといなんて、言われなくても
分かってるけど、言われっぱなしも
悔しいじゃない。
けど、お陰で海坊主さんから
色々習得する事が出来たのよ。
・・・ね?
何がきっかけで、人間変わるか
分からないでしょう?」

「・・・腹が立った・・・から
・・・っ・・・」

「・・・ん?ミック?
・・・どうしたの?」



ミックは、俯いたまま肩を震わせた
・・・。

香は自身の発言がミックを傷付けて
しまったのかと思い、恐る恐る
ミックの顔を覗き込んだ・・・。




「・・・ミック?あ、あの・・・」

「・・・・・・・っ、ははは!!」



ミックは突然大声で笑い出した。
もう我慢がならない、と言いたげな
顔をして、声も高らかに、目尻に
涙まで浮かべて、だ。



「・・・え?!何?!ミック・・・」

「駄目だカオリ、っ・・・だって
・・・普通パートナー解消って
言われてトラップ・・・習わない
・・・っ!」

「み、ミック!・・・ちょっと、
わ、笑う事無いでしょお
!?何よ!折角心配して話したのに
・・・ミックのバカ!知らないっ!」

「ゴメン!でも・・・ハハハっ!
しかも・・・しかもよりによって
ファルコンの所にトラップを
習いに行くって・・・!
教えるファルコンもファルコン
だっ・・・っ!
駄目だカオリ!キミは最高だ!」



ミックはそう言うと、再び声を
上げて笑い出した。

撩と対峙していた筈の海坊主に
何かを習いに行くなんて・・・。
しかも海坊主も海坊主で、撩の
パートナーである香にトラップの
細工を伝授するなんて・・・。

可笑しい、いや、誰が聞いても
可笑しすぎる・・・。




・・・さっきまで落ち込んでいる
ように見えたミックが、
自身の発した言葉に対して、
涙が出るほどに笑っている。
香は笑われた事に腹を立てたかった
が、ミックに笑顔が戻って少し
ほっとした。



・・・と、少し離れた所から
ミックの名前を叫ぶ声が聞こえて
きた。





「ミック・・・っ!!」



香とミックが声のする方を
振り返ると、酷く血相を変えた
かずえと、その少し後ろから
こちらに歩いて近づいてくる
撩の姿があった。

ミックがその場を立ち上がると、
かずえはその勢いのままミック
に近寄り、人目もはばからず
抱き付いてきた。



「カズエ?どうしたんだい?
もしかして、今日はリョウと
一緒に居たのかい?」

「教授の所で偶然会ったの!!
・・・っ、一度帰ったけど部屋に
貴方が戻った形跡が無かったし、
・・・それに貴方、ここの所
何だか様子が変だったから、
心配で心配で堪らなくて、
冴羽さんにお願いして一緒に
貴方を探して貰ったのよ・・・!」



かずえはミックに向かってそう
叫ぶと、そのままミックの胸に顔を
埋め、抱き締めた腕に力を込めた。

かずえは随分走り回ったのだろうか
・・・息は乱れ、頬は薄紅色に染まり
、抱き締められた身体から伝わる熱は
熱さを感じた・・・。

・・・こんなにも慌てるかずえを、
ミックは初めて見たと思った。
自身がエンジェルダストの恐怖と
戦っている時、弱音を吐くミック
にかずえは叱咤激励していた。
いつも冷静沈着、どちらかと言えば
クールなかずえが、ミックの事で
冷静さを失っている・・・。



ミックはそんなかずえが堪らなく
愛しく思え、思わずかずえを
強く抱き締めた。



「・・・すまないカズエ。
随分とキミに心配かけたね。
・・・ここで偶然カオリに
出会ってね、一緒にランチしてた
所なんだ。」



すると、それを後ろから聞いていた
撩が、不機嫌そうにこう呟いた。



「ーーーこんな女男とランチ
なんて、相変わらず悪趣味な
奴だな。」

「は?!何ですって撩っ!」

「悪趣味だって?
とんでもない!
・・・ボクはリョウと一緒で、
素敵なレディにしか心惹かれない
ものさ。」



ミックはそう言いながら、撩に
向かって軽くウインクした。
撩がミックに対して嫉妬している
事が痛い程に分かるからだ。
もっとも、香は撩が何故不機嫌そう
にしているのか、全く分かって
いない様だが・・・。

ミックの仕草から何かを感じた
撩は、仕方ない、と言いたげな顔を
しながら、深い溜め息を一つ
吐き出した。



「ーーー相変わらず気障な野郎
だよ。全くーーー。
あ、そうだ香、腹減った。
今日は早く飯作ってくれよ。」

「え?あんた、こんな時間なのに
お腹空いてるの?
惜しかったわね~。もう少し早く
来てたらサンドイッチ食べられた
のに。」



香はそう言って、ミックと目を
合わせてにっこりと微笑んだ。

その様子が堪らなく、心底堪らなく
撩には気に入らなくて・・・。
撩は香の腕を掴むと、ぐいっ、と
自分の方へ引っ張り上げた。



「きゃっ・・・ちょっと、撩!
何なの急にっ!」

「うるさい!言ったろ?俺は腹が
減って死にそうなんだ!
ーーー早く帰るぞ!
それとも何か?お前は俺を
殺す気か!?」

「お腹が空いたくらいで死にゃ
しないわよ。
はいはい、分かったから。
じゃあこれから買い物するから
一緒に付き合って。
撩、何か食べたいものある?」



香の問いに。
撩は少し考え・・・こう言った。




「ーーーサンドイッチ。」

「はぁ?!何でそれ?!それに
あたしたった今食べたばっかり
なんだけど!?」

「う、うるさいっ!
ーーーとにかくっ、俺は今すぐ
サンドイッチが食べたいんだっ!
ーーーじゃあな、ミック!」

「ん?ああ、またな。
カオリ、今日はどうもありがとう。
また・・・一緒にランチしようね。」

「あっ、うん!あたしも楽しかった!
また今度ね!ばいばい!」





・・・撩に引っ張られるように
去っていく香をミックは穏やかな
気持ちで見送った。

・・・と、自身の腕の中で抱き締め
られたままのかずえが叫んだ。



「ミ、ミック!ちょっと離してっ。



ミックが腕の力を緩めると、
かずえは思わず顔を上げて息を
吸い込んだ。
動揺しているのか、少し汗ばんで
いる・・・。
こんなに長い間、抱き締められる
とは思っていなかったのと、撩や香
の前でミックに抱き付いてしまった
事が、だんだん恥ずかしく思えて
きたからだ。

ミックはそんなかずえを真っ直ぐ
見つめると、嬉しそうににっこり
と微笑んだ。
そして、その頬に、額に、鼻に、唇に
、何度も何度もキスをした・・・。



「・・・み、ミック?!」

「ん・・・君が可愛いからだよ、
カズエ。」

「周り、っ!あのっ、人が見てる
・・・ね、恥ずかしいからっ!」

「うん・・・そうだね。ボクらも
帰ろう・・・。
ちょっと、止められそうにない
・・・。」

「?!ミック?!どうしたの?!
今日は何か変よ。」

「・・・カズエのせいだよ。
キミがあんまりにも可愛いから
だよ。キミがいけないんだ・・・。」



ミックはそう言って微笑むと、
かずえの唇を自身の唇で塞いだ
・・・。














ミックはかずえと仲が良い・・・。

ミックは自身の恋人であるかずえを
愛しているし、誰よりも大切に想う


だから、このままかずえに甘えて
生きていていいのか悩んだ事も
一度や二度では無い。



・・・けれど。



「おはようカズエ。んー、今朝も
可愛いよ。」

「おはようミック。今朝も朝食を
用意してくれたの?いい匂い・・・
。」

「うん、君よりボクの方が時間に
余裕があるからね。」



ミックは淹れたてのコーヒーを
テーブルに運ぶと、嬉しそうに
かずえを見つめた。



「?なあにミック、あんまり
じっくり見ないで。
・・・その・・・恥ずかしいから。」



真っ直ぐに見つめる度、
そう照れくさそうに呟くかずえ
をこれからも見ていたい・・・。
この間みたいに、自分を心配して
冷静さを欠き、取り乱す、自分の
知らないかずえに出会いたい
・・・。



その為に、今、自分の出来る事を
一つずつ、やる。

まずは、君のために美味しい朝ご飯
を始めよう・・・。




「ごちそうさま。美味しかった。
今日は早く帰れそうだから、
一緒に夕飯つくりましょ?」

「ああ、分かったよ。ボクも
依頼が一つ入ってるから、それが
片付いたら一度連絡するよ。」

「うん・・・待ってる。」




いつか、香に海坊主直伝のトラップ
を習いに行こうかな、なんて事を
思いながら、ミックは朝食の片付けを
済ませると、自身の手に白い手袋を
嵌めた。



「じゃあ、また後でね。」

「じゃあ、またね。」



二人は軽いキスを交わし、仕事に
出掛けるため部屋を後にした・・・。






****************

今回はお話を2つ紡がせていただき
ました(*^^*)
よければもう1つの方もお読み
下さいね・・・☆


2016.12.25 Sun (06:00) l ミック l コメント (0) トラックバック (0) l top



「ーーーーーーーんーーー?」




温かな温もりの中で・・・。
安らかに微睡んでいた撩の右手が
、ゆっくりと空を漂い、
静かに撩を見つめていた香の頬に
そっと、降りて来た・・・。





「・・・ごめんね。
起こしちゃった・・・?」



ただ・・・静かに。

自分の目の前で安らいでいた撩の
寝顔を見つめていた香は、
ほんの少しだけ困ったような、
恥ずかしいような表情を浮かべて
見せながら、頬に降りてきた
温かさに自身の掌を重ねた。

撩は、薄目を開けたまま、ベッドの
枕元に置かれた目覚まし時計に
ちらり、目をやった。



「ーーーいや。
いつもお前の起きる時間だもんな。
今日はゆっくりしろって言ったのに
ーーー。
いつもの習慣で目が覚めたか
ーーー?」



・・・ベッドの枕元に置かれた時計
の短針は、数字の5を指す手前
だった・・・。

今朝はゆっくりしようと思い、
撩は目覚まし時計のアラームの
スイッチを切って、香が目覚めない
ようにしたのだけれど。
香はつい、いつもの習慣で目を
醒ましてしまった・・・。

部屋の窓を覆うカーテンの隙間から
覗く光はまだ弱く・・・
撩は、香の頬に触れていた手を
離すと、身体に掛けられた毛布を
少しだけ引っ張り上げて、
冷えた外気に晒されていた香の
肩をそっと包み込んだ。





「・・・まだ眠っていいよ。」




そう呟いた撩の瞳の輝きは、
とても柔らかだった。

香はにっこりと微笑むと、
小さく頷いた・・・。








そう、撩は・・・


撩は、いつでも温かくて、
そして、誰よりも優しい・・・








・・・初めは。
アニキの代わりになりたかった
・・・。
ただ、それだけを思った・・・。





・・・なのに。



月日を重ねる度・・・心はどんどん
貪欲になる・・・。



触れたくて・・・近づきたくて
・・・。

触れて欲しくて・・・この想いに
気付いて・・・欲しくて・・・。



誰よりも身体は傍にいるのに・・・
心は決して掴む事の出来ない、
ひらひらと軽やかに空に舞う蝶の
ように・・・

近づいたかと思えばあっという間に
遠ざかる・・・。



・・・けれど・・・。



ただ・・・見て欲しかった・・・


他の女の人と同じように見て
欲しかった・・・。






・・・けれど・・・。



近付けば近付くほど・・・

あなたを知れば知るほど・・・

月日を重ねれば重ねるほど・・・

自分は、他の女の人と同じ
ように見て欲しくは無いんだ
、と・・・。

そんな気持ちに気付いた・・・。




どんな言い訳をしてでも・・・

無理矢理な理由を付けて並べて
・・・



他の・・・どの誰よりも、
ただ・・・
傍に・・・いたくて・・・。





思わせ振りな態度にいちいち
ときめいたり・・・

他の女の人に向ける態度や視線
・・・
その身体に触れる手、指先・・・
名前を呼ぶ声・・・

全てに苛立ちを覚えた事も
一度や二度じゃない・・・。




・・・けれど。



近くにいるから見えてきた事
・・・

知らなかった事・・・

あなたが隠していた過去・・・

打ち明けようとしなかった
辛すぎる記憶・・・。



それを一つ・・・知る度に・・・

時折、ふっ、と寂しそうに見える
その大きな背中を抱き締めて
あげたくなった・・・。





これだけ傍にいるのに知らない事
・・・



傍にいすぎて気付けない事・・・



きっと、自分が知ったり感じる
以上に沢山あると思う・・・。




だから、あなたと触れ合う度
・・・
解り合う度・・・

もっと強くなりたい・・・
もっと強くならなくちゃ・・・
って、・・・思う・・・。





力だけではどうにもならない
、あなたの心の闇と・・・

目には見えない・・・
沢山の傷・・・。

その全てから貴方を守りたい
・・・。






ずっと・・・想い続けていた
あなた・・・。



いつしか夢にまで見・・・
憧れていた願いは叶う時が訪れ
・・・

いつしか私は、あなたの腕の中で
安らかな眠りに溶けてゆく・・・
そんな夜を迎えられるようになった
・・・。




壊れ物を扱うように・・・

大切に触れてくれるその指・・・
その腕・・・その・・・身体。





壊れないから・・・

大丈夫だから・・・抱き締めて
・・・。



強く・・・強く・・・。






あたしの鼓動が・・・
あなたに伝えてくれればいいのに
・・・。



どきどき、と早く高鳴るこの胸の
鼓動が、あなたに伝えわれば
いいのに・・・。







「・・・ねぇ、撩・・・。」

「ーーーーーーん?」

「・・・大好き・・・。」

「ーーー知ってる。」



撩はそう呟くと、唇の端を
にやりと緩ませ、目頭を細めながら
、香を抱いていた腕に力を込めた
・・・。





これからも傍にいるから・・・

これからも私の傍にいて欲しい
・・・。




そして・・・



あなたの安らげる場所がどうか、
いつまでも私の傍でありますように
・・・。



そう願いながら、香はゆっくりと
瞼を伏せた・・・。





*********************

少し遅くなりましたが、
merryChristmas☆

初めて来てくださったあなた様、
いつも来てくださるあなた様、
コメント、拍手、いつも嬉しく
思っています。
ありがとうございます(*^^*)



日々、感謝  ☆  和那
2016.12.25 Sun (06:00) l l コメント (0) トラックバック (0) l top
ある日の真夜中・・・


とある町外れにある林の中に、一際大きな木が
生えていた。
そこに、大柄な男が二人、大きな樹木の
太い枝にそれぞれ腰を下ろし、枝葉に身を潜め
、雨宿りを兼ねた僅かな休憩を取っていた
・・・。



土砂降り、とまではいかないが、
既に髪も身体も、雨露が滴り落ちる程に
しっとりと水分を含み・・・
衣服の色合いもかなり濃くなった・・・。

そして、体に張り付いた“それ”が、
体温を少しずつ奪おうとする・・・。



そんな中で息を殺し、気配を消している
二人の居るこの場所からは、
二人とは明らかに異色な気配が多数・・・。

・・・相手もまた、この男二人と同様に
訓練を積んだ者ばかりらしかった・・・が、
たった二人の大男に苦戦を強いられ、
とうとう気配を消す余裕すら無くしていた
・・・。

その為、こちらの居場所を見つけ出そうと
している者達の、荒れた気配を探るなど、
二人には容易い事なのだが、
その相手の数が何せ、多すぎる・・・。

そのため、二人は木の枝と葉に姿を溶かし、
僅かな休息を取っていた。




・・・だが。


そんな男達の視線は、何処か遠くにあった
・・・。

男は、“あちら”の様子を、頬杖をつきながら
探りつつ・・・



・・・心は、早く帰りたいと・・・



自分の帰りを一人で待っているであろう、
パートナーの事を考えていた・・・。














いつも・・・どんな時も・・・
自分の帰りを待っていてくれる・・・。

こんな場所に立たされる度、
その奇跡に改めて感謝させられるなんて・・・
昔は想像すら、した事すらなかった・・・。



・・・目を閉じれば・・・

ここには居ないお前の、屈託なく笑う
あの顔が、何故だか見えるような気がする
・・・。





・・・まだ死にたくない・・・と。

そう・・・心の何処かで、未練がましく
願ってしまうようになってしまったのは
何時からだろう・・・。





・・・お前はどうだ・・・?



お前は・・・

俺と出逢わなければ、俺と共に生きる・・・
なんて愚かな選択をする事無く、
今よりも確実に、穏やかに生きられた筈なのに
・・・。



・・・そんな事を考えない日は、
今も・・・無くて・・・。

油断をすると、それは俺の意識の底から
ふっ、と現れて、俺を飲み込もうとする
・・・。



そんな闇に囚われたくは無くて・・・

そして俺は・・・そんな俺を、
お前にだけは気付かれたくは無くて・・・。

声を掛けてくるお前に、つい不機嫌そうな
態度を浮かべてしまい・・・



時にお前を悩ませてしまう・・・。









・・・けれど・・・。



お前は・・・いつも笑う・・・。




俺が不機嫌な顔や態度を取った時も・・・



時折、訳もなく冷たい態度を取ってしまった
時も・・・


   
時に・・・ほんの少し、困ったような顔をする
けれど、

お前はやっぱり楽しそうに、そして
嬉しそうに笑う・・・。








“あ!ちょっと撩、飲み過ぎでしょ?
煙草ももう少し控えなさいよ。

え?そりゃあ・・・一応、心配するわよ。
・・・これでもあんたのパートナーなんだから

そんなの当然でしょう?



・・・あたしにだって、一応、
将来の夢があるんだから。

・・・あんたとあたしがね、ロマンスグレーの
おじいさん、おばあさんになっても、
ずーっと一緒にパートナーを組んで戦って
行く事。
・・・あ、言っときますけどね、

“守備範囲は30歳まで”

なんて言わせないわよ。

・・・だから・・・
それまでは絶対に一緒に生きなさいよ。

・・・それまであたし、ハンマー振り回せる
かしら・・・なーんてね。”









“・・・ねーぇ?ファルコン・・・。

あたし・・・今、とっても幸せよ・・・。



あの時・・・一度は貴方に、戦いの舞台から
下ろされたけど・・・

・・・それでも、ファルコンを諦めるなんて、
私には無理だった・・・。

あたしには・・・ファルコンの居ない人生
なんて、有り得ないの・・・。
ファルコンが生きてくれたら・・・

それで・・・いい・・・。



だから、ね・・・これからはずっと・・・
ずっと・・・一緒にいて、ね。



・・・勿論、死ぬ時も・・・よ。”













・・・これ以上、何を望む・・・?



・・・血と硝煙にまみれた、この薄汚れた
身に、有り余る程の歓びを手に入れた今・・・



これ以上・・・何を望む・・・?










「ーーーーーーーなぁ。
お前ーーー今、何考えてた?」



額や頬を伝い、流れてくる雨の雫を、
撩はふるふる、と顔を振って飛ばしながら、
隣で同じように頬杖をついたまま微動だに
しない海坊主に話し掛けた・・・。

その二人の居る大木の足元では、迷彩服に
身を包んだ男達が、血相を変え、二人の
居場所を探っていたが・・・

焦るあまり、二人が
木の上に居る事にすら気づかない・・・。





「・・・あ?・・・別に。
何も・・・考えちゃいない・・・。
奴等の数が何時まで経っても減らないから
少しうんざりしてきただけだ・・・。
一体どれだけ居るんだ・・・?」



撩の問い掛けに、海坊主は姿勢も表情も
変える事の無いまま、ぽつりと呟いた。

何故だか、そんな海坊主のポーカーフェイスを
崩したくなった撩は、
足元から気配が遠ざかるのを確認し、
海坊主が心を乱すような言葉をわざと選び、
それを口にした・・・。



「よく言うぜ。
ーーーむっつりなお前の事だ。
どうせ美樹ちゃんの事でも考えてたんだろ。
ーーー美樹ちゃんのあんな事やこんな事
考えてたって、
スケベでだらしなーい顔してやがるぜ。」



だらしない表情をわざと浮かべながら
海坊主をからかう撩に、
海坊主はついカッとなり、怒鳴りたいのを
必死で我慢しながら、声を殺して口をぱくぱく
動かし、撩に反論した。



「ばっっ、馬鹿を言うなっ!!
・・・そう言うお前こそ、香の事ばかり
考えてたんじゃあないか?」

「あ?ーーーんな訳あるかよ!

ーーーしかし、ここまであちらさんの数が
居るなんて想定外だったな。」

「・・・違いないな。
今回も冴子には一杯食わされたな。

・・・ま、あいつも、自分達の手には
負えないと踏んだんだろう。
・・・賢明といえば賢明だ。
何せ、数が多すぎるし、警察にはこいつらの
相手はきつすぎる・・・。」



海坊主は、自らが倒してきた者の数を
思い出しながら、
何処か遠い地で特殊な訓練を受け、この場に
強制的に送り込まれたであろう数え切れない
程の人数を、隠密に警察が始末するにはかなり
無理があるだろうな、と考えていた。

撩は、そんな海坊主の話を最後まで聞きながら
、自分も同じ意見であると感じ、静かに頷いた

そして、愛銃に新しい弾をひとつずつ
込めながら、海坊主に訊ねた。






「ーーーそう言えば、お前、弾はまだ
足りるのか?」



撩の問いに、海坊主は



「フン!・・・余計なお世話だ。
お前は自分の心配だけしてろ。
・・・それに、いざとなったら、この土地
丸ごと爆破出来るように色々仕掛けは
してある。」



と、海坊主は得意気に笑って見せた。

幾ら海坊主の仕掛けたものとは言え、
トラップを作動させれば当たり所が悪く、
命を落とす人間が出てしまうかもしれない。
だから、海坊主は撩に“いざとなったら”と
言う言葉を選んだ・・・。

それは、この男とならば、トラップを作動
させなくとも事は済むだろう、という、
撩への信頼を表す意味も含まれていた・・・。

冴子からの依頼でもあったのだが、
この戦いが始まって以来、誰一人命を
落としてはいない・・・。

命を落とさないように戦う事は難しい・・・。
けれど、二人はいつからか、無闇に命を奪う事
を止めた・・・。





「怖ぁ。ーーーさすが、香の師匠。
しっかし、いい加減帰らないと、マジで香に
どやされるぜ。」

「・・・どやされる・・・か。
・・・まあ、美樹も似たようなモンだ。」

「ーーーまーたまた。
美樹ちゃんは香と大違いだろ?

“ファルコン!大丈夫?
あたしが隅々まで手当てしてあげる。
さあ、服を脱いで・・・”

ってさ。
くぅ~羨まし過ぎるっ。
ーーーあーあ、香もいい加減、それ位して
くれるようにならねぇかな。」

「ばっ・・・馬鹿を言うな。
・・・・そんな事ばかりじゃあ・・・無い。」

「ほら見ろ、やっぱりあるんじゃねーか。」

「・・・前回は・・・その・・・・・・・・



・・・・・・・・・・グーで殴られた。」

「は?

ーーー何、お前、美樹ちゃんに隠れて浮気でも
したの?」

「俺は浮気なんてした事は無い!

・・・弾傷の治療を・・・。
まあ、大したこと無かったんで、内緒で一人で
治療してる所を美樹に見つかっちまって・・・


“あたしに隠れて傷の治療なんてしないで!
化膿したらどうするの!”

・・・って。
勿論、親指はしっかり握り込んだ上で、な。」

「ーーーーーすげぇ。さすが美樹ちゃん。
迫力も半端ねぇな。

ーーー、しっかし、後どれだけいるんだ?
幾ら倒してもキリがないぜ。」

「・・・だな。
少し遊び過ぎて疲れたし、今日は大人しく
手当てして貰うとするか・・・。

・・・撩、お前も今日は香に優しくして貰え。


「いやーーーそいつは多分無理だ。
お前と一緒に冴子の依頼を、ってのは言って
来たけど、今日こそ朝帰りはしない、って
つい言って来ちまったからな。

ーーーあ~あ、絶対香に怒られる・・・。」

「香が怒るって事は、それほどお前の事を
心配してる、って事だろう。
・・・じゃあ、香の為にも尚更早く片付けて
帰ってやらないとな。
・・・それに、夜更かしは女の肌にゃ
良くないんだろ?」

「お、お前も随分言うようになったじゃねーか

ーーー美樹ちゃんの肌にも、な。


ーーーさて、もう休憩は終わりだ。
そろそろ行くとするか、タコ坊主。」

「・・・そうだな、もっこり大将。」

「ーーーじゃあ終わったら、あいつらの
大量生け捕り記念に一杯飲むか。」

「・・・・・同感、だ。・・・行くぞ!」

「おうっ!!」









・・・帰りたい場所なんて、無かった・・・。



何時か、自分は何処かで野垂れ死ぬのだと
・・・。



目の前に転がり、動かなくなった人の塊に
自身の姿を重ねた日々も、一度や二度では
無い・・・。



ここまで生きてこられたのは、ほんの少し
人より器用だった事と、
並外れた悪運の強さ・・・

ただ、それだけ・・・。






・・・今は・・・



とにかく早く・・・あいつの元へ帰りたい
・・・。



帰ったら、・・・相変わらず、凄く
怒るんだろう・・・。



そして・・・怒りながら、身体中に付いた
傷をチェックし、その一つ一つを丁寧に
手当てしてくれるだろう・・・。



そんな怒りっぽくて、実は誰よりも
寂しがりやなお前の顔が、今は見たくて
堪らない・・・。






・・・なんて。



そんな事を、今一緒に戦っているこの男も
心の何処かで思っているんだろうか・・・。



・・・今は・・・



兎に角、無事に生き残る事を考える・・・。



どんな時も・・・


絶対に生き残る、なんて保証はどこにも
無いから・・・。





自分の腕に、指先に・・・自分の全てを懸ける
・・・。





もうすぐ夜が明ける、その時まで

あと・・・僅か・・・。




俺の無事を祈り、待ち続けているあいつの
元へ辿り着くために・・・。





お前の待つ場所が・・・

俺の帰りたいと願う、たった一つの場所
・・・。







*********************

このブログを開設し、三年が経ちました(*^^*)

当ブログに足を運んで下さいましたあなた様、
拍手やコメントを下さいましたあなた様、
ありがとうございます☆

これからも不定期運営ではありますが、
お立ち寄りいただけると幸いです。



台風などの天候不良により被害に遭われた方、
心よりお見舞い申し上げます。
CHを愛される皆様のご無事と、一日も早い復興
をお祈りいたしております。




☆日々、感謝☆

和那




2016.09.03 Sat (06:00) l 想い l コメント (1) トラックバック (0) l top
皆さま、おひさしぶりです。
和那です。

当ブログに足を運んで下さるあなたさま、
初めて足を運んで下さったあなたさま、
ありがとうございます(*^^*)

コメント、いつもありがとうございます。
コメントを読む度に、書いて下さる方の気持ち
が伝わってきて、とても嬉しくなります。
拍手もありがとうございます☆


・・・実は昨日、こちらの文章をアップした
つもりでおりました。

・・・が。

後からサイトの方を確認しましたところ、
設定を誤ったのか、限定公開の設定になって
おりました。
ご連絡を下さった方、本当にすみません!
皆さまから連絡をいただかなければ間違いに
気付けませんでした~。

以後、このような間違いを起こさないよう
気を付けます(>_<)



今年は、例年になく忙しくなる予定が
前もってある程度分かっていましたので、
それなりに覚悟はしていたのですが、

もう、本当に、身体が二つ欲しい・・・。

でも身体が二つあったら維持費が2倍・・・
維持費が2倍=家計に優しくない・・・
な~んて事を真剣に悩んでしまう程に、
今は兎に角時間に余裕がありません💦

9月になったら少しは余裕が出るでしょうか。



自分のブログ運営もままならない状態ですので
素敵サイトさまに足を運ぶ事も難しく、
大好きなサイトさまにも足を運べていません
(>_<)



でも、忙しいけれど、忙しいのは嫌いじゃ
ない和那なのです(*^^*)



・・・話は変わりますが、先の地震により
震災に遭われた方、天候不順により通常の
生活が困難になっておられる方を思い、
ニュースで色々な事を知る度に、胸が痛く
なります。

皆さま、ご無事でしょうか。

兎に角、一日も早い復興を願うばかり
です・・・。



それでですね・・・。

当ブログのプロフィール欄をご覧下さった方
はご存知かとは思いますが、現在当ブログの
プロフィール画像の方は、
撩ちゃんと香ちゃんのお洋服をイメージして
着せた、
“撩ちゃんくまちゃん”と
“香ちゃんくまちゃん”となっております。

(ちなみにくまちゃんは市販されていたもの
です。洋服はフェルトを切って、和那が
手縫いしました。)



この二体は、現在、私の愛車の中に飾って
あります。
いつも私と一緒にいてくれます。
撩ちゃんくまちゃんと香ちゃんを見るたび、
ほっこりと癒され、にっこりとしてしまう
自分がいます。



・・・もし。
今、色々な事に、体や心が辛いなぁと
感じられておられる方の中で



「この二体が傍にいてくれたら元気になれる
かも・・・。」



と思われる方がおられましたら。

撩ちゃんくまちゃん、香ちゃんくまちゃん、
共に揃って大切にして下さる事を条件に、
お譲りいたします。



(縫い目等は荒いところもあるので💦
出来ればそういった所に寛大な方がいいです。
尚、香くまちゃんにかかっているビーズは
和那の私物につき付けられません。
ご了承ください。)



大きさは、立った状態で約20㎝前後です。

コメント欄等に、こちらから連絡出来る連絡先
等を明記の上、ご連絡ください。

万一、希望される方が多数おられる場合、
くまちゃんをお渡し出来ない方にはくまちゃん
をポストカードにして郵送させて頂きます。


 
私に出来る事は本当に微々たるものしか
ありません。
なので、出来る事を精一杯、自分らしく
頑張ります。




・・・いつの間にか、気が付けばもうすぐ
ブログ開設三周年になります。
拍手の方も、たくさんいただきまして、
本当にありがとうございます(*^^*)
三周年記念日には新しいお話をひとつアップ
出来たらいいなぁ、と考えています。

ここまでブログを続けてこられたのも、二人を
思う皆さまにわざわざ足を運んで貰えた
お陰です。

ありがとうございます(*^^*)

これからものろのろ運営ではありますが、
お付き合いいただけると嬉しいです。



日々、感謝☆和那




☆お知らせ☆

素敵サイトさまを一件お迎えいたしました。













今でもとても大切なあなたへ・・・。



ここまで続けてこられたのも、
全てあなたのお陰です。



どれだけ感謝しても足りません・・・。
ありがとう・・・ありがとう。

離れていても、会えなくても・・・。
あなたを大切に思う気持ちは決して無くなる事
はありません・・・。



ありがとう・・・。

あなたはいつまでも、これからも。
私のかけがえの無い大切な人です。

ずっと、これから先も、ずっと・・・
私の大切な人でいてください・・・。



2016.08.20 Sat (06:00) l お礼 l コメント (0) トラックバック (0) l top

幾つもの選択肢の中から、
自分が選んだたった一つの道がある・・・。

それを選んだ事に、時には迷ったり、
悩む時があるけれど・・・。

この道を歩いてゆく、と
選んだ自分を信じて生きて行く・・・。













「・・・あ!やだ香、ここ青くなってるわ!
え、あっ、ここもよっ!」



香の友人でありデザイナーである絵梨子は、
大きな声を出して思わず叫び声を上げた。
それは、これからモデルとして撮影しようと
する香に付き添っていた際に、
香の脚や背中に痣らしきものを幾つも
見つけたからだった・・・。



「ん?・・・ああ!
この間ちょっとやっちゃって。あはは。」



香は絵梨子に言われた箇所を横目で見ながら、
何時もの事だと言わんばかりに笑ってみせた。



・・・普通の女ならば、身体に傷や痣が
出来ようものならば、多少なりとも気にする
だろうに、香ときたら・・・。

絵梨子はその職業柄、傷や痣に慣れてしまって
いるらしい香を見つめながら、
大きな溜め息を1つ、深々と吐いた・・・。

・・・と、そんな絵梨子の様子を察した香は、
思わず絵梨子に声を掛けた。



「・・・どうしたの?絵梨子。
もしかして、どこか具合でも悪いの?」



そう言って、香は心配そうに絵梨子の顔を
覗き込んだ。

そんな香に対し絵梨子は、
自身の身体に付いた痕など気にも留めない
香の態度についカッとなってしまい、
思わず怒ってしまった。



「・・・そうじゃなくてっ!
ねぇ香、貴女、確かこの間もそうだった
じゃない!」

「そうって・・・何が?」

「痣よ痣!この間は擦り傷だったけど!
・・・もうっ、人の心配するより、まず
自分の心配でしょう!?
香は昔からいっつもそうなんだから!

・・・大体、冴羽さんは?!
香、冴羽さんと一緒だったんでしょ?」

「ええまあ、一緒には居たけど・・・」

「やっぱり一緒だったのね!
冴羽さん・・・全く、彼には呆れるわ!」



冴羽が香の近くに居たのなら、
どうして香の身体に傷が付かないと
いけなかったのか・・・。

香を心配するあまり、絵梨子の苛々が
募ってゆく・・・。



「・・・どうせ冴羽さんの事だから、香を
放っておいてナンパでもしていたんでしょ。」

「え?でも、これと撩とは全然関係無いのよ。
絵梨子、ちょっと考え過ぎ。
それに、撩のナンパなんて何時もの事だから
・・・。」

「一緒に居たなら尚更、ちゃんと香の事を
守ってくれなくちゃ駄目じゃない!
・・・とりあえず、痣になっている所は
メイクで何とかカバーしましょ。」



絵梨子はそう言って、近くに居たスタッフに
声を掛け、何やら指示を出した。
絵梨子の様子から、絵梨子が何か勘違いを
している、という事を感じた香は、
その誤解を解こうとした・・・。



「え?あ、あのね絵梨子!
だから撩は関係ない・・・」



・・・が、絵梨子は香の意見をろくに聞きも
しないまま、くるり、と勢い良く香の方を
振り向いた。
そして、酷く怒った顔をして香に怒鳴った。



「関係無くないのっ!!


・・・ねぇ香。・・・お願いだから。
貴女ももう少し、自分を大切にして頂戴よ。
痣なんかで済んだからいいものの・・・
もっと酷い怪我なんかしたら一体どうするの
・・・?
あたしはただ、貴女が心配なのよ、香。」



絵梨子は頬を濃い桃色に染めめつつ、
心配そうに香を見つめながら、自身の想いを
ぶつけた。
その傍らで、絵梨子の指示により香の痣を
カバーしようとするスタッフ・・・。
彼女や近くにいた別のスタッフもまた、
香の痣を気の毒そうに見つめていた・・・。



・・・・・・・・・・香は。

自分の事を真剣に心配し、怒ってくれた
絵梨子の気持ちに対して何やら申し訳なく
思い、小さな声で

“ごめんね”

と絵梨子に詫びながらも



・・・それでも・・・それでも身体に
付いたこの痣と撩は関係無いのだ・・・と、
撩は何も悪くない・・・
むしろ、悪いのは自分なのだと
心の中で思った・・・。






・・・絵梨子が見つけた、香の身体に出来た
痣はおそらく先週、冴子からの依頼を受け、
撩と二人で、解決した際に出来たものだ、と
香は思った。

撩と二人で冴子の元へ辿り着いた際、出向いた
先はかなり古びた廃ビルで・・・。
冴子の許可も得た撩と香はそこで、少量だが
爆薬を使用する事にした。
その爆破の際に飛んできた破片か何かが偶然
香の身体に当たり、痣として今日まで
残ってしまったのだろう・・・。

だが、特に身体に酷い痛みは感じ無かったし、
撩は勿論だが、香も今更、痣の1つや2つ
気にはしない。
それが目立たない場所なら・・・尚更だ。

だから、絵梨子に言われるまで、香自身
痣の存在に気付きもしなかった・・・。



・・・どうして身体に痣が付いたのか、
それを事細かに絵梨子に説明したりはしないし
、するつもりも無い。



自分は撩と戦いながら生きていく事に誇りを
持っている・・・。
撩は何だかんだ言いながらも、いつも自分の事
をフォローしてくれている・・・。

だから、これからもこの生き方を続けてゆく
事に迷いも何も無い。
撩と一緒に戦ってゆきたい・・・。
だから、自身の身体に傷や痣が出来たところで
、香はそれを恥ずかしいとは思わない・・・。




むしろ、誇らしい・・・。



・・・けれど。
それは自分の意思と反して、親友である
絵梨子や、その周りにいる人間に少なからず
勘違いされ、今回のように誤解を招いてしまう
・・・。

自分の仕事や生き方を・・・。



それは、香にとって受け入れ難い
ものだった・・・。









「はーい、では撮影に入ります!」



・・・絵梨子の指揮のもと、
モデルとしての香の撮影が開始された・・・。





綺麗な洋服を着てメイクを施して貰って、
カメラの前に立ち・・・
カメラマンに誉められながら、
適度に身体を動かし、ポーズを取ってみせる。

誉められる度、カメラのシャッターが
切られる度に、自分がまるで違う人間になった
ような気持ちになって・・・何だか自分という
人間が特別扱いをされているような気がした
・・・。

高校時代に仲の良かった絵梨子が傍に
いてくれて・・・周りには、自分の年齢に
近い位の女の子のスタッフやカメラマンが
いてくれる・・・。

ここに来る度に、服装や食べ物の事、恋の話
など・・・撩たちといる時とはまた違った、
色々な話が出来る・・・。



・・・モデル、という仕事にも・・・
全く憧れや未練が無いか、と言えば、
嘘になる・・・。

楽しい事も沢山ある・・・けれど。



素敵な衣服やアクセサリーを身に纏ったり、
メイクで美しく見せるよりも・・・

傷を気にしながら生きるよりも、
傷を誇りに思い、生きてゆく・・・。



それが・・・自分らしく・・・
自分にとって、凄く心地が良くて・・・
そして、とっても誇らしい・・・。



香は写真を撮られながら・・・
心の中でそう感じる自分の気持ちを
素直に“愛しい”と思った・・・。

















・・・絵梨子の所有するスタジオで撮影が
行われる日は、いつも撩が香を絵梨子のいる
スタジオに送り迎えをしていた。

それは香に頼まれたから、という理由も
あるのだけど・・・。



最近はナンパをするのも控えめだ。
飲みに行く回数も随分と減った・・・。

今まで離れていた分、香に付き合うのも
悪くないかな・・・
なんて考えも撩には密かにあったりして・・・




・・・反面、少しだけ・・・
ほんの、少しだけ・・・。

絵梨子の依頼でモデルをする香に我慢している
部分が、まぁ、無いわけでは無いのだけれど
・・・。



・・・撩は今日も、香の撮影が終わりそうな
時間を見計らい、アパートから愛車を走らせ、
絵梨子の所有するスタジオまで香を来た。

何時もなら、建物の入り口近くで
香がそわそわしながら撩の迎えに来るのを
待っているのだけれど・・・。




・・・来ない。

撩は、スタジオの駐車場に車を止め、少し
様子を伺ってみた・・・が、
一向に、香が建物から現れる気配が無い。

今日は随分と遅いな・・・と思いながらも、
撩はとりあえず待ってみる事にした・・・。







・・・1本・・・。




・・・また1本・・・。



煙草の吸い殻が増えてゆく・・・。



・・・今日はどうやらかなり遅いようだ。
待っている間の暇潰しに、と、吸い始めた
煙草も、何本吸い終わっても香の戻ってくる
気配が無い。



・・・その吸い殻がとうとう10本目に
達しようとしていた頃、漸く香の姿が見えた。
香は撩の車を見つけると、慌てた様子で
車の傍へ駆け寄ってきた。






「・・・っ、ごめん撩っ!
遅くなっちゃった・・・っ!」



髪を乱して走ってきた香は、余程急いで
来たのか、息は激しく乱れ・・・
言葉も途切れ途切れだった・・・。



「なんだぁ?
今日はやけに遅かったじゃないか。」



撩は、少し拗ねたように、唇をわざと
尖らせながらそう呟くと、
香は遅くなってしまった事を直ぐに詫びた。



「ごめんごめんっ、ちょっと絵梨子と話が
あって。
・・・でもっ、やっと終わったから・・・。


・・・あ・・・もしかして撩・・・
ずっと待っててくれてたり・・・した?」



香はそう言って、運転席のドアに近寄り、
申し訳なさそうに撩の顔を覗きこんだ。

・・・撩は、確かに(そして一方的に)随分と
待ちわびたのだが・・・



「ーーーいや、今日は俺も用があってな。
まあ、今来た所だ。」



とだけ告げる事にした。
そして、あと少しでフィルターまで
燃えてしまいそうな位に吸った煙草の吸い殻を
撩は香に気付かれないようにして揉み消した。

香はそんな撩の仕草に気付かぬまま、
急いで助手席側に回ると、勢い良くドアを
開けて、車の中に乗り込んだ。

辺りは既に暗くなり・・・。
撩のお腹も、もう随分と前から既に何度も
空腹を知らせる地響きのような豪音が響く
・・・。



「しっかしーーーあ~もう限界だ~!
香ぃ~、腹へった~!!
なぁ、今日のメシは何だ?!」

「そうね、あたしもお腹空いちゃった。
本当にごめんね!・・・って、やだ!
もうこんな時間?!
ん~、もう遅いし、今晩はカレーにでも
しようか。
とんかつ用のお肉を仕込んで来たから、
特別にカツカレーにしてあげる。」

「了解!!
んじゃ、さっさと戻るとするかーーー。」



撩はそう言うと、車のハンドルを握り直し、
アクセルを踏み込んだ・・・。












夕飯にありつくまでに長い時間を要したせいか
、香が用意した今晩のカツカレーは何時にも
増して美味しく感じた・・・。

あまりに美味しかったので、鍋の中のカレーと
炊飯器の中のご飯が無くなる位迄、撩は食べ
続けた。
香は、相変わらずな撩の底無しの胃袋と食欲に
呆れはしたけれど、物凄く美味しそうに食べて
くれた事が、何より嬉しかった・・・。






食後・・・撩は一息ついてから、香に
言われるままに風呂に向かった。

・・・暫くしてから風呂から上がった撩は、
キッチンに赴き、そこに居る筈の香に向かって
声を掛けようと思ったのだが、そこには先程
食べたカレーの良い香りだけが残るだけで、
香の姿は何処にも見当たらなかった。
リビングにいるかと思ってみたが、
そこにもそれらしい気配が感じられない。

リビングよりも感じる香の気配は・・・






「ーーーーーーーーーー屋上?」



・・・何故、こんな暗い時刻に香は屋上に
行ったのだろう・・・。

撩はまだ濡れている髪をタオルでがしがし、と
拭きながら、香がいるであろう屋上の方を
見つめた・・・。













・・・香は一人きりで、アパートの屋上に
立っていた・・・。



少し涼しく流れてくる風が、
ノースリーブのシャツからすらりと伸びた腕と
、短めの髪の間をするり、と撫でてゆく感触が
何とも心地いい・・。

そんな心地よさに身を委ねながら香は、
ビルの屋上の縁に軽く肘を付いて頬杖をつき、
ただ、ぼんやりと・・・
夜の闇に煌めく、沢山の灯りを眺めていた
・・・。







「ーーー風呂、空いたぜ。」



後ろからふいに、聞き慣れている男の声に
呼ばれ・・・。

ゆっくりと後ろを振り返るとそこには、
まだ綺麗に乾き切らないままの髪をそのままに
、いつも通りのラフな格好の姿の撩が、
火のついた煙草をくわえたまま立っていた。



「・・・もう。
煙草を吸いながら歩いたら、灰が落ちるって
言ってるでしょ。」



と、香は撩に小言を言ってみたが、
その表情は怒ってはおらず、
むしろ柔らかなものだった・・・。






「ーーー珍しいな。」

「ん?屋上にいるのが?
そんな事無いわよ・・・撩が知らないだけ。」

「そうかーーー?」



撩は香と話しながら、香の横に歩み寄った。
撩の使っているシャンプーの香りが香の鼻の
奥をくすぐる・・・。
その匂いを密かに楽しみながら、香は、
撩の痛い所を軽く突いてみる事にした・・・。



「ええ、そうよ。
・・・だって撩ったら、ついこの間まで
い~っつも外に飲みに出歩いてて、
ろくにアパートにいなかったじゃない。」



・・・香のこの一言に。
撩の眉間に思わず、くっきりとした皺が寄った
ので、香は思わず吹き出しそうになった。
当の撩は、ばつが悪そうに視線を夜景へと
泳がせながら、唇を尖らせ反論に出た・・・。



「そりゃまあ、そうだけどーーー。
けど最近はあんまり行ってねぇじゃねーか。」

「そうなのよね。
・・・あんたが飲みに行かないから、
この間なんかお店のママ達に、

“香ちゃん!お願いだから撩ちゃんが
飲み歩くのを許してやって!”

なーんて言われたんだから。

けど、撩が飲み歩気に行かないなんて・・・
何だか変な感じ。
あ、あたしに気を使ってるなら気にしないで
いいのよ?程々に飲むなら許してあげる。」

「ーーーは?ーーー何、お前は俺に飲みに
行って欲しい訳?」

「そうは言ってないでしょ?」

「ーーーーーーま、気が向いたらその内飲みに
行くさ。お前もその内慣れるーーー。」

「そうね・・・じゃあ仕方ないからその内
慣れてあげる。」

「ーーー素直じゃねぇなぁ。」

「・・・お互い様でしょ?」



そういうやり取りを何度か交わし・・・
二人はやがて、可笑しくなって、声を上げて
笑った・・・。




やがて・・・

しばらく間を置いてから、香はゆっくりと
口を開いた・・・。






「・・・ねぇ、撩・・・。」

「ーーーん?どうしたーーー?」

「あたしね・・・絵梨子からのモデルの
仕事・・・断る事にしたの。」



香はそう言って、どこかすっきりとした、
楽しそうな笑顔で撩を見つめた。
撩は突然の香の発言に驚き、思わず目を
大きく見開いたまま香を見つめると・・・
香は、撩を見つめていた視線を、
街に光るネオンの輝きにゆっくりと向けながら
言葉を続けた・・・。






「・・・急にびっくりした?ごめんね。
今日、絵梨子を説得するのに思ったより
時間がかかっちゃって。
それで帰りが遅くなっちゃったの。」

「そりゃお前ーーー。
でもーーーーーーーいいのか?
絵梨子さんの、断っちまって。」



少し心配そうにこちらを見つめる撩に向かい、
香はにっこりと笑顔を浮かべながら口を開いた
・・・。



「ああ・・・うん、いいの!
それに・・・このまま絵梨子の好意に甘えて
いたら、本気でモデルを目指してる子に
怒られちゃうわ。」

「ーーーとか言って。
本当は結構楽しかったんじゃねーのか?
収入もいいって言ってたじゃねーか。」
 
「まあね、絵梨子のお陰で助かっちゃった!
あんたのツケもすっかり払い終えたしね。」

「ーーーそりゃあ悪かったな。
けど、あの絵梨子さんの事だし、辞めるなんて
申し出は相当拒んだんじゃねぇの?」

「うん、凄かった・・・。
・・・けど、最後は絵梨子もちゃんと
解ってくれた・・・。
だからね、最後に1枚、どうしても記念に
撮って欲しかった服があったから、それを
着て写真を撮って貰ったの。
今度、CATSで絵梨子に会う予定なんだ。」



香は、消えようとしている痣を指でなぞり
ながら、言葉を続ける・・・。





「・・・絵梨子がね、言うのよ。

『もっと自分を大切にしないと駄目よ。』

って。」



そう呟く香は、どこか寂しげに見えた。
撩は、香の話をただ、黙って聞いていた・・・




「ほら、この間冴子さんの依頼請けた時に
爆薬使ったじゃない?あの時に飛んできた破片
か何かで痣が残っててね・・・絵梨子に
怒られちゃった。

・・・モデルをさせて貰って分かったの。
ねぇ、撩・・・マリィーさんって凄いわよね。
撩と一緒に戦った事だってあるのに、今思えば
身体の目立つ所に傷なんて見えなかった・・・

注意の仕方が違うからかしらね。」



香はそう言って、悪戯っ子のように笑って
見せた。
久々やな耳にする懐かしいマリィーの名前に、
マリィーと、マリィーの父親の姿が脳裏に
浮かぶ・・・。



「そうだなーーーあいつは父親にかなり
鍛えられたし、何より身体に傷が付くのを
嫌がっていたからなーーー。」

「そっか・・・・・・・・・ねぇ撩?
あたしは色んな意味で未熟だから、身体に
傷だって付けちゃうし、付けた事すら
気付いていない時がある・・・。

けどね・・・あたしは、身体に残ってる傷も
痣も恥ずかしいとは思わないの。
・・・痣が残ってたのだって、海坊主さんに
教えて貰ったトラップを上手く作動させる事
が出来たからだし、それで撩や冴子さんの役
に立てた。

・・・けどね、これを見て・・・
そうは思わない人だっているの・・・。」

「ーーー絵梨子さんーーーか?」

「・・・色々、ね。

そんな事を色々知って・・・何だろう・・・
綺麗に着飾って、写真を撮られるために
身体に傷を付けないように生きるのって、
・・・何か、あたしらしく無いなあ、って。
そう思ったの。」



香は・・・ずっと胸の奥に閉まっていた
もやもやとした気持ちを撩にぶつけた。

撩は、香の話に黙って耳を傾けていたが、
少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた
・・・。



「ーーーそうかーーー。

けどーーーお前はそれで満足なのかーーー?」






・・・撩だけは、知っていた。

香がモデルの仕事をしてきた時の
嬉しそうに話す笑顔も・・・
その日、どんな事を体験してきたかも・・・。
そしてその表情は、そこら辺に居る、
普通の女の子らと変わらなくて・・・。

・・・普通の生き方を香から奪った、と
感じている撩にとっては、たまにモデルとして
撮影をしたり、絵梨子のような友人に
会う事位なら、良いと思っていた・・・。



けど、香の意思は・・・。






「・・・うん。
あたしは傷を気にしながら写真を撮られるより
、例え傷付いてでも、撩と一緒に生きたい。

生きていきたい・・・。
勿論、傷が付かないように気を付けるわよ。

・・・でも・・・それが、いい・・・。
これからも、ずっと・・・
そんな生き方をしていきたい・・・。」



香はそう言って、顔を上げて真っ直ぐに撩を
見た。
その瞳には、迷いなど無く・・・
強い意思が伝わってくる・・・。



撩は、香の肩にそっと手を掛けると、
香にそっと呟いた。



「ーーーまぁ、そういう考えもーーー
お前らしくていいんじゃあないか?」



撩はそう言って、もう片方の手で、香の頭を
くしゃくしゃ、と撫でた。
そして、撩は撫でていた手を下ろすと、
それを今度は香の肩に置き、
ふっ・・・と、微笑んだ・・・。







「香、今までお疲れさん。

ーーーじゃあ、今夜はお祝いに一杯呑むか。」

「うん!・・・って、お祝い?何の?」



撩と一緒に飲む事は理解出来たが、撩の言う

“お祝い”

の意味が香には理解出来ない。
不思議そうな顔で考え込む香の頭の上に、
はてなマークが幾つも見える気がして、
撩は笑いそうになるのを堪え、香の様子を
伺っていたが、暫く間を置いてから、
悩んでいる香に向かってこう言った。





「ーーーそうだな。

お前が、漸く絵梨子さんに解放された記念
ーーーかな。」



撩の言葉に、香の目が点になる・・・。
益々、何の事だか分からない。



「へ・・・?解放?

・・・あんた、絵梨子の事苦手だったっけ?」

「ーーーーーーそうじゃねーよ。」

「じゃあ何よ・・・?」

「ーーー分からないか?」

「・・・・・分かんない。」



撩の言っている事が本当に理解できない香は、
眉間に皺を寄せて悩んだ。
そんな香をからかう訳では無いが、
撩は分からないならば態度で示そう、と
思い、行動に出る事にした。



香にすっ、と詰め寄り・・・

・・・香の首の後ろに左手を差し入れて
逃げられないように支えると・・・
その首筋に自身の唇をあてがい、
跡が付くほどきつく、強く、吸いついた
・・・。



「ひゃああああっ?!!」



撩の唇が離れた後に咲いたのは、
まるで紅い華のように濡れた、口付けの跡
・・・。



撩突然の行為に、香は動揺してしまって、
上手く言葉が出ない・・・。

足が震え、今にも身体が崩れ落ちて
しまいそうだ・・・。



そんな香に少し意地悪をするかのように、
撩は香の足元にしゃがみ込むと、
香の顔を見上げた。



「ーーーモデルなんてやってる間は
キスマークなんて付けたら目立っちまうだろ

ーーー絵梨子さんには悪いが、ま、
これからは色々気にせずにあんな事や
こんな事が出来るってもんだ。」

「・・・・・?!!あっ、あんな・・・?!」

「ーーーやっぱ酒はいいや。
乾杯はまた今度な。
ーーー香、取り敢えず一緒に風呂入ろうぜ。
今日は俺が洗ってやるよ。
身体の隅々までーーーな。」



そう言って、撩は香の太ももに手を伸ばした。
そして、それを引き寄せ、自身の肩に香のお腹
をあてがい、撩はそのまま立ち上がった。

・・・香は肩に担ぎ上げられる形になって
しまい、気が付いた時には、香の視線は
地面の方を向いていた。







「きゃあっ!!!
ちょ、ちょっと!?降ろして!撩っ!!!」

「ん?ああいいぜ、風呂に着いたらな~。」

「あ、あんたさっきお風呂に入ったでしょ
?!」

「いーじゃん。別に何回風呂入っても
死ぬ訳じゃねぇし。

ってーーーいてっ!こら、暴れるな!」

「やだっ!はっ、早く下ろしなさいっ!!
風呂くらい一人で入れるっ!!
撩のエッチ!スケベ!」

「ーーーあのなぁーーー。

跡が残っても俺と生きたい、って言ったのは
お前だろ?」

「そ、そうだけど・・・っ

跡の意味が違うからあっ!!」

「あ?お前ーーー何想像してんの?」

「・・・え?・・・・・え?!」

「俺はただ、お前の身体にまだ痣が無いか、
身体を洗ってやるついでに確認しようと思った
だけなんだけど。
まあ、お前がそこまで想像するなら期待に
応えてやらないとなぁ。
そっかあ、跡付けて欲しかったのかぁ!
ーーー香ちゃんったら、や~らし~い。」

「り、りょお~っ!!!」
















美樹「・・・で?
香さんはモデルの仕事を断っちゃったの?」



美樹は驚きを隠せない様子で声を上げた。



美樹の営むその店に、今日は香の姿は無く
・・・。

男店主不在のこの日、美人の女店主の相手を
していたのは、いつの間にか店の常連に
なっていた絵梨子・・・。
もっとも、絵梨子の方も仕事が忙しく、
この店に足を運んだのは随分と久しぶりの事
だった。

絵梨子がここ、CATSに足を運ぶようにって
からは、実は随分と経つ・・・。

以前、美樹と会った際に喫茶店を営んでいる
事を知り、香からのCATSを勧められたり、
スタッフから店の評判を聞いた絵梨子が
自らそこに足を運び、いつしか海坊主と美樹の
淹れるコーヒーのファンになったのだ。

(ちなみに、絵梨子がコーヒーにはまったのは、
絵梨子が高校時代に兄の淹れたコーヒーを
水筒に入れて持ってきたのを一緒に飲んでから
、がきっかけだったりする。)



絵梨子は美樹の淹れたコーヒーを一口
飲んでから、酷く残念そうに溜め息をついた。



「そうなんです。香ほど私のデザインした服が
似合う女性は居ないと思っていたのに・・・。
あたしも相当食い下がってみたんですけどね。
・・・駄目でした。」

「香さん、いつもにこにこしてるけど、
ああ見えて、芯はしっかりしてるからね。」

「そうなんです。
・・・でね、香に頼まれたんです。
自前の服を持ってくるから、最後に1枚、
それを着て写真を撮って欲しい、って。
プライベートな写真だから人払いをして、
カメラマンと私の二人だけで立ち会ったん
ですけど、・・・その時の写真がね・・・。」



絵梨子はそう言って、座席の横に置いてあった
ショルダーバッグの中から1枚の写真が入った
フォトフレームを取り出した。
美樹がそれを受け取り、目にすると、
そこには・・・。



「・・・あらぁ、素敵!!。」



・・・写真の中の香は、全身タイプの
レオタードに踵が低めのヒールを履き、
上着をさらりと肩に羽織って、とびっきりの
笑顔で立っていた・・・。

美樹がそんな香の写真に見とれている横で、
絵梨子は少し悲しそうに、溜め息をついた。



「そうなんですよ・・・活動的な女、って
感じでしょう?
・・・香が何故この服で写真を撮って
欲しかったのかは、よく分からないけど・・・
これが想像してた以上に格好良くって。

・・・こんないい表情見せられて、
しかも着ている服が、私がデザインした
服より・・・遥かに香に似合ってる。


「確かにそうね。香さん素敵・・・。」

「本当!・・・もう、ショック過ぎますよ~。
私これでも世界で活躍するデザイナーですよ!
それがレオタードに負けたんですよ?!

・・・でも・・・だからもう・・・
諦めるしか無いでしょう・・・?」



絵梨子はそう言って、少し悔しそうに、
けれど、どこか嬉しそうに微笑んだ。



「・・・香の事はきっぱりと諦めて・・・
私はまたデザインの腕を磨かないと。
・・・美樹さん、この写真、香に渡して下さい

本当は今日、ここで香と会う約束をして
いたんだけど、急に用事が出来たとかで
会えなくなっちゃったので・・・。」



絵梨子はそう言って、写真を美樹に渡すと、
カップに残ったコーヒーを飲み終え、
バッグを持って立ち上がった。



「あら・・・もうお帰り?
久しぶりに来てくれたんだから、もっと
ゆっくりして行って。」



カウンター越しにそう声を掛けてきた美樹に、
絵梨子はにっこり微笑んで言った。



「ありがとうございます美樹さん。
けど、私これから海外に行くんです。
・・・私も香に負けないよう、まだまだ
頑張らなくっちゃ!

コーヒーご馳走様でした!
こっちに戻ってきたらまた来ますね。」



そう言い残して、絵梨子は店を出て行った
・・・。





「・・・うん、私も頑張ろう。
頑張ってね、絵梨子さん・・・。」



美樹は消えてゆく絵梨子の背中にそう、
語った・・・。


















「もう、撩のバカ!
あんたがあんな事ばっかりするから、当分は
美樹さんのお店に行けないじゃないの!
絵梨子に会う予定だってあったのに~!
・・・当分は依頼を見に駅に行くの、
一緒に付き合ってもらいますからねっ!」

「あ?CATSに行きたきゃ行けばいいじゃ
ねぇか。
そんなに行きたいなら一緒に行ってやるよ。
あの美樹ちゃんの事だ。

“あら香さん、夕べは随分盛り上がった
みたいね。羨ましいわ。”

って言われるだけじゃねーか。
まあ、冴子やミックが来てたら何言うかは
分からんが。
あ、何ならミックに見せつけてやるか?」

「だ、だって!り、撩がこんなにあちこち
・・・あっ、跡なんか残すからでしょ!?」

「だって~、夕べ、香ちゃんが嬉しい事ばっか
言ってくれるから、撩ちゃん張り切っちゃって
~。」

「だからって、もう少し場所を考えなさいよ
!」

「何だよ、じゃあ場所考えたらしてもいい訳
ーーー?」

「り、りょおなんて、もう知らないっ!」







どんな道でも歩いてゆける・・・。

あなたとなら、どこまでも・・・。





*********************




皆さまこんにちは。和那です。
随分久々の更新になります。


大変遅くなってしまいましたが、
先の大地震により被害に遭われたり、
大雨や地震、天候の不良により被害に
遭われた方々、心よりお見舞い申し上げます。
ニュースを見るたび心が傷みます・・・。



当ブログにいつも足を運んで下さるあなた様、
初めて足を運んで下さったあなた様、
拍手をくださったあなた様、
わざわざコメントを寄せてくださったあなた様
ありがとうございます。


私信
リンクの件について当ブログにお問い合わせ
下さいましたSさま、ご連絡ありがとう
ございます。
返信させていただきたいのですがsさまの
サイト名が分からずご挨拶に伺えません。
大変お手数ですが、サイト名を再度ご連絡
下さると助かります。


日々、感謝☆
2016.07.19 Tue (06:00) l l コメント (1) トラックバック (0) l top

「ごっそーさん。んじゃ、ちょっくら飲みに
行ってくるわ。」



食後のコーヒーを飲み干した撩は、香にそう
言うと、座っていたソファーからすっ、と
立ち上がった。

自身のコーヒーカップを持って、今まさに
ソファーに座らんとしていた香は、驚いた様子
で撩を見ながら、思わず叫びにも似た声を
上げてしまった。



「は?!今日も!?あんた毎日・・・」

「あ?ーーーああーーーま、そーいう事で。
んじゃな。ーーーお子様は先に寝てろよな。」

「ちょっ・・・撩ぉ!」



香の言葉を半ば遮るようにしてそう言い残すと
、撩は香の頭の上にやり、ぽんぽん、とその頭
を軽く叩くように撫でた。
そして、その手を頭から離すと、愛用している
上着をさっと羽織り、足早に部屋を出て行った
・・・。



・・・そんな撩の、相変わらずな態度に今日も
呆れながら。
香は深い深い溜め息を一つ、ゆっくりと
吐き出した・・・。



・・・が、幾らこの場に立ち尽くしていても、
撩は当分帰っては来ない。

香はカップを手にしたまま、撩が先ほどまで
座っていたソファーに近付くと、そこに深く
腰を沈め、背凭れに身体を預けた。
そしてコーヒーカップを口元まで近付け、
ゆっくりと温かなコーヒーを口に含んだ。

・・・ソファーに残された撩の身体の温もりと
、淹れたてのコーヒーの熱が、香の身体を
じんわりと温めてゆく・・・。





・・・香がここ、撩の住むアパートに身を
寄せる事になって、気が付けば数ヶ月が
過ぎていた・・・。

香が越して来るずっと以前から、撩が外に
飲みに出歩くのは何時もの事だったらしく。

香が越してきたばかりの頃は、撩の方も香に
気を遣ってか、夜に外出する事は殆ど無かった
のだが、香が住み慣れ、環境にも慣れてゆくに
つれ、少しずつ撩が夜、外に出掛けてゆく回数
が増え・・・

とうとう香一人で夜を明かす日々が続くように
なっていた・・・。

撩と言えば、一度外出してしまうとその日の
内に帰って来る事は先ず無くて・・・。
ほぼ毎回、と言っていい程、酷く酔い潰れた姿
で朝方ふらふらと帰宅する・・・。

ここ最近の撩の行動パターンと言えば、朝方、
玄関やリビングのソファーで眠ってしまう
ので、仕方なく香が叩き起こす。渋々目を
覚ました撩はそのまま風呂場へ向かい、熱い
シャワーを頭から浴びて目を覚ます。
それが済み、着替えを済ませた撩は、香の用意
した朝昼兼用の食事で胃袋を満たし、自室に
戻って眠る・・・。

撩にとってみれば・・・香が用意する食事を
摂る、という事以外の行為は、全てが当たり前
で日常茶飯事だったのだろう・・・。



・・・だが。
香にはそれが、酷く不健康そうに見えて仕方が
無かった。
仕方が無くて、兎に角我慢かならなくて。
初めは口喧しく小言を言い続けてみたりした。
だが、どんなに喧しく言ってみても、撩は
変わらずに飲みに出かけて行ってしまう・・・

・・・なのでとうとう、香も喧しく言う事を
諦めてしまった。

(だが程々には言う。・・・程々には。)

香の方も今ではそれにもすっかり馴れてしまい
、今では撩が眠っている間に炊事や洗濯を
済ませ、自身の日課である依頼の確認をしに
一人、出掛けてゆく。



・・・何時もの撩の事だ。今日もどうせ遅く
まで飲んで来るのだろう。

飲みに出歩く度、戻って来た撩の身体から、
脱ぎ散らかした衣服から漂うのは、強い酒の
匂い、それに、ほんの時折硝煙の匂いが混じる


そして、甘い、甘い、香水の芳香・・・。

考えたくもないが、想像は良くない方へと
向かってしまう・・・。





撩が・・・他の女に・・・べたべた触ったり、
もっこりを迫っていたらどうしよう・・・

もし、迫った女が撩を気に入ってしまったら
どうしよう・・・

もしも、撩が狙われたりしたら・・・

危ない目に遇っていたら・・・

もし・・・

もしも・・・





・・・考えないようにしようとしても、心は
撩を探し求めてしまう・・・。

撩を心配しながら、コーヒーの入ったカップ
に口を付けた香は、勢い余って熱いコーヒーを
思い切り口に含んでしまった。



「ぅあっ・・!・・・ち、ちっ・・・」



コーヒーの熱で、舌を少し火傷してしまい、
口の中がひりひりする・・・。





「・・・・・・・はぁ~ぁ・・・。

・・・・・・・・・撩の・・・ばか。

飲み歩いてばっかりいたら・・・か、身体に
悪いんだぞ・・・。

・・・ったく・・・たまには・・・たまには
早く帰って来やがれってんだ・・・。」



香は、まだコーヒーが残ったままのカップを
そっとテーブルに置いた。
そして、履いていたスリッパを脱ぐと、
ソファーの上で膝を曲げて、すらり、と長く
伸びた足を手で包み込むように抱きしめながら
、少し寂しそうに、小さく呟いた・・・。










・・・その頃・・・。

撩は一人で夜の街の中を歩いていた・・・。
火の付いた煙草を口にくわえながら、上着の
ポケットに手を突っ込み、少し背中を丸め
ながら・・・。

ふらふら、と歩いているように見せながらも、
店の客引きをしている男達や黒いスーツを
きっちりと着こなした男、酒に溺れて上機嫌な
客と楽しそうに歩いてゆく着飾った女達と目を
交わし、撩は軽く挨拶を交わしてゆく・・・。



(ーーー特に変わりは無しーーーか。)



街の様子が何時もと変わり無い事を一通り確認
し終えた撩は、とある行きつけの、一件の
飲み屋がある方向へ身体を向け、そこへ
向かうために歩き出した・・・。



暫く歩いて撩は、目的の店に辿り着いた。
この店にはいつも来る訳では無い・・・。
本当にこの店の店主が対処、対応に困った時
だけオーナーに呼び出しを貰う・・・。



・・・本当ならば。
今日は久しぶりに香とアパートで過ごそうと
思っていたのだが・・・こればかりは仕方が
無い。
香は香で、撩が夜な夜な酒を煽っては女遊びを
している、と思っているのだろうけれど・・・


(女は勿論好きではあるが)



情報交換を主とするが、時には厄介な仕事の
依頼もしばしば・・・。
今夜の“それ”は、多少手こずりはしたが、道具
を使わずに片付ける事が出来た。
後始末はこの店の主が既に手配済みなので、
ほんのお礼に・・・と出される報酬を素早く
懐にしまいながら、撩は目の前に差し出された
高そうな琥珀色の酒を口に含んだ・・・。



撩が女にだらしない酔っ払いを演じるのは、
新宿という街に上手く溶け込み、変な輩に目を
つけられたりする事を極力減らし、街を掃除
してゆくためだ・・・。

女好きの撩、で名を馳せ、香を男女、と扱って
おけば、香が撩の弱点だと狙われる確率も減る
・・・。



槇村は・・・。槇村は、そんな撩のやり方を
知った上で、撩のパートナーを買って出た。
だから撩も槇村の申し出を断らなかった。



・・・だが。

香は違う・・・。

・・・別に香を信用していない訳では無い。
だが香は槇村の妹と言うだけの、ただの素人で
・・・人を殺めた経験どころか、人に怪我を
追わせた経験すら無い・・・。
むしろ、人を傷つける事を嫌がる・・・。

いつか・・・槇村の大切にしていた妹である
香を元の・・・表の世界へ返してやらなければ
・・・。





撩はそんな想いを胸に抱いたまま、強めの酒を
一気に飲み干した・・・。










・・・撩に。
そんな風に思われているなどとは微塵も知りも
しない香は、撩の帰宅を諦めて、一人眠りに
ついていた・・・。

日付が変わる頃までは撩の帰りを待ち、それを
過ぎても撩が戻らない時は、潔く眠りに付く。
それが香の決めた決まり事だった。

撩の帰りが遅い事を勿論心配はするけれど、
眠らなければ香の生活リズムが狂うし、自身の
体調管理にも響く・・・。

香とて、相方になった男が朝帰りをした、と
いう位の事で怒るつもりは無い。
まだ兄が生きていた頃は、夜中に一人きりに
なる、という事が何度もあったからだ。
まだ撩が、同じアパートに住まわせてくれる
というだけでも安心して日々を過ごす事が
出来ている・・・。

なので今日も清々しい朝を無事に迎える事が
出来た・・・・・・・・のだが。






今、香の目の前に。
いや・・・・・足元に。

夕べからずっと待ちわびていた筈の男が、
決して許してはいけない行為をしている・・・




一人、清々しい朝を迎えた香は、手早く着替え
を済ませてから朝刊を取ろうと、玄関に
向かった。
そこで香が目にしたものは、寒々しい玄関に
ごろり、と仰向けに寝転がったまま、ぴくり
とも動こうとしない、我がパートナーの姿
・・・。
しかも、靴すら脱いでいない・・・。



・・・何でこんな場所で眠れるのだろう・・・
自室まで歩いて行って、ベッドで眠った方が
よっぽど良いだろうに・・・。

(最も、撩の寝室が香の努力で綺麗になった
のはつい最近の事で、もしかしたらベッドで
眠る習慣すら無いのかもしれないけれど・・・
)



こんな場所で寝たままで居たら、幾ら丈夫な
身体の持ち主であろうが風邪をひいてしまう
・・・。
酔い潰れて床に寝転がった撩を、香は呆れた顔
で見つめながら、それはそれは大きな溜め息を
ついた。




ーーー当の撩は。
玄関に近付いてくる香の気配を感じて、香が
近付いて来る随分前から目が覚めていた。
だが、ずっと床に寝転がっていたので体の
あちこちが痛く、尚且つ起き上がるのも面倒
臭かった。
このまま横になっていれば、その内香に
起こされるだろう・・・。

撩は、そのまま横になって、静かに香の様子を
伺う事にしてみた・・・。



漸く香が傍に来たので、撩は薄目を開けて香の
様子を伺う事にした。

仁王立ちの香がこの日身に付けていたのは、
ゆったりめの薄緑色のトレーナー、その下には
履き古したジーンズを切ったお手製のショート
パンツ。

素足にそれを纏った香は、立ち姿こそ仁王立ち
だが、足のラインは実に綺麗だ・・・と、撩は
薄目を開けながらそれをぼんやりと見つめ、
にやり、と口元を緩ませながら、思わず呟いた
・・・。





「ーーーへぇ、いい脚してんじゃん。
香ちゃんーーー。」



撩はそう言いながら、いやらしい手つきで香の
足に触れようとした。だが、それを阻止する
かのように、撩の顔面に香の右足の裏が
ぎゅうっ、と押し付けられた。

香の履いているスリッパの、温度と質感が
酷く冷たい・・・。



「あ?やっと起きたか?!この変態!!
酔っぱらい!!何こんな所で寝てるんだ!!
全く、毎日毎日こんな時間に朝帰りすんじゃ
ない!!
兎に角いい加減に目を醒ませよ!!
今日は11時から依頼相手に会うんだから!」



撩を踏みつけていた足を退けながら、香は大声
で叫んだ。
依頼、という言葉に思わず撩の目が醒める
・・・。



「ーーー依頼ぃ?俺は美人じゃないと依頼は
受けないからなぁーーーぅわ?な、何だ?!」



そう言いながら、再び寝入ろうとする撩の傍に
しゃがみ込んだ香はいきなり、撩が履いている
ブーツに手をかけると、片足ずつ脱がし始めた

突然の香の行動に撩が呆気にとられている間に
香は両足からブーツを脱がしてしまった。
そして今度は撩が纏っているコートの首もとを
引っ張ると、長い廊下をずるずると引き摺り
始めた。



「ーーーっ、ちょ、待て!ーーーぐえっ、
く、首が絞まるっ!!」

「じゃあこんな所で寝るなっ!おまけに酒臭い
し、兎に角依頼人に会うまでに酔いを醒ませよ
!」

「ーーー依頼人って女か?」

「ああ。・・・まぁ~声はイイ感じだったぜ。


「何?!ーーーよし、判った!んじゃあ香!
酔い醒ましに朝飯を作れ!」



撩の言葉に驚いて、香は思わずコートを掴んで
いた手を緩めた。身体の自由を取り戻した撩は
勢い良く飛び起きた。



「は?!それだけでもう行く気になったのか
?!呆れた奴・・・。」



撩の態度の変わりように、香は再び深い溜め息
をつきながら、



「・・・兎に角、早くシャワー浴びて来いよ!
その間に朝食の準備をしておくから。」



と言って、その場を立ち去った・・・。






・・・男勝りな口調に、ぶっきらぼうな態度。
可愛気が無いと言えばそうでも無い。

ミニスカートは良く似合うし、お尻のラインも
なかなかのもの。ちょっと触れれば頬を染める
程に純情だし、ちょっと悪戯すれば本気で
刃向かってくる。決して口には出さないけれど
、料理はかなり旨い。おまけに綺麗好き。



・・・女のレベルで言えば、かなり高い。
冴子とはまた違った魅力があるいい女・・・
香はそんな女だ・・・。

本人は銃の扱いだとか武器の扱いに詳しく
なりたいと言うが、これだけの器量があるの
なら、それこそ誰かと結婚でもして、平和に
暮らしてゆく方が香のためにいいんじゃないか
、と。

撩の脳裏に夕べの迷いが、想いがふと甦る
・・・。



雛の刷り込みのように自身を慕って、兄の
代わりにシティーハンターになる、と言っては
いるけれど、香はまだまだ世間を知らなすぎる
・・・。



いつか、いつか自分から離して
やらなければ・・・。



そんな事を考えながら床に寝転がったままで
いた撩だったが、いつまでも寝転がっていたら
また香に怒鳴られる・・・と思い、漸く床から
身体を引き起こし、そのままキッチンへ
向かった・・・。





「・・・あ!?撩まだそんな所に居たのか?!
シャワーは?!」

「悪い悪い、先に飯食わせて。撩ちゃん腹
減って死にそう~。」

「・・・ったく、仕方ないなぁ。
今すぐ出すからちょっと待てよ。」





・・・トーストの焼ける香ばしい匂い・・・。

・・・ベーコンエッグの焼ける匂い・・・。

・・・俺と自分の、2杯分のコーヒーを淹れる
ために湯を沸かしている、やかんの湯気でさえ
、撩の瞳には少し眩しく映る・・・。



こんな絵に描いたような“幸せ”な雰囲気の中に
俺が居ていい訳が無い・・・。
女にだらしない最低な奴だと愛想を尽かして
香が出て行きやすいように、何時か、何時か
香が自分の元を離れて生きていこうと思う日
まで・・・



平穏な日々に少しだけ浸ってみるのも悪く無い
・・・と。

撩はそう思いながら、目の前に差し出された
厚切りのトーストに手を付けると、それに
思い切りかじり付いた・・・。

















・・・けれど・・・。










「ーーーあーあ。またこんな所で寝たのか?
全く、呆れた奴だなーーー。」



とある日の、真夜中・・・。

愛用している桃色の毛布に身体のラインが
分かってしまう位にぴったりとくるまって、
香はソファーの上ですやすやと眠っていた。
少し寒いのだろう、長く伸びた足の膝をくの字
に折り曲げて小さく縮こまる姿はまるで幼子の
ようだ・・・と撩は思った。





あれから数年・・・香は未だ、撩と共に居た。
 
銀狐に狙われ、撩にパートナーを解消すると
告げられても香はめげず、海坊主にトラップを
習いに行き、銀狐をあと一歩のところまで追い
詰めた。あの時の得意気な顔に、態度に、
そしてその努力に・・・撩はパートナー解消を
やめた・・・。
今では暇を見つけては自ら進んで海坊主の所に
足を運び、トラップを習っているらしい。

(ちなみに海坊主は、香お手製の弁当攻めに
よって落とされたらしい・・・。)

時折、香と口喧嘩になる度、理由を付けて撩は
パートナーを解消すると告げてみるものの、
あんたのもっこりを止めるのはあたししか
いない、とか何だかんだ言い訳をつけて、
兎に角撩の傍に居るのだと・・・
そう告げた香を、いつの間にか撩は受け入れて
いた・・・。




・・・撩は・・・。

香が銀狐に狙われた時、不本意ながらも心を
乱し、教授にだけは自身の胸の内を打ち明けた

自身の気持ちを伝えようとして、香に告白を
しようとしたにも関わらず、事もあろうに
間違えて拓也の家庭教師をしていた温子に
口付けをした事もある・・・。

(当然、香には怒られた・・・。)



・・・香本人こそ気付いてはいないが。

撩は香が思っているよりも素直に、心の内を
さらけ出している・・・。
結婚、という言葉をちらつかせたのも、香以外
には居ないのだ。

香にだけはもっこりしない、というのも、裏を
返せば、香を性欲の捌け口として見てはいない
・・・つまり、香は他の女とは違う扱いだ、と
いう事なのも。
あまりにも表現が遠回し過ぎて、鈍感な香は
それに気付かない・・・。

けれど、撩もまた、何時かは香を表の世界に
返そうと思っていたし・・・それが香の幸せの
為なのだ・・・と。
香が撩の気持ちに気付かないのを良い事に、
決して直接的な表現は避けて来た・・・。
香の事を思うならば、出来れば普通の生活に
戻してやりたい・・・その思いは今も
変わらない・・・。




以前ならば酒を煽って帰宅した際は、玄関先や
リビングで寝転がる、なんて当たり前だった撩
だったが、香の小言を避けるため、寝室以外で
眠りにつく事は無くなっていった・・・。
ベッド以外で眠りに付くと、香が撩の身体を
心配して口喧しくベッドに行けと言うからだ。

それなのに、その当の香が、寝室で眠らずに
リビングのソファーで眠りに付く、という回数
が増えた・・・。



その理由はたった一つ。
・・・そう、外出した撩の帰りをリビングで
待っているのだ。

寒さのせいか、自室からお気に入りの毛布を
持ってきて、それにくるまってはいるが、
如何せん、広いリビングに毛布一枚は寒すぎる
・・・。



この光景に出くわす度に、撩は香を起こす。
眠りが浅い時は驚いたように飛び起きて、撩に
一言二言お説教じみた事を言っては自室に
向かうのだが、眠りが深くなるとなかなか
目覚めはしない・・・。
その度、撩は何度かリビングから香を部屋まで
連れて行っている。

(もっとも、香は撩が運んだなどとは
これっぽっちも考えてはいないので、自身に
夢遊病の気があるのでは、と本気で心配して
いる。)



・・・抱き上げるのは容易い。
運ぶのも大した事は無い。
ただ、撩自身の、心と身体の自制が利かなく
なりそうになるのが怖かった・・・。



・・・この日の香は、声を掛けても、肩を
揺すってみても、目覚める事は無かった・・・

そう言えば、朝からよく働いていたな・・・と
、忙しそうに、けれども生き生きと働く香の姿
を撩は思い返した。

深い眠りについていた香の、ぴったりと閉じ
られた瞼から伸びた長い睫毛が時折ぴくり、と
震えたり、口紅など付けてはいないのに、
水をやった花の花弁のように艶やかな唇が
うっすらと開いて、言葉にもならないような
呟きを漏らしたりするので、撩は思わず
どきり、とさせられる・・・。
眉間に皺を寄せたりはしていないので、
悪い夢を見ているのではなさそうだな・・・と
、そんな事を思いながら、無防備に眠る香の
寝姿を、撩は静かに眺めた・・・。
やがて撩は、香の眠るソファーの傍に
どっかりと座り込んだ。

撩の身体から漂う酒の残り香が嫌なのか、
部屋が寒いからなのか・・・、香の眉間に
うっすらと皺が寄る・・・。

撩は香の顔にそっと手を伸ばすと、香の眉間を
指でそうっと撫でた。
それがくすぐったいのか、温かくて気持ちが
いいのか・・・。
香は、まるで顎の下を撫でられた猫のように、
口元をやんわりと弛ませた。
それが撩にはまるで、ふふっ、と微笑んでいる
かのように見える・・・。






「ーーーーーーーーーごめん、なーーー。」



・・・ふっ・・・と。



撩は・・・小さな小さな声でそう、呟いた。



兎に角色々有りすぎて・・・どんなに詫びても
足りないと・・・撩は思う。
そして、数年という年月を共に過ごしてきた
にもかかわらず、香に面と向かって今更それを
言葉にする事もまだ当分は出来そうにもない
・・・。

それがミックや美樹、冴子らに、どんなに
背中を押され、時には茶化されたりしても
・・・だ。



そんな撩の傍にずっと居てくれる香・・・。



香を手離せない自分に・・・
香を女として扱わない自分自身に・・・
それでも傍に居てくれる香の優しさに・・・






「ーーーありがとうーーーな。」



・・・今の撩にはこれが精一杯だった・・・。
そして、気持ち良さそうに眠る香の唇を、
撩は自身の右手の親指でそっとなぞった・・・




本当は触れたくて堪らない唇・・・。
抱きしめたくて堪らない身体・・・。

でも、曖昧な関係を続けている、今の状態で
香には決して手を出してはならない・・・。

だからこれは、香の意識が無い時にだけ撩が
時折行う、撩の密かな楽しみ・・・。






・・・と、眠っていたはずの香が突然、



「んもう・・・撩ったら。仕方ないわね
・・・。」



と突然言い出した。
香の反応に、撩は酷く驚いて、香の唇から指を
離すと共に思わずソファーから飛び退いた。



・・・だが。

香は気持ち良さそうに眠ったまま・・・
どうやら、それは寝言だったらしい・・・。



・・・しかも・・・撩が出てくる夢・・・。





「ーーーははっーーー参ったなーーー。」



撩は柔らかい表情で微笑むと、再びそっと
ソファーに近付いた。
そして、香の頭に自身の頭をそっ、と
くっ付けると、ソファーに身体を預けた。



・・・その内に・・・

・・・撩自身も眠気が襲って来てしまい・・・





「ーーー俺もーーー

このまま寝ちまおうかなーーー

ーーーーーーーーーなぁ、香ーーーー」



そう、呟いて。

・・・撩は、そのまま瞼を閉じた・・・。






もう手離したくない・・・

手離せない・・・



今更・・・他人に言われるまでも無く。

撩自身が・・・一番それを・・・痛いほど
理解している・・・。



お前を泣かす男が・・・今はお前を・・・



このまま・・・
 
出来る事ならばこのままずっと・・・

・・・俺の・・・





撩は誰にも聞こえないような位、小さな小さな
呟きをぽつり、ぽつり、と呟いて。
そのままゆっくりと意識を手離していった
・・・。





・・・どうか・・・


・・・このまま香が・・・

















「ん・・・・あーよく寝た。

・・・何か、いい夢みちゃった・・・
撩が・・・あー・・・ふふっ、へへーっ・・・
も一回寝ようかしら・・・・・・・あれ?
・・・何かお酒臭い・・・撩、帰って来た
のかし・・・ら・・・

・・・・・・・ん!???☆☆☆!?!?」

「ーーーぐふふっ。ーーーもっこりしましょ~
そーこのかーのじょーっーーー」

「こ、こんのもっこりスケベーーーっ!!!」

「ぐああああっ!?!?」







・・・撩はまだ、香が眠っている時にしか
素直になれなくて・・・。

・・・香もまた、撩に素直になれなくて・・・




けれどもいつの日か・・・自分の気持ちに
正直になれる時はきっと来る・・・。



それはそう、ここから遠くない未来・・・。



************************************
☆☆☆撩ちゃんhappybirthday☆☆☆

何とか間に合いました~!
久しぶりの更新です(*^^*)
撩ちゃんは香ちゃんの事を大切に想いすぎて
自分の気持ちに蓋をしてしまうんじゃない
かしら・・・と思っています。

いつも更新が遅くて本当に申し訳ありません💦(>_<)💦

当ブログにわざわざ足を運んで下さった貴方様
、本当にありがとうございます☆
コメント等もありがとうございます(*^.^*)
とっても嬉しいです☆

寒暖の差が激しいので、お身体にお気をつけ
下さいね。私も風邪をひかないよう気を付け
ます(*^^*)


日々、感謝☆

和那   
2016.03.26 Sat (06:00) l 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆さまこんにちは。そしてお久しぶり
です。和那です(*^^*)
良かったり、良くなかったり、と、
目まぐるしく変動するお天気のもと、
皆さま如何お過ごしでいらっしゃい
ますでしょうか?



年が明けてから、ブログ開設当初より愛用
しておりましたスマートフォンの機種変更
を行いました。
操作の方はだいぶ慣れてきたのですが、
文章を打つとなると、若干のぎこちなさが
生じております(^^;

特に文字列、変換、よく使用するドット
などがすぐに出てこなくてf(^_^;
ゆっくりと文章を書きながら慣れて
ゆきたいと思っています。



昨年~今年にかけて、当ブログに沢山の
コメントを頂き、ありがとうござい
ました!そして、休んでばかりで
ごめんなさい。
でもでも、とても嬉しかったです
(*^^*)

頂いたコメントの中にある、とあるご意見
(公にはいたしませんが)私も同意件で、
読ませていただく度に、



「書かせていただけて良かったなぁ」



と、嬉しい気持ちでいっぱいになります。
ありがとうございます(*^^*)




・・・シティーハンターのお祝いの年に
水を差すようで今まで発言を控えて
おりましたが、私は、シティーハンター
以外の、パラレルの世界、及びパラレル
の関係する設定、お話等、全て受け入れ
られません・・・。

彼女が彼の傍に居ない・・・その世界を
考えただけで涙が出てきてしまい、
悲しくて仕方がないのです・・・。

北条先生の一ファンとして、先生が執筆
しておられる作品を受け入れる事が
出来ない事を大変申し訳無く思い、
どうしたら良いのか悩んだ時も一度や
二度ではありません。

・・・けれど、私にはどうしても無理
でした。
受け入れる事、見ることは辛くて仕方が
ないのです・・・。


だからこそ、私はシティーハンターの
世界をめいっぱい大切にしよう、
シティーハンターの世界を大事にしよう
と思いました。



それが、私に出来る・・・精一杯です。



シティーハンターを生んで下さい
ました北条先生を心から敬愛して
おります。感謝しております。



当ブログに足をお運びくださる方の
中で、パラレルの世界を愛しておられる
方には不快な思いを抱かせてしまい
ました事、お詫び申し上げます。
大変申し訳ありません・・・。


まだまだ言葉にしたい、書いてゆきたい
二人の世界が沢山あります。
相変わらずのろのろペースではありますが、
気が向かれました際にお付き合い下さると
とても嬉しいです。



大人だからこういう文章を、とか

大人だからこういう世界を、では無く。

私らしく、私にしか紡げない
シティーハンターの二人の世界を
紡いでゆけたらいいな、と・・・。



寒さが厳しく、天候も変動しがちな毎日
です。
皆さま、くれぐれもお身体をご自愛
くださいませ・・・。



それではまた(*^^*)

日々、感謝☆

和那
2016.01.19 Tue (06:00) l お礼 l コメント (0) トラックバック (0) l top
海坊主と美樹が営む喫茶店に香が
足を運ぶのは、日課である。
今日もまた、何時ものように出入り
口のドアに手を掛け、すっとドアを
押すと、ドアに取り付けられている
カウベルが、カランカラン、と
心地好い音を響かせた・・・。



「・・・ん?あ、香さん。
いらっしゃ~い!」



香が勢い良く店のドアを開けると、
店の奥からとびきりの笑みを
浮かべた美樹が、常連客である香を
出迎えた。



・・・大好きな彼女と、芳しい
コーヒーの香り漂うこの店に足を
踏み入れると、自宅へ戻った時の
安堵感とはまた違う、心から
安らげる雰囲気が此処にはあって、
香はそれが堪らなく好きだ・・・。
財政難で財布の中身が苦しい時も
香がこの店に足を運ぶのは、ここの
コーヒーがとても美味しいという
のも勿論あるのだが、何より香が
姉のように慕っている、大好きな
美樹と、美樹の愛するパートナーで
ある海坊主に会いたいがため、
だったりもする・・・。



・・・死と隣り合わせ、とも言える
世界に身を置く中で・・・。
香にとって、喫茶店を営む二人は
唯一無二の、愛と幸せの象徴だ。
二人を見ていると、それだけで何処
か香の心は安らぐ・・・。

・・・時折、ふいに。
撩に自分は相応しく無いかも
しれない、と底知れぬ不安に襲われ
たり、自分に自信を無くしそうに
なる時・・・幸せそうな二人を見て
いるだけで、自分もずっと撩の傍に
居たい・・・傍に居ても良いのだと
・・・心からそう思わせてくれる
何かがある・・・。



・・・いつか・・・いつか自分も
二人のようになれたら・・・、と
心の中では密かに思っているのだが
、気が付けば自分も撩も互いに
憎まれ口を叩いてしまう・・・。



・・・本当は・・・。

香だって本当はもっと、撩に優しく
したいし、撩に優しくされたい
・・・。
撩の口から愛する者、と聞かされた
今でも、撩にちやほやされる自分
以外の女性を心底羨ましく思う
・・・。

撩と出会ったばかりの・・・女性と
してはまだまだ幼かった頃・・・
撩に振り向いて欲しくて、撩に自分
を見て欲しくて、撩がナンパをする
ような、撩好みの女になりたいと
思った事があった・・・。
撩好みの女性になれば、撩好みの
女性にさえなれば、いつか・・・
いつか撩が、自分の事を女性として
見てくれるのではないか、と。
そもそも、撩のパートナーになると
決めた時に、撩の口から女扱いは
しない、と告げられたのに・・・。

・・・髪を伸ばせば女らしくなる
かと思い、少しだけ伸ばしてみた
時期もあった・・・。
けれど、癖っ毛はある程度の長さに
なるまで纏まらないし跳ねるし、で
なかなか手入れが面倒臭くて断念
した・・・。
化粧や香水にも憧れはあるけれど、
強い芳香は火薬などの匂いの察知を
妨げてしまうし、爪先を華麗に彩る
マニキュアは料理の妨げにしか
ならない・・・。
ヒールのある靴は過去に度々撩に
注意されたし、いざという時に走り
にくい ・・・撩とパートナーを
組んだばかりの頃は、撩の一方的な
言い分が素直に受け入れられなくて、
ちょっと苛ついた事もあった。
けれど、実際走るのには確かに凄く
邪魔だし、いざという時に依頼人を
守りにくかった苦い経験もしたので
滅多に履かなくなった。
(アイテムを仕込むには好都合では
あるのだけれど。)



・・・かつて、絵梨子に着替え
させられ撩とデートをした時、
妙な違和感があった・・・。
素敵な洋服にメイクで自分を着飾る
のは確かに楽しかったし、少し
どきどきもした・・・。



・・・けれど。

香同様に着飾ったあの夜の撩は、
香が望む撩の姿では無かった・・・

スーツを身に纏う撩に見慣れない、
という訳では無い・・・。
何時もと違う撩の態度に慣れない、
と言う訳でも無い・・・。
自分を女扱いをしてくれるのは心底
嬉しかったし、撩と“遊ぶ”なんて事
をした事など無かった香には、
それは堪らなく素敵で楽しい一時
ではあったけれど・・・。

香が傍に居たいと願うのは・・・
心から愛しいと思っている撩は
あの夜のような撩では無くて・・・

依頼人に対して様々な手段で迫り、
ふざけているように見せていても、
ちゃんと依頼人を危険から守り、
ずっと怯えていた依頼人の、心から
の笑顔を取り戻させてしまう
優しい男・・・。

見た目に拘りたいと思った事も
あるけれど、見た目以上に大切な
ものがある・・・。
それに見た目が綺麗でも、撩の足を
引っ張ったり仕事の妨げにならない
ように努力し続けなければ、撩の傍
には居られないし、居る資格なんて
無い・・・。
何より自分は撩の見た目だけが
好きな訳ではない・・・。

撩の、ちょっとした仕草にどきどき
したり、ときめいたり・・・。
ならば、撩が自分を傍に置く理由も
そうならばいい・・・。見た目にも
出来るだけ拘るけれど、それ以上に
中身を磨きたい・・・と。

そう思い始めた時に気付かされた
のは美樹の美しさ・・・。
化粧っ気は殆ど無いのに、愛する
海坊主との日々に満たされている
からなのだろうか・・・。
内からきらきらと輝いているような
眩しさと美しさが美樹にはある
・・・。
それに気付いてからというもの、
香が美樹に抱く憧れは、以前にも
増して強いものになっていった
・・・。










「こんにちは美樹さん!」



香はそっとドアを閉めると、美樹に
向かってにっこりと微笑んだ。



「香さん、今日は何時もより
遅かったのね・・・

・・・あら?何だか嬉しそう。
ん?何かいい事でもあったのかしら
?」



駅からの帰り道に立ち寄る香は、
大抵と言って良いほど落ち込んで
いるように、美樹の瞳には映って
いる。
(尤も、本人は平静を装っている
つもりなのだろうけれど・・・。)

・・・けれど。

今日の香は何処か、何時もと違って
見える気がしたので、美樹は香に
訊ねてみたのだ。
すると香は、美樹に聞いて貰う事を
まるで待っていたかのように
口を開いた。



「え?・・・あ、分かっちゃった?
へへ、そうなの!久し振りに仕事の
依頼の連絡先が書いてあってね!
待ち合わせの電話をしてたら遅く
なっちゃった!」

「本当?!良かったわね香さん!
随分久し振りなんじゃない?依頼が
来るの。」

「そうなの~!何か最近ね、誰かが
先回りして何件か伝言板の依頼を
勝手に消しちゃうみたいで、それも
男の人の時に限って!名前は残って
いるんだけど、連絡先が綺麗に
消されちゃってるの。本当困ってる
のよね・・・あ、コーヒーお願い
します。」

「はいはい、いつものね。」



香は、それはそれは嬉しそうに
溢れんばかりの笑みを浮かべながら
何時もよりも二割増し軽い足取りで
カウンターチェアまで辿り着くと、
何時も座っている場所に落ち着いた

・・・伝言板に書かれた依頼人の
依頼先を消しているのは恐らく香の
パートナーで。パートナーが依頼
相手の名前を伝言板から消して
しまうなど、理由はたった一つなの
だろうけれど・・・。
そんな事に気付きもしない、初めて
知り合った頃より遥かに素敵な女性
に成長した香に、美樹は温かい
お絞りを手渡すと、いつものように
コーヒーを淹れる準備を始めた。



・・・香は、美樹がコーヒーの準備
をしている間、ふと、店の中を
伺った。
依頼があった事に浮かれ過ぎて
気付くのが遅れたが、美樹の隣に
何時も居る、美樹の大切な海坊主の
姿が、今日は見当たらなかった。

・・・不思議に思った香はふと、
美樹に訊ねてみる事にした・・・。



「・・・そういえば美樹さん、
海坊主さんはお留守?
姿が見えないみたいだけど・・・」



きょろきょろと辺りを見回しながら
海坊主の姿を探す香の様子に
気付いた美樹は、にっこりと微笑み
ながら楽しそうにこう答えた。



「ん?・・・ええ、ちょっとね。
買い出しに行って貰ったの。」



コーヒーを淹れながら、美樹がそう
言うと、香は美樹の言葉に驚いて、
目を大きく見開いた。



・・・“海坊主”と“買い出し”・・?



香の頭の中では何だかそれらが
うまく結び付かなくて・・・あの
風貌に他の人達は驚いてしまうの
ではないか、と香は思わず心配して
しまった・・・。
美樹は、不思議そうな表情を浮かべ
ながら複雑な表情を浮かべる香が
何だか可笑しくて、思わずふふっ、
と笑みをこぼしながら、手際よく
コーヒーを香に差し出した。
香は礼を言うと、カップに手を
伸ばして取っ手に指を掛け、
コーヒーを口に運ぼうとした

・・・と、その瞬間。
出入り口のドアに取り付けられた
カウベルが、ガランガラン!と何時
に無く激しい音を立てた。



「あ、お帰りなさい!ファルコン。
ありがとう。お疲れ様。」



乱暴にドアを開けた主は海坊主で
あった。
美樹は何時にも増して嬉々とした
表情を見せながらカウンターの中
から出ると、帰ってきたばかりの
パートナーを出迎えた。
香はコーヒーを一口、口に運ぶと
戻って来た海坊主に挨拶をしようと
くるり、と体の向きを変えたのだが
・・・



「こんにちは海坊主さ・・・?」



と言いかけて、香は思わず言葉を
詰まらせてしまった・・・。

何故ならこの日の海坊主は、両手に
抱えきれない位の紙袋と美樹お手製
のエコバッグを幾つもぶら下げ、
頬どころか耳まで真っ赤に染め
上げて、びっしょりと汗だくの状態
でふうふう、と息を切らしながら
そこに立ち尽くしていたからだ。
そんな海坊主に美樹はにっこりと
微笑みながら海坊主に近付くと、
荷物を幾つか受け取り、代わりに
タオルを海坊主に手渡した。
海坊主はそれで顔や頭をごしごし
拭くと、ふぅーっと大きな溜め息を
付いた。



「・・・美樹。俺はもうやらん!」



海坊主は吐き捨てるようにそう
言うと、見えない瞳の奥から
美樹を睨んだ。
が、当の美樹は・・・



「ごめんなさいファルコン!
でも・・・ね?怒らないで。
皆、ファルコンが大好きなのよ。
それにね、私が買い出しに行くより
、ファルコンが買い出しに出掛けた
方が沢山おまけして貰えるんだもの
。」



とにっこり微笑み、背伸びをして
海坊主の頬にキスをした。
突然の、温かで柔らかな感触に
海坊主は一瞬にして硬直し、次の
瞬間にはその肌は頭のてっぺんまで
真っ赤に染め上がり、もうもうと
湯気を吹き出した。



「!??みっ!?みきっ!!
ひ、人前ではっ、はしたないっ!!
・・・フ、フン!!と、兎に角もう
俺は行かないからなっ!!!」



海坊主はそう大声で叫ぶと、酷く
ぎこちない動きで地下へ通ずる扉の
奥へ消えて行った・・。



「・・・?海坊主さん、一体
どうしちゃったの???え???」



香は訳が分からない、と言いたげな
表情を浮かべながら美樹を見た。
美樹はそれに気付くとにっこりと
微笑み、艶やかな唇を開いた。



「・・・私がよく買い物に行く
お店の店員さんにね、ファルコンの
隠れファンがいるのよ。」

「ファン!?凄ーい!
海坊主さんってちょっと迫力が
あって近寄り難いけど、優しいし、
それにとっても素敵だものね!」



香は瞳をきらきらと輝かせながら
美樹に言った。
香の言葉が素直に嬉しくて・・・
美樹は、幸せそうに微笑みながら
話を続けた。



「ふふっ。ありがとう。
・・・でね、きっかけは前に私が
どうしても手が離せない用が出来て
しまって・・・。
その時に、無理言ってファルコンに
買い出しに行って貰ったんだけど、
その帰りに見たことも無い位、
沢山おまけして貰ったの。
・・・後でファルコンが買い出しに
行った先にお礼を言いに行ったらね
、皆ファルコンの隠れたファン
なんだって事を聞かされたの。
中々ファルコンと接する機会が
無くて、直接話せて良かった、って
皆喜んでくれてね。
それから時々こうやって買い出しに
行って貰うようになったの。
ファルコンが皆に好かれるなんて、
これ以上に嬉しい事は無いし、
それにおまけして貰えるのは
すっごく助かるし、ね。」

「すっご~い!・・・でも良く
あの海坊主さんが納得してくれた
わねぇ。」

「そりゃあ・・・最初はかなり
嫌がったわよ。
けど、何度もお願いする内に
行ってくれるようになったの。
・・・そうだ!香さんも冴羽さんに
お願いしてごらんなさいよ。」



突然会話の中に撩の名前が飛び
込んで来た香は、驚きながらも
首を振って笑いで動揺を誤魔化し
ながら、美樹の言葉を軽く否定した




「へ?撩?・・・む、無理よ~!
だ、大体、あいつがそんな事する訳
無い無いっ。」



香は楽しそうに笑って見せた。
・・・撩に買い出しを頼む自分も、
撩が買い出しをしている姿も、
香には全く想像出来なかったからだ

しかし、美樹は香に言った・・・。



「そんな事無いわよ。
・・・ね、香さんも冴羽さんに
甘えてごらんなさいよ。
あんな態度ばっかり取ってるけど
本当は優しい人じゃない。ね?」



“優しい人”と、撩を褒める美樹の
言葉に、香は思わず照れ臭くなって
しまった・・・。



「え~?!やだ美樹さんたらっ。

・・・でも・・・そうね・・・
あたしも撩に甘えてみようかな
・・・出来る・・・かな。」

「だ~いじょうぶ。・・・ね?」

「う・・・うん・・・。」



頬を紅色に染め、照れ臭そうに
微笑みながら呟く香に美樹は優しく
応えた。

・・・と、その時。
香の背後から突然、再びカウベルの
激しく鳴り響く音と、ドアの勢い
良く開く音が響いた。
それとほぼ同時に、香が日頃、聞き
慣れている男の、叫びにも似た奇声
が店一杯に響き渡った・・・。



「美っ樹ちゅわ~ん!!
撩ちゃんでっすよ~!!」

「え?!撩?!」

「はい撩ちゃんでっすーーーうわあ
?!香っ!?」

「あら冴羽さん!いらっしゃい!
丁度今、香さんと二人で冴羽さんの
話をしていた所だったのよ。」



撩の挨拶をさらりと交わしながら、
美樹は撩に向かってにっこりと
微笑んで見せた。
・・・が、そんな事で怯む撩では
無い。
香が傍に居るにもかかわらず、
海坊主の姿が見えない事をいい事に
、美樹に近づこうとした・・・
が、次の瞬間、何処からか物凄い
早さで銀色のトレーが撩の顔を
目掛けて飛んできて見事に直撃、
その衝撃で撩は後ろにひっくり
返ってしまった・・・。



「~~~!!!ってえっ!!
いきなり何しやがるこのタコ!!
俺は客だぞ!?客に何しやがる!」



撩はがばっ、と起き上がりながら、
店の奥の扉の方に向かって大声で
叫んだ。
見れば、何時の間にやら姿を現して
いた海坊主が、部屋の奥から撩を
凄まじい形相で睨みつけたまま
立っていた・・・。



「フン!全く、騒がしい奴だな!!
毎度毎度喧しい!!騒ぐなら他所で
やれ!!大体てめぇなんか客でも
何でもねえ!!
一人でさっさと早く帰りやがれ!」

「は?!大体何だよ急に!!
トレーなんか投げやがって!痛い
じゃないか!!」

「フン!香が居るのに他の女に色目
使ってんじゃねえ!!いい加減その
だらしない癖をどうにかしろ!」



買い物疲れもあった海坊主は、撩を
激しく一喝すると、再び扉の奥へ
消えて行った・・・。



「ーーーいーーーってぇ~っ!!

ーーーあー、ひでぇ目に遭った!
美樹ちゃん、いつものね。」



撩は扉の奥に消えて行った海坊主に
ぶつぶつ文句を言いつつ、トレーを
ぶつけられた顔を擦りながら香の横
に腰をかけた。



・・・確かに、海坊主の言うことは
尤もだった。

店に香が居る事も知っていた。

知っている上で、こんな態度しか
取れない自分はどうなのか、嫌に
なる時もある。
けれど、数十年とこういう生き方や
行動をして来た撩にとって、癖や
女性に声を掛けたり軟派をするのを
止めるのは難しく、また、香と
気持ちを通わせ合った後も今までの
ように変わらない態度を取り続ける
撩に対して、香もまた、今まで通り
ハンマーを振り下ろして来たり、
時には怒ったりしてくる。



・・・今更、香に好きだの愛して
いるだの言えそうになくて・・・
他の女にならどれだけでも言える
のに・・・。



そんな思いを胸の内に秘めたまま、
撩は煙草を取り出そうとジャケット
のポケットに手を差し込もうとした
手を突然、ぐいっと香に強く引っ
張られた。



「ぅわっ!?な、何だ?!」

「りょ~お~っ!!」

「ぅおあ!?な、何だよ急に!?」



突然の香の叫びにも似た声と行動に
、撩は目を大きく見開いて驚いた。
何より香の顔が近い。思いきり腕を
引かれた勢いで、自身の腕に香の
胸が当たっている・・・!

・・・だが、香はそれどころでは
無かった。何しろ、数ヵ月振りに
依頼が来たのである。兎に角早く
撩に伝えたい、早く話をして撩の
喜ぶ顔が見たい・・・。

流行る気持ちを抑え切れない香は、
依頼があった事を兎に角早く伝え
たくて、酷く嬉しそうな笑みを
浮かべながら撩にこう叫んだ・・・




「撩~ぉ~!!
やったわよ~!!依頼よ依頼っ!
やっと依頼が来たのよぉっ!!」



香はそう叫ぶと、歓喜のあまり涙を
滲ませた・・・。
それほどに最近は、依頼という依頼
に恵まれなかった。

香は久々に舞い込んだ依頼の喜びを
撩に早く伝えようと、持っていた
バッグから手帳を取り出そうとした

・・・が、香のその喜びようから
依頼人が男であるかもしれない事を
勝手に想像してしまった撩は、突然
その場から立ち上がった。

撩は男の依頼は受けたくはない
・・・。
それは単に撩が男嫌いな事もあるし
、それ以外にも香には理解できない
ちゃんとした理由があるからだ
・・・。



「えっと、依頼主は狭山晶さん、
二十八歳。大手金融会社会社社長。
依頼内容は・・・」



依頼人の名前と職業を聞いた瞬間、
自分の勘が正しかった、と直感した
撩は、酷く慌てながら大声で香の
言葉を遮った・・・。



「ーーー~あ!お、俺、急用を
思い出しちゃった。
美樹ちゃん悪い、また来るわ!!」

「・・・え?り、撩っ!?
ちょっと、依頼っ!!」

「冴羽さん?!」



二人が撩の名前を呼び終わらない
内に、撩はまるで逃げるかのように
店を飛び出して行ってしまった。



・・・香は、待ちに待った久し振り
の依頼を、撩も喜んでくれると
思っていたので、撩の反応はかなり
ショックだった・・・。



「・・・撩、何で急に・・・。」



香には撩の行動が理解出来なかった

・・・毎回二人の様子を見ている
美樹には、何となくだけれども撩が
逃げ出した理由が分かったけれど、
目の前で落ち込んでしまった香が
どうにも可哀想で、慰めようと声を
掛けようとした・・・。



「あ~・・・香さん?
大丈夫よ!冴羽さん、ちゃんと
仕事を引き受けてくれるわよ・・」



・・・が、次の瞬間。
外からナンパを試みる撩の、至極
楽しそうな声が店の中まで聞こえて
きた・・・。



『あ、そこのかーのじょっ!
ちょっと暇?暇ぁ~?!』

『え?!やだぁ~何この人!』

『まったぁ~、可愛いんだから~』

『ちょっと、誰か助けて~!!』

『撩ちゃんと一緒に遊び~ましょ~
!』

『いやあああああっ!!!』



・・・相変わらずな行動しか
取らないパートナーの、店の中まで
聞こえてきてしまう撩のナンパの
やり取りと、追いかけられている
女性の叫び声に・・・。
、香は呆れるやら怒りたいやら、
腹が立つやら・・・兎に角、色んな
感情がどろどろと沸き上がり、心の
中に渦を巻いた・・・。
そして次の瞬間には、音も立てず
ごく静かに、香は何処からか
ハンマーを取り出していた。
何時もなら香を止める美樹も、撩の
行動の酷さに香を止める事は
出来なかった・・・。

香はハンマーの柄を握り締めたまま
撩を追いかけるように、店の扉を
開けて、勢い良く飛び出して行って
しまった・・・。








「撩の・・・撩のばかあっ!!!」

「彼女ぉ~ーーーーーぅ?

ーーーーぅわあ香ぃぃぃい!!」

「こんの、ろくでなし~!!」



香は怒りで我を忘れたまま、撩を
目掛けて手にしたハンマーを思い
きり振り下ろそうとした・・・が、
運悪く、身体のバランスを思いきり
崩してしまった。
撩の所に辿り着く直前にハンマーは
香の手をすり抜けて空を舞い、撩の
頭上目掛けて飛んで行き、撩は
ハンマーの下敷きになった。
一方、香はと言えば、突然足に
走った激痛に堪えきれず、その場に
しゃがみこんでしまった・・・。






「・・・っつ・・・。」

「ってぇな香いっ!


ーーーあり?ーーー香?」



撩は自身の身体を潰したハンマーを
手で避けながら上体を起こすと、
目の前で香が足を押さえながら
その場にしゃがみこんでいた事に
驚いて傍に駆け寄った。

香はどうやら無理な姿勢で足首に
負担をかけ、捻って痛めてしまった
らしい・・・。
足首に激しい痛みが走り、香は
思わず眉間に皺を寄せながら唇を
きゅっ、ときつく結んだ・・・。



「ーーーおい、大丈夫か香?」



撩は、香の腕に手を伸ばして身体を
引き起こそうとした。
・・・が、香は小さく肩を震わせた
まま俯いていた・・・。



「ーーーーーー怒ってる?」

「・・・・・・・・・・・・・・」



撩の問い掛けにも香は応えようと
しない・・・。
俯いたままの香に、撩は暫く頭を
ぽりぽり、と掻き、深呼吸をして
香に謝ろうとした・・・。



・・・香の無視、無言はかなり
堪えるのだ・・・。



「ーーーわ、悪かったよ。だから、
ほらーーー行こうぜ。

ーーー立てるか?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「ーーーーーーだ、だいたいなぁ、
お前がいけないんだぞ?あれほど
俺が男の依頼は受けるなってーー」

「・・・・・・・んなよ・・・・」

「ーーーそうそうおんなーーーー
ーーーーーーーーーーーーへっ?」



うんうん、と頷いていた撩の動きが
突然ぴたりと止まり、まるで何か
恐いものでも見るかのような動きで
恐る恐る香の方を見た・・・。



「・・・あんたが何勘違いしてるか
知らないけど、狭山昌さんは女性よ
・・・!!」

「ーーーーーーーーーーーあり?」

「撩の・・・・・」

「ーーーあ、あ~その~何だ、
うんーーー」

「撩の・・・馬鹿あっっ!!!!」

「ぎゃあああああああ!!!!!」

















「・・・香は随分と派手に暴れてる
ようだな。
叫び声がここまで響いてきたぞ。」



店の中から外の二人の様子を一人
静かに見つめていた美樹の後ろから
、海坊主が姿を現した。
店の中から撩と香の気配が消えた
のを感じたので、店の奥から戻って
きたのだった。
美樹はちらり、と海坊主の方を振り
返ると、にっこりと微笑み、再び
香と撩の居る方を見つめた・・・。



「・・・香さん、冴羽さんのせいで
すごく怒って店を飛び出して行った
んだけどね・・・」

「フン、どうせ撩の女絡みだろう。
香もご苦労なこった。けど・・・
何だ?」

「ううん・・・もう大丈夫みたい。
冴羽さん、暫くはナンパする暇も
無い位忙しくなりそうよ。」



・・・撩に身体を支えられながら
歩いてアパートに帰ってゆく香の
後ろ姿を静かに見つめながら、
美樹は呟いた。



「・・・何だそりゃ。訳がわからん
。」

「ふふっ、いいの。
・・・あ、そうだ。ファルコン、
一緒にコーヒー飲みましょ?
買い出しに行ってくれたお礼に
とびきり美味しいのを淹れるわ。」

「・・・・・・・ああ。頼む。」



ほんのりと頬を赤らめる海坊主を
可愛らしく感じながら、美樹は
カウンターの中へ戻って行った
・・・。

















喫茶店のドアに取り付けられている
カウベルがカランカラン、と
鳴り響いた。
それは何時も香が喫茶店に現れる
時間・・・。
けれど其処に香の姿は無い・・・。



「あら、冴羽さんいらっしゃい。」



店の中から美樹が声を掛けた。
その日店に現れた撩は、両手に
買い物袋をぶら下げ、辺りを酷く
気にしているようだった。
美樹の傍に居た海坊主は、撩の姿を
感じ取ると、笑いを堪えながら
呟いた。



「撩、良く似合うぜ。その格好じゃ
軟派も出来んだろうしな。」

「う、うるせぇタコ!」



撩は、酷く面倒臭そうな態度(を
わざわざ取りながら)でカウンター
チェアに腰掛けた。



「美樹ちゃん、何時もの頼むわ。」

「はぁい。冴羽さん、香さんの具合
はどお?」



コーヒーを淹れる準備をしながら
美樹は撩に訊ねた。
香が美樹の元に顔を出さなくなって
から一週間になる・・・。
香が足を痛めた翌日から、香の
代わりに撩が依頼を確認しに行って
いるらしく、先日香が撩に伝えよう
としていた依頼も、撩一人でそれを
引き受けたらしい・・・。
美樹は撩に内緒で



『お願い美樹さん!撩が変な事
しないか見張ってて!』



と、香から頼まれているが、香が
居ない時の撩は案外大人しくて、
少しだけつまらなそうに美樹の目に
映る・・・。



「ん?あ、ああーーーまあ、な。
早く治してくんねぇと、撩ちゃん
軟派も出来やしねぇ。」



そう言いながら、撩はカウンター
テーブルに肘をついて頬杖をついた
・・・と、その時、撩の携帯電話に
着信が入った。
撩はジャケットのポケットから携帯
電話を取り出すと、それを耳に
当て、美樹や海坊主に聞こえぬよう
ひそひそ声で話し始めた・・・。



「(ーーー何だよーーーああーーー
大丈夫だってーーー分かったから
ーーーああーーーなら切るぞーー


ーーーんーーーーーーーー!??)」



撩が口ごもった瞬間、撩の肩が
ぴくりと震え、両方の耳が真っ赤に
染まった。
・・が、撩は動揺を隠すかのように
、電話の相手に対して



「(ーーーと、兎に角切るからな!
わ、分かったからーーーはいはい
ーーー)」



と叫ぶように話し、言い終わると
物凄い早さで携帯電話をポケットに
押し込んだ。
そして、目の前に置かれたコーヒー
カップを手に取ると、それを一気に
飲み干した。



「冴羽さん・・・香さん、何て?」



撩の態度から、電話の相手が香で
ある事を察知した美樹は、撩に
訊ねてみた。・・・撩は、余程香
から照れ臭い事を言われたらしく、
美樹の問い掛けに対して平静を装い
ながら、大声でこう返した。



「か、香の奴、怪我したのをいい事
に、俺にあれこれしろって煩くて!
全く、面倒くせぇったらありゃあ
しない!」

「あら、その割にはすっごく
お似合いよ。買い出ししている
その姿。」



すると、隣に居た海坊主は、撩を
からかうかのように口を挟んで来た




「全く、美樹の言う通りだ。
さっきの電話の動揺からすると、
香から“撩、ありがとう”だの
“撩、大好き~!”とでも言われ
たんだろう。」

「!!?おまっ!?勝手に人の電話
聞きやがったなっ!?」

「いや、単にカマかけてみただけ
だ。ははぁ~・・・そうか、図星
だったか。はっはっは!!
・・・そんな事で照れるとは大した
事ねえな、種馬。」

「うるせぇハゲ坊主!!ーーー
とにかく、っーーーか、帰る!」



撩はそう叫ぶと、テーブルの上に
お札を一枚置いて立ち上がった。



「この間の香のコーヒー代込み。
美樹ちゃん、また来るわ!」

「はーい。冴羽さん・・・香さんに
優しくね。」

「俺はいっつも優しいの。」

「はいはい。」



くすっ、と笑いながら見送る美樹に
ひらひらと手を振りながら、撩は
店を出て行った・・・。





「・・・早く治るといいわね、
香さん。」



撩を見送った後、撩が空にした
コーヒーカップを片付けながら
海坊主に呟くと、グラスをピカピカ
に磨いていた海坊主がぽつり、
呟いた。



「・・・ああ・・・けど、早く
治らない方が香の為にはいいんじゃ
ないのか?」



海坊主があまりにも素敵な事を言う
ので、美樹は動きを止めて、海坊主
をまじまじと見つめた。



「あら意外・・・。ファルコンの口
からそんな言葉が飛び出すなんて。


「・・・フン。」

「でも・・・そうね。
これをきっかけに、あの二人、
もっと自分に素直になれたらいい
わね・・・。」

「・・・だな。」



美樹はにっこりと海坊主に微笑むと
、コーヒーカップを洗い始めた。
海坊主もまた、グラスを丁寧に磨き
始めた・・・。
















「ただいま~。香ぃ、頼まれてた
買い物してきたーーーあ、香っ!」

「あ、撩お帰り~!買い物して来て
くれてありがとうね。助かるわ~」

「この馬鹿!あれほど大人しく
してろって言っただろ!?」

「何言ってるの!言われた通り、
ちゃんと大人しくしてたわよ。
ただ床と階段掃除してただけ
・・・。」

「それが大人しい態度か?!
兎に角、ソファで座ってろ!」

「はいはい・・・あ、ねえ撩。」

「全くーーーあ?呼んだか?」

「買い出しありがとう。それと

・・・・・・撩、大好き!ふふっ」

「!!!?
だっーーーいいから!お前は黙って座ってろっっ!」

「はぁ~い!」






本当はもっと香に優しくしたいけど
、恥ずかしくて香にだけは不器用な
振る舞いしか出来ない撩と・・・

素直になりたいけれどなかなか
なれなくて・・・
怪我がきっかけで、撩に甘えて
みたり、頼ったり・・・少しずつ、
少しずつではあるけれど、
自分の気持ちを素直に伝える事が
出来るようになれて、それが自分
でも嬉しくて仕方が無い香の・・・



二人の距離が少し縮まった、とある
日の出来事・・・。






****************

更新が遅くなりすみません(>_<)

今年も皆様には大変お世話になり
ました。
コメントを下さったあなた方、
当ブログに足を運んで下さった
あなた様、本当に、本当に
ありがとうございます(*^^*)

相変わらずのろのろ更新になるかと
思いますが、来年もどうぞ宜しく
お願いします・・・(*^^*)

皆様、良いお年をお迎え下さいませ
・・・☆



日々、感謝☆和那


2015.12.28 Mon (06:00) l 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top

「お願い!どうしても貴方の力が
必要なの!手を貸して頂戴!!」



冴子からの、緊急を要する連絡が
突然撩の携帯電話に飛び込んで来た
のは、時計の針が11時を過ぎた頃だった。



冴子の話によると、国際指名手配中
のテロリストが日本にやって来る
との情報を警察側が密かに入手し、
冴子達は連日、空港にて張り込みを
続け、逮捕まで目前に迫った時、
相手側に警察の存在を知られて
しまい、テロリスト達は付近の
通行人を人質に、空港まで迎えに
来ていた仲間らしき人間の運転する
車に乗り込み逃走。
冴子の仲間の警官数人も、直ぐに
後を追ったが、車の中から発砲
され、銃弾数発が仲間の警官と付近
にいた民間人を巻き添えにした、
との事だった・・・。




















・・・それは夕べの事だった。



「え?・・・いいの!?」



食べ終えた夕飯の食器の後片付けを
していた香は、大きな目をぱちぱち
、と瞬きさせながら撩を見た。

週間天気予報を見ると、とても良い
天気の日が続いていたので、何処か
近場に、日帰りで良いから
出掛けたいなぁ、と香は撩に相談を
した。だが撩は、



“面倒くさい”



と言って、香は一度は断られた。
しかし、考えが変わったのか、撩は
香が淹れた食後のコーヒーを飲み
ながらこう言った・・・。



「ーーーたまにはドライブするのも
いいんじゃねーの?」



そう言い終わると、カップに残った
コーヒーをくいっ、と飲み干した。
香は撩の言葉が嬉しくて、今にも
溢れてしまいそうな笑顔で撩を
見つめた。



「やったあ~!じゃあじゃあ、
あたし明日、お弁当作る!
あ~何作ろっかなぁ~!楽しみ~!


「ーーー何。そんなに嬉しいのか?


「嬉しいわよ!当たり前でしょ!
あ~、そうと決まったら今から
下準備しておかないとね!」









・・・なので、冴子から電話を貰う
前、撩は香と二人で行動を共にして
いた。

車にお茶や弁当の入ったバスケット
を積み込み、撩の愛車に乗って
ドライブへ・・・だが、依頼が来て
いるか確認したい、と香が言うので
撩は駅まで車を走らせた。



・・・相変わらず、この日も依頼は
無かった。
けれど、久々に撩と出掛けられる、
という歓びに、香の心は何処までも
青く澄み渡るこの日の空のように
軽やかだった。

以前、モデルをやったお礼に、と
絵梨子から貰ったワンピースにも
袖を通し、ほんのりとではあるが
メイクを施してみたりもした。



・・・けれど。
車に戻る最中、街で擦れ違う人達の
口から発せられた言葉の中に



“テロ“、空港”、“人質”



と言った言葉が数多く含まれている
事に気が付き、嫌な胸騒ぎがした
・・・。
そして、急いで車に戻って来ると、
撩が何処か遠くを眺めながら電話を
している姿が見えた・・・。

外で聞いた会話の内容、そして撩の
様子から察するに、電話の相手は
恐らく冴子で、きっと内容は仕事
絡みなのではないか・・・と
香は直感した。



女の勘、というものは悲しいけれど
よく当たるものだ・・・。
香は車に近付くと窓をコンコン、と
数回ノックして、運転席側の窓を
開けさせ、撩の電話の相手が冴子で
ある事を確認すると、会話の内容も
ろくに聞かないまま、直ぐに冴子の
元へ向かおう、と撩を説得した。
撩は、何故香が自身と冴子の会話の
内容を知っているのか少し驚いたが
、撩のその表情から、
自身の知り得た情報がやはり本当で
ある事、そして、事件の解決には
きっと撩の力が必要なのだと、
撩の力を借りなければいけない状況
に冴子はあるのだと言う事を
香は思った。

それに、例え相手が冴子であれ何で
あれ、緊急事態には変わり無く、
それならば尚更急いで現場に向かい
冴子の手伝いをした方が良いだろう




撩は、香の判断に少し躊躇いを
見せた・・・。
夕べの幸せそうな香の笑顔や、弁当
の下準備を頑張っていた事を知って
いるだけに、冴子の手伝いをしに
行くという事は、それが今日中に
片付く保証など無い訳で、最悪、
今日は出掛けもせずにそのまま帰宅
する事になってしまう可能性が
あるからだ。


・・・が、香の意思は固かった。
その強い眼差しに真っ直ぐ見つめ
られ、

・・・もうこれ以上、香に何を
言っても変わらないな、という事、
今日一緒に自分と出掛けられると
あんなに喜んでいた香がここまで
撩を説得した事に、反対する理由を
見つける事は出来なかった・・・。



撩は小さな溜め息を一つついて、
香の頭に手を伸ばして柔らかな髪
を左手でくしゃり、と撫でながら
少し困ったような表情を浮かべ
ながら笑って見せた。
すると、香もまた、困ったように
笑って見せながら、こう言った。



「・・・さ、早く冴子さんの元に
行きましょ!」

「ーーーーーはいはい。」



相手の事を思って熱くなるのは
やはり槇村によく似ているな・・・と。
撩の瞳には、かつての相棒である
槇村秀幸の姿が微かに香に重なる
ように映った・・・。



撩の意思を確認した香は、直ぐに
助手席に乗り込んだ。
撩は車のギアへと手を滑らせると
素早くギアを入れ換えてクラッチを
踏み込み、アクセルをふかし
車は猛スピードで走り出した・・・












撩と香が撩の愛車に乗って、冴子に
言われた場所に漸く辿り着いた場所
には、テロリスト達が逃げ込んだ
とされるアジトらしき建物が直ぐに
見えた。
すぐ近くで撩と香が来るのを待って
いた冴子の話によると、共にこの場
に来ていた警官数名は、冴子の制止
を聞かずに身勝手な行動を取り、
建物の周りを見張っていた手下
らしき人間に早々にやられ、負傷
してしまって、今は麓の病院で
手当てを受けているとの事、そして
、海外から某国の主要人物が来て
いるために、こちらに余計な警官は
回せない、という上からのお達しがあった事を二人に告げた。



テロリスト多勢を相手に冴子一人
ではさすがに厳しい・・・。
だが、撩と香が来てくれた今は、
他の警官など居ない方が好都合だ。

中から見張りが辺りの様子を窺う
様子も見て取れる・・・。
道なき道を突っ走ってきたため、
香としては少し休みたい所では
あったが、そうもいかない。
三人で中の気配を探りながら、香は
撩の手を借りて、車に隠し持って
いたトラップを建物の周囲に一つ
ずつ仕掛けて行った。
・・・もちろん、爆薬の量は極力
控えめに、だ。

それがようやく仕掛け終わった頃、
建物から離れた三人は木陰に隠れ、
その場所から起爆スイッチを作動
させて、爆薬を一つ爆破させた。



かなり派手な爆音が響き、白い煙幕
が辺りを包み込む・・・。



相手は突然の爆音に驚き、直ぐ様
見張りの数名が入り口のドアから
飛び出してきた。だが、入り口付近
で待機していた撩と冴子が相手に
当て身を食らわせ、相手はそのまま
無言で床に倒れ込んだ。
香は更に爆弾を爆破させて建物内部
の人間を混乱に陥れ、その隙に二人
は中へ突入し、次いで香が中へ
飛び込んだ。

建物の中にいた他のテロリスト達は
爆破音にかなり混乱していた。
そこに、見張りではなく見知らぬ
人間がいきなり二人も突入してきた
事に慌てふためきながらも、機敏な
動きで抵抗を試みた。
が、撩と冴子はそれをはるかに
上回る鮮やかさと手際の良さで、
テロリスト達を仕留め上げ、
香は人質の安全確保に全力を注いだ

だが・・・。










「撩、香さん、

・・・今回は本当にごめんなさい!




テロリストに猿轡を噛ませ、
ロープで動けないようにし終わって
漸く全てが片付いた頃、突然、
冴子は撩と香に向かって酷く
済まなそうに深々と頭を下げて
お詫びをした。

人質になった人間を庇う際に、敵と
軽く揉み合いになり、少しばかり
衣服に乱れが生じた香は、手で
ささっ、と整えていたのだが、
突然の冴子の行動に酷く驚いて
身動きを止めた。



「どうしたの冴子さん!?突然。
ね、お願いだから頭を上げて!
それに、どうして冴子さんが謝るの
?謝る必要なんて無いじゃない。」



冴子に近付きながら、香は酷く
心配そうに冴子の顔を覗き込んだ。
・・・香の問いかけに、ゆっくりと
下げていた頭を上げた冴子は、
眉間にくっきりと皺を寄せながら
悲しそうに香を見つめた・・・。



辺りはすっかり陽が暮れてしまい、
気温も随分と下がり、肌をやんわり
と撫でる風も冷たい・・・。
肩に羽織るものが無ければ風邪を
ひいてしまいそうな位だ・・・。

そんな遅い時間まで、二人の足を
引き留めてしまった事。
そして香の・・・いつもとは少し
違う服装や外見から何かを察した
冴子は、香にこう問いかけた。



「だって貴方達・・・本当は
何処かへ出掛けるつもりだったん
でしょう?」



・・・本当は、この日初めて顔を
合わせた時に、香の服装が何時もと
違う事に冴子は気付いていた。
だが急を要する事件に、香にまで
気を配る余裕が冴子には無かった
・・・。



「・・・え?あ~あの・・・全然!
そう、全然大した事無いのよ!」



香はそう冴子に言ったのだが、



「いいえ、大した事なんて無く
ないわよ!」



少し興奮気味に冴子は話した。

すると、その側にすっ、と撩が
やって来て、冴子の肩にぽん、と
手を乗せた。



「あのなぁ、香の言う通りだって。
冴子、お前の考えすぎーーーな。
ーーーま、それでもお前の気が
どうしても済まないってゆーのなら
今すぐツケのもっこり5発チャラに
してくれよ~!
なぁなぁ~冴子ちゃあ~ん。」

「え!?ちょっと撩!あんた、
この期に及んでまーたそんな事
言って!」



ふざけた態度で冴子に迫る撩の頬を
、香がきゅっ、とつねった。



「あーたたたたっ!ってーな、
何するんだ香ぃ!」

「ふん、あんたが変な事ばっかり
言うからでしょう!?」



と、撩と香は何時ものように口喧嘩
を始めた。
そんな二人を見ていた冴子は、少し
苦笑いをしながら固く結んでいた
唇を開いた・・・。



「・・・ツケは当然チャラよ。
香さんにも助けて貰ったんだから
後で報酬をお渡しするわ。



・・・ごめんなさい・・・そして、

助けてくれてありがとう・・・。」



冴子のその言葉を聞いて、香は
にっこりと微笑み、撩もまた、
にやり、と微笑んで見せた・・・。



そしてやがて・・・。

一足遅く駆け付けた仲間の警察が
漸く冴子と合流した頃には、二人は
静かにその場を立ち去っていた
・・・。








こんな仕事・・・断っても良かった
ものなのだ、と冴子から連絡の電話
が鳴り響いた時に撩は思った。
だが、事もあろうに冴子からの依頼
をあんなに毛嫌いしていた香が、
撩の口から冴子の名前を聞くや否や
、痛いくらい真剣な眼差しで撩を
見つめ、



“冴子さんから依頼なんだから
直ぐに行きましょう、撩!!”



と言い切ってしまったから、香の
強い熱意に、撩の方も断るに
断れなくなり、冴子から指示された
場所へ急行したのだった・・・。

冴子の手伝い事体は然程手間取りは
しなかったが、事が片付いた頃には
日はすっかり暮れ、辺りは闇に
包まれてしまった・・・。




撩は冷えきった愛車を運転しながら
ポケットから煙草とライターを
取り出すと、一本を口にくわえて
先端に火を灯し、至福の一服を
味わった。

ガタガタと、舗装も整わない道無き
道を運転し、その揺れに何とか耐え
ながらも、車内が暖まるのを待って
いた香は、無意識に吐息で冷え
きった指先を暖めながらふと、
窓から空を見上げた。







・・・すると。

雲の陰り一つ無い、漆黒の闇夜には
零れんばかりの星々が燦然と
光輝いていて・・・。

それを見つけた香は、慌てて撩の
名前を呼んで車を止めさせると、
車外に飛び出して空を見上げ、



“わぁぁ・・・!”



と、歓声を上げた。



「ねぇりょお~!!
見て見て!すっごい星!!」



あまり星を見上げる機会の無い香は
感激のあまり瞬きする事すら忘れ、
それは幸せそうに空を見つめた。
撩は・・・そんな香に少し呆れ
ながらも香に言われるままに車を
降り、香が見つめる方に顔を向けた




・・・闇に目を凝らす事や、闇の中
から誰かを狙ったり調べたりする事
、闇に溶け込んで何かをする、と
いう事は数え切れない程重ねて
きたが・・・。

こうして穏やかな気持ちで星空を
見上げるなんて、一体いつ以来
だろうか・・・と、心の奥で
撩は思った。

それと同時に撩の脳裏にちらついた
のはまだ幼き日・・・、
父のように慕っていたあの男と、
二人で星を見上げては、星の位置や
名称についてを教わった、今と
なっては懐かしい日々・・・。





「綺麗ねぇ・・・。」



・・・父と慕っていたあの男の隣で
星を見上げていた記憶がよみがえる
・・・そんな想いの中で、ふと撩は
あの男の穏やかな眼差しを
思い出していた・・・。



気がつけば自分もまた、穏やかな
気持ちで香の隣に居る・・・。






あの頃・・・。

長く続く絶望の日々の中で。
想像もしなかったし出来なかった、

“絵に描いたような平凡な幸せ”

というようなものを感じる日が来る
なんて、思っても見なかったし、
・・・こうしてまた、誰かと
穏やかな気持ちで星を見上げる日が
来るなんて有り得ないと。
撩はそう、思っていた・・・。



・・・けれど・・・。







「ーーーああ、そうだなーーー」



・・・と、撩が言葉を紡ぎかけた所
で、撩の空腹を知らせるそれは
それは大きなアラーム音が
けたたましく鳴り響いた。

香は大きな瞳を真ん丸くし、次いで
ぱちぱちと数回瞬きをすると、
堪えきれず、可笑しそうに声を
上げて笑い出した。



「あっははは!ムード無いわぁ!」

「ーーーフン!そりゃあ悪かったな
!!」



撩はばつが悪そうに腕を組み、ぷい
、とそっぽを向いた。
香はあまりに笑いすぎて目尻に
滲んだ涙を指で拭いながら、
あまりに笑いすぎた事を撩に詫びた




「ごーめんごめん!・・・あ!」



話の途中で何かに気付いた香は、
傍に停めてあったクーパーの助手席
のドアに手を掛け大きく開け放つと
、後部座席に手を伸ばして
大きなバスケットを取り出した。
そして再びドアを閉めるとくるりと
振り向き、撩にバスケットを見せ
ながらこう言った。



「遅くなっちゃったけど、ご飯
食べよ!」



ボンネットの上にバスケットを
置いて蓋を開けると、中には沢山の
お握りやサンドイッチ、唐揚げなど
おかずの入った容器があった。



・・・普通の女なら、他の女からの
頼み事など断れと言うだろう。
以前の香なら、即座に断れと言った
だろう・・・。



・・・だけど、今は・・・。



「・・・けど、人質になった人は
無事に助けられたし、犯人も無事に
捕まえられたし、本当に良かった
わねぇ。
冴子さんも喜んでたし。ね?撩。」



冷たくなったお握りを口一杯に
頬張る撩に、水筒から温かい
お茶をコップに注ぎ入れながら、
香はそれは嬉しそうに言った。

香が柔らかな雰囲気になったのは
撩に女として扱ってもらえる事から
来る心の余裕からなのかどうかは
定かではないが、
香は以前にも増して優しい雰囲気を
纏う女性になった。

(・・・が、それは単に撩のナンパと
飲み屋のツケの数が減ったからかも
しれないが。)

撩は差し出されたコップに手を
伸ばして茶を啜ると、再びお握りを
頬張った。



・・・ふと。

撩は、無意識に白い指先を自身の
吐く息で温めている香の、華奢な
肩を抱き寄せながら・・・ふと、
香がいつの間にか、星空では無く
自分の顔を見上げている事に気付き
、声を掛けた。






「ん?ーーーどうした?」

「あ、ううん。何でもない。」



撩に気付かれた事が恥ずかしかった
のか、香は悪戯っ子のように笑い
ながらそう答えてみせた。



・・・けれど。

香が隠し事を出来ない事や上手く
誤魔化せない事位、撩は知っている

香の表情を見る限り、深刻な悩みや
相談がある訳でも無さそうなので
撩は内面でほんの少しほっ、と
しつつも再び香に訊ねてみた。



「それが何でもないって顔かよ。
心配事か?言ってみろ。
ーーーあ、おれのもっこりが元気
すぎて寝不足なの~!
ーーーーーーーーーーーーとか?
まだまだ足りない、もっとして~!
ーーーーーーーーとかぁ?」

「えっ?
・・・・・・・・・・・え!??
あ、ばばばはば・・・ばかっ!!
ちちちちち違うわよ!

・・・・・十分満足、です・・・」



香は真っ赤に頬を染めて慌てながら
、力一杯撩の問いを否定し、
照れながらも自身の思いを口にした

そして一呼吸してから、小さな頭を
撩の肩に傾けながらこう言った。







「・・・アニキの・・・」

「ーーー槇村の?」

「うん・・・アニキの・・・
アニキの最後を看取ってくれて
ありがとう・・・。」



・・・香の気持ちを聞こうとした
のは撩の方なのだが・・・。
まさかこんな言葉が返って来る
なんて思いもしなかった撩は動揺
してしまった。



「ーーーはぁ?!
な、何だ?また唐突にっ。」



少し慌てながらもお茶らける撩に、
香はにっこりと微笑みながら言葉を
続けた。



「・・・唐突じゃないよ。
ずっと・・・ずっと思ってた。
その目で・・・アニキの最後を
看取ってくれてありがとう・・。」

「ーーーーー。」

「いつか・・・いつか撩にちゃんと
言わなくちゃ、って思ってた・・・

撩があたしをアニキの処に連れて
行ってくれた時には、アニキ・・・
すっかり綺麗にして貰ってた・・・
。今まで一度も着たこと無い位に
綺麗な服を着せて貰ってさ・・・
綺麗なお花で一杯飾って貰って・・
撩が・・・撩が色々してくれたんだ
よね。

・・・あの時の・・・アニキの顔。
とっても穏やかだった・・・。



・・・アニキね、昔、父さんが
亡くなった時にあたしに言ったの。

“亡くなったら身体は無くなる
けれど、魂は空に昇って星になって
輝くんだよ。だから父さんを
思い出す時は夜空を見上げると
いいんだよ”

って・・・。
ねぇ・・・撩。アニキ、綺麗に
輝いてるね・・・。」



そう言いながら香は空を見上げ、
遥か遠くできらきらと耀く美しい
星を、目を細めて嬉しそうに
見つめた・・・。

撩もまた、静かに空を見上げると



「ーーーああ、そうだな。」


と、小さく呟きながら香の肩を
抱いた。
香は、星空を見上げる撩に自身の
身体を預けた・・・。
そして、こう、呟いた・・・。





「・・・アニキの・・・
アニキの最後を看取ってくれたのが
撩で、本当に良かった・・。」



撩は、その言葉に瞼を伏せながら
穏やかな気持ちで再び空を見上げた
・・・。



・・・と、



「・・・っくしゅ、っ!」



突然、香が小さなくしゃみをした。
辺りは随分と冷え込んできたので、
撩は手に持ったお握りをぽいっ、と
口の中に放り込むと、香の髪を
くしゃくしゃ、と撫でながら言った




「もうだいぶ冷えるし、帰ると
するか。

ごっそーさん。旨かった!」

「そうね。撩、・・・今日は
ありがとう。」



香が撩に礼を言うので、撩は何が
何だか理解出来なかった。



「え?

ーーードライブは行けなかったじゃ
ないか。」



その問いに、香は



「ううん・・・こうして一緒に
お弁当食べて、星も見られて。
楽しかった!さ、帰りましょ!」


と言うと、撩に向かってにっこりと
微笑んだ。
撩は何やら照れ臭くて・・・
暗がりなのに、香の笑みが眩しくて
・・・



「ーーー今度はちゃんと、何処か
行こうな。」



とだけ、照れ臭そうに呟いた。
香はそれを聞いて、酷く嬉しそうに
にっこり微笑んで



「・・・うん!約束ね!」



と、言った。






想像していたお出掛けとは違う形に
なりはしたけれど、これはこれで
幸せで楽しかった、と

そう思いながら香は助手席に乗り
込んだ・・・。





・・・また、いつか・・・

どんな形になろうとも、こうして
撩と一緒に出掛けられる日を
心に願いながら・・・





・・・いつか、きっと・・・







****************

前回より随分と間が開いてしまい
申し訳ありません(>_<)

更新の無い間も足を運んで下さって
ありがとうございます(*^^*)














2015.10.02 Fri (06:00) l 仕事 l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆さまこんにちは。和那です。
暑かったり寒かったり、雨が
酷かったり、と気候の変動が激しい
日々ですが如何お過ごしでしょうか



突然ですが、和那は手作りが大好き
です。
特にバッグを作るのが好きで、
型紙を紙に描き、サイズを図り、
好きな形に型紙となる紙を切って
型紙を作ります。
形やサイズ、ポケットの大きさや
場所を好きなように決められるのが
良くて、今年は撩ちゃんのお誕生日
に合わせて赤い合皮の2wayバッグ
を縫い、そこに小さなミニクーパー
が付いたキーリングをアクセントに
付けました。

仕事や買い物に行く際の移動は殆ど
車で、毎日好きなCDを聞き、よく
口ずさんでいます。
CHのアニメの中でも2の

「さらばハードボイルドシティー」

が大好きです。
前編後編に使われた曲をずっと
聴いていたい位好きです(*^^*)

*WITHOUT YOU
*EARTH
*SARA
*THE BALLAD OF SILVER BULLET
*BLOOD ON THE MOON
*CHANCE
*GET WILD
*LONELY LULLABY
*STILL LOVE HER

が特に大好きで、これらが編集
されたCDがあれば幸せなのになぁ
、と思ってしまいます。自分で編集
する余裕が無いので、ちまちまと
CDを交換して聴いていますが(*^^*)



コメントを下さるあなた様、
拍手を下さったあなた様、
初めて足を運んで下さったあなた様
いつも足を運んで下さるあなた様

いつもありがとうございます(*^^*)



期間限定、パス付きのお話でUPして
おりました

「雨と傘と白いブラウス」

は一定期間を過ぎましたので終了と
させて頂きました。
ご尽力いただきましたUさま、
パスのお問い合わせを下さった
皆さま、ありがとうございました。



こんな不定期なブログに足を運んで
下さって
本当にありがとうございます。

blogを始めるまで、ただ漠然とCHが
好きな自分がいました・・・。
blogを始めて、様々な経験を経て、
自分の中で、自分はどんな二人が
好きで、どんな世界を描きたいの
かが明確に分かるようになりました
。時折、blogに頂くメッセージの中
に、私と同じ想いを抱いておられる
方が多々おられる事が分かり、
とても嬉しくなりました。
(メッセージ下さった方、本当に
ありがとうございました。すごく
嬉かったです。)

私の中にCHの世界を好きな気持ち
がある限り、blogを続けて行きたい
なぁと思っています。

・・・私は、私の想うCHの世界を
これからも大切にしてゆきます。

また、宜しければ足を運んで
下さいませ・・・。



ではまた。和那(*^^*)



2015.07.05 Sun (06:00) l お礼 l コメント (0) トラックバック (0) l top
自身の身体が傷付いた時、多少の
痛みなら堪える事が出来る。
・・・だが、例えばそれが身を抉る
ような酷い痛みを伴う傷であった
場合、痛みに耐えきれずに喉の奥
から多少なりとも呻き声が洩れる
ものだ。


・・・けれど。
男はその痛みに必死で堪えていた。
何故なら自身のすぐ傍らに、男の
様子をじっと伺ったまま不安げな
表情を浮かべ、その場を離れようと
しない子どもが一人居たからだ
・・・。



子ども・・・と言っても身体は並み
の大人より少し小さい程度。
歳の割には成熟しつつある身体を
持て余すその子どもの、中身は無茶
や無鉄砲を繰り返しては痛い目に
遭っている、戦場以外の世の中を
まだ知らない未成熟なもの・・・
・・・子どもは、片時も男の傍を
離れる事無く、男のきつく握り
しめた拳にそっと自身の手を重ね、
時折、苦痛に耐え続ける男の額に
滲み流れる脂汗を、服の袖で
恐る恐る拭った・・・。

そんな子どもを少しでも安心
させようとしてか、男は自身の隣で
不安そうな表情を浮かべたまま
今にも泣き出してしまいそうな少年
に静かに語りかけた・・・。






「・・・ありがとう・・・。

・・・ずっと・・・ついてて・・・

・・・くれたんだ、な・・・。

・・・さぁ・・・お前も休め・・・


休める・・・時に・・・休まない
・・・と・・・

・・・な、駄目だぞ・・・。」



・・・痛みに言葉が続かず・・・
喉から絞り出す声は掠れ、途切れ
途切れになってしまう・・・。

けれども男は時々言葉を詰まらせ
ながらもそう言い続け、漸く言い
終えるとふぅーっ、と深く息を一つ
吐いた。



男が寝かされていたのは、所々穴の
空いたぼろぼろで傷だらけのテント

長年使い続けた“それ”の隙間からは
ほの明るい月明かりが零れていて、
周りの景色や時間などに気を配る
余裕など全く無かった男は、
月明かりを目にして初めて今が



“夜”



なのだという事に気付かされた。

穴越しに空を見れば、そこには墨を
流したような闇が広がっていて、
そこから覗く月の光はとても淡く、
溜め息が出るほど美しかった・・・


暗闇に身を潜めるのが日常の男達に
とっては月明かりは極上の照明で
あり、それと同時に、闇に潜む“敵”
に自らの姿を照らし出す酷く危険な
存在でもあった。だが、男の休む
テントの周りには男を守るかの
ように見張りをしている仲間数名の
気配が微かだが感じとる事が出来た
ので、男は気を弛める事にした
・・・。








「ーーーーーーー足、痛む?」



傍に居た少年がぽつり、小さな声で
言葉を洩らした・・・。
見れば少年の片手は男の拳に
添えられ、もう片方は膝の上に
置いたままぎゅっ、とそれを握り
締め、じっと男を見つめていた。
月明かりに照らされた少年は、
身体の輪郭が発光しているように
見えた・・・。



・・・かなり、泣いたのだろう。

その目蓋は暗がりでもくっきりと
分かるくらいに腫れ、顔にも血が
付着していて、血だらけの衣服を
身に纏ったまま自身の傍を片時も
離れようとしない・・・。

子どもが怪我をしたのかと思ったが
、見たところ子どもに傷や怪我は
見られず、少しほっとしながらも
子どもを血で染めたものは一体
何なのだろうとぼんやりした頭で
考えてみたが、答えはすぐに
浮かんだ。






・・・そうか・・・



・・・これは・・・




男は子どもの言葉に振り返るかの
ようにして、子どもに向けていた
視線を自身の足の方へと泳がせた
・・・。





・・・昨日まで。

確かに存在していた、自身の片足が
あった筈の場所には奇妙な空間が
広がっていた・・・。



あってほしい、と・・・。



虚しい希望から目を背けていた
“そこ”に目を向ければ、難を逃れて
残った片足、その片側にはぽっかり
とした空間が広がるだけ・・・。



跡形も無く砕け散った自身の片足
・・・。

姿こそ何処にも無いものの、まるで
今もそこに存在するかのような感覚
・・・。
暴れ出しそうな位の激しい痛みは、
隣に少年が居なければきっと理性を
保てなかっただろう・・・。



・・・だが、男は痛みに堪えた。
時折口をすぼめて、痛みを逃すかの
ようにゆっくりと息を吐いた。
そして男は少年の居る方に手を
伸ばすと、埃だらけの髪を
くしゃくしゃ、と撫で、優しく
微笑んだ・・・。




「・・・心配性だなぁ。
お前は・・・」



・・・男の声に。

張り詰めていた気が緩んだのか、
少年は口元をきゅ、っと固く結び、
俯いた。
男は小さく肩を震わせる少年の頭を
ただ静かに撫でながら、そのまま話
を続けた。



「・・・いや・・・・・大丈夫だ。
そう・・・落ち込むな・・・。

・・・はは・・・なぁに・・・

痛みなんてじきに治まる・・・。

・・・何だよ、そんな顔・・・
するな・・・。

・・・俺はお前が・・・

怪我・・・しなくて良かったと
・・・思ってるんだから・・・

・・・っつ・・・。」



話の途中で激痛が男を襲い、男は
思わず言葉を詰まらせた・・・。



・・・ぽたり、ぽたり、と。

少年の頬を透明な滴が伝い、それは
頬にこびり付いた血を溶かしながら
赤い滴となって零れ落ちた・・・。
男は子どもの頬に手を伸ばし、
指で涙を拭いながら言葉を続けた
・・・。





「・・・約束、な。

泣くのは・・・今だけ・・・だ。

次に泣くのは・・・

・・・お前が・・・心から・・・
悲しい・・・と・・・思った時
・・・だけ、だ・・・。

お前が・・・無事・・・なら・・・
それでいい・・・。

・・・それにこの傷は・・・

そうだな・・・言わば・・・
立派な・・・勲章みたいなモン
・・・だ・・・。

・・・いつの日か・・・いつか。
この・・・地獄みたいな日々は
・・・きっと・・・
きっと・・・終わるはずさ・・・。

そうなった時、いつの日か・・・

この傷をそう・・・誇らしいって
そう・・思える日が来るさ・・。」



男はそう言い終えると、少年の頬を
拭った・・・。
滴は後から後から溢れ出したが、
男は構わず拭い続けた・・・。
少年は膝の上に置いていた手を
ぎゅっ、と更に強く握り、顔を
上げて男を真っ直ぐに見つめた。



「ーーーーーーごめんーーー。」

「・・・お前が・・・謝る事なんて
何も・・・無いだろう・・・。
さ、眠れ・・・。」

「ーーーごめんーー

ーーーありがとうーーー親父。」

「・・・ああ。謝られるよりも
そっちの方が・・・いい。

・・・もっと、もっと・・・
強くなれ・・・。」



男は、酷く嬉しそうに微笑みながら
瞼を閉じた・・・。




















・・・あの頃の撩は。
ただ、海原が喜ぶ顔が見たかった
・・・。
海原が誉めてくれるのが堪らなく
嬉しくて・・・。
何かを頑張る度に海原が驚き、喜ぶ

それが楽しくて、もっともっと
海原に誉められたくて・・・。



あの日・・・撩は調子に乗って
しまった・・・。

それなりに場数も踏み、手柄を立て
ては誉められ、自分は強いのだと
勘違いし、無茶をした・・・。
そんな撩を、海原は身を挺して
庇ってくれた・・・。



けれどその代償は・・・大きすぎた
・・・。



撩の目の前で、海原の足は砕け
飛んだ・・・。



・・・けれど。

海原は決して・・・撩を
責めなかった。



・・・思えば、海原はいつも
笑っていたように撩は思う・・・。
どんなに苦しい時も、辛い時も
笑顔を絶やさなかった・・・。
海原が片足を失ったあの日・・・。
それは相当な痛みだったろうに、
海原はそれに堪え、きつく眉を
しかめ、額に脂汗を浮かべながらも
、それでも笑顔を見せて、撩の頭を
くしゃくしゃっ、と撫でた・・・。



いつも笑っていた海原・・・。
同じ日本人だから、と自身を可愛
がってくれた海原・・・。
戦闘中、誰よりも仲間の身体の心配
をしていた海原・・・。
辛い経験をした人間ほど辛い、と
口に出したりはしない・・・。
撩自身が物心つく頃からずっと戦場
という地獄に身を投じていた海原
・・・。

終わることの無い殺戮の、あまり
にも長すぎる日々の中でいつしか
彼は狂気に飲み込まれて・・・。
地獄のような日々を終わらせようと
ある薬を開発し、自らの身体に投与
をして安全性を確認したのに、
次いで撩にそれを投与したところ、
自身の身体には起こらなかった様々
な副作用が撩の身体に表れ、
制御不能となった撩は暴走した
・・・。



それを食い止めたのもまた、海原
ではあったけれど・・・。

・・・その時を最後に。
海原は撩を教授に託し、撩達の前
から姿を消した・・・。



エンジェルダストという薬は、本来
は殺戮が目的ではなく、長すぎる
戦いに終止符を打とうとした彼の、
彼なりの考えだったかもしれない
・・・。
あんなにも強すぎる薬を、撩に使い
暴走させてしまったという罪悪感が
彼を殊更深く追い詰めて行った
けれど・・・。



・・・今となっては本当の事は・・

誰にも・・・分からない・・・。

何が最善で、何が悪かも・・・。

誰を憎めば良かったのかも・・・。



















「・・・どうしたの?
・・・眠れないの・・・?」



撩の横でとろとろと微睡んでいた
香の瞼がうっすらと開いた・・・。
長い睫毛の隙間からちらり、と
覗く瞳をゆっくりと動かして、
色素の薄い“それ”はやがて、撩の姿
を捉えた・・・。

雲が多少残っているものの、
夜の闇にはぽっかりと、
美しい満月が輝いていた・・・。






・・・月・・・。

あの夜も月が輝いていたな・・・と


撩はウィスキーの入ったグラスを
手にしたまま、静かに月の輝きを
見つめていた瞳を香の方へ向けた。

月明かりに照らされた香の輪郭は、
淡い光を受けてほんのりと発光して
いるようにさえ見えてしまう
・・・。



香はゆっくりと、自身の手の指を
撩の太い指に重ね合わせながら、
再び睫毛を臥せた・・・。

香の身体には、出先の帰りに敵と
遭遇した際に、已む無く車から
飛び出した際にアスファルトで
擦り剥いた幾つもの傷を手当てした
跡が、シーツの隙間からちらりと
覗いた・・・。

撩はウィスキーの入ったグラスを
一旦窓際に置いて、静かにシーツを
捲り、傷の具合を確かめた。
傷口を覆っていたガーゼに血などの
滲みは殆ど無く、このまま安静に
していれば大丈夫そうであったし、
香の方も穏やかな顔をして
横たわっている・・・。

ガーゼで覆われたその傷を・・・。
ぼんやり見つめていた撩はふと、
海原との日々を思い出していた
・・・。



「・・・月・・・綺麗ね・・・。」



・・・と。
横たわっていた香の唇から、小さな
言葉が溢れた。
まだ少し眠いのだろう、長い睫毛が
小刻みな瞬きに時折震える・・・。
撩は手を伸ばして香の髪をくしゃり
、と撫でながら呟いた。



「ーーー全く。お前は無茶ばっかり
するな。」



ほんの少し・・眉間に皺を寄せて。
困った顔をして香を見つめる撩に、
香は数回ぱちぱち、と瞬きをすると
小さな悪戯っ子のように笑って
見せた・・・。



「・・・すぐに治るわよ・・・
・・・・あ・・・ったた・・・」



笑った拍子にガーゼで傷口を覆った
肌がシーツに擦れ、痛みを感じた
香の口からは呻き声が溢れた・・・




「ーーー困った奴だな。」



撩は香に寄り添うようにベッドに
横たわり、白い頬にそっと手を
添えた・・・。



「・・・はいはい、困った奴ですよ

けど・・・撩には言われたくない。


「ーーー女の癖に。傷が残ったら
一体どうするんだ?」

「いいの。」

「いや、俺が気になる。」

「だから・・・褒めてよ。
それに・・・言ったでしょ。
この傷も・・・他の傷も、あたし
にはとても誇らしいんものなん
だから・・・ね?」



香はそう言うと、幸せそうに
にっこりと微笑んだ・・・。



・・・誇らしい、と。

痛みを感じながらも笑みを浮かべる
香の口から溢れた言葉・・・。



あの日・・・
激痛に耐えながらも笑みを浮かべ、
そう言っていたあの男・・・。
香の笑みに、あの日の海原が重なる
・・・。






「お疲れさん。
よくーーー頑張ったな。」



撩はそう言うと、香の額に口付けを
した・・・。
香は頬を染めて手を伸ばし、撩の頬
に触れると優しく微笑んだ。



「・・・ねぇ・・・撩。」

「ーーーん?」

「何か・・・似てるね・・・。」

「?ーーー何に?」

「・・・海原さん。
髪も、仕草も。笑った顔も
どこか似てるね・・・。」






・・・海原神・・・

・・・香にすれば、憎みたい男で
憎むべき男・・・。

どんな形であれ、兄の命を奪った男
・・・。
名前を口にする事さえ辛いであろう
男・・・。



恨む日々もあったろう・・・
涙した日々もあったろう・・・。



・・・元々、ある決まった日に、
リビングに花を飾っていた香
・・・。

自身の誕生日であり自身の
兄である槇村秀幸の命日と、
香が決めた撩の誕生日・・・。

そんな香はいつからか、自分達が
白い船で戦ったあの日にも
リビングに花を飾るようになった
・・・。







「・・・俺が・・・憎いか?」



突然の・・・撩の言葉に。
香は自身の言葉が撩を傷付けたの
かと驚き、目を大きく見開くと
頭を振って撩の言葉を否定した。



「・・・え?あ、違うの!
・・・それに、憎かったら
あたしは今頃此処に居ないわ
・・・そうでしょう?」



そう言って、香は柔らかく微笑んだ
・・・。

そうか・・・と。
撩もまた、香の言葉に微笑んだ
・・・。



「ーーーそうだな。」

「うん・・・。

・・・前に・・・前に海原さんに
言われた事があるの。

・・・愛も憎しみも同じだよ、
って。」

「海原がーーー?」

「うん・・・。ねぇ、撩・・・。

もっと・・・もっと皆、違う生き方
が出来たら良かったのにね・・。
そしたら海原さんも苦しまずに
済んだかも知れないのにね・・。

あたしは愛する事と憎む事は
違うと思う・・・けど、海原さんの
言う事は分かる気もする・・・

だけどもう・・・誰も憎まないし、
憎みたくない・・・。

・・・海原さんが居なかったら
撩もミックも今頃生きていないと
思うから・・・。」



香は少し眉間に皺を寄せながら
笑顔を作ってみせた。その顔が
今にも泣き出しそうに見えて、
撩は胸の奥が痛んだ・・・。
眉間に皺を寄せながら苦笑する
撩を見つめながら、香は瞼を
閉じて唇を開いた・・・。



「・・・きっと今頃、アニキと海原
さん、口論してるわよ。」

「ーーー槇村と海原が?
一体何を話すんだ?」

「ん~・・・撩の傍に居るあたしの
心配と、いつまでも女癖の悪い撩の
心配・・・かな。」



そんな冗談を言って、香は悪戯っ子
のように微笑んだ・・・。




・・・そんな事を口にするまでに。
一体どれ程の時間を要しただろう
・・・。

そんな事を口にしながら微笑む日が
来るまでどれだけの思いをした
だろう・・・。

けれど、確かに・・・。
あの二人は今頃口論しているかも
しれないな、と思うと可笑しくて、
撩と香はくすくす、と笑い出した。





どんな時も傍に居てくれる香・・・

リビングに花を飾るようになった香
・・・。
違う生き方なんて、今更出来は
しないのだけれど・・・
だからこそ、目の前にある幸せを
手放したくないと思う・・・。




撩は香の額に自身の額をそっと
くっつけると、小さな声で呟いた
・・・。






「ーーーありがとうーーー。」



・・・香は、撩からの突然の言葉に
瞳をまあるくして数回瞬きすると、
幸せそうに目を細めながら
嬉しそうに微笑んだ・・・。



「・・・こちらこそ・・・
こちらこそありがとう・・・。」



二人は互いに見つめ合って微笑み
ながら静かに瞳を閉じた・・・。






いつの日も・・・どんな時も。
自分はあの優しい眼差しに守られて
いた・・・。
あの日々を忘れないで、今、自身の
傍で微睡む彼女の、優しい眼差しを
大切にしてゆこう・・・と。

撩は酷く幸せな気持ちに浸りながら
意識を手放した・・・。





あの日の微笑みを、忘れはしない
・・・。


これからも、ずっと・・・。







****************

いつも足を運んで下さるあなた様、
初めて足を運んで下さいました
あなた様、
ありがとうございます(*^^*)

温かなコメントの数々に、幸せな
気持ちに満たされています。
本当に嬉しいです☆
あなた様の想う二人と私の想う二人
が同じで嬉しいです☆

日々、感謝☆





2015.06.22 Mon (06:00) l l コメント (0) トラックバック (0) l top
上着を羽織らなくても過ごしやすい
・・・そんな心地好い季節が到来し
・・・。

たまには皆で飲もう、という話が
あちらこちらで飛び交って、
顔馴染みの連中が通いなれた喫茶店
に揃って集まったのは、
軽やかな上着が恋しくなる、
とある夜の事・・・。

海坊主と美樹は夕方から店を
貸し切りにして場所を提供し、
香、かずえは各自それぞれ料理を
沢山作ってパートナーと共に、
冴子は麗香を誘い、滅多に手に
入らないという酒を数本持って店に
現れ、料理や酒が尽きるまで
皆でわいわい楽しく盛り上がった。

中でも特に麗香は久し振りに撩と
お酒を呑めると上機嫌で、
香が近くにいるというのに撩に
ぴったりと寄り添い、ここぞと
ばかりに腕を絡ませたり共に酒を
酌み交わしたりしていた。
撩は撩で相変わらずに、来るものは
拒まない。あえて否定せずにミック
と共に麗香に酒を勧めた。

そんな二人の様子を香はただ、
止めに入る訳でもなく、少し困った
ような、呆れたような目で見ている
だけで・・・。
きっと香にとっても、撩の行為は
日常茶飯事だし、例え止めても
聞かないのだろうけど・・・。

麗香は香の視線に気付きながらも、
撩に寄り添う事をやめなかった
・・・。



・・・そんなキャッツでの久し振り
の集まりも終盤に差し掛かった頃
・・・。

美味しい食事とお酒に満たされ、
男達と、撩の傍に寄り添う麗香は
すっかり酔い潰れてしまい、
ソファに身体を投げ出しとても
気持ち良さそうに眠りについて
しまった・・・。

お酒を楽しみつつも、ちゃんと
セーブしていた女達は、そんな男達
や麗香を横目で見つめながら、
美樹の淹れたコーヒーを堪能し、
冷蔵庫で冷やしておいた、海坊主
お手製のスイーツをあれこれ摘まみ
ながら、女ならではの色々な話に
花を咲かせていた。



それぞれの仕事の事、互いの
パートナーの事、ファッションの事
、美容の事・・・。
女達は“女同士”で会話する事が
それは楽しいらしく、他愛の無い
話をしては嬉しそうに笑い合った。



・・・と、



「ほーんと、香さんも美樹さんも
背が高くて羨ましいわ。
あーあ。あたしもあとちょっとで
いいから身長が欲しかったな。」



そう言い出したのは、ミックの相棒
であるかずえだった。

海坊主はもちろんだが、撩もミック
も他の男性より一際背が高い・・。
世の中の女性の、人並み以上の背丈
を持つかずえではあったが、
ミックと並ぶと
“もう少し身長があればいいな”と
思ってしまう事もあるのだ、と
かずえは胸の内を語ってみせた
・・・。



・・・昔の香なら。

この手の質問に対しては過敏に反応
し、即座に否定していた・・・。
それは男勝りの性格を後押しする
かのように他の女の子よりもかなり
背が高く、何かと男に見間違われた
からだ、と。
長い間、ずっとそう思い込んで
いたから・・・。

だけど、今は少し違って・・・。



「・・・昔はね、大嫌いだった!
背が高いのなんて。
髪が短いせいもあってか、初対面の
人には特にね、すぐ男に間違われ
ちゃったし。
・・・けど・・・」

「・・・けど?」

「・・・美樹さんに出会ってから、
なの。」

「・・・へ?あたし?」



突然耳に飛び込んできた自身の名前
に、美樹はびっくりした顔で
ぱちぱち、と瞬きを数回しながら
洗い物をしていた手を止めて香の方
を見つめた。
香はそれに気付き、美樹を見ながら
ふふっ、と嬉しそうに笑みを
浮かべた・・・。



「・・・美樹さんて、あたしよりも
背が高いのに、すごく綺麗だし
とっても女らしいし。
雰囲気だってね、ふんわりと
柔らかくて・・・。
ほら、あたしなんて落ち着きは
無いし、男っぽく見られてばっかり
だったけど・・・。

・・・けど、身長が高いから
女らしくない、とかじゃあないんだ
、って。
美樹さんに出逢えて、そういう事に
気付かされてからね・・・うん、
身長が高い事はあんまり気に
ならなくなったの。
これでも結構気を遣ってるんだけど
、どうかしら。あははっ。」



そう言い終えると、香は少し照れ
臭そうに肩を竦めながら、美樹の
淹れてくれたコーヒーが入った
カップを手に持って口に運び、
コーヒーを美味しそうに啜った。

すると、香の隣に座っていた冴子は
香を見つめながらにっこりと微笑み
、うっすらと唇を開いた。



「そうかしら?香さんは昔から
綺麗よ。
男っぽい雰囲気は確かにあった
けれど。
・・・香さんに初めて逢った時、
綺麗な子だわ、って思ったもの。
槇村から散々写真を見せられて
いたし、香さんがどんな性格か、
って事も聞かされていたから、
実際に会った時にはつい香さんの
事をからかってしまったけれどね。
・・・槇村は香さんの事をかなり
心配していたけれど・・・そうね、
あの過保護っぷりは保護者の域を
軽く越えていたわね。
正直・・・ちょっと妬けたわ。」

「あたしも香さんを初めて見たとき
綺麗な子だなって思った!
だからファルコンが香さんに心を
奪われてしまったらどうしよう、
なんて今も心配してるんだから。」



・・・と美樹。
かずえもコーヒーを飲みながら
うんうん、と頷き、言葉を繋ぐ。



「ミックもよ。あの人香さんには
特に優しいんだから妬けちゃう。」

「え?そんな事無いわよっ!?
~~!もう!皆やめてよ!
・・・あ~恥ずかしい・・・」



ぶんぶん、と首を大きく振る香は
顔を真っ赤にしてかずえの言葉を
否定した。



・・・カウンター席から少し離れた
テーブル席では、眠っていたはずの
ミックの眉と撩の瞼がぴくり、と
微かに動きを見せた。
・・あまりの騒ぎに二人とも、目が
覚めてしまったのだが、あまりにも
楽しげな雰囲気に邪魔をしては
悪いと思い、瞼を閉じて狸寝入りを
決め込んだ・・・。
その気配に気付いたのは、共に酒に
潰れて眠っていた海坊主で、彼も
また、途中から騒ぎで目が覚めた
ものの、何やら起きるに起きられる
雰囲気では無い事に気付き、
仏頂面で狸寝入りを決め込んだので
あった・・・。



「冴羽さんが香さんしか傍に
置かないの、良く分かるもの。」

「ち、違うわよ!
あ、あたしが好きで一緒に居るだけ
なんだから!
・・・あたしなんか綺麗じゃないし
スタイルも良くないし・・・
家事と雑用くらいは頑張らないと
置いて貰えないし・・・。」



香は苦笑いをしながらかずえに
話した。



・・・香は冴羽撩の呪縛と束縛と、
天の邪鬼の数多の悪口によって
すっかり洗脳され、
自信というものを失ってしまって
いるし、本人も本気で心底自分は
綺麗ではなくスタイルも悪いと
思い込まされている。

そして極度の照れ屋・・・。

催眠のように解けるものであれば
美樹はどんな手段を使ってでも
解いて見せるのだろうけれど・・・

周りがどんなに香を褒めようとも、
冴羽撩自身が香にかけ続けた、
呪いのような言葉の縛りは、
彼女にそれをし続けた彼本人が
自分に素直になって、ちゃんと彼女
の良さを褒めてやる・・・。
きっとそんな事でもしない限り
解くことは出来ないのだろう。

そんな香は皆に誉められて、どんな
顔をすればよいか分からず、耳まで
真っ赤に染めて、恥ずかしそうに
俯いた・・・。



・・・と、そこに。
女達の集まるカウンター席から
離れた席で眠っていたはずの麗香が
突然、立ち上がったかと思うと
怒りで声を震わせながら香に
向かって怒鳴り付けた・・・。



「美人でスタイルがいい女が好み
なんて、単に撩が女をあしらう為の
都合のいい口実じゃない・・・!
それに第一、例え美人でスタイルが
良くて色気があっても、たった
それだけの理由で撩が自分の傍に
誰かを置いておくなんて、絶対に
有り得ない事でしょ!!
何時までそんな事気にしてるのよ
!?」



・・・麗香もまた、先の騒ぎに刺激
され、話の途中からではあったが、
撩の隣で半ば微睡みつつも皆の
会話に耳を傾けていた・・・。

・・・と、そこにふと響いたのは、
相変わらずな香の気弱な発言・・・。

酒が入った勢いもあってか、麗香は
つい感情的になってしまった。

麗香は美しく磨きあげられた目の前
のテーブルをばしん!と勢い良く
叩きつけると、すっ、と立ち上がり
香の傍まで歩み寄った。
麗香の急な行動に驚きつつも、
くるりと振り向いて麗香を見つめる
香を、麗香はじろりと睨みながら
豊かな胸元で腕を組み、艶やかな
唇を開いた。



「美人でスタイルが良くて撩の
パートナーが務まるのなら、
幾らでも努力して、今すぐにでも
なりたいわよ・・・!
けど、それが・・・それが出来ない
から・・・あたしじゃあ撩の支えに
なれないからあたしはっ・・・
撩を諦めたんじゃないの・・っ!」

「麗香さん・・・。」



・・・美人だから、という理由で
撩の傍にいられるなんて有り得ない
事位、撩を愛し、虜にされた者は皆、
痛い位に理解している・・・。

例えば、裏の世界から足を洗った
元モデルのブラッディマリィーや
美樹から話を聞いた事のある、
美人で撩の昔のパートナーの娘で
あるソニア。自身の姉であり、
誰もが羨む美貌の持ち主である冴子
、その他の美しい女達・・・。

どんなに戦闘力に優れた極上の美人
でも、撩と共に生きる道を選んだ
者はいなかった・・・。

ただ一人、槇村香を除いては・・・



・・・別に、麗香は香が美しくない
、と思っている訳では無い・・・。
初めて香を知った頃は正直、女と
しての魅力に欠けると思ったし、
化粧や洋服にあまり拘ったり
飾らない香が理解出来ずにいた。
苛つく事もあったし、何より
冴羽撩という、あんな魅力的で
素敵な男の傍に居られるのならば、
もっと自分を磨いたり着飾ったり
するべきだ、と思ったりもした
・・・。



・・・けれど。



麗香がどうしようもなく愛して
しまった唯一の男が傍に置くのは、
飾り気も化粧っ気も全く無い、
男勝りで純朴そうな彼女ただ一人
・・・。

美人だとか色気だとかを散々口に
する男は、実はそれらにはそれほど
興味を示していないのだと・・・。
誰にでも人懐こく、愛くるしい笑顔
のその彼女の、隠された・・・いや
、控えめだけど、内面から滲み出る
美しさや魅力に惹かれたのは
何時の事だったろうか・・・。

・・・そして、撩もまた・・・。
何だかんだ言いながらも香にしか
心を開いていない・・・。
ぶっきらぼうながらも優しい
眼差しで香を見ている・・・。

地下に開けられた穴からいつか
何かしら理由を付けながら撩が
やって来るのではないか・・・、
理由は仕事でも何でも構わないから
撩が自分を必要として訪ねて来て
くれる日が来るのではないか・・・
と。
・・・そう、心の何処かで期待して
みたりしてもしたけれど。
撩が麗香の元へ足を運ぶのは、
警察官である姉が絡んだ事件の時位
でしかない・・・。



・・・羨ましい・・・。
・・・香が羨ましい・・・。



自分は香よりも恵まれた環境にいる
し、何不自由無く生きてきたけれど
・・・香が羨ましい・・・。

だから、自分を悪く言う香が麗香は
許せなかった・・・。
気が付いた時にはずっと蓋をして
押し殺してきた感情が溢れだして
しまい・・・周りもだが、何よりも
麗香自身がここまで感情的になって
しまった事に一番驚いていた。

けれど、もう・・・。
一度溢れた感情は、麗香にも
止められ無かった・・・。



「香さんも香さんよ!いい加減自覚
して!
・・・全く、撩のパートナーやって
もう何年になるの。
そんな・・・そんな自信なさげに
してるのなら・・・
あたしが撩のパートナーになるから
譲って頂戴!」

「~麗香!貴女飲み過ぎよ。」

「姉さんは黙ってて!

・・・外見だけ良くても撩の
パートナーにはなれないって事、
いい加減自覚してよね!
撩は・・・撩は貴女だからこそ
貴女を傍に置くんでしょ?!
一緒に居るんでしょ?!」



姉である冴子の制止も聞かず、麗香
はずっと胸の内に秘めていた感情を
解き放った・・・。

麗香自身、自分でも言い過ぎている
との自覚はあったし、ここまで言う
つもりも無かった・・・。
ずっと自分の胸の内に秘めておこう
と心に誓ってもいた・・・。

美樹と海坊主の結婚式の後から二人
の雰囲気が変わった事は誰の目から
見ても明らかだった。
けれども麗香は撩を愛するあまり、
その現実を認めたくは無かった
・・・。




「・・・ごめんなさい。」



麗香の言葉に、気弱な自分の態度を
一喝された香は、自分の発言が麗香
を苛立たせた事、無意識であっても
自身が麗香を傷付けてしまった事に
対して、ただ一言謝るしか
出来なかった・・・。



・・・けれど。
そんな弱々しい返事など、はっきり
言って麗香は聞きたくなど無い。

麗香は、今度は香の顔を覗き込む
ように上半身を倒すと、
香に向かって再び聞き返した。



「・・・本当に分かった?香さん。
貴女は撩のパートナーなんだから、
その事にもっと自信を持てばいいし
、もっと堂々としなさいよ。」

「・・・は、はい。」

「~~っ!声が小さいっ!!」

「は、はい!!」



麗香に圧倒されながらも、香は
麗香を真っ直ぐ見つめ返し、
大きな声で返事をした。



香にだって・・・。
例え麗香に圧倒されようとも、
どんな腕利きの美人に脅されよう
とも・・・。
仲良くしてくれている麗香を今以上
に傷付ける事になろうとも。

香にだって・・絶対に譲れない
気持ちや意思がある・・・。
だから・・・どんなに麗香に
責められたり迫られようとも、
撩のパートナーを誰にも譲るつもり
は・・・無い。



・・今までも、これからも・・・。



・・・香は真っ直ぐに、強い意思の
こもった眼差しで麗香を見つめ
返した。

その眼差しの中に感じたのは、
自分に自信が持てない気弱なもの
では無く、



強い、強い意思の表れ・・・。



・・・香の眼差しの中から。
何かを感じ取った麗香は、組んで
いた腕をゆっくりと解くと、香の
肩に手を掛けてこう言った。



「香さんも駄目よ!撩が他の女の
人と親しくしてたら、例えそれが
あたしだろうと黙って見ていないで
ちゃんと止めなさいよね!

・・・本当は嫌でしょう?
好きな男が自分以外と仲良くする
なんて。」

「・・・うん。」

「じゃあ約束しましょう。
思ってる事は撩に伝えなくちゃ!
嫌な事があったりしたら、ちゃんと
嫌だ、って撩に言わなくちゃ。
我慢ばかりしていい子になるのが
愛じゃないと思うわよ。

もし・・・うん、今度から。
今度から、少しでもあたしに弱気な
態度を見せたりしたらあたし、
香さんから撩を奪うからね。」

「そ、それはだめっ!!」



麗香の脅しにも似た台詞に驚き、
香は咄嗟に叫びにも似た声を上げた




・・・天の邪鬼な撩の傍にいて、
香が日々、呪いのように心無い言葉
を浴びせられ続けて来た事を麗香は
知っている・・・。
二人のやり取りを聞きながら、
撩もここまで香を否定する言葉を
浴びせなくても良いのに、と思った
事もある・・・。
自信などつけたくてもつけられない
だろうとも思う・・・。



だけど・・・だからこそ。



香には弱気で居て欲しくない・・・

いつだって強気で、自信満々で居て
欲しい・・・。
でないと麗香自身、撩に対する
想いに諦めがつかないし、何より
何事にも懸命で真っ直ぐな香も
また、麗香にとって大切な存在
なのだから・・・。




「・・・うん、そう。いい返事。
美樹さん、あたしにもコーヒー頂戴
!」

「はぁい。」



麗香は何かが吹っ切れたのか・・・
カウンター席にいる冴子の隣に座り
、すっきりとした表情で美樹の
コーヒーを待った。
そして淹れたてのコーヒーを受け
取ると、麗香は取っ手を持って香の
方にカップを差し出した。



「じゃあ乾杯しましょ、香さん。」

「え・・・?」

「あたしと香さんのこれからに。
・・・絶対に、撩よりう~んとイイ
男を見つけて、香さんよりも幸せに
なって、色々見せ付けてやるんだ
から。」

「あ、あたしだって!麗香さんに
負けないんだから。」



飛び交う言葉とは裏腹に、二人は
にっこりと微笑み合い、
コーヒーの入ったカップで軽く乾杯
し、コーヒーを啜るとやがて、
くすくすと肩を竦めて笑った・・・


















「撩!もう、ちゃんと歩いてっ!」

「わ~ってるって。
あ~飲んだ~食った~。」

「ほんと、楽しかったわね。」



漸く飲み会もお開きになり・・・
撩と香は店を出て、二人で夜道を
歩いた・・・。

沢山飲んだのであろう撩は足元を
ふらつかせて、右往左往しながら
香の少し前を歩き、そんな撩の
後ろ姿を見つめていたが、
香の雰囲気は喫茶店に足を運んだ
時よりも、とても柔らかいもの
だった・・・。



「な~に一人でニヤニヤしちゃって
んの。お前。」



酔って眠ったふりをして、密かに
香と麗香の会話を聞いていた撩は、
素知らぬ顔をして香に話し掛けて
みた。
けれども香は・・・



「ん?・・・ふふっ。」

「ーーー何だよ。気持ち悪いな。」

「ん~・・・撩には内緒。
女同士の秘密だから、撩には教えて
あげない。」

「ーーーあっそ。」

「ふふっ。それにしても楽しかった
!また皆で集まりたいわね。」



撩の戯れなど気にもせず、香は
にこにこしながら撩との言葉の
やり取りを楽しんだ・・・。
撩はそんな香を困ったような顔で
ちらりちらり、と見ながら、
ゆっくりと香の先を歩いた。



・・・と。

撩の背中を静かに見つめていた香が
撩に言葉を掛けた・・・。





「・・・ねぇ?りょお。」

「ーーーんあ?」

「・・・あのね・・・・・・・・・
・・・・・・す・・・」

「ーーーす?」

「・・・・・・・好き、撩。」



突然の・・・思いがけない香から
の言葉に・・・。
懐から煙草のケースを取り出し、
その中に残っていた最後の一本を
唇にくわえていた撩は、
驚きのあまり、火を着ける前に
地面にぽろり、と落として
しまった。



「ーーーは!?な、なんだぁ?!
って、あー!勿体無いっ!
お前が急に変な事言うもんだから、
最後の一本落としちまったじゃ
ねーかっ!」



撩はぎこちない雰囲気を何とか
しようと大声でわめいてみたが、
香は真剣な眼差しで真っ直ぐに
撩を見つめたままだった。
当の撩はあまりにびっくりし過ぎた
のと、あまりの恥ずかしさで言葉が
続かない・・・。

香はそんな撩を見つめていた眼差し
を下へ向けると、
頬を紅色に染めながらゆっくりと
唇を開いた・・・。



「・・・あたしね、麗香さんを
傷付けてた・・・。
麗香さんだけじゃない・・・
他にも撩を好きになった人を沢山、
傷付けてる・・・。

・・・だけど・・・。
誰かを傷付けても、これからも
ずっと、撩と一緒に居たい・・・。

・・・あたし、今まで以上に
撩に飽きられないように一生懸命
努力する。
・・・もう、あたしなんか、なんて
言わないようにするし、これからは
思ってる事を素直に言えるように
頑張る。
だから・・・だから、ね。

・・・あたし以外の・・・
・・・他の女の人にもっこりしよう
なんて、もう言わないで・・・。」



香は俯いていた顔を上げて、
真っ直ぐに撩を見つめた。

例え言葉だけとは言え・・・、
自分以外の女にあの言葉を使われる
事に、香は我慢ならなかった。
・・・


その強い想いはちゃんと撩の心に
伝わった・・・。
でも、今更真面目になるのは
撩にはやはり照れ臭くて・・・。

・・・撩は、眉間に皺を寄せながら
香の傍に歩み寄り、香に話し掛けた
・・・。




「ーーー当たり前だろ。」

「・・・え?」

「もうーーーもっこりはお前にしか
しないよ。」

「・・・りょお・・・。」

「ありゃあもう口癖だし、絶対に
、とは言わないが、言わないように
努力しよう。

ーーーだから。お前もちゃんと
責任ーーー取ってくれよ。」

「・・・・・・?何の・・・?」

「そりゃあお前、決まってんだろ。
ーーーもっこり。」

「・・・・・え?・・・」

「俺の一生分のもっこり、お前に
やったんだから。
他の女に言ってた分のもっこりも
これからは全部、お前のものだから

ちゃんと受け止めてくれよな?

ーーーそういう訳で。
今すぐ帰ってもっこりタイムと
行きますかぁ!」

「ぇええ?!・・・っ、あっ!?」



香の返事が終わらぬ内に、撩の腕は
香を軽々と抱え上げ、香の身体は
ふわり、と宙に浮いた。
・・・と、撩はそのまま今度は
凄い勢いで走り始めた。

撩の足のあまりの早さに、どうにか
なってしまいそうで、香は思わず
撩にぎゅっ、と抱きついた。

その柔らかな癖のある髪とすらりと
した首筋に、撩は自身の顔を埋め
ながら、香の言葉に密かに歓び
つつも、にやけてしまう頬と緩む
口元を香に見られてしまうのが
照れ臭くて恥ずかしくて、
更に走る勢いを増した・・・。







「ーーー俺もーーーだ。」



勢い良く走りながらぽつり、呟いた
撩の小さな小さな呟きは、
撩の靴音と香の叫びに紛れて
夜の闇に融けた・・・。

それは、香以上に恥ずかしがりやで
天の邪鬼な撩の、精一杯の呟き
・・・。



「ちょ、ちょっと止まって撩~!


「ーーーあ?んじゃ何か?やっぱり
他の女ともっこりしてこようか?」

「そっ、それは駄目っ!!!」

「ーーーするかよ?」



撩は走るのをぴたり、と止め、
香の顔を覗き込んだ。

・・・香の瞳には、まるで悪戯っ子
がこれから悪巧みをする前のような
表情に見えた。
けれど撩はただただ心底嬉しくて、
ポーカーフェイスはもはや、
崩壊寸前だった・・・。



「~~~っ!撩の意地悪!」

「ーーー今更。
知ってる癖によく言うぜ。」



撩はにやり、と笑みを見せると、
涙目の香の頬や額についばむような
口付けの雨を降らせた・・・。
その度に香の肩が震え、頬が朱に
染まってゆく・・・。
香はもう、どうしたら良いのか
分からず、ただただ撩の腕の中で
身を強張らせた・・・。



「・・・もう・・・下ろしてよ
・・・。」

「ーーー駄目。下ろしたら多分お前
言い訳しながら逃げちまうから。
ま、どうしてもって言うんなら
ーーー香、お前から俺にキスして
みろよ。」

「えっ?!」

「キス位出来ないようじゃ、俺を
満足させる事は難しいぜぇ?」

「・・・・・・・・」

「ま、嫌ならいいけど?」

「・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・わ・・・分かった。」



香は恐る恐る顔を上げると、瞼を
閉じたまま余裕の笑みで香からの
キスを待つ撩の唇に、そっと・・・
触れるだけのキスをした。


・・・と。



「ん?んっ、~~~っ、
ん・・・んふ・・・っ!?」

「んー、やっぱこれ位はして
貰わないとなぁ。
あ、下ろすけど立てるか?」

「り、撩の、ばかっ!」



突然の撩からの、深い深い口付けを
された香は、恥ずかしさのあまり
撩の首に自身の腕を回し、
きつく抱き締めた。
撩はそんな香を楽しみながら、
更に口元を緩ませながら
ゆっくりと歩き出した・・・。



「ーーーさ、帰ろうぜ。」

「・・・うん・・・。」











・・・誰にだって。
どうしても譲れないものがある。

譲れない気持ちがある・・・。

誰にも負けない位に深く愛した相手
が、必ずしも自分の事を愛して
くれるとは限らない・・・。



だけど・・・だからこそ。

愛する人に愛される・・・
そんな愛すべき日々をこれからも
大切にして過ごして行きたい・・・




香は撩の腕の中で、愛しい男の匂い
や温もりを感じながら、愛する男を
愛しそうに抱き締めた・・・。








****************

わざわざ初めましてのコメントを
くださったあなた様、
いつも足を運んで下さるあなた様、
初めて当ブログに足を運んで
下さったあなた様、
ありがとうございます(*^^*)感謝☆

また後日改めて近況報告など
したいと思っていますので宜しく
お願いします(*^^*)












2015.05.08 Fri (06:00) l 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
ちょっとだけ不機嫌な撩に
手渡されたのは、
ガラスの小瓶に入った、
色とりどりの・・・金平糖たち。




・・・それを見たのは随分と
久し振りだった・・・。




“---美樹ちゃんの所に行ったら
偶然ミックが来てよぉ。

何処に行ったかは知らんがミックの
出張土産だってさ。
あいつーーー驚いてたぜ。

カオリの武器そっくりな食べ物が
あるなんて知らなかったよ!

、ってさ。”




そう言って撩はジャケットの
内ポケットから、ミックから
手渡された瓶をそっと取り出すと
香に手渡した。

取り出された瓶の中の金平糖は、
様々な淡い色を纏って、艶々と
光り輝いていた・・・











『お前は金平糖みたいだなぁ』




アニキにそう、言われたのは
いつだったろう・・・

・・・いつか、思い出せない位。
そんな昔の事なのだ、けど・・・。

アニキはちょっと困ったように
笑いながら
あたしにそう、言った。

それはまだ
・・・刑事だった頃のアニキに、



“おしとやかにしたらどうだ?”

“少しは女らしくしたらどうだ?”



・・・と、
撩のような男勝りな口調と雑な仕草
を心配してか、
小言のように言われ続けていた

それはまだ、高校の制服が似合う
・・・幼き歳の、頃。




『アニキ・・・
それ、どーゆー意味だよ』

『なぁ香。金平糖の中に入っている
物って何か知ってるか?』

『?
金平糖って何か入ってんの?』

『ああ。今はザラメとかが
入るようになってるんだがな、
あれには芥子の種子、
ほら、あんぱんの上に時々付いてる
あれ。あの粒々が入っているんだ』

『へぇ~そうなんだ。
・・・で?それとオレがどう関係
すんだよ』

『金平糖はとげとげした見た目だが
、核となる芥子の粒に少しずつ蜜を
かけながら、じっくりと長い時間を
かけてかき回して、そしてあの形になっていくんだ。
最初からあんなにとげとげしている
訳じゃないんだよ。』

『・・・嫌みかよ?』

『あのとげとげ・・・
お前の強がりみたいだなあ、って』

『は!?・・・強がってねぇし!』

『・・・俺や親父が留守がちで
淋しくさせたせいか、お前ときたら
強がるし意地っぱりだし・・・。』

『・・・・・・・別に・・・
そういうんじゃないし。』

『・・・だから、さ。
いつか現れてくれるといいなあ、と
思って。』

『・・・何が?』

『見た目も口調もとげとげしてる
けど、本当は優しくて可愛くて、
涙もろくて。芯のしっかりした
可愛い子なんだよ、って理解して
くれる奴が、さ。』

『・・・・・・・・・うるせぇよ』
















・・・ふと、
アニキの言葉を思い出して・・・。

懐かしさに駆られた胸の奥が
きゅ・・・っとなり・・・

不意に涙がこぼれ落ちそうに
なる・・・。




・・・ひとつ、
ゆっくりと息を吸って。

香は金平糖の瓶の蓋を開けると
掌にころり、と一粒取り出して、
それを指で摘まんで口に運んだ。

・・・清々しい甘さが。
じんわりと口の中で溶け出すのを
ゆっくりと堪能しながら席を立つ。

撩は何時ものようにナンパに出掛け
、自分以外誰も居ない。
静かなキッチンでお湯を沸かし、
穏やかな気持ちで二人ぶんの
コーヒーを淹れてみる。



一つはアニキのために・・・。

もう一つは自分のために
静かに注いで、砂糖の代わりに
瓶から取り出した金平糖を

・・・ぱらり、数粒落として。








「子ども扱いばっかりしたよね
・・・アニキったら」




そう、ぽつりと呟きながら。
香はコーヒーを静かに口に
運んだ・・・。




子ども扱いされても仕方無かった
のだけれど・・・。

それだけ年の離れた兄妹では
あったけれど・・・。




自分の歳を重ねる毎に
アニキの優しさや思いが今でも
過去の思い出から
じわり・・・沁み出してくる。




・・・今なら

今ならアニキの言葉がよく解るのに
・・・
あの頃のあたしは・・・。




ちょっと背伸びしたい・・・のと。
撩に対する憧れ・・・で。



可愛らしさには・・・程遠くて。

アニキを喜ばせるような
そんな女の子には



・・・・・・・・なれなくて。



そんな事を思いながら
香は一人コーヒーを口に運ぶ・・・



・・・少しは女らしくなったかな?

アニキが望むような女の人には
程遠いかもしれないけど・・・

撩が・・・

撩が、あたしの事を少しでも理解
してくれているといいなぁ・・・

・・・なんて。

そんな事を思ってみたりもして。






・・・と



すっ、と突然、香の目の前に。
ケーキの入るような白い箱が
置かれて。
慌てて振り返ると撩が後ろに立って
いて、不機嫌そうに呟いた。



「飲み屋のママからお前に渡して、
だってよ。」



箱の中には苺のショートケーキが
・・・2つ。



「ありがとう。お礼言わなくちゃ」

「あー、俺が言っといたから。」

「でも・・・。」

「いーから!ーーーん?」



撩は言葉の途中でコーヒーの入った
カップがもう1つある事に気付き、
香の目の前の、兄のために淹れた
コーヒーの入ったカップを
手に取るとそれを

・・・美味しそうに飲み干した。




呆気にとられて開いた口が塞がら
ない香に
撩はにやっ、と笑いながら
頭をぽんぽん、と撫でて



「ごっそーさん」



そう言いながら、テーブルの上に
置かれた金平糖に目を遣る。





「---お前。
武器よりも食い物の金平糖の方が
似合うぜ?

ってか、
香って金平糖みたいだよなぁ--」







・・・撩の口から洩れた、
思いがけないその、言葉に。

香の瞳が真っ直ぐに撩を捉え、
見つめた。




「・・・どーゆー意味よ?」

「お前もこのとげとげを取りゃあ
可愛いのにな、って。

あはははは!」




撩は香に怒られるのを覚悟の上で
そう、言ってみた・・・が。



香は暫く何かを考えた後で
・・・ふっ、と。

柔らかな微笑みを浮かべた・・・。




「---な、なんだよ!?」



怒られる事を想定していた撩は
香の予想外の反応に思わず動揺した

香はにこやかな表情でコーヒーを
啜りながら返事をした。



「ん?・・・別に?

・・・あ!あたしがコーヒー
飲み終わったら依頼見に行きます
からね。付き合ってね。」

「え~~~!??
撩ちゃん今ナンパから帰ってきた
とこなのに~!
やだ~!めんどくさ~い!」

「・・・行くわよ?」

「------はい。」





撩はがっくり、と項垂れながら
キッチンのダイニングチェアに座り
香のコーヒーが済むのを待つ・・・

・・・ふと、香を見れば・・・





「---なんか、
にやにやしてねぇ?」

「ん?・・・別に。


撩・・・ケーキ、ありがとう。
夕飯が終わったら・・・一緒に
食べようね。」

「ーーー行くんなら早くしろよ。
あと、夕飯は多めにしてくれよ。」

「はいはい。ケーキ貰ったし、
リクエストにお応えすると
しましょうかね。」



香はコーヒーを飲み干すと
席を立ち、ケーキの入った箱を
嬉しそうに、そして大切そうに
持つと、そっと冷蔵庫にしまった。





「・・・さ、行きましょうか。
夕飯多めにするなら帰りはスーパー
で買い物して帰らないとね。
荷物持ちよろしくね!」

「え~めんどくさーい!」

「はいはい、行きましょ。」

「------仕方ねぇなぁ。」
















・・・いつか現れてくれると
いいなあ、って・・・。

とげとげしてるけど、
丸くて可愛くて
芯のしっかりした
いい子なんだよ、って
理解してくれる奴が、さ・・・。










・・・そんな人は

香のすぐ、傍に・・・






****************

香ちゃん、happybirthday(*^^*)

なかなか時間が取れず、更新が
遅くなり申し訳ありません~。




2015.03.31 Tue (06:00) l l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆さま、こんにちは。
そして、お久し振りでございます。



和那です。



私は寒いのがかなり苦手です。
私の住む地域は雪が多い所なので、
降ると気温が下がって尚更身体が
動かなくなってしまい本当に
困ってしまいます(^-^;

更に、追い打ちをかけるように
プライベートも慌ただしくて、
なかなかゆっくりとRKの二人の
世界に浸る時間が取れず、結果
皆さまを大変お待たせしてしまい
ました。
大変申し訳ありませんでした。



心に余裕が出来てから書きたいな、
と思っていましたら・・・

いつの間にか雪が溶けて春が近く
なっていました(*^^*;)
次は花粉との戦いです(涙)



いつも足を運んで下さるあなた様、
偶然見つけて下さったあなた様、
拍手やコメントを下さったあなた様



ありがとうございます(*^^*)



全て読ませて頂き、一人にっこり
したり嬉しくなったりして
しまいます。

リクエストにつきましては、
ご挨拶のページの下の方に記載
させて頂いております通りなので、
あまりお応え出来ないのが現状です

申し訳ありません(>_<)



今年ものろのろペースでの更新に
なるかも知れませんが、お付き合い
下さると幸せです。

時々、コメントにて
「ほっとする」「癒される」など、
有り難いお言葉を頂いてしまいます

とんでもないです(>_<)
癒されているのは私の方なのです。



・・・自分の中で、CHに対する
ぶれない気持ちや大切な想いが
あります。
自分の中で、大好きなCHのキャラ達が今もちゃんと生きています。
知識についてはまだまだ未熟では
ありますが、これからも自分の中に
生きる気持ちを大切に、お話を
紡いでゆきたいと思っていますので
気が向いた際に足を運んで下さると
とても嬉しいです☆




↓今回は珍しくおまけ、です。















・・・夕暮れに、一人じゃない。
それだけなのに、何だか安心して
しまう・・・。
撩がいつも座るソファーの指定席に
身体を預けながら、香は何時もの
ように洗濯物を畳んでゆく・・・。



「おーい香ぃ~、風呂あるかぁ?」



ガンオイルの匂いを身体に染み
込ませた撩が、気怠そうに部屋に
入ってきたのを横目でちらり、
目配せながら



「もうお湯溜めてあるから。
直ぐに入って来なさいよ。」



と声を掛ける。

珍しく日の沈まない内に帰って
きたかと思えば、ずっと地下に
籠りっきりで、どうやら今まで銃器
の手入れをしていたらしい・・・。

いつものように今晩も出掛けて
しまうのか・・・と思い、
香がふと訊ねると、撩は香の方を
向くとすぐに返事をした。



「うんにゃ、だって財布の中身
寂しいしぃ~。あ~腹減った!
風呂上がったら飯にしてくれよ
香ぃ!」

「え?!もう、仕方無いわね。」



リビングを出て行く撩の大きな背中
を見送りながら、香は一人、
溜め息をつきながら、畳んだ洗濯物
をソファーの脇に置いて
その場をすっ、と立ち上がる。



・・・何時もより穏やかな顔で。



今晩は、一人じゃない・・・。
二人で夕飯を食べられる・・・。

それだけの事が、とても嬉しい
・・・。



香は撩の為に夕飯の準備をしようと
キッチンへと足を向けた・・・。








穏やかに微笑む香ちゃんが
描きたかったのです。

ではまた☆

和那

2015.03.02 Mon (06:00) l お礼 l コメント (0) トラックバック (0) l top

自室の窓越しに新聞を読むのが日課
のミックの頬に、愛妻であるかずえ
がおはようのキスをした。

二人が互いに、どちらからともなく
触れ合ったり抱き合ったり、
愛情表現としてキスを交わすのは
ごく自然で当たり前な行為・・・。

いつものようにキスをして、ミック
もまたかずえの頬にキスをして、
二人は名残惜しそうにすっと離れる
・・・。
そして互いに相手を優しい眼差しで
見つめ、
ミックとかずえはとても幸せそうに
にっこりと微笑んだ・・・。



“朝食の準備があるからもう少し
待っていてね。”



と言い残して、程無くかずえは
その場を離れてゆく・・・。



その姿を見送っていたミックは
・・・その直後。

焼けつくような鋭い視線と気配に
気付き、咄嗟に顔を冴羽アパートの
リビングに向けた。
するとそこには、酷く不機嫌そうな
表情をした撩の姿があった。

・・・が、目が合ってすぐ、
撩は香に呼ばれたのか、振り返って
何か返事をしながらふい、と
その場を離れていった。






・・・初めてでは、ない。

撩が香に対する想いを素直に打ち
明けてからというもの、ミックは
撩の鋭い視線をもう何度感じた
だろうか・・・。
その殆どがミックがかずえと身体を
寄せあってみたり、キスをしたり
している時・・・。

かずえとミックが仲良くする行為に
撩が苛ついている、という事では
無い位、ミックはちゃんと
分かっている。

撩が愛する者・・・香に対して、
キスをしたり抱き合ったりすると
いう行為に、未だ辿り着けないから
なのだ。



そんな撩が、自分自身に苛ついて
いるのだと気付いたのは、
共に飲みに出掛けたある夜の事
・・・。

かずえに電話を掛けるミックに対し
露骨に不満を露にした撩を、
その時はただ不思議に思っていた
のだが、こうも睨まれ続けるうちに
ミックも撩の気持ちに気付き、
思うのだ・・・。



自分が愛しいかずえと交わす日常の
挨拶や愛情表現が撩の神経にこうも
障るのは如何なものか、と。

・・・そして。
どうして自身の元パートナーは香を
相手にするとこんなにも臆病に
なって神経を尖らせてしまうの
だろう、と。

そんなに香が好きなのに、今更自分
から手を出しに行けない意地っ張り
な撩を、ミックは少し可哀想にさえ
感じてしまう・・・。

こちらに敵意を剥き出しにする位
なら何時までも意地を張らずに、
自分から香におはようのキス位
すればいいし、他人の行為に
苛立ちを覚える前に素直じゃない
自分をどうにかすればいいのに
・・・
と、今日も撩の態度をかなり不満に
思いながら、
ミックは愛するかずえの待つ
キッチンへと静かに足を向ける
のだった・・・。















ここぞ、という場所で決められない
・・・。
そんな自分を撩自身、痛い程理解
しているし、そんな煮え切らない
態度を未だに続けてしまう自分に
苛つく事さえある・・・。





・・・たった一人の。

勝ち気で男勝りで誰よりも優しい
心の持ち主の、
可愛いあの子にだけ・・・いつも。

どんな時も、肝心な一言が
言えなくて・・・。



他の女達になら露骨な表現や気を
良くする言葉を幾らでも言えたり、
時にはその気にさせたり出来るのに
、愛しい彼女を相手にした途端に
世界一のスイーパーであり女遊び
し慣れた男から
ただの天の邪鬼で不器用な男に
成り下がってしまう・・・。




「ちょっと撩!掃除の邪魔!!」



今日も、いつも通りの毎日が
始まろうとしている・・・。

・・・外を見れば、空は生憎の
雨模様・・・。
わざわざ見回りがてらナンパに
出向いても成功する可能性は低いし
、成功したらしたらで色々面倒だし
・・・。

こんな日は大人しく香の淹れる
コーヒーを堪能するに限る、と
ばかりに
撩はのんびりとソファーで朝食後の
休憩を取っている。
忙しい家事の後でコーヒーを淹れて
くれるであろう可愛い彼女は、
可愛くない口調で撩を邪魔物扱い
しながら、今日も部屋の掃除に夢中だ。

撩はそんな彼女を横目で見ながら
ソファーに寝転がって愛読書を
散らかしては彼女に注意される。

・・・が、それもまた撩にとっての
大切な日課、なのだけれど・・・。







・・・最近。
香は撩の愛読書に目を向けようと
しなくなった。

・・・いや、以前の香なら



“撩ったら、ま~たこんなしょうも
ないものを見て。”



と言わんばかりの顔をしながら
散らかった雑誌をてきぱきと纏め
上げ、撩に小言を言っていた。



・・・けれど。



美樹の結婚式以来、香はいつしか
撩の愛読書に対して距離を置くよう
になった。
決して自分からは触れようとせず、
やんわりと撩に

“これ片付けておいてよ”

と言い残してその場を去ってしまう
・・・。



・・・きっと、自分の事を意識して
くれているんだろうな、だから尚更
愛読書の表紙にあるような刺激的な
女の子を見て見ぬふりしたりして
いるんだろうな、などと想像しては
密かに嬉しく思ってみたり・・・。

・・・時には。
偶然や自然を装って華奢で柔らかな
身体に少し触れてみたり、
髪に指を絡ませてみたり、肩に
ぽん、と手を掛けたり・・・。

・・・だが、生まれてから長年
培った意地っぱりな性格と香以上の
照れ屋は、彼女に触れることをつい
躊躇ってしまう・・・。



・・・手を出したく無い訳では
決して無い。

・・・出せないのだ。
ここぞという時に・・・。



真っ直ぐに自身の気持ちを香に
伝えたからと言って、曖昧に送って
きた日々の生活が劇的に変わる事
なんて勿論無く・・・。

二人の距離は今も以前とあまり
・・・変わらず。
撩が時折香の不意をついて、羽根の
ように軽やかなキスを頬や唇に
何度か成功させた程度・・・。
その度に香は飛び上がらんばかりに
驚き、頬を紅色に染め上げてしまう
・・・。
勿論、そんな反応を見せる香は
可愛らしいし、見ている方も
楽しい・・・。



・・・けれど・・・。









・・・触れたい。

香に触れたくて堪らない・・・。
その頬に・・・髪に・・・
華奢で柔らかな身体に・・・。
時には思いきり抱き締めたいし、
可愛がりたい・・・。
無知な香に色んな事を教えたいし、
それを教えて、香がどんな反応を
示すか見てみたいし楽しみたい
・・・。



・・・けれど、香はどう思っている
のだろうか・・・。

香は自分に触れたいと思ってくれて
いるのだろうか・・・。

自分だけが彼女に触れたくて
堪らないのだろうか・・・。









・・・もし。
もし香が自分からキスをしてくれる
日が来るのなら・・・。
自分も今より素直になれそうな気が
する・・・。

何より、香に触れて欲しい・・・。
香の方から自分に触れたいと
思って欲しい・・・。

あの日・・・このリビングで。
自分も撩の事を好きだ、と
涙ながらに伝えてくれた、あの時の
ように素直な香に触れたい・・・。










「・・・は?今何か言った?」

「だからさ~、お前はかずえちゃん
みたく俺にキスしてくれないのか、
って話。」



・・・気がついた時には、心の内側
で悶えていた想いは撩の口から
するり、と溢れ落ちてしまった
・・・。



撩はあまりの気恥ずかしさを香に
悟られぬよう、ばさりと愛読書を
顔の上に伏せると、まるでこれから
一眠りするかのような姿勢を
見せつつも、
その隙間から気付かれぬように
ちらり、香を覗き見た・・・。



香は暫く、大きな瞳を更に大きく
見開いたままその場に立ち尽くして
いたが・・・程無くしてから撩の
言葉の意味を漸く理解し、それと
同時に白く柔らかな頬を濃い朱色に
染め上げ、あたふたとし始めた
・・・。





“可愛いな。でも可哀想な事を
したかなーーー?”



撩はそんな事を思いながら香を見て
いたのだが・・・

香を見ている内にいつの間にか、
張り詰めていた気が緩み、
次第に笑いが込み上げてきて
しまって、
とうとう笑い声を洩らしてしまった
・・・。






「ーーーっくくっ。」

「ひえ!?・・・・・・へっ?」



驚いていいのかどうしたら良いのか
分からない香は、つい声が裏返って
しまう・・・。
撩はそんな香に少し悪戯をしてみる
事にした。



「あ!悪い悪い!お前にそんな事
出来る訳無いもんなぁ。」

「はあっ?!・・・な、何よ!?
あたしにだってそれ位・・・」

「無理無理~。」

「~~~!!でっ、出来るわよ!」



雑誌の下で弛む顔をを隠しつつ
香とのやり取りを楽しもうとする
撩の売り言葉につい、
香はかっとなって反論してしまった


撩はその言葉に反応して、
歓喜でにやりと緩んでしまった口元
をしっかり愛読書で隠したまま
瞳だけを覗かせて香を見た・・・。



香はと言えば、大きな瞳を何度も
何度も瞬きさせながら、撩の言葉に
釣られてしまった事自身を酷く後悔
した。
後から込み上げてくる恥ずかしさで
手のひらが汗ばむ・・・。

撩はそんな香の仕草ややり取りを
楽しむかのように、ばさりと
愛読書に手をやり畳んで床に置くと
瞼を閉じた。



「ーーーほい、ならやってみ。」



まるで静かに眠っているかのように
穏やかな顔をして横たわる撩の姿に
、香は出来ると言い切った己の
愚かさと、この状態にかなり困惑
していた。



・・・そもそも、何故撩は突然
こんな事を口にしたのか。
自分はただ単に撩にからかわれて
いるだけなのではないか、
それとも・・・。



どうしよう、と躊躇う香の心情を
読み取るかのように、撩は唇を
うっすらと開けて再び言った。



「ーーーやっぱり香には難しい
かぁ~?」



撩の言葉に香は再び飛び上がり
そうになったが・・・ただ一つ。

香が確信したのは、撩が自分から
キスをされるのを待っている事実
・・・。



香はきゅ・・・っと拳を握ると
撩に向かってこう言った。



「・・・い、いい?
ぜ、絶対に目を開けないでよ?!」

「んあ?ーーー何で?」

「ななななな何ででもっ!」

「ーーーしょうがねえなぁ。」



撩は香から漂う緊張を楽しむかの
ように口元を緩ませながら、香が
近づいて来るのをじっと待った
・・・。

・・・そして。
漸く意を決した香は、恐る恐る撩に
近付くと、ゆっくりとしゃがんで
床に両膝をつき、そうっと顔を
近付けて撩の頬に自身の唇を軽く
触れさせた・・・。



・・・と、次の瞬間。
自身の身体は撩の腕に捕食されて
身動きが出来なくなっていた。



「・・・え?ええっ?!!」



あまりに急に抱き締められたせいで
香の顔は撩の耳や髪に唇を寄せる
形になってしまい、起き上がろう
にも不自然な体勢で撩に抱き締め
られたせいで足をばたつかせるのが
精一杯だった。

撩はと言えば、香の髪に顔を埋め
ながら、香がどんな形であれ
自分から近付いてキスをしてくれた
事が嬉しくて仕方なくて・・・
けれど、喜びで緩んだ素顔を香に
見せるのは恥ずかしくて・・・。

しばらくの間香を抱き締めたままで
いた。



・・・が、あまりにも香が動揺し
足をばたつかせるので観念して
腕の力を緩めてやると、香は息を
乱しながら真っ赤な頬に涙目で
撩に訴えた。



「ななな何すんのよっ!!!」

「悪い悪い。ちょっとやりすぎち
まった。あはは!」

「あはは、じゃなーい!!」



香はあまりの恥ずかしさから、
撩から距離を取るためにその場から
立ち去ろうとしたが、再び撩に捉え
られ、ソファーの縁に座らせられた


香は再び撩に何かされるのでは、と
身を固くしたが、撩は腕を伸ばして
香の髪を優しく撫でながら
こう言った・・・。



「ーーーなぁ。

ーーーキスーーーしてもいいか?」

「・・・・・・・ええっ?!」



香がこんなに頑張ってくれたのに、
自分が素直にならないなんてフェア
じゃない・・・。

もう、香と居る時は意地なんて
張らなくてもいいんだ・・・と。
今みたいに素直に抱き締めればいい
のだ・・・と。

そう思ったら急に心が楽になって、
撩は香に想いを口にしていた・・・







「あのな、撩ちゃんもうーーー
お前としかもっこりする気は
無いんだけど。」

「あ・・・はい・・・ぇえ?!」

「ーーーあ~何?お前。
もしかして本当は俺に他所で
もっこりしてきて欲しい訳?」

「違っ・・・!そ、そんな訳
無いじゃない!!」

「だろ?もっこりする時にこんな
緊張してたら、何時までたっても
あんな事やこんな事が出来ないの。


「う・・・あ、は、はい・・・。」

「それとも、お前は俺に触りたく
無いし
ーーー触られたくも無いか?」

「ちっっ、違うっ!!」

「ーーー違う?」

「あ・・・うん・・・。」

「ーーー触りたいと思うかーー?」

「・・・・・・・・うん・・・。」

「ーーーなら、練習しようぜ。
怖がらなくていいし、怖がる必要
なんて無いんだから。」

「・・・練習って、何するの
・・・?」

「ーーーキスだ。」

「ああ・・・ぇえ!?」

「俺がお前の頬にキスをする。
そうしたらお前も俺の頬にキスを
してくれればいい。
ーーー出来るか?」



撩の真剣な眼差しと言葉に香は
弱い・・・。

香は少し躊躇ったが、やがて
こくり、と小さく頷いた・・・。



「・・・・・あ・・・う・・・

・・・よく・・・分かんないけど、
撩がそう言うなら・・・

・・・うん、頑張ります。」

「よし。じゃあ目を閉じて。」

「・・・は、はい・・・。」



香は撩に言われるまま、静かに瞼を
閉じた・・・。



・・・すっ、と。
撩の手が香の手を包み込み、
その頬に軽い口付けを落とした。

恥ずかしさと、伝わる手の温もりと
、頬に伝わる撩の唇の感触・・・
香はどうにかなってしまいそうに
なる胸の鼓動を手で押さえつつ
ゆっくりと目を開けた・・・。
すると香の目の前で撩は瞳を閉じて
頬にキスされるのをじっと待って
いた・・・。
なので、香は真っ赤な顔を更に赤く
染め上げながら、先程よりも
ゆっくりと撩に近付き、撩の頬に
そうっとキスをした・・・。



香の柔らかく弾むような唇の感触をしっかりと頬で受け止めた撩は、
ゆっくりと瞼を開いた。
すると香は潤んだ瞳で視線が
定まらないまま、
じっと俯いていた・・・。
撩はそんな香の髪をくしゃり、と
撫でて、



「ーーーおつかれさん。
良く頑張ったなーーー。」



と言葉を掛けた。



今のキスはほんの・・・まだ
ほんの始まりに過ぎないという事を
香は知らない・・・。

いや、知らないままでいい・・・。
これから一つ一つゆっくりと教えて
、覚えて、そして経験してゆけば
いいのだから・・・。



撩に褒められた香は、何故キスを
して褒められたのかあまり良く
分からなかったが、褒められた事は
撩を喜ばせられたのだなぁと思うと
嬉しくて、にっこりと微笑んだ
・・・。
撩は香に触れられた事が嬉しかった
のと、香の気持ちが分かった事に
喜びを感じつつ、これから始まる
毎日が楽しみで仕方ない、と
密かに思いながら香に柔らかな
笑みを返した・・・。




























自室の窓越しに新聞を読むのが日課
のミックに、愛妻であるかずえが
今朝もいつものようにおはようの
キスをした。



・・・以前なら。

以前なら、こちらを睨み付ける
元パートナーの視線があった。
愛する彼女に触れたくても触れられ
なかった彼は、今ではまるで
こちら側に見せ付けるかのように、
大好きな彼女にキスをし、また彼女
の方も彼の頬にキスをするように
なった・・・。

その度に彼女は真っ赤に頬を染め
ながら
恥ずかしそうな、それでいて少し
嬉しそうな顔をしながら
その場から離れてゆく・・・。
その度に元パートナーは得意気で
満足気な表情を浮かべながら
こちらを見つめ、そして立ち去る
・・・。



獲物を狙う“それ”で
毎日睨み付けられる居心地の悪い
日々よりはマシなのだけれど・・・

こうも弛みきった元パートナーの姿
を見てしまうようになった事も
どうかと思う・・・。

けれど、大好きな香と元パートナー
が幸せそうな事はいい事だ、と。
そう思いながら、自身とかずえが
撩と香の未知への一歩を踏み出す為
の引き金になっていたなど知るよし
も無いミックは、
今日も軽やかな足取りで
愛するかずえの待つキッチンへと
足を向けるのだった・・・。








****************

寒中お見舞い申し上げます。
新年の挨拶もできず、本当に申し訳
ありません(>_<)

相変わらずのんびりペースでは
ありますが、足を運んで下さって
本当に感謝しております。

甘かったり、甘くなかったり、
じれったかったり愛し合っていたり
するお話をこれからも紡いで
ゆきますので、宜しければまた
お付き合い下さい・・・☆

☆和那☆





2015.02.21 Sat (06:00) l l コメント (0) トラックバック (0) l top
「そーだ、結婚て言えばおれって
結婚できないんだよなぁ。」



・・・あの日、男は女に言った。
“家族になって欲しい・・・”と。

とても長い間結婚に憧れ、焦がれ、
夢見続けていた女は、
最も愛する男にそれを告げられ・・
・・・とうとう、自身の夢が
叶う日が来るのだ、と思った・・。
自分の知り得る結婚に関する知識や
画像が走馬灯のように脳裏を駆け
巡る中、女は目の前にいる男に
釘付けになったまま、これから
言われるのであろう
何かしらの言葉に淡い期待を抱いた
・・・。

・・・けれど。
愛する男の口から飛び出た
“結婚出来ない”の言葉達は、女の
甘やかな想像を遥かに飛び越えて
ゆき、更に男はそれを笑いで
誤魔化し・・・
挙げ句には自身を“死人”、だなどと
茶化し・・・

女はただ、笑うしか無かった・・・















「・・・綺麗・・・」



ショーウィンドウに飾られた一着の
ウエディングドレスに。
偶然にその前を通り掛かった香は
すっ、と引き寄せられるように足を
留めた・・・。

香の瞳に映ったのは、あの日・・・
大好きな美樹が、愛する海坊主と
結婚式を挙げるために手作りした
物にとてもよく似たウエディング
ドレスであった。

肩から袖にかけての程好く透けた
生地。腰から裾に流れるラインの
ごく細部にまで丁寧に施された刺繍

ただ見つめているだけなのに、
ほぅ・・・と、溜め息が漏れて
しまう程、それはとても美しかった


身体のラインに沿ってするりと
流れるような感じと、極力肌の露出
を抑えた美しさが何とも言えない。
きらびやか、という言葉よりも
品がある、といった方が相応しい
美しいそのドレスは、香の心の芯を
捉えて離さなかった。

仄かにクリーム色を溶かし込んだ
ような、甘く柔らかな風合いの生地
と、頭頂部からふんわりと掛かった
長いベールの奥ゆかしさが、はるか
上から明るく照らし出すライトに
よって、艶々とした光沢を更に煌め
かせ、輝きを増していた。



・・・もし、これを着て・・・。
天候に恵まれた日の爽やかな空の
下でガーデンウエディングなんかに
花嫁として参加出来たらどんなに
素敵だろう・・・
香はそう、想像した。



結婚式・・・

撩の隣に並ぶ自分・・・。



それを想うだけで、心の奥が
温かくなる・・・。



・・・素敵・・・、と。

香はドレスを見つめながら、瞳を
細めて柔らかな笑みを浮かべた。
けれど、その表情は、結婚を夢見、
ウエディングドレスに憧れを抱いて
いた頃の、可愛らしい女の顔では
なく、愛に満たされた、落ち着いた
女の、幸せそうな笑み・・。



「・・・ん?・・あ!いっけない!
早く帰って買い物冷蔵庫にしまわ
なくちゃ!」



左手に持ったエコバッグのずしりと
のし掛かる重みに我に返った香は、
ディスプレイされたウエディング
ドレスに軽く手を振ると、笑顔で
来た道を戻り始めた・・・。







・・・戸籍が無いから、と。
あの日、撩は半ば笑いながら香に
告げた。

撩と結婚出来る・・・そんな形式に
浸る余地を自分に与えなかった撩に
香は怒って良いものか悲しんで
良いものか迷い、悩んだ・・・。
撩に告げられた甘く幸せな言葉に
酔い知る事も出来ぬまま、ただただ
がっくりと項垂れてみたり、
時には本気で撩が憎らしいとさえ
思ってしまった。



・・・けれど、改めて香は思った。

結婚・・・って、何だろう・・・?



結婚という言葉や、結婚式という
響きに憧れを抱いていたし、
ドレスを着てみたいとも思った。
その姿をアニキである槇村に見て
欲しいとも思った。
美樹と海坊主のように、皆に祝福
されてみたいとも思った。



・・・けれど、香は思った。

自分は撩と「結婚式」を挙げたい
のか・・・?
ドレスを着た姿を見て欲しいのか
・・・?
ドレスに身を包んだ自身に歓びを
見出だしたいのか・・・?



・・・・・・・・・・違う。

アニキに・・・見て欲しかった。
アニキの喜ぶ顔が見たかった・・・

自分自身を着飾って見たかった。
撩に綺麗だねって思って欲しかった
・・・。



“俺の家族の一人になって欲しい
ーーー”

自らの想いや希望をあまり口に
する事は無く、感情を押さえ込もう
とする撩の、精一杯の努力・・・。
そんな撩の努力を、“結婚”への
先走った想いが香の口を突いて出て
しまい、それに対して撩は、自身を
死人だと言い放ち、わざとおどけて
見せた。

そんな・・・悪戯っ子のように
微笑んだ撩が、香はただただ今は
愛しくて堪らない・・・。

・・・撩は、辛い時にこそわざと
おどけたりふざけたりして周りに
心配を掛けさせないように気を配る
・・・
あの時も、自身が“結婚”という
言葉を口にしなければ、
撩も無理におどけたりしなくて
済んだかもしれないのに・・・。

そんな事を、撩と過ごす愛しい日々
の中で香は考えるようになっていた
・・・。
















「ただいまー!」


アパートの部屋の中に、自分の声が
響く・・・。
香は部屋に誰も居ない時でも、何時
いかなる時でも、帰宅した際には
必ず“ただいま”というようにして
いる。
それは以前、撩に言われた事も
あるし、兄と住んでいた時も兄に
言われた事だが、一人きりの女性
は色々な意味で狙われやすい・・・
だから、洗濯物を干す時に男性用の
下着を干すように、誰かと一緒に
居ると思わせるだけでも身の危険を
減らす事になるからだ。

そんな・・・香が外から帰って
きても、以前なら誰も居ない事が
殆どだったアパートの部屋の中
からは



“おー”



・・・と、素っ気ない男の返事が
返ってきた。



・・・撩は・・・以前に比べたら
比較にならない程、アパートに居る
ようになった。
時々居ない事や帰りが遅くなる事も
あるが、そんな撩に対して香もまた
怒りや不安にかられて咎めたり
怒ったりする事は無くなっていった
・・・。

香は撩の存在に安心しながらも、
そのまま振り向かずにキッチンへ
直行し、冷蔵庫の中に買ってきた
食材を手際良くしまい終えると、
コーヒー用のケトルに水を入れ、
ガスコンロに乗せて火を付けた。
使い慣れた缶に手を伸ばし、
取り出したコーヒー豆をコーヒー
ミルでゆっくりと丁寧に挽いてゆく
・・・・・・・と。

後ろから急に、撩が覆い被さる
ように抱きついてきた。
突然の撩の行為に香は驚いて
叫び声を上げそうになった・・が、
それとほぼ同時に



“ぐるるるる~!”



と、ムードの欠片も感じさせない、
パートナーの空腹を知らせる
大音量のアラームが鳴り響き、
香は撩の行動に慌て、照れるよりも
思わず笑ってしまった。



「・・・冷凍しといたパンが
あるけど、食べる?
食べるなら直ぐに焼くけど。」

「んあ?食うっ!」



撩は香の質問に即答すると、今度は
香の頬に軽い口付けを一つ落とし、
香からすっ、と離れてダイニング
チェアにどっかりと腰を下ろした。

香は頬を濃紅色に染めながらも
何とか豆を挽き終え、そこから
手を離れて冷蔵庫に歩みよると、
冷凍室のドアを開けて、中から
カットしてポリ袋に入れておいた
パンを二切れ袋から取り出して、
トースターに入れてツマミを回し、
再びコーヒーの準備に取り掛かった




「ーーーん?何かご機嫌じゃね?
良い事でもあったかぁ~?」



撩はテーブルの上で頬杖を付き
ながら、香にこう訊ねた。
いつもの香なら、もう少しで夕食
なのだからそれまで我慢しろ、と
言ってくる筈なのに、機嫌が良い
のか鼻唄を歌いながらコーヒーを
淹れ、しかもパンを自ら焼いて
くれている。

すると、香は幸せそうににっこりと
笑みを浮かべた顔を撩に向けると



「ん?・・・何でも無いわよ。
帰りにね、ショーウィンドゥで
見かけたウエディングドレスが
とっても綺麗でね。ずっと眺めて
目の保養してきただけよ。」



と、嬉しそうに話し、
軽くバターを塗った焼き立ての
パンと淹れたてのコーヒーを
テーブルに運んで来た。



「ーーードレス、ねぇーーー。」



撩は、大きな口でトーストにかじり
つき、美味しそうに頬張りながら
香に聞こえぬ位の小さな小さな声で
そう、呟いた。















夕飯が済み、香は食器を片付け
ながら一人、色々な事を考えていた


・・・大好きな撩から、とても
素敵な言葉を貰い・・・
自身もまた、たどたどしくも精一杯
努力をして、自身の気持ちを撩に
伝えて・・・。



・・・少し、時を経て・・・
身体を重ね合って・・・。

身体を重ね合う時に時折・・・
今まで見たことも無いような仕草や
表情を見せたり、自分の身体で、
肌で・・・撩の身体の全てを
感じられる・・・

その事はまだ恥ずかしいし、
逃げたくなる事もあるけれど・・・
でも、嬉しくて・・・

そんな全てに歓びを感じられる日々
の中で・・・今まで以上に撩の事を
知ったり新しい発見がある中で、
香はある考えに辿り着いていた
・・・。



何も、“結婚”という形に囚われ
なくても良いのだ・・・と。

今よりも全然無知で、焦りに満ちて
いた若い頃は、結婚式を挙げさえ
すれば幸せになれると思っていた
事もあった・・・。
式を挙げる事こそが幸せなのだ、と
そう思った日々も、
無くは無い・・・。


・・・けれど。



自分は撩の、他の誰よりも傍に居て
・・・。
麗香やかすみ・・・
撩を愛する女の中で、誰よりも傍に
居る事が出来て・・・。

いつ命が尽きるかも分からないこの
世界に生きて・・・
この命が尽きる・・・その日まで。
このままいつまでも傍で、撩と共に
生きて行けたらそれでいい・・・。

これ以上の幸せは要らない・・・と




食器を洗い終えたとほぼ同じ
タイミングで、食後のコーヒーを
淹れるために火にかけていた
ヤカンの、沸いたことを知らせる
カタカタと金属の擦れる音に意識を
呼び戻された香は、給水栓を止め
エプロンの裾で手を拭くと、
慣れた手つきでコーヒーの準備に
取り掛かった。



・・・今の・・・
この幸せな日々を手放したくない
・・・
どうか・・どうかこのまま撩の傍に
居られますように、と・・・



香は丁寧に二人分のコーヒーを
淹れながら、そう、願った・・・。














「撩~コーヒー淹れてきたわよ。」



香は淹れたての良い香りが漂う
二人分のコーヒーをトレイに乗せて
リビングに来たのだが、いつも撩が
占拠しているソファはもぬけの殻
だった。

・・・先に風呂にでも入ったの
かと思って視線を泳がせると、
その視界の端にテーブルが映り、
そこに小さな紙切れが一枚置いて
あった。

なんだろう?・・・と香がそれを
手に取り、書かれた内容を読んで
みると、其処には



“香へ。地下の武器保管庫へ来い。”



とだけ、撩の字で書かれていた。



「・・・武器保管庫・・・?
あたし・・・何かしたっけ・・・?




・・・武器保管庫にある武器の
手入れは香は絶対にしない。
撩に無断で持ち出すなんて事は
もうしなくなった。

撩が時々足を運んで手入れをして
いる事は知っているが、自分は
今では掃除をする為だけにしか殆ど
足を運ばないので、撩が何故、
自分を・・・しかもこんな遅い時間
に武器保管庫に呼ぶのか理解
できなかった。

・・・が、兎に角向かわなければ、
と思った香は、

(直ぐには戻って来れないだろう
から撩の分のコーヒーは後で
淹れ直そう)

と思い、コーヒーの乗ったトレイを
テーブルに置くと、自分の分の
カップだけ手に取り、急いで飲み
終えた。
そして空になったカップをトレイに
置くと、
そのまま武器保管庫に足を向けた。















・・・地下への階段を一つずつ
下りて行く程に、空気の匂いが
少しずつ変わってゆく・・・。
居住区とはまた違う、オイルや
その他が放つ独特の匂いが、香は
密かに好きだったりする。

撩の身体に寄り添うようになって
気付いた撩の・・・香り。
シャワーを浴びたり洗ったりしても
落としきれない、身体に染み付いた
撩が闘った証の硝煙の匂いと愛用の
煙草の煙・・・そして、撩自身の
身体から発せられる、父や兄とは
違う男の匂い・・・。

その匂いの中の一つが微かに濃く
なった先にある、奥の部屋のドアを
香は躊躇う事無く開け放った。



「・・・撩~ぉ?」



・・・地下だからか、はたまた壁が
剥き出しのコンクリートだから
だろうか。
居住区よりも幾分気温が低いその
部屋の真ん中で、撩は履き古した
ジーンズに半袖Tシャツ一枚のまま
じっと立っていた。

どこを見つめているのか分からない
位に遠くに意識を飛ばしていた撩は
香の存在に気付くと、ふっ・・・と
微笑んだ。
武器庫に何故呼ばれたのか見当が
まるでつかない香は、何故ここに
呼ばれたのか、撩に訊ねてみる事に
した。



「・・・撩?

・・・えっと、ひょっとしてあたし
何かやらかしたかなぁ・・・?
掃除以外は何も触ってないつもり
なんだけど・・・?」



すると撩はふっ、と笑みを浮かべ、
ゆっくりと口を開いた。



「ーーーーーーーーーなぁ、香。


俺さーーーずっと考えてた事が
あってなーーー。」



撩は瞳の中心に香の姿を捉えながら
静かにこう言った・・・。



「ーーーー結婚式をーーーな。」

「・・・・・・・え?
・・・な、何?どうしたの突然。

・・・あ、もしかして、あたしが
ウエディングドレスの話なんか
したから気にしちゃった?
ごめんごめん!大した意味は無い
から~その、気にしないでっ!」



香は自分の言葉に撩が気にして
しまった事を焦りながら、撩に
詫びた。・・・焦るあまり、体温が
上がり、頬が上気してしまう・・・

撩はそんな香を愛しむかのように、
すっ、と手を伸ばすと、その大きな
掌で香の小さな頭を撫で、するりと
滑らせて華奢な肩に辿り着いた。
そして、肩に手を置いたまま撩は
話し始めた・・・。



「ーーーーーいや、そうじゃない。
本当ならーーーさ、お前が望む通り
ちゃんと挙げさせてやりたいーーー
いや、お前のためにも、槇ちゃんの
ためにも、結婚式を挙げた方が
いいと思っているーーー。」

「・・・・・・撩・・・?」

「ーーーーーーーー奥多摩で、さ。
美樹ちゃんが撃たれたろーーー。


ーーーーーーー情けないけど、な。
ふいに思い返すとーーーあの姿が
時々ーーー何故かな、お前と
重なっちまうんだーーー。」

「・・・・・りょお・・・・・」



撩は、ただただ驚いたままそこに
立ち尽くす香を見つめ、言葉を
続けた・・・。



「ーーーーーーもし。
お前が狙われそうになった場合、
俺は命を賭けて絶対にお前を守り
抜く。その自信はあるーーー。
だから、結婚式は挙げようと思えば
挙げられる。

ーーーけどな。俺は結婚式に気を
とられて、あの時のように油断して
しまうかもしれないーーー。
油断しないように辺りに気を
配ればきっとーーー
折角の結婚式に集中出来なくなる
かもしれんーーー。

そんな事じゃあ駄目なのは承知だし
第一、槇ちゃんに怒られちまう
だろうなーーーなんて。

ーーーそんな事ばっかりずっと
考えてたーーー。」

「・・・・・・・・りょお・・・」



・・・香はそれをじっと聞き終える
と、撩の傍に寄り添い、静かにその
右手を取って自身の頬に寄せた。

・・・随分と長い間、ここに居たの
だろうか・・・。
撩の、冷えた指先が香の頬の熱を
じわり、奪う・・・。







「・・・あたし、ね・・・。」



香は頬に感じる撩の、命の次に大切
とも言える右手の指先を肌で感じ
ながら、ぽつり、呟いた・・・。



「・・・前はね。したかったの。
結婚。

・・・結婚さえすれば、
ずっと撩の傍に居られるんだって、
そんな風に思ってた。けど・・・」

「ーーーーーーーーけど?」

「・・・違ったの。

・・・結婚なんてしなくても、撩は
何時でもあたしの傍に居てくれる
・・・。

それがね・・・それだけでね・・・
今はすごく、嬉しいの・・・。
だから、あたしも自分の出来る限り
の事はやる。

・・・だから・・・

撩が・・・撩がそんな事を心配
しなくてもいいんだよ・・・。

・・・そんな事を考えてくれてた
だけで・・・
あたしは充分幸せ・・・。」



香は撩にそう言うと、撩を見つめて
柔らかな笑みを浮かべた。

撩の想いが嬉しくて・・・目尻に
うっすらと涙を浮かべながらも
香はにっこりと微笑んだ。

撩は、そんな香を優しく見つめ返す
と、やんわりと香の頬から自身の指
を離し、武器が納められている棚の
上に置かれていた白い箱に手を
伸ばし、取り上げると、大切そうに
蓋を開けて中身を取り出した。



その箱の中に入っていたのは、この
場所に酷く不似合いなもの・・・

それは・・・見覚えのある純白の
レース・・・

・・・生花は付いていなくとも
見間違える事はない・・・

あの日・・・美樹が身に付けた
ウエディングドレス用のベールで
あった。



「りょお・・・これ・・・!?」



香は瞬きをするのも忘れてしまった
かのように、大きな瞳を見開いた
ままベールを見た。
そんな香に微笑みながらも撩は、
静かにこう言った。



「ーーー初めてお前を抱いた、
次の日に、な。
海坊主に内緒で美樹ちゃんに借りて
きた。」

「・・・え・・・?
だって美樹さん、昼間会った時には
そんな事、一言も・・・。」

「誰にも言わないでくれ、って
俺が口止めしたんだーーー。」

「・・・美樹さんは・・・何て?」

「ーーー分かった、って。
その代わり、いつか二人仲良く
店に足を運んでくれ、って。」

「・・・美樹さん・・・。」



撩は、自らの気持ちを話し終えると
優しい笑顔を浮かべながら、
ベールをそっ、と香の頭に乗せ、
ポケットから槇村の形見の指輪を
取り出して、香の左手を取り
白くて華奢な薬指にそっと
嵌めた・・・。



「・・・撩・・・。」

「ーーー綺麗だーーー香。

あの日ーーー美樹ちゃんの縫った
ドレスを着て、ベールを着けた
お前は誰よりも綺麗だったーーー。
ーーーだから、な。
美樹ちゃんに無理言って借りたんだ
ーーー。

ーーーあれこれ悩んだがーーー香。
これが俺のーーー精一杯だーーー。

ーーー指輪もな、あちこち探して
回ったんだがーーー

ーーーこれよりお前に似合う物が
見つからなかったーーー。


ーーー皆の前で結婚式も挙げさせて
やれない、こんな俺だがーーー

ーーーこれからも。
こんな俺と一緒に生きてくれるか
ーーー?」



撩はそう言い終えると、大きな両の
掌で香の頬を包み込んだ。
・・・香の瞳の奥からは涙が溢れ、
頬を伝ってぽたり、ぽたり、
零れ落ちてゆく・・・。



・・・撩が・・・
撩がここまで考え、悩み、そして
約束をくれるなんて、香は考えも
しなかった・・・

そこまで考えてくれた撩の想いが
嬉しくて・・・幸せで仕方ない
・・・


香は涙を溢しながら、撩の想いに
応えたくて、にっこりと笑おうと
努力するのだが、感極まって中々
笑顔になれない・・・。

撩は、そんな香の涙を指で拭ったり
自身の唇で優しく受け止めたりした
・・・。



・・・少しして。
香は一つ深呼吸してから撩を見つめ
、何とか微笑みを浮かべる事が
出来た・・・。

そして、小さな唇をうっすらと
開いた・・・。



「・・・・・・一人で・・・
一人でここまで考えてくれてた
なんて、知らなかった・・・。
あれから・・・あれから随分経つ
けれど・・・ずっと・・・
一人で悩ませてごめんね・・・。

ありがとう・・・
ありがとう・・・撩・・・。

嬉しい・・・こんな嬉しい事って
無い・・・。

・・・あたしこそ・・・
これからも・・・この先も・・・
ずっと一緒に生きて下さい・・。」

「ああーーー。

ーーーごめん、なーーー。
ドレスと結婚式はーーー」

「・・・ううん、要らない・・・。
ベールを着けられる日が来るなんて
思いもよらなかったもの・・・。

・・・綺麗・・・。

・・・ここを・・・この場所を、
あたし達二人だけの結婚式の場所に
しましょうよ。ね?
あたし達に相応しいと思わない?
あたし達らしくていいじゃない
・・・。

誰も真似できない、二人だけの
想い出になるのよ・・・ね?」

「ーーーーーーーそっかーーー。
お前がそれでいいなら、まあ、
いいさーーー。」

「あ!折角なんだし、写真!
写真撮りましょうよ!!ねっ?」

「ーーーーーー仕方ない。
けど、一枚だけだからな。」

「ありがとう撩!!」



撩は無邪気に喜ぶ香の、頬を再び
大きな掌で包み込むと、
真っ直ぐに香を見つめ、
こう言った・・・。



「ーーー指輪にーーー
槇ちゃんに誓うよーーー。

俺はーーー
生涯お前を守り抜くーーー。

ーーー誓いのキスをしても
いいかーー香?」

「・・・・・・・・はい・・・。」


























通い慣れた喫茶店の・・・
大きな体格の店主の留守を狙って
一組の男女が足を運んだ・・・。



「いらっしゃーい。

・・・あら?
・・・・・・あら・・・!!

二人ともおめでとう・・・!!
さぁ、座って座って!何かお祝い
しなくちゃね!」



店のママは、慌てた様子で・・・
けれど、嬉しくて仕方がないと
言った表情を浮かべながら、
うっすらと涙を滲ませた・・・。



「美樹ちゃんこれ返すわーーー
さんきゅ、な。」

「ありがとう美樹さん・・・。
嬉しかった・・・。」

「・・・こちらこそ・・・
あたしの作ったベールを二人の
幸せのために使って貰えたなんて
とっても嬉しい・・・

・・・あ!やだ・・・
ごめんなさい。嬉しいからって
涙なんか流しちゃ駄目よね。

・・・さ、とびっきりの一杯を
淹れますからね。」



店のママは、嬉し涙を更に滲ませ
ながらコーヒーの準備に
取り掛かった・・・。












・・・あの日、撩は香に言った。
“家族になって欲しい・・・”と。

その後、愛する撩の口から飛び出た
“結婚出来ない”の言葉に香はただ、
笑うしか無かった・・・



けれど・・・今は・・・違う。



コーヒーを堪能し、仲良く店を
出て行く二人は何処かしら柔らかな
雰囲気を醸し出しながら、
寄り添い、歩き出す・・・。



いつも通り依頼を見に行き・・・
時には喧嘩をしたり、
よそ見をしたり浮わついて見せたり
して、ハンマーで追いかけたり、
追いかけられたり・・・。

そしていつしか二人はまた
寄り添い、笑い合いながら
愛する我が家へと歩き出す・・・。









・・・あの日、秘密の誓いをして
から二人で撮った想い出の写真は
額に入れられ、人目につかないよう
大好きな兄の写真と寄り添うように
大切に飾られている・・・。


いつまでも、これからも、

ずっと・・・。









****************

今回は少し長くなりました。
これからも、言葉の一つ一つを大切
にしてお話を紡いで行きたいと
思います。
この先も愛し合う二人やもどかしい
二人、じれったい二人などを紡いで
ゆきますので、お付き合い下されば
幸せです。

いつも来てくださるあなた様、
偶然このblogに足を運び、読んで
下さったあなた様、
拍手を下さるあなた様。

ありがとうございます・・・☆

来年も宜しくお付き合い下さいませ
・・・。

和那









2014.12.30 Tue (06:00) l 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
甘え上手な女ならば
男の身勝手な行動に対して素直に
“行かないで”とすがってみたり、
時には泣いてみたりするのだろう
・・・

けれど

あたしは・・・・・・















「はーいもしもし?撩ちゃんでーす
ーーーん?

ーーーああ、わかった。
直ぐ行くーーー。」



キッチンで、香が作る夕飯のおかず
を横から摘まみ食いしていた撩は、
ジーンズのポケットに突っ込んで
おいた携帯電話を面倒臭そうに取り
出したかと思えば、
一言二言何かを話し、再びそれを
ポケットに仕舞い込むと



「ーーー香ぃ、俺ちょっと急用
思い出したわ。」



と、香に詫びた。



「・・・え?」

「悪いっ!あんま遅くなるようなら
先寝てていーから。
んじゃ、行ってきまーす!」

「え?!ちょっとっっ!?
・・・っ、撩ぉーっ!!」



・・・夕飯の支度の整いつつある
温かなキッチンから引き留める間も
なく撩はその場から出て行って
しまい・・・
一緒に夕飯が食べられる、と
楽しみにしていた香は一人ぽつんと
取り残されてしまった・・・


















「こんにちは、轍さんっ。」



冷たく吹き込む風も今日は珍しく
姿を潜め。
その頭上には何処までも清々しい
青色が広がっていた。
ぽかぽかと心地好い空の下で珍しく
立て込んだ靴磨きを一段落終えて
・・・
額にうっすらと滲んだ汗を着古した
服の袖でぐいっと拭う、情報屋の
轍の元に香が足を運んだのは
香がいつも日課にしている
“午前中の伝言板のチェック”を
終えた後の事だった。
轍は顔を上げて香を見ながら挨拶を
した。



「ああ香ちゃん。こんにちは!」
・・・おや、どうしたんだい?
撩ちゃんと喧嘩でもしたのかい?」



香に挨拶を返しながら轍はすっ、と
顔を上げた。
いつもは見かけない、大きな保冷
バッグを肩に掛けていた香は
何処か・・・
何時ものように、にこやかに挨拶を
する笑顔のどこか・・・
ほんの・・・少しだけ、
浮かない表情の欠片をちらりと
覗かせているように見えた。



「・・・もし良かったら話して
ごらんよ?」



靴磨きの道具を並べ直しながら、
轍は香から漂う雰囲気と様子を読み
、探る。
・・・それを読み取るのも情報屋と
して生きてゆく上での当たり前な事
であり、それはもはや日常茶飯事で
あり。轍にとっては息を吸うのと
同じくらい当たり前な事だった。



「・・・轍さん・・・」



香は何かを言いかけたが・・・

きゅ、っと唇を結ぶと、
ふるふると首を横に振り、にっこり
と笑ってみせた。



「・・・ううん、やだなぁ轍さん!
撩と喧嘩なんてしてないわよ。
・・・いつも通り、依頼が無くて
残念だっただけ。あ~あ、残念っ」



香はそう言って笑い・・・

轍もまた“そうかい”とでも言わん
ばかりに笑ってみせた。




・・・何気に。
肌にまとわり付く空気の匂いと
感じが変わった気がして・・・。

二人してふっ、と視線を空に
向ければ、さっきまで広がっていた
青空は端から濃い影を這わせ、
湿り気を帯びた灰色が
じわりじわりと這うように影を
落とし始めていた・・・。



「あー、こりゃあ一雨来そうだ
ねぇ。
さっさと片付けちまわないと。」



こんな時は素早く荷物を片付けて
店仕舞い。
慣れた手つきで荷物を纏めると、
人通りの少ない、けれど、外からは
割と見通しの良いガード下を選んで
香を案内した。
香が珍しく大きなバッグを持って
いる事から轍は、香が買い物にでも
出掛けるのかと思ってみたりしたの
だが・・・大切な撩が大切にして
いる女性を、これから確実に降るで
あろう雨で濡らす訳には
いかなかった。







・・・轍の読み通り、荷物を運び
込んだと同じ位のタイミングで、
灰色は瞬く間に広がり、
大粒の涙をぽろぽろと溢し始めた。
雨こそ凌げるものの、
アスファルトの濡れた匂いと
湿った温かな空気と雨で冷やされた
空気が交わりながら、二人の足元に
するりと流れ込んでくる・・・。



・・・雨宿りなんて、
外に居る事の方が多い香も轍も
慣れたものだが、
二人で雨を凌ぐのは初めての事
だった・・・。
轍は慣れた仕草で持っていた敷物を
敷いて、香に“どうぞ”と手招きを
しながら、そこにどっかりと腰を
下ろしたので、香はにっこりと
頷きながら“お邪魔します”と、
轍の隣に腰を下ろした。






・・・撩のパートナーになって。
撩に忠告された事が一つだけ有る。



“---香、俺の知り合いに挨拶
したり仲良くするのは構わないが、
あいつらの過去は決して聞くな。
あいつらにも色々---この世界に
足を踏み入れた事情がある。
だから、そんな所に土足で踏み込む
ような事は決してするな。”





・・・その言い付けを守り、
香は撩の知り合いにきちんと挨拶
するし、長いときを経て今では
冗談を言い合う仲になったが、
相手にあれこれ聞いたりは決して
しない。

親しき仲にも礼儀あり、なのだし
撩に言われた事は尤もだからだ。





・・・けれど。
ずっと、気にはなっていた。

撩のパートナーになり、轍と知り
合ってから幾年・・・



「ねぇ、轍さん・・・。
轍さんは一人で・・寂しくない?」



香はふと・・・轍に聞いてみた。

・・・悪戯に轍の過去を聞こうと
している訳では無い・・・。

ただ・・・
こんなに優しい、思い遣りのある
男が
雨の日も晴れの日も
いつも一人きりで居る・・・
それが香には何故だか無償に
寂しく思えたのだ・・・



突然の、突然の香の問いに・・・
轍は思わず目を丸くしながらも
いつものようにふっ、と目を細めて



「寂しい・・・かい?
・・・そりゃあ全然寂しく無い
って言ったら嘘だけど・・・

・・・けどね、いつからか
寂しくは無くなったんだよ。」



そう言って轍は穏やかに笑った
・・・。



「・・・どうして?」



不思議そうに轍の方を覗き込む香に
向かって轍はにっこりと微笑み
ながら静かに瞼を閉じた・・・。



「ん~・・・だってね。
他に仲間はいっぱいいるし、
こうやって香ちゃんが毎日俺らに
挨拶してくれるからだよ。」

「・・・へ?あたし?」



香は驚いて、大きな瞳を更に大きく
させた。
轍はそんな香を見て、くすっ、と
笑いながら話を続ける。



「そう・・・香ちゃんだ。
俺らみたいな日陰の人間に香ちゃん
は分け隔てなく接してくれる。
俺も皆も、そいつが嬉しいのさ。」

「なんで?
分け隔てなくちゃいけないの?
そんなの可笑しいわよ!
それに、轍さんは轍さんでしょ?」

「ん?あはははっ!
・・・そうか。
・・・俺は俺、かぁ・・・。」

「変な轍さんっ。」

「そうかい?

・・・しっかしさ。
こんな優しくて気の利いた香ちゃん
がいつも撩ちゃんの傍にいるんだ
もんなぁ。
撩ちゃんは幸せ者だなぁ・・。」

「・・・そうかな?」

「ああ・・・幸せ者だよ。
香ちゃんだって撩ちゃんと一緒で
嬉しいだろう?」

「うん・・・あたしも、
嬉しいし、幸せよ・・・。」



香は笑みを浮かべながら、
膝を抱え込んで膝頭に頭をこつん、
と乗せた。



「じゃあ・・・何でそんなに
浮かれない顔をしてるんだい?」



轍がやんわりと訊ねると、
香は悲しそうに笑みを浮かべ
ながらふるふる、と
小さな顔を横に数回振った。



「・・・撩ったら夕べね、
夕飯前に突然出掛けちゃって・・・

携帯にね、連絡が入ったみたいで
慌てて行っちゃって。
撩が食べたいって言ったもの作った
ばっかりだったのにさ。
・・・朝は予想通り、朝帰りだし
・・・。」

「・・・そうか・・・。
そいつは寂しかったねぇ・・・。
・・・撩ちゃんは?香ちゃんに
何も言わなかったのかい?」

「・・・うん。
でも、撩だってきっと、
言いたくないから言わないんだと
思うから・・・
無理に聞いたりはしないのよ。

・・・けど、もし何処かで危険な
目に遭ってたり、綺麗な女の人と
デートしてたら・・・
なんて色々考えちゃって。
そしたら、何かね・・・。

けど、
あいつ何も言わないし・・・
・・・まぁ、例え、何かあっても
言わないんだろうけど、って・・」



香は寂しそうに呟いた。
そんな香に・・・



「・・・大丈夫、だよ・・・。」



黙って話を聞いていた轍は
香の言葉をやんわりと遮った・・・



「・・・轍さん?」



香の問いに、轍はにっこりと微笑み
ながら、話を続けた・・・。



「撩ちゃんは優しいよね・・・。
けど・・・好きでもない人間と相棒
を組んだり、ましてや一緒に暮らす
ほどお人好しじゃあない・・・

俺達情報屋と裏家業の繋がりなんて
早い話が金と情報の交換のみ、
みたいなもんでさ・・・。
けど、撩ちゃんは他の連中とは
初めて会った時から何処か違ってさ
・・・。
俺らみたいなモンにも優しく接して
くれる・・・。
だからつい、俺達も撩ちゃんを
頼っちまうし、協力も惜しまない。
けどさ・・・撩ちゃんが何処に
行ったとしても・・・
香ちゃんだけは撩ちゃんの帰りを
信じて待っててあげてよ。」

「・・・轍さん・・・。」

「撩ちゃんは素直じゃないからさ。
香ちゃんは寂しい思いをしちまうの
かもしれないけど・・・。
撩ちゃんがどんな男か、それは
香ちゃんが一番良く解ってる筈
だろう?

・・・けど、もし困った事があれば
俺達の所においでよ。
香ちゃんは俺達皆のアイドルだし、
皆、香ちゃんの味方だから。
喜んで香ちゃんの力になるよ。」

「轍さん・・・」




香は瞳を潤ませながら・・・
嬉しそうに笑った・・・。

それは、無理に見せようとした
笑みではなく、
柔らかで、見る者を幸せにして
くれるような温かな笑み・・・。




「・・・うん、その笑顔だ。
俺は香ちゃんの笑顔が世界で一番
好きだよ。」

「轍さん・・・えへへ、やだなぁ
誉め上手なんだから・・・。
轍さんって、何だかお父さんみたい。」

「そういう香ちゃんこそ俺の
・・・娘みたいだ。

安心しなよ。撩ちゃんが香ちゃんを
ほったらかしにして他の女の所に
行くような事があったら直ぐに
香ちゃんに連絡するから。
俺らだって撩ちゃんに情報流さん
もんね。」

「・・・ふ、ふふっ」

「はは、っ・・・!」




二人は顔を見合わせて・・笑った。




・・・と、次の瞬間、轍のお腹が
ぐぅぅぅ、と鳴って。




二人してまた・・・笑った。




「悪い悪い!
笑いすぎたら腹が鳴っちまった」

「ははっ・・・あ!そうだった!」



そう言って香は持っていたバッグに
手を入れると、そこから大きめの
重箱を取り出した。

蓋を開けると中にはお握りや卵焼き
などが沢山詰められていた。



「うわぁ!こりゃあ旨そうだ!
けど、こんな旨そうなお弁当、
一体どうしたんだい?
何処かに出掛けるつもりだったの
かい?」



轍は驚いた様子で香に尋ねた。
香は取り出した水筒からお茶を
注ぎながら



「ううん、違うわよ。
ほら、いつも皆にお世話になって
いるから差し入れにと思って
作っているうちに段々楽しくなって
きちゃって・・・。

だから轍さん達皆に食べて貰おうと
思って!
はい!轍さんお好きなのをどうぞ」

「じゃあ有り難くいただきます。
・・・ん!こりゃあ旨い!」

「本当?!良かった!
はい、徹さんお茶どうぞ。」



香はお茶を差し出しながら、
作った弁当を美味しそうに食べる
轍と、その言葉が嬉しくて。

再び膝を抱えながら
ふふふっ、と笑った・・・。





「楽しいわねぇ・・・。」

「うん、楽しいなぁ。」



轍は丁寧に握られたお握りの、
最後の一口を大切そうに口に運んだ




・・・それとほぼ、同時に。








・・・ふっ、と。

轍の肩に香の頭が凭れかかり、
やがて小さな寝息が規則正しく
聞こえ始めた・・・。




「・・・香ちゃん?」

「・・・ん・・・」




閉じられた瞼から伸びる、長い
睫毛の隙間から、

透明な滴がぽろり、一粒・・・
溢れ落ちた。






「・・・・・ごめんなぁ・・・」



香は夕べ、きっと撩を想って
眠れなかったのだろう・・・と
轍は思った・・・。













・・・と。


「---あ~あ~。
こんな処で寝ちまったのか?
相変わらず困った奴だなぁ。」



半ば呆れた口調ですぐ近くから声を
掛けてきたのは、他でもない
撩だった。

左手にはびっしょりと濡れた雨傘を
持ったままこちらに近付いてくる
撩の、薄いブルーグレーの
ジャケットと濃紺のボトムの裾、
そして愛用のブーツは雨水の跳ね
返りや滴が染みて、色が濃くなって
いた。
轍はにっこり笑いながら、撩に話し
掛けた。



「・・・こんな所に居たから見つけ
にくかったろう、撩ちゃん。」

「ん?ーーーいやぁ?」

「・・・そうかい。
撩ちゃん、夕べは本当に助かったよ
。有り難う。
・・・けど、その事で香ちゃんに
悪いことしちまったなぁ・・・。」



済まなそうに香に視線を向ける轍に
撩はほんの少し、眉間に皺を寄せ
ながら口元を緩ませた。



「轍っつぁん、そんな事は気に
するな。
香なら---大丈夫だ。」



撩はそう言って轍達の前にしゃがみ
込むと、すっ、と手を伸ばし
香の柔らかな髪をくしゃくしゃと
撫でた・・・。

熟睡しているのか、香はぴくりとも
動かず、轍の肩を枕に
気持ち良さそうに眠っている・・。



「---あ~あ。
済まんな、轍っつぁん、香が仕事の
邪魔しちまって。」

「いーや、とんでもない。
こんな天気じゃあ仕事どころじゃあ
無かったし、それに
雨のお陰で香ちゃんといい時間を
過ごせたよ。

・・・香ちゃんと話してると



・・・・・いや、
俺も・・・楽しかったよ。」



そう言って、
轍は撩に向かって笑い掛けた。

それに釣られて撩もまた・・・
笑った。



「さってと、轍っつぁん。
雨も上がったし、
そろそろこいつ、連れて帰るわ。」



そう言って撩は立ち上がると、
慣れた手つきで香を軽々と背負った

雨はいつの間にか止み、雲の切れ間
から青空が覗き、そこからきらきら
と明るい光がいく筋も降り注いで
いた・・・



「弁当・・・皆で食べるって
香ちゃんに伝えておくれよ。」

「ああーーー。
そいつは香も喜ぶ。」




轍は敷物を畳みながら眠っている香




「・・ありがとうなぁ、香ちゃん」



・・・と、礼を述べた。




























「・・・ん・・・・・・?」



香がゆっくりと閉じた瞼を開くと
その瞳に映ったのは、
空き店舗の古びたコンクリートの
でも無ければ湿った雨と
アスファルトの匂いが漂う訳でも
無く・・・


薄暗い部屋の中に・・・



見慣れた家具・・・。
見慣れた壁・・・。



「撩の・・・部屋・・・?」



・・・ふ、と。
何か気配を感じて目線をずらすと、
傍で撩が気持ち良さそうに眠って
いた・・・。



「---ん?ああ、起きたか」



むくり、と身体を起こして背伸びを
する男の囁く低い声・・・。
慣れた煙草の残り香・・・。

・・・香は、自らのぼんやりとして
いる意識が少しずつ
はっきりとしてゆくのを感じながら

・・・その傍らで
置き去りにされた昨夜の寂しさが
香の心をじわり、と支配する・・・



香はベッドに横になったまま不機嫌
そうに撩に声を掛けた・・・。



「・・・轍さんと楽しくお弁当
食べてたんだけど・・」

「お前が轍っつぁん枕にして寝る
から俺が連れ帰ってきた。」

「・・・轍さんは・・・?」

「---雨も止んだし、また仕事に
戻るって。
ま、もう暗いし帰った頃だろうな。
お前に弁当の礼を言っておいて
くれってさ。」



・・・香は、何とか胸元のシーツに
手を伸ばすと自身の口元までそれを
手繰り寄せ、顔を埋めた・・・

・・・どうしても 。
こんな醜い心が表れた顔を
撩に見られたくは無かった・・・。



・・・撩はそんな香を少し困った
ように見つめながら、
髪をくしゃり、と掻き、ぽつりと
呟いた・・・。



「---悪かったよ。」

「・・・あたし、別に怒ってなんか
無いし・・・?」

「---済まなかったな--」



撩はそう言って侘びながら、
柔らかな茶色の髪に手を伸ばし、
くしゃり、と撫でた。



「・・・・・・っつ、」



・・・違う。

本当はこんな事を撩から聞きたい
訳では無いし、詫びて欲しい
訳でも無い・・・



けれど・・・




「---寂しかったか---?」



自分の気持ちなど分かっている
癖に・・・

分かりきっている癖に・・・



こんな事を聞いてくるのが
・・・憎らしい・・・

憎らしいけど・・・

・・・憎み、きれない・・・




香は撩の腕を押しやると、上体を
起こして自身の手を撩の頬にそっと
伸ばし・・・

その頬をきゅっ、と軽く
・・・つねった。



「---ってて」

「・・・出掛けるなら・・・
ちゃんと説明くらいしなさいよね
・・・っ」

「---ああ、悪い。」

「し・・・心配するんだからっ
・・・ゆ、夕飯だって・・・」

「ああ---旨かった。」

「・・・冷蔵庫の?」

「ああ。全部食った。」



そう言って、撩は悪戯っ子のように
はにかんだ。




・・・香は今までずっと我慢して
きた・・・。

何があったって、何時だって平気な
ふりをしてきた・・・。



・・・けれど。

傍に居られる時間が増えるにつれ
傍に居られないときの寂しさが
増えて・・・募って・・・




ぽろぽろと・・・溢れ出す・・・











甘え上手な女ならば・・・
男の身勝手な行動に対して
素直に
行かないで、とすがってみたり
時には泣いてみたりするのだろう

けれどあたしは・・・
そんな女にはなれそうも・・・無い



・・・けれど

・・・けれど、
やっぱり赦してしまうんだろう・・



この世で一番

憎らしいけど愛しくて堪らない

この、男を・・・




香は困ったように微笑みながら
まるで幼子のように安堵の表情を
浮かべる撩を見つめると、頬を
つねっていた指を離し、もう片方の
手を伸ばして撩の頬を包み込むと、
自身の胸にきつく抱きすくめ、
そのまま横になった・・・









「---なぁ、香ぃ---」

「・・・駄目よ。
・・・我慢しなさい。」

「---ははは。

-----拷問、だな---。」

「・・・あたしだって・・・我慢
してるんだから・・・」

「-----------え?」









いつか ・・・


いつか、あたしの想いが
ほんの少しでも届けばいいのに
・・・



香はそんな事を想いながら
自分が胸に抱き締める
幸せな温もりに浸りながら
再び深い眠りに落ちていった
・・・






2014.12.05 Fri (06:00) l l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆さまこんにちは。和那です(*^^*)



朝夕、吐く息が白く見えるように
なり、日々の寒さに縮こまりそうに
なる背筋を伸ばそうと、気合いを
入れてしまう和那です。

・・・皆さま、寒さにはお強いで
しょうか?

和那は極度の寒がり(^_^;)なので、
冬場などは背筋が固まったように
動けなくなってしまって、本当に
困ってしまいます。



・・・さて。
今回のお話の最後にも書きましたが
種馬アンテナより当ブログのリンク
を外していただきました。
リンクを外してしまった事で種馬
アンテナ様より当サイトに足を
運んで下さっていた方には大変な
ご心配、並びにご迷惑をお掛けして
しまい申し訳ない気持ちでいっぱい
なのですが、寛容なお心で少しでも
ご理解いただけると助かりますし
とても嬉しいのです。



肺炎の方はお陰さまで完治し、
体調の方も良くなりました~(*^^*)
でも油断は禁物なので、愛用の
バッグにマスクを常備して通勤する
毎日です。
仕事と家事の合間に少しずつでは
ありますが、マイペースに書いて
行きますので、気が向いた時にでも
お立ち寄り頂けるととても嬉しい
です。

仕事も家事も忙しいけれど、体を
動かす事は嫌いではないし
(むしろ好き(*^^*))、懸命に頑張る
姿を認めてくれる誰かがいる・・。

大好きな林原めぐみさんや岡崎律子
さんに出会えた事も私にとっては
素敵な軌跡・・・。

貴女なら大丈夫、だと認めて褒めて
くれる上司や仲間、友達がいる・・

これまでの色々な事は全て私が
選んできたのだし、日々、過ぎて
ゆく時間と、共に蓄積される経験
などは必ず何かに繋がっていて、
何かしらの形で生かされている、と

そう思いながら日々を過ごして
います。



コメント、拍手、いつもありがとう
ございます☆嬉しいです☆
わざわざ足を運んで下さって本当に
ありがとうございます(*^^*)

ブログを始めてから、言葉の大切さ
や難しさを改めて考えさせられて
います。

私が一つ一つ紡いでいる文章や言葉
の数々、今こうして書いている
お返事の言葉や、メールの文章、
家族や周りの人を大切に思う気持ち
・・・そういう事は何かしら文章に
表れてくるのだなぁ、と考えさせ
られています。

言葉の一つ一つを大切にして、
これから先も、もっともっと優しい
言葉を紡いでゆきたいな、と。

CHの皆を大切に想う
自分の気持ちに正直に・・・
大好きな二人、二人を取り巻く人々
や世界を大切に、お話を紡いで
行きたいなぁと思っています。



原作で彼等、彼女等が発した言葉の
一つ一つに優しさや切なさを感じ、
それを想う度に胸が切なくなります


北条先生の原作の、後期の絵の
綺麗さやお話も勿論素敵なのですが
初期の絵やお話が堪らなく好きだし
優しくて愛しいです。
考えさせられる箇所が幾つもあり、
また、色々な事を想像しては
優しい気持ちになれるのです。
そして、同じように彼等の優しさを
理解しておられる方と、どんな形
であれ、ふと、触れ合う事が出来た
時、私はとても幸せな気持ちに
なれます。




それではまた~(*^^*)

和那






2014.11.27 Thu (06:00) l お礼 l コメント (0) トラックバック (0) l top
人の誕生日なんて関係無いし、
興味も無い。

・・・何故か、と聞かれても
答えようが無いけれど、
強いて言うなら、それは・・・
・・・自分の生まれた日すら
知らないから・・・・・・・?

生まれ落ちた日を祝う意味さえ
知りたいとも、知ろうとも
思わなかった・・・。



お前と出逢うまでは・・・






















「・・・っくしゅっ!!」



突然の雨に打たれて、全身ずぶ濡れ
で外出先から帰って来た香が、
その翌日の少し肌寒く感じる朝、
可愛らしいくしゃみをした。

香は撩の前でくしゃみをして
しまった事が恥ずかしかったのか、
可愛らしい舌をぺろりと出して、
まるで悪戯っ子のようにへへっ、と笑って見せた。



「ごめんごめん、くしゃみ
しちゃった。
誰かが噂してるのかしら?

・・・・・・っくしゅ・・・っ!」



香は再びくしゃみをした後で照れ
臭そうにそう言って、
肩を竦めながらお気に入りのカップ
に注がれた温かなコーヒーを
美味しそうに啜った。
それを向かいで、朝食を食べながら
見ていた撩は

・・・あーあ、やっぱりな。

と言わんばかりの顔をして香を
見つめた・・・。



「だーから言ったんじゃねーか。」



撩は深い深い溜め息をつくと、
トーストの、残りの一口を口に
ぽいっと放り込み、もぐもぐと咀嚼
して、香が淹れたコーヒーをくいっ
と飲み干した。

カップを置いてすっと立ち上がり
香に近付くと、その額に軽く手を
伸ばすと、軽く触れたそこからは
いつもより仄かに高い体温がじわり
、掌からこちらに伝わってくる
・・・。
香の白い肌や頬がほの赤く見える
のは、照れているだけでは
無いようだ。



「・・・ん?な、なに?!」



香は突然の撩の行為に驚き、大きな
目を更にまあるく見開いた。
だが撩は香の動揺に顔色を変える事
無く、そのまま言葉を続けた。



「今朝、いつもよりちょっと温かい
とは思ったんだけどな。
ーーー昨日、びしょ濡れで身体を
冷やしたからだ。
お前、今日は大人しく寝てろ。」

「え?無理!だって・・・」

「ーーー伝言板は俺が見に行く。
だったら文句無いだろ?」

「・・・・・・う・・・・・・・
・・・・・・・・・・はい・・。」



香は、体調管理不足により自身の
大切な日課をこなせなくなった事を
撩の言葉により思い知らされ、
その事にかなり落ち込みながら、
渋々頷いた・・・。
撩はそんな香の柔らかな赤茶色の
髪に手を伸ばすとくしゃり、と
指を絡ませて頭を撫でながら



“困った奴だなぁ・・・”

と言わんばかりの顔で香を見つめた

それから一息ついて、香の髪から
手を離すと、両脇にすっ、と手を
差し入れて、華奢な身体をするり、
と引き立たせた。
そして



「え?あっ、大丈夫だからっ!
ねえっ・・・撩っ?!」



と動揺しながらも抵抗する香を
まるで幼子を宥めるかのように、
撩はその細い肩を包み込むように
抱きながら寝室へと連れて行った
・・・。
香の方も、それからも若干の抵抗を
試みたのだが、撩の無言の雰囲気に
気押され、自身の抵抗も無駄な努力
なのだ・・・と、大人しく観念する
事にした。



部屋へ辿り着くまでの間、香は撩に
しっかりと抱かれた肩が熱くて
・・・
今更ではあるけれど、撩に寄り添う
自分がなんだかとても恥ずかしく
思えて・・・
頬を更に紅く染めながら、ただただ
俯く事しか出来なかった・・・。

熱くて、身体の全てが熱くて・・・
足元がふらつきそうになる・・・
そんな香の身体を撩の腕がしっかり
と支えた・・・。





・・・香と共に部屋に入ると、
香は流れ込んできた空気の寒さから
思わずふるっ、と肩を震わせた。
見れば、部屋の窓全てが綺麗に開け
放たれていた。
それは香が換気のために毎朝行って
いる事なのだが、其処から入り込む
清々しくひんやりと冷やされた朝の
空気が、部屋の気温を下げて、
香の体温まで奪い取ろうとしていた
・・・。

撩は香からすっ、と離れると、
窓際に近付いてすぐに全ての窓を
閉め、再び香に近付いた。



「とりあえず寝てろ、っと。
おい、毛布とかは何処にしまって
あるんだ?あった方がいいだろ。」



今、この部屋にあるシーツだけでは
風邪気味の香には少し寒すぎる
・・・。
香をベッドの端に座らせ、その身体
にシーツを無造作にばさり、と
掛けながら撩が訊ねると、
香は・・・ああ、と言わんばかりの
顔で、すっ、と一方向を指差した。



「あ、ああ。それならあたし・・・
客間のクローゼットの中にしまって
あるんだけど・・・。」

「りょーかい。取ってくる。
ちょっと待ってろ。」



撩は、寒さから身を守ろうと
大人しくシーツに丸くくるまった
香にひらひら、と手を振りながら
そのまま静かに部屋を後にした
・・・。











随分と久し振りに入る、香が使って
いた客間・・・。

以前はほんの少し、躊躇いながら
開けていた事もある、その扉を。
撩は躊躇うこと無く開け放ち、
そのまま中に入って行った。

部屋の中は、香がこまめに掃除や
換気を行っているせいか、いつ来客
があっても良いように、とても清潔
に保たれていた。



その代わり・・・
この部屋に入った時に撩だけが
感じていた、
香自身の・・・清々しさと甘さが
仄かに溶けたような、撩だけが知る
香独特の匂いが随分と薄くなったな
、と・・・

そして・・・共に眠るようになって
から随分経つんだなぁ・・・と
撩は無意識に口元を緩ませながら
その現実を改めて感じていた
・・・。



・・・と。



この部屋に来た目的を思い出した
撩は、直ぐに部屋の奥にある
クローゼットの扉に手を掛け扉を
開けると、軽く中を物色し始めた。
クローゼットの中には様々な物が
収納されていたが、整理整頓好きの
我がパートナーだけあって、目的の
物は直ぐに見つかった。
収納袋に圧縮されている幾つかある
毛布の内、香が気に入っている桃色
の毛布を選んで袋から取り出すと、
急激に外気を吸い込んだ毛布は
瞬く間にふんわりとした感触を
取り戻した。
撩はそれを小脇に抱えると、
香の元へ戻るべく扉を閉めようと
した。







・・・・・・・・ふと。
クローゼットの片隅に・・・。

何やら大切そうに保管されている
中身の入った紙袋が視界に入った。
そこから覗く白い物に、何故だか
見覚えがあるように感じた撩は、
不思議に思いながらその中身を
ちらり、覗いた・・・。



「ーーーこれはーーーっ」






















香をパートナーとして迎え、共に
暮らし始めて一年目になるあの日
・・・。

“香を頼む”との槇村の遺言を律儀に
守る訳では無いが・・・

他人の誕生日なんて全く興味も
無かったし、持たなかった撩が、
香の誕生日の為に、柄にもなく苺の
乗ったシンプルなショートケーキを
一つ、用意した。

まだ、槇村が生きていた頃・・・
ヤクザ絡みの、立ち退きの嫌がらせ
等に困ったある一件のケーキ屋が、
それに耐えきれずに撩達に依頼を
してきた事があった。
その件を解決して以来、顔見知り
になった、昔気質で頑固な口の固い
店主・・・。
其処に撩がわざわざ、こっそりと足
を運び購入したものだった・・・。









香の誕生日が近付く度に・・・。
撩は槇村の遺言と、テーブルの上で
祝われる事を香と共に待ち侘びた
バースデーケーキが脳裏にちらり、
ちらついて離れない・・・

槇村の代わりに、香に何かして
やりたい、という気持ちには
なるのだが・・・だからと言って、
じゃあ自身が一体、香に何をして
やったら良いのか、何をすれば
香が喜ぶかが、
全く分からなかった・・・。











槇村が命を絶ったあの夜・・・。
撩は顔馴染みの情報屋に連絡を取り
、槇村の亡骸をそっと預けると、
最後くらい綺麗にしてやってくれ
・・・と、頭を下げて頼んだ。
その後、槇村が父から譲り受けたと
言う、愛用のコートを身に纏い、
一人敵地に乗り込むと、ユニオンの
下っ端を片付けた。
その追っ手から香を逃す手段を漸く
整えると、アパートで一人、兄の
帰りをひたすら待ち続ける香を
安全確保のために連れ出すべく、
鉛のように重い足取りで撩が
アパートまでやって来た頃には
すっかり朝陽が昇り始めていた
・・・。



“ぐずぐずするな!”、と香を諭し、
身の回りの用意をさせている間
・・・

香が自身の誕生日の為に用意した、
冷めきった三人分の料理を、瞬く間
に撩は平らげた。

香が想いを込めて作った料理・・・
兄の帰りを待ち侘びながら、一人で
それを目前にしたまま、淋しい一夜
を明かした彼女の、精一杯の努力の
証・・・。
それを安易に処分する事はさせたく
無かったし、見たくなかった。

あまり食欲の沸かぬ自身の口に
それを運びながら・・・撩は、
槇村が香の料理を褒めていた事を
思い出した・・・。
そして、

・・・確かに槇村の言う通りだな、
と。撩は思った。

そのすぐ側には蝋燭を用意し、
誕生日を祝う為に準備された、
大きなバースデーケーキ・・・。
それが視界の端に飛び込む度に、
撩は槇村の幸せそうな笑顔が脳裏に
ちらついて。
撩の胸の奥で、何かが軋むように
音を立てた・・・。



・・・手早く身支度を済ませ、
奥の部屋から出てきた香は、短時間
の間にテーブルの上の料理が全て
無くなっていた事と、それを食べた
であろう撩にかなり驚いた。
・・・が、



「・・・あ、ありがとう・・・。
捨てないといけないって思ってた
から・・・。」



・・・と、撩に礼を述べた。
撩はそんな香に何も言い返せず、
ただ、黙ってこくり、と頷いた。

そして、槇村の代わりにパートナー
になる事を決めた香を受け入れた
撩は、香に、槇村との最後の別れを
させてやるため、槇村の眠る教会へ
向かうため、揃って部屋を後にした
・・・。









・・・あの時、香が用意した
大きなバースデーケーキは、香が
部屋を出る前に冷蔵庫にしまった
きりで・・・
再びアパートに荷物を取りに来た頃
には当然、既に食べられる期限を
越えてしまい・・・
香が自らの手で、そのまま処分した
・・・

蝋燭を灯して祝われる事無く・・・
一口も手を付けられる事も無く
・・・。








あの時のような、大きなバースデーケーキは香一人では食べきれない
から、と。
撩は、苺の乗った小さなショート
ケーキを一つだけ買って、夕食の
準備をしていた香に箱ごと
突き付けた。



「おい、飲み屋のママからお前の
誕生日プレゼントに、って貰った
んだ。あいつら、仕事柄そういうの
には詳しいからなぁ。

あ~、食いたきゃお前、食って
いいぞ。」



と、わざとらしく言い放ち・・・。
ケーキを渡されて返答に困った香が
用意していた夕食を手早く食べ終え
ると、そこからぎらぎらと灯りが
眩しく闇夜を照らす、騒がしい夜
の街へと足早に逃げ出す・・・。







・・・毎年。

毎年、そんな事の繰り返しだった。



・・・あの日までは・・・。

















「・・・31日はお前の誕生日だったな。プレゼントは何がいい・・?」



海坊主が請けたソニアの依頼の絡み
で海坊主とやり合う事になって
・・・。

全ての事に自信を失い、自分を
責めて部屋を飛び出した香を、
撩は当てもなく探しに行った。
額の傷の痛みなんか気にも
ならなかった・・・。
自身が香に言い放った言葉と額の傷
を気にして、香がそのまま消えて
しまう気がしてならなかった・・・




当てもなく探し回り、漸く見つけた
香は・・・
ソニアと何かを語り合った後で、
不安げな瞳で撩の姿を視界に捉える
や否や、今にも泣き出しそうな瞳の
まま視線を泳がせた・・・。

その時初めて・・・撩は香の欲しい
物を訊ねた・・・。



泣きそうな香を、その場しのぎで
宥めようとか思った訳じゃあ無い
・・・。
ただ、香が自分自身を責めている事
だけはすぐに分かった・・・。
そして、撩の額に付いた傷を、自分
の責任のように感じ、何処かに
行ってしまいそうになる、不安げな
瞳の香をただ、繋ぎ止めたかった
・・・。






「・・・31日はお前の誕生日だったな。プレゼントは何がいい・・?」



今まで・・・

今まで幾度か言おうとして・・・
それでもやはり言えなかった、
その言葉が・・・。
その時初めて、自然と口から溢れ
出た・・・。



・・・けれど。
撩の言葉に対して香が言った言葉は・・・





「もう・・・貰った・・・。

撩が生きてあたしの誕生日を
一緒に過ごしてくれた・・・
来年も・・・再来年もずっと
それが欲しい・・・」



香はそう言って、穏やかに微笑んだ
・・・。







・・・毎年。
香の誕生日には何かをしてやりたい
・・・
けど、何をすればいいのか・・・
何かを買ってやればいいのか・・・
どうすればいいのか・・・
ずっと、ずっと考えていた・・・。

その答えは簡単で・・・
とても、単純な事・・・



一緒に居る・・・。
生きて、一緒に居る・・・。

ただ、それだけで良かった・・・。
そんな簡単な事だった・・・。



涙を堪えて微笑む香の肩を抱き寄せ
、その温もりを感じながら
撩もまた、思った・・・。



香が決めた、自身の誕生日も。
香と同じ気持ちで過ごしたい・・・

お前が傍に居てくれるのなら・・・
お前が傍に居たいと望んでくれる間
だけでいい・・・。

あの日、槇村の墓で・・・。
海坊主の放った銃弾に撃たれて
壊れた腕時計は時を刻まなくなった
けれど・・・。

これから先も・・・
お前が俺の傍に居たいと思って
くれるその間だけでも、
同じ気持ちで時を刻んで行きたい
・・・。



撩は・・・香に微笑みながら
心の奥底でそう・・・静かに願った
・・・。
















やがて・・・月日は巡り
その日は再びやって来た・・・。



「ーーー今日はお前の誕生日
だったろ。
ーーーほら、その、これーーー。」



・・・と。
恥ずかしさのあまりに視線を泳がせ
ながら撩が香に手渡した、
白い箱はいつもより一回り程大きく
・・・

その箱の中には・・・

苺の乗った、
小さなショートケーキが・・・2つ


箱の中身を見た香は、今にも
泣き出しそうな顔をしながら・・・
撩から手渡された箱を大切そうに
抱き抱えると



「あ・・・ありがとう・・・!!
こ、今夜は撩の好きな物を一杯
作るからさ。夕飯が終わったら
一緒に・・・ケーキ食べようね。
とびっきり美味しいコーヒー淹れる
から!」



と言いながら、精一杯の笑顔で
嬉しそうに撩を見つめた。



撩は・・・

そんな香の喜んだ笑顔すら恥ずかし
すぎて・・・
直視出来なくて・・・。

胸の奥がなにやらむず痒くて・・・
けど、ほっこりと暖かくなるような
感覚を覚えながらも、
恥ずかしさで視線を反らしながら、
面倒臭そうに撩は黙ったまま頷いた
・・・。








人の誕生日なんて関係無いし、
興味も無かった・・・
生まれ落ちた日を祝う意味さえ
知ろうとも思わなかった・・・



・・・けれど。

ケーキ一つであんなに喜ぶ香の顔を
見るのは・・・悪くないな、と。

この日くらいは槇村の代わりに
一緒にケーキを食べてやっても
いいか、と。

祝う意味は今でも良く
分からないけど・・・
この雰囲気は嫌じゃあない、と

撩は・・・思った・・・。



そして、その日の夜から・・・
香の誕生日には苺の乗った
ショートケーキを二人で食べ、
誕生日の夜だけは、撩は外に
飲みに出歩かなくなり・・・

やがて・・・

外に飲み歩く回数も随分と減って
行き・・・

少しずつ、二人で温かい時間を
過ごす日々が増えて行った・・・。





自分は誰よりも器用だと・・・
そう思っていたけれど・・・
本当は・・・誰よりも不器用だと
言う事に気付かされた、
ある日の事・・・。



そして・・・

もう少し早く、こうやってきちんと
手渡していたら、香は一人でケーキ
を食べずに済んだのか・・・と、
槇村はこんな事はしなかったのだ
ろう、と

一人、悔いた・・・ある日の事。
















香の部屋のクローゼットの片隅に
大切そうにしまわれていた紙袋の
中身は、あの時の、ケーキの入って
いた小さな箱たち・・・。
ぱっと見ただけでも、かなりの数の
箱が折り畳まれて入っている。
こんな物を取っておくあたりが
香らしくて・・・
こんな物ですら大切そうにしまって
置く香が、堪らなく愛しい・・・。




「ーーーふつー、こんなもん
直ぐに捨てるだろうがーーー。
ばかな奴ーーー。」



そう、小さく呟く撩の表情はとても
柔らかで、穏やかで・・・
幸せに満ちていた・・・。



「ーーーさて、と。さっさとコレ、
持って行きますかね。
酷くなられたら堪らんからな。」



撩は毛布を抱き抱えると、静かに
クローゼットの扉を閉めて、
香の待つ自室へと歩き出した・・・














「香ぃ~毛布あったぞー。」

「ん・・・?あ、ありがとう。
・・・・って、撩ぉっ!?」

「こうした方が温かいだろーー?」

「・・・こんなにくっついたら
風邪うつっちゃうよ・・・」

「そしたらお前が温めて。」

「・・・・・・・ばか・・・。」








苺の乗ったショートケーキは
撩の・・・精一杯の優しさ・・・

クローゼットに取り置かれた
クリスマスや誕生日を祝う
ケーキの入っていた空き箱の数々は
撩の精一杯の努力の証・・・。



その優しさや想いは・・・
例え言葉にしなくとも、
ちゃんと、香に伝わっている・・。










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私の個人的事情により種馬アンテナ
より当サイトのリンクを外して
いただきました。
2014.11.04 Tue (06:00) l l コメント (0) トラックバック (0) l top